中国軍は再び「広い太平洋」分割狙う、西半球優先のトランプ戦略に隙
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD060NR0W5A201C2000000/
『2025年12月10日 5:00
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歴史は繰り返しながら転変する――。西太平洋に進出しようとする中国軍の空母「遼寧」から発艦した戦闘機J15が6日、沖縄本島南東の公海上空で自衛隊の戦闘機に断続的にレーダーを照射した。偶発的な衝突もありうる危険な示威行為である。
似た事態は12年前にもあった。2013年1月、東シナ海の公海上で中国海軍の艦船が火器管制レーダーを海上自衛隊の護衛艦に向けて照射した事件である。それは第2次安倍晋三政権が発…
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『2025年12月10日 5:00
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歴史は繰り返しながら転変する――。西太平洋に進出しようとする中国軍の空母「遼寧」から発艦した戦闘機J15が6日、沖縄本島南東の公海上空で自衛隊の戦闘機に断続的にレーダーを照射した。偶発的な衝突もありうる危険な示威行為である。
似た事態は12年前にもあった。2013年1月、東シナ海の公海上で中国海軍の艦船が火器管制レーダーを海上自衛隊の護衛艦に向けて照射した事件である。それは第2次安倍晋三政権が発足した翌月だった。
12年9月に沖縄県の尖閣諸島を国有化した後、同12月衆院選で勝利した自民党が民主党から政権を奪還したばかり。「安倍政権が中国に厳しい姿勢をとるのでは」と警戒した中国側が、軍事的な手段を使って日本側に圧力をかけた事態だった。
中国軍のJ15戦闘機㊤(防衛省提供)と航空自衛隊のF15戦闘機㊦
今回のレーダー照射は、高市早苗内閣が発足して約1カ月半後の事件だ。いずれも中国共産党トップを意味する総書記、党中央軍事委員会主席は、習近平(シー・ジンピン)。中国が安倍と高市に向ける視線、日本に対する軍事的な行動には共通点がある。
半面、日中両国の2国間関係にとどまらない、さらに幅広い視点も必要になる。米トランプ政権は米東部時間4日、2025年版、国家安全保障戦略(NSS)を公表したばかりだ。
19世紀のモンロー主義さえにじむ「アメリカ、西半球優先」の提起には、アジア地域で様々な反応が出ている。これは国際的な安全保障環境の変容につながりかねない。今回の事態では、日中関係と米中関係という両方の歴史的な経緯に注目すべきだ。
台湾各紙はレーダー照射と米安保戦略に同時注目
「西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」。1941年12月8日に発表された日本軍による真珠湾攻撃。それから84年を経た今、かつて敵同士だった日米両国は強い同盟関係にある。西太平洋上で米軍が対峙するのは日本ではなく、日々、進化する中国軍だ。これは台湾の今後の運命をも左右する。
こうした問題を俯瞰(ふかん)して考える材料になるのが、日米中の3国関係を常に注視している台湾の新聞各紙の紙面構成である。くしくも12月8日の月曜日付で台湾各紙が1、2、3面で展開した2種類の記事は示唆的だ。
まず、目を引くのは、米トランプ政権による「西半球優先」とした新たな国家安全保障戦略の関連記事だ。一部新聞は、米国防長官のヘグセスが「ワシントンとしては、台湾の現状を変える意思はない」と発言したとする見出しを1面トップに置いたうえで、中面で台湾に絡む様々な懸念事項を大きく解説している。
一方、中国軍機が6日、沖縄付近の西太平洋上で自衛隊機にレーダー照射した事件については、各紙ともそろって1面の準トップ級で扱い、大きく報じられた。写真、地図付きもあり、米トランプ政権のアジア、中国への姿勢とともに、今回の自衛隊機へのレーダー照射事件の意味、関連性にも多大な関心を寄せている雰囲気がわかる。
中国軍機による自衛隊機へのレーダー照射を1面準トップ級で扱った8日付台湾各紙
アジア地域の安全保障問題に詳しい関係者は「米国の国家安全保障戦略は、自らのテリトリーとみなす『西半球』ばかり優先するアメリカ第一主義に傾き、中国との厳しい競争を軽く見るような印象さえある。
注意すべきは、その直後に西太平洋で(レーダー照射など示威行動が)発生した時間的な経緯だ」と指摘する。
「高市首相による『台湾有事』を巡る国会答弁をとらえた様々な中国の圧力が、米側の態度の隙を突くように沖縄周辺、西太平洋上での軍事行動にまで波及したのはかなり危うい」とも強調する。
中国による日本に対する軍事圧力の強化が、米トランプ政権の意思として対中抑止力を強める方向に本気で動いていないと判断した結果で、それが西太平洋での軍事行動拡大につながっているとしたら、問題は極めて深刻である。
オバマ政権に提起した「広い太平洋」分割再び
ここでもう一つ、重要な過去の歴史を振り返りたい。やはり12年前の出来事だ。2013年6月、中国国家主席に就任して3カ月もたっていなかった習は、米国の首都ワシントンから遠く離れたカリフォルニア州の保養地にいた。当時の米大統領、オバマとの首脳会談のための訪米だった。
記者会見を終えて握手する中国の習近平国家主席㊨と当時のオバマ米大統領(2014年11月、北京の人民大会堂)
オバマに自国を大国として扱うよう迫った習が、特別の思いで言及したキーワードは、米国との間に横たわる「太平洋」。会談では「中華民族の偉大な復興」という「中国の夢」を語ったうえで「広い太平洋には米中両大国を受け入れる十分な空間がある」と強調した。
そこには「広い太平洋」を巡る様々な権益を大国である米中両国だけで分かち合いたいという裏の意図があった。太平洋の権益は経済にとどまらない。習の言葉は、中国海軍幹部がかつて米軍幹部に「ハワイより東を米軍、西を中国海軍が管理しよう」と持ちかけた経緯とも重なっていた。
オバマ政権は、この13年のカリフォルニアでの会談後、中国提案にひそむ真意の危うさに徐々に気がつく。そして、習が提起した「G2」色がにじむ「新しい形の大国関係」は事実上、棚上げされることになる。
しかし今年、米国で第2次トランプ政権が発足した後、今度はトランプ主導で安全保障観が変化。その隙を突く形で習政権が再び動き始める兆しがある。これは日本の安保政策にも大きく影響する。
中国海軍の空母「遼寧」=防衛省統合幕僚監部提供・共同
米国の新たな国家安全保障戦略では、台湾海峡の一方的な現状変更を支持しない政策が堅持され、ヘグセスもこの点に言及した。確かにこれは一定の安心材料だ。
とはいえ、米国自身が西半球を優先し、本気でアジア太平洋地域まで守る雰囲気に欠ける。中国がそう判断するなら、今後、不安定化は避けられない。高市による「台湾有事」を巡る国会答弁に端を発した中国による一連の対日報復措置。中でも新たな軍事的圧力に関しては、米トランプ政権の今後の動向とともに十分に注意すべきだ。(敬称略)
中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
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