2021年9月上旬、「首都移転法案」が閣議決定された[22]。9月29日、ジョコウィ政権は首都移転のための複数の法案を国民議会(英語版)(下院)に提出した[23]。法案には多くの事項が含まれているが、その中には、首都移転の責任を持ち、大統領に答弁する特別機関である国家首都公社(英語版)(インドネシア語:Otorita Ibu Kota Negara)の設立計画も含まれている。この機関は、その長を大統領が任命するという中央省庁のような性質を持っているが、州知事と同等の特別な統治能力を有する[22][24]。また、国家首都公社の資金調達、課税、給与管理、資産管理の方法についても規定されている[25]。
この計画がジョコウィ大統領の2期目の任期の途中で提出されたため、国民協議会はインドネシア憲法改正案を再び発行し、国民協議会が国家政策概要(インドネシア語:Garis Besar Haluan Negara, GBHN)だけでなく国家政策要綱(インドネシア語:Pokok – Pokok Haluan Negara, PPHN)も制定できるようにした。これは、ジョコウィが大統領でなくなった後も、首都移転プロジェクトが継続できるようにするためである[26]。
※ 『世界史の教科書にも登場する1602年の東インド会社 Verenigde Oostindische Compagnie 設立以来、オランダによる支配は1949年の主権移譲まで350年近くも続いた。その間に作られた膨大な歴史資料がここに集積されていた。』…。
※ オランダの支配が、『350年近くも続いた。』ということが、驚きだよ…。
『オランダのアムステルダムにある王立熱帯研究所 Koninklijk Instituut voor de Tropen(略称 KIT、英訳 Royal Tropical Institute)は、長年にわたって熱帯地域の文化資料の収集と研究を行ってきた。その中核に位置づけられるのが、旧オランダ領東インド諸島 Nederlands-Indië、すなわち現在のインドネシアに関する資料だ。世界史の教科書にも登場する1602年の東インド会社 Verenigde Oostindische Compagnie 設立以来、オランダによる支配は1949年の主権移譲まで350年近くも続いた。その間に作られた膨大な歴史資料がここに集積されていた。
ところが、2011年に転機が起こる。オランダ政府が支出抑制策を打ち出し、そのあおりを喰らって、KITに交付されていた年間2000万ユーロの補助金が廃止されることになったのだ。これにより事業予算が半減してしまうことから、KITは活動縮小の一環として、貴重なコレクションを手放さざるを得なくなった。2013年にライブラリーが閉鎖された後、書籍や資料約25,000冊、刊行物3,300冊、地図11,500枚、地図帳150冊から成るコレクションは、まとめてライデン大学図書館 Universitaire Bibliotheken Leiden(英訳 Leiden University Libraries)に移管された。
嬉しいことに現在(2015年)、地図コレクションのウェブサイトは、ライデン大学の手によって再開されている。そこで改めて、地図の検索方法を記しておこう。例として、首都ジャカルタ Jakarta の地形図を照会するとしよう。ジャカルタはオランダ植民地時代、バタヴィア Batavia と称されたが、このサイトではジャカルタの名で登録されている。