「第二次トランプ大統領」に備え日本や世界ができること プーチン政権継続で波乱と混乱の時代か、それとも新しい<欧露民主同盟>か?
西村六善( 元外務省欧亜局長)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32975
『2024年秋の米国大統領選挙でトランプ氏が再選される可能性が出てきた。世界は国際政治、特に安全保障面で荒波に揺さぶられることになる。
深刻で予測できないことが起きる。周知の通りトランプ氏は予てから米国外に駐留する米軍を引き上げると叫んでいた。日本やアジア、欧州などの安全保障に影響が出る。
(ChrisGorgio/gettyimages・dvids)
前政権時に〝経験〟していた混乱
現に、トランプ大統領の時代に北大西洋条約機構(NATO)で問題が起きた。大統領はNATO加盟国の拠出金が少なすぎると批判し、「攻撃されても助けに行かない」、「NATOから脱退する」と脅した。
NATOのストルテンベルグ事務総長は追想している。 「自分はトランプ大統領と4年間共に働いた。NATO加盟国の拠出金が少なすぎるとの批判に注意深く耳を傾けた。そして多くの加盟国がNATOへの貢献を増やした。欧州の同盟国はもっと貢献しなければならないというトランプ大統領のメッセージは受け止められ、正しい方向に進んでいる」と当時述べていた(「NATO、トランプ氏再選でも弱体化せず=事務総長」)。
ストルテンベルグ事務総長は冷静な言葉使いで実際は恐ろしい危機を表現した。 一方、欧州中央銀行(ECB)総裁のラガルド氏はもう少し、率直にモノを言っている。
トランプ再選あり得るとの報道に「ちょっと待って。先ずお茶を頂きたいわ……」と話した(’Trump Back in White House? Lagarde Says ‘Let Me Have Some Coffee’Francine Lacqua、Viktoria Dendrinou)。
そしてトランプ氏が大統領在任中に欧州連合(EU)との関係を悪化させたことや、NATOからの脱退に言及していたことを想起してトランプ氏の再選は欧州への「明白な脅威だ」とハッキリ述べた(‘Europe should brace for ‘harsh decisions’ if Trump is re-elected, says ECB’s Lagarde’Hanna Ziady , CNN)。
欧州が危険を回避するには
そして今回はどうなるのか? 私見では欧州は今回、別の方法でトランプ大統領の危険に対応できるはずだ。
カギはロシアの変化である。欧州が賢明な方法でロシアに働きかけて、ロシアを西欧同盟の一部にして仕舞うのだ。そうするとNATOは存在しなくても良いことになる。つまり、トランプ氏に肩透かしを喰らわせるのだ。
抑々、ロシアが侵略を二度としない国になれば、NATOは役割を終える。 欧州とロシアは「欧州ユーラシア不戦条約」のような新条約を結ぶことができる。 欧州側はロシアに大規模な経済的支援を提供し「欧州・ユーラシア民主同盟」のような全く新しい枠組みを作る、そういうことすら可能だ。』
『欧州諸国とストルテンベルグ氏をあれ程苦しめた「大波トランプ」が再度やってくるならその「大波」を無効化する「防波堤」を構築するべきだ。欧州の自己利益のためだ。
「欧州・ユーラシア民主同盟」は可能性がある
この3月に実施される大統領選挙ではプーチン大統領の継続が濃厚となっているが、ポスト・プーチンの時代はいずれ必ずやってくる。その時、ロシアは民主化に向かう可能性がある。多数の専門家がそれを示唆している。
最近ではロシア生まれの経済学者で欧州復興開発銀行を経てパリ高等政治学院のセルゲイ・グリエフ教授の議論は注目に値する。
同教授は昨年末ハーバード大学のデービス・ロシア研究所で講演し、ロシアの民主化は可能であるとして以下のように論じた(’Russia’s Economy, War in Ukraine, and Hopes for Post-Putin Liberalization’)。
米国の最先端のロシア研究所でもわざわざパリから専門家を招いたのだ。 ハーバード大学もロシアの民主化に関心を持っていることを示している。
教授の議論はこうだ。
プーチン大統領は永遠でない。大統領がロシアの政治の舞台から去れば、今大統領の周辺にいる人々が権力を握る。しかし、大統領に近い側近たちは「プーチン2.0」になれるほどカリスマ性や人気がある者はいない。
その為、新指導部は個人というよりも集団になる可能性が高い。体制的にもプーチン型、即ち専制的で非民主的な集団支配の政権だ。
しかし、この体制では必ず大小の内紛が起きる。それはプーチン大統領が長年にわたり高官らが「互いを憎み、互いに不信感を抱く」ように仕組んで来たからだ。いずれビルの高層階からの墜落死、不可解な事故死、ベネズエラやアフリカへの出国が始まるだろう。
そして数カ月か数年後にはロシアでは「ペレストロイカのような事態」が再び起きる。ポスト・プーチンの大統領候補者の中には、突出して抜きんでた個人はいないので誰が優位に立っても、いずれは自分の力の限界を悟るだろう。
そうすると何とかして自国民の支持を確保しようとする競争が始まる。強硬独裁の時代は終わり、彼ら新指導層にとっては今や国民の支持こそが権力強化への唯一の道筋になるのだ。
当然、経済面、つまり国民生活を改善したら得点になる。そのための最も簡単な道はロシア経済を束縛している西側の経済制裁を解除することだ。
だから彼らは必ず西側諸国に手を差し伸ばしてくる。西側はこのような展開を想定してすぐさまロシアを受け入れ、前向きに対応できるように準備をしておくべきだ。
以上がグリエフ教授の議論だが、明らかに教授はウクライナ戦の帰趨とは関係なしにロシアの将来を論じている。
プーチン大統領は万が一にも自分の地位に異常が生じたら、国際刑事裁判所(ICC)への身柄引き渡し拒否を含め、自分の生存を絶対的に保障する為あらゆる暴力手段を使うはずだ。
しかし、その辺の仔細は議論されていない。グリエフ教授としては「現状ではそこを云々しても埒が明かない。しかし、大きな筋道としてはポスト・プーチンのロシアは西側に接近する可能性がある」と論じたいのだと推測する。 』
『日本も積極策で行くべきだ
しかし、私見ではポスト・プーチンの到来が見え始めたら、日本を含めて西側は直ちにロシアとの接触を始めるべきだ。
グリエフ教授の指摘する通りロシアが西側に経済制裁の停止を求めてくるのを待つというのも一つの手だ。
しかし、西側は全体状況を判断し、自らのイニシアチブで経済制裁の廃止などを決めるべきだ。
要するに最初から欧米側はロシア国民に対して「真に友好的で平和的な協力をする用意がある」ことを示すべきだ。
そうする方が「欧米は帝国ロシアを潰しにかかっている」というプーチン大統領の口癖になっているプロパガンダを覆すことに役立つ。
状況が許す限り、西側は最大至急で行動し、兎に角、あらゆる面で先手を果断に取り続けるべきだ。西側は広くロシア市民社会に呼びかけ、彼らを抱き込むべきである。
ただちに多様で友好的な対話のチャネルを開設し、接触を拡大し、全ての可能性をロシア社会と十分に議論し、探求し、一緒になって実行に移すのだ。
例えば欧州議会は最も適切な時期にロシア人社会全体に対して満腔の友情を示し、全面的な協力の意図を欧州社会の総意として決議することができる。
そうしなければ色々と面倒な事態が起きてくる危険がある。
核兵器の管理の問題もある。特に重要なことは広い国土全体がモスクワの指令の下で動くのかという深刻な問題がある。それに中国がどう出てくるかも考慮に入れておくべきだ。
今度こそ過去の失敗を繰り返さない
バーゼル大学ベンジャミン・シェンケ教授(東ヨーロッパ史)は第二次世界大戦後、西ドイツは欧米側からマーシャル・プランの形で大規模な民主化支援を受けた。
しかしロシアではソ連崩壊後欧米側の支援は無かった。
両国の置かれた事情は違うが、このことがロシアで民主化が進まなかった原因だと論じている。
さらに同教授はロシアは民主化できる。その為に何をどうしたら良いかをロシアの市民社会は既に十分知っている。外国からの指導を必要としていないほどよく知っている、とも論じている(‘Will Russia ever experience democracy?’ Igor Petrov)。
兎に角、今度こそ失敗してはならない。
追加的にいえば、今度は第二次世界大戦後の国際社会には存在しなかった新しい要素、中国というグローバルな覇権を目指す勢力が存在していることに留意して進む必要がある。
その観点からも、西側社会はロシアを欧米民主主義の広範な領域の中に引き込み、共存して繁栄して行くという新次元の国際関係を目指すべきだ。
しかもこれは実は今日の欧米指導層には既に広く横溢している議論だ。
現に、西側社会の有力な政治指導者、言論人、多くの政策研究機関、フォーリン・アフェアーズ誌などの有力な言論機関が、「ポスト・プーチンのロシア」に対して歴史的な支援をするべきだという議論を過去数年にわたって強力に展開して来ている。 』
『ロシアが民主国家にならなくても
私見ではロシアは民主主義を実行する必要はない。別に制度的に欧米型の民主制度である必要はない。
ただ、新生ロシアが好戦的、侵略的でなければ問題ない。この一点が重要な点だ。
ここが確保されていれば、日本や米欧社会との友好協力は俄然前に進む。西側はその辺りまでを見通した上で、賢明な戦略を立ててロシア指導層、市民、市民社会、各レベルの指導層と綿密な対話と協力を進めるべきだ。
特に重要な要素はロシア青年層との対話だ。 彼らに欧米や日本での高等教育学術機関での留学の機会を提供することは永続的な関係を開き、大きなポテンシャルを生むはずだ。
もう一つ重要な点がある。それは世界最大面積を有するロシアという国が国家として地理的にも一体性を確保できるかどうかという問題である。
万一ロシアがバラバラになれば深刻な事態になる。外部勢力が利益を手にする。この点は既にロシア人自身が先刻危惧しているところだ。
新しいダイナミズムが生まれるかもしれない
欧州からユーラシア大陸にかけて民主主義的な帯が生まれるとアジア太平洋にも影響が生まれるかもしれない。この帯はもとより好戦的な帯ではない。もちろん、拡張主義的でもない。
新生ロシアは当然中国と友好的な関係を模索するだろう。トランプ氏の再登場は、新しい国際秩序を生むに違いない、トランプ氏の偏狭に挑戦して全く新しいダイナミズムが生まれることを期待したい。国際社会が一人の男性に振り回されていいはずは無いのだから。』