2012年3月
国立国会図書館調査及び立法考査局
調査資料
2011-1-b
現代社会はますます複雑かつ多様化し、国政審議においても広範で多角
的な情報が求められております。このような状況に対応するため、国立国
会図書館調査及び立法考査局は『基本情報シリーズ』を刊行いたします。
このシリーズは、国政課題に関する基本的な情報をさまざまな視点から提
供するものです。
ノ
基本情報シリーズ⑧ 各国憲法集(2) アイルランド憲法
/ ヽ
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3487278_po_201101b.pdf?contentNo=1
『本稿は、龍谷大学法学部教授 元山健氏にアイルランド共和国の
憲法の調査を依頼し、その概要及び訳文をとりまとめたものである。
k)_______
2012年3月
国立国会図書館
調査及び立法考査局
国立国会図書館調査及び立法考査局は、昭和30年から5年間にわたり、
衆議院法制局、参議院法制局及び内閣法制局と共同して、『和訳各国憲法集』
全3集を刊行し、ほぼ全世界を網羅する84か国の憲法を邦訳した。
その後、諸外国において多くの憲法改正や新憲法制定が行われ、その憲
法の様相は大きく変化するに至っている。このため、諸外国の憲法を最新
の条文から可能な限り原語に基づき翻訳し、ここに『基本情報シリーズ 各
国憲法集』として、逐次刊行するものである。
目次
〔解説〕
年表………………………………1
1 序論ーアイルランド憲法の特色………………….4
π 憲法の内容………………………….4
1総論一国民と国家
2 人権
3 統治機構
4 安全保障•平和主義
m 憲法改正手続………………………..26
IV 結語一最近の憲法的課題…………………..26
〔翻訳〕
アイルランド憲法………………………..28
アイルランド憲法
年表
1495年 アイルランド議会、ポイニング法(Poyning’s law)制定。イングランド王と
枢密院の事前承認なくしてアイルランド議会は立法権を行使し得ないとの
内容
1690年 ボイン川の戦い。プロテスタントの勝利
1695年 カトリック処罰法。カトリック教徒の信教の自由、教育、武器所持等を制
限・禁止
1783年 グラタン議会開始。アイルランド議会、立法権を回復
1798年 ユナイテッド•アイリッシュマン蜂起(アメリカ独立革命、フランス革命の
影響)
1800年 イギリス、アイルランドを併合(ActofUnion)。アイルランドの議会が解散
され、イギリス議会に統合(二つの立法府の統合による併合)
1829年 カトリック解放法制定(政治的権利の回復、公務からの排除の解除)
1886年 グラッドストーン、アイルランド自治法案(第一次)を提出するも不成立
1905年 アーサー ・グリフィスら、シン・フェイン党を結成
1914年 アイルランド自治法案(第三次)成立。第一次世界大戦勃発により施行延期
1916年 イースター蜂起。共和国宣言。指導者多数処刑される。
1918年 第一次世界大戦終了。シン・フェイン党、総選挙で圧勝。国民議会憲法制定
1919年 シン•フェイン党の国会議員ら、アイルランド国民議会を創設。対英独立戦
争開始
1920年 イギリス、アイルランド統治法を制定。南北分割始まる。
1921年 独立戦争停戦。対英交渉開始
1922年 愛•英条約(アイルランドでは、「アイルランド自由国憲法」)により、自治
領の地位を有するアイルランド自由国成立。条約反対派(デ・ヴァレラら)
と自由国政府派(マイケル・コリンズら)で内戦勃発(〜1923)
1932年 デ•ヴァレラ、政権獲得
1937年 1937年憲法の制定、国名をアイルランドとする。
1939〜45年 第二次世界大戦中、中立政策をとる。
1949年 アイルランド共和国法制定。英連邦から離脱
1955年 アイルランド、国連に加盟
1959年 レマス首相の経済近代化政策開始
1968年 北アイルランドで公民権運動始まる。
1972年 デリー「血の日曜日」事件。イギリスの北アイルランド直接統治開始。北ア
イルランド紛争激化
1973年 アイルランド、ECCに加盟
1981年 収監中のIRA メンバー10名、ハンガーストライキで死亡
1
基本情報シリーズ⑧
1983年 中絶禁止の憲法改正提案、レファレンダム(※ 憲法の改正,法律の制定,重要案件の議決などについて,立法機関の議決をもって最終決定とせず,有権者の投票によって最終決定とする国民投票ないし住民投票の制度)で承認される。
1986年 離婚禁止の憲法改正提案、レファレンダムで承認される。
1987年 単一欧州議定書、レファレンダムで承認される。
1990年 メアリ・ ロビンソン、大統領に選出される。
1992年 中絶関連3憲法改正提案のうち二つ(中絶目的の外国旅行、中絶にかかわる
情報の入手)、レファレンダムで承認される。
1995年 レファレンダムで離婚、承認される。
1997年 メアリ・マカアリース、大統領に選出される。
1998年 聖金曜日の和平合意(北アイルランド紛争、解決に向かう)
2001年 レファレンダムでニース条約、否決される。
2002年 中絶の全面禁止を求める憲法改正提案、レファレンダムで否決される。
2002年 2度目のレファレンダムでニース条約、承認される。
2004年 レファレンダムで市民権の制限、承認される。
2
アイルランド憲法
凡例
I. R. I. L. R. M. H. C. S. C. I. E. S. C. E. H. R. R. I. E. H. C. Re Irish Report Irish Law Report Monthly High Court Supreme Court Ireland Supreme Court (IE は Ireland の略称) European Human Rights Reports Ireland High Court in the matter ofの意。「大統領付託」(憲法第26条)による法律案 (Bill)に関する最高裁の判決を示すときに用いる。
3
基本情報シリーズ⑧
I 序論ーアイルランド憲法の特色
アイルランドは、北海道とほぼ同じ面積の共和制国家である。人口は約459万人、その
約87%がカトリックを信仰しており、言語はアイルランド語(ゲール語)と英語を、それ
ぞれ第一、第二公用語としている。
アイルランド憲法の総体的特色は、以下の点にある。その基本原理は、国民主権、大統
領制、権力分立と議院内閣制、基本的人権の尊重、国際協調主義と中立政策である。アイ
ルランドの歴史と文化による特徴と影響は、上記の原理のそれぞれに現れているが、そこ
に共通してみられる特徴として、カトリック的キリスト教(統治構造と人権条項の両面に
見られる)、イギリス(その憲法の批判的継承と断絶は、統治構造と人権条項の全面に現れ
ている)、欧州連合(特に近時の憲法改正、欧州人権条約の国内法化による新たな憲法裁判
の展開、さらに欧州連合の安全保障政策との葛藤など)からの影響を挙げることができる
であろう。総じて、アイルランド憲法の特色は、以下のように列挙できる。
① カトリック的キリスト教性(国家の性格、上院の職能制、人権条項など)
② イギリスの影響
•国民議会の一部としての大統領制ーこれは、イギリス議会が国王と議会から構成さ
れることを継承している。
•二院制と議院内閣制の採用
•イギリス型小選挙区制の否定一初代アイルランド自由国総理大臣であるアーサー•
グリフィス(Arthur, G.)は、比例代表制の熱心な主唱者であった。
•イギリス型の法の支配の採用と議会主権の否定
•イギリス型法曹制度の採用
③ 独自の憲法裁判制度
④ 不十分な人権保障条項とその是正
⑤ 独自の国際関係・安全保障政策
⑥ 憲法改正の質と量(国内の近代化と対外的には欧州連合加盟。アイルランド憲法にお
けるレファレンダムの機能の特質=国民議会と最高裁判所の対立の調整者としての
国民、人権保障の近代化をめぐるせめぎ合いの象徴としての憲法改正)
以下の解説では、これらの点を中心に、アイルランド憲法の概要を述べることにする。
π憲法の内容
!総論一国民と国家
⑴憲法のエートス
憲法が立脚する倫理的価値は、もちろん時とともに変わるとはいえ、その前文によれば、キリスト教の神に感謝を捧げ、思慮と正義と博愛を正しく遵奉し、共通善を促進することにあるとされている。
4
アイルランド憲法
憲法によれば、政府の権限は全て、神の下に人民に由来するものであって、人民は国家
の指導者を選任する権利を有し、最終的に国家政策のあらゆる問題を決定する権利を有している(第6条第1項)。理論上、人民は神の下にすべての権能を有する唯一の政府機関
であって、国家、政府機関を創設し、基本的権利を宣言する第一の根本的権威ということになる。
ところで、ここでいう「人民」とは、具体的には、アイルランド国民ということになる。
アイルランド国民は、自らの統治形態を選択し、他国民との関係を定め、自らの英知と伝
統に従って、その政治的、経済的、及び文化的生活を発展させる不可譲にして取り消し得
ない主権上の権利を有している(第1条)。アイルランド国民の一員であることは、アイ
ルランド島に生まれた全ての者の生得の権利であり資格である。
さらに、憲法は、アイル
ランド国民が、その文化的な同一性と伝統とを共有しつつ、海外に暮らし、アイルランド
人を祖先とする人々との特別の親近性を尊重することも規定している(第2条)。
⑵国籍と市民権
国籍は、忠誠に基づく法的地位である。国民と国家に対する忠誠は、全ての市民の基本
的な政治的義務である。市民権は、個人を国家に結び付ける法的概念であり、国内法の範
囲内で人の権利義務を決定する。憲法は、アイルランド国民の一員たることはこの島に生
まれた者全ての資格であり生得の権利であると定めており、また、アイルランド市民であ
ることは、法律により別に定めがない限り、全ての者の権利であると定めている(第2条)。
2004年の第2?回憲法改正法で初めて、アイルランド島に生まれた子どもは自動的にア
イルランド市民権を得る資格を有するという従来の無条件の市民権保有に条件が付けられた。
この改正を受けた2004年アイノレランド国籍及び市民権法(Irish Nationality and
Citizenship Act 2004)により、2005年1月1日以後出生した子どもについては、その親
の少なくとも一方が、(a)アイルランド市民、(b)連合王国市民、(c)アイルランド共和国又
は北アイルランドに永住権のある者、又は(d)その子の出生以前の4年間のうち少なくとも3年間合法的にアイルランド共和国に居住している者、という条件を満たした場合にのみ、市民権資格が与えられることになった。
⑶国の領土
アイルランド国民は、付属諸島と海域を含むアイルランド島の領土を引き継ぎ、正当に
領有する。
憲法は、英国からの独立の際に英国に留まることを選択した北アイルランドと
政治的に分割されている現状を承認しており、その統一に留保を与えているが、法律はアイルランド自由国と同じ領域、すなわち北アイルランドを除くアイルランド島に適用されると定めている。
憲法は、次いで、アイルランド国民の不動の意思が全ての人民を統合さ
せるのであり、その手段は南北両地域のそれぞれの人民の民主的な同意により平和的になされなければならないことを承認している(第3条)。
5
基本情報シリーズ⑧
2 人権
⑴人権総論
(i) 憲法的権利の法源
長年にわたって、憲法上の基本権は憲法により創設されたものではない、仮にそうだと
したら、憲法を改正すれば、それらは否認されてしまうではないか、と考えられてきた。
この自然法論は、1995年、最高裁により、否定された。
ハミルトン首席裁判官(Hamilton,
L.)は、「裁判所は、憲法を解釈し、個人権とは何かを確定、宣言し、時に必要であれば、
実定法に優位する権利又は時の経過により変わることのない不可譲の権利とは何かを確定、宣言するに際して、これらの権利を、思慮、正義、及び博愛という理念(憲法前文)に従って、解釈する」と述べている。
つまり、憲法規定自体から基本権の根拠を導き出したのである1。
(ii) 憲法的権利 <と「共通善(common good) J
憲法上の権利といえども絶対的でないことはいうまでもない。「共通善」の概念は、こ
れと深くかかわる概念である。「共通善」とは、国が法を作るにあたって依拠すべき総体と
しての社会の集団的利益を指している。憲法前文は、「個人の尊厳及び自由」を保障しつつ、
同時に、「真実の社会秩序」が達成されるべきことを主張している。
例えば、表現の自由(憲
法第40条第6節)には、「公共の秩序又は倫理若しくは国家の権限を損なうために利用さ
れることがないよう努めるものとする」旨の規定がある。同じく第40条第3節第3項の
胎児の権利は、同じくその母の生命権も等しく適正に尊重しつつ、と明示されている2。
この概念は、人権の衝突、人権と社会の利益の衝突の際の比較衡量の際の基準となる概
念として利用されているのであって、この衡量にあたってキーとなる概念が、「比例原則」
である。
「共通善」という理念は、日本で言うところの「公共の福祉」を含んでいるが、そ
れよりも内包の広い理念であって、人権制限というよりも、人権保障の基本的憲法哲学理念であると言えよう。
「共通善」概念を用いて人権が制約されることがあっても、それは根
底には人権保障に役立つものであることが常に含意されていよう3。
(iii) 憲法的権利の享有主体
憲法では、基本的権利は、市民(citizens)に属するとされ、あるいは、何人(persons)
にも属すると規定されている。
人権が外国人にも適用されるかについて、アイルランドの
裁判所は、憲法の文言にのみ縛られることなく、具体的事件ごとに、問題となっている権利の性質により事案の解決をしようとしている。
例えば、人身の自由や適正な手続、家族
の権利に関しては、概して、憲法上の権利を承認しょうとしている氣日本と異なり、アイ
1 Article 26 and the Regulation of Information (Services Outside the State for Termination of
Pregnancies) Bill,Re〔1995〕!1. R.l.
2 Attorney General v X 〔1992〕! I.R.1.
3 Gerard Hogan and Gerry Whyte, eds., JMKelly’s The Irish Constitution, 4th ed., Dublin :
Butterworth, 2003, pp.59, 107.
4 State (McFadden) v Governor of Mountjoy Prison〔1981〕l.L.R,M. 113; State (Trimbole) v Governor
of Mountjoy Prison 〔1985〕I.R. 550; Northampton County Council v A.B.F.and M.B.F.〔1982〕
I.L.R.M.164.
6
アイルランド憲法
ルランドでは、市民に与えられている憲法的権利は、企業、地方当局、及び制定法上の団体といった法的団体は、たとえそれらが公認されているものであっても、これを享有することはできない5。
⑵人権各論
(i)個人の権利(Personal rights)
(a) 黙示の憲法的権利(Unenumerated rights)
アイルランド憲法は、第40条以降に人権規定を置いているが、憲法上保障される権利
は明文規定があるものに限られるのかという議論がある。
これに対して、ケ二イ裁判官
(Kenny, J.)は、ライアン事件判決で、「キリスト教的民主的国家の本質に由来する、
憲法に記されていない市民の個人権が多く存在する」と述べている。
それを決める者につ
いても、ケ二イ裁判官は、同判決で、「現代では、それは司法権というよりむしろ立法府の仕事であろうが、コモン•ローの創生期になされたように、今日でも裁判所がこれをしてはならないという理由はない」と述べている。
もっとも、司法による立法には三権分立原
理からの制約があることが認められており、これを前提としての提言であることはいうまでもない。とはいえ、これが1937年憲法の人権規定の不十分さとその司法による克服と
いう側面を有していることは述べておいてよいであろう。
この問題は、憲法上保障されている人権とは、憲法の人権条項に列挙されている人権に
限るのか、それともそれらは例示であって、列挙されていなくても保障される人権はあるのか、という問題を含んでいる。
ライアン事件で、ケ二イ裁判官は、憲法に列挙されてい
る人権は例示であること、その法文上の根拠は、第40条第3節にある「特に(in particular) J
という文言にあることを明らかにして、その上で、明示されていない人権の立脚すべき根
拠として、憲法前文の「国のキリスト教的、民主主義的性格」という文言を挙げている6。
「黙示の権利」として判例により認められた権利として、身体の完全性を求める権利、
生計を得る権利、プライバシーの権利、婚姻している夫婦が子どもを持つ権利、結婚する権利、裁判所にアクセスする権利(訴訟を行う権利)、法的代理を求める権利、旅行する権利、囚人が外部と意思疎通をする権利、自然死により死ぬ権利、適正な手続(一般)を求
める権利(いわゆる「自然的正義」)などが挙げられる。
(b) 法の前の平等
憲法第40条第1節は、全ての市民は、人間として、法の前に平等であるとみなされる
と宣言している。しかし、国は、市民の間での、身体的及び精神的能力の差異並びに社会的役割の差異を尊重しなければならない。
したがって、このように保障されているからと
いって、年齢、能力、資質又は地位を配慮せず、あらゆる法を全ての市民に適用しなければならないということにはならない。
法は、不正、不合理又は恣意的と定義される差別、
不公平な差別をしてはならないという意味である。
個人は、その人間としての属性、人種
若しくは民族的背景、又は社会若しくは宗教的背景を理由として、社会のその他の人々よ
5 Brian Doolan, Principles of Irish law, 6th ed., Dublin : Gill & Macmillan, 2003, p.68.
6 以上については、Ryan v Attorney General〔1965〕I.R. 294.
7
基本情報シリーズ⑧
り優れている又は劣っているものとして扱われてはならない。
ここでは、「民主的プロセス
の維持の重要性」に鑑みて積極的な平等保護の必要性を説いた三つの判決を見ておこう。
マッケナ(McKenna) 事件では、1995年の離婚関連レファレンダムで、政府が賛成票
獲得のために予算を使ったことは平等に反するとされ7、ケリー (Kelly)事件では、一律
に候補者に課される選挙費用制限が問題になったが、費用制限という制度自体は適切であるが、現職議員が議席を確保するために、議員としての無料郵便、電話の無料通話、その
他現職議員であるがゆえの便宜を現行法は規制していないことに注意を喚起した8。
レファ
レンダムの公共放送に関する事件では、賛否両方の放送時間が不平等なのは憲法違反であると判断されたも
他方、いわゆる合理的区別論が採用されている事案もある。非嫡出子について、法にょ
り、非嫡出子は、その父が遺言なくして死亡した場合、その遺産の相続から除外されてい
るが、最高裁は、憲法第41条第3節第1項により、婚姻には憲法的優先権が認められて
いるので、この法的区別は違憲ではないと判断している的。また、男性の同性愛行為を処
罰しているが、女性については処罰していない法は、両性間の平等の保障に反するとの訴
えに対して、最周裁は、男性間の同性愛行為の方が、社会秩序により大きな「脅威」をも
たらすという理由で、この訴えを退けている口。
(c)生命に対する権利
(T)死刑廃止
1990年刑事裁判法で死刑は禁止され、その後、2001年の第21回憲法改正法の結果、
憲法第15条第5節第2項において死刑の復活の禁止が規定された。したがって、いかな
る緊急事態立法といえども、「死刑」を科すことはできない。
(イ)胎児の生命権と中絶権
胎児の生命権は、1983年の第8回憲法改正法により、その母親の生命権を等しく適正
に尊重することを条件にして、憲法上に規定された。
この胎児の生命権と相反する性質を含む権利の一つに、「中絶する権利」がある。この中
絶の権利を認めるか否かが、アイルランドにおいて大きな問題となっている。
友人の父親からレイプされ、自殺の可能性に怯えた少女に中絶を許すべきか否かで国論
を二分した有名なx事件から引き出された結論は、「アイルランド法では、妊娠の中絶は
承認される」というものである。ただし、それが認められるのは、妊娠の継続が、胎児の
母親の生命に対する現実的で実質的な脅威を呈している場合に限られる、という条件が付
された博。
こうした中絶の条件が非常に厳格に適用されていることを示す事例がD事件である。あ
る少女Dが中絶のためイギリスに渡航しようとしたが、保険当局(Health Service
7 Mckenna v An Taoiseach (No.2)〔1995〕2 I.R.10.
8 Kelly v Minister for Environment 〔2002〕4 I.R.191(HC and SC).
9 Goughian v Broadcasting Complaint Commission〔2000〕3 I.R.1.
10 OB vS 〔1984〕I. R. 316.
11 Norris v Attorney General〔1984〕I. R. 36.
12 Attorney General v X 〔1992〕! I.R.1.
8
アイルランド憲法
Executive:以下、HSEと記す)がこれを禁止した。Dはレイプされたわけでもなく、また、
生命の危険もなかったからである。少女Dは当初、妊娠に満足していたが、その後、胎児
が生まれてきても、無脳症で数日しか生きられないことを知った。高等法院は、Dが中絶
のためイギリスに行くことをHSEは禁じることはできないが、たとえ胎児の出産後の生
存の見込みが極めて限られているにしても、この国で中絶する権利を認めることはできな
い、と判示した弱。
胎児の生命権の憲法的承認以降、女性たちが中絶のために外国に渡航することも違法で
あり、中絶治療に関する情報の提供も違法とされると考えられた時期があったが須、X事
件の影響は、この状況を若干修正した。そして、1992年の第13回憲法改正法及び第!4
改正により、憲法第40条第3節第3項の規定を根拠に妊娠中絶のための旅行及び情報の
流布を禁じることは許されなくなった。先述のD事件判決は、この憲法改正の成果である
といわれている。
もっとも、アイルランド議会•政府の熊度は妊娠中絶の承認に消極的であって、二度に
わたって、母親の中絶の権利を制限するために(もう一度)憲法を改正しようと企図した
ことがある。母親の生命の危険が、その精神状態一自殺させてしまうような一に起因する
場合には、母親の中絶の権利を制限してしまおうとするのである。1992年の第12回憲法
改正提案は、母親の生命の危険が母親の「自殺蓋然性」に起因していない場合に、中絶の
権利を限定しようとする提案であった。これはレファレンダムで否決された。2002年の第
25回憲法改正提案は、生命に危険のあるときは中絶を正式に認めよう、ただし、それが自
殺の危険があるという場合は、認めないという趣旨であったが、これもレファレンダムで
否決された拓。なお、アイルランドでは、国内での中絶手術は今も認められていない。
(d)人身の自由
(ア)法の適正な手続
憲法は、何人も、法律の適正な手続によることなく、刑事責任を問われることはないと
規定している(第38条)。その主なものを幾つか、挙げておく。第一に、被告人は審理に
先立って、訴追側の証拠を見ることができねばならない。第二に、審理中は、弁護士にょ
る反対尋問を行うことが被告人に認められねばならない。第三に、被告人は自ら証言し、
また、証人を呼ぶことができなければならない。第四に、被告人は裁判官を解任できなけ
ればならない。第五に、被告人に資力がないときは、公の基金から法律扶助が供与されな
ければならず、このことを被告人は知らされる権利を有している咲
(イ)陪審裁判
略式裁判、特別刑事裁判所による裁判、軍事裁判所による裁判を除いて、何人も陪審な
くして裁判されることはない。陪審は12名で、住民から無作為に抽出される。コモン・
ローでは評決は全員一致であるが、1984年刑事裁判法により、10対2の多数決が認めら
13 D. v Health Service Executive (HSE), unreported 2007, cited from Fergus W. Ryan, Constitutional
law, 2nd ed., Dublin : Round Hall,2008, p.153.
14 Attorney General (S.P.U.C.) v Open Door Counselling 〔1989〕! I.L.R.M.19.
15 Ryan, op.cit., p.154.
16 James Casey, Constitutional La w in Ireland, 3rd ed., Dublin : Round Hall, 2000, Chap. 4.
9
基本情報シリーズ⑧
れた。この変更は憲法違反ではない17。裁判官が説示して、陪審は有罪か無罪かを評決す
る。
(ウ)人身保護令状
コモン• ローにより発展せしめられた最も偉大な人身の自由の侵害に対する救済手段で
ある人身保護令状は、憲法に定められている(第40条第4節第2項)。不法に拘禁されて
いる者又はその代理人によりなされる申立てに基づいて、高等法院は、当該の者を拘禁し
ている者に対して、当該の者を出廷させるとともに、拘禁理由を書面で証明するよう命じ
ることとされている。なお、同節第5項は、戦争又は武装反乱が現存している間は、この
手続を用いて、国防軍のいかなる行為も禁止、規制又は妨害することはできないと定めて
いる双。
(e)表現の自由
憲法は、市民に対して、その信念及び意見を自由に表明する権利を保障している(第40
条第6節第1項第1号)。世論の教育は、共通善に影響を与える事柄であるため、世論の
機関が、一方で、政府批判を含むその正当な表現の自由を保持しながら、公共の秩序、公
共の倫理、又は国家の権能を損なうために利用されることのないように、国は努めること
ができる。このような、国の統合性の擁護は、統治の不可欠の一部をなしているという考
え方は、リンチ(Lynch)事件の最高裁の判例により示されている。最高裁は、アイルラ
ンド放送協会(Raidi6 Teilifis Eireann:RT瓦)が発した総選挙でのシン・フェイン党の候
補者による選挙放送をやめるようにとの命令を支持している。他のシン•フェイン党の構
成員が重大犯罪で拘禁されていること、また、他の構成員のこれまでの発言内容が、最高
裁の判断の背景にある理由であった。オヒギンズ首席裁判官(O’Higgins, T. F.)は、「暴
力により国家又はその機関を倒そうとする組織のために、その支持を確保又は唱導する目
的で、世論の機関を用いることは、憲法により禁止されている世論の機関の利用に他なら
ない」と述べている弱。現在、この禁止規定は明文では存在していないが、この事件で明
らかにされた判例法の原則は生きている。
また、表現の自由に対する制限規定として、他国にはない独特な憲法の規定がある(第
40条第6節第1項第1号)。それが漬神罪(Blasphemy)規定であって、漬神的、煽動的、
又は猥察な事柄の出版又は公表は刑事犯罪であるとされている。もっとも、煽動と猥察に
関しては立法があるが、漬神については立法がなく、定義もされていないのが現状である。
(ア)集会の権利
憲法は、平和裏に武器を持たずに集会する権利を市民に保障している(第40条第6節
第1項第2号)。この権利の行使は、公共の秩序及び道徳に従う。
暴動又は治安妨害を引き起こすと判断される集会は、法により、禁止又は制限される。
所有者の同意のない私有財産上での集会は不法侵害である。パレード又は行進は違法では
ないけれども、公道の通行を集会により妨害するのは公的不法妨害である。1990年労使関
17 O’Callaghan v Attorney General〔1993〕I.R.17.
18 Casey, op.cit., p.476.
19 State (Lynch) v Cooney〔1982〕I.R. 337.
10
アイルランド憲法
係法により、労働争議の遂行のためのピケッティングは違法ではないが、作業所の敷地の
構内がピケッティングされるときは、「監視及び包囲」罪になる。
国民議会のいずれかの議院が審議中に、国民議会の敷地1マイル半以内の公共の場所で
集会又は行進を行うことは、1939年国家反逆罪法により犯罪とされており、警視以上の階
級の警察官により参加者への解散の呼びかけがあって、禁止されたことがある。裁判所を
ピケッティングすることも犯罪である。
(イ)結社の自由
憲法は、市民に対して、結社及び組合を結成する権利を保障している(第40条第6節
第1項第3号)。形成され得る組織の類型には限定がない。その目的は、スポーツ、社交、
慈善、商業、政治まで可能である。
雇用法領域を別として、組織の構成員が、その構成員に関しては決定する。性、階級、
肌の色、及び信条を理由とする差別を禁ずる法律は存しない。
労働組合の結成の自由については、別個に定めがある。その他の権利についてと同様、
この権利の保障も無制限ではなく、法は、国家反逆的、反憲法的、又は違法な目的を有す
る結社については、この結社の自由を主張することはできないとしている。
(ii)家族及び教育
(a)法律婚にもとづく家族の保護
憲法は、「家族」に対して、一定の「不可譲かつ時の経過により変わることのない権利」
を保障している(第41条)。家族は、例外的な状況を除いて、政府の外部介入に対する自
治を有している。さらに、ここで権利を保障されている家族とは、婚姻に基づく家族であ
って、事実婚家族にはこの権利は保障されない。また、これらの権利は、家族が集団とし
て有する権利であって、個々の家族の成員の個人権ではない2〇。
アイルランドでは法律婚が事実婚に対して手厚く保障されている。判例もその傾向が顕
著であり、法律上の正規の婚姻に対する司法的保護は、広範にわたる。具体例として、あ
る事例を挙げると、非婚の女性が生まれた子を養子に出した。2年が経過し、この子の実
の親である2人が結婚して正規の夫婦になって、2年前に出した養子を返すよう要求した。
この子は2年間、養親の下で適切に養育されてきていたが、高等法院は、実の両親に返す
よう命じたのであった21。
また、最高裁のランドマーク的判決として挙げられるものが、マギー(McGee)事件判
決である。避妊薬の販売と輸入を禁ずる立法は、家族の数的構成を制限する婚姻カップル
の権利を侵害するとして、違憲判決を下した。妊娠中絶により家族数を制限するのは駄目
だが、その他の方法は自由だというわけである22。
最後に、離婚に関して、1995年以前は、憲法第41条第3節第2項により、離婚は禁止
されていた。1995年11月のレファレンダムにより、第15回憲法改正法が承認され、新
たな第41条第3節第3項により、離婚及び再婚が可能となった。ただし、裁判所が離婚
20 Casey, op.cit., p.612.
21 K.C. and A.C. v An Bord Uchtala 〔1985〕!.L.R.M. 302.
22 McGee v Attorney General〔1974〕I.R. 284.
11
基本情報シリーズ⑧
を認めることができるのは、①直近5年間のうち4年間の別居、②両者に和解の見込みが
ないのが相当である、③配偶者間及び当事者の子どものための相当な手配がなされている
と裁判所が確認したとき、に限られている。また、別居とは、物理的な状態だけでなく、
心理的要素も必要と判示されている23。
(b)教育・家族・宗教
憲法第42条によれば、両親は子どもの自然の第一の教育者である。両親のこの権利・
義務は、不可譲のものである。ここでいう両親とは、第41条の場合と同様、正規の婚姻
により生まれた子どもの両親という意味である。第42条第4節の文言は重要であって、
ここから国には教育をする義務はなく、その権利と義務は親のものであって、国はこれを
補助し、援助することが期待されていることがわかるのである24。
したがって、両親は、子どもの教育内容決定権、学校選択権を有する。ただし、最低限
の適切な教育を子どもに用意しない親については、国はこれを訴追することができる25。
また、憲法第42条第5節により、国は、親が身体的又は道徳的理由により子どもに対す
る義務を果たせないときには、国が親に代わることが認められている。これを具体化する
条項が、1988年養子法、1991年児童ケア法にある。なお、後述(iv)も参照されたい。
(iii) 財産権
憲法は、「国は、人が理性な的存在であることにより、実定法に先んじて、外的な財産を
私的に所有する自然の権利を有するものであることを承認する」と規定している(第43
条第1節第1項)。この権利を保障しているため、国は、この権利、即ち、財産を譲渡し、
遺贈し、又は相続する一般的権利を廃止するいかなる法律も可決しないことを保障してい
る(憲法第43条第1節第2項)。しかし、同時に、国は、私有財産権の行使は、市民社会
においては、社会正義の原則により規制されざるを得ず、したがって、その行使は、共通
善が求める場合には、制限されることもあることを承認している。補償、営業許可、都市
及び地方計画、土地の強制取得並びに租税などについて、多くの法令・判例がある26。
(iv) 信教の自由
憲法第44条により、国は個人に特定の宗教宗派を強制しないし、特定の宗教宗派の構
成員である(でない)ことを理由に処罰することもしない。とはいえ、国は、総じて、宗
教実践を支持しているのであって、第44条は、「公の信仰の誓いが全能の神に捧げられる」
のであって、その名は「崇敬」されるべき、と定めている。アイルランド憲法は、信教に
関して必ずしも中立的ではないといえるであろう27。憲法は、非差別原則には従いつつも、
宗教的価値の促進を強く支持しているように思われる。この問題が大きく現れるのが教育
と宗教との関係である。アメリカの合衆国最高裁と異なり、アイルランド最高裁は、国は
23 McAv. McA.〔2000〕2 I.L.R.M. 48.
24 Crowley v Ireland 〔1980〕I.R. 102; Campaign to Separate Church and State v Minister for
Education 〔1998〕2 I.L.R.M. 81.
25 DPP v Best〔2000〕2 I.L.R.M.1.
26 Hogan and Whyte, eds., op.cit., p.1969.
27 G. H. Whyte, Church and state in modern Ireland, 2nd ed., Dublin : Gill and MacMilan, 1980,
pp.52, 377.
12
アイルランド憲法
平等な方法でさえあれば、一定の目的のために宗教に資金を供与できることを大前提にし
て、国の基金による学校での宗教の授業(当該授業に出ない権利の保障を条件に)、その宗
教の授業に対する国の財政補助を承認し、あるいは、国の学校にチャプラン(宗教行事担
当司祭)配置のための財政補助を認め、国の基金によっていながら宗教団体が運営してい
る学校や病院での宗教的イコン(聖画)の展示を認めている28。
このように、教育との関係では、その歴史的理由もあって、教会との関係を断ち切れな
い状態にあるが、憲法は総じて、国が宗教団体それ自体に基金を供与することを禁じてい
る(憲法第44条第2節第2項)。国等は、例えば、宗教的像やイコンの建設のため基金を
用意してはならず、あるいは、それらを公有地に建てることを許可してはならないのであ
る。
なお、宗派の財産は、公共の事業の工事に必要な場合のほかは、他の用途に用いられて
はならず、公共の工事に必要な場合であっても、必ず補償金の支払がされねばならない。
(v)社会政策の指導原則
憲法は、社会政策の基本原則は、国民議会のおける立法のための指針であって、裁判規
範でないと規定している(第45条)。その上で、第1節は、総論として、人民全体の福祉
の増進を謳う。第2節は、社会政策の方向として、国が、i)職業を通じた生計の維持、
ii)社会的資源の公共善に沿った配分、iii)自由競争の弊害の防止、iv)信用の統制、v)
経済的安定のための家族の土地への定住の促進、を図るべきことを規定している。第3節
は、私企業における起業の支持、これに対応して不正な搾取からの公衆の保護が、国に求
められることを規定している。第4節は、病弱者、寡婦、孤児、老齢者など、社会的弱者
への国による保護の必要性を規定している。
アイルランド憲法には、日本国憲法に規定されている社会権の規定はない。第45条は、
長文の規定であるにもかかわらず、アイルランドの憲法教科書では独立した章節としての
扱いを受けていない。それは、第45条があくまでも「社会政策の指導原則」であって、
司法的保障の対象となり得る人権ではないと見られるからである。
裁判所は、黙示の権利の一つである「生計を得る権利」について、第45条第2節1項
に、「論理的には含まれる」、あるいは、「由来する」と述べて、それを裁判規範として間接
的に援用しつつも、その裁判規範性については、これを拒否している。
この規定の背後には、ワイマール憲法の制定とその後の困難を見ていること、当時のア
イルランドの国情、カトリック的哲学(自助と共同体の基盤の上での慈善の強調)などが
あると考えられる。
3統治機構
⑴大統領
大統領は国家元首であり、法には従うものの、大統領以外の全ての者の上位にある。大
28 Campaign to Separate Church and State v Minister for Education 〔1998〕2 I.L.R.M. 81.
13
基本情報シリーズ⑧
統領は、憲法と法律により付与される権限を行使し、職務を遂行しなければならない。
(i) 大統領職に就く資格、その選択及び選挙(第12条)
35歳以上の市民であって、国民議会のいずれかの院の20名以上の議員の指名、又は四
つ以上の行政県(特別市を含む)の参事会の指名を受けた者は候補者になることができる。
退職予定の大統領又は前・元大統領は自らを候補者として指名することができる。
大統領は、人民の直接投票により選挙されなければならず、任期は7年で1回だけ再選
されることができる。その職にある間は、国民議会のいずれかの院の議員であることはで
きず、その他のいかなる報酬を伴う職にも就くことはできない。
(ii) 大統領の権限(第!3条)
大統領は総理大臣の助言により、下院を招集し、解散する。大統領は、下院の過半数の
支持を失った総理大臣の助言による解散については、これを拒否することができる。
大統領は、下院の指名に基づき、総理大臣を任命する。総理大臣の任命に際して、下院
の承認を得て、大統領はその他の政府構成員を任命する。総理大臣の助言に基づき、大統
領は、政府構成員の辞職を受理し、又は罷免する。大統領は、総理大臣の指名に基づき法
務長官を任命し、下院の指名に基づき会計検査院長を任命し、政府の指名に基づき裁判官
を任命する。
大統領は、国家的又は公的重要性を有するいかなる問題についても、あらかじめ政府の
承認を得て、教書又は通告を行うことにより、国民議会の両院と意見を交わすことができ
る。
大統領は、恩赦権並びに刑を軽減及び免除する権利を有する。1951年刑事裁判法により、
当該権利は政府に与えられており、政府はこれらを司法大臣に委任することができる。
大統領は、国防軍の最高司令官であって、士官は大統領から任命される。国防軍の統制
は、1954年防衛法により、国防大臣がこれを行う。
国民議会の両院を通過したあらゆる法律案には、それらが法律として制定されるにあた
って、大統領が署名する必要がある。
大統領は、外国の外交官の信任状の認証を行う。
大統領は、その職務権限の行使及びその役割の履行を理由として、国民議会のいずれの
院又はいかなる裁判所においても、責任を問われることはない。ただし、これは通常法遵
守義務の免除ではない。
(iii) 大統領の解任(第12条第10節)
大統領は、所定の非行を理由にして、国民議会のいずれかの院において、弾劾されるこ
とがある。これを行うための動議は、当該動議が提案される院の30名以上の議員が署名
しなければならず、その採択には、その議院の3分の2以上の賛成を要する。当該告発は、
他の議院により、調査され、又は、調査を命じられねばならない。大統領は、聴聞に出席
し、又は代理人を出席させる権利を有する。告発が立証されたことが宣言され、しかも、
大統領がその職務を続けることを適切としないような性質のものである場合は、告発した
議院又は調査した議院の3分の2以上の決議により、大統領は解任される。
最高裁の最低5名の裁判官が、大統領の職務遂行不可能が永続的なものであると確信し
14
アイルランド憲法
て、それが認定される場合には、大統領はその職から罷免される。
(iv) 大統領委員会(第!4条)
大統領が、不在、職務遂行不可能、死亡、辞職、罷免又はその職を行うことを拒否する
場合には、大統領委員会が、大統領の権限を行使し、職務を遂行する。大統領委員会は、
首席裁判官(後述)、国民議会の両院の議長から構成される。
(v) 国家評議会(第13条第2節、第7節、第9節、その役割と組織については第31条)
憲法の規定により、大統領を援助し、助言するために、国家評議会を設置している。ー
定の憲法的役割を履行するのに先立って、大統領は、国家評議会と協議を行わなければな
らない。国家評議会は助言委員会である。国家評議会の構成員は、総理大臣、副総理、首
席裁判官、高等法院長、上院及び下院の議長、法務長官、大統領•総理大臣•副総理の経
験者、大統領が任命する7名以内のその他の議員から成る。
⑵国民議会
立法権は、国民議会(Oirechatas)に属する。国民議会は、大統領と上院及び下院から
成る議会により構成されている。以下では、憲法第15条から第27条までに規定されてい
る国民議会と議員の地位、選挙、組織及び権限について概観する。
(i)国民議会の両院
別に定めがない限り、国民議会の両院は、ダブリン市内又はその近郊に置かなければな
らない。少なくとも毎年一会期開かれなければならない。会議は公開であるが、特に緊急
事態の場合には、出席議員の3分の2の賛成により秘密会を開くことができる。各院は、
その討論の自由を確保するため、個別に議事規則を定める。
各院は、決議により、大統領、会計検査院長及び裁判官を罷免することができる。緊急
事熊とその終了の宣言は、両院によりなされなければならない。法律案は、両院により可
決、又は可決されたとみなされなければならない。通常の法律案は、どちらの院にも提出
でき、命令以下の従位的立法を廃止する権限は、法律により両院に与えられている。総理
大臣、その他政府構成員及び会計検査院長といった憲法上の職の任命は、大統領がこれら
を任命するに先立って、下院により承認されなければならない。
両院はそれぞれ、その議長と副議長を選出し、その職務を定めなければならない。各院
が決定すべき全ての問題は、出席し投票する議員の過半数により決定されなければならな
い。賛否同数の場合は、議長がキャスティング•ボートを行使する。この単純多数決には
憲法上の例外が幾つかある、その一つが大統領解任のための3分の2の特別多数決である
(憲法第!2条第10節)。
以上に加えて、憲法第15条は、議員の文書の保護、発言の免責特権、不逮捕特権など
の議会特権を保障している。1995年公職倫理法により、両院の議員は、一定の個人的及び
事業上の利益について公表しなければならず、ある議案について発言又は投票するに先ん
じて、彼らが審議事案について現実的な知識又は実体的な利益を有している場合には、こ
れに関して一定の宣言をしなければならない。1997年選挙法は、両院の議員に対して、毎
年、受領した一定額の寄付を報告する義務を課している。2001年公職基準法は、公職の基
15
基本情報シリーズ⑧
準に関する委員会を設置した。
さらに、軍を徴募し、維持する権限が、国民議会に付与されている。
(ii)下院(憲法第16条)
(a) 国民代表議院
下院はアイルランド国民議会の代議院であり、国民の投票により選挙された議員により
構成されている。選挙は単記移譲式比例代表制で行われる29。憲法上、任期は最長7年で
あるが、現在は、1992年選挙法により5年であり、解散に服する。大統領が下院を解散
するが、解散の詔書には新たな下院が集会すべき日が記載される。総選挙は解散から30
日以内に行われねばならず、新たな下院は、投票日から30日以内に集会しなければなら
ない。投票日は、環境及び地方政府担当大臣が定めることになっている。
議員定数は法律により定められ、人口数に拠っている。議員定数の改定は、人口分布の
変化を適正に配慮して、少なくとも12年に一度、行われなければならない。高等法院は、
この義務は12年に一度選挙区を見直せばすむものではない、すなわち、国勢調査が人口
分布の大きな変化を示すときには選挙区を改定する憲法上の義務がある、と判示した3〇。
ここでいう人口とは、最新の完全な国勢調査によるものでなければならない31。人口 3万
人につき1議員以下、又は人口 2万人につき1議員以上と定められており、その枠内で議
員定員が定められる。現在は、2001年選挙(改正)法により、議員定数は166名である。
(b) 均一な代表選出
憲法は、実行し得る限り、代表の均一性がなければならないと規定している(第16条
第2節)。議員一人当たりの投票数も同じであるべきであって、加重投票制は非民主的と
して禁止される。
1959年選挙(改正)法は、西部地域の少ない有権者に東部地域の多くの有権者に割り振
る議員数よりも多い議員数を割り当てて、地域による議員定数の格差を定めていた。広大
で人口が分散している地域を代表するほうが人口密集地域を代表するより困難が多いとい
うのが、格差の理由であった。この法律が、人口当たりの議員数の比率が、実行でき得る
限り同一ではないという理由で問題とされた。高等法院は、議会代表に重大な不平等をも
たらしていると判示して、この法律を無効と宣したのである32。
(c) 選挙区
1選挙区の議員定数は3名以上でなければならない。選挙区の改定は、1997年選挙法に
基づき設置された独立の選挙区割委員会により実施される。この委員会の委員は、最高裁
又は高等法院の裁判官1名、オンブズマン、環境及び地方政府担当大臣、上院及び下院の
書記官長1名ずつである。委員会は、下院議長に報告を行う。国民議会は勧告を受け入れ
て、これを制定法として定めることができる。2001年選挙(改正)法により、現在の選挙
区数は43である。
29元山健『イギリス憲法の原理』法律文化社,1999,第6章補説
30 OJMalley v An Taoiseach〔1990〕!.L.R.M. 461.
31 Article 26 and the Electoral (Amendment) bill 1961 Re〔1961〕I.R. 169.
32 OJDonovan v Attorney General〔1961〕I.R. 114.
16
アイルランド憲法
(d) 被選挙資格
21歳以上の市民であって、憲法又は法律により資格を喪失していないものは被選挙権を
有する。憲法により、大統領、会計検査院長、上院議員、及び裁判官には被選挙権はない。
被選挙権については、従来、立候補者は381ユーロの供託金を用意して、最小限の票を
得た場合にのみ返還していた。しかし、裁判所は、経済的に余裕のない立候補者に特に差
別的な負担を課し、被選挙権を不合理に侵害するものであるとして、供託金制度を憲法第
16条第1節第1項違反と判断した33。無所属立候補についても、立候補に30名の推薦が
必要との規定が比例原則に反しており、無所属立候補希望者を不当に選挙から排除しよう
とするものだとして、違憲としている34。
(e) 投票権
18歳以上で、選挙人名簿に登録されている者は、下院議員選挙権を有する。1984年の
レファレンダムで、非市民にも投票権を拡大することが承認された。1985年選挙(改正)
法により、国内に居住するイギリス人に下院議員選挙権が付与された。相互主義によりア
イルランド人に選挙権が認められるならば、同様の選挙権が、今後その他の欧州連合市民
にも拡大して認められる可能性がある。地方当局が、毎年、選挙人名簿を調製する。投票
者は、下院議員選挙で1票だけを行使する。さらに、欧州人権裁判所の判決の結果、法が
改正されて、既決囚にも投票権が与えられるようになった35。
(f) 政党の登録
下院議員選挙に立候補するためには、必ずしも政党に属している必要はない。1992年選
挙法により、政党の登録制度が確立された。同法律第25条第1節第2項a号及びb号の
規定によれば、政党は、「下院議会選挙、欧州議会選挙又は地方議会選挙を戦うために、国
内又はその一部において組織された党派」として、政党登録を登録官に求めることができ
る。登録済政党の党員である候補者は、自分の政党名を投票用紙に付記することができる。
(g) 下院の権能
下院は国民の選挙で選ばれているため、上院と比較して大きな権限を有している。下院
は、総理大臣を指名し、その他の政府構成員を承認する。総理大臣、副総理、及び財務大
臣は、下院議員でなければならない。各大臣は国民議会の両院に出席して、発言を行う権
利を有しているが、政府は下院にのみ責任を負っている(下院による政府の不信任につい
ては、後述する)。
政府は、毎年度、歳入及び歳出の予算を作成して、これを下院に提出して、その審議に
付さなければならない(憲法第28条第4節第4項、憲法第17条)。
国が戦争を開始又は参加するためには、政府はこれに先立って、下院の同意を得なくて
はならない。国が当事者となる国際的合意はいずれも、下院に提出されねばならず、公の
基金の負担を要する当該国際的合意はいずれも、下院により承認されなければならない。
なお、下院は、立法手続においても憲法上優越した権限を有しており、この点について
33 Redmond v Minister for Environment〔2001〕4 I.R. 61.Hogan and Whyte, eds., op.cit., p.311.
34 Cooney, King, Riordan and the Minister for Environment〔2006〕!.E.S.C. 61.
35 当該判決は、Hirst v United Kingdom (No. 2)〔2006〕42 E.H.R.R. 41.
17
基本情報シリーズ⑧
は後述する。
(iii) 上院(憲法第18条及び第!9条)
上院の議員定員は60名である。議員資格は、以下のように三つの方法で得られる。
第一に、11議席は、事前の同意を得た上で、総選挙後の新たな下院の集会の日に指名さ
れる総理大臣により指名される。第二に、6議席は、18歳以上のアイルランド市民である
大学卒業者により選出される。ただし、議員自身は大学を出ている必要はない。現在、ダ
ブリン大学及び国立アイルランド大学がそれぞれ3議席を有している。1979年第7回憲
法改正の結果、法律によりこの6議席を既存のその他の大学及び高等教育機関の間で再配
分することが認められた。その後二つの大学及びその他の高等教育機関が設立されたが、
未だに再配分を実施するための法律が制定されていない36。第三に、残りの43議席は、少
なくとも建前は、一定の業務又は事業に関連して設けられる五つの候補者選出団から選出
される。5名は、文化及び教育選出団から選出される。11名は農業選出団、11名は労働選
出団、9名は商工業選出団、そして7名は公務選出団から選出される。なお、被選挙権は
21歳である。上院の選出団のための総選挙は、下院の解散後、90日以内に行われなけれ
ばならない。上院の選出団の選挙人は極めて限られている。新下院議員、任期を終了した
上院議員並びに行政県及び特別市の被選挙議員のみが、この選挙で投票する権利を有して
いる。投票は、秘密郵便投票で、単記移譲式比例代表制で行われる。
新たな上院の最初の集会は、総理大臣の助言により大統領が定めた日に行われる。議員
は、次期上院のための選出団に投票する日の前日まで、その職を保有する。上院には解散
はない37。
(iv) 国民議会と立法
立法【こは上位白勺立法 (superior legislation) と従位白勺立法 (subordinate legislation)
とがある。上位的立法は立法府が制定する法であって、国民議会制定法と呼ばれる。
国民議会の制定法は、憲法及び欧州連合法に従うことが条件であるが、最も重要な法源
であることに違いはない。歴史的理由から過去数世紀にわたって、アイルランドにはイギ
リスという上位の立法者がいた。従って、アイルランド法は、アイルランド人自身が制定
したものと、イギリスで制定されたものとに大別できる。前者は、数は少ないものの1800
年以前の旧アイルランド国会の制定法、アイルランド自由国の制定法、現行の1937年憲
法に基づき設立された国民議会の制定法である。一方、後者は、1719年から1782年まで
の間のイングランド議会の制定法、1800年から1922年までの連合王国議会の制定法であ
り、これらイギリスで制定された法律も、廃止又は憲法に反すると認定されるまで、アイ
ルランド法の一部である。
立法には、大統領、上下両院という国民議会の各構成部分が、それぞれの役割を果たす。
上院は法律案を拒否し、又は遅延させることはでき、また、大統領も一定の役割を果たす
が、下院こそが憲法により立法過程で大きな役割を果たしている。法律案は、一般の法律
36 Casey, op.cit., p.120.
37上院議員選挙の詳細については、Seanad ElectoraUpanel Members) Acts 1947-72、大学選出議員に
ついては、Seanad(University Members) Acts 1937, 1972.を参照のこと。
18
アイルランド憲法
案、金銭法案、上院審議短縮法案、憲法改正法案に分類され、それぞれ若干異なる手続を
経て成立する。また、法律案は、一般法律案(国民一般に適用)と個別法律案(特定の団
体又は個人に適用)とにも分類でき、やはり異なる手続を経て成立する。私法案が提出さ
れることは非常に稀であるため、以下では、公法案の立法手続について解説する。
公法案の審議は、本会議中心主義の三読会制度を採用している。第一読会では形式的な
審査を行い、第二読会では法律案の原則についての討論を行う。その後、特別委員会(Select
Committee)における逐条審査を経て、委員会報告書についての討論が行われる。この時
点では、修正案の提出は認められている。最後に第三読会であるが、ここでは法律案の賛
否について討論が行われるのみで、修正案の提出は許されない。なお、法律案は、先に上
院に提出することもできる。上院に提出され、下院で修正された法律案は、下院に提出さ
れた法律案とみなされる。一方の院に提出され可決された法律案は、他の院に送付され、
同様の審議手続を経るが、送付された院では第1読会は省略される。
なお、下院は上院と比べて、立法手続において優越した権能を有している。下院を通過
した法律案又は上院に提出されたが下院で修正された法律案は、上院に送付される。上院
は、90日又は両院で合意された90日より長い期間(所定期間と称される)、当該法律案を
審議する。ここで重要なのは、上院は、法律案を修正することはできるが、廃案にするこ
とはできないという点である。さらに、上院による法律案の修正を受け入れるかどうかは
下院の判断である。つまり、上院には遅延権があるのみである。
所定期間内に修正されずに上院を通過した法律案は、大統領に提出される。また、所定
期間後180日以内に、下院は、当該法律案は両院を通過したものとみなすべしという決議
を可決することもできる。上院が法律案を否決し、その後、下院が、この「みなし可決」
決議を行った場合、上院には憲法上のオプションが与えられている。下院議員の3分の1
以上の賛成があれば、上院議員の過半数の議員は、国民の意見が確認されるべき重要な提
案を含んでいる法律案であるとして、大統領に対して当該法律案に署名しないよう申し立
てることができる。この申立てを大統領が承認した場合には、国民投票で国民の支持を得
るか下院の解散後の新議会により当該法律案が再承認されるまで、当該法律案の署名を行
うことができないことになっている。ただし、この手続が用いられたことはない38。
一般の法律案以外の法律案に関して、金銭法案は、一般の法律案の手続とは異なり、下
院にのみ先議権がある。下院を通過した金銭法案に関して、上院は21日以内に可決、否
決又は勧告できるが、下院は上院の意思に関わらず同期間中に法律案を成立させることが
できる。憲法改正法案を除く法律案で、総理大臣が大統領及び下院議長に対し当該法律案
の緊急性等を主張するものは、上院審議短縮法案と呼ばれ、下院は上院の審議時間を制限
することができる。憲法改正法案に関しては、後述する。
⑶行政
①政府
38以上の立法手続きについては、Doolanが簡潔に説明している。!bid., p.26•を参照。
19
基本情報シリーズ⑧
憲法第28条は全12節より構成され、行政権(政府)の地位、組織、権限について詳細
に規定している。以下に、その概要を述べる。
国の執行権は政府の権能により又はその権能に基づき行使される。なお、憲法には内閣
(Cabinet)という文言はない。政府は、7名から15名の構成員で組織され、それぞれの
構成員は、総理大臣が指名し、下院が承認し、大統領が任命する。政府構成員は、国民議
会のいずれかの院の議員でなければならない。ただし、上院議員は最大で2名までに限ら
れる。総理大臣、副総理及び財務大臣は、下院議員でなければならない。政府構成員は、
大統領に提出するため、総理大臣に辞表を手渡すことにより、辞職する。総理大臣は、十
分と認める理由がある場合には、政府構成員に辞職を求めることができ、当該構成員が拒
否したときは、大統領が罷免する。
政府の長(総理大臣)は、ティーサックと呼ばれ、大統領が、下院の指名に基づき、
任命する。総理大臣は下院議員でなければならず、その他の職務についてと同様、大統領
に国内外政策について全般的に情報を提供しなければならない。総理大臣は、下院での過
半数の支持が失われた場合には、総理大臣の助言に基づき大統領が下院を解散し、解散後
に招集された新たな下院において過半数の支持を得られない限り、辞職しなければならな
い。ただし、総理大臣とその政府は、後継者が任命されるまで、その職に留まる。
副総理は、ターナスタと呼ばれ、総理大臣が、下院議員の中から政府構成員として指名
する。副総理は、総理大臣が不在のとき、職務遂行不可能となったとき又は死亡したとき、
政府の長として行為する。全ての政府構成員は、国民議会の両院に出席して、審議に加わ
る権利を有している39。
(ii)地方政府
1898年地方政府(アイルランド)法により近代的地方自治制度が確立された。この法律
は、イギリスによる統治時代に制定された法律であるため、行政県(administrative
counties)や特別市(county borough)という、イギリスと同様の地方自治制度がアイル
ランドにも導入されることになり、イギリスからの独立後も行政県や特別市という地方自
治の単位を維持している。
これに対して、憲法には地方政府条項が定められることはなかった。確かに第15条第2
節第2項に従位的立法府に関する規定があるが、これはそもそも北アイルランドとの再統
ーに備える意味であった。近年、欧州連合との関連でも、欧州連合諸国の憲法では地方自
治条項が多く見られるところでもあり、憲法見直し委員会の勧告を契機に議論が進み、
1999年のレファレンダムを経て、憲法に第28A条が創設された。
第28A条第1節は、「地方社会の民主的代表」の審議の場として、「法律により付与され
た地方の段階での権限を行使し、職務を遂行し、及び当該地方社会の利益をその発意にょ
り促進する」と、地方政府の役割を定めている。しかし、これは憲法的保障という点から
は、最小限の内容しか盛り込まれておらず、不十分な保障であると言われている。
地方議員は住民の直接選挙で選出される。任期は5年である。選挙権は国政選挙と同様
39以上の行政権(政府)の詳細については、Casey,竺.函・,p.153; Ryan,四・函・,p.83•を参照。
20
アイルランド憲法
である。法律により承認されれば、外国人にも選挙権が付与されることが認められており、
実際に、外国人にも選挙権が与えられている。議員は、裁判所の命令に反したり、明示の
法律の要件を拒否又は故意に無視したりしたときは、地方政府及び環境担当大臣により罷
免される。この罷免権については、批判が多い。地方自治の憲法的保障については、今後
の展開が待たれるところである4〇。
(4)国際秩序の中のアイルランド
(i) 国際法•国内法の二元主義
アイルランドは、国際法•国内法の二元主義を採用している。その憲法上の根拠規定は、
第29条第6節である。
ホーガン(Horgan)事件では、イラク戦争に出動する米軍隊と米軍機の中継基地として
シャノン空港を利用させることは国際法の諸原則に違反していると、一市民が訴えた。国
際法ではこうした中継は許されているが、アイルランドは個別の紛争について、公式に、
中立を保っている。最高裁は、国際慣習法によれば、軍隊が、戦地への途上、中立国を経
由して戦地に行くことを、当該中立国が認めることを禁じていることを承認した。しかし、
最高裁は、この原則が国内法化されていないので、原告はこの原則を自己の主張を支える
ために援用することはできないと判示した吼
(ii) 欧州人権条約と2003年人権法
アイルランドは1955年、欧州人権条約を批准したが、その国内法化が行われたのは、
2003年欧州人権法の可決によってであった。同法では、国内法は、でき得る限り、欧州人
権条約と矛盾しないように解釈されるべきであると定めている。これが不可能であって、
法律案が欧州人権条約に反する場合には、不一致の宣言をすることができることも定めら
れている。今後、欧州人権条約の国内法化はアイルランドの法に重大な変化をもたらす可
能性を有している。憲法と欧州人権条約が矛盾することは想定されていないが、それが表
面化し得る可能性が、例えばとりわけ、「家族」に関してはあり得ると見られている42。
⑸司法
(i)司法審査
(a)アイルランドにおける憲法訴訟
憲法第34条により、裁判所が違憲と判断した法令は、無効であり、いかなる法的効力
も持たないと宣言される。法令の一部が無効であるときは、その部分だけが無効となるの
であって、その他の部分には判決の効力は及ばない。1937年憲法制定後に制定された法令
について裁判所が審査する場合、当該法令には合憲性の推定が働くとともに、単一判決ル
ール(the one judgment rule)が適用される。単一判決ルールとは、「判決にはいかなる
40現行制度への批判も含めて、Hogan and Whyte, eds., op.cit., p.485.を参照。
41 Horgan v Ireland〔2003〕2 I.R. 468.
42 Doolan, op.cit., p.43.
21
基本情報シリーズ⑧
少数意見も付されない」ことを意味する43。なお、この2点とも、1937年憲法以前の法令
の憲法判断についてはあてはまらない(憲法第34条第4節第5項、第50条)。
(b) 大統領付託制度一法律案の最高裁への付託
憲法第26条によれば、一定数の国民議会の議員の申立てにより、違憲の疑いのある法
律案はこれを大統領に付託することができ、大統領は、国家評議会との協議を経て、一般
の法律案の全て又はその一部が憲法に反しているか否かについての決定を求めて、これを
最高裁に付託することができる。この裁量権は、7日以内に行使されねばならず、審理中
は、法律案は署名されない。5名以上の裁判官で構成される最高裁は、これを審理しなけ
ればならない。裁判所の決定は多数決によるが、いかなる賛否も開示されない「単一判決」
で行われる。決定は60日以内に公開の法廷で行われねばならない。
なお、付託された法律案が合憲であると裁定されたときは、この憲法的効力を再び争う
ことはできない。
付託された法律案の司法審査には、合憲性の推定が作用する。単一判断ルールが第26
条により付託された案件についてもあてはまる。付託法律案が合憲であるとされた場合に
は、一度合憲と判断されたのであるから、それが法律となった後に、それを違憲であると
主張することはできなくなる。これまで15件の付託がなされ、7件が違憲と認定されてい
る。1942年が1件、1980年代から2004年までで6件であり、80年代以降の司法積極主
義を反映していると言えよう44。
大統領付託制度の長所として、①現実に権利侵害が生じる前にストップさせる、②現実
に訴訟を提起できない類の法律を審査することができる(典型例としての胎児)、③国の側
から見ると、大統領付託で合憲とされた法律は、二度と違憲訴訟に持ち込まれないですむ、
などが挙げられている。これに対して、法律案付託制度の短所としては、①大統領だけが
付託権を持っており、しかも、その行使は大統領の裁量によること、②第26条付託は架
空の模擬的主張に拠っていて、現実の権利侵害がないこと、③合憲判断を得れば、二度と
訴訟にできないこと(国家反逆罪について、実例がある)、④付託期間が60日以内であっ
て、比較的短いこと、⑤当該法律案が一部違憲であっても全部無効となること、などが挙
げられている45。
(c) 緊急権立法と司法審査の排除(第28条第3節)
国家緊急事熊に関しては、第二次世界大戦と北アイルランド紛争への対応が典型例であ
る。第二次世界大戦時にアイルランドは中立を宣言したが、国民議会は、国家緊急事態の
存在を認めて、一定の法律を司法審査の対象外とした。この緊急事態が公式に終結したの
は、1976年であったが、そのとき同時に北アイルランド紛争に鑑み、新たな緊急事態の決
議がなされ、これが最終的に終結したのは、1995年のことである46。
(d) 憲法訴訟の内在的限界
43 Hogan and Whyte, eds., op.cn., p.968.
44 Casey, op.cit., p.332.
45 Ryan, op.cit., p.20.
46 ibid., p.23 ; Hogan and Whyte, eds., op.cit., p.438.
22
アイルランド憲法
憲法訴訟に内在的限界があるか否かという問題に対し、アイルランドでは、内在的限界
が肯定されている。第一に、裁判所は立法をなし得ない。第二に、外交権は政府の専権事
項である47。このことは、イラク戦争の中継基地としてのシャノン空港をめぐる事件でも、
アフガン戦争についても、裁判所の姿勢に現れている48。しかし同時に、最高裁は、憲法
の明白かつ重大な侵害がある場合に限って、裁判所が介入する場合があることも述べてい
る。第三に、裁判官は、国の財政配分の態様にかかわる問題を裁定することに消極的であ
る。さらに、社会経済的権利の実行を迫ることにも同様である。そこには、憲法上、社会
権は権利ではなく、「指導原理」と明示されていることも影響している。とはいえ、最高裁
は、「国民議会又は政府のいずれかの行為が、意識的意図的に憲法上の権利侵害を生み出し
ている場合に限って、裁判所は介入する」と述べている49。
(e)違憲判決の効力
従来、違憲立法でなされたことは全て、法的には無効とみなされるべきである、と説か
れてきた50。違憲判決の効力は、それにより法は無効とされ、何人に対しても適用するこ
とはできなくなることにある(いわゆる一般的効力説に立っている)。
さらに、違憲判決の効力には、「遡及効」が認められると考えられてきたが、近時、事案
によっては(課税の違法性が認定された場合など)、遡及効が否定される場合がでてきてい
る。
(ii)司法権の独立
通常裁判所の裁判官は大統領により任命される。裁判官は、国民議会の議員その他報酬
を得る職に就くことはできない。また、任命に当たっては、「全能の神の御前において、私
。。は何人に対しても恐れも偏向もせず、好意及び悪意を抱かず、知識及び能力の限りを尽
くして、首席裁判官(又はその場合に応じた官職名で)としての役割を適正かつ忠実に果
たすこと、並びに憲法及び法律を遵守することを、厳粛かつ誠実に約束し、宣言します。
神の導きと加護のあらんことを」との憲法上の宣誓を行う。この宣誓が任命後10日以内
に行われないときは、裁判官はその職を失ったものとみなされる。裁判官の定員、任期、
給与、定年、及び年金に関する事項は法律で定めている(以上、憲法第34条、第35条)。
裁判官はその司法権の行使につき、立法府及び行政府から独立している。憲法による司
法権の独立の第一の保証は、その職の保障である。裁判官が職を解かれるのは、所定の非
行又は無能力を理由として、国民議会の両院が決議を行う場合に限られている。第二の保
証は、原則として在任中、その報酬を減額されることはないという憲法規定である(憲法
第35条第5節)。コモン・ローはさらに二つの司法権の保護を発展させた。第一が、民事
及び刑事の法廷侮辱の法である。第二が、裁判官がその裁判官としての仕事をしている場
合、この裁判に関して訴訟を起こされることから免責されている、訴訟免責という保護で
47 Crotty v An Taoiseach〔1987〕I.R. 713.
48イラクについては、Horgan事件(前掲注41)、アフガニスタンについては、Dubsky v Ireland〔2005〕
I.E.H.C. 422.
49 T.D. v Minister for Education〔2001〕4 I.R. 259.理論的には、Crotty 判決を分析した、Casey, op.cit.,
p.214を参照のこと。
50 勿&/.,p.370.
23
基本情報シリーズ⑧
ある51。
(iii) 裁判所制度
憲法によれば、裁判所としては、最rWj裁判所と周等法院が必置の裁判所である(憲法第
34条第2節)。これらの裁判所は上級裁判所と言われている。その他の裁判所は法律によ
り創設することができる、限定的で地方的な性格の裁判所であって、下級裁判所と言われ
ている(憲法第34条第3節第4項。地方裁判所、巡回裁判所を指す)。その他に、軍事裁
判所(軍事審判所、軍法会議)、国家反逆罪関連事件のための特別裁判所がある(憲法第
38条第3節、第4節)。
(a) 高等法院
高等法院は全国に管轄権を行使する。1名の長と複数名の通常裁判官とで構成されてい
る。高等法院長は、職務上、最高裁裁判官と国家評議会の評議員である。12年以上の経験
のあるバリスター又は4年以上の経歴のある巡回裁判官が任命され、定年は70歳である。
陪審裁判を除き、一般に高等法院は単独で審理を行う。重要事件では、法院長の命令に
より、3名の裁判官で合議法廷が構成される。各裁判官は個別意見を述べることができ、
判決は多数決で下される。刑事事件を審理するときは、高等法院は、中央刑事裁判所と称
される。
(b) 最周裁判所
最高裁判所はアイルランドの司法制度の頂点に立つ裁判所である。首席裁判官と複数名
の通常裁判官とで構成されている。首席裁判官は、司法府の長、最高裁判所の長官、国家
評議会の職務上の評議員であり、大統領委員会の委員でもある。高等法院長は職務上、最
高裁裁判官である。その他の高等法院裁判官は招請により最高裁判所裁判官として職務を
遂行するが、それは憲法事件で行われることはない。12年以上の経験のあるバリスターと
ソリシターであって、任命前2年以上継続して実務に就いている者、高等法院裁判官、2
年以上の経験を有する巡回裁判所裁判官、及び欧州司法裁判所の法務官並びにその他の国
際裁判所・審判所の裁判官が、最高裁裁判官として任命される資格を有している。
憲法事件では、最低5名の裁判官が着席するが、一般の事件では、3名で構成される。
一定の憲法事件を除き、各裁判官は、司法の伝統に従い、個別に意見を述べることができ、
判決は多数決により下される。
(iv) 法曹
憲法第30条は、法律問題及び法的意見について政府に法的助言をする者として、法務
長官(Attorney General)の職について規定する。法務長官は、総理大臣により指名され、
大統領により任命されるが、政府の構成員ではない。1974年公訴局長官①ire ctor of Public
Prosecutions:以下、DPPと記す)の職が新たに設置されたが、その理由は、法務長官の
多忙であった。大多数の重大犯罪は、DPPの提起により、人民の名において訴追される。
バー (The Bar)は法律職の上級部門である。バリスターは法廷での弁論と法的意見の
提供に特化している。ソリシターは、遺言の作成、財産の譲渡、上級裁判所での事案の審
51 ibid., p.306.
24
アイルランド憲法
理のためのバリスターの弁論の準備、軽微な事案での簡易裁判所への出頭等を行う52。
4 安全保障•平和主義
⑴ アイルランドの安全保障政策と現状
アイルランドは、1955年に国連に加盟して、非常任理事国を2度務めている。1958年
以降、コンゴ(現コンゴ民主共和国)を初めとして、国連の平和維持活動に積極的に参加
しており、現在、国連待機制度で850名までの派遣が可能である。
国防費対GDP比は約0.6%である。国防軍は、陸軍、海軍、空軍、予備役から成り、予
備役を除く兵力は、陸軍8,500、海軍1,110、空軍850名であり、志願制を採用している。
陸軍は14台のスコーピオン軽戦車及び防御用の軽火器等を有する。海軍は8隻の沿岸警
備艦等を有する。空軍は2機の哨戒機、9機の輸送機、10機のヘリコプター等を有してい
る53。
⑵ 国際紛争•緊急事態と議会
(i) 文民統制
大統領は、国防軍最高司令官であって、全ての士官は大統領からの任命状を有する(憲
法第13条第4節、第5節)。国防軍の統制は、1954年防衛法により、国防大臣がこれを
行う。
憲法は、「国は、下院の同意がある場合を除いて、戦争を宣言することはなく、また、い
かなる戦争にも関係することはない」と定めている。しかし、政府は、現に侵攻が生じた
場合には、国の保全のために必要な措置をとることができる。仮に国民議会が開会されて
いない場合には、実行できる最短日に集会できるよう招集されなければならない(憲法第
28条第3節)。
(ii) 国家緊急事態
戦争時とは、国が関係していない武力紛争であって、これに関して、国民議会の両院が、
その武力紛争から生じる国家の極めて重大な利益にかかわる国家緊急事態が存在している
場合を含んでいる(憲法第28条第3節3項)。
1939年9月2日、国民議会の両院は、欧州における紛争から生じた国家緊急事態が存
すると決議した。1945年以降欧州の和平にもかかわらず、この国家緊急事態は1976年9
月1日まで廃止されなかった。ところが、その日、国民議会の両院は、北アイルランドで
現に行われている武力紛争の結果として、国の死活の利益に悪影響を与える国家緊急事態
が存在すると決議した。これらの決議が廃止されるのは1994年のことであった54。
戦争、武力反乱、又は国家緊急時に、公共の安全と国の保全を確保するという明確な目
的で定められる法を無効にするために、憲法のいかなる条項も用いられることはない。
52法曹職についての簡略な説明として、Doolan, op.cit., p.58.を参照。
53これらの詳細なデータに関して、The Military Balance, 2011,pp.118-119•を参照。
54 Casey, op.cit., p.180.
25
基本情報シリーズ⑧
こうした厳しい権限の必要性は、レノン(Lennon)事件でデュフィ裁判官①uffy, J.G.)
により、以下のように説かれている。「戦時又は武装反乱時には、司法が介入すると、政府
が危機を乗り越えて国家という船のかじを取るのに、可能なあらゆる力と自由とを必要と
している、まさしく何かきわどい瞬間に、立法府又は執行権が干渉を受けるかもしれない
ことが憂慮されるのであって、結果として、憲法は、当該緊急事態の間、政府のその他の
機関に対する司法審査を停止する特別の権限を立法者としての国民議会の手に委ねたので
ある。」55
π憲法改正手続
憲法第46条は、憲法改正手続を規定している。それに必要なレファレンダムについて
は、憲法第47条に定められている。憲法改正提案は全て、下院に「憲法改正法案」とし
て発議され、通常の法律案と同じ手続きを経て、国民議会の両院により可決され、又は可
決されたとみなされた後、国民のレファレンダムに付されて、その過半数の承認を得なけ
ればならない。レファレンダムの有権者は下院議員選挙の有権者と同じく、18歳以上であ
る。
憲法改正提案は多数、かつ、多様であり、1937年以降、35回の憲法改正が試みられ、
25回の憲法改正が成立している。そのうちの第1回改正(1938年9月2日施行)及び第
2回改正(1941年5月30日施行)は、レファレンダム無しで改正が行われた。かって、
「最初の大統領が就任してから3年間」(1941年6月25日まで)は、レファレンダムを
行わずに憲法を改正することができたからである。それ以外の23回はレファレンダムに
よる改正である。
一方、九つの憲法改正提案はレファレンダムで否決されている。また、可決されたもの
の中には、二度目のレファレンダムで承認された事案もある(離婚とニース条約)。ニース
条約の場合は、二度に分けてレファレンダムが行われた。もちろん、国民は、熊度を変え
ないこともあり、妊娠中絶を制限しようとするレファレンダムは二度とも拒否されており、
比例代表制廃止提案のレファレンダムも二度とも拒否されている。
レファレンダムに持ち込めば、政府の意向が実現するとは限らないのであって、憲法改
正レファレンダムは政権にとって重い課題であり続けている56。
IV結語ー最近の憲法的課題
憲法見直し委員会の提言とそれを受けた国民議会の報告書は、主要な課題を網羅してい
る57。それに関連して、筆者の私見として簡単に問題を提起しておきたい58。
55 The State(Walsh) v Lennon〔1942〕LR.112.
56 Ryan, op.cit., p.189 ; Hogan and Whyte, eds., op.cit., p.2089.
57 Report of the Constitution Review Group (1996). Hogan and Whyte, ibid•にも、関係箇所ごとにその
紹介がある。
26
アイルランド憲法
第一に、人権条項の見直しが考えられる。人権条項の量的少なさと質的問題(カトリッ
ク的価値)は、確かに憲法裁判の王国とも称される司法積極主義をもたらしたが、司法に
は限界があることはいうまでもないからである。
第二に、大統領付託制度の見直しが考えられよう。特に、事前の審査により「合憲」と
されると、問題とされた法律が現実に機能してもたらす弊害を少なくとも司法は救済でき
ないことになりかねないからである。
第三に、大統領付託制度もそうであるが、「単一判決制」の見直しが求められる。日本
その他の国のように、個々の裁判官の意見が表明されてしかるべきであろう。
第四に、一般国民に理解が困難な欧州連合の制度改革との関連でのレファレンダムの回
数が増大せざるを得なくなっていることにいかに対処すべきかが問われてくるであろう。
一方でかなり技術的な改革、他方で余りに複雑で高度な政治的改革をレファレンダムで真
に解決し得るのか、問われるときがくるかもしれない。
以上のような課題があるものの、一方で、1998年のベルファスト合意により北アイルラ
ンド問題がとりあえず解消され、緊急事態が終結したことはアイルランド憲法の正常な作
用にとってきわめて大きな意義があったと思われる。また、これにより、領土条項、宗教
条項など、従来から問題であった憲法規定そのものの変更がなされたという点においても、
アイルランド憲法にとって重要であったと思われる。
58本稿で提起した以外のものを挙げているものとして、山田邦夫「アイルランドの憲法事情」『諸外国の
憲法事情2』(調査資料2002-2)国立国会図書館調査及び立法考査局,2002, p.123以下を参照。
27
基本情報シリーズ⑧
アイルランド憲法
BUNREACHT NAhEIREANN
1937年7月1日アイルランド人民により制定され、1937年12月29日に施行される。
本憲法正文は第25条第5節第2項の規定に従い、!999年5月27日に登録された正本の
写しである。ただしー
経過規定(第51条から第63条まで)は経過規定条項の求めるところにより削除されて
いる。アイルランド語の正文は現代の標準的アイルランド語に合致すべく改められている。
憲法の第20回改正は登録後に行われたが、ここに組み入れている。1998年第19回憲法
改正法の規定に従い、新たな第2条、第3条及び第29条第8節の規定が挿入されている。
登録後に制定された第21回、第23回、第26回及び第27回改正も、現在、この正文に組
み入れられている。1937年の憲法制定以来本版の印刷時点(2010年9月)までになされ
た憲法改正は次に掲げるとおりである。
1939年第1回憲法改正法
[戦時又は武力反乱時に公共の安全及び国家の保全を確保するための緊急事態規定を国家
が当事者ではない紛争にまで拡大すること]
1939年9月2日
1942年第2回憲法改正法
[憲法制定後の経験に鑑みて憲法を整理する目的でなされた、様々な条項に渡る総括的な提
案]
1941年5月30日
1972年第3回憲法改正法
[欧州共同体への加盟の承認]
1972年6月8日
1972年第4回憲法改正法
[下院及び大統領選挙並びにレファレンダムにおける投票年齢の21歳から18歳への引下
げ]
1973年1月5日
1972年第5回憲法改正法
[カトリック教会及び他の列挙された宗派の特別の地位の憲法からの削除]
1973年1月5日
28
アイルランド憲法
1979年第6回憲法改正(養子)法
[養子委員会が作成した養子命令を裁判所によるものではないという理由から無効と宣す
ることはできない旨の確定]
1979年8月3日
1979年第7回憲法改正(高等教育機関による上院の選挙)法
[大学及び他の高等教育機関による上院の選挙に関する規定]
1979年8月3日
1983年第8回憲法改正法
[母親の生命権も同等に尊重した、胎児の生命権の承認]
1983年10月7日
1984年第9回憲法改正法
[一定範囲のアイルランド国民でない者への下院の選挙の投票権の拡大]
1984年8月2日
1987年第10回憲法改正法
[単一欧州議定書の批准の承認]
1987年6月22日
1992年第11回憲法改正法
[欧州連合条約(マーストリヒト条約)の批准及び同連合への加盟の承認]
1992年7月16日
第12回改正は行われていない。1992年11月25日、第12回、第13回及び第14回の三
つの憲法改正案が国民に提示された。国民は第12回改正(胎児の生命権に関するもの)
を否決して、第13回及び第14回改正(下記参照)を承認した。
1992年第13回憲法改正法
[憲法第40条第3節第3項(胎児の生命権)はアイルランドと他国との間を旅行する自由
を制限しない旨の規定]
1992年12月23日
1992年第14回憲法改正法
[憲法第40条第3節第3項(胎児の生命権)は他国で適法に利用できる治療に関する情報
を入手又は利用する自由を制約するものではない旨の規定]
1992年12月23日
29
基本情報シリーズ⑧
1995年第15回憲法改正法
[一定の具体的な状況の下での婚姻の解消の規定]
1996年6月1T日
1996年第16回憲法改正法
[重大犯罪の実行を防止するために必要であると思料するのが相当である場合における、当
該犯罪で告発されている当該の者に対する裁判所による保釈の拒否の規定]
1996年12月12日
1997年第17回憲法改正法
[政府の会議での審議の秘密は尊重されるが、高等法院が一定の具体的な状況の下で開示さ
れるべしと決定する場合はこの限りでない旨の規定]
1997年11月14日
1998年第18回憲法改正法
[アムステルダム条約の批准の承認]
1998年6月3日
1998年第19回憲法改正法
[1998年4月10日にベルファストで締結された英国・アイルランド協定にアイルランド国
家が拘束されることに対する同意の承認並びに特に第2条及び第3条の規定に対しては、
当該協定が施行される場合には、さらに必要な憲法改正が行われる旨の規定]
1998年6月3日
1999年第20回憲法改正法
[地方政府の役割の憲法上の承認及び地方選挙は少なくとも5年に一度行われる旨の規定]
1999年6月23日
2001年第21回憲法改正法
[死刑の禁止及び死刑の文言の削除]
2002年3月27日
憲法の第22回改正は行われていない。2001年第22回憲法改正法案[裁判官の罷免に関
すること及び裁判官による非行を構成する行為又は裁判官の無能力により不利益を被った
行為を調査し、又は調査させる機関を法律により設置する旨を規定すること]は、国民議
会の両院により可決されなかった。
30
アイルランド憲法
2001年第23回憲法改正法
[国際刑事裁判所ローマ規程の批准の承認]
2002年3月27日
憲法の第24回改正は行われていない。2001年6月7日、第21回、第23回及び第24回
の三つの憲法改正案が国民に提示された。第24回改正(ニース条約への対処)は否決さ
れ、第21回及び第23回改正は承認された(上記参照)。
第25回改正は行われていない。2002年3月6日、第25回の憲法改正案が国民に提示さ
れ、否決された[人の命に関する妊娠の保護]。
2002年第26回憲法改正法
[ニース条約の批准の承認]
2002年11月7日
2004年第2?回憲法改正法
[アイルランド国籍を持たない両親の子どものアイルランド市民権]
2004年6月24日
2009年第28回憲法改正法
[リスボン条約の批准の承認]
2009年10月15日
【訳者注】
本稿が翻訳の底本として用いたものは、第28回憲法改正までが反映された2010年9月時点の
アイルランド憲法英語版写本である。その後、2011年11月17日に第29回憲法改正法が施行
され(第35条第5節第1項の改正並びに第2項及び第3項の追加)、裁判官の報酬を例外的に
減額することが可能となった。本稿では、この第29回改正を反映させた翻訳を掲載している。
なお、2011年10月17日に、第30回憲法改正案が国民に提示されたが、レファレンダムで否
決されている。
31
基本情報シリーズ⑧
アイルランド憲法
BUNREACHT NAhEIREANN
全ての権能の源であって、人及び国家の一切の行為が、我らの究極の目的として立ち戻
らねばならない、最も聖なる三位一体の御名において、
我らエール(Eire)人民は、試練の幾世紀の間、絶えず我らの父祖達を援け賜った我ら
の神なる主、イエス・キリストへの我らの心からなる感謝を捧げつつ、
我ら国民の正当なる独立を再び得んがために、彼ら祖父達が行った英雄的で忍耐溢れる
闘いを忘れることなく感謝しつつ、
個人の尊厳及び自由が保障され、真実の社会秩序が確立され、我らの国土の統一が回復
され、他国民との協調が確立されるように、思慮、正義及び博愛を正しく遵奉しながら、
共通善を促進せんがために、ここにこの憲法を採択及び制定して、我ら自らに授与するも
のである。
国民
第1条
アイルランド国民は、国民自身の英知及び伝統に従って、自らの統治形態を選択し、他
国民との関係を定め、並びに自らの政治的、経済的及び文化的生活を発展させる、不可譲
にして取り消し得ない主権上の権利を有することをここに確認する。
第2条
アイルランド国民の一員であることは、アイルランドに属する島!ig及び海域を含むアイ
ルランド島に生まれた全ての者の資格及び生得の権利である。アイルランド国民の一員で
あることは、また、これ以外に法によりアイルランド市民としての資格を付与された全て
の者の資格である。アイルランド国民は、さらに、アイルランド国民と文化的な同一性及
び伝統を共有しつつ、海外に暮らし、アイルランド人を祖先とする人々との特別の親近性
を尊重する。
第3条
- 統一アイルランドは、アイルランド島の双方の管轄権内で民主的に表明された人民の
過半数の同意を伴う平和的な手段によりもたらされるべきである旨を承認して、出自
及び伝統の多様性の下にあるアイルランド島の領域を共にしている全ての人民を調
和及び友好のうちに統合することは、アイルランド国民の不動の意思である。この時
まで、この憲法により設置される議会が定める法律は、この憲法の施行の直前まで置
かれていた議会が定めた法律と同様の適用範域を有するものとする。 - 双方の管轄権の間で共有される執行権限及び職務を有する組織を、明示された目的に
対しそれぞれが責任を有する機関により設立することができ、当該組織はアイルラン
ド島の全部又はその一部に関して、当該権限及び職務を行使することができる。
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アイルランド憲法
国家
第4条
国家名は、エール(Eire) A又は英語では、アイルランド(Ireland)である。
第5条
アイルランドは、民主的な独立の主権国家である。
第6条 - 立法、執行及び司法の全ての政府の権限は、神の下に人民に由来するのであって、人
民の権利は共通善の求めるところに従って、国家の指導者を選任し、及び国家政策の
全ての問題を最終的に決定することである。 - 前項に規定する政府の権限は、この憲法により設置される国家機関の権能により、又
はこれに基づいてのみ、行使することができる。
第7条
国旗は、緑、白及びオレンジの三色旗である。
第8条 - 国語たるアイルランド語は、第一公用語である。
- 英語は、第二公用語として承認される。
3 .前2項の規定にかかわらず、国家全体又はその一部において、一又は二以上の公の目
的のために、前記2言語のうちのいずれかを排他的に使用する旨を法律により規定す
ることができる。
第9条 - ! この憲法の施行の直前にアイルランド自由国市民であった者は、いかなる者であ
れ、この憲法施行とともにアイルランド市民となるものとし、また、現にアイル
ランド市民であるものとする。
2 °アイルランド国籍及び市民権の将来の得喪は、法律に従って決定される。
3 °何人といえども、その性別を理由としてアイルランド国籍及び市民権を奪われる
ことはない。 - この憲法の他の規定にかかわらず、アイルランドに属する島!及び海域を含むアイル
ランド島に生まれた者であって、その者の出生時において、両親のいずれもアイルラ
ンド市民でない者又は両親のいずれもアイルランド市民となる資格を有しない者は、
法律により別に規定されない限り、アイルランド市民権又は国籍を得る資格を有しな
い。
3 .国民に対する誠実及び国家に対する忠誠は、全ての市民の基本的な政治的義務である。
第10条
1.この憲法により設置される議会及び政府の管轄権内にある大気及び他のあらゆる形態
の潜在的エネルギーを含む全ての天然資源並びに同管轄権内にある全ての不動産に
関する使用権及び特権は、その不動産上の権利及び利益が当分の間個人又は団体に合
法的に付与されていることを条件に、国家に属する。
33
基本情報シリーズ⑧
2 .この憲法の施行の直前にアイルランド自由国に属していた全ての土地並びに鉱山、鉱
物及び鉱水は、アイルランド自由国に属していたときと同じ範囲で、国家に属する。
3 .この条の規定により国家に属する財産の管理及び財産の一時的又は永続的な譲渡の規
制については、法律により定めることができる。
4.この憲法の施行後に国家により取得される土地、鉱山、鉱物及び鉱水の管理並びに当
該土地、鉱山、鉱物及び鉱水の一時的又は永続的な譲渡の規制についても、法律によ
り定めることができる。
第11条
国家の全ての歳入は、その財源を問わず、法律により定めることができる例外に服する
ことを条件として、一つの基金を構成するものとし、法律により課される負担及び責任に
従い法律で定める目的のため、法律で定める方法により、支出されるものとする。
大統領
第12条
1.アイルランド大統領(Uachtaran na hEireann)を置き、これ以降は大統領 <と呼称し、
大統領は、国家の他の全ての者の上にあるものとし、この憲法及び法律により大統領
に付与される権限を行使し、その職務を遂行するものとする。
2.1°大統領は、人民の直接投票により選挙されるものとする。
2 °下院の選挙で投票権を有する全ての市民は、大統領選挙で投票権を有するものと
する。
3 °投票は、秘密投票により、単記移譲式の比例代表制に基づいて行われるものとす
る。
3.1°大統領は、その職に就いた日から7年間、その職を保有するものとするが、その
任期満了以前に、大統領が死亡、辞職若しくは解任された場合又は永続的な職務
遂行不可能が生じ、5名以上の裁判官で構成する裁判所がその旨を決定する場合
は、例外とする。
2 0大統領職に就いている者又は就いたことのある者は、再選を求める権利を有する
が、再選は、一度に限られるものとする。
3 0大統領職の選挙は、それぞれ大統領の任期満了日より遅くなることなく、また、
それより60日以上早まることなく実施されるものとするが、大統領職からの解
任、その死亡、辞職又は第1項に規定する永続的な職務遂行不可能(大統領職に
就く前か後かを問わない)が生じた場合には、大統領職の選挙は当該事由の生じ
た日より60日以内に実施されるものとする。
4.1° 35歳に達した市民は、何人であれ、大統領職に選出される権利を有する。
2 0大統領選挙の候補者であって、前大統領又は元大統領ではないものは全て、次の
各号の一に掲げる者により指名されなければならない。
i・指名時における国民議会のいずれかの院の議員の20名以上
34
アイルランド憲法
ii•法律により画定されている4以上の行政県(特別市を含む)の参事会
3 °何人及びいかなる参事会も、同一の大統領選挙に関して、2名以上の候補者の指
名に同意することはできない。
4 °前大統領又は元大統領は、自薦により候補者となることができる。
5 °大統領職のために候補者が1名しか指名されないときは、その者の選挙のための
投票は要しないものとする。
5 .この条の規定に従うことを条件として、大統領職の選挙は、法律が定めるものとする。
6 .1°大統領は、国民議会のいずれかの院の議員であってはならない。
2 °国民議会のいずれかの院の議員が大統領に選出されたときは、その者は、その院
におけるその議席を失ったものとみなす。
3 °大統領は、他のいかなる職又は報酬のある地位にも就いてはならない。 - 最初の大統領は、選挙後可能な限り速やかにその職に就くものとし、その後の大統領
は、いずれも、その前任者の任期満了の翌日若しくはその後のできる限り早い日に、
又はその前任者が解職、死亡、辞職若しくは第3節の規定により定められている永続
的な職務遂行不可能が生じた場合には、選挙後可能な限り速やかに、その職に就くも
のとする。 - 大統領は、国民議会の両院の議員、最高裁判所及び高等法院の裁判官並びに他の公職
にある者の立会いの下に、次に掲げる宣誓を公に行い、これに署名して、その職に就
<ものとする。
「全能の神の御前において、私。。は、アイルランド憲法を遵守し、その法律を守
ること、憲法及び法律に従って忠実かつ良心的に私の義務を果たすこと並びにア
イルランド人民への奉仕及び福祉のために私の力を捧げることを、ここに厳粛か
つ誠実に約束し、宣言します。神の導きと加護のあらんことを。」
9 .大統領は、政府の同意のある場合を除いて、その在職中、国を離れてはならない。
io.1°大統領は、所定の非行を理由にして弾劾されることがある。
2 °弾劾の告発は、この節の規定に従って、国民議会のいずれかの院により提起され
るものとする。
3 °この節の規定に基づいて大統領に対する告発を提起する国民議会のいずれかの
院への提案は、当該の院の30名以上の議員が署名した文書による動議の通告に
よらなければならない。
4 °いかなる提案も、当該の院の総議員の3分の2以上の賛成による決議に基づく場
合を除いて、国民議会のいずれかの院により採択されることはない。
5 °告発が国民議会のいずれかの院により提起されたときは、他の院はその告発を調
査し、又はその告発を調査させるものとする。
6 °大統領は、告発の調査に自ら出席する権利及び代理人を出席させる権利を有する,
7 °調査の結果として、告発を調査し、又は調査させた院の総議員の3分の2以上の
賛成により決議が可決され、大統領に対して提起された当該告発が支持されるも
のであって、告発の対象たる非行が大統領をしてその職に引き続き留まることを
35
基本情報シリーズ⑧
不適当ならしめる程度のものであった旨を宣言した場合には、当該決議は、大統
領をその職から解任する効力を生ずるものとする。
11.1°大統領は、ダブリン市内又はその近郊に公邸を有する。
2 °大統領は、法律で定める報酬及び手当を受ける。
3 °大統領の俸給及び手当は、その在職中減額されない。
第13条
1.1°大統領は、下院(Dail Eireann)の指名に基づいて、ティーサック(Taoiseach)、
すなわち政府の長たる総理大臣を任命する。
2 0大統領は、総理大臣が下院による事前の承認を得て行う指名に基づき、その他の
政府構成員を任命する。
3 °大統領は、総理大臣の助言に基づき、あらゆる政府構成員の辞職を受理し、又は
これを罷免する。
2.1°下院は、総理大臣の助言に基づき、大統領により招集及び解散されるものとす
る。
2 0大統領は、その絶対的裁量に基づき、下院での過半数の支持を失った総理大臣の
助言に基づく下院の解散を拒否することができる。
3 °大統領は、国家評議会と協議の上で、いつでも国民議会のー院又は両院の集会を
招集することができる。
3 .1°国民議会の両院により可決された、又は可決されたとみなされる法律案は、いず
れも、それが法律として制定されるためには、大統領の署名を必要とする。
2 0大統領は、国民議会により制定されたあらゆる法律を公布するものとする。
4.国防軍の最高指揮権は、ここに大統領に付与される。
5.1°国防軍の最高指揮権の行使は、法律で定める。
2 0全ての国防軍士官は、大統領から任命されるものとする。
6 .恩赦権及び刑事裁判権を行使するいずれかの裁判所により科された刑罰を軽減し、又
は減免する権限は、ここに大統領に付与されるが、この刑罰を軽減し、又は減免する
権限は、法律により他の機関に付与されることがある。
7.1°大統領は、国家評議会と協議の上で、国家的又は公的重要性を有するいかなる事
項についても、教書又は通告により国民議会の両院と意見を交わすことができる<
2 0大統領は、国家評議会と協議の上、前項に規定するいかなる事項についても、い
っでも国民に教書を発することができる。
3 °前2項の教書又は通告は、政府の承認を得ていなくてはならない。
8.10大統領は、その権限の行使及び職務の遂行に関して、又はこれらの権限の行使及
び職務の遂行のため大統領が行った若しくは行ったとみなされるあらゆる行為
に関して、国民議会のいずれの院又はいずれの裁判所に対しても責任を負うこと
はない。
2 0前節の規定にかかわらず、大統領の行為は、この憲法の第12条第10節に規定す
る目的のために国民議会のいずれかの院において、又は同条同節の規定に基づく
36
アイルランド憲法
告発の調査のために国民議会のいずれかの院により指定若しくは任命された裁
判所、審判所若しくは機関により、審査されることがある。 - この憲法により大統領に付与された権限及び職務は、政府の助言に基づいてのみ行使
及び遂行することができるが、大統領が、その絶対的裁量により、若しくは国家評議
会と協議若しくは連絡の上、他の何らかの者若しくは機関の助言若しくは指名に基づ
いて、又は当該の者若しくは機関からの他の何らかの意思を受けて、行為する旨がこ
の憲法に規定されている場合は、この限りでない。 - この憲法の規定に従い、法律により大統領に権限及び職務を追加して付与することが
できる。 - 法律により大統領に付与されたいかなる権限又は職務も、政府の助言のある場合の他
は、大統領により行使又は遂行されてはならない。
第14条
1.大統領の不在、一時的な職務遂行不可能若しくはこの憲法の第12条第3節の規定に
定められているところに従って確証された永続的な職務遂行不可能が生じた場合、死
亡、辞職若しくは罷免、その職の有する権限を行使し、及び職務を遂行することの,解
怠若しくはそれらのいずれかの行使及び遂行の,解怠の場合又は大統領の職が空席にな
ることがある場合には、いかなる場合においても、この憲法により又はこれに基づき
大統領に付与されている権限及び職務は、この条の第2節の規定に定められていると
ころに従って構成される委員会により行使及び遂行されるものとする。
2.1°委員会は、次に掲げる者から構成される。
首席裁判官
下院議長
上院議長
2 °首席裁判官の職が空席である場合又は首席裁判官が職務を執ることができない
場合には、いかなる場合においても、周等法院長が首席裁判官に代わり、委員会
の委員としてその職務を執るものとする。
3 0下院議長の職が空席であるか、又は職務を執ることができない場合には、下院副
議長が下院議長に代わって、委員会の委員としてその職務を執るものとする。
4 °上院議長の職が空席であるか、又は職務を執ることができない場合には、上院副
議長が上院議長に代わって、委員会の委員としてその職務を執るものとする。
3 .委員会は、その委員の中の任意の2名により、その職務を執ることができ、またその
委員に欠員がある場合にも、その職務を執ることができる。
4.この条の前3項が定めていない何らかの不測事態が生じた場合には、国家評議会は、
その委員の過半数により、この憲法により又はこれに基づき大統領に付与されている
権限を行使し、職務を遂行するために必要と認める規定を定めることができる。
5 .1°この憲法により又はこれに基づき大統領に付与されている権限の行使及び職務の
遂行に係るこの憲法の規定は、この節の規定に従って、この条の規定に基づく権
限の行使及び義務の遂行に適用するものとする。
37
基本情報シリーズ⑧
2 °この憲法により又はこれに基づき、大統領が一定期間内に行使又は遂行すべきこ
とを求められている権限又は職務を、大統領が行使又は遂行できなかった場合に
は、その期間の満了後可能な限り速やかに、この条の規定に基づき当該権限は行
使され、職務は遂行されるものとする。
国民議会
組織及び権限
第15条
1.1°国民議会は、オラクタスと称され、及び知られるものとし、並びにこの憲法にお
いては、総じてその文言で表示するものとする。
2 °国民議会は、大統領及び国民議会の両院、すなわちダール・アールウン(D糸1
Eireann)と称される下院及びサナド・アールウン(Seanad Eireann)と称され
る上院から構成される。
3 °国民議会の両院は、ダブリン市内若しくはその近郊又は両院が時宜により決定す
る他のいずれかの地に置かれるものとする。
2 .10国家のために法律を制定する唯一の排他的権限は、ここに国民議会に付与され
る。他のいかなる立法機関も国家のために法律を制定する権限を有しない。
2 °前項の規定にかかわらず、従位的立法機関の創設又は承認のために、及びこれら
の立法機関の権限及び職務のために、法律により規定を設けることができる。
3.1°国民議会は、人民の社会及び経済生活の諸部門を代表する職能又は職業会議を設
置又は承認するために、規定を定めることができる。
2 0前項に定める会議を設置又は承認する法律は、その会議の権利、権限及び義務並
びにその会議と国民議会及び政府との関係を決定するものとする。
4 .1°国民議会は、この憲法又はその規定のいずれかに、いずれかの点で反しているい
かなる法律も制定してはならない。
2 0国民議会が制定した法律であって、この憲法又はその規定のいずれかに何らかの
点で反している全ての法律は、その違反の限度において無効とする。
5.1°国民議会は、実行の日に法律違反ではなかった行為を法律違反であると宣言して
はならない。
2 °国民議会は、死刑を科すことを定めるいかなる法律も制定してはならない。
6.1°軍隊又は武装組織を徴募し、維持する権利は国民議会に排他的に付与される。
2 0国民議会により徴募され、維持される軍隊又は武装組織を別として、いかなる軍
隊及び武装組織もどのような目的のためであれ、徴募され、又は維持されてはな
らない。
7.国民議会は、少なくとも毎年一会期開かれなければならない。
8.1°国民議会のそれぞれの院の会議は、公開するものとする。
38
アイルランド憲法
2 °前項の規定にかかわらず、特別の緊急事態の場合には、いずれの院も出席議員の
3分の2の賛成により秘密会を開くことができる。
9.1°国民議会のそれぞれの院は、その議員の中からその議長及び副議長を選挙し、そ
の権限及び義務を定めるものとする。
2 °それぞれの院の議長及び副議長の報酬は、法律で定める。
10.それぞれの院は、自らの議院規則及び議事規則を定めるものとし、それらにはその違
反に対する罰則を付する権限が与えられ、また、それぞれの院は、討論の自由を保障
する権限、院の公式記録及びその所属議員の私的文書を保護する権限並びに議員がそ
の任務を行うに際して、その議員に干渉し、これを妨害し、及び腐敗させようとする
いかなる者からも院自身及びその議員を保護する権限を有する。
11.1°それぞれの院での全ての質疑は、この憲法が別に定める場合を除いて、議長又は
会議を主宰する議員を除く出席議員の投票の過半数により決するものとする。
2 °議長又は会議を主宰する議員は、投票が同数の場合、決定票を有して、これを行
使する。
3 0それぞれの院がその権限を行使するためのそれぞれの院の会議を構成するため
に必要な議員の数は、それぞれの院の議事規則が定める。 - 国民議会又はそのいずれかの院の全ての公式の報告書及び刊行物並びにいずれかの院
でなされた発言であって、刊行された発言は、免責の特権が与えられる。 - 国民議会のそれぞれの院の議員は、この憲法に明記される反逆罪、重罪又は平和妨害
罪の場合を除いて、いずれかの院への往復及びその構内にある間は、逮捕を免れる特
権を有し、いずれかの院での発言に関して、その院を除いて、いかなる裁判所又は機
関にも責任を問われることはない。 - 何人も同時に国民議会の両院の議員となり得ず、既にいずれかの院の議員である者が
他方の院の議員になる場合には、直ちにもとの議院の議席を失ったものとみなされる。 - 国民議会は、それぞれの院の議員の公の代表としての職務に関し、議員に報酬を支払
うこと並びに無料旅行及びその職務との関連で国民議会が定める他の便宜を(必要な
場合には)供与することを法律により規定することができる。
下院
第16条
1.1° 21歳になった市民であって、この憲法又は法律により欠格又は無能力とされて
いない全てのものは、性別のいかんにかかわらず、下院議員となる資格を有する。
2 °法律により資格を奪われておらず、下院の選挙に関する法律の規定に従うもので、
18歳になった次の各号に掲げるものは、性別にかかわらず、下院の選挙で投票権
を有する。
i全ての市民
ii法律で定める国内の他の者
39
基本情報シリーズ⑧
3 °性別を理由として下院議員となる資格を剥奪若しくは喪失させる法律、又は同じ
理由から、下院の選挙で投票する権利を市民から喪失させる法律は、制定されて
はならない。
4 °いかなる投票者も下院の選挙において、2票以上を行使することはできない。ま
た、投票は、秘密投票によるものとする。
2.10下院は、法律で定められる選挙区を代表する議員から構成される。
2 °下院議員の定数は、時宜に応じて法律で定めるが、その総数は、人口 3万人につ
き1議員以下、又は人口 2万人につき1議員以上で定められるものとする。
3 °各選挙区で時々に選挙される議員数と、直近の人口調査で確定された各選挙区の
人口との間の比率は、実行できる限り、全国を通じて均ーでなければならない。
4 °国民議会は、人口分布の変化を適切に考慮して、少なくとも12年に一度選挙区
を改定するものとするが、選挙区のいかなる変更も、当該変更が行われたとき下
院の議席の存続中は、実施されないものとする。
5 °下院議員は、単記移譲式投票による比例代表制に基づいて選挙される。
6 °どの選挙区であれ選出される議員数が3名を下回る法律は、制定されてはならな
い。
3.1°下院は、この憲法の第13条第2節の規定に従って、招集及び解散される。
2 °下院の総選挙は、下院の解散後30日以内に行われるものとする。
4.1°下院の総選挙の投票は、実行できる限り、全国を通じて同一日に行われるものと
する。
2 °下院は、投票日から30日以内に集会しなければならない。
5.1°同一の下院は、その最初の会合の日から7年以上の期間にわたって継続してはな
らず、法律でこれより短い任期を定めることができる。
6.下院の解散直前に議長である下院議員は、実際に選挙されることなく、次の総選挙で
下院議員として選挙されたものとみなすことができる旨の規定を法律で定めるもの
とする。
7 .この条の前節までの規定に従うことを条件に、補欠選挙を含む下院の選挙は、法律に
従って定めるものとする。
第17条
1.1°この憲法の第28条の規定に基づいて、財政年度毎に国の歳入予算及び歳出予算
が下院に提出された後可能な限り速やかに、下院は、当該予算を審議するものと
する。
2 °個々の事例において個別立法により定められる場合を除いて、毎年の財政決議を
実施するために必要な立法は、その年度内に制定されるものとする。
2 .歳出予算の目的が総理大臣の署名入りの政府からの教書により下院に勧告されていな
い限り、下院は、歳入予算又は他の公金に関して、いかなる投票も行ってはならず、
若しくは決議も可決してはならず、又はいかなる法律も制定してはならない。
40
アイルランド憲法
上院
第18条
1.上院は、60名の議員で構成されるものとし、そのうちの11名は、任命議員、49名は、
選挙議員とする。
2 .上院議員となる資格を有する者は、下院議員となる資格を有していなければならな
い。
3.上院の任命議員は、その者の指名を必要とする下院の解散に引き続いて行われる下院
の再集会の後に任命される総理大臣により、当該被指名者の事前の同意を得た上で、
任命される。
4.1°上院の選挙議員は、次の各号に掲げるとおりに選挙されるものとする。
i3名は、国立アイルランド大学により選挙される。
ii3名は、ダブリン大学により選挙される。
iii43名は、次節以降の規定により構成される候補者名簿から選挙される。
2 °次の各号に掲げる一又は二以上の機関が、第1項第i号及び第ii号の規定に従っ
て選挙される議員と同数の議員に代えて、法律で定める数の上院議員を、法律で
定めた選挙資格及び選挙方法に従って、選挙することを法律で定めることができ
る。
iこの節の第1項に定めた大学
i!他のいずれかの国内高等教育機関
この項の規定に基づき、機関は集合して又は単独で、一又は二以上の上院議員を
選挙することができる。
3 °この条のいかなる規定も、この節の第1項に掲げる大学の法律による解散を禁ず
るように用いられてはならない。 - 上院の選挙議員の選挙は、いずれも、単記移譲式を用いた比例代表制に基づき、秘密
の郵便投票により行われる。 - 大学選出の上院議員は、法律で定めた選挙権及び選挙方法により選挙される。
7.1°候補者名簿から選挙される上院議員の総選挙の前に、法律の定める方法により五
つの候補者名簿が作成され、その各々に次の各号に掲げる事業及びサービスにつ
いて知識及び実際の経験を有する者の氏名が掲載されるものとする。
i国語及び文化、文学、芸術、教育並びにこの名簿の目的のために法律により
確定し得る専門事項
ii農業及び関連事業並びに漁業
iii組織又は非組織を問わない労働
2銀行、金融、会計、技術及び建築を含む商工業
V自発的社会活動を含む行政及び社会サービス
2 °各候補者一覧から、それぞれ11名を超えず、また、この憲法の第19条の規定に
従うことを条件に、5名を下らない数の上院議員が選出される。
41
基本情報シリーズ⑧ - 上院の総選挙は、下院の解散後90日以内に行われるものとし、総選挙後の最初の上
院の集会は、総理大臣の助言に基づき大統領が定める日に行われる。 - 全ての上院議員は、その者の選挙又は指名の後に行われる上院の総選挙の投票日の前
日まで、その者がそれ以前に死亡、辞職又は資格を失っていない限り、継続してその
職を保有する。
io.1°この条の前節までの規定に従い、上院の選挙議員の選挙は、法律で定めるものと
する。
2 °上院の任命議員の定数に生ずる欠員は、被任命者の事前の同意を得て、総理大臣
による任命により補充されるものとする。
3 °上院の選挙議員の定数に生ずる欠員は、法律で定める方法により補充されるもの
とする。
第19条
この憲法の第18条の規定に基づき作成される同団体用の候補者名簿から議員を選挙す
ることに代えて、法律で定める同数の上院議員を、職能若しくは職業の団体、連合体又は
協議会が直接選挙することができる旨を当該法律により規定することができる。
立法
第20条
1.下院に発議され、可決された法律案は全て上院に送付され、その法律案は、金銭法案
を除き、上院で修正することができ、下院は、上院による修正を審議するものとする。
2 .10金銭法案以外の法律案は、上院に提出することができ、上院で可決された場合に
は下院に送付されるものとする。
2 °上院に発議された法律案で、下院で修正されたものは、下院に発議された法律案
とみなすものとする。
3.いずれかの院で可決され、他方の院で受諾された法律案は、両院により可決されたも
のとみなす。
金銭法案
第21条
1.1°金銭法案は、下院に対してのみ発議されるものとする。
2 °下院により可決された金銭法案は、勧告を求めて上院に送付される。
2.1°上院にその勧告を求めて送付された金銭法案は、それが上院に送付された日から
21日以内に下院に回付されるものとし、下院は、上院の勧告の全部又は一部に同
意し、又はこれを拒否することができる。
2 °金銭法案が21日以内に上院から下院に回付されない場合、又は21日以内に回付
された場合であっても、勧告に下院が同意しないときは、その金銭法案は、その
42
アイルランド憲法
21日を経過した日に両院により可決されたものとみなされる。
第22条
1.1°金銭法案とは、次に掲げる事項の全部又は一部を扱う規定のみを含む法律案をい
う。すなわち、租税の賦課、廃止、減免、変更又は規制。債務の支払若しくは他
の財政上の諸目的のための公金に対する負担の設定又はその負担の変更若しく
は廃止。歳出予算。公金の勘定の使用、受領、管理、支払又は会計監査。公債の
募集又はその償還の保証。これらの事項の全部又は一部に従属し、付随する事項
2 °この定義において、「租税」、「公金」及び「公債」はそれぞれ、地方当局が地方
の目的のために調達する全ての租税、金銭又は公債を含まないものとする。
2.1°下院議長は、その意見により、金銭法案である法律案を、金銭法案であると認証
し、この節の以下の規定に従うことを条件として、その認証は、最終かつ確定的
なものとする。
2 °上院は、30名以上の議員が出席する会議で可決される決議により、法律案が金
銭法案であるか否かの問題を特権委員会に付託するよう、大統領に要求すること
ができる。
3 °国家評議会との協議の上で、大統領が前記要求に同意することに決したときは、
大統領は、同数の上院議員及び下院議員並びに最高裁判所の裁判官である委員長
から構成される特権委員会を任命しなければならず、これらの委員の任命は、国
家評議会との協議の上で行われるものとする。委員長は、投票が可否同数の場合
に限り、投票する権利を有する。
4 °大統領は、任命された特権委員会にその問題を付託するものとし、委員会は、そ
の法律案が上院に送付された日より2I日以内に、その問題に対する委員会の決
定を大統領に報告するものとする。
5 °委員会の決定は、最終かつ確定的なものとする。
6 °大統領が国家評議会と協議の上で、上院の要求に同意しないと決定した場合又は
特権委員会が前記に特定された期限内に報告をしなかった場合には、下院議長の
認証は、確定されたものとする。
法律案の審議期間
第23条
1.この条の規定は、金銭法案又はこの憲法第24条の規定に基づき上院による審議期間
が短縮されている法律案を除いて、下院により可決され、上院に送付される全ての法
律案に適用する。
1°この条の規定が適用される法律案が、次項に定める特定期間内に上院により否決
された場合若しくは修正を付して上院により可決され下院がこれに同意しない
場合又は特定期間内に上院により可決(修正の有無を問わない。)及び否決され
ない場合で、下院が、特定期間が経過した日から!80日以内に、国民議会の両院
43
基本情報シリーズ⑧
により可決されたものとみなす旨を決議するときは、その法律案はその決議が可
決された日に、国民議会の両院により可決されたとみなされるものとする。
2 0特定期間は、法律案が下院により上院に最初に送付される日から起算して90日
又はその法律案に関して国民議会の両院が合意したより長い期間とする。
2.1°この条の前節の規定は、上院に発議され、かつ、可決された法律案であって、下
院により修正された結果として下院に提出されたとみなされるものに適用する。
2 °前節の規定を適用するために、特定期間とは、当該法律案に関しては、同法律案
が下院により修正された後初めて上院に送付された日から起算するものとする。
第24条 - 憲法を改正する提案を含む法律案であると明記された法律案を除き、下院によるいか
なる法律案の可決に際しても、総理大臣が、大統領及び国民議会の両院議長に宛てた
文書による教書を用いて、政府の見解によれば当該法律案は公共の平和及び安全を確
保するため、又は国の内外を問わず公共の緊急事熊が存在するために緊急かつ直ちに
必要である旨を証明した場合で、下院がその旨を決議し、かつ、大統領が国家評議会
と協議の上で同意したときは、当該法律案の上院による審議期間は、下院の当該決議
に特定される期間に短縮されるものとする。 - 上院による審議期間がこの条の規定により短縮されている法律案が、次の各号に掲げ
る規定のいずれかに該当する場合には、当該法律案は当該期間の満了時に国民議会の
両院により可決されたとみなされるものとする。
(a) 法律案が、金銭法案でない場合において、当該決議に特定された期間内に、上院
により否決されたとき、上院により修正を付して可決され下院がこれに同意しな
かったとき又は上院により可決も否決もされなかった場合
(b) 法律案が金銭法案である場合において、当該決議に特定された期間内に、上院が
下院に勧告を付して回付し、下院がこれを受諾しなかったとき又は上院により下
院に回付されなかったとき - 上院での審議期間がこの条の規定により短縮された法律案が法律になったときは、当
該法律は、その制定の日から90日間に限り有効であるが、期間の満了前に両院が、
当該法律がそれより長い期間効力を有する旨を合意し、かつ、両院で可決された決議
で期間が具体的に定められている場合は、この限りでない。
法律の署名及び公布
第25条
1.この憲法の改正提案を含む法律案であると明記された法律案を除き、いかなる法律案
であれ、国民議会の両院により可決された又は可決されたとみなされたときは、総理
大臣は、この条の規定に従って、大統領の署名及び大統領による法律としての公布を
求めて、直ちにこれを大統領に提出するものとする。
2 .1°この憲法に別に定める場合を除き、第1節の規定に従って、大統領の署名及び大
44
アイルランド憲法
統領による法律としての公布を求めて、大統領に提出された法律案は、その法律
案が大統領に提出された日から5日以降かつ7日以前に大統領により署名される
ものとする。
2 °大統領は、政府の要求があるときは、上院の事前の同意を得て、前項で規定され
た日から4日以内に、当該要求の対象であるいかなる法律案にも署名することが
できる。
3 .この憲法の第24条の規定に基づき上院による審議時間が短縮されているいかなる法
律案も、当該法律案が署名と法律としての公布とを求めて大統領に提出された日に、
大統領により署名されるものとする。
4.1°全ての法律案は、この憲法の規定に基づき大統領により署名された日から法律と
なり、反対の意思が表明されていない限り、その日から施行する。
2 °この憲法の規定に基づき大統領により署名されたいかなる法律案も、大統領の命
令により法律案が法律になった旨を記したアイルランド官報に告知し、公にする
ことで、大統領が、法律として公布するものとする。
3 °いかなる法律案も、それが国民議会の両院で可決された又は可決されたとみなさ
れる正文で、大統領により署名され、法律案が両方の公用語で可決された又は可
決されたとみなされる場合には、大統領は、両方の公用語のそれぞれの法律案の
正文に署名するものとする。
4 °大統領が公用語の一方のみの法律案の正文に署名した場合には、他方の公用語で
公定訳を行うものとする。
5°法律案を法律として署名及び公布した後は、大統領が署名した当該法律の正文又
は大統領が両方の公用語で当該法律の正文に署名した場合には両方の署名入り正
文は、できる限り速やかに、最高裁判所の登録官事務所に記録のため登録される
ものとし、登録されたその正文又は両方の正文は、当該法律の規定の最終的な証
拠であるものとする。
6 °この条の規定に基づき二つの公用語で登録された法律の正文の間に争いの生じ
る場合は、国語の正文が優先される。
5.1°総理大臣は、必要があると認めるときは、時宜に応じて、その監督の下で、その
時までに憲法になされた全ての改正を記載した、その時点で効力を有するこの憲
法の正文(両公用語で)を適法に用意させるものとする。
2 0前項の規定により用意された全ての正文の写しは、総理大臣及び首席裁判官の署
名による認証を得たときは、大統領により署名されて、最高裁判所の登録官事務
所に記録のために登録されるものとする。
3 °第1項の規定により用意された、その時点で最新の原文である写しであって、前
項の規定により署名及び登録されているものは、当該登録の日におけるこの憲法
の最終的証拠であるものとし、また、この目的のために、これまで同様にして保
管されてきたこの憲法の全ての正文と取り替えられるものとする。
4 °この節の規定に基づき登録されているこの憲法の正文の写しの間に抵触が生じ
45
基本情報シリーズ⑧
たときは、国語の正文が優先するものとする。
最高裁判所への法律案の付託
第26条
この条の規定は、金銭法案、この憲法の改正提案を含むことが明記された法律案又はこ
の憲法の第24条の規定に基づき上院での審議時間が短縮された法律案を除き、国民議会
の両院で可決された又は可決されたとみなされる全ての法律案に適用する。
1.1°大統領は、国家評議会と協議の上で、この条の規定が適用されるいずれかの法律
案を、その法律案又はその中の特定の一又は二以上の規定がこの憲法又はその規
定に反しているか否かに関する問題の決定を求めて、最高裁判所に付託すること
ができる。
2 °第1項に規定する付託は、全て、総理大臣により、当該法律案が大統領に対して
その署名を求めて提出された日から7日以内に行われなければならない。
3 0大統領は、最高裁判所の決定が宣告されない間は、この条の規定に基づき最高裁
判所への付託の対象となっているいかなる法律案にも署名してはならない。
2.1° 5名以上の裁判官で構成される最高裁判所は、この条の規定に基づき大統領によ
り最高裁判所にその決定を求めて付託されたあらゆる問題を審理し、法務長官又
はその代理及び裁判所の指定する弁護人による主張を審理した後、できる限り速
やかに、当該問題に対する決定を公開の法廷において宣告しなければならず、か
つ、当該宣告は、いかなる事案においても、当該付託から60日以内に行われな
ければならない。
2 °この条の目的のために、最高裁判所の裁判官の過半数による決定が最高裁判所の
決定であるものとし、最高裁判所の命ずる1名の裁判官がその決定を述べ、賛成
又は反対にかかわらず、その他のいかなる意見も述べられてはならず、また、そ
の他の意見の有無が開示されることはない。
3.1°この条の規定に基づき最高裁判所への付託の対象になっている法律案のいずれ
かの規定がこの憲法又はその規定のいずれかに違反すると最高裁判所が決定を
下しているあらゆる事案について、大統領は、その法律案に署名することを拒否
しなければならない。
2 0この憲法の第27条の規定が適用される法律案に関する事案であって、同条の規
定に基づき大統領に申立てが提出された場合には、同条の規定が適用されるもの
とする。
3 0その他のあらゆる事案については、大統領は、最高裁判所の決定が宣告された日
の後できる限り速やかに、その法律案に署名するものとする。
46
アイルランド憲法
人民への法律案の付託
第27条
この条の規定は、この憲法の改正提案を含む法律案であると明記された法律案を除き、
この憲法の第23条の規定により国民議会の両院により可決されたものとみなされる法律
案に適用する。
1.上院議員の過半数及び下院議員の3分の1以上は、この条の規定に基づき大統領に対
する合同の申立てを提出して、人民の意思を確認する必要がある国家的な重要提案を
含むことを理由として、この条が適用されるいかなる法律案にも署名及び法律として
公布することがないように、大統領に求めることができる。
2 .前節で規定した申立ては、いずれも、文書でなされるものとし、申立てを行った者に
より署名されなければならず、その署名は法律で定める方式で本人のものであること
が証明されなければならない。
3 .第1節に規定する申立ては、いずれも、要求の根拠となった理由を具体的に述べたも
のでなければならず、かつ、その法律案が国民議会の両院で可決されたとみなされた
日から4日以内に大統領に提出されなければならない。
4 .1°大統領は、この条の規定に基づき提出された申立てを受理したときは、直ちにこ
れを検討し、国家評議会との協議の上で、当該申立てに関する法律案が国民議会
の両院で可決されたとみなされた日から10日以内に、その決定を宣告するもの
とする。
2 0この憲法の第26条の規定に基づき、法律案又はその規定のいずれかが最高裁判
所に付託される場合又は付託されている場合には、大統領は、この付託に対して、
同法律案又はその規定のいずれかがこの憲法又はその規定のいずれかに違反して
いない旨の決定を最高裁判所が宣告しない限り、又はその旨の決定を宣告するま
では、申立てを検討する義務はなく、その旨の決定が最高裁判所により宣告され
る場合には、最高裁判所が決定を宣言した日から6日が経過するまでは、大統領
は、その申立てに対して自己の決定を宣告する義務はないものとする。
5.1°この条に基づく申立ての対象である法律案が人民の意思を確認する必要がある国
家的な重要提案を含む旨の決定を行ったときは、大統領は、大統領印璽を施した
自筆の文書で、総理大臣及び国民議会の両院の議長にこれを通告するとともに、
その提案が次の各号に掲げるうちの一により承認されない限り又は承認される
までは、当該法律案に署名して、法律としてこれを公布することを拒否しなけれ
ばならない。
iこの憲法の第47条第2節の規定に従って、大統領の決定の日から18か月以
内に行われるレファレンダムで人民により承認されること。
ii下院の解散及び招集の後、当該期間内に可決される下院の決議により承認さ
れること。
2 °この条の規定に基づく申立ての対象である法律案に含まれている提案が、この節
47
基本情報シリーズ⑧
の規定に従って、人民により又は下院により承認されたときは、その法律案はそ
の承認の後できる限り速やかに、大統領の署名及び大統領による法律としての公
布を求めて、大統領に提出されるものとし、大統領はこれに基づきその法律案に
署名し、それを法律として遅滞なく公布するものとする。
6.この条の規定に基づく申立ての対象となっている法律案には、人民の意思を確認する
必要がある国家的な重要性を含む提案が含まれていないと大統領が決定したときは、
大統領は、大統領印璽を押印し署名した文書において、総理大臣及び国民議会の両院
の議長にこれを通告することとし、当該法律案は、同法律案が国民議会の両院により
可決されたとみなされた日から11日以内に大統領により署名され、大統領により法
律として遅滞なく公布されるものとする。
政府
第28条
1.政府は、この憲法の規定に従い大統領が任命する7名以上15名以下の構成員で組織
する。
2 .国の執行権は、この憲法の規定に従い、政府の権能により又はその権能に基づいて、
行使される。
3.1°国は、下院の同意がある場合を除いて、戦争を宣言することはなく、また、いか
なる戦争にも関係することはない。
2 0前項の規定にかかわらず、現実の侵略がある場合は、政府は、国家の防護のため
に必要と考えるあらゆる措置を取ることができ、また、下院が開会していないと
きは、できる限り速やかに集会するように招集しなければならない。
3 °第15条第5節第2項の規定を除くこの憲法のいかなる規定も、戦争若しくは武
カ反乱時に、公共の安全及び国家の保全を確保することを目的にしていることを
明示している国民議会の定めた法律を無効とし、又はこの法律の遂行のためなさ
れた若しくはなされたとみなされる行為を、無効にするために、用いてはならな
い。この項の規定における「戦争時」とは、国が関係していない武力紛争で、そ
の武力紛争から生じる国家の極めて重大な利益にかかわる国家緊急事態が存在し
ている旨を国民議会の両院が決議している武力紛争が行われている期間を含み、
また、「戦争又は武力反乱時」とは、いずれかの戦争、この項に規定する武力紛争
若しくは武力反乱の終了後であって、国民議会のそれぞれの院が当該の戦争、武
カ紛争、又は武力反乱により引き起こされた国家緊急事態が存在しなくなった旨
を決議するまでの期間を含むものとする。
4.1°政府は、下院に対して責任を負う。
2 °政府は、合議体として会議し及び活動し、政府構成員により担当される国の各省
に関して連帯して責任を負う。
3 °政府の会議における審議の秘密は、いかなる場合においても、尊重されるものと
48
アイルランド憲法
するが、高等法院が次の各号に掲げる特定の事項に関して、開示すべきことを決
定する場合は、この限りでない。
i裁判所による裁判の利益のための事項
ii最重要の公共の利益のためであって、国民議会の両院が公的重要性があると
明言した事項を調査するために国民議会の両院の権能に基づき政府又は政
府の大臣が任命する審判所による申立てに基づく事項
4 °政府は、各財政年度に、国の歳入及び歳出予算を作成し、これを審議のため下院
に提出しなければならない。
5.1°政府の長、すなわち総理大臣は、ティーサック(Taoiseach)と称するものとし、
この憲法ではその文言で表示するものとする。
2 °総理大臣は、国内政策及び国際政策の諸事項に関して、大統領に全般的に情報を
提供しておかなければならない。
6.1°総理大臣は、政府構成員1名を副総理(Thanaiste)に指名するものとする。
2 °総理大臣が死亡又は永続的な職務遂行不可能が生じた場合には、副総理は、新し
い総理大臣が任命されるまでの間、総理大臣に代わりあらゆる目的のために活動
するものとする。
3 °副総理は、また、総理大臣の一時的な不在の間、総理大臣のために、又はこれに
代わり、活動するものとする。
7.1°総理大臣、副総理及び財務省を担当する政府構成員は、下院議員でなければなら
ない。
2 他の政府構成員は、下院又は上院の議員でなければならず、上院議員は2名を超
えてはならない。
8.政府構成員は、いずれも、国民議会の両院に出席して、意見を述べる権利を有する。
9.1°総理大臣は、辞表を大統領に手渡すことにより、いつでもその職を辞することが
できる。
2 °他の政府構成員は、いずれも、その辞表を大統領に提出するために、総理大臣に
これを手渡すことにより、いつでもその職を辞することができる。
3 °大統領は、総理大臣の助言により、総理大臣を除く政府構成員の辞表を受理する
ものとする。
4 0総理大臣は、自らにとって十分と思われる理由に基づき、政府構成員にいっでも
辞職を求めることができ、当該の政府構成員がその求めに従わない場合には、大
統領は、総理大臣の助言により、その者を罷免するものとする。
io.総理大臣は、下院における過半数の支持を失ったときは、その職を辞するものとする
が、総理大臣の助言により、大統領が下院を解散し、解散後に再び招集された下院に
おいて、総理大臣がその過半数の支持を確保するときは、この限りでない。
11.1°いかなる場合においても、総理大臣が職を辞するときは、その他の政府構成員も、
また、辞職したものとみなされ、総理大臣及び他の政府構成員は、その後継者が
任命されるまでは引き続きその職務を遂行するものとする。
49
基本情報シリーズ⑧
2 °下院の解散日にその職にある政府構成員は、その後継者が任命されるまでは引き
続きその職を保有するものとする。
12.次に掲げる事項、すなわち国の省の組織、各省間での事務の配分、省担当の大臣であ
る政府構成員の任命、政府構成員の一時的不在又は職務遂行不可能が生じた間のその
職務からの免除及び政府構成員の報酬は、法律が定める。
地方政府
第28A条 - 国は、地方社会の民主的代表の審議の場を提供して、法律により付与された地方の段
階での権限を行使し、職務を遂行し、及び当該地方社会の利益をその発意により促進
する地方政府の役割を承認する。 - 直接選挙される地方機関が、法律の定めに従って設置され、その権限及び職務は、こ
の憲法の規定に従って決定され、法律により行使及び遂行される。 - 地方機関の構成員の選挙は、直近に行われた選挙の年から5年を超えない間に、法律
に従って実施される。
4 .下院議員の投票権を有する全ての市民及び法律で定めるその他の者は、この条の第2
節で言及された地方機関の、法律で定める構成員の選挙において、投票する権利を有
する。
5 .この条の第2節の規定に記されている地方機関の構成員の欠員は、法律に従って補充
されるものとする。
国際関係
第29条 - アイルランドは、国際正義及び道徳に基礎づけられた諸国の平和及び友好的協力とい
う理想に献身することを確認する。 - アイルランドは、国際紛争を国際的仲裁又は司法決定により平和的に解決するという
原則を厳守することを確認する。
3 .アイルランドは、他国との関係において、一般に承認されている国際法の原則をその
行為の規則として承認する。
4.1°外交関係における又はそれと関わる国の執行権は、この憲法の第28条の規定に
従って、政府の権能により又は政府の権能に基づいて、行使されるものとする。
2 0外交関係における又はそれと関わる国の執行権の行使の目的のために、政府は、
必要がある場合には、法律が定めることができる範囲において、また、その条件
に従って、共通の関心事項で国際協力を行うために国が加盟し、又は加盟するこ
とになる国家集団又は国家連合の構成国が同様の目的で利用し、又は採用してい
る組織、法的文書又は手続方法を、利用又は採用することができる。
50
アイルランド憲法
3 °国は、欧州原子力共同体(195T年3月25日にローマで署名された条約により設
立)の構成国になることができる。
4 °アイルランドは、欧州連合の構成国の人民の平和、共有される価値及び福祉を促
進するために、域内で構成国が協働する欧州連合への参加を確認する。
5 °国は、2007年12月13日にリスボンにおいて署名された欧州連合条約及び欧州
共同体設立条約を修正するリスボン条約(「リスボン条約」)を批准することがで
き、その条約により設立された欧州連合の構成国になることができる。
6 °この憲法のいかなる規定も、リスボン条約の発効前、発効時若しくは発効後に、
この節第5項で言及する欧州連合又は欧州原子力共同体構成国の義務により必要
とされ、国により制定された法律、行われた行為若しくは採用された措置を無効
にすることはなく、また、次の各号に掲げる機関により制定された法律、行われ
た行為又は採用された措置を、国内において法律としての効力を有しないものと
することはない。
iこの条で言及する欧州連合、欧州原子力共同体又はそれらの機関
iiリスボン条約発効直前に存していた欧州共同体、欧州連合又はそれらの機関
iiiこの節で言及する条約に基づき権限を有する組織
7 °国は、次の各号に掲げる事項について、選択権又は裁量権を行使することができ
る。ただし、その権限の行使は、国民議会の両院の事前の承認に従うものとする。
i共同の強化に関する欧州連合条約第20条の規定を適用するもの
ii欧州連合条約及び欧州連合の機能に関する条約(従前、欧州共同体設立条約
として知られていたもの)に付属し、欧州連合の枠組に統合されたシェンゲン
協定の第19議定書に基づくもの
iii前号の両条約に付属し、自由、治安及び司法の領域における連合王国及びア
イルランドの地位に関する第21議定書に基づくもので、この第21議定書に
は、その全部又は一部につき、国に適用しないという選択権が含まれる。
8 °国は、次の各号に掲げるものに関する決定、規則又はその他の行為に同意するこ
とができる。ただし、その決定、規則又は行為は、国民議会の両院の事前の承認
に従うものとする。
i欧州連合条約及び欧州連合の機能に関する条約に基づき全会一致によらずに
欧州連合理事会の行為を承認すること。
iiこれらの条約に基づき、正規の立法手続の採用を承認すること。
iii欧州連合の機能に関する条約第82条第2項(d)号、第83条第1項第3段並
びに同第86条第1項及び第4項の規定に基づく自由、治安及び司法の領域
に関するもの
9 °国は、欧州連合条約第42条の規定に従って共同防衛を設立するために欧州理事
会が行った決定につき、当該共同防衛がわが国を含むものであるときは、この決
定を採択してはならない。
5.1°国が当事者となる国際協定は、いずれも、下院に提出されなければならない。
51
基本情報シリーズ⑧
2 °公共の基金への負担を課すいかなる国際協定についても、その協定の条件が下院
により承認されなければ、国が拘束されることはない。
3 °この節の規定は、技術的及び執行的性格の協定又は条約には適用しない。
6 .いかなる国際協定も、国民議会により決定されることがなければ、国の国内法の一部
ではない。
7.1°国は、1998年4月10日、ベルファストで締結された英国・アイルランド協定に
より拘束されることに同意することができる。
2 °この憲法に基づき任命された者又はこの憲法により若しくはこれに基づき創設
若しくは設置された国家機関に対して、同様の権限及び職務を付与しているこの
憲法の他の規定にかかわらず、協定により又はこれに基づき設置されたいかなる
組織も、アイルランド島全島又はその一部に関して、協定により当該組織に付与
された権限及び職務を行使することができる。紛争又は争訟の和解又は解決に関
して当該組織に付与された権限又は職務は、これらの者又は国家機関に対し、こ
の憲法により付与された同様の権限又は職務に付加又は代替することができる。 - 国は、一般に承認されている国際法の諸原則に則り、領域を超えた管轄権を行使する
ことができる。 - 国は、1998年7月17日にローマで締結された国際刑事裁判所に関するローマ規程を
批准することができる。
法務長官
第30条 - 法務長官を置くものとし、法務長官は、法律及び法的意見に関する事項についての政
府の顧問であり、この憲法又は法律により付与又は課される権限、職務及び義務を行
使及び遂行するものとする。 - 法務長官は、総理大臣の指名に基づき大統領により任命される。
3 .この憲法の第34条の規定に基づき組織される裁判所であって、略式裁判権を有する
裁判所を除く裁判所において訴追される全ての犯罪及び違反行為は、人民の名におい
て、法務長官又はその目的のために行動するよう法律に従い授権されたその他のいず
れかの者により、訴追されるものとする。
4 .法務長官は、政府構成員となってはならない。
5.1°法務長官は、大統領に提出するためにその辞表を総理大臣に手渡すことにより、
いつでも辞職することができる。
2 0総理大臣は、自ら十分と認める理由により、法務長官の辞任を求めることができ
る。
3 0この要求に従わない場合で、総理大臣の助言があるときは、大統領は、法務長官
を罷免するものとする。
4 °法務長官は、総理大臣の辞職とともにその職を退くものとするが、後任の総理大
52
アイルランド憲法
臣が任命されるまでは、引き続きその任務を遂行することができる。
6 .この条の前節までの規定に従い、法務長官の職については、その職の保有する者に支
払われるべき報酬を含めて、法律で定めるものとする。
国家評議会
第31条
1.国家評議会を置くものとし、国家評議会は、大統領が国家評議会と協議の上で行使及
び遂行できる旨がこの憲法で規定されている権限及び職務の行使及び遂行に際して
国家評議会と協議できる事項に関して、大統領に対して援助及び助言を行うものとし、
並びにこの憲法により帰属せしめられた他の権限を行使するものとする。
2 .国家評議会は、次に掲げる構成員から組織される。
i .職務上の構成員として、総理大臣、副総理、首席裁判官、高等法院長、下院
議長、上院議長及び法務長官
ii.大統領の職、総理大臣の職又はアイルランド自由国行政評議会議長の職に就
いたことのある者で、国家評議会の構成員として行為することができ、かつ、
意思を有する全てのもの
iii•この条の規定に基づき大統領により今後任命される他の者 - 大統領は、大統領印璽を押印し署名した令状により、いつでも、かつ、時宜に応じて、
その絶対的裁量に基づき適当と思料するその他の者を国家評議会の構成員に任命する
ことができるが、この方法により任命された者が、7名を超えて同時に国家評議会の
構成員となることはできない。 - 国家評議会の全ての構成員は、その者が構成員として出席する最初の会議において、
次に掲げる形式で宣誓及び署名するものとする。
「全能の神の御前において、私〇〇は国家評議会の構成員として、忠実かつ良心的に私
の義務を果たすことを、厳粛かつ誠実に約束し、宣言します。」 - 国家評議会の全ての構成員は、任命した大統領の後任がその職に就くまで、職に留ま
るものとするが、それ以前に大統領が死亡し、辞職し、大統領に永続的な職務遂行不
可能が生じ、又は大統領が解任された場合は、この限りでない。
6 .大統領により国家評議会の構成員に任命された者は、いずれも、大統領に辞表を手渡
すことにより辞職することができる。 - 大統領は、自ら十分と認める理由に基づき、大統領印璽を押印し署名した命令により、
大統領が任命した国家評議会の構成員を罷免することができる。 - 大統領は、大統領の決定する日時及び場所において国家評議会の会議を招集すること
ができる。
第32条
大統領が、国家評議会と協議の上で行使及び遂行できる旨がこの憲法で規定されている
その権限及び職務を行使及び遂行する際には、いかなる場合においても、事前に国家評議
53
基本情報シリーズ⑧
会の会議を招集し、かつ、この会議に出席した者から意見を聴取しない限り、大統領は当
該の権限又は職務のいずれも、これを行使又は遂行してはならない。
会計検査院長
第33条 - 会計検査院長を置くものとし、会計検査院長は、国に代わって、全ての支出を統制し、
かつ、国民議会により又はその権能に基づき管理される金銭の全ての会計を検査する
ものとする。 - 会計検査院長は、下院の指名に基づき、大統領が任命する。
3 .会計検査院長は、国民議会のいずれかの院の議員であってはならず、かつ、他のいか
なる報酬のある職又は地位に就いてはならない。
4.会計検査院長は、法律に定められた特定の時期に下院に報告するものとする。
5.1°会計検査院長は、特定の非行又は職務遂行不可能を理由とし、かつ、下院及び上
院によるその解任を求める決議に基づかない限り、解任されることはない。
2 °総理大臣は、下院及び上院で前項の規定により可決された決議について、大統領
に遅滞なく通知し、かつ、これを可決した国民議会の院の議長により証明された
両院それぞれの決議の写しを大統領に送付しなければならない。
3 °大統領は、当該通知及び当該決議の写しを受領したときは、直ちに、大統領印璽
を押印し署名した命令により、会計検査院長をその職から解任するものとする。
6.前節までの規定に従い、会計検査院長の保職の期間及び条件は、法律で定める。
裁判所
第34条 - 裁判は、この憲法の規定する方法で任命された裁判官により、法律で設置する裁判所
において行われ、法律が定める特別かつ限定された事件を除き、裁判は、公開で行わ
れるものとする。 - 裁判所は、第一審裁判所及び終審上訴裁判所から構成される。
3.10第一審裁判所には、法律若しくは事実又は民事若しくは刑事かを問わず、全ての
事項及び問題を決定する完全な第一審裁判管轄権及び決定権を与えられた高等
法院を含む。
2。この条に別段の定めがある場合を除き、高等法院の裁判管轄権は、この憲法の規
定に関係する法律の効力の問題にまで及ぶものとし、高等法院及び最高裁判所を
除き、この憲法のこの条又はその他の条項に基づいて設置される裁判所において
(訴答、弁論又は他の方法によるとを問わない。)当該問題を提起することはで
きないものとする。
3 °法律若しくは法律の規定で、その法律案がこの憲法の第26条の規定に基づき大
54
アイルランド憲法
統領により最高裁判所に付託されたものの効力についての問題又は法律の規定
でその法律案の対応する規定がこの憲法の第26条の規定に基づき大統領により
最高裁判所に付託されたものの効力についての問題に対しては、いかなる裁判所
も、管轄権を有しない。
4 °第一審裁判所には、地方かつ限定的裁判権を付与された裁判所を含み、その裁判
権には法律で定める上訴権が与えられる。
4.1°終審上訴裁判所は、最高裁判所と称する。
2 °最高裁判所の長は、首席裁判官と称する。
3 0最高裁判所は、法律で定める場合を除き、かつ、法律で定める規則に従い、高等
法院の全ての決定に対する上訴管轄権を有し、かつ、法律で定めるところにより、
その他の裁判所の決定に対する上訴管轄権も有する。
4 °この憲法の規定に関係を有するいずれかの法律の効力に関する問題を含む事件
を最高裁判所の上訴裁判権から除外するいかなる法律も制定してはならない。
5 °この憲法の規定に関係を有する法律の効力に関する問題に対する最高裁判所の
決定は、最高裁判所が命ずる最高裁判所の1名の裁判官により宣告され、その問
題に関するその他の意見は、賛成又は反対にかかわらず、述べられてはならず、
また、その他の意見の有無が開示されることはない。
6 0最高裁判所の決定は、一切の事件において最終的かつ確定的なものとする。
5.1°この憲法の規定に基づき裁判官に任命された者は、次に掲げる宣誓を行い、かつ、
これに署名するものとする。
「全能の神の御前において、私〇〇は何人に対しても恐れも偏向もせず、好意及び
悪意を抱かず、知識及び能力の限りを尽くして、首席裁判官(又はその場合に応
じた官職名で)としての役割を適正かつ忠実に果たすこと並びに憲法及び法律を
遵守することを、厳粛かつ誠実に約束し、宣言します。神の導きと加護のあらん
ことを。」
2 °首席裁判官は、この宣誓を、大統領の出席の下に行い、かつ、これに署名するも
のとし、その他の最高裁判所裁判官、高等法院裁判官及びその他の裁判所の裁判
官は、公開の法廷において、首席裁判官又は出席可能な最高裁判所の先任裁判官
の出席の下で行い、かつ、これに署名するものとする。
3 0各裁判官は、当該の裁判官としてその任務に就く前に宣誓を行い、かつ、これに
署名し、その任命の日から遅くとも10日以内又は大統領が別に定めることので
きるそれより遅い日までに、この宣誓を行い、かつ、これに署名しなければなら
ない。
4 °当該宣言を行うことを拒否し、又は怠った裁判官は、いずれもその職を失ったも
のとみなされる。
第35条
1.最高裁判所、高等法院及びこの憲法の第34条の規定に従って設置されるその他の全
55
基本情報シリーズ⑧
ての裁判所の裁判官は、大統領が任命する。
2 .全ての裁判官は、その裁判権を行使するに当たり独立し、この憲法及び法律にのみ従
う。
3 .いかなる裁判官も国民議会のいずれかの院の議員であってはならず、又は他のいかな
る報酬のある職若しくは地位にも就いてはならない。
4.1°最高裁判所又は高等法院の裁判官は、明確に定められた非行又は職務遂行不可能
を理由とする場合を除き、罷免されることはなく、その場合であっても、罷免を
求める下院及び上院のそれぞれの決議に基づく場合にのみ罷免されるものとす
る。
2 °総理大臣は、下院及び上院のそれぞれにより当該決議が可決されたことを大統領
に遅滞なく通知するとともに、当該決議が可決された国民議会の院の議長が証明
した当該決議の写しを大統領に送付しなければならない。
3 °大統領は、当該通知及び決議の写しを受領したときは、直ちに、大統領印璽を押
印し署名した命令により、当該通告及び決議に係る裁判官を罷免するものとする’
5.10裁判官の報酬は、この節の規定に従う場合を除き、その職にある間、減額される
ことはない。
2 °裁判官の報酬は、個人一般又は特定の階層に属する個人に法律により課される租
税、賦課又は他の公課の対象となる。
3 °この節の規定の制定の前又はその後に、その報酬が公金から支出される者の階層
に属する個人の報酬が法律により減額された又は減額される場合で、その減額が
公益に適うとその法律が規定する場合は、裁判官の報酬を比例して減額する規定
も法律で定めることができる。
第36条
裁判所に関するこの憲法のこれまでの規定に従うことを条件に、次の各号に掲げる事項
は、法律で定める。
i .最高裁判所及び高等法院の裁判官の数、同裁判官の報酬並びに定年及び年金
ii・他の全ての裁判所の裁判官の数及び任命条件
iii.裁判所の構成及び組織、裁判所及び裁判官の管轄権及び事務の配分並びに訴訟
手続に関する全ての事項
第37条
1.この憲法のいかなる規定も、刑事問題を除く問題に関して、司法的性質を有する限定
的な職務又は権限を行使することを法律により適正に認められた者又は人の集団が
この憲法に基づき任命された裁判官又はそれにより設置された裁判所ではない場合
であっても、これらの者又は人の集団によるこれらの行使を無効とするために用いら
れてはならない。
2 .この憲法の施行後のいかなるときであれ、国民議会が制定する法律により効力を有し
又は効力を有すると表明され、前項に規定する職務及び権限を行使するために、これ
らの法律により指定された者又は人の集団により作成された命令又は与えられた権
56
アイルランド憲法
限に従った者の選任は、この法律により指定された者又は人の集団がこの憲法に基づ
き任命された裁判官又は設置された裁判所ではないという事実のみを理由として、従
来も今後も無効とされることはない。
刑事裁判
第38条 - 何人も、法律の適正な手続によることなく、刑事責任を問われることはない。
- 軽罪は、略式管轄権を有する裁判所により審理することができる。
3.1°法律により特別裁判所を設置することができ、効果的な裁判の運営並びに公共の
平和及び秩序を確保する上で、通常裁判所では不適切であることが当該法律によ
り決定された場合には、特別裁判所が犯罪を審理することができる。
2 °前項で規定した特別裁判所の構成、権限、管轄権及び手続については、法律でこ
れを定める。
4.1°軍事裁判所を設置することができ、ある者が軍法に服している間に犯したと主張
される軍法違反の罪及び戦争又は武装反乱に関連すると主張される軍法違反の
罪を審理する。
2 0現役で軍務に服していない国防軍の構成員は、通常裁判所で審理することのでき
る犯罪を、軍法会議又は他の軍事裁判所で審理されることはないが、当該犯罪が、
軍紀維持のための法律に基づき、軍法会議又は他の軍事裁判所の裁判権に含まれ
る場合は、この限りでない。
5 .この条の第2節、第3節及び第4節の規定に基づく刑事事件の裁判を除き、何人も、
陪審なくして刑事責任を問われることはない。
6 .この憲法の第34条及び第35条の規定は、この条の第3節又は第4節の規定に基づき
設置される裁判所又は審判所には適用されない。
第39条
国家反逆罪は、国に対して戦を起こす場合、国に対して戦を起すために他の国若しくは
人を援助し、若しくはこれを行うよう人を扇動し、若しくは人と共謀する場合、武力若し
<は他の暴力的手段によりこの憲法により設立された統治機関を転覆しようと企てる場合、
この転覆の企てに参加若しくは関係し、又はこの企てを策定し、この企てに参加若しくは
関係するように人を扇動し、又は人と共謀する場合に限り、成立するものとする。
基本権
個人の権利
第40条
1.全ての市民は、人間として、法の前に平等であるとみなされるものとする。
57
基本情報シリーズ⑧
この規定は、国が制定する法令において、身体的及び精神的能力の差異並びに社会的
役割の差異を適切に考慮してはならないことを意味するものではない。
2.1°貴族の称号が、国により付与されることはない。
2 °いかなる市民も、政府の事前の承認なしに、いかなる貴族又は名誉の称号も受け
てはならない。
3.1°国は、その法律において、市民の個人の権利を尊重し、かつ、その法律により、
可能な限り保護及び擁護することを保障する。
2 °国は、特に、その法律により、全ての市民の生命、人格、名誉財産権を不正な侵
害から保護し、また、不正が行われた場合には、これらの権利を擁護するものと
する。
3 °国は、胎児の生命権を承認し、母の生命権も等しく適正に尊重しつつ、胎児の権
利を法律において尊重し、また、その権利を法律により可能な限り保護し、擁護
することを保障する。
この項の規定は、アイルランドとその他の国との間を旅行する自由を制限するも
のではない。
この項の規定は、法律により規定されていることを条件に、その他の国で合法的
に利用できるサービスに関する情報を国内で取得し利用する自由を制限するもの
ではない。
4 .1°いかなる市民も、法律による場合を除き、個人の自由を奪われることはない。
2 °不法に拘禁されている旨の申立てが、本人又はその代理人により高等法院又はそ
の裁判官になされたときは、当該申立てを受けた高等法院及びその裁判官は、直
ちにその申立てを審査するものとし、当該の者を拘禁している者に対して、当該
の者の身柄を指定された日に高等法院に送致し、かつ、その者の拘禁理由を書面
で証明するよう命ずることができ、高等法院は、当該の者の身柄が同法院に送致
される際、当該の者を拘禁している者に拘禁の正当性を弁明する機会を与えた後、
当該の者が法律に従って拘禁されている十分な理由がない場合には、その者を当
該の拘禁から釈放するよう命ずるものとする。
3 °不法に拘禁されたと申立てを行った者の身柄が、この節の規定に基づき発せられ
た当該案件に関する命令に従って高等法院に送致された場合で、高等法院が当該
の者は法律に従って拘禁されたものの、当該法律がこの憲法の規定に照らして無
効であると認めたときは、高等法院は、当該法律の有効性に関する問題を、事件
を申し立てることにより最高裁判所に付託しなければならず、当該付託の行われ
た時点又はその後においてはいつでも、高等法院が定める保釈金を提供し、かつ、
高等法院が定める条件に従い、最高裁判所が付託案件を決定するまでの間、当該
の者を釈放することを許可することができる。
4 °不法に拘禁されたと申立てを行った者の身柄がこの節の規定に基づき発せられ
た当該案件に関する命令に従って送致される高等法院は、高等法院長が特定の事
件に関して命令したとき又は高等法院長が執務することができない場合で、同法
58
アイルランド憲法
院の先任裁判官が特定の事件に関して命令したときは3名の裁判官で構成され、
その他のときは1名の裁判官で構成されるものとする。
5 °この節のいかなる規定も、戦争又は武装反乱状態の存する間は、国防軍のあらゆ
る行為を、禁止、規制又は妨害するために用いられてはならない。
6 °すでに重罪で訴追されている者が、別の重罪を実行するのを妨げるために必要で
あるとみなすのが相当な場合には、裁判所による当該の者への保釈の拒否を、法
律で定めることができる。
5.全ての市民の住居は不可侵であり、法律で定める場合を除き、強制的な立入りを受け
ることはない。
6.1°国は、公共の秩序及び道徳に従うことを条件に、次の各号に掲げる権利の行使の
自由を保障する。
i .自己の信念及び意見を自由に表明する市民の権利
ただし、世論の教育が共通善にとり極めて重大な意義のある事柄であるため、
政府は、政府の政策の批判を含む正当な表現の自由を保持した上で、ラジオ、
新聞、映画その他の世論機関が、公共の秩序若しくは道徳又は国家の権能を
損なうために利用されることがないように努めるものとする。
漬神的、扇動的又は猥察な事柄を出版又は公表することは、法律により処罰
される犯罪とする。
ii. 平和的に、かつ、武器を持たずに集会する市民の権利
平和の破壊の原因となり、又は一般公衆の危険及び妨害となる恐れのある集
会で法律で定めるものを禁止又は規制するため、及び国民議会のいずれかの
院の付近での集会を禁止又は規制するために、法律により規定を設けること
ができる。
iii. 結社及び組合を結成する市民の権利
ただし、公共の利益のため、当該権利の行使を規制し、統制するために、法
律を制定することができる。
2 °結社並びに組合を結成する権利及び集会の自由の権利を行使する方法を規制す
る法律は、あらゆる政治的、宗教的又は階級的差別を含んではならない。
家族
第41条
1.1°国は、家族が、社会の自然な第一次的かつ基本的な単位集団であること、及び不
可譲かつ時の経過により変わることのない権利を有し、全ての実定法に先立ち、
かつ、優位する道徳的制度であることを承認する。
2°したがって、国は、社会秩序の必要な基礎並びに国民及び国家の福祉に欠くこと
ができないものとして、家族の構成及び権能を保護することを保障する。
2 .1°特に、国は、女性が家庭内での生活により共通善の達成に欠くことのできない支
59
基本情報シリーズ⑧
持を国に与えていることを承認する。
2 °したがって、国は、母親が経済的必要からやむなく労働に従事することにより、
家庭におけるその義務を怠ることがないよう保障することに努めなければなら
ない。
3.1°国は、家族の基礎たる婚姻の制度を特別の配慮により保護し、かつ、侵害から保
護することを約束する。
2 °法律が指定する裁判所は、次の各号に掲げる要件が全て満たされた場合に限り、
婚姻の解消を許可することができる。
i .手続開始の日に、夫婦が5年間のうち少なくとも4年間又はそれに相当する
期間、別々に生活していること。
ii. 夫婦間に相当な和解の見込みがないこと。
iii. 夫婦、夫婦の双方若しくはそのいずれかの子及び法律で定めるその他の者の
ために裁判所が適切と考える用意がなされていること又は用意がなされるで
あろうこと。
iv. 法律で定めるその他の条件を遵守すること。
3 °外国の民法に基づき婚姻を解消し、この憲法により設置された政府及び議会の管
轄権内で当面効力を有する法律に基づき有効な婚姻が存続している者は、解消さ
れた婚姻の他方の当事者の存命中は、その管轄権の内では有効な婚姻を締結する
ことができないものとする。
教育
第42条 - 国は、子どもの第一次的な自然の教育者は家族であることを承認し、その資力に応じ
て、子どもの宗教的並びに道徳的、知的、身体的及び社会的教育を用意する両親の不
可譲の権利及び義務を尊重することを保障する。 - 両親は、この教育を、その家庭、私立学校又は国が承認し若しくは設置した学校で自
由に行うことができる。
3.1°国は、両親の良心及び適法な選択権を侵害して、国の設置した学校又は国の指定
する特定の類型の学校に子どもを入学させるように、両親に強制してはならない。
2 °前項の規定にかかわらず、国は、共通善の保護者として、実際の条件に照らして、
子どもが一定の最小限の道徳的、知的及び社会的教育を受けることができるよう
に要求するものとする。
4.国は、無料の初等教育を提供し、個人又は団体による教育上の発意を補助し、及び合
理的な援助を与え、共通善が求めるときは、特に宗教的及び道徳的形成に関する事項
については両親の権利を適当に尊重しつつ、他の教育施設又は教育制度を提供するも
のとする。
5 .両親が身体的又は道徳的理由から、その子に対する義務を履行しない例外的な場合に
60
アイルランド憲法
は、国は、共通善の擁護者として、子どもの自然的かつ時の経過により変わることの
ない権利を適正に尊重しつつ、適正な手段を用いて両親の地位を補うよう努めるもの
とする。
私有財産
第43条
1.1°国は、人が理性的な存在であることにより、実定法に先んじて、外的な財産を私
的に所有する自然の権利を有するものであることを承認する。
2 °したがって、国は、私有権又は財産を譲渡し、遺贈し、又は相続する一般的権利
を廃止しようとするいかなる法律も可決しないことを保障する。
2.1°前節の規定にかかわらず、国は、前節に規定する権利の行使が、市民社会におい
ては、社会正義の原則により規制されなければならないことを承認する。
2 °したがって、国は、必要に応じて、当該権利の行使を共通善の緊急性と調和させ
るために、当該権利の行使を法律により制限することができる。
宗教
第44条
1.国は、公の信仰の誓いが全能の神に捧げられるべきものであることを承認する。国は、
神の御名を崇敬し、かつ、宗教を尊重し、及びこれに敬意を払わなければならない。
2 .1°良心の自由並びに信仰及び宗教活動の自由は、公共の秩序及び道徳に服すること
を条件に、全ての市民に保障される。
2 °国は、いかなる宗教にも寄進しないことを保障する。
3 °国は、宗教的信仰、信念又は地位を理由にして、欠格条件を定めてはならず、又
は差別も行ってはならない。
4 0学校への国の援助を定める立法は、異なる宗派の運営する学校間で差別を設けて
はならず、また、公金を受けている学校へ通う子どもがその学校の宗教教育を受
けることなく当該学校に出席できる権利に不利益を及ぼすようなものであって
はならない。
5 0いずれの宗派も自らの事務を処理し、動産及び不動産を所有し、取得し、及び管
理し、並びに宗教的又は慈善的目的の施設を維持する権利を有する。
6 °いずれの宗派又は教育機関の財産も、公共の利益のために必要な事業であり、か
つ、補償を支払う場合を除いて、転用されてはならない。
社会政策の指導原則
第45条
61
基本情報シリーズ⑧
この条に定められる社会政策の原則は、国民議会の一般的指導を目的としている。法律
制定にあたってこれらの原則を適用することは、専ら国民議会が配慮すべきことであり、
この憲法のいかなる規定に基づいても、裁判所が審理することはできないものとする。
1.国は、正義及び慈善が国民生活のあらゆる制度に満ちている社会秩序をできる限り効
果的に確保し、及び保護することにより、人民全体の福祉を増進させるよう努めるも
のとする。
2 .国は、特に、次の各号に掲げる事項を確保するようにその政策を指導しなければなら
ない。
i .市民(その全てが、男女を問わず、適切な生計手段を得る権利を有している
ものとする。)が、その職業を通して、合理的にその家計を維持する手段を
見いだすことができること。
ii.社会の物的資源の所有及び管理が、共通善に最も良く役立つように私人間及
び異なる階級間に配分されるようにすること。
iii•特に、自由競争の活動が、少数の者に生活必需品の所有又は管理を集中させ
ることにより、共同の害悪の結果とならないように、発展させられるべきこ
と。
iv•信用の規制に係る事柄については、不変かつ主要な目的は、全体としての人
民の福祉にあるべきこと。
v,経済的安定のために、環境が許す限り多くの家族を、土地に定住させること
ができるようにすること。
3.10国は、工業及び商業における私的な起業を援助し、必要な場合にはこれを補助す
るものとする。
2 °国は、私企業が、財の生産及び分配において合理的な効率性を確保し、かつ、不
当な搾取から公衆を保護するように、経営されることを確保するよう努めるもの
とする。
4.1°国は、社会の弱者の経済的利益を特別の配慮により保護すること並びに必要な場
合には、病弱者、寡婦、孤児及び老齢者の援助に寄与することを約束する。
2 °国は、男女の勤労者及び幼少の児童の体力及び健康が酷使されることがないよう
に、また、市民が経済的必要から、その性別、年齢又は体力からみて不適当な職
業に就かざるを得なくなることがないよう保障することに努めなければならな
い。
憲法改正
第46条 - この憲法のいかなる規定も、変更、追加又は廃止のいかんを問わず、この条が定める
方法により改正することができる。 - この憲法の改正提案は、いずれも、下院に法律案として提出されるものとし、国民議
62
アイルランド憲法
会の両院で可決又は可決されたとみなされた後、レファレンダムに関してその際効力
を有する法律に従い、レファレンダムにより人民の決定に委ねられることとする。
3 .当該法律案は、いずれも、「憲法を改正するための法律」と称するものとする。
4.この憲法の改正のための一又は二以上の提案を含む法律案には、その他の提案を含ん
ではならない。
5 .この憲法の改正提案を含む法律案は、大統領が当該改正に関してこの条の規定が遵守
され、かつ、当該提案がこの憲法の第47条第1節の規定に従って、人民により適正
に承認されていると明確に認める場合には、直ちに大統領により署名されるものとし、
法律として大統領により遅滞なく公布されるものとする。
レファレンダム
第47条
1.レファレンダムにより人民の決定に委ねられる憲法改正提案は、いずれも、この憲法
の第46条に規定する目的のために当該方法により人民に提出され、当該レファレン
ダムで投票の過半数がその提案の法制化に賛成である場合には、人民により承認され
たものとみなす。
2 .1°憲法改正提案以外の提案であって、人民の決定を求めてレファレンダムに付され
る提案は、いずれも、当該レファレンダムでの投票の過半数がその提案を法制化
することに反対であり、かつ、当該反対票が有権者総数の33と3分の1パーセ
ント以上に達した場合には、人民により拒否されたものとみなす。
2 °憲法改正提案以外の提案であって、人民の決定を求めてレファレンダムに付され
る提案は、いずれも、この憲法の第27条に規定する目的のために、前項の規定
に従って人民により拒否されていない場合には、人民により承認されたものとみ
なす。
3.下院の選挙で投票権を有する市民は、いずれも、レファレンダムで投票する権利を有
するものとする。
4 .前節までの規定に従うことを条件に、レファレンダムは、法律で定める。
アイルランド自由国憲法の廃止及び法律の継続
第48条
この憲法の施行の日の直前まで効力を有していたアイルランド自由国憲法及び!922年
アイルランド自由国憲法法は、当該憲法法又はその規定のいずれかが、その時点で効力を
有している限りにおいて、この憲法の施行日に、ここに廃止されるものとし、かつ、その
日から廃止される。
第49条
1.1936年12月11日の直前にアイルランド自由国において、又はこれに関して、アイ
63
基本情報シリーズ⑧
ルランド自由国の執行権がその時点で与えられていた権能により、行使することがで
きた全ての権限、職務、権利及び特権は、1936年時点で有効であった憲法又は他のも
のによるものかを問わず、この条の規定により、人民に属するとここに宣言する。
2 .この憲法により設置される機関による権限、職務、権利又は特権の行使のために、こ
の憲法が定める規定又はこれ以降法律が定める規定に従うことを条件に、その権限、
職務、権利及び特権は、政府の権能により、又はこれに基づく場合に限り、国におい
て又は国に関して、行使され、又は行使されることができるものとする。
3 .政府は、全ての財産、資産、権利及び負債に関して、アイルランド自由国政府の継承
者であるものとする。
第50条 - この憲法の規定に従い、かつ、これと矛盾しない限りにおいて、この憲法施行直前に
アイルランド自由国で有効であった法律は、国民議会の制定法によりその法律又はそ
の一部が廃止又は修正されるまでは、完全な効力及び効果を有して存続するものとす
る。 - この憲法の施行以前に制定され、その施行後に施行されると明示された法律は、国民
議会で別段の定めがなされない限り、その期日に施行されるものとする。
神の栄光とアイルランドの名誉のために
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「基本情報シリーズ」
既刊
①諸外国の付加価値税(2008年版) 2008年10月
②主要国の各種法定年齢 2008年12月
③わが国が未批准の国際条約一覧 2009年3月
④諸外国の上院の選挙制度•任命制度 2009年12月
⑤主要国の議会制度 2010年3月
⑥諸外国と中国 2010年9月
⑦各国憲法集(1)スウェーデン憲法 2012年1月
調査資料2011-1-b
基本情報シリーズ⑧
各国憲法集(2)アイルランド憲法
平成24年3月23日発行
ISBN 978-4-87582-724-5
国立国会図書館調査及び立法考査局
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Basic Information Series ®
(§◎函血®©[禍 W@cft〇]㈣
眞回敬
Research
Materials
2011-1-b
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National Diet Library
Tokyo 100-8924, Japan
E-mail: bureau@ndl.go.jp isbn 978-4-87582-724-5
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