有職読み

有職読み
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E8%81%B7%E8%AA%AD%E3%81%BF

『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

漢字
書体
篆刻・毛筆
甲骨文 金文 篆書
古文 隷書 楷書
行書
草書
木版・活版
宋朝体 明朝体 楷書体
字体
構成要素
筆画 筆順 偏旁 六書 部首
標準字体
説文解字(篆書体)
字様書 石経
康熙字典体(旧字体)
新字体 新字形
国字標準字体 常用字字形表
漢文教育用基礎漢字
通用規範漢字表
国字問題
当用・常用漢字
同音の漢字による書きかえ
繁体字(正体字) – 簡体字
漢字廃止・復活
漢字文化圏
中・日・朝・越・台・琉・新
派生文字
国字 方言字 則天文字
仮名 古壮字 字喃 女書
契丹文字 女真文字 西夏文字
→字音

有職読み(ゆうそくよみ)は、漢字で書かれた語を伝統的かつ特別な読み方で読むこと[1][2]。故実読み(こじつよみ)、名目(みょうもく)[3]、名目読み[4]、読み癖とも呼ばれる[2][5]。

1980年以降、しばしば人名を音読みする慣習のみを示す俗語として用いられ、2006年にウィキペディア日本語版に立項されたことでこの誤用が広まった[6]。

概要

「有職読み」という用語の調査を行った三浦直人によれば、「有職読み」という語の初出は1893年5月発行の『史学普及雑誌』9号であり[7]、神祇官を「カンツカサ」、太政官を「オホヒマツリコトノツカサ」と読むようなものであるとした上で、このように読むのは「間ぬるき話なれば」、「ジンギクワン」「ダイジヤウクワン」と読むべきとしている[8]。

1945年までの使用例8件はすべて「読み癖」「故実読み」と同一視したものであり、1980年代までも同様である[1]。

山田俊雄は「故実読み」を「一般の字音・字訓の慣用によって推理すると、かえって誤読となるような、伝統的な読み方をすること」であると解説している[9]。

ただし、歌人など一部の人名が伝統的に音読みされることもこの例の中に含まれる[1]。

山田は「故実読み」も「読み癖」も「かなり新らしい用語」であるとしており、有職読みも明治以降の言葉であると見られている[7]。

有職読みの例

神祇官→「かんつかさ」[8]
太政官→「おほひまつりことのつかさ」[8]
定考→「コウジョウ」[注 1]
笏→「シャク」[2]
礼記→「ライキ」[2]
文選→「モンゼン」[2]
女王禄→「オウロク」[2]
掃部→「カモン」[2]
即位→「ショクイ」[2]

このほか、夏目漱石は吾輩は猫である(九)で登場人物(迷亭の伯父)の科白を使い杉原という人名を「すい原」、目見ずを「ミミズ(蚯蚓-キュウイン)」、仰向きにかえるを「カイル(蝦蟇-ガマ)」、透垣(スキガキ)を「すい垣(がき)[10]」、茎立(クキタチ)を「くく立(たち)」[11]と読むことを、名目読み(ミョウモク-ヨミ)だと述べさせている。

人名に使われる有職読み

俊頼(源俊頼)(としより)→ 「シュンライ」[1]
俊成(藤原俊成)(としなり)→ 「シュンゼイ」[1]
定家(藤原定家)(さだいえ)→ 「テイカ」[1]
家隆(藤原家隆)(いえたか)→ 「カリュウ」[12]

式子内親王(のりこナイシンノウ) → 「ショクシナイシンノウ」[注 2]

天智天皇 →「テンヂテンノウ」 [13]

「人名の音読み」の意の誤用

誤用の始まり

高島俊男によると、戦前には名前の音読みは一般的な慣習であり、例えば滝川事件の瀧川幸辰については「タキガワ コウシン」以外の読みを戦前では聞いたことがなかったという[14]。

角田文衛は1980年の著書『日本の女性名』の中で、「歌学の世界で特定の歌人が」音読みされることを「歌人らが用いる符丁のような有職読みの典型」として紹介した[1][15]。

角田は別の著書において人名ではない「後宮」を「ゴク」と読む「有職読み」を紹介しており、人名音読を「読み癖」であると解説している[16]。

すなわち、歌人の人名音読は「有職読み」=「故実読み」に含まれる一例として、角田が挙げているものに過ぎない[17]。

しかし、この角田の記述を誤読した高梨公之と佐川章が人名音読自体を「有職読み」であると紹介している[13]。

三浦直人の調査によれば、2005年以前に書籍において「人名音読みが有職読みである」という記述を行ったのは高梨と佐川の二人のみであるとしている[13]。

ただしインターネット上にはいくつか記述があったとされる[18]。

誤用の展開

2006年1月21日、ウィキペディア日本語版において「有職読み」が人名音読の慣習を扱う記事として立項された[13]。

これ以後、書籍などにおいても、有職読みの語が人名音読の意として誤用されることが急増し、学術論文や新聞、クイズゲーム等にもこの誤用が用いられた[19]。

辞典においては大辞泉が「中世の歌学で、歌人の名を音で読むこと」「近代にそれをまねて有名人の名を音読すること」であるとして掲載している[注 3]。

また、この誤用が広まる中で、「音読みで読むのは偉人に対して用いられる慣習」、「音読みで読むのは知識人の嗜み」、「音読みで読むのは平安時代より続く伝統である」という誤った解説も付けられている[5]。

実際には江戸時代以降、政治家を音読みで呼びつつ揶揄することはしばしば行われている[21]。

徳川慶喜は、反対勢力や旧旗本によって蔑称として「ケイキ」と呼ばれた例もある[22]。
また音読みは正確な読みを知らない場合の手段であるが、井黒弥太郎が榎本武揚について「学のない世間はブヨーと親しんで呼んだ」と記述するように、それのみでは学のない者として「識者ノ笑」となるものであった[23]。

脚注
[脚注の使い方]
注釈

^ 「ジョウコウ」の読みが「上皇」と通じるため[1][2]。
^ 『清水宗川聞書』では、内親王は音読みで読むのが「読み癖」であるとしている[9]。
^ 三浦直人が小学館の担当者に出典を尋ねたところ、角田文衛の『日本の女性名』が出典であると回答されたが、角田の書籍には近代についての記述はない[20]。

出典

^ a b c d e f g h 三浦直人 2017, p. 24.
^ a b c d e f g h i 大辞林 第三版、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典『故実読み』 - コトバンク
^ 小学館デジタル大辞泉「名目(みょう-もく)」[1]
^ 精選版日本国語大辞典「名目読(みょうもく-よみ)」[2]
^ a b 三浦直人 2017, p. 23.
^ 三浦直人 2017, p. 21-22.
^ a b 三浦直人 2017, p. 35.
^ a b c 三浦直人 2017, p. 23-24.
^ a b 三浦直人 2017, p. 27.
^ 漱石による。なお一般には「すいがい」と読み慣わすことが多い。「すいかい」とも読む。「すいがき」(小学館デジタル大辞泉)[3]、「すいがい」「すいかい」(精選版日本国語大辞典)[4]
^ 精選版日本語大辞典「茎立(くく-たち)」[5]
^ 三浦直人 2017, p. 28.
^ a b c d 三浦直人 2017, p. 25.
^ 高島俊男「お言葉ですが…」(文春文庫)より
^ 角田文衞『日本の女性名 歴史的展望』(上)(教育社歴史新書30、1980年)、173頁。
^ 三浦直人 2017, p. 24-25.
^ 三浦直人 2017, p. 23-25.
^ 三浦直人 2017, p. 33.
^ 三浦直人 2017, pp. 26、36-37.
^ 三浦直人 2017, p. 38, 注40.
^ 三浦直人 2017, p. 30-31.
^ 三浦直人 2017, p. 31.
^ 三浦直人 2017, p. 32-33.

参考文献

三浦直人「伊藤博文をハクブンと呼ぶは「有職読み」にあらず : 人名史研究における術語の吟味」『漢字文化研究』第7巻、2017年、21-41頁。(2019年5月26日閲覧) - 漢検漢字文化研究奨励賞 佳作。

初出:三浦直人「伊藤博文をハクブンと呼ぶは「有職読み」にあらず:人名史研究における術語の吟味」『文学研究論集』45, pp. 207-226, 明治大学大学院, 2016年9月。

関連項目

人名#命名法と読み
修姓
有職
有職故実
熟字訓/当て字

カテゴリ:

日本語の人名日本の漢字日本のインターネットスラング広く信じられた謬説ウィキペディアのデマ

最終更新 2024年5月2日 (木) 02:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。