韓国憲法における国家緊急権

講 演
韓国憲法における国家緊急権
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 ※ まあ、早稲田だし、極めて「左寄り」の立場からの論考のようだ。
   そのつもりで、読んでくれ。

Iはじめに

韓国はー九八八年二月二五日から発効した改正憲法によって
今民主化が進んでいる状況にあります。この民主化は、過去に
おいて、政権を握った人達によってなされた非民主的な措置と
法律を正し改廃することにあります。このことは過去韓国国民
の熱意ある要望の闘いの結果であると思います。

今の盧泰愚大統領民正党の政権は、ー九八八年四月、国民総
選挙で議席の過半数を割りまして、野党三党が過半数以上を占
めています。即ち、民正党ーニ五、平民党七ー、民主党六〇、
共和党三五、無所属八になっています。ある意味においては与
党と政府が苦しい立場にあるでしょうけれども、野党三党によ
韓国憲法における国家緊急権(丘)
丘«朔
って過去の是正、悪法の改廃と、新しい民主化に進んでいくよ
うに促進されることは望ましいことであるかと思います。

しか
し与・野党はおのおのの政策遂行に関して激烈な衝突が予想さ
れるが、そのとき譲歩と妥協と共に共同目標である民主化と経
済建設に協力していかなければなりません。もしそうでない場
合には過去に例があったような不幸な革命等が予想されないわ
けでもありません。全世界が注目しているオリンピックと経済
建設と民主化は必ず立派になし遂げなければならない宿命的な
義務が与・野党に負わされていたのです。この意味で与・野党
の責任は本当に重いのであります。今後共成熟した与・野党と
政府の政治技術を見守っていくしかありまん。

現行の憲法は第九次改正で第六共和国といわれています。


二五ー
比較法学ニ二巻ーー号
ー共和国から第六共和国までの期間は次の通りであります。

第一共和国、ー九四八年七月— 一九六〇年六月
第二共和国、一九六〇年六月| ー九六一年五月
軍事革命軍政、一九六一年五月—一九六二年一二月
第三共和国、ー九六二年一二月—ー九七二年一 ー月
第四共和国、ー九七二年ー ー月|ー九八〇年一〇月
第五共和国、ー九八〇年一〇月|ー九八八年二月
第六共和国、ー九八八年二月—
“第一共和国憲法の制定

韓国はご承知のように、ー九一〇年日本の植民地として合併
され、ー九一九年三月一日には韓国民の独立運動が頂点に達し
ました。その前後海外に亡命した愛国の独立運動者達は亡命政
府を樹立して臨時憲法を公布しました。臨時憲法は上海臨時政
府が中心になって制定したー九一九年九月ーー日の大韓民国臨
時憲法をはじめとして、ー九四〇年一〇月九日、ー九四四年四
月ニ二日等に、他の地域での亡命政府から公布された憲法もあ
ります。これらの憲法の主な内容は自由民主主義の独立国家を
基本としていました。

ー九四五年八月一五日、第二次世界大戦において、日本の敗
北とともに、韓国は日本帝国の植民地支配から解放されまし
二五二
た。

しかし当時戦勝強大国である米ソの支配下におかれ韓半島
は三八度線を中心に、北はソ連軍が、南は米軍が進駐して、軍
政を行いました。

北と南は分断されたままおのおのの軍政のもとで、北は社会
主義の、南は自由民主主義の憲法が制定され、独立することに
なりました。韓半島はこのように、北と南に分断され、武力的
対立を続け、今日に至っています。

ここでは主に大韓民国の憲法を中心にして、国家緊急権につ
いて考察することにいたします。

終戦後まもなく南北統一憲法制定と、統一政府樹立のために
南北進駐の米ソ軍司令部と、両地域の国民指導者たちは何回か
会合をしましたが、結局決裂し、南北両側は仕方なく独立の憲
法を制定することになりました。

韓国憲法制定は、ー九四七年三月一七日米軍政法令第一七五
号により、米軍政が設置した「南朝鮮過渡立法議院」が制定し
た選挙法からです。

この選挙法によって、ー九四八年五月ー〇
日韓国でははじめて、国民が参加した国会議員の国民総選挙が
行われました。当時一九八名の国会議員が選出され、憲法制定
を主な任務とし、初代に限り任期二年にしました。あとは任期
四年でした。

このようにして国会が構成され、はじめて建国憲
法を制定することになりました。

国会はー九四八年五月三一日
開会され、議長に李承晩を選任して、即時憲法制定の準備には
いりました。

このあと起草委員会で一六回の会議を経て、本会
議で三読会し承認して、ー九四八年七月一七日議長李承晩が署
名し、全世界に公布しました。

韓国は、この憲法によって主要
国家機構を構成し、国家としての機能を発揮するようになりま
した。そしてー九四八年一二月九日には国連総会で四九対六の
多数で独立国家として承認されました。また米国をはじめ主要
自由友邦の国家からも個別的に承認されました。

皿 第一共和国憲法上の国家緊急権

第一共和国憲法の大筋は三権分立の大統領制であり、基本権
保障、憲法委員会等をおいています。大統領の任期は四年で再
選により一次重任することができます。

国家緊急権は第一共和国憲法から第六共和国憲法まで比較的
多様であるといえます。

先ず第一共和国から検討していきます。

第一共和国憲法では「緊急命令・緊急財政処分」という名称
で緊急権を規定しています。

この緊急権の発動要件は、

⑴内
憂・外患・天災・地変または重大な財政•経済上の危機に処し
た場合、(ii)公共の安寧秩序を維持するために緊急な措置が必要
である場合、圃国会の開会を待つ余裕がない場合に限っていま
す。この緊急権の発動は法律的効力をもちます。緊急権発動の
韓国憲法における国家緊急権(丘)
際は国会に報告して承認を得ることを条件としています。もし
その承認が得られなかった場合にはその効力は喪失すると規定
しています(第五七条二項)。

このような緊急命令、処分権のほかに、大統領には戒厳令宣
布権があります(第六四条)。

戒厳令宣布は戦時・事変またはこ
れに準ずる非常事態で兵力をもって回復を目ざすのが特徴で
す。戒厳令には、非常戒厳令と警備戒厳令とがありますが、そ
の効力等に関しては戒厳法に規定しています。あとの共和国憲
法で、詳しく述べます。

以上のような憲法条文に根拠をおいて、第一共和国では、ー
九五〇年の六・ーー五事変と一九六〇年の四・一九学生義挙のと
きに、非常戒厳と緊急命令等を宣布して、この緊急権を行使し
て李承晩は統治してきました。

N 第二共和国憲法上の国家緊急権

1•緊急財政処分•命令権

ー九六〇年六月の第二共和国憲法では、第一共和国の李承晩
の緊急権濫用の統治をかえりみて、大統領制を排除し、議院内
閣制を採用するとともに、緊急命令権を廃止して、緊急財政命
令、処分権だけを規定しました。即ち、⑴緊急財政処分は、国
務会議の議決を得て、大統領が行うことにしています(第五七
二五三
比較法学ニニ巻二号
条一項)。

(ii)緊急財政命令は、処分の執行に必要な場合に限っ
て、国務総理が法律的効力をもつ命令を発することにしました
(第五七条二項)。to)そして、上のような命令と処分をなした場合
は遅滞することなく国会に報告してその承認を得なければなら
ないようにしました。このとき民議院(下院)が解散された場合
には、参議院(上院)の承認を得なければなりません。もし承認
を得られなかった場合には、そのときから処分と命令の効力は
喪失すると規定しています(第五八条)。このような規定は当時
憲法全面改正が民主主義的手続であったためです。

2•戒厳令宣布権

戒厳令宣布権は、第二共和国憲法第六四条に、国務会議の議
決によらなければならないこと、また大統領は、戒厳宣布が不
当であると認定した場合、国務会議の議決にもかかわらず宣布
を拒否することができるという条文を追加しています(第六四
条二項)。そして戒厳令を宣布した場合、その効力は戒厳宣布
当時の法律の定めるところによって国民の権利、行政機関と法
院の権限に対して特別な措置をとることができると規定しまし
た(第六四条三項)。

このような第二共和国憲法上の国家緊急権の規定は伝統的緊
急権の範囲を越えない緊急権のためか、一年たらずで不幸にも
二五四
軍事革命が起こりました。

事実上第二共和国では李承晩独裁と
いう苦い経験をしたため、李政権が四・一九学生義挙で倒れた
あと、与・野党が民主的に国民の合意を得て歴史的な憲法を誕
生させました。ところが一年足らずで空しくなりました。

V第三共和国憲法上の国家緊急権

1«軍事革命と憲法改正の背景

ー九六一年五月一六日不都合にも軍事革命がおこって、立
法・行政・司法の三権が完全に革命委員会の軍政下におかれ、
全国に非常戒厳令が宣布されました。

同年五月ー九日軍事革命
委員会は、国家再建最高会議という名前にかえて、「国家再建
非常措置法」という憲法的効力をもつ法を制定・公布しまし
た。

そして、第二共和国憲法は、非常措置法に抵触しない範囲
内で効力をもっとしました。

このとき第二共和国憲法のどの条
文が抵触するかしないかの具体的な内容は、非常措置法をはじ
めどこにも明示されていませんでした。

ただ、彼等は執権して
いく過程において、自分等の便利と都合の良いように憲法解釈
をするだけであると私は思いました。

軍事革命の軍政に対し、国民はひどく反撥しましたので、ー
九六一年八月ー二日に当時朴正熙最高会議議長は、ー九六三年
春に政権を民政に移譲するとして、憲法改正を表明しました。

そして一九六二年七月ー二日に、国家再建最高会議内に、憲法
改正審議委員会を発足させました。

そして一九六二年ー ー月五日には、憲法改正案を国家再建最
高会議を経て公告し、一九六二年一二月一七日に国民投票を行
い(韓国で最初の国民投票)、投票者六割以上の賛成により憲法改
正(第五次)をして、一九六二年一二月二六日に公布しました。

立派な議院内閣制の憲法を破壊して、このように改正した憲
法は、大統領制を復活し、大統領に対しては、国家緊急権、立
法拒否権を認めました。

国会単院制、国民投票制等を執権予定
者である朴正熙の意のままに制定した背景があるわけです。

では第三共和国憲法上の緊急命令権と戒厳宣布権および超憲
法的緊急権行使に関して述べます。

2«緊急命令権

第三共和国憲法においては、第一共和国当時の大統領緊急命
令権が復活しました。緊急命令の場合(第七三条二項)、国家の
安危に関係ある重大な交戦状態において、国家を保衛するた
め、緊急な措置が必要であるとき、国会の開会が不可能な場合
に限って、大統領は、法律の効力をもつ命令と処分を発するこ
とができるとしています。

緊急命令または処分は、遅滞することなく国会に報告して、そ
韓国憲法における国家緊急権(丘)
の承認を得なければなりません。

もし承認を得られなかった場
合には、その命令または処分は、そのときから効力を喪失しま
す。

ただし、その命令によって改正または廃止された法律は、
その命令の承認を得られなかったときから当然効力を回復する
(第七三条三・四項)と規定しています。大統領は、上記の事項を
遅滞することなく公布しなければならない(第七三条五項)とし
ています。

3•戒厳令宣布権

第三共和国の戒厳令宣布権は、第一・二共和国憲法に比べて、
その要件が詳細にわたって強化されています。

即ち、大統領
は、戦時・事変または、これに準ずる国家非常事態において、
兵力をもって、軍事上の必要、または公共の安寧秩序の維持
を必要とする場合に、法律の定めるところによって、戒厳を宣
布することができる(第七五条一項)としています。

戒厳は非常
戒厳と警備戒厳の二種に分けられて(第七五条二項)います。


厳が宣布された場合には、法律の定めるところによって、令状
制度、言論・出版・集会・結社の自由、政府と法院の権限に関
して、特別措置をとることができると規定しています(第七五
条三項)。

そして、戒厳を宣布した場合、大統領は遅滞すること
なく国会に通告しなければなりません。また国会が戒厳の解除
二五五
比較法学ニニ巻二号
を要求した場合には、大統領は、これを解除しなければならな
いと規定していました(第七五条四•五項)。

このような緊急権の規定にも拘らず、執権者である当時の朴
正熙は、超憲法的に三選執権のための改憲を行い、新たな緊急
権を作り出しました。

4•超憲法的三選改憲

当時朴政権の独裁に対する国民の不満は累積していました。

朴大統領の長期執権への野望に乗って、朴正熙執権党である
共和党は、任期四年一次重任の任期が終える時期になって李承
晚の長期執権方法とほぼ同じく、朴大統領に三選限りの、当選
を認めるという改憲案を出しました。

ー九六九年九月一四日深
夜に、共和党(与党)だけが国会第三別館に秘密的に集まってそ
の改憲案を通過させ、ー九六九年一〇月ニー日形式的な国民投
票で確定し公布しました。

それで結局朴正熙は三選され、執権
を継続しました。このような横暴により自由民主主義は抹殺さ
れ、独裁の舞台が継続したわけです。これで国民はますます苦
しくなり、他方情報化政治が益々強くなりました。

5•超憲法的緊急権

三選の任期も近づく頃、国民はますます激しく抵抗しました。
二五六
たまらなくなった朴正熙は、国内外の情勢変化、特に北側の対
抗措置のためであるとの名分をかかげて、今度は超憲法的に
「国家保衛に関する特別措置法」(全文一二条)という憲法的に
効力あるものを、また与・野党の激烈な対立の中で、共和党だ
けで強制的に採決し制定しました £法律第=•-ニー—•号)(九八-•
grs–t-難律)。

この法律は国家保衛の名分を前提にしています
が、実は朴政権維持の手段であり、国民弾圧用として制定され
たわけです。

その内容は非常事態の宣布と解除、経済規制、
国家動員令、集会・結社•言論・出版特別措置、勤労者の団体
交渉・行動権規制、歳出予算変更などでした。

ー九七ー年二一
月六日宣布した 「国家非常事態宣布」はこの法律第二条”国家
非常事態宣布”によるものでありますし、また非常事態宣布期
間中この法違反の犯罪者は非常事態解除後においてもその処罰
に影響はないと規定していました。

M第四共和国憲法上の国家緊急権

1″超憲法的憲法改正

右のような悪法に根拠して、ー九七二年一〇月一七日には、
突然、国会の解散、政治活動の中止、国民の基本権一部停止
(具体的条文明示なし)等を内容にしたいわゆる「維新宣布」と
いう非常措置が断行されました。

そして行政府の国務会議を「非常国務会議」とし、この名の
もとで、国会の権限まで行使しました。同時に非常戒厳令を宣
布して、すべての大学に対し休校を命じ、デモ等の反政府運動
を強く事前予防しました。

一九七二年一〇月二七日には、非常国務会議が、新しい憲法
改正案を議決したとし、非常戒厳令のもとで同年ーー月ニー日
国民投票し、確定したとしてー九七二年一二月二七日宣布しま
した。これが第四共和国(維新)憲法です。

実はこのときにあとで申し上げる超強力的な大統領の権限の
憲法案が既にできあがっており、上記のようなプロセスを、形
式的に、すませただけでした。

このとき、一部の没知覚の事業
家達と社会の有志、または、官製の諸団体では熱く支持すると
いう模様が多くの文献に残っています。

一九七二年一二月二七日憲法は公布されましたが、この憲法
による国会議員選挙法をはじめ、既に非常国務会議では新憲法
上における重要な法律を制定しました。たとえば「統一主体国
民会議代議員」の選挙法(全文一三七条附則一八条)、「統一主体
国民会議法」、「国会議員選挙法」、「政府組織法」、「法院組織
法」、「憲法委員会法」、「政党法」等を制定し公布しました。


れらは、新しい国会において、朴政権が望む通りの法律が制定
されないことを憂慮して、前もって皆制定したものです。そし
韓国憲法における国家緊急権(丘)
て国家機構の改革も、選挙もこれらの法律によって断行し終え
ました。

このようにして朴大統領は、立法・行政・司法の三権の優越的
指導者の地位について、権限を振い強固な体制を整備しました。

2•緊急措置権

第四共和国憲法においては、国家緊急権を、超憲法的緊急権
に転換させました。

この緊急権発動の要件は、大統領は、天災、地変、または重
大な財政•経済上の危機に処している場合と、国家の安全保障
または、公共の秩序が重大な威脅を受けるか、受ける憂慮があ
るとき、迅速な措置をとる必要があると判断した場合は、内
政・外交・国防・経済・財政•司法等、国政全般にわたって必
要な緊急措置をとることができる(第五三条一項)、と規定しまし
た。

また、緊急措置の効力は、憲法に規定している国民の自由
と権利を暫定的に停止させることができるとしました。

そして
政府と法院の権限に関して緊急措置をとることもできます(第
五三条二項)。
また緊急措置をした場合には遅滞することなく国会に通告し
なければなりません。

緊急措置に対しては、司法的審査の対象
から除外されています(第五三条三•四項)。

二五七
比較法学ニ二巻ーー号

一方緊急措置の原因が消滅した場合には、大統領は、遅滞す
ることなく解除しなければなりません。国会は在籍過半数の賛
成で、緊急措置解除を、大統領に建議することができます。こ
のとき大統領は、特別な事由がない限り、これに応じなければ
ならないとしています。(第五三条五•六項)

このような緊急権条文を根拠にして、朴政権では緊急措置第
一号から第九号まで発しながら統治しました。

そのうち第九号
^o-tlr^y^isliBT)は、 第一号から八号までのもの
をほぼ包括した統合的な内容のものでいろいろと詳しく規定し
ていました。

特に憲法改正発言、反対、請願等は一切許されな
いし、表現の自由も示威も完全に封鎖されました。

当時東亜日
報の広告欄が白紙のまま発行されたこともその弾圧の強さの現
われであります聾盆燃^お筈。)。

憲法第五一条一項で、「国家の安全保障、または公共の秩序
が重大な威脅を受けるか、受ける憂慮があるとき.•••:」と規定
しているのをみてもその判断は、大統領だけが自由にするとい
うことで事前的・予防的措置を意味します。

大統領の独裁の範
囲がどこまであるか、また司法審査の対象にならないというこ
と国会の統制も解除建議にすぎないこと等の点からみて、結局、
大統領の緊急権発動に対しては一切の統制機関がないというと
ころに大きな問題があったわけです。また、大統領は「統一主
二五八
体国民会議」というところで選挙する間接選挙で選ばれ、任期
六年、重任無制限で国会の解散権もありました。

大統領はこの
ような超憲法的憲法で長期間執権しました(一八年間)。

しかし
このような状態のもとで奇蹟的なことは、事業家と国民の努力
によってある程度の経済発展をもたらしたことです。

これは評
価されるべきだと思います。結局朴政権の終末は、一九七九年
一〇月二六日夜、酒宴席で当時現職の中央情報部長金載圭にょ
って朴大統領が銃殺されたときでした。そして第四共和国は幕
を閉じました。

3•戒厳宣布権

戒厳宣布規定は第三共和国憲法規定と同様なので省略しま
す。

vn第五共和国憲法上の国家緊急権

1«背景と経過

一九七九年一〇月二六日朴死亡事態後新憲法公布までの一年
間はさまざまなことが起りました。

まず大統領が死亡した当時
国務総理であった崔圭夏が大統領の権限代行において、朴大統
領の国葬を行いました。

そのあと崔圭夏は一九七九年一二月六
日「統一主体国民会議」で、大統領に選任されました。

そして
「危機管理政府」であることを宣言しました。

そのあと第四共
和国時代に発布した緊急措置第九号を四年七カ月ぶりに解除し
ました。

この九号で逮捕された、二六一名も釈放し、尹潜善前
大統領と金大中等六八七名の復権措置等も行い、自由な政治活
動が始まりました。

これに金鍾泌、金泳三も加わって三金は平
和的政権交代協力を約束し、政治活動をはじめました。

ところ
が、社会的混乱を理由にして五月一七日、政府では全国拡大の
非常戒厳令宣布と共に、戒厳司令部で過去の政治家•高位公職
者、不正蓄財者等を連行調査し処罰乃至蓄財還収等の制裁が行
われました。三金も政治活動から隠退すると、声明を出して隠
退しました。

この事態の前に国会では与・野党の一四名ずつの改憲特別委
員会が設置されて、国会の改憲案がほぼ完成しました。

ところ
が民主化の運動が行き過ぎて、舎北地域の鉱夫達の騒動があっ
たり、学生達の大規模デモ、光州民主化運動等が起きました。

これらは国家全体の混乱ではなかったにも拘らず上記の五・ー
七措置がなされ、このときから軍内部の、ある野望をもった者
が、登場するようになりました。

当時国軍保安司令官であった全斗®が中央情報部長を兼ね
た、核心的な地位にっき、五・一七措置をとったのです。

そし
て名分は崔大統領の諮問機関として、「国家保衛非常対策委員
韓国憲法における国家緊急権(丘)
会」を設置し、この常務委員長に全斗炭が就任、戒厳司令部と
協力して、社会浄化を行い、国政全般にかけて統制機能をも
ち、はたらきかけました。

そして八千余名の公務員を粛清した
あと「国家保衛立法会議」に変名して、新改正憲法の効力発生
日まで国会の機能と役割をしました。

また崔大統領も下野圧力
を受けて、就任ニニ五日目に退任し、全斗ftが「統一主体国民
会議」から選出され大統領に就任しました。

このように全斗^の政権纂奪過程がありました。

憲法改正
は、全斗^の意のままに設置された憲法改正委員会が行い、全
斗^の意思を反映した憲法を草案して一九八〇年一 〇月ニ二日
国民投票、一〇月二七日正式公布されました。

結局この憲法改
正も第三・四共和国憲法と同じく既に執権予定者の意思を前提
とした改憲でした。

2 •緊急権(非常措置権)

第五共和国憲法においては、第四共和国での緊急権の濫用を
反省して、多少修正が加えられました。

即ち、事前•予防的緊
急措置でなくて、伝統的緊急権理論のもとに、事後的措置に復
帰するという意味をもちました。

そうであっても第五共和国憲
法上緊急権は、⑴非常措置権として、国民の自由と権利を暫定
的に停止することができる。(a)政府と法院の権限に対して非常
二五九
比較法学ニ二巻ーー号
措置をとることができる。

圃この非常措置は国政全般と、国民
の基本権全般にかけて特別な措置をとることができるとした強
力な規定でした。

これら緊急権を第四共和国憲法規定と比較してみます。

⑴第四共和国の「国家の安全保障、または公共の安寧秩序
が重大な威脅を受ける」を、第五共和国では「国家の安全を威
脅する交戦状態と、これに準ずる重大な非常事態に処して」と
表現を変えましたが、解釈如何によっては同じと思われます。

⑵第四共和国の「威脅を…..受ける憂慮があり、迅速な措置
をとる必要があると判断した場合」を、第五共和国の「国家の
保衛のため、迅速な措置をとる必要があると判断した場合」も、
その判断如何によっては同じといえましょう。

⑶「内政・外
交・国防・経済・財政•司法等、国政全般にかけて非常(緊急)
措置をとることができる」という表現も同じです。

⑷第五共
和国憲法では、非常措置をした場合、遅滞することなく、国会
に通告して承認を得なければならない。もし承認を得られなか
った場合には、そのときから措置の効力は喪失するといった点
が、第四共和国の国会への通告だけと規定したのと違うところ
であります。

しかし国会が承認しない場合は国会を解散(第五
七条)して、新国会から承認を得ることもできましょう。

⑸第
四共和国では緊急措置が司法審査の対象にならないとしている
二六〇
のに対して、第五共和国ではこれらの規定はありません。しか
し統治行為とみなされて司法審査の限界を越えたとして、審査
を避ける方法もありましょう。

⑹国会の緊急権解除要求に対し
ては、第四共和国は建議、第五共和国は解除要求としていますか
ら、大統領は解除すべきであるといえます。

⑺緊急措置の判断
と範囲は大統領一人だけに限るという点については同じです。

非常措置の権限で、国会を解散したり、憲法を改正したり、
軍政を実施したりすることはできないというのが伝統的緊急権
理論でありますが。

非常措置権には憲法的効力と法律的効力のある二種がありま
す。

第四共和国憲法においては緊急措置権の解釈において、
「非常命令」と「非常措置」は憲法的停止の措置を意味し、「緊
急命令」と「緊急措置」は立法的措置乃至処分に該当するとの
主張がありました。

このような主張は第五共和国でも可能であ
ると思われます。

しかし幸いにも、第五共和国時代にはこの非常措置権の行使
は一回もありませんでした。

もしあったとすれば、国民は強く
抵抗して、政権自体が危なくなったかも知れません。それほ
ど、国民の政治的意識は強くなっていたと思われます。

大統領に対して、強力な非常措置権を認定していますが、そ
の濫用の弊害を防止するため、統制は、⑴発動要件を鎮圧的措
置に限る。事前予防的措置は認めていない。㈤事後統制手段を
強化して、国会の承認を得られなければ失効する。また国会の
解除要求があった場合には無条件解除する。(iii)非常措置は必要
な最短期間に限るなどの統制が規定されています。

このような国会の統制がありますが、このほか法院または憲
法委員会においても、国務会議審議、文書の形式、副署等の要
件事項および具備に対して事後的司法審査が可能であると考え
られました。

W第六共和国憲法上の国家緊急権

1•改憲過程

ー九八一年二月二五日に就任した全大統領は七年の単任でー
九八八年二月二四日まで執権していました。

ー九八四年一ー月ー
二日国会議員総選挙の結果、従来第一野党であった民韓党が敗
北して金泳三の新民党が第一野党になりました。

民韓党の敗北
の原因は過去民正与党について、準与党の役割をしたため、国
民から離れたことです。

そこで鮮明な第一野党として登場した
のが新民党です。

新民党は先ず改憲を強く主張して、結局与・
野党が改憲の協議をすることになりました。 このとき与党は
議院内閣制、野党は大統領直選制を主張して合意することが出
来ませんでした。

ところで全大統領は突然ー九八七年四月ー
韓国憲法における国家緊急権(丘)
三日、オリンピック大会の切迫等の理由をあげて、改憲しない
と発表しました。

そのあと新民党は金泳三・金大中の勢力が合
流し「統一民主党」を結成して団結し、全大統領の四・一三措
置(護憲)を撤回するよう闘争を宣言しました。

これに 学生・
市民も闘争を宣言してー九八七年六月一〇日と同六月二六日に
は大々的なデモ行進を強行し、全大統領に迫りました。

そこで
民正執権党は事態の深刻さを痛感して、全斗燥の代りに当時
盧泰愚民正党代表が、同六月二九日、大統領直選制改憲等の野
党の要求を全部を受け入れるという談話六項目を発表しまし
た。

このあと与・野党代表八人が政治会談を開始して、改憲案協
議で妥結をし、ー九八七年九月ニー日、改憲案全文を発表、ー
〇月ー二日国会議決、ー〇月ニー日国民投票で確定、ー〇月二
九日正式公布してー九八八年二月二五日から施行しました。

このように与・野党が自由に民主主義的な方法で第九次改憲
を行い、第六共和国の憲法をつくり出しました。

2 •緊急権(緊急財政•経済処分•命令権と緊急命令権)

第六共和国憲法第七六条は、大統領の緊急財政・経済処分・
命令権と、緊急命令権を比較的詳細に規定しています。これら
は第四共和国の緊急措置権と、第五共和国の非常措置権とは、相
二六一
比較法学ニニ巻二号
当な相異があります。

その内容は第三共和国の規定を復活した
ようなかたちになっています。

発動要件を厳格にし、効力は法
律の効力だけをもつよう制限しています。この点は第五共和国
憲法より、その強度が緩和されています。

第五共和国と具体的に違う点は、

第六共和国では、⑴非常措
置という言葉を緊急命令に直したこと、(n)緊急命令は法律的効
力をもっことを憲法に規定してあること、(iii)政府と法院に関し
ても特別措置することはできないこと、Wこの命令で法律の改
廃は可能であるし、その命令を根拠にして、法規命令を出すこ
とも可能であります。しかし命令が解除された場合は原状復帰
するという四点です。

⑴緊急財政・経済処分・命令権とは

⑴状況〔内憂・外患・天災・地変または、重大な財政・経済
上の危機において、(ii)目的“国家の安全保障または、公共の安
寧秩序の維持のため、(iii)時期”緊急なる措置が必要であり、国
会の開会をまつ余裕がないときに限って、(iv)発動命令”最小限
必要な財政・経済上の処分、またはこれに関する法律の効力を
持つ財政・経済上の命令を発することです。

⑵緊急命令権とは

⑴状況“国家の安危に関係する重大な交戦状態において、(H)
目的、国家を保衛するため、M時期」緊急な措置が必要であ
二六二
り、国会の開会が不可能な場合に限って、(iv)発動権限一法律の
効力を持つ命令を発することです。

このように、現行の憲法は、超憲法的権限を与えたのではな
く、法律的改廃カの効力を持つ緊急財政・経済処分、およびそ
の執行に関する命令権と、緊急命令権を与えています。

しかし、ここで問題になるのは、このような命令の違憲性に
関して、これを統治行為とみなすべきか、または憲法裁判所
の、審判対象にすべきか、あるいは、処分の違憲・違法性に関
して、法院の審査を受けるべきかの点です。

これに関しては、国家緊急権の一種であっても、その効力が
憲法の下位にある法律的効力をもつ統治行為であるとみなし
て、違憲性がある場合には、一応憲法裁判所に提訴して、審判
を受けるべきではないかと主張されています。これは濫用の防
止のためでもあります。
緊急命令の目的は、あくまでも現存秩序の維持と回復のため
で消極的なものに限ります。公共福祉の増進という目的のため
に積極的に行使してはいけないということは常識的でありま
す。
緊急権発動に関する判断は、大統領だけにあります。ただし、
緊急状況が現実的に発生したときに限ります。発生する憂慮が
あるとして事前に発動することはできません。あくまでも事後
的措置に限りると解釈しています。

大統領の緊急権発動の手続は、⑴国務会議の審議を経ること、
(ii)このとき国家安全保障に関連する事項は国家安全保障会議の
諮問を受けること、(ni)必ず文書で行うこと、この文書には、国
務総理と関係国務委員の副署があること、何大統領は遅滞する
ことなく、国会に報告して承認を得ること、もし承認を得られ
なかった場合にはその処分、命令はそのときから効力を喪失す
る、(v)この場合、緊急命令によって、改廃された法律はその命
令の承認が得られなかったときから当然効力を回復する。よっ
て国会が休会中または閉会中であれば、大統領はすみやかに、
開会を要求しなければならないということを規定しています。

緊急権と軍政は別の事項です。軍政は戒厳宣布権で実施する
ものであって、緊急命令権では、軍政を宣布して兵力を使用す
ることはできません。しかし交戦状態で軍隊の動員が必要であ
るときは、非常戒厳を宣布して対処すべきです。

緊急権発動の期間は、その暫定的な性格上目的達成のため最
短期間に限ります。その原因が消滅した場合は遅滞することな
く解除しなければなりません。消滅如何の判断は大統領が行い
ますが、客観的にみて消滅したのにも拘らず解除しない場合
は、国会の議決で解除を要求すべきです。このときもし大統領
が応じなければ国会は弾劾訴追をすべきでありましょう。

韓国憲法における国家緊急権(丘)

3・緊急権発布に対する統制

⑴ 緊急命令権発動を国会の承認事項として憲法に規定して
ありますが、解除要求の規定はありません。これは立法の不備
ともいわれていますが、国会の地位からみて当然解除権も認め
るべきだと解釈するわけです。国会は緊急権発動の期間中でも
正常的な活動(法律改廃、国政監査•調査)が保障されなければな
らないという点で一般議決定足数で解除を要求することができ
ると理解しています。またこれ以外の国会の行政府統制方法と
しては、国務総理•国務委員の国会出席要求と質問権•解任建
議権、予算審議確定権等を通じて圧力をかけるという方法もあ
ります。

⑵司法的統制 現行憲法には緊急権発動時の司法的統制

に対して明文の規定はありません。一般的に、緊急権を統治行
為とみなして、司法的統制が不可能だといわれています。しか
し緊急財政・経済処分•命令権および緊急命令権は法律的効力
を持つ以上、違憲法律提訴権をもっている法院と審判権をもつ
ている憲法裁判所では、個別的・具体的緊急命令措置に対して、
司法的審査をし統制することが可能であるかと思われます。し
かし、緊急措置に対しては国会統制(承認・解除要求権)がもっ
とも適していると思われます。

二六三
比較法学ニニ巻二号

4•戒厳宣布権
一般的に戒厳(marHa ーー aw)とは戦時・事変または、これに
準ずる国家非常事態において、兵力をもって、軍事上の必要に
応じまたは公共の安寧秩序を維持する必要があるときに法律の
定めるところによって、国民の基本権、政府と法院の権限に関
して、大統領は、特別の措置をとることができるということで
す。

このような憲法第七七条の戒厳と憲法第七六条の緊急命令権
は伝統的護憲の武器として、自由民主的基本秩序を守るための
立憲的独裁でありましょう。

戒厳は戒厳法と同施行令によってなされますが、国家非常事
態の危害が具体的に発生した場合に限って事後的に発動するこ
とができます。この手段は兵力を動員する場合に限ります。こ
れは第七六条の緊急命令権とともに法治主義に対する重大な例
外であるため、その行使の制限は立憲主義との調和が要望され
ます。

戒厳は非常戒厳と警備戒厳がありますが、その宣布は大統領
だけが行います。

㈤ 非常戒厳 非常戒厳は、大統領が戦時•事変または、
これに準ずる国家非常事態において、敵と交戦状態である場
二六四
合、社会秩序が極度に混乱して、行政・司法機能の遂行が、非
常に困難な場合に軍事上の必要に応じまた公共の安寧秩序を維
持するため宣布します。また非常戒厳が宣布された場合には、
令状制度、言論・出版・集会・結社の自由と、政府または法院
の権限に関して、特別な措置をとることができるとされていま
す。

⑥ 警備戒厳 警備戒厳は、戦時・事変または、これに準
ずる国家非常事態において、社会秩序が混乱し、一般行政機関
だけでは、治安を確保することができない場合に、公共の安寧
秩序を維持するため宣布します。

戒厳宣布の判断権は大統領にありますが、その判断基準は、
はっきりしない点がありますので、詳細な規定が必要だろうと
思います。

戒厳の宣布手段は、先ず、国防部長官または内務部長官が、
戒厳宣布要件を充足した事由が発生したと判断した場合、国務
総理を経由して大統領にその宣布を建議します。それを大統領
が認定した場合、宣布の理由、種類、施行の日時、施行地域、
戒厳司令官等を公告します。これを国会に遅滞することなく通
告します。もし国会が閉会中であれば、大統領はすみやかに国
会の開会を要求します。

大統領は戒厳宣布のあと、状況によっては、戒厳の種類、地
域、司令官等を、国務会議の審議を経て変更することができま
す。これも国会に通告しなければなりません。

。戒厳の効力 戒厳の具体的効力は、警備戒厳の場合
と、非常戒厳の場合で若干違います。しかしどの戒厳の場合で
も、国会議員は現行犯でない限り、逮捕または拘禁されること
はありません。

⑴非常戒厳の効力 非常戒厳下の特別措置は、政府と法
院の権限に関するものと、国民の基本権制限に関するものとが
あります。

⑶ 政府と法院の権限に関する特別措置の根拠は、憲法第七
七条第三項に「..•政府または法院の権限に関して、特別の措置
を講ることができる」としています。これを根拠にして、非常
戒厳の宣布と同時に戒厳司令官は、戒厳地域内の、すべての行
政事務と司法事務を管掌します。これによって戒厳地域内の行
政機関(情報・保安機関含む)、司法機関は、戒厳司令官の指揮•
監督を受けなければなりません。

ただ、戒厳法第七条一項に規定したすべての司法事務とは、
厳格な意味において、裁判作用を除外した一般の司法業務、即
ち、司法警察、検察、公訴提起、刑の執行、民事非訟事件等を
意味するということが多数説であります。

非常戒厳下の軍事裁判は、軍人、軍務員の犯罪・軍事に関す
韓国憲法における国家緊急権(丘)

るスパイと、哨兵・哨所・有毒飲食物供給•捕虜に関する罪の
うち、法律の定めるところによってのみ、単審裁判することが
できます。しかし死刑に関しては複審の審判によらなければな
りません。この単審での死刑の廃止は現行憲法で採択されまし
た。

(b)基本権制限に関する特別措置 前述の憲法では「・・・令
状制度、言論・出版・集会・結社の自由に関して、特別の措置
を講ることができる」と規定しています。これを根拠にして、
戒厳法には、軍事上必要な場合、逮捕・拘禁・押収・捜索・居
住・移転(疎開・待避)・言論・出版・集会・結社または、団体行
動に対して、特別の措置を講ることができるとし、この場合戒
厳司令官は、その措置内容を、前もって公告しなければならな
いとしています。

また、戒厳司令官は、「徴発法」によって、人的動員、物的
徴発、軍需物資の調査・登録•搬出禁止、国民の財産破壊・焼
却等を命ずることができます。このような場合発生した損失に
対しては、後で大統領令によって正当補償すると規定していま
す。しかしこれらすべての基本権制限はやむを得ない場合に限
って最小限に行われなければならないということです。

⑵ 警備戒厳の効力 警備戒厳においては、戒厳地域内の
軍事に関する行政事務と司法事務だけを管掌します。軍事以外
二六五
比較法学ニニ巻二号
の一般行政・司法事務は、前と同じく民政で執行します。

この
警備戒厳は、社会の安寧秩序の回復という、治安維持の行政目
的だけを主にしています。それで、戒厳法にも国民の基本権制
限、徴発、損失補償、軍事法院に関しては、非常戒厳の地域に
限って規定していて、警備戒厳の地域には規定していません。
ただ、警備戒厳も、その宣布公告、国会通告、戒厳司令官、地
域、指揮・監督・解除等は非常戒厳の場合と同じです。

5•戒厳の解除

⑴解除の方法 非常事態が解消して平素状態に回復した
場合と、国会が解除を要求した場合は、大統領は遅滞すること
なく戒厳を解除し、公告しなければなりません。この場合大統
領は、国防部長官、または、内務部長官が国務総理を経て、解
除を建議してきた場合と、国会での解除要求があった場合に、
国務会議を経て解除します。もしこれに大統領が応じなけれ
ば、国会では弾劾の訴追をすることができましょう。

⑵ 解除の効果 戒厳を解除した場合はすべての行政・司
法事務は、平常の通り復帰します。軍事法院に繫属している事
件は一般法院に帰属させます。このとき大統領は、必要である
と認定した場合に限り軍事裁判の裁判権をーカ月以内に限って
延長させることができます。
二六六

⑶戒厳に対する統制

(a) 国会による統制 国会は在籍過半数の賛成で戒厳の解
除を要求することができます。また、戒厳宣布中でも立法活動
の継続、国政の監査、調査権、国務総理•国務委員の国会出席
要求と質問権、解任建議権、弾劾訴追権等を通じて行政府の権
限乃至戒厳権に対して統制することができます。

(b) 司法的(法院、憲法裁判所)統制 戒厳は統治行為とみ
なされて、司法的審査が否認されていますが、戒厳の個別的措
置と命令に対しては、司法審査が可能ではないかとの見方もあ
ります。

⑥ 国民による統制 国民の世論喚起と抵抗権が考えられ
ます。しかし国会での統制がいちばん望ましいと思われます。

以上のような国家緊急権とその運営において単片的に考察し
てみましたが、第六共和国憲法に規定した程度の国家緊急権は
南北対立の韓国において正当であると思います。

しかし過去の
ように統治権者の統治の方法に利用されるようなことがないよ
うその運営に注意すべきであります。特に国民の基本権の侵害
がないように心がけるべきであると思います。

(本稿は、ー九八八年七月七日、早稲田大学比較法研究所において行
なった講演内容である。)

国家緊急権に関する各共和国憲法規定
韓国憲法における国家緊急権(丘)

(附録第1)
韓国戒厳略史
二六七
事 由 戒厳種類 期 間 地 域 備 考
済州道暴動 1948.10.17〜12.31 済州道全域
麗水•順天叛乱 1948.10.21〜未詳 麗水•順天地区
6.25事変 非常戒厳 1950.7.8〜1953.7.23 全国または地域 3年16日間
4.19学生義挙 警備戒厳 1960.4.19.13:00 ソウル地区 4時間
非常戒厳 1960.4.19.〜1960.6.7 ソウル,大田,大¢β, 釜山,光州地区 50日間
n it 後に全国
5.16軍事革命 非常戒厳 警備戒厳 1961.5.16~196115.27 1961.5.27~1962.12.5 全 国 a 12日間 191日間
6.3事態 非常戒厳 1964.6.3~1964.7.29 ソウル地域 57日間
]〇月維新 非常戒厳 1970.10.17〜 1970.12.13 全 国 68日間
釜山事態 非常戒厳 1979.10.18〜 全国に吸収 釜山地域 9日間
10.26事態 (朴死亡) a it it 1979.10.27〜 1980.5.17 1980.5.17〜1980.10.17 1980.10.17~ 1981.1.24 全国(済州除外) 全国拡大 (済州除外)全国 455日間

(附録第2)
第一共和国憲法(1948.7.17)
第57条 内憂•外患・天災・地変または重大な財政•経済上の危機に際し 公共の安寧
秩序を維持するため緊急な措置をとる必要があるときには,大統領は国会の開会をまつ余
裕がない場合に限って法律の効力をもつ命令を発するかまたは財政上必要な処分をするこ
とが出来る。
前項の命令または処分は遅滞することなくこれを国会に報告し 承認を得なければなら
ない。万一国会の承認を得られなかった場合には,その時以後効力を喪失し,大統領は遅
滞することなくこれを公布しなければならない。
第64条 大統領は法律の定めるところによって戒厳を宣布する。

(附録第3)
第二共和国憲法(1960.6.15)
(第3次改憲)
第57条 内憂•外患・天災・地変または重大な財政•経済上の危機に際し公共の安寧秩
序を維持するため緊急な措置をとる必要がある場合には,大統領は国会の開会をまつ余裕
がないときに限って,国務会議の議決を経て,財政上必要な処分をすることが出来る。前
項の処分を執行するため必要な場合は,国務総理は法律の効力をもつ命令を発することが
出来る。
第58条 第57条の処分・命令は遅滞することなく国会に報告して,その承認を得なければ
ならない。もしこのとき民議院が解散された場合は参議院の承認を得なければならない。
前項の承認が得られなかった場合の処分,命令はそのとき以後効力を喪失する。
第64条 大統領は国務会議の議決によって戒厳を宣布する。
戒厳の宣布が不当であると認定した場合,大統領は国務会議の議決にかかわらずその宣
布を拒否することができる。
戒厳が宣布されたときは法律の定めによって国民の権利と行政機関または法院の権限に
関して特別な措置をとることができる。

(附録第4)
第三共和国憲法(1962.12.26)

(第5次改憲)
第73条① 内憂・外患・天災・地変または重大な危機に際して,公共の安寧秩序を維持
するために,緊急な措置が必要であり,国会の開会をまつ余裕がない場合に限って,大統
領は最小限の必要な財政•経済上の処分またはこれに関する法律の効力をもつ命令を発す
ることができる。
② 国家の安危に関係ある重大な交戦状態において国家を保衛するため,緊急な措置が
必要であり,国会の開会が不可能な場合に限って大統領は法律の効力をもつ命令を発する
ことが出来る。
③ 第1項と第2項の命令また処分は遅滞することなく国会に報告してその承認を得な
ければならない。
④ 前項の承認を得られないときはその命令•処分はそのときから効力を喪失する。た
だその命令によって改正または廃止された法律はその命令の承認を得られないときから当
然効力を回復する。
⑤ 大統領は第3項および第4項の事由を遅滞することなく公布しなければならない。
第75条① 大統領は戦時•事変またはこれに準する国家非常事態において,兵力をもつ
て軍事上の必要または公共の安寧秩序を維持する必要がある場合法律の定めによって戒厳
を宣布することができる。
② 戒厳は非常戒厳と警備戒厳にする。
③ 非常戒厳が宣布されたときは法律の定めによって令状制度,言論・出版•集会•結
社の自由,政府または法院の権限に関して特別な措置をとることができる。
④ 戒厳を宣布したときには,大統領は遅滞することなく国会に通告しなければならな
い。
⑤ 国会が戒厳の解除を要求した場合には,大統領はこれを解除しなければならない。

(附録第5)
第四共和国憲法(1972.12.27)
(第7次改憲)
第53条① 大統領は天災•地変または重大な財政•経済上の危機に処した場合,国家の
安全保障または公共の安寧秩序が重大な威脅を受けるか,受ける憂慮があるときに,迅速
な措置をとる必要があると判断した場合には内政•外交•国防・経済•財政•司法等国政
全般にかけて必要な緊急措置をとることができる。
② 大統領は第1項の場合,必要であると認定したときには憲法に規定してある国民の
比較法学ニニ巻二号
二六ハ
韓国憲法における国家緊急権(丘)
二六九
自由と権利を暫定的に停止する緊急措置をとることができる。また政府や法院の権限に関
しても緊急措置をとることができる。
③ 第1項と第2項の緊急措置をとる場合には,大統領は遅滞することなく国会に通告
しなければならない。
④ 第1項と第2項の緊急措置は司法的審査の対象にしてはいけない。
⑤ 緊急措置の原因が消滅した場合には,大統領は遅滞することなくこれを解除しなけ
ればならない。
⑥ 国会は存籍過半数の賛成で緊急措置の解除を大統領に建議することができる。大統
領は特別な事由がない限りこれに応じなければならない。
第54条① 大統領は戦時・事変またはこれに準する国家非常事態において,兵力で軍事
上の必要または公共安寧秩序の維持の必要がある場合には,法律の定めによって戒厳を宣
布することができる。
② 戒厳は非常戒厳と警備戒厳にする。
③ 非常戒厳が宣布された場合には法律の定めによって令状制度,言論・出版•集会・
結社の自由,政府また法院の権限に関して特別な措置をとることが出来る。
④ 戒厳を宣布した場合,大統領は遅滞することなく国会に通告しなければならない。
⑤ 国会が在籍過半数の賛成で戒厳の解除を要求した場合には大統領はこれを解除しな
ければならない。

(附録第6)
第五共和国憲法(1980.10.27)
(第8次改憲)
第51条① 大統領は天災・地変または重大な財政•経済上の危機に際し,もしくは国家
の安全を威脅する交戦状態またこれに準する重大な非常事態に際し,国家を保衛するた
め,急速な措置をとる必要があると判断された場合には,内政•外交•国防・経済•財政
•司法等国政全般にかけて必要な非常措置をとることができる。
② 大統領は第1項の場合に必要であると認定した場合には憲法に規定する国民の自由
と権利を暫定的に停止することができる。また政府・法院の権限に関しても特別な措置を
とることができる。
③ 第1項と第2項の措置をとる場合には,大統領は遅滞することなく国会に通告し
て,承認を得なければならない。承認を得られない場合にはそのときからその措置の効力
は喪失する。
④ 第1項と第2項の措置はその目的が達成されると考えられる最短期間に限定しなけ
ればならないし,その原因が消滅したときには,大統領は遅滞することなくこれを解除し
なければならない。
⑤ 国会が在籍過半数の賛成で非常措置の解除を要求した場合にほ,大統領はこれを解
除しなければならない。
第52条① 大統領は戦時・事変またはこれに準する国家非常事態において,兵力で軍事
上の必要に応ずるため,公共の安寧秩序の維持のため必要ある場合に法律の定めるところ
により戒厳を宣布することができる。
② 戒厳は非常戒厳と警備戒厳に分ける。
③ 非常戒厳が宣布された場合には法律の定めるところにより令状制度,言論・出版・
集会・結社の自由,政府と法院の権限に関して特別な措置を講じることができる。
④ 戒厳を宣布したときには,大統領は遅滞することなく国会に通告しなければならな
い。
⑤ 国会が在籍議員過半数の賛成で戒厳の解除を要求した場合には,大統領はこれを解
除しなけiufならない。

(附録第7)
第六共和国憲法(1988.2.25)
(第9次改憲)
第76条① 大統領は,内憂•外患•天災•地変または重大な財政•経済上の危機に際
し,国家の安全保障または公共の安寧秩序を維持するため緊急の措置が必要となり,国会
の開会を待つ余裕のない場合に限り,最小限に必要な財政・経済上の処分を行なうとか,
これに関して法律の効力を有する命令を発することができる。
② 大統領は,国家の安危に関わる重大な交戦状態に際し国家を保衛するため緊急の
措置が必要となり,国会の開会が不可能な場合に限り,法律の効力を有する命令を発する
ことができる。
③ 大統領は,第1項と第2項の処分または命令を下した場合には,遅滞することなく
これを国会に報告し,その承認を得なければならない。
④ 第3項の承認を得られなかった場合には,その処分または命令は,その時以後効力
を喪失する。この場合,その命令によって改正または廃止された法律は,その命令が承認
を得られなかった時から当然,その効力を回復する。
⑤ 大統領は第3項と第4項の事由を遅滞することなく公布しなければならない。
第77条① 大統領は,戦時,事変またはこれに準ずる国家非常事態に際し,兵力をもつ
て軍事上の必要に応じるとか,公共の安寧秩序を維持する必要がある場合には’法律の定
めるところにより,戒厳を宣布することができる。
② 戒厳は非常戒厳と警備戒厳に分ける。
③ 非常戒厳が宣布された場合には,法律の定めるところにより,令状制度,言論・出
版・集会・結社の自由,政府または法院の権限に関して,特別の措置を講じることができ
る。
④ 戒厳を宣布した場合には,大統領は,遅滞することなくこれを国会に通告しなけれ
ばならない。
⑤ 国会が,在籍議員過半数の賛成を通じて,戒厳の解除を要求した場合には,大統領
は,これを解除しなければならない。
比較法学ニニ巻二号
二七〇