気候変動「脅威」ロシア上回る 日本以外の世論に変化
編集委員 下田敏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD131QF0T10C24A2000000/
『2024年2月19日 5:00
この1年で国際世論が大きく変わり、ロシアの安全保障上の脅威より、気候変動やそれに伴う移民の大量流入などを深刻なリスクととらえる人が増えたことがミュンヘン安全保障会議の最新調査で明らかになった。
前年に続いてロシアを最大の脅威としたのは主要国では日本と英国のみ。複合的な危機にさらされるなか、国際世論は揺れ動いており、各国の外交・安保戦略にも影響を及ぼしかねない。
調査は主要7カ国(G7)とブラジル・…
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『この1年で国際世論が大きく変わり、ロシアの安全保障上の脅威より、気候変動やそれに伴う移民の大量流入などを深刻なリスクととらえる人が増えたことがミュンヘン安全保障会議の最新調査で明らかになった。前年に続いてロシアを最大の脅威としたのは主要国では日本と英国のみ。複合的な危機にさらされるなか、国際世論は揺れ動いており、各国の外交・安保戦略にも影響を及ぼしかねない。
調査は主要7カ国(G7)とブラジル・インド・中国・南アフリカの約1万2000人を対象に2023年10〜11月に実施された。ミュンヘン安全保障会議は「前年に比べてロシアの脅威はランクを下げ、非伝統的なリスクが引き続き上位を維持した。国際世論は環境上の脅威や移民の大量流入、イスラム過激派のテロなどを最も警戒している」と報告した。
32項目にわたる安保上のリスクから、G7の市民が最大の脅威に挙げたのは「異常気象と森林火災」だった。「自然環境の破壊」「気候変動」「気候変動や紛争による移民の大量流入」がいずれも上位にランクインしており、気候変動とその波及的な影響への警戒の強さがうかがえる。
気候変動は猛威を振るっている。世界気象機関(WMO)は23年が観測記録のある約170年間で最も暑い年となったと報告した。産業革命前に比べた平均気温の上昇幅は1.45度で、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」で定めた上限の1.5度に迫った。欧州やカナダでは森林火災が相次ぎ、各地で暴風雨や洪水、干ばつなどの異常気象が頻発した。
カナダで発生した森林火災のため、煙ともやに覆われるニューヨーク=ロイター
世界銀行は気候変動によって移住を余儀なくされる「気候難民」が50年までに世界全体で2億1600万人に上ると予測する。うち1億人超は気候変動に脆弱なアフリカ、4000万人は南アジアだ。全ての人が国境を越えるわけではないが、危険なルートをたどって欧米に向かう人も少なくない。欧州連合(EU)に不法越境した移民は23年は約38万人に達し、移民危機が起きた16年以降で最多となった。
ロシア「最大脅威」は日英のみ
G7各国で22年に最大の脅威とみなされた「ロシア」は4位に順位を落とした。領土の膨張と海洋進出をはかるロシアと100年以上にわたって対峙する日本と英国だけがロシアを最大のリスクととらえたのは興味深い。ランキングのベースとなる安全保障指数をみると、日本以外の6カ国のすべてでロシアのスコアは低下した。BRICS主要国のブラジル・インド・中国・南アはそもそもロシアを大きな脅威とはみなしておらず、22年2月のウクライナ侵攻以降も順位は28〜29位でほとんど変わっていない。
欧州は移民の大量流入への警戒を強める(フランス移民法に反対するデモ隊、パリ)=ロイター
印象的なのは欧州での世論の変調ぶりだ。ドイツ市民にとって23年の最大の脅威は「移民の大量流入」であり、これに「イスラム過激派のテロ」が続く。ロシアは7位に下がった。
フランスは欧州最大の約500万人のムスリム(イスラム教徒)共同体を抱えるためか、最大の脅威は「テロ」で、2位が「移民流入」。ロシアは6位に後退した。
イタリアは「異常気象」や「気候変動」をより深刻なリスクととらえるほかはほぼ同じ傾向で、ロシアは12位まで順位を落としている。
西側の支援を受けた23年6月からのウクライナの反転攻勢は目立った成果がなく、ロシアとの戦闘も膠着状態と映る。ミュンヘン安全保障会議は「ウクライナへの追加支援ではそれを支持する市民に『ウクライナ疲れ』が生じており、必要なかぎり支援するという(西側の)コミットメントも疑問視されている」と指摘した。そのうえで「ウクライナが戦闘に勝つには現在の軍事支援のレベルでも不十分だ」とし、追加支援の停滞に警鐘を鳴らす。
世論調査からは「ウクライナ疲れ」がうかがえる(ロシアの攻撃に備えるウクライナ軍、キーウ近郊)=ロイター
23年10月からのイスラエルとイスラム組織ハマスの衝突をきっかけに、欧州に滞在するムスリムはイスラエルを支持する各国政府への反発を強めている。
欧州市民の間では反イスラム・反移民感情も高まり、これが極右政党の台頭を招きつつある。欧州にとって、より差し迫った脅威は気候変動やそれに伴う移民の大量流入、ムスリム系移民の過激派によるテロ攻撃なのだろう。
米国はロシアより中国を警戒
米国はまた違った反応を示す。大統領選挙を控えて「政治の分断」が2位に入ったほか、安保上のリスクでは「中国」が「ロシア」を上回った。
興味深いのは最大の脅威に「サイバー攻撃」を挙げたのが米国と中国であることだ。中国の調査では「米国」が脅威の3位にランクインしており、両国の世論が米中対立を強く警戒していることがうかがえる。
日本は前年に続いて「ロシア」を最大の脅威ととらえたが、ウクライナで続く戦闘への関心というよりは極東アジアの地政学リスクを強く意識していることが調査からは読み取れる。2位には「中国」が入ったほか、それと関わる「サイバー攻撃」や「北朝鮮」が上位を占める。侵略国による核兵器・生物兵器・化学兵器の使用を重大な脅威とみなす傾向も強い。
新興国のBRICS4カ国はG7以上に気候変動への警戒が強い。
米国を脅威とみなす中国はやや異なるが、4カ国全体でみれば「気候変動」「異常気象」「自然環境の破壊」がトップ3を占めた。気候変動の影響は低緯度の国ほど深刻になる傾向がある。インドは23年に猛烈な熱波や豪雨に見舞われ、ブラジルはアマゾン川流域の北部で観測史上最悪といわれる干ばつに直面した。
国家の主権と人権を踏みにじったロシアの侵略が容認されないのは当然だが、ウクライナの反転攻勢の失敗で国際世論が揺らいでいるのもまた現実だ。世界の紛争は第2次世界大戦が終わった1945年以降で最多ペースといわれ、何よりも気候変動が経済や社会にもたらすリスクが急拡大している。安保上の脅威がかつてないほどに増え、また多岐にわたっているのは確かだろう。
Nikkei Views
編集委員が日々のニュースを取り上げ、独自の切り口で分析します。』