中国はこうして日本の“半導体技術”を狙っている! ターゲットにされる理由は「危機感のなさ」

中国はこうして日本の“半導体技術”を狙っている! ターゲットにされる理由は「危機感のなさ」
https://www.dailyshincho.jp/article/2025/01041056/?all=1

『2025年01月04日

半導体を制する者が世界を制する――。世界的に先端半導体の開発・製造競争が激化する中、覇権主義国家の中国は日本の技術を巧妙に窃取し続けている。経済安全保障アナリストの平井宏治氏が、危機感と当事者意識に欠ける日本の学術界と政府に警鐘を鳴らす。【平井宏治氏/経済安全保障アナリスト】

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【写真をみる】「習近平氏は独裁者」と書かれた横断幕が! “智能化戦争”推進する一方で反発も

 いまや半導体は日常生活に欠かせない必需品だ。スマホはもとより、パソコン、テレビ、エアコン、冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機……用途は極めて多岐にわたる。近年、世界的に需要が拡大している電気自動車には、1台当たりおよそ1500個の半導体が使用されているという。既存のエンジン車は1台で1000個程度だから、いかに半導体が技術革新に寄与しているかが分かるだろう。

 その半導体は経済安全保障と密接につながる戦略物資でもある。日本政府が2022年5月に公布した経済安全保障推進法は、(1)重要物資の安定的な供給の確保、(2)基幹インフラ役務の安定的な提供の確保、(3)先端的な重要技術の開発支援、(4)特許出願の非公開、という4制度の創設をうたう。半導体はこの(1)と(3)に関わっている。

時代はAIを使った「智能化戦争」
 その存在は軍事の世界でも極めて重要だ。戦車や航空機、艦船、潜水艦、精密誘導ミサイル、無人機といった最新鋭の装備品と軍事システムにも半導体が不可欠だからである。防衛省の調査・研究組織である防衛研究所は「東アジア戦略概観2001年」において、情報化が進む近代の戦争を大要、以下のように説明する。

〈人工衛星、目標攻撃レーダーシステムなどの各種センサーの性能が高まり、情報処理システムが高速化したので、ネットワークを通じて各部隊が情報をリアルタイムでやりとりすることが実現した。(中略)戦闘能力は、戦闘機や戦車などの個々の兵器の性能および高速化した情報システムと精密誘導兵器の能力により決まる。さらに、ロボット技術の発達により、無人航空機導入、戦場の偵察・監視や、あるいは、地雷除去のような、単純な作業ではあるが危険の伴う任務の無人化が進む。(中略)先端半導体を搭載したコンピュータが、人工衛星、目標攻撃レーダーシステムなどがもたらす膨大な情報を瞬時に処理できるかどうかで、戦争の勝敗が決まる〉

 が、すでにこの情報化戦争は終焉(しゅうえん)を迎えつつある。今後の軍事作戦は、指揮官や司令部がAI(人工知能)のアシストを受けながら意思決定を行うことになる。AIが導き出した解答に基づき、AIに対応した智能化兵器が戦闘に従事する。このような、従来とはまったく異なる形態の戦争を「智能化戦争」と呼ぶ。

 殺傷力、機動力、情報処理能力という3要素を最も高いレベルで備えるのがAIであり、AIを開発し、効果的に運用する軍隊こそが戦争の勝者となる。そして、目下、この智能化戦争の準備に国を挙げて力を注いでいるのが中国だ。』

『中国が半導体を求める理由
 22年10月、習近平国家主席は第20回共産党大会における演説で「智能化」という言葉を3度、口にした。「中国人民解放軍は情報化・智能化戦争の特徴とそれを支配する法則を研究・習得し、新しい軍事戦略指導を行い、人民戦争の戦略・戦術を開発する」と明言。その上で、これら目標を実現するために「強力な戦略的抑止力体系を構築し、新領域・新性質の戦備を拡充し、無人智能化した戦闘部隊の強化を加速し、ネットワーク情報体系の構築・活用を統一的に計画する」と、AIを活用する智能化戦争の到来を強調し、AIの開発と推進を全人民に周知させた。

 智能化戦争で重要な役割を果たすAIの基礎になるのは計算だ。数学演算や推論を用いた装備品を実戦配備するには、高度な計算能力を持つコンピューターが欠かせない。

 先の習氏の演説と同じタイミングで、米国は中国を念頭に置いた輸出規制を発動した。対象は先端半導体、スパコン、AIである。その後、米国はこれら3領域に量子技術も対象に加えた。製品や技術の移転規制にとどまらず、バイデン大統領は米国のベンチャーキャピタルに対し、中国の先端半導体やスパコン、量子技術、AIを手がけるベンチャー企業への出資や投資をも制限する大統領令にサインした。とくにスパコンは智能化戦争で活躍するAIの高速計算を担うことから、対中規制の対象としたのだ。

 半導体の性能はもとより、より高性能な半導体の開発能力は、将来的にその国で開発される装備品の性能に直結する。それは他国との軍事力の優劣に影響するばかりか、他国への抑止力にも影響する。日本が米国や欧州と足並みをそろえるように、中国への半導体製造装置の輸出などを厳格化したのは至極当然のことなのだ。

急ピッチで進む半導体産業の育成
 さて、すでに世界第2位のGDPを誇る経済大国となった中国だが、自前では西側諸国より3~4世代も古い半導体しか製造できない。経験豊富な人材が慢性的に不足しており、技術的なノウハウも乏しいからだ。実際、政府系シンクタンクの中国電子信息産業発展研究院(CCID)と中国半導体産業協会(CSIA)が公開した白書には、昨年だけで中国の半導体関連企業は20万人の技術者不足に陥ったとある。そのため中国は、半導体産業の育成に力を注いでいる。

 中国における経済成長は、人民解放軍の能力向上のためにあるといっていい。習氏は17年ごろから、外国の先進技術の取得や転用を推進する「軍民融合政策」を掲げてきた。対象は各国の民間企業だけでなく、大学や研究機関も含まれる。

 中国の大学はすべて政府の監督下にある。とくに国家国防科技工業局(国防科工局)の監督下には「国防七校」と呼ばれる七つの大学が置かれている。国防科工局は軍需政策の監督任務を司る主要な行政機関の一つだが、詳しい活動内容は“極秘”とされたままだ。

 国防七校は「軍需企業集団」と呼ばれる軍産複合体の企業と共に、先端装備品の開発を担う。これとは別に、「兵工七子」と呼ばれる七つの大学もある。装備品の“研究機関”として人民解放軍を支える使命は同じだが、両者の違いは担当する分野にある。

 国防七校が智能化戦争を担う先端兵器を開発するのに対し、兵工七子は大陸間弾道ミサイル(ICBM)や各種ロケット、戦車など戦闘車両の装甲、榴弾砲、ロケットランチャーなどの装備品開発が任務とみられている。ちなみに、北京理工大学と南京理工大学の2校は、国防七校と兵工七子の両方に属している。

 中国が学生の育成に力を入れるのは、政府が15年に発表した産業政策「中国製造2049」に、「中国は半導体の分野で世界最強の国家を目指す」と明記されたことに基づく。米国の対中包囲網に対抗するため、中国政府は24年の科学技術予算を前年比で10%増の3708億元(約7兆7000億円)に増額した。彼らの言う「半導体分野で最強の国家」とは、価値観を同じくしない西側の国々とサプライチェーンを共有せず、自前で半導体を製造することができる国のことだ。

 現時点で中国は、需要の7割を国内生産で賄うことを目標としているが、半導体のサプライチェーンは世界中に複雑に張り巡らされている。しかも、各製造段階によって、それぞれ極めて高度な技術や専門知識が必須となる。自国だけで完結させるのは至難の技だ。

 中国が抱える最大の問題が人材不足であることは先に触れた通りだ。その弱点を補うべく、中国は10年ほど前から半導体の製造に必須な超小型電子技術や超微細化技術に関する専門家の育成を、国防七校とはまた別の大学や研究機関に命じてきた。北京大学を筆頭に清華大学、復旦大学といった海外でも名の知られた大学が集積回路の設計、製造、パッケージング、性能テスト、CPUや半導体材料の開発を担う技術者の育成計画に従事している。この“半導体教育”は国家的プロジェクトとの位置付けで、政府が進める重要政策として厚い支援を受けている。

 さらに日本での知名度は低いものの、大連理工大学、福州大学といった大学のほか、南京集積回路大学というそのものズバリの名前を冠した大学まで設置されている。ここでは企業の専門家をカウンターパートに、半導体に特化した教育と研究が進められている。

 こうした国を挙げた取り組みは、着実に成果を上げつつある。昨年2月に米国サンフランシスコで開催された「国際固体素子回路会議(ISSCC2023)」では、中国の大学と企業が提出した論文が最も多く採択された。70年もの歴史を持つISSCCでは初めてのことで、未採択も含めた論文の数は、全体の3割を占めたという。』

『“お得意の手法”で
 ただ、いかに急ピッチで進めようとも、半導体関連の技術の確立と専門家の養成には時間がかかる。そこで彼らは、お得意の手法で技術と人材の確保に乗り出した。西側諸国から盗み取るのである。そのターゲットの一つが、日本の大学や研究機関なのだ。

 では、それらの入手を狙う政府の意を受けた中国の大学と、日本の大学や研究機関との関係はどんな状況にあるのか。文科省が公表している資料をまとめたものからはとくに東北大学と提携している大学が多いことが分かる。

 理由は明らかで、中国は狙いを定めた技術を持つ大学と提携し、そこに多数の留学生や研究者を送り込むからだ。中国では国家情報法が施行されており、先にも述べた「軍民融合政策」が取られている中国の大学と提携することは、軍民融合政策のもとで国家情報法に定められた法的義務を課せられた中国人留学生や研究者に日本由来の半導体技術を開示させることを意味する。国家情報法の第7条にはこうある。

〈いかなる組織及び国民も、法に基づき国家情報活動に対する支持、援助及び協力を行い、知り得た国家情報活動についての秘密を守らなければならない。国は国家情報活動に対し支持、援助及び協力を行う個人及び組織を保護する〉

 この法的義務を負う中国人留学生や研究者が、日本の学術界から半導体技術を盗み出して軍事に転用する、あるいは日本の半導体産業の競争力を落とすことは当然の責務なのだ。

日本には技術の“残滓”が
 1980年代から90年代にかけて世界需要の5割を占めた、メイド・イン・ジャパンの半導体は、いまでは見る影もないのが現状だ。2度の日米半導体協定や日本政府と半導体メーカーの先見性の欠如により、いま日本企業が生産できる半導体の最も微細な回路線幅は22ナノメートルが関の山である。

 1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1という小ささで、最新のスマートフォンやAI機器に使用される半導体の線幅はわずか9ナノメートル。その6割は台湾で生産されており、残念ながら日本は技術的に“13年遅れ”という状態にある。半導体の組み立てでも、最先端を走る台湾のTSMCより、日本企業は9世代も遅れている。

 人材面でも日本は早急な対応が必須で、日本の半導体関連企業は2000年以降のおよそ20年間で4割近く減っている。昨年5月、電子情報技術産業協会(JEITA)は、キオクシアなど国内主要8社だけでも、今後10年間で少なくとも4万人もの人材不足となる見通しを明らかにした。

 ここまで聞けば、日本の半導体産業には中国が盗もうと考える技術などないとの印象を持つことだろう。だが、日本は完全に白旗を揚げているわけではない。いまも、日本にはかつて世界をリードした半導体技術の残滓がある。それどころか、残滓と言うにはあまりに優れたものが大学や研究機関に存在するのである。

 近年、進められている半導体産業政策の見直しにより、日本の大学では半導体研究が盛んだ。すでに文科省は「次世代X-nics半導体創生拠点形成事業」に取り組んでおり、2031年度までを事業期間として、東京大学、東京科学大学、東北大学が中心となって次世代を担う人材の育成に携わっている。

 東大では新たな半導体の開発期間とコストを10分の1に減らす半導体自動設計のプラットフォームの研究が始まっている。同大の黒田忠広教授は「半導体の民主化がイノベーションを加速する」として、人材を10倍に増やすことを目標に掲げている。

 東京科学大学では広島大学や豊橋技術科学大学などと連携しながら、電気自動車や、メタバース(仮想空間)の次世代技術として注目を集めるAR(拡張現実)という新規市場を念頭に、環境への負荷が少ない半導体の研究と開発を行っている。

 日本における半導体研究の中心地ともいえる東北大は昨年9月に、政府が大学の研究力を高めることを企図して創設した10兆円規模のファンドの支援対象候補となっている。同大からはこれまでに多くの優れた半導体研究者が輩出しており、中でも18年から総長を務める工学博士の大野英男教授は省エネの次世代半導体につながる「スピントロニクス技術」をはじめ、新型の省電力半導体の開発を進めている。

 TSMCが進出した熊本県では、大学と地域が一丸となった半導体教育と研究開発に取り組んでいる。今年度から、熊本大学はデータサイエンスをベースにした学部「情報融合学環」と、人材の育成に特化した「工学部半導体デバイス工学課程」を新設した。

 大学だけではない。日本の企業は、半導体の製造装置の分野で世界をリードしている。日本の半導体製造装置は世界シェアのおよそ3割を、材料面では5割を占めている。台湾のTSMCが世界で流通する先端半導体の9割のシェアを握っているといわれるが、その製造装置は日本企業の半導体製造機に大きく依存している。

 半導体製造装置で先端半導体を製造するには極めて高度で特殊な技術が必要だ。日本の東京エレクトロンとオランダのASML、そしてアメリカのラム・リサーチとアプライド・マテリアルズ、KLAは世界五大半導体装置企業といわれる。

 米国は中国の先端半導体国産化を阻止するため、半導体製造装置の規制を強化している。製造装置の一部である露光装置は、ASML、キヤノン、ニコンの3社が世界市場を押さえる。米国は日米蘭連携の観点から、23年11月に露光装置(ArF液浸装置)などの輸出や技術移転に関する規制を強化した。さらに、出荷済みの露光装置の保守・整備を請け負わないよう同盟国に要請している。』

『危機感のない日本政府
 米下院中国特別委員会に属する共和党のジョン・ムーレナー議員と民主党のラジャ・クリシュナムルティ議員は、去る10月15日付の書簡で山田重夫駐米大使に半導体製造装置の対中輸出規制の強化を求めた。

 日本とオランダは、米国が求める半導体技術の対中輸出規制強化に難色を示しているが、先の大統領選では対中強硬姿勢を標榜するトランプ前大統領の政権復帰が決まった。対中規制の要請は、バイデン政権よりも強化されると見込まれる。

 進む規制強化の中、中国が調達を急ぐ様子も報じられている。日本を代表するメーカー・ニコンの徳成旨亮社長は「i線」と呼ばれる旧世代の光源技術を使うレガシー半導体向け露光装置について、「中国からの需要が非常に強い」と述べており、かの国での販売拡大を企図しているとされる。が、米国はレガシー半導体の規制も検討中だ。ニコンは、中国向け露光装置の販売拡大が極めて高いリスクを負うことを理解するべきだろう。

 また米国は、中国の研究開発に対しても危機感を強めており、先の国防七校など17の大学や研究機関をエンティティ・リスト(ブラックリスト)に掲載している。

 当時のトランプ政権は米国に滞在する一部の中国人留学生や研究者のビザを停止したことがあったが、対象とされたのは国防七校や兵工七子に関係する人物たちだった。米政権に人民解放軍の影響下にあると判断されたのは、2020年だけで1000人を超える。

 この方針はバイデン政権に代わってからも引き継がれ、米国はおよそ500人の中国人理工系大学院生へのビザ発給を拒否した。英国やEUでも、中国人留学生への留学ビザ発給は厳格化されている。一方トランプ前大統領の復活で対中規制が厳格化される見通しにもかかわらず、日本政府は「国防七校の留学生というだけでは規制できない」との立場だ。

 技術進歩のスピードと中国における半導体自給の必要性の高まりを考慮すれば、半導体分野における中国の人材不足ジレンマは重大な問題であり続けるだろう。中国は今後、さらに苛烈に日本の学術界を狙ってくるということだ。

 繰り返すが、中国の大学から留学生を受け入れることは、日本由来の機微技術が軍事転用されることを意味し、国家安全保障問題と直結する。先進7カ国で、スパイ防止法がないのは日本だけだ。が、いまだに日本政府からは、この問題に対する危機感は伝わらない。日本の学術界から懸念国への半導体関連技術の流出防止対策は喫緊の課題だ。

平井宏治(ひらいこうじ)
経済安全保障アナリスト。1958年神奈川県生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。外資系投資銀行、M&A仲介会社などを経て2016年に独立。日本戦略研究フォーラム政策提言委員のほか、日本李登輝友の会の理事を務める。著書に『経済安全保障リスク』『トヨタが中国に接収される日』ほか多数。

週刊新潮 2024年11月28日号掲載

特別読物「中国はこうして日本の半導体技術を盗んでいる」より 』