防衛研究所ニュース2005年1月号(通算84号)

防衛研究所ニュース2005年1月号(通算84号)
https://www.nids.mod.go.jp/publication/briefing/pdf/2005/200501.pdf

『ブリーフィング・メモ

本欄は、安全保障問題に関する読者の関心に応えると同時に、防衛研究所に対する理解を深め
ていただくために設けたものです。

御承知のように『ブリーフィング』とは背景説明という意味を持ちますが、複雑な安全保障問
題を見ていただく上で本欄が参考となれば幸いです。

なお、本欄における見解は防衛研究所を代表するものではありません。

荒木レポートにおける日本の安全保障戦略と安全保障政策研究

防衛研究所統括研究官
近藤重克

政府は、昨年(平成16年)12月に「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱に
ついて」(新防衛大綱)を決定した。新防衛大綱は、安全保障目標として日本の防衛
と国際安全保障環境の改善の二つを掲げ、日本自身の努力、同盟国との協力及び国際
社会との協力の三つのアプローチを統合的に組み合わせることによって、これらの安
全保障目標の達成を図ることが日本の安全保障の基本方針であることを明示した。

これは、小泉首相の私的諮問機関である「安全保障と防衛カに関する懇談会」が昨
年1〇月に発表した報告書(荒木レポート)が提示した日本のあるべき安全保障戦略
を受けたものである。

荒木レポートの特徴の一つは、国際平和協力が迂遠のようでも
重要な自衛の手段足りうると主張した点にある。

同報告は、日本と国際社会の平和と
の関わりについて、「国際貢献」という第三者的な言葉で語られることが多かったと
指摘し、これからはより能動的な姿勢で臨むべきであり、日本の保有する能力を統合
的に結集することの必要を説いた。

統合的な安全保障戦略を推進していくためには、そのための体制整備が必要である。

荒木レポートは、体制整備の施策として緊急事態対処、情報能力の強化、安全保障会
議の機能の抜本的強化、安全保障政策の基盤の整備の4つを提言している。

しかし、安全保障戦略推進のための体制整備は、日本にとって、非常にチャレンジ
ングなことである。

米国の日本研究者ケネス・パイル教授は、日本は米国の庇護下で
の平和に慣れきってしまったために、自らの安全保障について自立的な政策形成のた
めの様々な制度や仕組みー情報収集、戦略的思考、危機管理、政策遂行、軍事カーを
発展させることができなかったと指摘している。

したがって、複雑化した21世紀の安全保障環境に直面して、日本は大きな岐路に
立っていると言うことができる。

世界第2の経済規模を持つ通商国家である日本の経
済活動は世界の隅々にまで及んでおり、国際社会の平和は日本の生存と繁栄にとって
必須のものである。

また、国際秩序も日本にとって好ましいものでなければならない。

日本が、国際安全保障環境の改善に一定の役割を果たすためには、体制の整備が急務
になっている。

日本は持てる力を統合的に結集することが出来れば、国際社会においてかなりの影
響力を持つことが出来るはずである。

日本は、超大国・米国のような国際的影響力は
持ち得ないが、国連安全保障理事会の常任理事国である英国やフランスの3倍以上の
経済力を誇る存在である。

また、米側で19 9 6年の「日米安全保障共同宣言」に至
るナイ・プロセスを主導し、現在はハーバード大学での学究生活に戻っているジョゼ
フ・ナイ教授は、最近の著書において、日本は過去十年経済的には不調であるが、ア
ジア諸国のいかなる国よりも潜在的に大きなソフト・パワーを有していると指摘して
いる。

日本は憲法との関係において、軍事力に代表されるハード・パワーの行使につ
いて制約がある。

しかし、近年、軍事力の役割の多様化が進んでいる。

新防衛大綱も、
軍事力は、武力紛争の抑止・対処に加え、紛争の予防から復興支援に至るまで多様な
場面で積極的に活用されていると述べている。

その結果、日本が国際安全保障環境の
改善に関わることの出来る余地も拡大している。このことは、最近の自衛隊の海外で
の活動ぶりを見れば明らかである。日本にとっての課題は、その持てるカの結集を可
能にする体制をいかに築くかである。

安全保障戦略遂行のための体制整備にとって、基盤となるのは、情報能力と安全保
障政策研究の強化である。

これらは、これまで日本が国際関係において受け身の姿勢
が強かったことから弱い部分であり、日本が「主体性」をもって国際社会に関わって
いくためには強化されなければならない分野である。

軍事問題についての日本有数のエキスパートである江畑謙介氏は、「インフォメー
ション」と「インテリジェンス」という英語の言葉に対する適訳が日本語に見出せな
いことは、日本の文化において、情報の大切さが本当に理解されていない証左であろ
うと述べている。

さらに同氏は、国家レベルで必要とされる情報の収集、分析を専門
に扱う規模を持った機関が存在しないというのは、非常に奇妙な現象であり、日本ほ
どの立場の国で、専門の国家情報組織がないという国は希有であると指摘している。

また、安全保障問題は、日本の大学では最近までほとんど研究や教育の対象ではな
かった。

ようやく、学問的研究の対象になってきた状況である。

しかし、他の分野と
同じく、日本の学界において政策研究は貧弱である。

したがって、世間一般で行われ
る安全保障談義は、建設的な政策に結びつくものではなく、どこか当事者意識が希薄
で井戸端会議的である。

このような状況を反映して、荒木レポートは、安全保障問題、あるいは安全保障政
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策を専門的に考究する「知の中心」として、政府・非政府の安全保障シンクタンクを
育成・強化すべきであると述べている。

新防衛大綱は、「防衛カの基本的な事項」の
一っとして挙げた「人的資源の効果的な活用」において、「安全保障問題に関する研
究・教育を推進する」と述べ、新防衛大綱に基づく最初の「中期防衛カ整備計画(平
成1フ年度〜平成21年度)について」は、具体的に「防衛研究所の安全保障政策に
係る研究・教育機能の充実を図る」と謳っている。

日本が同盟国である米国との戦略対話や国際安全保障環境の改善に主体的、積極的
に取り組むためにも、また中国の台頭や北朝鮮の脅威など日本周辺の安全保障問題に
適切に対応するためにも、戦略研究、安全保障政策研究の充実が必要である。

防衛研
究所は、文官研究者だけでも約4 0名の安全保障、地域研究の専門家が在籍しており、
これだけの規模の安全保障シンクタンクとして日本唯一のものになっている。

防衛研
究所が今日のようになったのは一朝ータのことではなく、先人達の先見の明に負って
いる。それだけ、防衛研究所の戦略、安全保障政策研究、それに基づく人材育成に期
待される役割は大きくなったと言える。

参考資料

「安全保障と防衛カに関する懇談会」報告書一未来への安全保障・防衛カビジョンー
(2004 年10 月)
Kenneth B. Pyle, MJapan and the Future of Collective Security,M in Danny Unger
and Paul Blackburn, ed., Japan s Emerging Global Role (Boulder: Lynne Rienner
Publishers,1988).
Joseph S. Nye, Soft Power (New York: Public Affairs, 2004).
江畑謙介、『情報と国家 収集・分析・評価の落とし穴』講談社現代新書!739 (講談
社、2004年)
大森敬治、「国防政策への転換」、『安全保障を考える』第592号、平成16年9月1
日(社団法人安全保障懇話会)
(2005年1月14日脱稿)
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最近のブリーフィング•メモー覧

2 0 0 4 年
12月 「原子力潜水艦領海侵犯事件と日中関係一対立と対立できない構造ー」
増田雅之
「2004年大統領選挙を巡るアメリカ社会の現状」 佐藤丙午
11月 「在日米軍の将来ー米国のトランスフォーメーションとG P R—」
高橋杉雄
0月 「チェチェン・テロリズムとプーチン政権」 兵頭慎治
9月 「民防空関係有事法制の史的考察一国民保護の視点からー」 氏家康裕
8月 「主権移譲後のイラク情勢とアメリカの中東政策」 小塚郁也
「1〇月大統領選挙へ向けたアフガニスタン・カルザイ政権の内政•外交」 湯浅剛
7月 「最近の米口関係」 坂口賀朗
6月 「海洋テロ対処の重要性と沿岸国主権の壁」 近藤重克
5月 「国際テロに対する自衛権の援用について」 森田桂子
4月 「地政学とは何か一地政学再考一」 庄司潤一郎
3月 「集団的自衛権問題に関する一つの論点整理」 柳澤協二
2月 「北朝鮮の軍事的脅威とは何か」 武貞秀士
「専守防衛と大量破壊兵器搭載弾道ミサイル」 小川伸一
1月 「国益の観点から、自衛隊イラク派遣の意義を考える」 柳澤協二

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