中国安全保障レポート2024 中国、ロシア1米国が織りなす 新たな戦略環境https://www.nids.mod.go.jp/publication/chinareport/pdf/china_report_JP_web_2024_A01.pdf
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中国安全保障レポート2024
目次 要約………………………………..3 略語表……………………………….6 序章………………………………..8
第1章既存秩序の変革を目指す中国の戦略 はじめに…………………………..10
1 協調から対抗へ転換した中国の対米政策…………….11 (1) 冷戦後の国際秩序に協調姿勢で適応…………..11 (2) 対米対抗と既存秩序の変革に向けた動き…………13
2国際秩序をめぐってロシアとの連携を強める中国………….17 (1) ライバルからパートナーへの転換……………17 (2) 既存秩序の変革に向けた協力の深化…………..19
3米国への軍事的対抗姿勢を強める中国………………21 (1) 軍事における対米対抗とロシアとの連携強化…………21 (2) 対米抑止カの強化を目指した核戦力の増強………..24
おわりに…………………………..26
第2章 ロシア・ウクライナ戦争とプーチン体制の生存戦略 はじめに…………………………..28
1 プーチン体制の生存戦略…………………..28 (1) 2020年憲法改革と「インナー ・サークル」の生存戦略…28 (2) プーチン体制と個人支配化をめぐる議論…………..31
2ウクライナ戦争下におけるプーチン体制の変容と生存戦略としての対外政策.32 (1) 体制変容のダイナミズム……………….32 (2) 新たな「対外政策概念」と「狭小な国家グループ」への挑戦…35 (3) 軍事・原子力•北極海における中露の体制間協力……..38 (4) ロシアと「グローバル・サウス」……………39
おわりに…………………………..41 1
第3章 国際秩序の維持に向けた米国の軍事戦略 はじめに……………………………44
1中国、ロシアに対する脅威認識の高まり………………45 (1) 大国間競争の再来…………………..45 (2) 戦略的競争において浮上する3つの軍事的課題……….49
2新たな軍事的課題に対する米軍の取り組み……………..52 (1) 作戦行動に対する認識の変化………………52 (2) 将来戦に関する取り組み………………..54
3 将来的な核戦力バランスの変化……………….56 (1) 「同格の二大核保有国」問題の浮上……………56
(2) バイデン政権の対応………………….58
おわりに……………………………61
終章………………………………..64
注…………………………………70
2 要 約 要約 !
第1章 序 冷戦終結直後の中国は、米国を共産党に対する脅威と見ており、米国との対立を避けつつ協 力を推進することで対米関係の安定化を図った。米国が主導する冷戦後の国際秩序についても 基本的に受け入れ、協調を主軸とした国際秩序戦略を推進した。ところが2000年代終わりごろ から、西側諸国のパワーが低下し、発展途上国のパワーが増大しているとの情勢認識に至った 共産党政権は、既存の国際秩序について力を背景に仔亥心的利益」を確保することを可能とする とともに、中国共産党による支配体制が脅威にさらされない方向への変革を目指すようになった。 習近平政権は、米国に中国の「核心的利益」を尊重し、中国を対等に扱う「新型大国関係」 を受け入れるよう要求した。同時に、普遍的価値とルールに基づいた既存の国際秩序を明確に 拒否し、中国を中心とした発展途上国がより大きな発言力を持つ「新型国際関係」と「人類運 命共同体」を新たな国際秩序のモデルとして推進するようになった。その中国にとって、ロシア は望ましい国際秩序を共有する重要なパートナーである。国際秩序をめぐる米国や西側諸国との 競争において、中国とロシアは相互の支持と協力を強化している。
2 米国に対抗し、米軍が主導してきた東アジアの安全保障秩序の変革を目指して、中国はA2/ AD能力を中心とした軍事力の強化を進めている。中国は周辺地域において、米軍の行動を物 理的に妨害するとともに、ロシア軍との共同訓練や連携した行動を強化している。中国は核戦力 も急速に強化しており、これは将来の核をめぐる安全保障秩序における中国の発言力を高めると ともに、中国の「核心的利益」に関わる紛争に対して、米国が軍事的に関与するハードルを高め ることになるだろう。今後中国は、核を含む軍事力を強化しつつ、望ましい国際秩序を共有する 3 ロシアとの戦略的協力を深化させることで、既存の国際秩序の改変を進めていくことになると思 われる。
第2章 2022年2月24日、プーチン体制は、ウクライナへの全面的な軍事侵攻に踏み切り、米欧諸 国による厳しい経済制裁と広く国際的な信用の失墜を招いた。既存の国際秩序に対する挑戦者 となったプーチン体制の秩序観には、G7諸国が志向する国際秩序への強い対抗意識があり、 この点は2023年3月に改訂された「ロシア連邦対外政策概念」の中で強調されている。
こうし た対抗意識の根底には、冷戦後国際秩序の再編プロセスに対する不満の蓄積がある。
また、プー チン体制には、ロシアの伝統的な精神•道徳的価値観や独自の歴史観を偏重する態度、さらに は多様性や包摂性に代表される米欧のリベラルな価値観や市民社会の在り方への嫌悪感が観察 3 要約 される。
特に近年、それらは政治体制の個人支配化の進展とも相まって、プーチン体制の国内 的な体制の生存戦略として増幅される傾向にあった。
こうした秩序観は、現代ロシア政治•外交史の多様な文脈の中で生成されたものであるが、 その1つとして、市民的自由の制約や立憲主義の不在、個人支配化に象徴されるロシア内政動 向との連関も指摘できよう。
同じく政治体制として個人支配化の様相を強める中国の習近平体制 との親和性は高まる傾向にあり、第2次ロシア・ウクライナ戦争に伴うロシアの対中依存の深まり も影響して、中露の体制間協力は、プーチン体制の対外的な生存戦略として位置付けられている。
中露関係は、軍事•原子力•北極圏開発といった政策分野で着実に深まりつっある。
さらに戦時下のプーチン体制は、インドやトルコをはじめとするグローバル・サウスと呼ばれる 新興国•途上国との連携強化を目指しており、上海協力機構(SCO)やBRICS加盟国、中東・ アフリカ諸国など、政治体制の観点から親和性の高い国々への外交的•軍事的アプローチが積 極的に行われている。
第3章 バイデン政権が最大の挑戦としてとらえているのが中国である。NSS2022は、中国が「米国 にとって最も重大な地政学的挑戦」であるとして、中国との競争に打ち勝つという方針を示した。
軍事的観点からも、バイデン政権は中国を焦点としており、同国が主要な地域を支配するのを阻 止することを最優先課題とした戦略を打ち出している。
中国との軍事•外交分野における競争は、 経済分野にも波及している。
ロシアに対しては、2014年以降継続しているウクライナへの侵略だけでなく、主要な地域にお ける重大で継続したリスクを突き付ける「深刻な脅威」であるという認識を示している。 バイデン 政権は、ウクライナ侵略がロシアにとって「戦略的失敗」となることを政策目標として、北大西洋 条約機構(NATO)をはじめとする同盟国やパートナー国と連携しながら、ウクライナに対する 圧倒的な規模での安全保障支援を行う一方で、ロシアに対して経済制裁を科している。
中露との競争を優位に進めるうえで、米国が直面している軍事的課題とは、①武力紛争に至 らない段階における活動、②米軍の戦力投射•作戦行動、キルチェーンに対する脅威、③将来 的な核戦力バランスの変化、である。
1の課題に対して米軍は、「航行の自由作戦」や情報・ サイバー空間での作戦行動に加え、あらゆる段階で米軍が一定の活動を行うことを示した「競争 連続体モデル」という新たな概念枠組みを形成して対応している。
第2の軍事的課題である A2/ADおよび米軍のキルチェーンに対する脅威に関して、米軍は新たなコンセプトの開発を継続 させている。
第3の、米国と同等の核戦力を保有する中国とロシアに同時に対峙するという、 将来的な「同格の二大核保有国」問題に対して、バイデン政権は米国の抑止力の強化と軍備管 理による核使用リスクの低減に取り組む姿勢を示している。
4 要 約
バイデン政権は、今後の!0年間の取り組みが将来的な国際秩序の姿を左右すると認識してお り、中国との競争を優位に進め、ロシアの脅威を抑制することを目標として、積極的に取り組む 姿勢を強めている。
国際秩序をめぐる中国やロシアとの競争は、今後も継続し激しさを増してい くであろう。
終章 ロシアで急激な政治変動が生じない限り、今後10年程度の見通し得る将来において、国際 秩序をめぐる米国と中露の対立は加速し、グローバル・サウスも巻き込みながら、米国を中心と した既存秩序の現状維持勢力と、中露を中心とした現状変更勢力の間の対立へと拡大していく だろう。双方が共に競争力を高めていくものと思われるため、帰趨はすぐには決まらず、対立は 緊張の度を高めながら長期にわたって続くだろう。今後は偶発的な衝突や予期しないエスカレー ションといった不安定要因の顕在化を防止するために、いかに競争を管理していくのかが双方に 問われることになる。 他方で、より長期的な観点に立った場合、ロシアによるウクライナ侵攻が国際秩序の変更に至 る見込みは極めて小さい。一方で中国は、南シナ海や台湾海峡などで現状変更の既成事実を積 み重ねている。今後、このような中国の力による一方的な現状変更を防止できるか否かが、国際 秩序をめぐる競争の行方を決定づける最も重要な要因であるといえよう。 序 3SE. 第 1 第 2 第 3 終 3SE. 5 略語表 略語表 A2/AD 接近阻止•領域拒否 AI 人工知能 ALBM 空中発射弾道ミサイル FOB 部分軌道爆撃 FSB ロシア連邦保安庁 GRU ロシア軍参謀本部諜報総局 HGV 極超音速滑空体 ICBM 大陸間弾道ミサイル NATO 北大西洋条約機構 NC3 核兵器の指揮統制•通信 NDS 国家防衛戦略 NPR 核態勢の見直し NSS 国家安全保障戦略 SCO 上海協力機構 SLBM 潜水艦発射弾道ミサイル SSBN 弾道ミサイル搭載原子力潜水艦 START 戦略兵器削減条約 6
中国安全保障レポート2024 中国、ロシア; 米国が織りなす 新たな戦略環境 序章本レポートの問題意識 本レポートの問題意識
2つの超大国である米国とソ連がそれぞれの同盟国を率いて、大量の核兵器を向け合いなが ら全面的に対立した冷戦が1990年代初頭に終焉を迎えた。その後、冷戦の勝者となった米国 が主導し、西側諸国をはじめとした多くの国々が支持し受容する新たな国際秩序が形成された。 この自由や民主主義、人権の尊重といった普遍的な価値に依拠し、多くの国家によって共有され たルールに基づく国際秩序の下で、冷戦後の世界は大国間の協調と経済のグローバル化が進展 し、安定と繁栄を享受してきた。ところがこの冷戦後の国際秩序は、いま深刻な挑戦にさらされ ている。 中国は、冷戦後の国際秩序に適応することで急速な経済成長を達成し、軍事力も強化すること で米国に次ぐ世界第二の大国として台頭した。2000年代末ごろから中国は、台湾海峡や東シナ 海、南シナ海などで力による一方的な現状変更の動きを強め、ルールに基づく既存の国際秩序に 挑戦するようになった。
最近では、国際社会で受け大れられてきたルールを明確に否定し、新たな 国際秩序の構築を目指した政策を推進しており、米国との間で厳しい大国間競争を展開している。
ロシアは、1998年からG8のメンバーになるなど西側との協調を重視する外交を展開していた が、プーチン体制の下で次第に反西側の姿勢を強め、2014年の「クリミア併合」で米国をはじ めとした北大西洋条約機構(NATO)諸国との関係を悪化させた。
2022年には、国連憲章をは じめとしたルールに基づく国際秩序に明白に違反する侵略戦争をウクライナに対して発動し、国 連安全保障理事会を機能不全に陥れるなど、冷戦後の国際秩序を大きく揺るがしている。 いまわれわれは、冷戦後の国際社会に安定と繁栄をもたらしてきた既存のルールの維持を目指 す米国と、それに挑戦してルールの変更を目指す中国およびロシアとの深刻な競争に直面している。
今後の国際秩序の行方に世界の注目が集まっており、本レポートの問題意識もここにある。
国際秩序の帰趨に影響を及ぼす要因は実に多様であるが、核兵器を含む強大な軍事力を有する 米国、中国、ロシアの動向がもたらすインパクトは極めて大きい。
米中露の国際秩序に関する戦 略と、その相互作用が、今後の国際秩序の方向性を決めることになるといっても過言ではない。 本レポートでは、米国、中国、ロシアについて各国が将来の国際秩序についてどのような構想 を有しており、どのようにその実現を目指しているのかを分析する。
また、軍事・安全保障を中 心とした各国の他の2国に対する姿勢を明らかにすることも試みる。
こうした分析に基づいて、 最後に米中露の3大国の相互作用が織りなす今後の国際秩序の方向性について検討したい。 8 中国安全保障レポート2024 中国、ロシア; 米国が織りなす 新たな戦略環境
第1章 既存秩序の変革を目指す 中国の戦略 飯田将史
第1章既存秩序の変革を目指す中国の戦略
はじめに 習近平政権下の中国は、米国への対抗姿勢を次第に強めてきた。米中関係はバラク•オバマ政 権期に明らかに悪化に転じ、ドナルド•トランプ政権期に対立を強め、ジョセフ•バイデン政権期 には対立がより深まっているといえよう。
それにもかかわらず3期目の習近平政権は、米国に対抗 する立場をとり続けている。
2023年3月に開催された全国人民代表大会で記者会見した秦剛外 交部長は、米国が主張している中国との「競争」について、実際には中国に対して「全方位で封 じ込めて圧力をかけるものであり、生きるか死ぬかのゼロサムゲームである」と批判した。
そして 封じ込めと圧力は「復興へと邁進する中国の歩みを妨げることはできない」と主張したのである七
他方で習近平政権は、ロシアとの協力関係を着実に強めてきた。
2022年2月にロシアがウク ライナへ軍事侵攻し、圧倒的多数の国連加盟諸国から強い非難を浴びたにもかかわらず、習近 平政権は引き続きロシアとの関係強化を図っている。
中露関係について秦剛外交部長は「新型国 際関係の手本を樹立した」と述べ、中露が連携すれば「世界の多極化と国際関係の民主化が進 展し、グローバルな戦略的バランスと安定が保障されることになる」と主張した。
またウクライ ナ戦争については、「見えざる手」が「ウクライナ危機を地政学的な企みに利用しようとしている」 と述べ、米国を暗に批判したのである2。
冷戦後の国際秩序が、ソ連に勝利したことで唯一の超大国となった米国が主導するものであ るならば、冷戦後に国力を急速に増大させて米国に次ぐパワーを有する新興大国となった中国が、 既存の国際秩序の変化をもたらす最大の原動力となり得ることは明らかである。
そして強まるー 方の中国による米国への対抗姿勢を見る限り、「中国は国際秩序を作り直す意図と、経済、外交、 軍事、技術面でのパワーを有する唯一の国家である」という米国のアントニー・ブリンケン国務 長官の指摘3は的を射たものであろう。
したがって、将来の国際秩序の方向性を洞察するには、 まず中国の国際秩序戦略、すなわち中国がどのような国際秩序の構築を目的とし、その目的をど のような手段によって達成しようとしているのかを検討する必要がある。
本章では第1節で、中国の国際秩序戦略を、冷戦後から習近平政権に至る中国の対米政策 の変遷をたどることを通じて分析する。
中国から見れば既存の国際秩序は米国が覇権を握る秩 序であり、中国の対米認識には中国の国際秩序認識が反映され、中国の対米政策には中国の国 際秩序政策が包含されているからである。
第2節では、米国と並ぶ核大国であり、既存の国際 秩序に挑戦する姿勢を強めているロシアに対する習近平政権の政策について検討を行う。 戦略 的な連携を進展させつつある中国とロシアの関係を観察することを通じて、将来の国際秩序に関 する中国の戦略をより明確に理解することが期待される。
第3節では、中国によるロシアとの軍 事的連携の強化や核兵器をめぐる姿勢の変化を分析することで、今後の中国の国際秩序戦略の 展望を試みたい。
10 要 約
1 協調から対抗へ転換した中国の対米政策
(1)冷戦後の国際秩序に協調姿勢で適応
1980年代終わりからI990年代初めにかけて、中国共産党政権は国内外で深刻な事態に直面した。
国内においては1989年6月4日に、北京の天安門広場で政治の民主化を求める運動を 繰り広げていた学生や市民に対して、人民解放軍を動員して武力で弾圧した「天安門事件」を 引き起こした。
天安門事件は共産党内の激しい権力闘争の存在を露呈するとともに、中国国民 の共産党に対する信認を大きく傷つける結果となった。
また、平和的な民主化運動を武力で弾 圧した共産党政権に対して、米国をはじめとした西側諸国が深刻な人権侵害だとして強く批判し、 中国に対して経済面や外交面での厳しい制裁を科したのである。
さらに国外においては、!989 年11月のベルリンの壁崩壊に象徴される東欧社会主義政権の消滅から、1991年末のソ連の解 体に至る社会主義陣営の崩壊によって、中国は唯一の社会主義大国として国際社会に取り残され たのである。
天安門事件の発生と社会主義陣営の消滅によって、中国共産党は統治の正統性が大きく損な われ、政権の基盤が激しく動揺する危機に直面することになったが、中国はこの危機を米国が もたらしたものと認識した。
すなわち、米国が自由や民主主義といった西側の価値観を中国社会 に浸透させることなどを通じて、平和的な手段で中国共産党政権の転覆を図る「和平演変」を目 指していると見たのである%
さらにソ連が崩壊した後の国際秩序は、唯一の超大国となった米 国が主導するものとなり、中国共産党政権は厳しい国際環境に直面せざるを得なくなった。中国共産党の目には、米国が自らの生存を脅かしかねない最大の脅威として映ったといえるだろう。
天安門事件を経て、新たに中国共産党総書記に就任し た江沢民の下で、中国は米国との対立を避け、協力を通じ て関係を改善する政策をとった。
1992年11月に中国を訪 問した米国の下院議員と会見した江沢民総書記は、中国 の対米政策について「増加信任、減少麻煩、発展合作、 不摘対抗(信頼を増加させ、面倒を減らし、協力を発展させ、 対抗しない)」を方針として示した。
すなわち、米国に対抗 して摩擦を高めることはせず、協力を通じて米国と信頼関 係の構築を目指すものである。
1993年11月に、米国のシ アトルで開催されたアジア太平洋経済協力首脳会議に出席 した江沢民国家主席は、米国のビル・クリントン大統領と 天安門広場に建った「民主の女神」(1989 の会談で、中国が「米国の安全にとって脅威を構成するこ 年5月)(写真:共同通信社) 序 3SE. 終 3SE. 第 1 第 2 第 3 11 第1章既存秩序の変革を目指す中国の戦略 とはない」と述べ、両国関係は共同の利益を基盤とすべきであると主張した5。
その後、1995 年から1996年にかけての「台湾海峡危機」による緊張の高まりがあったものの、1997年10月 に会談した江沢民主席とクリントン大統領は、「建設的な戦略的パートナーシップ」の構築に向 けて努力することを盛り込んだ共同声明を発表するに至った6〇
中国は米国への対抗を控えるこ とで、米国との関係を着実に改善していった。
1999年5月の北大西洋条約機構(NATO)軍に よるベオグラードの在ユーゴスラビア中国大使館の誤爆や、2001年4月の米海軍のEP-3情報 収集機と中国軍のJ-8戦闘機との衝突事故などが発生したものの、中国は対米協調姿勢を維持 し、米国との関係強化を図ったのである。
その中国にとって、2001年9月11日に発生した米国 での同時多発テロは、大きな追い風となった。
この事件によってジョージ・w・ブッシュ政権の 安全保障上の課題が、「戦略的競争相手」とされた中国との競争から、「テロとの戦い」へと大き く転換した。
また、中国は米国の「テロとの戦い」に協力することで、米国との関係をさらに前 進させる機会も得た。
2002年2月にはブッシュ大統領が訪中し、両国は「建設的な協力関係」 を構築することで合意したのである7。
2002年11月の第16回中国共産党全国代表大会(以下「党大会」)で江沢民政権を引き継い だ胡錦濤政権も、さまざまな分野における協力を通じて米国との関係を強化し、国際社会との 協調を推進する外交政策を展開した。
2003年8月には、北朝鮮による核開発問題の解決を目 指して、米国、中国、韓国、北朝鮮、日本、ロシアからなる六者会合を設立し、2005年9月 の会合では、北朝鮮が核開発計画の放棄を約束した共同声明の発表にこぎつけた。
このような 米国も含めた国際社会との協調を重視する中国の外交政策の理念として、胡錦濤政権は「和諧 世界」の構築を掲げるようになった。
2005年9月に開催された、国連創設60周年を記念する サミットで演説した胡錦濤国家主席は、「平和が長続きし、共同で発展する和諧世界」を建設す る必要性を訴えた。
この演説で胡錦濤主席は、内政干渉と武力による紛争解決に反対すること、 発展途上国の経済発展と国際社会における発言力を強化することなどにより、「和諧世界」の構 築を目指すべきだと主張したん
また胡錦濤政権は、「和諧世界」の構築に向けた具体的な政策 方針として「平和発展」を打ち出した。
中国政府は2005年12月に「中国の平和発展の道」と 題する白書を発表した。
この白書において中国は、米国など大国との協力関係を構築し、周辺 諸国との友好関係を発展させるとし、中国は「平和な国際環境を勝ち取ることで自らを発展させ、 自らの発展によって世界の平和を促進する」という「平和発展の道を歩む」と宣言したのである*
これまで見てきたように、江沢民政権から胡錦濤政権の前期における中国の対米政策は、米 国との対立を極力回避しつつ、さまざまな面で協力を推進することで対米関係の安定を図るもの であった。
したがって、中国は米国が主導する国際秩序を基本的に受け入れており、既存の国 際秩序の枠内で「和諧世界」の構築を目指す姿勢を示していたといえるだろう。
こうした中国の 国際秩序に対する姿勢には、米国にも評価する声があった。
例えば2005年9月に国務副長官 12 第 1 要 約 のロバート•ゼーリックは、中国が既存の国際秩序において「責任ある利害共有者(responsible stakeholder)Jとなることへの期待を強調していた10〇
(2)対米対抗と既存秩序の変革に向けた動き 扁
ところが胡錦濤政権は2000年代終わりになると、自国の立場や利益を強硬に主張し、周辺国や米国に対して対立的な姿勢を示すようになった。
海上法執行機関の公船や、人民解放軍の 艦船や航空機などによる南シナ海や東シナ海への進出を強化し、島や岩礁の領有権や周辺海域 の管轄権をめぐって争いのある相手国に対する圧力を高めたのである。
中国の公船は南シナ海 でベトナムやフィリピンの調査船の航行を妨害し、東シナ海では日本の領土である尖閣諸島の周 辺でプレゼンスを高めた。
人民解放軍も南シナ海と東シナ海で活動を強化した。
中国の強硬姿 勢は米国にも向けられた。
2009年3月に、海南島の南方沖で活動していた米海軍の音響観測 艦インペッカブルに対して、中国の情報収集艦、公船、「漁船」が航行を妨害する行為を働いた。
これについて米国は、国際法で認められた航行の自由に反する危険な行為だとして中国政府に抗 議したが、中国はインペッカブルの活動が国際法と中国の国内法に違反しているとして一蹴した。
この事件を機に、南シナ海は米国と中国による対立の焦点の1つになったのである。
このように海洋における領土や主権をめぐる中国の姿勢が強硬化した背景には、胡錦濤政権に 2 よる対外方針の大きな見直しが存在していた。
2009年7月に開催された第11回駐外使節会議 において胡錦濤総書記は、外交政策の重点の1つとして「我が国の領土 ・主権と海洋権益を適 切に守る」ことを挙げるとともに、「関係諸国による我が国の権益を侵害する行為に対して揺るぎ 無く闘争を行い、我が国の核心的利益を断固として守らなければならない」と述べた。
また胡錦 濤は、「さらに積極的に国際ルールの制定に参与する」ことや、「さらに積極的に国際政治経済 秩序のより公正で合理的な方向に向けた発展を促進する」必要性も強調したのである”。
すなわ ち胡錦濤政権は、米国が主導する既存の国際秩序を前提として、国際社会との協調を重視する 方針から、中国が核心的利益と見る問題については米国を含めて他国との対立を辞さず、既存の 国際秩序についても中国にとって有利な方向への変革を推進する方針へと転換したのである。
このような方針転換をもたらした最大の要因は、2008年9月に米国の投資銀行であるリーマン・ ブラザーズが破綻したことを契機として深刻化したグローバルな金融危機であったといえるだろ う。
この危機を受けて、米国をはじめとした西側諸国の経済は深刻なダメージを受ける一方で、 中国は4兆元の景気対策を行うことで経済の持続的な成長を実現した。
この状況を受けて、中 国では米国の国力が長期的な衰退へ向かう一方で、中国の国力が相対的に強化されていくとの 見通しが広まり、「中米の実力差は明瞭に縮小している」という認識が一般的になったのである山。
米国に対する中国の相対的な国力が強化されていくとの認識の下で、米国との競争における自信 を強めた胡錦濤政権は、核心的利益をめぐる米国との対立を躊躇しなくなり、米国が主導する既 13 第1章既存秩序の変革を目指す中国の戦略 存の国際秩序に対しても挑戦を始めたのである。
中国の対米政策にも、この新たな外交方針が適用された。
2012年2月に、胡錦濤の後継者 となることが確実視されていた習近平国家副主席が米国を訪問した。
オバマ大統領と会談した 習近平副主席は、「台湾問題は中国の主権と領土の一体性に関わり、一貫して中米関係における 最も核心的で、最も敏感な問題である」と主張した”°
バイデン副大統領との会談で習近平副 主席は、「台湾やチベットに関わる問題は中国の核心的利益である」と指摘したうえで、中国と 米国が「お互いの核心的利益と重大な関心を尊重し、相互に面倒を造らず、相手のボトムライ ンを越えない」ことを提唱した%
さらに習近平は米中友好団体が主催した歓迎会において、「広 大な大平洋の両岸には、中米の2つの大国を受け入れられる十分な空間が存在している」と指 摘し、米中両国が「お互いの核心的利益と重大な関心を尊重する」ことにより、両国関係を「21 世紀の新型大国関係」へと発展させるべきだと主張したド。
すなわち中国は、台湾など中国にとつ ての核心的利益を米国に尊重させることで、少なくともアジア大平洋地域において米国と対等な 関係を意味する「新型大国関係」の構築を目指すようになったのである。
2012年11月の第18回党大会でスタートした習近平政権は、「中華民族の偉大な復興」を「中 国の夢」とするスローガンを掲げて、政権が実現を目指す目標と位置付けた。
習近平総書記は 2012年12月に海南島の海軍基地を視察した際に、中華民族の偉大な復興という夢は「強国の 夢であり、軍隊について言えば強軍の夢である。われわれが中華民族の偉大な復興を実現する ためには、富国と強軍の統一を必ず堅持し、強固な国防と強大な軍隊の建設に努力しなければ ならない」と述べ、「中国の夢」の実現には軍事力の強化が不可欠であると主張した吐
また、2013年1月に開催された外交政策をテーマにした中央政治局集団学習で習近平総書 記は、中華民族の偉大な復興を実現するためには平和な国際環境が必要だと指摘すると同時に、 「われわれは平和発展の道を堅持するが、決してわれわれの正当な権益を放棄することはできず、 国家の核心的利益を犠牲にすることもできない。いかなる外国も、われわれが核心的利益を取 引するなどと期待すべきではなく、我が国の主権、安全、発展の利益が損なわれる結果を受け 入れるなどと期待すべきでない」とも強調した七
習近平は、強大な軍事力を支えとして、核心 的利益の擁護を外交政策の柱に据えることで、中華民族の偉大な復興という中国の夢の実現を 目指す方針を示したのである。
こうした方針は、中国の対米外交にも反映された。2013年6月に米国を訪問し、オバマ大統 領と会談した習近平国家主席は、中国が提唱する「新型大国関係」について「双方が構築に向 けて共同で努力することで合意した」と記者会見で発表したん
この「新型大国関係」の内容 について楊潔麓国務委員は、①衝突しない、対抗しないこと、②相互に尊重することであり、 互いの核心的利益と重大な関心を尊重すること、③協力とウィンウィンであり、ゼロサム思考を 放棄することであると説明した19。
その後、習近平政権は米国に対して中国の核心的利益の尊 14 要 約 重を要求して強硬な姿勢を見せるようになった。
2013年8月に訪米した中国の常万全国務委員 兼国防部長は、チャック•ヘーゲル国防長官との会談において、米国による台湾への武器輸出と、 米軍による中国周辺での情報収集活動、米国によるハイテク製品の対中禁輸措置を「中米新型 軍事関係」を進展させるうえでの障害であるとして、その中止を要求した之°。
2013年12月には、 海南島の南方沖で中国海軍の演習を監視していた米海軍の巡洋艦力ウペンスに対して、中国海 軍の揚陸艦が異常に接近して航行を妨害する行動に出た幻。
核心的利益に関わる問題については米国との対立も辞さない政策へ転換した習近平政権は、 米国が主導する既存の国際秩序に対しても見直しを迫る動きを強化した。
2014年11月に開催さ れた中央外事工作会議で習近平総書記は、「現在の世界は変革の世界」であり、「国際体系と国 際秩序の奥深い調整が進む世界」であり、「国際的なパワーの比率に深刻な変化が生じ、平和 と発展に有利な方向へと変化しつつある世界である」と述べ、米国が主導してきた既存の国際 秩序が変化の最中にあるとの認識を示した。
そのうえで習近平は、今後の中国の外交方針として 「国際関係の民主化を堅持する」ことや、「協力とウインウィンを核心とした新型国際関係の構築 を推進する」ことを掲げた。
こうした新たな外交方針について習近平は、「中国の特色ある大国 外交」と総括したのである之?。
2015年9月に開催された国連総会一般討論に参加した習近平国家主席は、中国が目指す新 たな国際秩序の姿について演説を行った。
その中で習近平主席は、大国による小国に対する圧 カや内政干渉を批判し、各国が平等に扱われる必要性を主張した。
また国家間の安全保障関 係については、対立を前提としたゼロサム的な思考から脱却し、同盟ではなく協議と協力に基づ いたパートナーシップを追求すべきだと主張した。
そして習近平は「中国は一貫して世界平和の 擁護者」であり、「永遠に覇権を唱えず、拡張せず、勢力範囲を拡大することはない」と述べた うえで、「国連憲章の主旨と原則を核心とした国際秩序と国際体系を引き続き擁護していく」と表 3 明した。
さらに習近平は、「中国は引き続き発展途上国、とりわけアフリカ諸国が国際ガバナンス体系における代表性と発言権を強化できるよう支援する」と表明し、新たな国際秩序において発 展途上国と連携を強化する方針を示した。
新たな国際秩序に関するこうした中国の立場を踏まえ て、習近平は「協力とウインウィンを核心とする新型国際関係を構築し、人類運命共同体を作り 上げるべき」だと主張したのである23。
中国が冷戦後の国際秩序の変革に向けた動きを強めた背景には、既存の国際秩序を主導して きた米国と西側先進諸国のパワーが弱体化する一方で、中国をはじめとした発展途上国のパワー が増大しており、その趨勢は不可逆であるとの習近平政権の情勢認識が存在している。
2015年 io月に開催されたグローバルガ、バナンス体制をテーマとした中央政治局集団学習において習近平 総書記は、「グローバルガ、バナンス体制の変革は、歴史的なターニングポイントにある」と指摘し た。
そして習近平は、「国際的なパワーの比率は深刻に変化しており、新興市場国と多くの発展 第 1 15 第1章既存秩序の変革を目指す中国の戦略 途上国の急速な発展と国際的影響力の絶え間ない増大は、近代以来の国際的なパワーの比率 における最も革命的な変化である」と言及した。
さらに習近平は、「数百年にわたった列強による 戦争、植民、勢力範囲の区分けを通じた利益と覇権の争奪は、各国が制度と規則によって関係 と利益を協調させる方式へと次第に変化しつつある」と主張した。
そのうえで習近平は、「グロー バルガ、バナンス体制の変革は大勢の赴くところ」であり、「国際秩序と国際体系の長期的な制度 的配置における各国の地位と役割に関係する」との認識も示したのである24〇
核心的利益をめく、、って米国への対抗姿勢を強化し、米国が主導してきた既存の国際秩序の変 革を推し進める習近平政権は、米国との関係を急速に悪化させることになった。
2017年1月に 発足した米国のトランプ政権とは、貿易をめぐって鋭く対立し、互いに追加関税を課し合う「貿 易戦争」に陥り、2020年1月の「第1段階合意」も関係の改善にはつながらなかった。
また 2019年に活発化した香港における民主化運動は、米国の政治勢力が香港で「カラー革命」の 実現を企てるものとして、中国側の警戒感を高めた。他方で、「国家安全維持法」の強要といっ た中国による香港での統制の強化は、民主主義に対する弾圧として米国の強い反発を招いた。
さらに2019年12月に武漢で発生した新型コロナウィルス感染症が世界的なパンデミックを引き 起こしたことは、米中両国間の政治制度や価値観をめぐる深刻な対立を招いたのである25〇
習近平政権は、2021年1月に発足した米国のバイデン政権に対して、核心的利益をめぐって さらに強硬な立場をとると同時に、国際秩序についても米国の立場を否定し、自らが提唱する新 たな国際秩序の構築に向けた動きを加速させている。
2021年3月に、バイデン政権が発足して から米中間で初めてとなるハイレベル戦略対話がアラスカで行われた。
中国側から参加した中央 外事工作委員会弁公室主任の楊潔廬と国務委員兼外交部長の王毅は、中国の内政に対する米 国の干渉を強く批判した。
中国側は、米国が民主主義や人権を口実に中国共産党政権に圧力を 加えているとして批判し、「中国共産党の執政党としての地位と制度は損なわれてはならず、これ は触れてはならないレッドラインである」と主張した。
また台湾問題についても「中国の主権と領 土の一体性に関係し、中国の核心的利益に関わるものであり、いかなる妥協の余地もない」とし たうえで、米国に「中国側のボトムラインの突 破を試みる」ことが無いよう要求した26。
国際 秩序に関して楊潔麓主任は、「大多数の国は、 米国の価値を国際的な価値とは認めておらず、 米国の言い分を国際世論とは認めておらず、少 数の国が制定したルールを国際ルールとは認め ていない」と述べ、米国が主導する既存の国 際秩序を全面的に否定した。
そのうえで、「中 国は平和、発展、公平、正義、民主、自由の
香港で「逃亡犯条例」改正案の撤回を求めデモ行進する人 たち(2 019年6月)(写真:共同通信社) 16 要 第 1 全人類共同価値を主張し、国連を核心とした国際体系と、国際法を基礎とした国際秩序を擁護 する」と述べたのである27。
習近平国家主席も、バイデン大統領に対して同様の主張を行った。
2022年11月に初めてとな る対面での首脳会談において習近平主席は、「台湾問題は中国の核心的利益の中の核心であり、 中米関係において越えてはならないレッドラインである」と明言し、台湾を中国から分裂させよう とする者に対して「中国人民はみな必ず対抗する」と警告した。
激しさを増す米中間の競争に ついては、「あらゆる圧力と抑制は中国人民の意思と熱情を発奮させるだけである」と主張した。
国際秩序に関しては、「国連を核心とした国際体系と、国際法を基礎とした国際秩序を擁護」し、 「人類運命共同体の構築を推進する」と述べた。
そして中国と米国との関係については、「広大 な地球は中米それぞれの発展と共同の繁栄を完全に受け入れることができる」と言及した之®。
2012年の訪米時に習近平は「広大な太平洋の両岸には、中米の2つの大国を受け入れられる 十分な空間が存在している」と発言していたが、今回の発言はグローバルなレベルで米国が中国 との対等な関係を受け入れるよう求めたものといえるだろう。
2国際秩序をめぐってロシアとの連携を強める中国 農
(1)ライ^^ルからパートナーへの転換
冷戦期における中国は、ソ連との間でイデオロギーや陸上国境をめぐって対立しており、!969 年にはウスリー川のダマンスキー島(珍宝島)で武力衝突を引き起こした。
しかし、1989年5月 のミハイル・ゴルバチョフ書記長の訪中を機に両国関係は正常化し、1991年5月には東部国境 3 について国境協定が締結された。
その後も中国はソ連の継承国家となったロシアとの関係の安 定化に努め、2001年7月に中露は善隣友好協力条約を締結するに至った。
この条約は、国家 の統一と領土の一体性を守る政策を相互に支持することや、お互いに領土を要求せず、未解決 の国境問題に関する協議を継続すること、国境地域における軍事力を削減すること、お互いに核 兵器を先制使用せず、戦略核ミサイルの照準を合わせないことなど、相互の信頼醸成を図る内 容が目立った。
他方で同時に、武力による圧力や口実を用いた主権国家の内政に干渉するいか なる行為にも反対することや、グローバルな戦略的バランスと安定を守るために共同で努力する こと、国連の権威を強化し、国際の平和と安全に関する国連安全保障理事会の主たる責任を確 保することなど、国際秩序の在り方について両国が幅広く立場を共有している点も示された之%
中露善隣友好協力条約が締結されてから10年後の2011年6月、胡錦濤国家主席がロシア を訪問した。この10年の間に、2004年には国境のすべてを確定させるなど、両国の関係は大 17 第1章既存秩序の変革を目指す中国の戦略 きく進展した。
胡錦濤主席とドミートリー •メドヴェージェフ大統領は条約締結10周年について の共同声明を発表し、領土問題の解決によって国境が協力の場となったこと、「主権、安全、発 展といった核心的利益に関わる問題において相互に支持」すること、条約に基づく中露の関係 が大国関係の成功したモデルを世界に示したことなどを指摘したうえで、両国による戦略的協力 が「公正で合理的な国際新秩序の構築に有利であり、世界の多極化と国際関係の民主化に有 利である」と主張した。
そして両国関係を、従来の「戦略的協力パートナーシップ」から、「全 面的な戦略的協力パートナーシップ」へ格上げすることを宣言したのである3〇〇
両首脳は同時に、「国際情勢と重大な国際問題に関する共同声明」も発表した。この声明は 国際情勢について「大発展、大変革、大調整のカギとなる時期に入っている」との認識を示した。
そして、2008年の国際的な金融危機が、「現有のグローバルガ、バナンス・メカニズムは効率性に 欠けており、現在の政治、経済、金融の現実を反映できていないことを明らかにした」と指摘し、 「このメカニズムは多極化の方向へ積極的に変化している」と主張した31〇
中国とロシアは、グロー バルな経済秩序に関して、米国など西側諸国が主導してきた既存のシステムが機能不全に陥って いると批判し、その「多極化」に向けた変革を共に支持する立場を明らかにしたのである。
2013年3月、習近平は国家主席に就任して初めてとなる外国訪問先としてロシアを訪れた。 その際、習近平主席はモスクワ国際関係大学で、国際情勢や中露関係などに関する中国の立場 について包括的な講演を行った。
この講演で習近平は現下の国際情勢について、冷戦期の集団 対抗はすでに存在しておらず、「いかなる国家や国家集団も世界の事務を単独で主宰することは もはやできない」と指摘するとともに、「多くの新興市場国と発展途上国」が急速に発展し、世 界に多くの発展センターが生まれつつあることにより、「国際的なパワーバランスは平和と発展に 有利な方向へ発展している」との見方を示した。また習近平は、各国の相互依存関係が高まる ことにより、世界各国は「ますます運命共同体になっている」と主張しつつも、世界では「覇権 主義、強権政治、新干渉主義が高まっている」ことなどから、平和と発展の実現には課題が多 いとも指摘した。
そのうえで習近平は、こうした国際情勢の変化に適応するために、各国は「協 力とウインウィンを核心とした新型国際関係の構築を共同で推進すべきである」と主張した。
す なわち習近平は、後に「中国の特色ある大国外交」の柱となる「人類運命共同体」と「新型国 際関係」を、ロシアにおいて初めて提起したのである。
また両国関係について習近平は、強力 な中露関係が「国際的な戦略バランスと、世界の平和と安定を守るうえで重要な保障となってい る」と指摘し、中露の共同発展が「国際秩序と国際体系の公正で合理的な方向への発展にプラ スのエネルギーをもたらす」と主張した。
そして習近平は、「繁栄し強大なロシアは中国の利益 に符合し、アジア大平洋と世界の平和と安定にとって有利である」と語ったのである32。 この講演に先立ってウラジーミル・プーチン大統領と会談した習近平国家主席は、「中露は互 いに最も主要で、最も重要な戦略的協力パートナーである」と指摘し、両国が「国際と地域の事 18 要 約 務において密接に協力し連携する」ことや、「国連憲章の主旨と原則および国際関係の準則を断 固として守る」ことの必要性を強調した33。
会談後に発表された共同声明は、「中露関係は未曽 有の高水準に達しており、大国間の和諧共存にとってのモデルを打ち立てた」と主張し、米国な ど他の大国に対して「長期に安定し、健全に発展する新型大国関係を構築すること」を呼びか けた
(2)既存秩序の変革に向けた協力の深化
その後中国とロシアは、習近平国家主席とプーチン大統領の下で戦略的な協力関係を深化さ せていった。
両首脳は継続的に相互訪問を行っており、政治、経済、安全保障など幅広い分野 での協力を推進するだけでなく、国際秩序についても共同声明を度々発表し、その望ましい姿に ついて共通の立場を表明してきた。
2016年6月に発表した「グローバルな戦略的安定の強化に 関する共同声明」では、グローバルな安定にとっての最大の脅威は、「個別の国家と政治•軍事 同盟が軍事と軍事技術の分野で決定的な優勢を求め、国際事務において何の障害もなく武力の 使用または威嚇を通じて自らの利益を実現していること」にあると主張し、名指しを避けつつ米 国とその同盟諸国を厳しく批判した35。
同時に発表した「国際法の促進に関する声明」では、政 権の転覆を狙った他国への内政干渉や、国連安全保障理事会による決定を経ない制裁措置など を国際法に違反しているとして批判した。
そして、国際法は「協力とウインウィンを核心とした公 正で合理的な国際関係」や、「人類運命共同体の構築」、「平等で不可分の安全保障と経済協力 の共同空間の樹立」における基礎であり、両国は「国際法を基礎とした公正で合理的な国際秩 序の構築」のために協力すると主張した36。
2017年7月に発表した「当面の世界情勢と重大な 国際問題に関する共同声明」では、「平和、安全、開放、秩序あるネットワーク空間の共同構築」 を主張し、情報通信技術を用いた他国の内政への干渉や、敵対的行動、侵略行為に反対する 立場を強調した。
また、BRICSや上海協力機構(SCO)などの多国間協力枠組みを「国際関係 の民主化の推進に重要な貢献をしている」と評価した37。
2019年6月に発表した「現代のグロー バルな戦略的安定に関する共同声明」では、NATOが実施している「核共有政策」を念頭に、 「関係諸国は核共有政策を放棄し、核兵器国が国外に配備したすべての核兵器を本国に戻すべ きだ」と主張するとともに、「核兵器国は冷戦思考とゼロサム競争を放棄し、グローバルなミサイ ル防衛システムの無制限な発展を停止すべき」と要求したのである38。
このように中国はロシアとの間で、米国とその同盟国が主導権を握る既存の国際秩序を変革し、 自らの政治体制を揺るがしかねない米国などによる「内政干渉」や制裁措置への反対を強調した 国際法や国連憲章に基づく国際秩序の構築を重視する立場を共有してきた。
また、「新型国際関 係」や「人類運命共同体」といった中国が構築を目指す新たな国際秩序の中心的な概念につい ても、ロシアの支持を獲得してきた。
中国にとってロシアは、望ましい国際秩序を構築するうえ 序 3SE. 終 3SE. 第 1 第 2 第 3 19 第[章 既存秩序の変革を目指す中国の戦略 で欠かすことのできないパートナーといえるだろう。
国際秩序をめぐる中露の連携は、2022年2月のプーチン大統領による訪中でさらに強まった。
習近平国家主席とプーチン大統領の会談後に発表された共同声明は、双方が「それぞれの核心 的利益と国家主権、領土の一体性を相互に固く支持し、外部勢力による両国の内政への干渉に 反対する」立場を再確認した。
そのうえで、ロシアは「人類運命共同体の構築に関する中国の 理念を積極的に評価」し、中国は「公正で多極化した国際関係システムの構築を推進するロシア の努力を積極的に評価」した。
そして、両国が「NATOの継続的な拡大に反対し、NATOが 冷戦期のイデオロギーを放棄するよう呼びかける」ことや、「米国が推進する『インド太平洋戦略』 が地域の平和と安定にもたらす否定的な影響を強く警戒する」ことなどが表明された。
さらに両 国は「相互尊重、平和共存、協力とウインウィンの新型大国関係の建設を唱道し推進する」と表 明したうえで、「両国の友好に限度はなく、協力にタブーはない」と主張した’七
米国が主導する既存の国際秩序の変革を目指して、ロシアとの戦略的協力を推進する中国の 姿勢には、ロシアがウクライナを侵略した後も変化はなかった。
中国は一貫してロシアへの批判 を避け、ロシアへの制裁に反対してロシアとの経済関係を強化し、西側諸国によるウクライナへ の軍事支援を「火に油を注ぐ行為」として厳しく批判したのである。
2023年3月にロシアを訪問 してプーチン大統領と会談した習近平国家主席は、両国が「それぞれの核心的利益に関わる問 題で相互に支持し、外部勢力による内政干渉に共同で対抗すべき」であると述べるとともに、「グ ローバルガ、バナンスの国際社会の期待に符合する方向への前進を導いて推進」し、「多極化の趨 勢の発展を推進し、グローバルガ、バナンス体系の変革と完備を推進すべきである」と主張した如。
会談後に発表された共同声明では、「ウクライナ危機の解決には各国の合理的な安全保障上の関 心を尊重し、陣営対抗の形成を防止し、火に油を注いではならない」と表明した。
さらに両国は NATOに対して「アジア太平洋諸国との軍事・安全保障上の連携を継続的に強化し、地域の平 和と安定を破壊していることに重大な関心を表明」し、「米国は冷戦思考を持ち続け、『インド太 平洋戦略』を推進し、この地域の平和と安定に否定的な影響をもたらしている」と非難したので ある幻。
ウクライナを侵略したロシアに対する西 側諸国の対抗措置を受けて、中国は国際秩序 の変革を目指したロシアとの連携を更に強化す る必要性を認識するに至ったものと思われる。
他方でこれまでのところ中国は、殺傷兵器の 供与などロシアに対する明確な軍事支援の実施 は控えているようである。
その理由の1つは、 ロシアに対して武器を供与した場合、米国をは 「共同声明」を取り交わす習近平国家主席とプーチン大統領 (2023年3月)(写真:新華社/共同通信イメージズ) じめとした西側諸国からの厳しい制裁が想定さ 20 要 約 れ、停滞している中国経済に対する更なる打撃が避けられないからであろう。
また、中国は西側 諸国によるウクライナへの軍事支援を批判するとともに、中露関係は軍事同盟ではないとも主張 しており、ロシアに対する軍事支援の実施はこうした従来の立場と整合しない。
さらに、グロー バル・サウスを含む!40を超える諸国がロシアによるウクライナ侵攻を批判している事実も、中 国に明確なロシア支援を躊躇させているだろう。
中国は2023年2月に「ウクライナ危機の政治 的解決に関する中国の立場」と題するポジションペーパーを発表した42。
その内容は、ロシアの 立場に沿ってウクライナに実質的な譲歩を求めるものである。
このポジションペーパーには、ウク ライナ戦争をロシアに有利な形で早期に終結させることで、これ以上のロシアの国力低下を防止 し、国際秩序の変革に向けたロシアとの戦略的協力の継続を図る中国の意図が表れているとい えよう。
3米国への軍事的対抗姿勢を強める中国
⑴ 軍事における対米対抗とロシアとの連携強化
米国が主導する既存の国際秩序の変革を目指して、中国は発展途上国との関係強化や、ロシ アとの戦略的連携の推進といった外交政策を展開してきた。
同時に中国は、米軍による強力な プレゼンスによって維持されてきた東アジアの安全保障秩序を変革することを目指して、自らの 軍事力を急速に強化してきた。
冷戦の終結と時を同じくして軍事力の近代化に着手した中国軍は、 空母を含む先進的な艦船を次々に就役させ、西側の装備と同等の能力を有する第4・5世代戦 闘機を大量に配備し、グアムを含む東アジアの米軍基地を攻撃できる弾道ミサイル戦力を構築し 3 てきた。
また2015年末から、中国は統合作戦能力の強化を目指した中国軍の大規模な改革も 推進している43。
このような近代化を強力に推進してきたことにより、中国軍は米軍によるアジア 太平洋地域への接近を制限し、中国の周辺地域における米軍のプレゼンスを妨げる接近阻止・ 領域拒否(A2/AD)能力を大幅に強化したく%
能力を向上させた中国軍は、中国の周辺地域で国際法に則って活動している米軍の行動を妨 害する行為を繰り返している。
先述したように2009年3月には、中国海軍の情報収集艦を含む 複数の中国船が、米海軍の音響観測艦インペッカブルの航行を妨害し、2013年12月には、中 国海軍の揚陸艦が米海軍の巡洋艦カウペンスの前方を横切る危険な航行を行った。
その後も 2018年9月に南シナ海で、中国海軍の駆逐艦が米海軍の駆逐艦ディケーターの前方を横切り 41mの距離まで接近する妨害航行を行った。
2023年6月には台湾海峡で、米海軍の駆逐艦チャ ンフーンの前方を中国海軍の駆逐艦が2度にわたって横切り、約!40mにまで接近する危険な 第 1 21 第1章既存秩序の変革を目指す中国の戦略 米国駆逐艦チャンフーンの前方を横切る中国駆逐艦(2023 年 6月)(写具:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 1 st Class Andre T. Richard) 航行を行っている45。
中国軍は空中においても 米軍への挑発的行動を繰り返している。
2014 年8月には南シナ海上空で、米海軍のP-8哨 戒機に対して、中国軍のJ-11戦闘機が6mに まで接近する危険な飛行を行った。
2020年2 月には太平洋上空を飛行していた米海軍のP-8 哨戒機に対して、中国海軍の駆逐艦が軍事用 レーザーを照射し、その飛行を妨害した46。
2023年5月には南シナ海上空で、米空軍の RC-135偵察機に対して、中国軍のJ-16戦闘 機が前方を横切る飛行を行い、RC-135が乱気流の中の飛行を迫られる危険な行動に出たくア。
さらに中国軍は、2019年7月と2020年8月に、中国本土から対艦弾道ミサイルを南シナ海に向けて発射した。
いずれの行動も、中国の周辺地域における米軍の行動の牽制や妨害を試みた ものであり、中国軍による危険を顧みない米軍に対する挑発的行動は、意図しない事故や衝突 を引き起こすリスクを高めている。
中国軍は米軍への対抗姿勢を強める一方で、ロシア軍との協力関係の深化を図っている。 中 国軍はロシア軍との共同演習を、2003年8月にSCOの下での多国間対テロ演習として初めて行っ た。
その後、SCOによる対テロ共同演習は「平和使命(Peace Mission)Jとして定例化され、 中露の2国間で行われたり、他国も参加する多国間で行われたりするようになった。「平和使命」 共同演習は2005年から2021年の間に10回実施されている。
中国海軍とロシア海軍は、海上における共同防衛と海上交通路の共同護衛をテーマとして、 初めてとなる共同演習「海上連合(Joint Sea)」を2012年4月に黄海で実施した48。
その後、 「海上連合」共同演習はほぼ毎年行われてきたが、実施される海域は日本海や東シナ海、南シ ナ海といった中国周辺にとどまらず、地中海やバルト海などロシアの欧州正面の海域でも行われ た。
中国海軍にとっては、中国本土から離れた遠海における訓練の機会を得ると同時に、 NATO諸国の海軍と対峙するロシア海軍との連帯を示す意図もあるものと思われる。
中国軍とロシア軍は「平和使命」と「海上連合」共同演習の実施を通じて協力関係を次第に 深めてきたが、2018年には連携を一段と強化した。
同年9月にロシア軍が実施した戦略演習「ヴォ ストーク2018Jに、中国軍が初めて参加したのである。
ロシア軍は大規模かつ烈度の高い戦争 を想定した戦略的演習を毎年実施しており、従来は集団安全保障条約機構に加盟しているロシア の同盟国が参加してきたが、ロシアとは同盟関係にない中国軍がこれに参加した。
かつてロシア 軍の戦略演習が、中国を仮想敵の1つとしてきたことから考えれば、これに中国軍が参加したこと は両国軍の関係の大きな転換を意味していよう。
その後、中国軍はロシア軍の戦略演習「ツェン 22 要 約 図1-1中露『海上連合』共同演習の実施状況 序 3SE. 第 1 トル2019」、「カフカス2020Jに参加したが、2021年には中国軍が実施した戦略演習である 「西部・連合2021」にロシア軍が参加した。
ロシア軍がウクライナへ侵略を開始した後の2022 年9月に実施された「ヴォストーク2022Jにも中国軍は参加し、ロシア軍との強固な協力関係が 示された。
さらに中国軍とロシア軍は、日本周辺で空と海における「共同パトロール」を開始した。 2019 年7月に、中国軍のH-6爆撃機とロシア軍のTu-95爆撃機が日本海から対馬海峡を経て東シナ 海へ展開する共同飛行を行った。
中国国防部はこの共同飛行について、「共同空中戦略パトロー ル」を実施したと発表したく七その後も中国空軍とロシア空軍は「共同空中戦略パトロール」を 繰り返しており、飛行範囲を拡大させたり、戦闘機を護衛に付けたり、爆撃機をお互いの基地から 発進させたりするなど作戦上の連携を次第に強化している。
他方で中国海軍とロシア海軍も「共 同パトロール」を行っている。2021年10月に、中国海軍の艦船5隻と、ロシア海軍の艦船5隻が、 第 2 第 3 日本海で実施された「海上連合2021」に参加 したのちに、津軽海峡を通過して太平洋へ進出 し、本州の東方沖を南下し、大隅海峡を通過し て東シナ海に至る共同航行を行った。
この共同 航行について『解放軍報』は、中露海軍が初め ての「海上共同パトロール」を実施したと報じ たのである閃。
その後も中露海軍は「海上共同 パトロール」や連携した航行を日本周辺で繰り 返している。2022年7月には、中国海軍とロシ 「海上共同パトロール」を行う中国海軍艦艇(右側)とロシア 海軍艦艇(左側)(2021年10月)(写真:統合幕僚監部) 終 3SE. 23 第1章既存秩序の変革を目指す中国の戦略 ア海軍の艦船が相次いで尖閣諸島の接続水域に入域、または接続水域内を航行した51。
「共同 パトロール」を行う中露両国の狙いは、既存のルールに基づく国際秩序の維持を目指した日本と 米国の協力強化を牽制することにあるだろう。
2022年5月24日に中露が「共同空中戦略パトロー ル」を行った際には、東京で日本、米国、インド、オーストラリアによるQUADの首脳会議が開催 されていた。
2023年3月に中露両国が首脳会議後に発表した共同声明は、「双方は定期的に海 上および空中における共同パトロールと共同演習・訓練を行う」と明記している。
実駅2023年 6月に中露の空軍機が「共同空中戦略パトロール」を、同年8月には両国海軍の艦船が「海上共 同パトロール」を実施しており、今後も両国軍による日本周辺での共同行動は強化されることにな るだろう。
(2)対米抑止カの強化を目指した核戦力の増強
中国軍は対米A2/AD能力の強化を目指して通常戦力の近代化を急速に進展させてきたが、 核戦力についても着実に強化を図っている。1980年代における中国の対米核抑止力は、液体燃 料式の大陸間弾道ミサイル(ICBM)であるDF-5Aにほぼ限定されていた。
しかし2000年代 半ばには、初めての固体燃料式のICBMであるDF-31を開発•配備し、近年ではより射程が 長く、複数個別誘導弾頭を搭載可能なDF-41の配備を始めた。
保有するICBMの増大に合わ せて、ICBMを地下に配備するサイロの増設も進めており、中国が運用するサイロの数は、以前 の20基程度から、300基程度にまで増加すると見られているラZ。
また中国軍は、2000年代後 半から新型の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)である094型の配備を始めており、 2023年時点では6隻の094型SSBNを運用している。最近、094型SSBNに搭載されていた 潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)であるJL-2が、より射程の長い新型のJL-3に換装されたと みられ、中国は南シナ海やi勃海などの近海からSLBMで米国本土を攻撃する能力を獲得しつつ あるとされる53。
さらに中国軍は、空中給油機能を備えた新型の爆撃機であるH-6Nを新たに 配備し、H-6Nに搭載できる空中発射弾道ミサイル(ALBM)の開発も進めている。
中国は米 国やロシアと並ぶ「核の三本柱」の能力の獲得を目指しているといえよう。
中国軍は核の運搬手段を増強するだけでなく、搭載する核弾頭の保有数も増加させている。 ストックホルム国際平和研究所の推計によれば、2023年I月の時点で中国は、前年比で60発 増となる410発の核弾頭を保有しているうん
また、米国防総省は2022年に公表した報告書の 中で、中国が保有する核弾頭の数が、同年の400発程度から、2030年には1,000発程度、 2035年には1,500発程度に増加すると予測している55〇
米国とロシアは新戦略兵器削減条約(新 START)により配備可能な核弾頭数の上限が1,550発に制限されており、この条約が維持され る中で、中国が1,500発の核弾頭を保有することになれば、中国は米露に並ぶ核大国としての 地位を確立することになるだろう。
24 要 約
中国はこれまで核兵器に関する政策を包括的に説明したことはないが、2019年に公表された 国防白書では、①いかなる時、いかなる状況下でも核兵器を先制使用しないこと、②非核国• 地域に対しては無条件で核兵器を使用しないこと、③いかなる国家とも核の軍備競争を行わな いこと、④自らの核戦力を国家安全に必要な最低水準に維持すること、⑤他国の中国に対する 核兵器の使用もしくは使用の威嚇を抑止することを目的とした自衛防御の核戦略を維持すること などを指摘している56。
また、中国社会科学院米国研究所戦略研究室主任の契吉社は、中国 が核開発を行う唯一の目的が中国に対する他国による核攻撃を抑止することであるため、中国は 他国による核攻撃を抑止するに足る最低限の核抑止力を保持する政策をとっており、中国は米露 に対して「非対称な核抑止力」を保持するにとどまっていると指摘しているラア。
しかし最近の中 国による核戦力の急速な増強は、米露と対称的な核戦力の構築を目指すものであり、従来の政 策からは大きく逸脱するものだと言わざるを得ない。
習近平政権は米国が主導する既存の国際秩序を変革するとともに、核心的利益の擁護を目指 しているが、大幅な核戦力の拡大はその実現に向けて大きな助けとなるだろう。
これまで核抑止 をめぐる国際秩序は二大核兵器国である米国とロシアによって形成されてきた。中国が3つ目の 核大国となれば、新たな核秩序の形成に主たるプレーヤーとして参画することが可能となる。
また、 中国が米国と相互確証破壊の状況を作り出すことができれば、いわゆる「安定•不安定のパラド クス」が生起することになり、米国との核戦争へのエスカレーションの可能性が低いと見た中国 が、自らの核心的利益が集中する戦域となる台湾海峡や東シナ海、南シナ海などで、通常戦力 を行使する意欲を高めることになりかねない。
核威嚇が米国に紛争への直接介入を躊躇させる 効果はロシアによるウクライナ侵略でも注目されており、清華大学ロシア研究院副院長の呉大輝 は、ロシアによる核威嚇が米国とNATO諸国によるウクライナ戦争への参戦を抑止した効果は 明らかだと指摘している58。
3 中国による急速な核戦力の強化を、ロシアは容認しているようである。中露善隣友好協力条 約では、両国力ヾお互いに核兵器を先制使用せず、戦略核ミサイルの照準を合わせないこととされ ており、条約上はロシアにとって中国の核兵器は脅威ではない。
また、先述したとおり、ロシア は中国との間で軍事的な連携を強化しており、中国との戦略的な協力関係が構築されている。
さ らにロシアは、中国が建設を進めている高速増殖炉に、燃料として使用する高濃縮ウランを提供 しているとみられる5%
高速増殖炉は核弾頭の製造に必要なプルトニウムを生み出すことから考 えれば、ロシアは中国による核弾頭の増強を間接的に支援していることになる。
またロシアは、 中国によるミサイル早期警戒システムの構築にも支援を申し出ており6°、中国の核戦力が「警報 即発射(LOW: Launch on Warning) J態勢を構築することにも協力姿勢を示しているのである。
第 1 25
第1章既存秩序の変革を目指す中国の戦略 おわりに
冷戦終結直後の中国は、米国を共産党による支配体制を揺るがしかねない脅威と見ており、 米国との対立を極力避け、協力を推進することで対米関係の安定化を図った。
米国が主導する 冷戦後の国際秩序についても基本的に受け入れ、「平和発展」を通じた「和諧世界」の構築と いう協調を主軸とした国際秩序戦略を推進した。
ところが2000年代終わりごろから、米国を中 心とした西側諸国のパワーが低下し、中国を中心とした発展途上国のパワーが増大しているとの 情勢認識に至った共産党政権は、「核心的利益」に関わる問題では米国との対立を辞さず、米 国が主導する既存の国際秩序についても力を背景に「核心的利益」を確保することを可能とする とともに、中国共産党による権威主義的な政治体制が脅威にさらされない方向への変革を目指 すようになった0
「中華民族の偉大な復興」と「核心的利益」の擁護を重視する習近平政権は、米国に台湾問 題など中国の「核心的利益」を尊重し、中国を対等に扱う「新型大国関係」を受け入れるよう 要求した。
同時に、自由や民主主義といった普遍的価値とルールに基づいた既存の国際秩序を 明確に拒否し、中国を中心とした発展途上国がより大きな発言力を持つ「新型国際関係」と「人 類運命共同体」を新たな国際秩序のモデルとして推進する政策を展開するようになった。 その中 国にとって、ロシアは望ましい国際秩序を共有する重要なパートナーである。
国際秩序をめぐる 米国や西側諸国との競争において、中国とロシアは相互の支持と協力を強化している。
米国に対抗し、自らの「核心的利益」を擁護するとともに、米軍が主導してきた東アジアの 安全保障秩序の変革を目指して、中国はA2/AD能力を中心とした軍事力の強化を進めている。
中国は周辺地域において、米軍の行動を物理的に妨害するとともに、ロシア軍との共同訓練や 連携した行動を強化することで、米国や日本に対する圧力を強化し、米軍のプレゼンスの弱体 化を図っている。
中国は核戦力も急速に強化することにより、米国に対する強力な核抑止力の確 保を目指している。
強化された中国の核戦力は、将来の核をめぐる安全保障秩序における中国 の発言力を高めるとともに、中国の「核心的利益」に関わる紛争に対して、米国が軍事的に関 与するハードルを高めることになるだろう。
今後中国は、核を含む軍事力を強化しつつ、望まし い国際秩序を共有するロシアとの戦略的協力を深化させることで、既存の国際秩序の改変を進 めていくことになると思われる。
26 中国安全保障レポート2024 中国、ロシア; 米国が織りなす 新たな戦略環境
第2章 ロシア・ウクライナ戦争と プーチン体制の生存戦略 長谷川雄之
第2章 ロシア•ウクライナ戦争とプーチン体制の生存戦略
はじめに
2018年5月に発足した第2次ウラジーミル•プーチン政権第2期(現政権)は、「新5月令」 と呼ばれる政権の最重要課題を示した大統領令F2024年までのロシア連邦発展の国家目標及び 戦略的課題について」の発令とともに発足した七
「停滞状態にある科学技術と社会経済の発展」 という文言に始まる「新5月令」は、社会・経済政策における具体的な政策課題と数値目標を設 定したうえで、ロシアの官僚機構に対して、政策の着実な履行を求めた。
これはドミートリ・メド ヴェージェフ政権期(2008〜2012年)以来の「近代化」政策の停滞を意味するとともに、ロシ ア社会における積年の政策課題を克服することが急務であるという現政権の基本的な認識を示 すものである。
この「新5月令」の発令からおよそ4年後の2022年2月24日、プーチン政権は、ロシアの 停滞を認識しつつも、ウクライナへの全面的な軍事侵攻に踏み切り之、米欧諸国による厳しい経 済制裁と広く国際的な信用の失墜を招いた。
プーチン政権の政策判断に何らかの「ロジック」が あると仮定すれば、彼らの行動原理を規定する「生存戦略」は一体どのようなものであろうか。
かかる問題関心に基づき、本章は、プーチン体制の国内的な生存戦略と対外的な生存戦略の 実践に焦点を当てる。
本章の構成は、以下のとおりである。
第1節において、まずはプーチン政 権の国内的な生存戦略を明らかにするため、歴史的アプローチに基づく現代ロシア政治史•比 較政治学の観点から、現政権下の政治体制の特徴を抽出する。
そのうえで第2節では、ウクラ イナ戦争下における政治体制の変容と対外的な生存戦略の実践について、戦時下の情勢を交え つつ、「ロシア連邦対外政策概念」をはじめとする規範的文書に依拠して議論を展開する。
こう した作業を通じて、本章はレポートの共通項である新たな戦略環境の様態を探るべく、ロシアを 単一事例として、比較の視座を提供する。
1プーチン体制の生存戦略
(1)2020年憲法改革と「インナー・サークル」の生存戦略
プーチン現政権は、2018年5月の発足当初から、年金受給開始年齢の引き上げを伴う年金改 革問題による抗議活動の活発化や支持率の低下により、難しい政権運営を迫られた。
プーチン 大統領の支持率は、2014年3月の「クリミア併合」によるナショナリズムの高揚を受けて、おお むね80%台の高い水準で推移したが、年金改革をめぐる議論が国家会議(下院)で本格化す ると、2018年7月には67%まで低下し、その後も概ね60%台で推移することとなった3。
当時 28 のロシア連邦憲法の規定では、「同一人物が2期を超えて続けて大統領の職に就くことはできな い4」と定められていたため、2012年から再び国家元首の座に復帰したプーチン大統領は、y2歳 となる2024年には任期満了を迎えることとなり、「ポスト・プーチン問題」も取り沙汰された。
2020年1月15日の大統領年次教書演説に始まる本格的な改憲プロセス5においては、現職・ 元職大統領の「任期のリセット条項」が設けられ、プーチン大統領は、最大2036年(84歳) まで大統領職に留まることが制度上可能となった6。
図2-1に示したように2020年憲法改革は、 大統領個人への権力集中や大統領任期に関わる制度変更に加えて、任期中のみならず退任後も (元)大統領に不逮捕特権を付与するなどん身分保障制度が強化された。
また、大統領は退 任後に連邦会議(上院)の終身セナートルHに就任する資格を獲得し、7人以下の終身セナート ルを任命することが可能となった七任期中の議員には不逮捕特権が付与されているため須、7A 以下の終身セナートルは、(元)大統領と同様に、憲法に定められた身分保障制度によって守ら 図2-12020年憲法改革とプーチン体制の生存戦略 政治体制の維持と身分保障制度 •大統領職経験者の任期を「リセット」する 条項 •退任後の大統領に木逮捕特権と終身セナー トルの地位を付与 •大統領による終身セナートル(7名以下)の 任命権 大統領権力の強化 •政府議長(首相)の解任権と連邦政府(内閣) に対する全般的指揮権を大統領に付与 •連邦会議(上院)と協議のうえ、外務・国防・ インテリジェンス機関の長を任命 •最高意思決定機関の安保会議は大統領に協力 する審議機関へ •「単一公権力システム」の導入と国家評議 会の機能強化による一層の中央集権化 •「男性と女性のつながりとしての婚姻制度の 就」 •「ア年の歴史によって統合され、理想及び制 スの信仰、並びにロシア国家の発展の継続性 をわれわれに伝えてきた祖先の記憶を持つ口 シア連邦は、歴史的に形成された国家の統一 を認める」 •「ロシア連邦は、祖国防衛者の功績を敬い、庭 虫南竟実を守ることを保障する。国民の祖国 防衛に伴う偉業の意義を過小評価することは認 められない」 •「ロシア連邦は、自らの主権及び領土的統一 性を擁護する。『ロシア連邦と隣国との境界 画定、並びに画定作業及びその再画定作業を 除く』ロシア連邦領土の一部の譲渡に向けた 活動、並びにそのような活動を呼びかけるこ とは認められない」 (出所)長谷川雄之「第2次プーチン政権下の憲法改革ー制度変更にみる大統領権力」『安全保障戦略研究』第2巻第1号、2021年11月、 1-19頁を基に執筆者作成。なお傍点は執筆者によるもの。 (写真)ロシア大統領公式サイト(http://kremlin.ru/events/president/news/69470/photos/69106 ; http://kremlin.ru/events/president/ news/6 9470 /photos/6 9108) 29 第2章 ロシア•ウクライナ戦争とプーチン体制の生存戦略 れる。
これらは、プーチン体制における「インナー •サークル」の生存戦略の制度化としてとらえられる0
プーチン体制の歴史観や伝統的な家族観の擁護に関わる条項については、2021年7月に公表 された「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」に関するプーチン論文やLGBTなど性的少数 者に言及した2022年9月30日の戦時下のプーチン演説において、その詳細な内容が示される こととなるが、基本的にプーチン体制の岩盤支持層をより強固なものにする政策意図は明らかである。
総じて、2020年憲法改革は、プーチン体制の生存戦略のツールとして活用されたのでありん あらためてソ連解体後の現代ロシアにおける立憲主義の不在ないし弱体化が示されることと なった0
さらに、第2次プーチン政権における大統領府内部部局の組織改編からは12、政権の対ウク ライナ認識やポスト•ソビエト空間における国家観もうかがえる。
例えば、2012年6月に新設さ れた対独立国家共同体(cis)参加諸国•「アブハジア共和国」•「南オセチア共和国」社会経済 協力局は、2018年10月、国境協力局に改称され”、表2-1に示したように所掌事項が大幅に変 更された。
ジョージアの一部で、未承認国家である「アフ、’ハジア共和国」、「南オセチア共和国」 とウクライナを法令のうえで同列に位置付けていた点は、特に注目に値する。
表2 -1大統領府国境協力局の所掌事項
大統領令第893号 (2012年6月25日付) cis参加諸国、「アブハジア共和国」及び「南オセチア共和国」との社会・経 済問題に関する大統領による活動の保障 大統領令第559号 (2018年10月2日付) 「アブハジア共和国」、「南オセチア共和国」、ウクライナ及び大統領指令に基づ くその他隣国との国境協力問題に関する大統領による活動の保障 大統領令第459号 (2021年8月9日付) 欧州正面における国境協力問題に関する大統領による活動の保障 (出所)当該大統領令より執筆者作成。 2022年2月21日開催の安保会議拡大会合(写真:ロシア 大統領公式サイト http://kremlin.ru/events/president/news/ 67825/ photos/67644) また、同局の幹部人事に目を向ければ、2019 年4月、国境協力局次長から局長に昇任した アレクセイ・フィラートフは、「ドネツク人民共和 国」および「ルガンスク人民共和国」との人道的・ 政治的協力、いわば「影響工作」をめく、、る総合 調整を担っていたといわれる14〇 202I年8月に は、国境協力局の所掌事項が「欧州正面にお ける国境協力問題」とされ、対象国がより限定 されることとなったK国境協力局はウラジス 30 要 約
ラーフ•スルコフ大統領補佐官やドミートリ•カザーク大統領府次官ら大統領府最高幹部の指揮 の下16、ドンバスへの軍事介入を中心とした対ウクライナ政策において中核的な役割を担ってい たものと考えられる。
こうした一連の制度変更を通じて、大統領個人と少人数の「インナー •サークル」の間で、対 外認識や歴史観•価値観がある程度共有され、体制の生存戦略の中核的要素と化したものと考 えられる。
(2)プーチン体制と個人支配化をめぐる議論
かかるプーチン体制の特徴について、権威主義体制に関する研究領域では、個人支配化をめ ぐる理論的枠組みを用いて説明される。
政治学者のエリカ•フランツによると、個人支配化の兆 候として、インナー ・サークルの縮小や忠誠者の要職への登用、新たな治安部門の創設、有力 ポストへの身内の登用、重要決定手段におけるレファレンダムの活用などが挙げられており17、第2 次プーチン政権下の現代ロシアにおける政治変動は、これらに符合する部分が多々あるといわれ る18。
例えば、忠誠者の要職への登用として、2016年の治安機関改革による国家親衛軍連邦庁の新 設と元大統領警護局長のヴィクトル•ソ、、一口トフの長官への登用い、2020年の安全保障会議(以 下「安保会議」)改革による安保会議副議長職の新設と長年の忠誠者であるメドヴェージェフの 登用2〇が挙げられる。
また、有力ポストへの身内の登用については、ミハイル・フラトコーフ対 外諜報庁長官の次男パーヴェルが大統領総務局第1次長に、またニコライ・パートルシエフ安保 会議書記の長男ドミートリが農相、次男アンドレイがエネルギー部門の最高幹部にそれぞれ充て られるなど、「シ口ヴィキ2世」の要職登用が挙げられる幻。
第2次プーチン政権下、特に「クリミア併合」後のロシア政治は、領土拡張によるナショナリ ズムの高揚を背景として、G8からの追放措置と経済制裁による米欧諸国との対立関係が固定化 し、ウクライナ東部やシリアへの軍事介入を通じた対外強硬路線が着実に進展した。
プーチン体 制の個人支配化は、制度化された反体制勢力のみならず、社会団体やマスメディア一般の締め 付け強化を招き、市民的自由の制約は一層強化される傾向にあった。
米欧諸国との連接性は着 実に低減し、対露経済制裁への耐性を高めるべく、中国やインド、トルコといった新興国・途上 国との首脳外交を通じた関係強化と上海協力機構(SCO)-BRICSといった国際的枠組みへの急接近が観察された。
これに「ポスト・プーチン問題」の要素が加わり、体制擁護の観点から、プーチン大統領個 人の最高指導者としての時間的制約も考慮すべき課題となった。
近現代ロシア史を専門とする池 田嘉郎が指摘する「ロシアの破局的な時間概念」、すなわち「いまを逃せば全てが失われるとい う破局的な時間の感覚22」は、近年のプーチン体制の置かれた状況を鋭く描写している。第 2 31 第2章 ロシア•ウクライナ戦争とプーチン体制の生存戦略
プーチン体制の生存戦略は、大統領個人とインナー •サークルの「時間の延長」と体制の価 値観・歴史観の共有を目指した2020年憲法改革、体制の基本的性質を維持するための「シロ ヴィキ2世」の重用、そして米欧諸国との対立関係を所与とした対外政策、特にプーチン大統 領のネットワークを駆使した権威主義的性質の強い国家との関係構築に特徴づけられよう。
2022年2月24日に始まる第2次ロシア・ウクライナ戦争について、プーチン体制の個人支配 化やインナー •サークルの縮小という制度的特徴に注目して、政策過程に関する一定の見解を示 すことはできるものの、とくに「開戦時期の選択」を含む意思決定の細部は、後の実証研究を 待つ段階にある。
一方、本節で検討したプーチン体制の生存戦略に照らせば、ウクライナ戦争は、 体制の価値観•歴史観の擁護•確立を目的とした対外政策•軍事政策の実現とその際限なき拡 大と捉えられよう。
そこには「時間の延長」を施してまでも、「大国ロシア」の各戦略正面におけ る重要課題の解決をプーチン体制の「特別な責任」として達成し、体制の遺産を確立する狙いが あったものと考えられる。
2ウクライナ戦争下におけるプーチン体制の変容と 生存戦略としての対外政策
(1)体制変容のダイナミズム
ウクライナ戦争は、プーチン体制にさらなる変化をもたらした23。
戦時下のロシア政治の特徴 として、刑法典や行政法違反法典の改正による厳格な言論統制と情報統制を通じた市民的自由 の制約(ないし剥奪)24に加えて、一層の個人支配化、さらに民間軍事会社をはじめとする非公 式ないし自立性の高いアクターの伸張による政策過程の混乱が観察される。
また、対外政策につ いては、SWIFTからの除外に象徴される大規模な対露制裁を背景に、中国やインド、トルコな どとのさらなる関係強化(ないし依存)を通じた生存戦略の実践が見られる。
以下、本レポートの趣旨に照らして、ウクライナ戦争下における政治体制の変容と対外的な生 存戦略の実践について、2023年3月に改訂された「ロシア連邦対外政策概念」をはじめとする 規範的文書に依拠して分析する。
戦時下におけるプーチン体制の構造的特徴は、図2-2に整理したが、忠誠者の重用による一層 の個人支配化に加え、非公式アクターや地方首長など自立性の高いアクターの影響力伸張が観察 される。
忠誠者を重用する事例として、例えば、メドヴェージェフ安保会議副議長の重要政策領域にお ける登用が挙げられる。ウクライナ戦争と対露経済制裁によって、軍需産業の停滞と兵器の枯渇 が報じられる中、2022年12月26日、メドヴェージェフは大統領附属軍需産業委員会第1副議 32 要 約 図2-2ウクライナ戦争下におけるプーチン体制の構造的特徴 マントウーロフ副首相兼産業通商相 大統領附属軍需産業委員会 メドヴエージェフ安保会議副議長 ミシュースチン首相 ベロウーソフ第1副首相 ソビヤーニン•モスクワ市長 ナビウーリナ中央銀行総裁 国家親衛軍連邦庁 (特殊部隊「グロム」の移管) 大統領特別プログラム総局 緊急経済財政対策 ヴァイノ大統領府長官 •大統領官房 •警護要員 •一部保守系言論人など 日常的な業務における接触 ヴァイノ大統領府長官 内務省 国防省•ロシア軍 外務省•在外公館など パートルシエフ安保会議書記 激いゝ部門間対立と権力闘争 連邦保安庁(FSB) 連邦警護庁(FSO) 対外諜報庁(SVR) 大統領総務局 装備品増産 公・ ■ ゾーロトフ 国家親衛軍連邦庁長官 グルイズローフ 駐ベラルーシ・ロシア連邦特命全権大使 地方首長•民間軍事会社の影響力伸張と「ワグネルの反乱」 ベラルーシ る,戦術核配備問題と 国ワグネル問題に揺れる 序 3SE. 第 1 第 2 (出所)Tatiana Stanovaya, “The Putin Regime Cracks,” Carnegie Moscow Center, May 2020;長谷川雄之「第2次ロシア・ウクライナ戦争と プーチン体制の諸相——権力構造と政治エリート」『国際安全保障』第51巻第2号、2023年9月、14-25頁;Bedo財ocnw, ot18 HK)朋 2023r., «Cneu|Ha3 MB” nepe^atOT PocrBapAMw: TaK〇e pe山eHkie npHH兄ロ npe3naeHT BnaflMMwp riyTMH»; YKpauHCKa^ npaeda, ot25 HiOHfl 2023r., <<“FlyTUHa He 6bino Hume”: CMI/l y3Hann, KaK 山口h neper〇B〇pbi c l~lpnro>KMHbiM»; The WaH Street Journal, December 2, 2022: December 23, 2022などを基に執筆者作成。 (写真)ロシア大統領公式サイト(http://kremlin.ru/events/president/tripsZ71718/photos/71909 ; http://kremlin.ru/catalog/persons/307/biography ;http://kremlin.ru/events/president/news/71530/photos/71668 : http://www.kremlin.ru/catalog/keywords/86/events/70667/photos/ 70512 : http://kremlin.ru/events/president/news/51259/photos/43194 : http://kremlin.ru/events/president/news/71723/photos/ 71957 : http://kremlin.ru/catalog/persons/74/events )x 部分拡大;(プリゴージンのみ)Pool / Wagner Group / Planet Pix via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ 第 3 長に任命された25。
軍需産業委員会は、大統領が議長を務め、軍産複合体、ならびに国防・ 安全保障および法保護活動における軍事技術確保の領域における国家政策を実現させるための 常設機関で26、2014年9月に連邦政府附属委員会から大統領附属委員会に格上げとなった27〇
軍産複合体の生産体制に対する監視措置が目下の重要任務であるが28、メドヴェージェフ軍需 産業委員会第1副議長が実務面で委員会の指揮をとり之、デニス・マントウーロフ委員会副議長 兼参事会議長(副首相兼産業通商相)が関係者を束ねて政策を執行する体制が整備された。 一方で、国防省•ロシア軍と連邦保安庁(FSB)などの治安機関といった公式アクター間の対立も指摘されており、軍事作戦の策定プロセスやインテリジェンスの質、ロシア軍のパフォーマン スなどについて相互に公然と非難し合っている3°。
こうした政策過程の混乱に拍車をかけている のが、ワグネル・グループ、RSB-Group (ロシア・セキュリティ・システムズ)ヽMoran Security 35E. 33 第2章 ロシア•ウクライナ戦争とプーチン体制の生存戦略 2023年6月の「ワグネルの反乱」の際にワグネル兵と記念 撮影をする市民(2023年6月)(写真:Sputnik/共同通 信イメージズ) Groupなどの民間軍事会社31やチェチェン共 和国のラムザン・カディーロフ首長とその傘下 の部隊といった非公式ないし自立性の高いアク ターのプレゼンスの高まりであろう32〇
エフゲニー ・プリゴージン率いるワグネル・グ ループは、2014年春の創設以降、ロシア軍参 謀本部諜報総局(GRU)や空挺軍、特殊部隊 (スペツナズ)などとの関係を生かして、その能 力・規模•活動範囲を拡大させてきた。
これま でウクライナのほか、シリア、スーダン、リビア、 中央アフリカ共和国、ナイジェリア、マダガスカルなどで、GRUの支援・指揮の下、グローバルな 軍事活動を展開してきた33。
本来、このような勢力はロシア軍や治安機関など、公式の国家機関 を補完する役割を与えられているが34、ウクライナ戦争下では、プリゴージンによる公式制度の 批判や政治介入とも取れる発言が目立ち、ロシアの国家安全保障機能の「半民営化」といわれ るほどに35、非公式アクターの伸張が観察される。
こうした動向を受けて、クレムリンは、ワグネル兵を含む私兵に国防省との契約を迫り、公式 制度の中に非公式アクターを強制的に組み込もうとした。
2023年6月23日に勃発した「ワグネ ルの反乱」は、その帰結としてとらえられる36。
ベラルーシのアレクサンドル・ルカシエンコ大統 領らを仲介者として、反乱そのものは沈静化したが、その後もプリゴージンは、ロシアやベラルー シ、アフリカ諸国を往来するなど、一定のプレゼンスを維持した。
しかし、反乱勃発からちょう ど2カ月を迎えた2023年8月23日、プライベートジェット機がトヴェリ州で墜落し、当該機の 搭乗者リストには、プリゴージンのほか、ワグネル最高幹部のドミートリ・ウートキンらが登録さ れていたと連邦航空局が発表した37。
プーチン大統領は、犠牲者に対して哀悼の意を表明し、 プリゴージンについても「複雑な運命を背負った男」、「優秀な男」だったと功績を称えた38。
プリゴージンを巡る一連の騒動は1つの区切りを迎えたが、残されたワグネル関係者やプリゴー ジンに近かった勢力の行く末とワグネルが有する巨大な利権の再配分に加え、民間軍事会社を 通じたロシアの中東•アフリカ方面における影響力の変化など、弓【き続き動向が注目される。
このようにウクライナ戦争下においては、プーチン体制の忠誠者、公式ないし非公式アクター がさまざまに独自の動きを展開し、激しい権力闘争、部門間対立を繰り広げる中、2024年には口 シア大統領選が控えている。
いずれ訪れる「ポスト・プーチン問題」を含めて、プーチン体制の 動揺は、国際秩序における不確実性を高める重大な要素の1つとなろう。 34 要
(2)新たな「対外政策概念」と「狭小な国家グループ」への挑戦
力、かる状況において、プーチン体制はどのような国際秩序を構想しているのだろうか。もっとも、 第2次ロシア•ウクライナ戦争下にあって、ロシア政府全般の主要業務は、軍事オペレーション と広範な領域における動員準備、金融政策•緊急経済対策といった事態対処が大半を占めよう。
一方で、2023年3月には、対外政策の基本方針を示した「対外政策概念」がおよそ6年ぶりに 改訂されるなど、政策面での動きも観察される’七
現代ロシアの戦略文書体系は、「国家安全保障戦略」(2021年7月改訂)を最上位として、 その下位文書として政策領域ごとに「軍事ドクトリン」、「対外政策概念」、「情報安全保障ドクトリ ン」などが策定されており、一連の文書は、主担当省庁による起案とクレムリン(大統領府・安 保会議)による総合調整の下、最終的には大統領令によって承認される。
プーチン大統領は、2023年3月31日の安保会議対策会合の場で、「対外政策概念」(以下「概 念」)は「現代の地政学的現象」と適合するようロシアの官僚機構が大規模かつ綿密な作業を 遂行したと発言したが釦、実際に前ヴァージョン(2016年版)とはまったく性質の異なる文書と なった。
「概念」の承認に先立って、2023年2月21日には、プーチン再登板(2012年)に当たり、 主に外務省への要望事項を列挙した大統領令「対外政策の実現に関する諸措置について」が廃 止された幻。
同大統領令では、国益を確保するうえで「プラグマティズム、公開性、多方位性の 基本原則」が定められておりく?、法令の廃止は、ロシア外交の重大な転換点としてとらえられる。
表2-2に示したとおり、新たな「概念」の基本構造は、2016年版を踏襲し、IおよびIIにお いて世界認識を提示したうえで、イシュー・地域別の具体的な対外政策については、後半のIV およびvで詳述されている。
新たな「概念」では、ロシア国家の特殊性が強調されており、「千 年以上の独立国家としての経験を有する」、「ユーラシア及びユーロ大平洋の広大な国家」、「二大 核大国」といった自己認識が特徴的である。
加えて「グローバル•地域レベルにおける平和と安 全に対する特別な責任を自覚する」という文言は、現体制の使命感の表出ともとらえられ、「ルー ルに基づく国際秩序」に対する嫌悪感の表明など4七プーチン体制の国際秩序観が包み隠さず 披露されることとなった。
これらは、第1節において議論したプーチン体制の生存戦略の方向性 とも符合する。
「二大核大国」という自己規定に基づき、戦略的安定性について定めた第27項では「戦略的 抑止カ、核使用及びその他大量破壊兵器の使用を含む軍事紛争を誘発し得る水準まで、国家 間関係を先鋭化させることを防止することに優先的な関心を向ける44」と言及した。
いわゆるプー チン体制の「核への依存」は、ウクライナ戦争下における核をめぐるさまざまなカードを駆使した「核 の言説」に象徴されるが45、「概念」の文言もこうした文脈の中でとらえられる。
現代ロシアの核戦略に関する規範的文書は、軍事ドクトリン(2014年12月承認)および「核抑止分野における国家政策の基礎」(2020年6月承認)から構成される46。これらの規範的 第 2 35 第2章 ロシア•ウクライナ戦争とプーチン体制の生存戦略 表2-2 「ロシア連邦対外政策概念」の構成と要点 2016年版「対外政策概念」 2023年版「対外政策概念」 2016年11月30日付大統領令第640号により承認 !総則 (第1〜3項) 「ロシア経済の持続的な成長及び競争力の向上」 「独立及び主権尊重の原則、プラグマティズム、透明 性、多方位性、予測可能性、国の優先事項の非対立的な 擁護」 2023年3月31日付大統領令第229号により承認 !総則 (第1~6項) 「千年以上の独立国家としての経験を有する」 「ユーラシア及びユーロ太平洋の広大な大国」 「二大核大国の一角を占める」 「特別な責任を自覚」 π 現代世界とロシアの対外政策 (第4〜22項) 「現代世界は、多極的世界システムの形成を本 質とする、深遠な変化の時期にある」 世界認識 π現代世界:基本的傾向と発展のパースペクティブ (第7〜14項) 「人類は革命的な変化の時代にある」 「狭小な国家グループが、国際法のシステムを、法に基づい た国際秩序の概念(すべての利害関係国の平等な参加が 保障されずに作り上げられるルール、基準及び規範を無理 に押し付けること)に置き換えようとしている」 世界認識 mグローバノレ問題の解決におけるロシア連邦の役割 (第 23~48 項) 国際安全保障の強化、国際的な経済•環境協力などイシュー 別の対外政策を規定 m対外政策領域におけるロシア連邦の国益、並び にロシア連邦の対外政策における戦略目標及び 基本的課題 (第15〜17項) 国益及び戦略目標の規定 IV ロシア連邦の対外政策の優先分野 (第18~48 項) イシュー別の対外政策を規定 IV ロシア連邦の対外政策の地域別優先事項 (第49〜99項) E3H包括的、対等及び信用に基づくパートナーシップ並 びに戦略的協力関係を引き続き拡大させ、すべての分野 における協力関係を積極的に発展。世界政治の枢要な問 題の解決における中露の原則的アプローチの一致を、地 域及びグローバルな安定の1つの基本的な構成要素とみ なす。これに基づき、新たな挑戦•脅威への対抗、地域・ グローバルな緊迫した諸問題の解決、国際機関・多国間 連合における協力を含むさまざまな方面で、中国との対外 政策上の協力関係を発展 対外政策上の優先事項の一致、歴史的友好及び 深い相互信頼に基づく極めて特権的な戦略パートナーシッ プを一層深化。目下の国際問題に関する協力の強化、並 びに両国によって承認された長期プログラムの実現による、 貿易経済をはじめとするすべての分野における露印の互恵 的関係の強化 インド v ロシア連邦の対外政策の地域別の方針 (第49〜65項) 近い外国、北極圏、ユーラシア大陸• 中国・インド、アジア太平洋、[スラム世界、アフリカ、 ラテンアメリカ・カリブ海地域、欧州地域、米国及びその 他アングロサクソン国家、南極大陸の順に列挙 新たな地理的区分 E3H包括的パートナーシップ及び戦略的協力関係の一層 の深化に向かっており、すべての領域における相互協力の 発展、ユーラシアにおいても、世界の他の地域において も、グローバル•地域レベルの持続的発展、安定性、安 全保障の確保のために国際場裡における相互支援及び調 整の強化に優先的な関心を払う 互恵的原則に従ってすべての領域における協力の 水準の向上及び拡大のため、インドとの極めて特権的な 戦略パートナーシップを更に拡大し、露印の通商、投資及 び技術関係の規模の拡大、並びに非友好国及びその連合 の破壊的行為に対する耐久性の確保に特別の関心を払う インド v ロシア連邦の対外政策の形成及び実現 (第100-108 項) VI ロシア連邦の対外政策の形成及び実現 (第66〜76項) (出所)当該大統領令を基に執筆者作成。 36 要 約 表2-3現代ロシアの核政策に関する規範的文書の要点 規範的 文書 「軍事ドクトリン」 「核抑止分野における国家政策の基礎」 根拠 法令 憲法第83条«⑧» 2014年12月25日付大統領令第815号及び 同日付大統領指示第2976号 2020年6月2日付大統領令第355号 第27項:ロシア連邦は、自国及び(又は)同盟国に 対する核兵器及びその他大量破壊兵器の使用に対し て、又、ロシア連邦に対する通常兵器の使用による 侵略に際し、国家の存立そのものが脅かされた場合 に、核兵器を使用する権利を有する。 核兵器使用についての決定は、ロシア連邦大統領 によって行われる。 文書は(I)総則、(H)核抑止の要諦、(M)核兵器 使用に向かう条件、(iv)核抑止分野における国家政 策の実現に関する連邦執行権力諸機関及びその他国 家機関・組織の任務と権限から構成される。 序 3SE. 特 筆 す ベ き 事 項 戦略抑止力演習(2022年2月19日) コ屋 .*f (m)第17項:ロシア連邦は、自国及び(又は)同盟 国に対する核兵器及びその他大量破壊兵器の使用に 対して、又、ロシア連邦に対する通常兵器の使用に よる侵略に際し、国家の存立そのものが脅かされた場 合に、核兵器を使用する権利を有する。(軍事ドクト リン第27項と同様) 戦略抑止力訓練(2022年10月26日) (m)第19項:ロシア連邦による核兵器使用の可能性 を定める条件 ① ロシア連邦及び(又は)同盟国に対する弾道ミサイ ルの発射について信頼に足る情報を得た場合 ② ロシア連邦及び(又は)同盟国の領土に対する、敵 による核兵器又はその他大量破壊兵器の使用 ③ 機能不全により核戦力による報復が阻止される、 ロシア連邦にとって死活的に重要な国家及び軍事 施設に対する敵による作用 ④ ロシア連邦に対する通常兵器の使用による敵の侵 略において、国家の存立そのものが脅かされた時 (I)第4項:核抑止分野における国家政策は、防御 的性格であり、核抑止を保障するために+分な水準 の核戦力の能力を維持する方針であり、国家の主権、 領土的一体性、ロシア連邦及び(又は)同盟国に対 する仮想敵による侵略の抑止、並びに軍事紛争が生 起した場合における、軍事行動のエスカレーションの 阻止並びにロシア連邦及び(又は)同盟国が受け入れ 可能な条件での停止を保障する。 第 1 第 2 第 3 (出所)当該法令を基に執筆者作成。 (写真)ロシア大統領公式サイト(http://kremlin.ru/events/president/news/69680/photos/69289 ; http://kremlin.ru/events/president/news/67814/ photos/67633) 文書の要諦は表2-3に示したが、ロシアの核戦略は主に次の3点に集約されるくア。
第1に、口 シアの存立に関わる脅威、特に大規模な核脅威を抑止すべく、耐え難い損害を以て敵を威嚇す ること。
第2に、(勝利と同等であるか不明瞭であるが)ロシアにとって受け入れ可能な条件で、 進行中の通常戦争の終結を強制するための限定的な先行核使用。
第3に、ロシアに対する通常 兵器による侵略において、国家の存立そのものが脅かされた場合の大規模核作戦の遂行が挙げ られる。
第1および第3の点は、規範的文書において明確に確認されるが、第2の点について 37 第2章 ロシア•ウクライナ戦争とプーチン体制の生存戦略 2023年3月にモスクワで行われた中露首脳会談(2023年 3月)(写真:Sputnik /共同通信イメージズ) は解釈に曖昧性が残る。
もっとも原則に立ち 戻れば、核抑止分野における国家政策の基礎 に示された複数のシナリオよりも、憲法第87 条に定められた大統領の軍最高総司令官の地 位と軍事ドクトリン第27項に定められた大統 領による核使用の決定権という、「一人の最高 権力者」の地位•権限に集約される実際的運 用こそ重要なのである。
ウクライナ戦争下においても対米抑止態勢を 強化する動きとして、2023年4月中旬、ロシア海軍太平洋艦隊は、大規模な戦闘準備の抜き打 ち検閲を実施し、潜水艦12隻を含む艦艇167隻、航空機28機、軍人2万5,000人が参加し たと発表された48。
さらに2023年8月には、ボレイ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(プロジェ クト955A型)が北極海航路を航行して、北方艦隊から太平洋艦隊に移管する作業が開始され、 今後同艦はカムチャッカ半島ヴィリュチンスクの潜水艦基地を新たな定係港として任務にあたるも のと見られるく七
ロシアは対米抑止としてオホーツク海における核戦力の維持・強化を図っている。
⑶ 軍事・原子力•北極海における中露の体制間協力
新たな「概念」における対中政策は「包括的パートナーシップ及び戦略的協力関係の一層の深 化」とされ、基本的には2021年版の国家安全保障戦略を踏襲したが、ユーラシア地域に限ら ず世界各地で協力していく姿勢を打ち出した50〇
2023年3月には、3期目の政権発足とともに、習近平国家主席が初の外遊先としてモスクワを 訪問し、中露首脳会談が実現した。
会談の成果は「新時代に突入する中露包括的パートナーシッ プおよび戦略的協力関係の深化についての共同声明」をはじめとする14の文書にまとめられた。
特に台湾をめぐるロシアの立場やロシア産LNGの輸出を中核とする経済協力に注目が集まった が、14の文書には、世界的な原子力企業ロスアトムと中国国家原子力機構による「高速中性子炉 および閉じた核燃料サイクルの分野における長期協力に関わる包括的プログラム」が含まれた、 2022年12月には、高速増殖炉(CFR-600)の燃料供給に利用できるウラン6,477kgをロスアト ムが中国に輸出したと報じられるなど以、実際に中露原子力協力は着実に深化しており、核をめ ぐる中露関係の行方に注目が集まる53。
また、中露共同声明では、「ルールに基づく秩序」を「覇権主義」という特殊用語で形容し、 これは中露が「米国もしくは西側諸国を『主要敵』と認定したことを示唆する」という見方がある54。
中露共同声明における「西側認識」は、ロシアの対外政策概念の文言とも符合し、共通の秩序 構想には到達しないものの、脅威認識の急速な接近が観察される。
38 要 約
2023年6月6日には「第6回中露共同パトロール」が実施され、ロシア軍のTu-95爆撃機2 機と中国軍のH-6爆撃機2機が日本海から東シナ海にかけて共同で飛行した55〇
さらに同年7 月には、中国の北部戦区が主催する軍事演習「北部・連合2023」にロシア軍が参加し、日本海 で中露共同の海軍演習が実施されるなど%、ウクライナ戦争下においても、日本周辺における中 露両軍による共同行動は一定の水準を維持している(図2-3参照)。
また、中露の準軍事組織•法執行機関の協力関係も進展しており、特に北極海における協力 関係が活発化している。
2023年4月には、北極圏のムルマンスクで、ウラジーミル・クリショフ連 邦保安庁(FSB)第1次長兼国境警備局長と中国海警局代表団の間で「ロシア連邦保安庁国境 警備局と中国海警局の協力についての覚書」が締結され、海難救助活動の実施、対テロならび に違法操業、違法移民および武器•麻薬密輸対策の分野における協力拡大の方向性が決まっ た57。
2023年4月25日には、FSB国境警備局西部北極地域管区のスタニスラーフ・マスロフ本部長 指揮の下、実践的な海上演習「北極パトロール2023Jが実施され、中国海警局の代表団がオブ ザーバーとして参加した58。
ウクライナ戦争下で、米欧諸国から経済制裁を受けるロシアは、国家安全保障上の利益であ る北極圏のエネルギー開発や港湾を含む北極海航路全般の整備を推進するうえで、中国やイン ド、その他新興国からの支援が欠かせない。
今後、最大のパートナーとなっている中国との連 携は深化し、北極海航路や北極海につながるベーリング海、オホーツク海、日本海などにおけ るFSBと中国海警局による協力関係の動向は注目に値する。
(4) ロシアと「グローバル•サウス」
新たな「概念」では、特筆すべきことに、インドを筆頭とする新興国・途上国、いわゆるグロー 3 バル•サウスとの関係強化がうたわれた。
特にインドの項目においては「非友好国及びその連合 の破壊的行為に対する耐久性の確保勾が掲げられ、対インド政策は、ウクライナ戦争による経 済制裁への対応という文脈の中に位置付けられた。
さらに「イスラム世界」の項目では、特にイラン、シリア、トルコ、サウジアラビア、エジプトと の関係強化に重点を置いている6°。
このうちイランは、ロシアに対して安価な自爆ドローン「シャ ヘド136」を大量に供与しており61、ウクライナ戦争下において2国間関係を深めている。 また、 2023年7月に行われたSCOサミットにおいて、イランは9カ国目の正式加盟国となり6?、米欧 諸国に対抗する機構としてのSCOの性質が強まった。
トルコは、ウクライナ戦争下においてもバランス外交を展開しており、ロシア・ウクライナ双方 との関係を維持している。ロシアとはLNGや原子力といったエネルギー協力のほか、観光・金 融•不動産分野を中心に経済的紐帯を強めており63、同時にウクライナには「バイラクタルTB2J 第 2 39 第2章 ロシア•ウクライナ戦争とプーチン体制の生存戦略 。建そ>添!J轍枷 R 每SZCMnc、 折£;zoz) VNーー 呉領 4-—Aん、^® 跳0衣卜 <5 七-»p枷ミ感每ぐ-HGRalnWI回 GA.Anrー卜』——也fiH?公4!?L!-Rr-r>卜 GMNSAis」^yM、A-£〇zlqu>dleu>ss>l8hsnld<:>sSH9MSSH9ct*odLJ m ① smHois① D〇o(DOHmsme Bcois① uakeoBUoXSModo|/| ou£deD〇」03LJgou on-La〇e_qg>KALJoHa5d」〇u 〇cnJ.oDO(x]〇>IAo_»ご S Z 〇 Z BO3IAI 6 b Ho ゴnoooCLコEo$ ① wodo 巨ー«>ss ゴ HeHoxzmOXHH-LA5 SUH①ヨ① l/Mcoed lAIOHI/MUBcog 0 qosuudomo」〇D iseHs>| sed»ご ペ(N〇(NBdgBJ.H8 ZNHo UEHeod(Dssox 一«>s① ugAd si q〇6ZLm君(DHHemodnoHeH£-&0 SJ.AU 〇」〇>lodo|/| o」〇Hd ①BS-LStncoed Al/\ll/\led」odu u£Dd ① 8-A HSHoAm£|/!»ご zz〇z eHoA」8 e 8〇 Ho(uEa(ua)奇善 noゝ 0〇.(KH) 留整他也。£M夜G泥革AvsI卜0?CM図 40 要 約 などの無人機の提供を通じて軍事支援を行っている。
2023年4月には、ロスアトムが稼働に向 けて協力するトルコ初の原子力発電所(アツクユ)に初装荷燃料が搬入されるなど64、トルコに おいてもロシアの原子力産業のプレゼンスは高い。
ウクライナ戦争に伴う一連の穀物輸出問題では、トルコ・ ロシア・ウクライナ・国連の枠組 み「黒海穀物イニシアティブ」が形成され、黒海の地域大国たるトルコが交渉を主導してきた。
2023年7月17日にロシアが離脱し、イニシアティブは終了したカヾ、レジェップ・タイイップ・エル ドアン大統領は、9月4日、ロシア南部のソチを訪れ、プーチン大統領と首脳会談を実施した。
金融•エネルギー •農業政策•軍事技術協力担当の閣僚•政府高官が参加した拡大会合のほか、 朝食会形式によるテタテ会談も開催されるなど65、ロシア・トルコ関係の緊密さが際立った。
プーチン体制は、特に「クリミア併合」以降、農業政策や食料安全保障を国家安全保障戦略 の枠組みでとらえており、今般のウクライナ戦争においても、エネルギー政策とともに、農業政 策は対外的な生存戦略を構成する重要な要素の1つである。
いわゆるグローバル・サウスと呼ばれる新興国・途上国には、ロシアが「非友好国」に指定し ない国が多く含まれるが、こうした国々へのロシアの単独アプローチに加え、中露間の連携や SCOの枠組みを通じたアプローチが今後ますます注目される。
おわりに
2023年5月のG7首脳会談では、ウクライナ支援を前面に出した「G7広島首脳コミュニケ」 が発出され、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」の堅持と強化が掲げられた66。
本章 で議論したように、既存の国際秩序に対する挑戦者となったプーチン体制の秩序観には、G7諸 一 3 国が志向する国際秩序への強い対抗意識がある。
その根底には、冷戦後国際秩序の再編プロセ スに対する不満の蓄積もあろうが、本章で検討したように、プーチン体制には、ロシアの伝統的な 精神・道徳的価値観や独自の歴史観を偏重する態度、さらに多様性や包摂性に代表される米欧 のリベラルな価値観や市民社会の在り方への嫌悪感が観察される。
特に近年、それらは個人支 配化の進展とも相まって、国内的な体制の生存戦略として増幅される傾向にあった。
こうした秩序観は、現代ロシア政治•外交史の多様な文脈の中で生成されたものであるが、その 1っとして、市民的自由の制約や立憲主義の不在、個人支配化に象徴されるロシア内政動向との 連関も指摘できよう。
同じく政治体制として個人支配化の様相を強める習近平体制との親和性は 高まる傾向にあり、ウクライナ戦争に伴うロシアの対中依存も影響して、中露体制間協力は、プーチ ン体制の対外的な生存戦略として位置付けられている。
本章で詳細に検討したように、中露関係 は、軍事・原子力•北極圏開発といった政策分野で着実に深まりつっある。
第 2 41 第2章 ロシア•ウクライナ戦争とプーチン体制の生存戦略
さらに戦時下のプーチン体制は、いわゆるグローバル・サウスと呼ばれる新興国•途上国との連 携強化を目指しており、SCO ・BRICS加盟国など、政治体制の観点から親和性の高い国々への 外交的・軍事的アプローチが積極的に行われている。
42 中国安全保障レポート2024 中国、ロシア;
米国が織りなす 新たな戦略環境 国際秩序の維持に向けた 米国の軍事戦略
新垣拓
第3章国際秩序の維持に向けた米国の軍事戦略
はじめに
米国の安全保障にとって、中国とロシアに対する脅威認識が高まったのは、2010年代以降の ことである。
ポスト冷戦期において、特に対テロ戦争が国家安全保障上の最大の課題として追 求された2001年9月の同時多発テロ以降、米国は中国およびロシアとの協調的関係の構築を目 指してきた。
中国に対しては、2001年12月に世界貿易機関(WTO)への加盟承認を契機として、世界経 済に統合することで経済成長を促し、やがて経済力をつけた中国が気候変動や核不拡散といっ た世界共通の課題解決に役割を果たし、国内では民主的価値が芽吹くという期待から関与政策 が維持された。
ロシアに対しても、西欧地域の安定的な安全保障環境の維持や、二大核大国と して軍備管理の進展に一定の役割を果たしてくれるという期待に基づき、!998年からG8のー 員として招き入れ、政治的、経済的協力や安全保障に関する協調関係が追求されてきた。 ところがその後、中露に対するこのような米国の期待は、大きく外れることとなった。
2010年 にGDPで世界2位となった中国は、その経済力を背景に人民解放軍の近代化を継続させる一方、 東シナ海や南シナ海では高圧的な領有権の主張を繰り返し、既成事実化による現状変更の動き を活発化させた。
ロシアは、2008年にはジョージァの内戦に軍事介入し、その後2014年2月 には、ウクライナに軍事介入しクリミア半島を不法に併合しただけでなく、ウクライナ東部のロシ ア系分離主義グループへの軍事支援を継続した。
このような現実を背景として、2017年に成立したドナルド・トランプ政権は、中国とロシアを修 正主義国家と断じ、「米国の地政学的な優位性に挑戦し、国際秩序を自らの望むような形に変更 しょうとしている」両国との1、政治的、経済的、軍事的な大国間競争に米国が直面していると 宣言した。
ジョセフ・バイデン政権も、中国を米国にとって最も重大な地政学的挑戦として、 2022年2月にウクライナ全土への侵略を開始したロシアを国際的な平和と安定に対する眼前に ある持続的な脅威であると明言している2〇
いまや米国の安全保障戦略は、中国やロシアとの戦 略的競争を前提として形成されている。
本章は、米国がどのような国際秩序の形成を目指し、その下で中国やロシアとの戦略的競争を どのようにとらえ、どのように対応しようとしているのかという問題に答えることを目的とする。
中 露との戦略的競争は、政治、軍事•外交、経済分野という多岐にわたる「舞台」において繰り 広げられている。
そこで本章は、これらの中でも特に軍事分野に焦点を当てながら、①中露と の戦略的競争がもたらした軍事的脅威とは何か、②米国、特に米軍がこれらの脅威にどのよう に対応しようとしているのか、という問題を考察する。
第1節では、バイデン政権の国際秩序構想や対中、対露政策の基本方針、米国の安全保障 にとって中国とロシアが主要な脅威として認識されるに至った過程や、中露との戦略的競争がも 44 要 約 たらした3つの新たな軍事的課題について論じる。
第2節では、新たな軍事的課題である武力 紛争に至らない段階での競争や、米軍の戦力投射能力や作戦行動に対する「接近阻止•領域拒 否」(A2/AD)脅威、米軍のキルチェーンへの脅威に対する対応について考察する。
第3節では、 将来における核戦力バランスの変化という「同格の二大核保有国」問題について説明したうえで、 バイデン政権の対応について論じる。
1 中国、ロシアに対する脅威認識の高まり
(1)大国間競争の再来
バイデン政権は、2022年10月に発表した「国家安全保障戦略」(NSS2022)において、米 国が目指す国際秩序に対する最大の挑戦として、中国とロシアを挙げている。
そこで中国は、「国 際秩序を作り変えようという意図とともに、これまで以上にこの目標を達成するための経済的、 外交的、軍事的、技術的パワーの双方を有する唯一の競争相手である」と位置付けられている3。
その一方でロシアは、ウクライナに対する侵略を背景に「国際的な平和と安定に対して、切迫し た持続的な脅威を与えている」とされている%
ただし、中国とロシアを「地政学的競争」の相手として米国が認識するようになったのは、近 年になってからである。
冷戦終結から2010年代前半までは、一定の課題を有してはいたものの、 中国やロシアに対して米国は協調的な姿勢を示してきた。
ジョージ・w・ブッシュ政権は、「大国 間で根本的な対立が存在していないという、歴史的に稀有な機会をとらえなければならない」と して5、ロシアとは「もはや戦略的な敵ではないという21世紀の中心となる現実に基づいた戦略 的関係の構築」を目指すことを、中国が「強力で、平和的で、繁栄」することを歓迎することを 明らかにしていた6〇
バラク・オバマ政権も、当初は、米国が主導してきた国際秩序の維持のために中国、ロシアと の協力関係を重視する姿勢を示していた。
中国とは「前向きで、建設的で包括的な」関係を追 求するとして7、対テロ戦争や気候変動問題、北朝鮮の核開発問題といった諸課題解決に向け た協力に期待が寄せられていた。
ロシアとは「相互利益に基づいた、安定した、内容のある、 多面的な関係」の構築を目指すことが示されていた8。
このような中国やロシアとの協調路線が大きく転換されたのは、トランプ政権においてであっ た。
2017年12月に発表された「国家安全保障戦略」(NSS2017)は、「中国とロシアは米国の パワー、影響力、利益に挑戦し、米国の安全と繁栄を侵食しようとしている」と明言し、中露 が米国の価値観や利益と相いれない世界を目指している修正主義国家であると断じた七
そして、 第 3 45 第3章国際秩序の維持に向けた米国の軍事戦略 中国はインド太平洋地域から米国を締め出そうとしている一方、ロシアは大国としての地位を取 り戻し近隣諸国への影響圏を作り出そうとしていると、強い警戒感を示したん
米国は、世界 中で浮上しつつある政治的、経済的、軍事的な競争に直面しているのであり、「ライバルに関与 し、国際制度やグローバルな通商制度に受け入れることで、それらの国々が穏健なアクター、 信頼できるパートナーになるという前提に基づいた過去20年の政策」を見直す必要性があると 宣言したし
トランプ政権において、大国間競争の時代という世界観とともに、中国とロシアに対する強硬 姿勢が示されるに至った背景には、ロシアによるウクライナへの軍事介入や、東シナ海および南 シナ海における中国の高圧的な領有権の主張や既成事実化行為に対して、2010年代から両国 に対する脅威認識が拡大したことがあった。
2014年2月下旬、ウクライナのマイダン革命直後、ロシアはクリミア半島に軍事介入し同年3 月にはロシア連邦の一部として不法に編入した。
その後、ウクライナ東部のドンバス地方におけ るロシア系分離主義派よる反政府武力紛争への関与も濃厚とされた。
これに対してオバマ政権 は大統領令を発出し、政府機関関係者やロシア企業を対象とした経済制裁を科した山。
さらに、 この時期からロシアによる米国内でのサイバー空間を利用した影響工作や米国内選挙への妨害 工作についての懸念も高まったことから、オバマ政権は重要インフラや金融システムに対するサイ バー攻撃に関与したとされる政府機関や個人に対しても制裁を科した”°
ポスト冷戦期において、米国は中国に対して、経済的利益や将来的な民主化への期待を背景 に、政治的•社会的•経済的関係を強化するという関与政策を追求してきた。
その後、中国は 著しい経済成長を遂げ、2010年にはGDPで日本を抜き世界2位にまでなった。
その経済力を 背景に、2000年代を通して人民解放軍の近代化が継続され、米軍の投射能力や作戦行動に影 響を与えるA2/AD能力が大きく向上した。
さらに、米国の対中赤字の増加傾向が継続する一方 で、中国市場に対する外国企業のアクセスが制限されるといった非関税障壁の問題も浮上した。
これらを背景に、ブッシュ政権からオバマ政権では軍事分野、経済分野における対中不満・警 戒感が高まっていった%
米国の対中認識をさらに悪化させたのが、東シナ海および南シナ海における中国の高圧的な 領有権の主張や、それに伴う既成事実化に向けた行動の活発化であった。
2013年11月13日、 中国国防部は東シナ海に「東シナ海防空識別区」を設定したと一方的に宣言し、この空域を飛 行する航空機が同部の定める手続きに従わない場合には、「防御的緊急措置」を講じるとした。
また南シナ海において、同年12月ごろから、地域諸国が領有権を主張する複数箇所において、 低潮高地の埋め立てを開始し、巨大な人工島をいくつも建設した。
さらに中国は、これらの人工 島に人民解放軍を展開配備し軍事拠点化させていった・
2021年に成立したバイデン政権も、「ポスト冷戦期の時代は終わり、次の時代を形成する大国 46 要 約 間競争が進行している」という認識を示しており16、トランプ政権で打ち出された中露との大国 間競争の時代という世界観を継続させている。
そこでバイデン政権が目指しているのは、「自由 で開かれ、繁栄した世界」という国際秩序の維持であるんNSS2022では、「自己決定、領土 の一体性、政治的独立といった根本的原則が尊重され、国際制度が強化される」ことや、外交 政策における自主決定権、情報の自由な流通、基本的人権の順守、公平なグローバル経済環境 が、そのような国際秩序における不可欠の要素として挙げられている昭。
また、これらの価値観 が国連憲章において規定されていることも強調されているつ。
このような国際秩序を将来的に維持するうえで、バイデン政権が最大の挑戦としてとらえている のが中国である。
NSS2022は、中国が「米国にとって最も重大な地政学的挑戦」であるとして、 中国との競争に打ち勝つという方針を示した。
軍事的観点からも、バイデン政権は中国を焦点と しており、2022年10月に公表された「国家防衛戦略2022J (NDS2022)では、中国を国防計 画の「基準となる挑戦」(pacing challenge)として位置付け、同国が主要な地域を支配すること を阻止することを最優先課題とした戦略を打ち出している2°。
中国との戦略競争の主要な「舞台」となっているのは、軍事・外交分野である。
米国としては、 人民解放軍の近代化による能力向上や活動範囲の拡大、東シナ海および南シナ海における強硬 な領有権の主張や既成事実化の行為といったさまざまな軍事的課題を踏まえ、台湾海峡の平和 と安定の維持を含む「中国が主要な地域を支配することを阻止すること」を目指している幻。
こ の目標を達成する手段として、後述するように米軍の能力向上や態勢の強化、中国が攻撃の対 象とする可能性がある米軍のキルチェーン・システムの強靭性の向上、統合作戦コンセプトの開 発を進めている0
中国との軍事•外交分野における競争は、経済分野にも波及している。
米中間の貿易量はバ イデン政権においても増加傾向にあり、米中間の経済的な相互依存関係は深まる一方である。
しかしながら近年、米国企業の最先端技術の中国による不正な取得•窃取や、政治的主張を他 国に強制する手段としてのエコノミック・スティトクラフトという形で、米国の安全保障に対するり スクが浮上してきた。
これに対して米国は、新興技術の対中流出の防止や、半導体などの戦略 的な物資についての中国に依存しないサプライチェーン構築を目指している22。
バイデン政権は、中国と「責任を持って競争する」として23、意図しない軍事衝突や経済的な 米中デカップリングといった対中競争が過熱することでかえって米国の利益を損ねることのないよ うに、競争の管理を重視する姿勢も示している。
ただし、軍事分野での優位性をめぐる競争や、 経済分野での技術覇権をめぐる競争は激しさを増すばかりであり、それを達成することは容易で はないであろう。
米国の安全保障上の最大の課題として中国を位置付ける一方、ロシアに対しては、2014年以 降継続しているウクライナへの侵略だけでなく、シリアへの軍事介入、周辺諸国への不安定化行 第 3 47 第3章 国際秩序の維持に向けた米国の軍事戦略 為、欧州諸国や中央アジア諸国の国内政治プロセスへの干渉、そして米国国内政治への干渉と いう形で、主要な地域における重大で継続したリスクを突き付ける「深刻な脅威」であるという 認識を示している24。
ロシアに対する目下の取り組みは、ウクライナ侵略がロシアにとって「戦略 的失敗」となることを政策目標として25、北大西洋条約機構(NATO)をはじめとする同盟国やパー トナー国と連携しながら、ウクライナに対する圧倒的な規模での安全保障支援を行う一方で、口 シアに対する経済制裁を科している26。
将来的な対露政策としては、ロシアによるウクライナ侵略の帰趨に依存する部分があるとしな がらも、 ①ウクライナへの支援継続、②NATO領域の防衛強化、③ロシアによる核兵器使用 や核威嚇による目標達成の阻止、④相互利益となる問題について実際主義的なやり取りの維持、 という方針を示している27〇
バイデン政権では、中国とロシアの政治•軍事的な協力拡大に対しても、警戒感が広がってい る。
1つには、ウクライナ侵略を継続するロシアに対して中国が殺傷能力の高い兵器を含む軍事 支援を行う可能性への懸念である。
2023年2月、アントニー ・ブリンケン国務長官は、メディア 取材に対して、中国がロシアへの軍事支援を行う可能性に対して「深く憂慮している」と述べた28。
もう1つには、中露が将来的に米軍の行動に影響を与えるリスクであり、NDS2022では、米国 が中露のいずれか一方と危機あるいは紛争に関与する際に、両国は米軍に対して「グローバルな ディレンマを作り出すことができる」と指摘している29。
同年3月28日に下院軍事委員会の公聴 会において、マーク・ミリー統合参謀本部議長は、中露両国の関係が緊密になってきている点に 言及しながら、両国関係が完全な同盟であるとは考えていないものの米国の安全保障にとって 将来的に問題となるという認識を示した30〇
中露との戦略的競争においてバイデン政権が重視しているのが、同盟国やパートナ一国との連 携強化である。
ウクライナに対する安全保障支援に関しては、米国単独ではなく、2022年4月 に形成された、当時のNATO全加盟国と日本や韓国、豪州、フィンランド、スウェーデン、ケ二 ァ、チュニジアなどを含む24カ国のパートナー 国から構成されるウクライナ防衛コンタクトグ ループという国際的な連携枠組みの下で行わ れている。インド太平洋地域では、日本や韓国、 豪州、フィリピンといった同盟国との2国間関 係の強化に加え、日米豪印という4力国の協 カ枠組みであるQUADや、米英豪の安全保 障協力枠組みであるAUKUSが形成された。 ドイツのラムシュタイン空軍基地で開かれた第11回ウクラ イナ防衛コンタクトグループ会議に参加するロイド・オース 実際、NATO諸国や欧州連合は、積極的 ティン国防長官とマーク・ミリー統合参謀本部議長(2023 _ 年4月21日)(PhotobyChadJ. McNeeley, DOD) にウクライナ支援を行う一方、ロシアに対して 48 要 約 かってない規模での経済制裁を科している。
さらに、2023年4月にはフィンランドがNATO加 盟を果たし、スウェーデンも、それまで難色を示していたトルコが同年7月に同意を示したことに より、NATO加盟が現実的になっていることや、NATO加盟国の国防費が増大していることはむ、 将来的なロシアの軍事侵攻に対する欧州正面における抑止の強化につながる。
さらに、2022年 6月に採択された戦略概念に続き、NATOは2023年7月にヴィリニュスで開催された首脳会議 の共同声明においても、中国が示す「野心や強制的な政策は我々の利益、安全保障、価値観に 挑戦している」として、中国の脅威について言及しインド太平洋地域の安全保障の維持について も積極的な姿勢を示している32。
このような欧州諸国の動きは、中国を最優先の相手とした戦略 的競争での勝利を目指す米国にとって、インド太平洋地域に資源を集中できるという観点から、 望ましい展開といえる。
ただし、ウクライナ支援や対露経済制裁に対する同盟国やパートナー国以外の国々がみせて いる消極的反応を踏まえると、対外政策方針に対するグローバル•サウスと呼ばれる新興国・途 上国からの支持を集めることができるかという問題も、米国にとって中露との戦略的競争を優位 に進めるうえで重要な課題の1つとなっている。
この点に関して、ロシアや中国の行動が問題で あるという基準を国連憲章に求める姿勢を示しているのは33、米国と中露との間で二者択一の 選択を迫られることを回避したいASEAN諸国をはじめとする’七広い国際社会の支持を集める ための配慮としてみることができる。
バイデン政権は、今後の10年間の取り組みが将来的に「自由で開かれ、繁栄する」国際秩 序を維持できるかどうかの「変曲点」であると認識しており、中国との競争を米国に有利な形で 進めるように条件を整え、ロシアから突き付けられた「深刻な脅威」にうまく対処していく姿勢を 示している35。
(2)戦略的競争において浮上する3つの軍事的課題
2010年代後半に顕在化した中国やロシアとの戦略的競争では、軍事的な分野における競争がますます激しくなっている。
米国にとって、将来的にも「自由で開かれ、繁栄した」国際秩序 を維持するためには、この分野における優位性を確保することが最も重要な条件である。 ただし、 急速な近代化を果たした軍事力を有する中国や、ウクライナ侵略の影響により核戦力への依存を 強めるロシアとの競争は、米軍にさまざまな課題を突き付けており、その克服は容易ではない。
中露との競争を優位に進めるうえで、米国が直面している軍事的課題とは、①武力紛争に至ら ない段階における活動、②米軍の戦力投射•作戦行動、キルチェーンに対する脅威、③将来的 な核戦力バランスの変化、である。
第1の軍事的課題とは、グレーゾーン事態•作戦と呼ばれるものである。米政府として公式に この脅威に言及したのは、トランプ政権になってからである。NSS201yでは、「敵や競争相手は、 序 3SE. 終 3SE. 第 1 第 2 第 3 49 第3章国際秩序の維持に向けた米国の軍事戦略 あからさまな軍事紛争の敷居の下や国際法の境界線における活動にたけてきている」として、「そ れらの行動は、米国からの直接的な軍事的反応を招かずに最大限の効果を達成するように計算 されている。
そして、そのような漸進的な利益が長期間かけて獲得された結果、新しい現状が 現れる」という特徴を挙げている36。2018年1月に発表された「国家防衛戦略(要約版)」に おいても、「武力紛争に至らない競争において、修正主義国家やならず者レジームは、現場にお ける現実を変えるために、汚職、搾取的な経済行為、プロパガンダ、、政治的転覆、代替部隊、 軍事力による威嚇あるいは行使を利用する」として、グレーゾーンにおける活動に注意を促して いる37。
バイデン政権では、軍事的な文脈において、より明確にグレーゾーンにおける中露の行動に注 目している。
NDS2022では、中露といった競争相手はいまや、「グレーゾーン手段、すなわち 米軍が行動を起こすと認識されている敷居に至らない、そして米国政府の異なる組織の責任分 野にまたがるような強制的アプローチを利用して現状を真逆に変えようとしている」と危機感を示 している。
特に、「米国や同盟国に対して国家が管理する部隊、サイバー •宇宙での活動、経済 的威圧を行っている」国家として中国を名指して、この問題を指摘している38。
米国のランド研究所が発表した報告書では、2010年代後半にみられた中露による具体的なグ レーゾーン作戦の特徴として、軍事的威嚇や代理部隊による戦争といった軍事的手段、中国や口 シアの公式見解や政策を支持する言説の流布、異なる見解への攻撃といった情報作戦、特定物 資の輸出制限といった経済的威圧という、多岐にわたる手段を用いている点が挙げられている39。
中国については、東シナ海および南シナ海においてその活動が開始されたとされ、公海および その上空において米軍艦船や航空機に対する妨害行為といった軍事的威嚇や、民間や海上民兵 などの準軍事組織を活用している点が特徴として指摘されている釦。
ロシアについては、エネル ギーなどの経済的依存といったグレーゾーン作戦を行う対象国がロシアに対して有する弱みを利 用する点、国外のロシア系住民に対するパスポート付与により軍事侵攻を正当化しようとする点、 対象国の重要インフラに対するサイバー攻撃を行う点などが特徴とされている41〇
米国が、中露によるグレーゾーン活動を軍事的脅威の文脈においてとらえていることを明確に 示すこととなったのが、米統合参謀本部が2023年2月に発表した「競争継続に関する統合コン セプト(公開版)」(JCC)であるく?。
このコンセプトは、戦略的競争を「必ずしも相互に武力紛 争とならないような形で、相反する利益を追求する2カ国あるいは3力国の敵対国間で起こる持 続的で長期間の闘争」と定義し43、武力紛争に至らない段階での活動においても、米軍が一定 の役割を果たすことの重要性を指摘している。
JCCでは、中国は、直接軍事的に米国を敗北させることを目指しているのではなく、「軍事的 に米国の介入を抑止し、より中国の国家利益や権威主義的な志向に沿った中国の地域的勢力圏 や国際システムにおける戦略的結果を米国に強いるという既成事実化を図ろうとしている」という 50 要 約 認識を示している44。
一方ロシアの行動については、「さまざまな領域にわたるハード•パワーお よびソフト・パワーの要素の融合、平和と戦争という境界線を曖昧にさせる永続的な紛争という、 全政府での戦争という概念に基づいている」と分析している45。
さらに、中国やロシアは「米国との武力紛争を勃発させない形で、漸進的に彼らの国益を増 進させるよう設計された、民間•軍事を凝集した包括的なアプローチ」を用いて、米国と「戦わ ずして勝利する」ことを意図している一方、「同時に米国に対する武力紛争を『戦って勝利する』 ための能力を強化する軍事力を構築している」として、中露が戦争と平和という二元論的な紛争 スペクトラムにとらわれていない点や、標的国よりも優位にある軍事力を背景に、武力紛争への エスカレーションというリスクを強制に利用している点を強調している。
そして、米軍が「この戦 略的競争にアプローチを変化させなければ、米国が『戦わずして敗北する』という重大なリスク が生じる」として、中露との戦略的競争に適応する必要性を示したく&。
中露との戦略的競争がもたらした第2の軍事的課題とは、将来戦において想定される米軍の 投射能力や作戦行動、キルチェーンに対する脅威である。この軍事的課題に関しては、米国は 特に人民解放軍の能力に焦点を当てている。
NDS2022は、ロシアよりも中国に焦点を当てた戦 略として明確に位置付けられており、ロイド・オースティン国防長官も米下院軍事委員会における 公聴会において、中国が米国の国防計画の「基準となる挑戦」(pacing challenge)であると明言 した47。
ミリー米統合参謀本部議長も同公聴会において、「中国は米軍にとって一番の長期的、 地政戦略的な安全保障上の課題である」と証言し、米軍の能力構築にとって中国の軍事能力が 基準となることを示した48。
米軍が課題とするのは、人民解放軍のA2/AD能力である。
2022年11月に国防省が発表し た「中華人民共和国の軍事および安全保障の展開2022J (以下「中国軍事レポート2022」)では、 ①精密打撃力および精密打撃のための探知•識別•捕捉•攻撃評価を行う戦略支援部隊の情報・ 監視・偵察、②早期警戒レーダーネットワーク、多様な地対空ミサイル、弾道•巡航ミサイルシス テム、③極超音速兵器、④第1列島線を越える長距離での作戦能力を有する航空戦力、といっ た能力を挙げている。
これらの能力により、米軍の西太平洋への戦略投射や作戦行動が大きく 阻害される可能性がある49〇
近年では、A2/AD能力に加えて、宇宙・サイバー空間•電磁波スペクトラムにおける人民解放 軍の能力向上を背景として、米軍の各種センサー •システムを通じた状況把握能力や指揮統制シ ステムまでもが攻撃にさらされるリスクが認識されるようになった。
中国軍事レポート2022では、 この脅威を人民解放軍による「体系破壊戦」として初めて言及した。
米軍の作戦行動システムに おける脆弱性を、ビッグデータや人工知能(AI)を利用した「ネットワーク情報システム・オブ・ システムズ」を活用して迅速に把握し、それらに対して複数のドメインにまたがり精密な攻撃を行 う「マルチドメイン精密戦争」を目指していると認識されている5°。
第 3 51
第3章国際秩序の維持に向けた米国の軍事戦略
戦略的競争における第3の軍事的課題とは、将来的な核戦力バランスの変化である。
中国は A2/AD能力に加えて、核戦力の近代化や数量を継続的に増加させており、今後10年間で少な くとも1,000発の核弾頭を保有する意向であるとみられているう】。
ロシアも、国防政策の中核に 核戦力を位置付けており、その能力向上を継続させている。
2022年10月に発表された「核態 勢の見直し2022」(NPR2022)では、「2030年までに、史上初めて米国は戦略的競争相手お よび潜在的な敵として、2つの核大国と対峙する」ことになると指摘され、従来の抑止態勢や同 盟国に対する保証、軍備管理、危機におけるエスカレーション管理の在り方に対する新たな課題 として認識されている宏。
2新たな軍事的課題に対する米軍の取り組み
(1)作戦行動に対する認識の変化
中露との戦略的競争により浮上した第1の軍事的課題が、活発化するグレーゾーンにおける活 動への対応である。
この課題に対して米軍は、「航行の自由作戦」(FONOPs)や、情報•サイバー 空間での作戦行動により対応している。
それに加えて特徴的なのが、戦争と平和の二元論的な 紛争スペクトラムに対する問題意識を反映し、あらゆる段階で米軍が一定の活動を行うことを示 図3 -1 統合ドクトリンにおける6フェーズモデル ■[計画上のフェーズ} 52 要 約 した、新たな概念枠組みを形成させたことである。
米軍は従来、作戦計画を作成するうえで前提となる事態について、平和と戦争、およびその中 間の状態という二元論的な考え方を有していた53〇
2011年8月に作成された統合作戦計画立案 に関する統合ドクトリンでは、事態を6つの段階に分け、それぞれの段階で米軍の活動水準を 示した「6フェーズモデル」が示された54 (図3-1)〇
このモデルでは、フェーズIIIの「制圧」が 米軍の活動の焦点とされており、それ以タ・のフェーズにおいては、米軍は中心的役割を果たさな いと想定されていた。
また、2013年3月に作成された統合ドクトリンでも、平和と戦争の二元論的認識を反映した 紛争スペクトラムが示された55。
これら2つのモデルが示すのは、米軍の基本的な活動対象は 本格的な戦争事態であり、それ以前の平和な段階や戦争終結以後の段階は、他の政府機関が 役割を果たす分野であるという認識が広く共有されていたという点である。
この二元論的認識に基づいた紛争スペクトラムの限界を指摘したのが、2018年3月に公表さ れた「統合キャンペーン実施に関する統合コンセプト」(jcic)であった56〇
JCICでは、中国の 南シナ海における人工島建設や、ロシアのクリミア半島の不法な併合とウクライナ東部への軍事 介入に言及しながら、中国やロシア、イラン、北朝鮮のような「戦略的挑戦国は、平和と戦争の 間の競争的な空間において、目標達成のための強制的な方法を用いている」と指摘しているラ’。
特に中露は、「米国からの直接的な軍事的反応を生起させる敷居に至らない段階で行動すること により、より正規の武力紛争を行う能力を保持しながら、目的達成のための正規•非正規の方法 を巧みに織り交ぜ続けていく」として、標的国よりも勝る通常戦力が提供するエスカレーション の優位性が補完的かつ重要な役割を果たしている、軍事力の後ろ盾がこれらのグレーゾーンIこ おける活動の効果を高めているとしたラ®。
この現状に対して、米軍は「平和と戦争という二元論的な作戦環境に関する概念枠組みを捨 て去らなければならない」として、武力紛争に至らない段階における「競争」が主な敵の活動舞 台となっていることに加え、武力紛争を抑止するためにもこの競争に関わることが必要であると JCICは論じたうん
さらに、武力紛争が終Tした後の段階は「平和」ではなく、競争の段階に戻り、 それが継続することを理解する必要があるとも指摘している6°。
このような問題認識に基づき、jcicが示した新たな概念枠組みが「競争連続体モデル」である。
このモデルは、米国と対象国との関係を、「協力」、「武力紛争に至らない競争」、「武力紛争」 という3つの段階で表し、それぞれが同時並行的に存在することを示している。
ここで米軍は、 それぞれの状態において一定の役割(作戦行動)を行うことが想定されている。
2019年に作成された「競争連続体」についての統合ドクトリン・ノート(CC)では、協力・競 争・武力紛争の各段階における下位の活動目標も示されている。
例えば、競争段階においては、 強制度の強い順から、①米国の目標と相反する目標を競争相手が達成することを防ぎ、武力紛 第 3 53 第3章 国際秩序の維持に向けた米国の軍事戦略 図3-2米陸軍が示す競争連続体モデル 米陸軍の戦略的役割 勝利 シェイプ 予防 大規模陸上戦闘の遂行 成果の固定化 (出所)TRADOC, TRADOC Pamphlet525-3-8, U.S. Army Concept: Multi-Domain Combined Arms Operation at Echelons Above Brigade 2025-2045, p.15より執筆者作成。 争へのエスカレーションを生起させることなく相対的な戦略的あるいは軍事的利益を増進させつ つ、戦略的目的を達成する「強化(enhance)」、②相対的な戦略的あるいは軍事的利益を、競 争相手が追加的に獲得しないように「維持(maintain)Jする。現存する資源で可能な場合に、 他の利益を危険にさらさないようにしながら米国の利益を増進させることだけを追求する「管理 (management)」、③競争相手がさらなる利益を得るというリスクをはらんでいることを認識しな がら、所与の資源あるいは政策上の制約の中で可能な最適の戦略的目的を達成する「遅延 (delay)」、であるも七
ccでは、武力紛争に至らない競争段階における米軍の行動に関して、いくつかの留意点を 挙げている。
それらは、①関連するアクターが、米軍の行動をどのように認識するのかをできる だけ理解すること、②米軍は、重要な地域へのアクセスを確保、前方に部隊を配置、適切で時 宜を得たプレゼンスの確立、演習の主催、インテリジェンスの共有、危機対応のための環境の準 備、競争相手のナラティブへの対抗およびそれを弱体化させる取り組みの実施、といった幅広 い行動を実施すべきこと、③米軍および、パートナーは、流動的で蔓延しやすい情報環境において、 創造的で柔軟な行動を確保すべきこと、④米軍および、パートナーは、競争相手の認識や政策過 程についての深い理解を持つこと、さらに外交、情報、軍事、経済を密接に統合させることが 不可欠であり、競争相手の意図と能力について継続的に再評価を行うべきこと、⑤直接的な軍 事的パワーではなく、潜在的な軍事的パワーを利用すること、である62。
(2)将来戦に関する取り組み
第2の軍事的課題であるA2/ADおよび米軍のキルチェーンに対する脅威に関して、米軍は新 54 要 約 たなコンセプトの開発を継続させている。
2009年にロバート・ゲイツ国防長官の指示を受けて、 この脅威に対抗する能力を導くコンセプトとして、エアシーバトル(ASB)構想の検討作業が米空 軍および米海軍を中心に開始された。
その後、2011年11月には、米海兵隊を加えてASB室が 国防省に設置され、ASBコンセプトの開発が進められた63。
2013年5月に公表されたASBコンセプトの概要は、敵のキルチェーンのいずれかの段階に対 する攻撃を行い、その機能を妨害し破壊することでA2/AD能力全体を無力化するという考え方 に基づいたものとなった。
そこでは、長距離精密打撃能力のような特定能力に対する攻撃に注 カするのではなく、①敵の指揮統制•通信・コンピュータ・インテリジェンス、監視、偵察の「妨 害(disrupt)」、②A2/ADプラットフォームや兵器システムの「破壊(destroy)」、③兵器や編成 の「撃破(defeat) Jに向けた、「ネットワーク化•統合•縦深攻撃」を遂行する能力を目指すこ とが示された64〇
ASBコンセプトの開発作業は、2015年11月に統合参謀本部のJ7 (統合戦力開発)に主管が 移り、「グローバルコモンズにおけるアクセスと機動のための統合コンセプト」(JAM-GC)へと名 称が変更された。
2016年10月に承認されたJAM-GCは、海上や航空に陸上、宇宙、サイバー 空間を加えた5つの戦闘ドメインを作戦領域とし、A2/AD脅威圏の内部における作戦行動を主 眼に置いたものとなった65。
2 2010年代後半になると、宇宙•サイバー空間•電磁波スペクトラムにおける人民解放軍の能力 向上を受けて、それまで米軍が優位にあった状況把握能力や指揮統制システムが、逆に攻撃を 受けて無力化されるリスクが米軍内で認識されるようになった。
ASBからJAM-GCまでは、敵 のA2/AD圏内にいかに侵入し作戦行動を行うのかという「攻撃」の側面に焦点が置かれていた が、いまや「同等の敵対国」となった中国からの攻撃に対して、いかに「防御」するのかという 側面についても対応する必要性が浮上した。
中国の軍事的脅威に対する認識の変化を受けて、2019年7月、マーク・エスパー国防長官は、 米軍全体の統合作戦コンセプト(JWC)の開発を統合参謀本部に指示した。
2021年6月に JWCは承認された。JWC自体は非公開とされているが、その後改訂が重ねられ、2023年に第3版が作成されたも&。JWCの中核とされるのは、統合全ドメイン作戦(JADO)と呼ばれるもの であり、米軍全体が「計画において統合され、実施において同期される、優位性を獲得し、任 務を完遂するために必要なスピードと規模の、すべてのドメインにおける統合軍の行動」として 説明される67。
JWCおよびJADOの特徴の1つとして、同格の能力を有する敵対国に対応するための手段と して、敵よりも早く意思決定を行えるシステムの構築を目指していることがある。この意思決定に おける優位性を確保するために、米軍は近年、次世代型の指揮統制システム開発を進めている。 統合全ドメイン指揮統制(JADC2)と呼ばれるこのシステムは、AI技術を活用し、米軍のすべ 第 3 55 第3章国際秩序の維持に向けた米国の軍事戦略 ての軍種が保有するセンサーと打撃力を単一のネットワークで結合し、即時的、効率的なキル チェーンを目指している68。
3将来的な核戦力バランスの変化
(1)「同格の二大核保有国」問題の浮上
将来的な核戦力バランスの変化の大きな要因となっているのは、中国による核戦力の急速な増 強である。
中国軍事レポート2022は、中国が保有する運用可能な核弾頭数が400発を超えて いると評価しており、この傾向が継続した場合「2035年までに1,500発の核弾頭を配備する」 と予測している&んこのような核軍拡方針の表れとして、中国はその当時、300カ所を超える大 陸間弾道ミサイル(ICBM)発射用サイロを建設中であり、それらにはDF-31級のICBMよりも 射程および命中精度を改善し、さらに3発以上の弾頭を搭載可能なDF-41が配備されていると している。
また、核弾頭の原料となるプルトニウムの増産を目的として、新たに高速増殖炉を建 設予定である点も指摘されている70〇
近年、政府高官からも中国の核軍拡路線に対する懸念が示されている。2022年3月1日に 行われた米下院軍事委員会の公聴会において、サーシャ・ベイカー国防次官補代理(政策担当) は、2020年時点の評価として、中国は当時200発弱と推定されていた核弾頭数を2030年まで に2倍の400発程度に拡大すると考えられていたが、それ以降の中国の取り組みを踏まえ、 P202y年までに最大で700発、2030年までには最低でも!,000発の核弾頭を保有する可能性 がある」と明言した”°
2023年3月28日の下院軍事委員会の公聴会では、ジョン•プラム国 防次官補(宇宙政策)が中国軍事レポート2022で示された見通しを示し、予測される核弾頭数 が1年間で!.5倍にも増加した72。
中国の核戦力強化は、核弾頭数の増大という量的な側面だけでなく、その種類や運搬手段の 近代化、という質的な能力向上の側面でも米国の警戒感を高めている。
その1つが、極超音速 滑空体(HGV)や核弾頭を搭載可能な部分軌道爆撃(FOB)システムといった新たな核運搬シ ステムの開発である。アンソニー ・コットン米戦略軍司令官は、3月8日の下院軍事委員会の公 聴会において、中国が2021年11月に行ったFOB能力を備えたHGV実験について73、弾道 軌道をとらないFOBシステムはミサイルの探知•追跡を複雑なものとさせるため「戦略的安定に 影響を与える」と懸念を示した’七
さらに、中国は核の3本柱の近代化も進めている。デボラ・ローゼンブラム国防次官補(核、 化学、生物防衛プログラム担当)は、中国が次世代型の地上発射型弾道ミサイルの開発•実験・ 56 要 約 配備や潜水艦発射型の弾道ミサイルの射程延長に取り組んでいると指摘した75。チャールズ•リ チャード前米戦略軍司令官は、このような中国による核戦力の急速な質•量における拡大を「戦 略的ブレイクアウト」と評している76。
中国のブレイクアウトに関しては、ロシアとの協力関係の深まりも懸念されている。
2023年2 月末、中国が建設を進める高速増殖炉CFR-600の燃料となる高濃縮ウラン25tを、ロシア国 営の原子力企業ロスアトムが提供することが明らかとなった77。米国は、CFR-600が核兵器用 のプルトニウム生産を目的としているとみなしており、ロシアが中国の核軍拡を支援する構図に警 鐘を鳴らしている78。
プラム国防次官補は、2023年3月28日の公聴会において、「中国の、プ ルトニウムを生む高速増殖炉へのロシアからの核燃料提供を含む新たな核物質生産•再処理施 設の開発は、核弾頭製造に資する可能性があり特に問題である」と述べているア七原子力分野 における中露協力の深化に対しては、連邦議会も警戒感を強めている。同年3月16日、下院軍 事委員会、外交委員会、情報委員会の各委員長は、ジェイク•サリバン国家安全保障担当大統 領補佐官宛てに書簡を送付し、「ロスアトムと中国の危険な協力を止めるために、政権はあらゆ る手段を使うべき」とロスアトムに対する経済制裁を含む強い手段を採るよう求めたH°。 中国が急速な核軍拡路線を進める一方で、ロシアの核戦力も米国にとって重大な脅威と認識 されている。プラム国防次官補は、「ロシアは着実に、NATOや周辺諸国の直接的脅威となる 核システムを増大し多様化させている」と述べている81。ウクライナ侵略の影響により、将来的 にはさらに核兵器に依存した防衛戦略を進めるとみられており、コットン米戦略軍司令官は「ウ クライナにおいて継続しているロシアの通常戦力能力の劣化は、ロシアの核戦力への依存を高め るであろう」と評した82。 ロシアは、過去数十年以上かけて核戦力の近代化を進めており、ソ連時代に配備した!CBM を段階的に退役させ、現在最古となるサイロ発射型SS-18 (1988年配備)も2023年以降SS-29 に代替される予定である”° ロシアの核戦力の特徴は、射程の短い非戦略核兵器や通常弾頭も 使用できる兵器システムを大量に保有している点であり、米国政府は1,000〜2,000発の非戦 略核兵器を保有しているとみている韻。米国の認識では、ロシアは非戦略核兵器をウクライナ侵 略においてみられたような核恫喝の手段として用いると考えられている。ローゼンブラム国防次 官補は、ロシアの非戦略核兵器について「修正主義的な目的のために核兵器使用という脅しを 利用したいというロシアの明白な意図を裏付けるものである」と指摘している85。 核戦力の近代化を進める一方で、ロシアは米国との間で2011年に新戦略兵器削減条約(新 START)を締結し、保有する核弾頭数に加えて配備・非配備のICBM、潜水艦発射弾道ミサ イル(SLBM)、戦略爆撃機の数量について削減することに同意した。この条約では、条約履行 の検証制度として、①相互の現地査察、②弾道ミサイルの発射実験の際の相互通知、③新配備 されるミサイル、基地および関連施設の場所、ミサイルの配備状況、主要な戦略的演習の事前 第 3 57 第3章国際秩序の維持に向けた米国の軍事戦略 通告、戦略兵器の退役に関する情報交換を半年ごとに行うことが規定されている。
さらに、条 約履行状況についての協議制度として、2国間協議委員会(BCC)を設置し、年に2回以上開 催することも規定されている86。国務省の発表によれば、同条約の発効以来2023年2月1日ま でに、同条約下で328回の現地査察、2万5,449回の通知、19回のBCC、42回の定期情報 交換が行われてきたも このような核戦力に関する透明性の維持は、米露の戦略的安定に大きく寄与するものであった。
しかし、2023年2月21日、ウラジーミル・プーチン大統領は、ロシアが新STARTの履行を「停 止する」ことを発表した。
同条約では「履行停止」という規定はないため、ロシアが戦略核兵 器の数量を条約規定以上に増大させるのか、その意図は不明であるが、国務省の発表によれば、 同年3月に予定されていた米国側への情報データの提供や米国での現地査察を実施していない88。
米国は条約の履行維持を表明しつつも、ロシアによる条約履行違反への対抗措置として、現在は 米国の核戦力に関する情報の共有を停止している89〇
このように、核軍拡を推進する中国と核戦力への依存を強めるロシアという新たな局面により、 将来的な核戦力バランスの変化が予測されている。
現在、米国が保有する配備中の核弾頭数は 公式発表で1,419発であり久口シアについては新STARTの履行停止前となる2022年9月1 日の時点で1,549発である如。
したがって、米露の核保有数が現行の規模で維持され、中国が 2035年までに1,500発を保有するという見通しどおりとなれば、配備されている核弾頭数につい て、米国、中国、ロシアがほぼ均衡する状態が約10年後に生まれることとなる。
2022年3月 1日に下院軍事委員会で開催された公聴会において、リチャード前米戦略軍司令官は「2つの同 格の核能力保有国」と同時に対峙するという史上初めての状況に米国が直面すると、危機感を あらわにした92。
(2) ノヾイデン政権の対応
米国と同等の核戦力を保有する中国とロシアと同時に対峙するという、将来的な「同格の二大 核保有国」問題に対して、バイデン政権は米国の抑止力の強化と軍備管理による核使用リスク の低減に取り組む姿勢を示している。
サリバン大統領補佐官は、2023年6月2日、軍備管理 協会の年次総会で行った演説において、米国は核保有国との戦略的安定に向けて「軍備競争を 回避し誤認やエスカレーションのリスクを低減する」ことを中核として、まず「抑止カや計画を最 新のもの」とする一方で、「新たな軍備管理やリスク低減措置を進める」ことを明らかにした必。
抑止力強化に向けた政策として示されたのは、①ICBM、SLBM、戦略爆撃機といった核の 3本柱の近代化、②核兵器の指揮統制•通信(NC3)システムの近代化である%。
米国の核戦 カやNC3システムは1970年代や1980年代に配備されたものであり、改修プログラムにより耐 用年数を複数回延長してきたことから、これらの近代化は重要な政策課題となっている。58 要
ICBMでは、現行のミニットマンII!の後継となる次世代型!CBMセンティネルの開発実験を 進めている95。
海上核戦力については、2030年から現行のオハイオ級弾道ミサイル搭載原子力 潜水艦(SSBN)の後継となるコロンビア級SSBN (12隻以上)の配備が計画されている’6。
航空核戦力については、2050年までの運用を予定するB-52H爆撃機の近代化に加え、B-2爆撃機の後継機となるB-2Iレイダー爆撃機の開発が進められている。
また、1982年に配備されすで 序 JflE. に設計上の耐用年数を超過している現行の航空機発射巡航ミサイルの後継となる長距離スタンド オフ巡航ミサイルの開発が進められている々。
さらに、B61-12自由落下型核爆弾によるB61- 3/4/7型爆弾の代替、B83-1自由落下型核爆弾の退役も決定されている昭。
バイデン政権は、このように老朽化する核戦力の近代化を進める一方で、中露の核軍拡に対 抗して米国も核戦力を増大させる可能性については明確に否定している。
サリバン大統領補佐官 は、前述した演説において「米国は、我々の競争相手を抑止するために、[それらの国家が保有 第 1 する核兵器を]合わせた合計数を上回るまで核戦力を増やす必要はない」とし、「抑止を維持す るために米国はこれまで以上に危険な核兵器を配備する必要もない」と明言した”〇
そもそも米国の国防政策における核兵器の役割について、バイデン政権は、①米国に対する 戦略的攻撃の抑止、②同盟国およびパートナ一国への安全の保証、③抑止が崩れた場合の米国 の目的の達成としている|°°。
抑止に関しては、「核兵器が存在する限り、核兵器の基本的な役 割は米国、同盟国、パートナ一国に対する核攻撃を抑止すること」であると宣言しているゆ。
こ 第 2 の宣言政策においては、抑止の対象を核攻撃としているが、「核兵器は核攻撃だけでなく、狭い 範囲での他の重大な結果を招く戦略レベルの攻撃の抑止にも必要」という認識を示しており、通 常戦力や化学•生物兵器による攻撃も抑止対象として排除されていないゆ。
核兵器の使用については、「米国あるいは同盟国やノヾートナー国の死活的な利益を防護する究 極の状況においてのみ、核兵器の使用を検討する」としている他、「核兵器不拡散条約締約国 であって、かつ核不拡散の義務を順守する非核兵器国に対して、核兵器を使用したり、核使用 第 3 の脅しをしたりしない」という消極的安全の保 証という姿勢も維持している吼
中露の核戦力構成や、ロシアによるウクライ ナ侵略における核恫喝を踏まえて、武力紛争に おける限定的な核使用を抑止することの重要性 も認識されている。
プラム国防次官補は、「い くつかの競争相手は、紛争を有利な条件で終 結させるために核兵器による威嚇あるいは実際 の使用に依拠した戦争戦略を構築していること を踏まえると、限定的な核攻撃を抑止する能力 カルフォルニア州ヴァンデンバーグ宇宙軍基地で行われた ICBMミニットマンIIIの発射実験(2023年2月9日)(U.S. Air Force photo by Airman 1 st Class Landon Gunsauls) 終 3SE. 59 第3章国際秩序の維持に向けた米国の軍事戦略 も極めて重大である」と述べている性
NPR2022においても、「米国は、さまざまな敵からの、大 規模なそして限定的な核攻撃の双方を抑止できなければならない」としている105〇
そのような抑止へのアプローチとして、バイデン政権は非核戦力も含めた統合的な抑止戦略を 対象国に最適化する形で形成することを追求している。
そこで意図されるのは、対象国の政策 決定に係る計算を複雑化させることや、危機の扇動や武力侵攻の開始、核使用といった選択肢 の損益認識に影響を与えることで、抑止を達成することである106〇
この点についてNPR2022では、米国の目標が「核エスカレーションに依拠した限定戦争とい う戦略についての敵の自信を弱体化させることにより、地域戦争における抑止を強化し潜在的敵 の核の敷居を上げること」であるとしているゆ。
そして、「核保有国に対する通常戦力による作 戦を行う場合、限定核攻撃に向き合いながら、米軍は生存し、結束を維持し、作戦を継続でき なればならない」として、限定的な核エスカレーションを行った場合でもその目的を達成できない 点を敵に示すことで抑止力を強化する姿勢を示している他。
中国に対しては、「核兵器の使用により何らかの利益があるという誤った結論を出すことを防ぐ こと」を目的として、柔軟な抑止態勢と戦力態勢を維持するとしているゆ。
その一方で、相互の 誤認や意図しない核エスカレーション・リスクを低減するための戦略対話を、中国に対して求め ている。
米国とロシアとの間では、「戦略的対話において実質的な経験があるが、一貫した米国 の努力にもかかわらず中国とはほとんど進展していない」として”°、対照的な現実に懸念を示し ている。
中国はこのような対話に依然として消極的であるものの、米国は「軍事衝突の回避、 危機におけるコミュニケーション、情報共有、相互抑制、リスク低減、新興技術、核軍備管理 へのアプローチ等の戦略的問題すべてについて中国側と協議する用意がある」として、軍事およ びタ・交当局同士の対話を求めているI”。
バイデン政権は、拡大抑止の信憑性•信頼性の維持に向けた取り組みも重視している。
第1 には、前述したような米国の核戦力の近代化である。
第2には、同盟国やパートナ一国と軍事 インドネシア空軍との2国間演習に参加するために同国北ス マトラ州メダンのクアラナム国際空港に着陸するB-52H爆 撃機(2023年 6月19 日)(U.S. Air Force photo by Tech. Sgt. Zade Vadnais) 的活動や作戦、戦略を統合することであり、こ れにより「敵の計画に不確実性と複雑性を加え る」としている”2。
また、韓国、日本、豪州と の間で、核抑止政策、戦略的伝達、集団的な 地域安全保障の強化に向けた政策形成につい て、協議態勢を強化する姿勢も示している。
信憑性強化に関しては、戦略ミサイル原潜の寄港 や戦略爆撃機の飛行といった措置を通じて、「戦 略アセットの可視性の向上」も重要な措置とし て目指すことが示された。 60 要
おわりに
2010年代後半から、中国とロシアは米国の安全保障にとって主要な脅威対象として認識され るようになった。
トランプ政権期に顕在化した大国間競争という世界観は、バイデン政権にも引 き継がれ、いまや米国の安全保障政策は中露との戦略的競争を前提として形成されている。
バイデン政権が目指しているのは、「自由で開かれ、繁栄した世界」であり、国連憲章にも規定さ れている、自己決定、領土の一体性、政治的独立性、基本的人権といった原則や価値が順守さ れる国際秩序である。
このような国際秩序の維持において、最大の挑戦とみなされているのが中国である。
中国は 「国際秩序を作り変えようという意図とともに、これまで以上にこの目標を達成するための経済的、 外交的、軍事的、技術的パワーを有する唯一の競争相手」であり、「最も重大な地政学的挑戦」 であるとされている。
その一方で、ウクライナへの全面的な侵略という国際ルールに違反した口 シアも「国際的な平和と安定に対して、切迫した持続的な脅威を与えている」としている。
中国やロシアとの戦略的競争では、軍事的な分野における競争が激しさを増している。
米国は、 3つの新しい軍事的課題に直面している。
それらは、①武力紛争に至らない段階における活動 への対応、②米軍の戦力投射•作戦行動、キルチェーンに対する脅威、③将来的な核戦力バラ 2 ンスの変化、である。
米国はこれらの課題に対して、①競争継続体という紛争スペクトラムに関する概念枠組みの下 で、作戦行動の計画立案を追求すること、②A2/AD脅威圏内での複数の作戦ドメインにまたが る作戦行動のための統合作戦コンセプトの開発、③安全、確実、効果的な核抑止態勢の維持 と中国に対する戦略対話の働きかけ、拡大抑止協議の強化や戦略アセットの可視化向上といっ た措置を通じた同盟国に対する安全の保証強化、という形で対応しょうとしている。
バイデン政権は、今後のio年間の取り組みが将来的な国際秩序の姿を左右すると認識してお り、中国との競争を優位に進め、ロシアの脅威を抑制することを目標として、積極的に取り組む 姿勢を強めている。
国際秩序をめぐる中国やロシアとの競争は、今後も継続し激しさを増してい くであろう。
終 第 3 61 62 中国安全保障レポート2024 中国、ロシア; 米国が織りなす 新たな戦略環境__ 終章 本レポートの結論 飯田将史•新垣拓•長谷川雄之
終章本レポートの結論
本レポートの結論
本レポートは、将来の国際秩序を大きく左右し得る大国である中国、ロシア、米国について、 それぞれがどのような国際秩序の構築を目指し、またその実現に向けてどのような方策を講じて いるのかについて分析を進めてきた。
同時に、望ましい国際秩序の構築に向けた、各国の他の 2国に対するアプローチについても論じてきた。
ここでは、各章における分析をあらためて確認 したうえで、その相互作用の結果として想定される当面の国際秩序の方向性について、本レポー 卜としての見解を示してみたい。
冷戦後の新たな国際秩序を、中国共産党政権は自らの政治体制に対する脅威と受け止めた。
西側との冷戦に敗北した社会主義陣営は崩壊したうえに、西側が普遍的価値を中国に浸透させ て「和平演変」を試みたことが天安門事件を引き起こした原因であると見たからである。 中国は 当初、強大な米国との対立を極力避けて、米国が主導する国際秩序にも協力的な姿勢を示した。
しかし既存の国際秩序の下で経済を成長させ、軍事力も増大させると、大国となった中国は次第 に既存の秩序に対する挑戦姿勢を強めていった。
とりわけ習近平政権は、台湾の統一や南シナ海、東シナ海における支配の拡大などを「核心 的利益」として重視しており、力による一方的な現状変更を認めない既存の国際秩序における ルールを打破する動きを強めた。
また、集権化を強める習近平政権にとって、自由や民主主義と いった普遍的価値を基盤とする国際秩序は受け入れ難いものとなった。
中国は冷戦後の国際秩 序を、力を背景に「核心的利益」を確保することを可能とするとともに、中国共産党による権威 主義的な政治体制が脅威にさらされない方向へと変革することを目指しているのである。 中国は、 必ずしも西側と価値や利益を共有しない発展途上国との連携を強めることで、既存の国際秩序 への挑戦を強めている。
米国に対して、中国は対抗姿勢を強めている。既存の国際秩序におけるルールや価値を否定し、 米国のリーダーシップを拒否し、米国に中国の「核心的利益」を尊重するよう強硬に要求して いる。
中国軍は海•空・ミサイル戦力を中心に接近阻止•領域拒否(A2/AD)能力を大幅に強 化することで、中国周辺地域における米軍のプレゼンスの弱体化を図っている。
また、中国は核 戦力を急速に増強しつつあり、中国が米国に対して強力な核抑止力を獲得することになれば、「核 心的利益」の確保や、米国が主導する国際秩序を変革するうえで大きな助けとなるだろう。
他方 で中国は、既存の国際秩序の変革を目指してロシアとの連携を強化しつつある。
西側の価値観 への反発姿勢を強め、NATOが主導する欧州の安全保障秩序の変革を目指すプーチン政権を、 習近平政権は既存秩序の変革に向けた重要な戦略的パートナーとみなしている。
ロシア軍がウ クライナに侵攻した後もロシアとの連携を強化する中国の姿勢に変化はなく、日本周辺における 共同パトロールを含むロシアとの軍事的な連携をさらに強化しつつある。 64 要 約
既存の国際秩序に対する挑戦者となったプーチン体制の秩序観には、米欧諸国が志向する国 際秩序への強い対抗意識がある。
その根底には、シ口ヴィキ勢力を中心に、冷戦後国際秩序の 再編プロセスに対する不満の蓄積やプーチン体制の変容、特に個人支配化によるインナー•サー クルの硬直化があろう。
多様性や包摂性に象徴される米欧のリベラルな価値観や民主主義•立憲主義の基盤となる市 民運動、これを保障する市民的自由に対する「嫌悪感」は、現在のロシアと中国の政治体制が 共有する部分であろう。
ウクライナ戦争を受けて、この「嫌悪感」は、中露体制間協力の強力 な推進力となっている。
特に対米抑止政策の観点から、軍事•原子力•北極圏開発をはじめと する枢要な政策領域で具体的な協力が深化しており、双方の政治体制に大きな変動がない限り、 この傾向は持続するものと考えられる。
また、北極海航路につながるオホーツク海•日本海、さらに東シナ海といった日本周辺の海域 は、中国のみならず、米欧との激しい対立構図にあるロシアにとっても、経済制裁への耐性強化 という観点から、戦略的要衝としての価値は高まっている。
海空域における中露両軍•準軍事組 織の共同行動を注視するとともに、この戦略的要衝をめぐる中露間の駆け引き、すなわち協調と 牽制の度合いについても慎重に見極める必要がある。
ポスト冷戦期において、米国は中国やロシアに対して協調的関係の構築を目指していた。 しか 一 2 しながら、次第にNATOや西側への不満を示すロシアは、2014年3月、ウクライナのクリミア 半島を不法に併合し、同国東部地域への軍事的関与を続けた。
また、透明性を欠く形で軍事力 の近代化を継続する中国は、習近平政権になり、東シナ海や南シナ海における強硬な領有権の 主張を示すだけでなく、すさまじい規模で人工島を建設するなど既成事実化に向けた取り組み を活発化させた。
このような中露の現状変更に向けた動きに対して、米国は次第に懸念を強め、 トランプ政権は「修正主義勢力」である両国との大国間競争の時代に入ったと宣言した。 3 「自由で開かれ、繁栄した世界」という、領土の一体性や基本的人権の順守という既存の国 際ルールを基盤とした国際秩序の維持を目指すバイデン政権も、中国とロシアが既存の秩序に 対する挑戦国であるという認識を変えていない。
今後10年間の取り組みが将来の国際秩序を左 右すると考えるバイデン政権は、「最も重大な地政学的挑戦」である中国との戦略的競争に打ち 勝つことをより重視している。
ロシアに対しては、ウクライナ侵略に見られる同国の地域的脅威を 抑制することを目標として、類を見ない規模でウクライナへの安全保障支援を強化し、その一方 でロシアに対する経済制裁を継続している。
そこでは、同盟国やパートナー国との2国間関係だ けでなく、QUADやAUKUSといった多国間協力の深化も追求されている。
さらに、グローバル• サウスへの関与強化も重視されている。
国際秩序の将来に大きな影響を与えるのが、中国との地政学的競争であり、とりわけ重要な 舞台となっているのが、軍事•外交分野である。
この競争において米国が直面しているのが、① 終 65 終章本レポートの結論 武力紛争に至らない段階における中露の活動への対応、②中国のA2/AD脅威に対する米軍の 戦力投射•作戦行動能力の維持や、米軍のキルチェーンの防御、③中国の急速な核戦力拡大を 踏まえた核戦力バランスの変化への対応、という課題である。
バイデン政権は、この競争がエ スカレートし過ぎないように管理することを重視している一方で、米国の軍事的優位が将来的に も維持されるよう積極的に取り組んでいる。
以上の中国、ロシア、米国についての議論から判断すれば、今後は既存の国際秩序の変革に 向けた中国とロシアの連携が一層強化されることになるだろう。
中国の習近平政権と、ロシアの プーチン政権は共に、自由や民主主義といった普遍的価値を基盤とする既存の国際秩序を敵視 しており、それぞれの国益を伸長するうえで既存の国際秩序を障害と見ている。
中国とロシアは 既存の国際秩序における西側諸国の影響力を低下させ、非民主的な自らの統治体制に対する国 際的な批判や圧力を回避できるとともに、力による一方的な現状変更を実行しやすい新たな国際 秩序を構築することに共通の戦略的目標を有しており、その目標の実現に向けて相互の協力を深 化させることに戦略的利益を共有しているためである。
中国が唱える「新型国際関係」にしても、ロシアが唱える「多極化世界」にしても、その構築 に向けた主たる手段はグローバル•サウスと呼ばれる新興国•途上国との協力を強化し、西側が 主導する既存の国際秩序に対抗する勢力を糾合することである。
これまで中国とロシアは、上海 協力機構(SCO)やBRICSなどを通じて新興国•途上国との多国間の協力枠組みを推進してき た。
今後中国とロシアは、自由や民主主義といった普遍的価値を必ずしも共有しない権威主義 的な新興国•途上国を中心にグループ化を図っていくだろう。
既存の国際秩序に満足していない 新興国•途上国が一定程度存在している現実から考えれば、今後中露による新興国•途上国へ の影響力は強化され、国際秩序をめぐる中露の競争力の向上をもたらすことになるであろう。
また中国とロシアは、西側に対抗するうえで軍事面での連携も強化していくことになるだろう。
中露は共同演習や共同パトロールなどを通じて作戦面での協力を強めており、中国による核軍拡 をロシアが容認し、また早期警戒能力などの面でも中露の協力が進展することになれば、両国 が事実上の同盟関係に入ることも想定される。
他方で米国は、普遍的価値を基調としたルールに基づく既存の国際秩序を維持し強化するこ とに戦略的利益を有している。
米国は、中国とロシアを既存の国際秩序に対する挑戦者として明 確に認識しており、その挑戦を退けることに全力を傾けることになるだろう。
バイデン政権は米 国の経済的な競争力の向上を目指して、製造業の強化や先端技術の開発などへの投資を増大さ せている。
また、中露の軍事的な挑戦に対抗することを目標に軍事力の強化も進めている。今 後も同様の政策が継続されれば、米国の経済力と軍事力は着実に強化されることが想定される。
また、米国は既存の国際秩序を維持するための同盟国や同志国との連携の強化も進めている。
ロシアによるウクライナ侵略を受けて、NATOの連携と米国のリーダーシップは大幅に強化され 66 要 約 た。
インド太平洋においても米国は、日本やオーストラリア、韓国、フィリピンなどの同盟国との 協力を深化させるとともに、QUADやAUKUSなどの多国間の協力枠組みも強化している。
米 国がイニシアティブを発揮する形で、ルールに基づく国際秩序の維持を目指したグローバルな連 携が広がりつっある。
国際秩序をめぐる中露との競争において、米国もまた競争力を高めていく ことが想定される。
一方で、目下の戦略環境における最大の不確実性は、プーチン体制の行方である。中長期的 な戦略環境を議論する上で、ポスト•プーチン問題は避けて通れない。
この問題を検討する際、 ソ連•ロシアには、比較的短期間において、急激な政治変動を繰り返した経験がある点を考慮 に入れる必要があろう。
この急激な変動により、ロシアに新たな政治秩序が構築された場合、 東アジアにおける「ゲームのルール」にも大きな変更が生じるかもしれない。
すなわち、十分に 制度化されていない首脳間の信頼関係と短期的な利害関係によって現行の中露関係が規定され ているとすれば、ポスト•プーチン体制期には両国関係をめぐる不確実性や不安定性が高まるこ とになる。
また、長期的な観点からは、ロシアにおける伝統的な対中不信感や欧州に対する外 交姿勢の変化が、ポスト・プーチン体制期に現れる可能性も否定できない。
東アジアの戦略環 境を議論する上で、中露関係の変化を客観的かつ冷静にとらえる姿勢も必要である。
ウクライナ戦争下においてプーチン体制は、当面の対外的な生存戦略として、国家のリソースを 最大限に動員し、短期的な利害関係に基づく状況主義的な対外政策を展開するものと考えられる。
いわゆるグローバル・サウスと呼ばれる新興国•途上国に対して、ロシア単独ないし中国を 含む多国間枠組みを活用して関与を深めるであろう。
こうした』犬況において、グローバル•サウ スが、今後さらに中露の政治体制と関わり合う中で、権威主義体制下で展開される政策の機動 性や即応性の高さをどのように解釈するか、という点も中長期的な国際秩序の行方を展望する上 では重要な要素となろう。この点は今後の検討課題である。
以上の分析に基づけば、ロシアで急激な政治変動が生じない限り、今後10年程度の見通し 得る将来において、国際秩序をめぐる米国と中露の対立は加速していくと結論せざるを得ない。
その対立は、米国と中露の間にとどまらず、グローバル・サウスも巻き込みながら、米国を中心 とした既存秩序の現状維持勢力と、中露を中心とした現状変更勢力の間の対立へと拡大してい くことになろう。
双方が共に競争力を高めていくものと思われるため、帰趨はすぐには決まらず、 対立は緊張の度を高めながら長期にわたって続くだろう。
こうした状況は偶発的な衝突や予期し ないエスカレーションといった不安定要因の増大につながりかねない。
今後はこのような不安定 要因の顕在化を防止するために、いかに競争を管理していくのかが双方に問われることになるだろう。
他方で、より長期的な観点に立った場合、既存の国際秩序の維持と変革をめぐる米国と中露 による競争の行方はどのように見通せるだろうか。中露が、カによる一方的な現状変更を実行し 序 3SE. 第 1 第 2 第 3 終 67 終章 本レポートの結論 やすい新たな国際秩序の構築を目指していることから、実際に両国が力による現状変更を実現 し、それを維持することに成功すれば、既存の国際秩序が中露によって変革されたと判断でき るだろう。
この判断基準から見れば、ウクライナ侵略というロシアの力による現状変更の試みは、 西側諸国を中心とした既存の国際秩序の維持を重視する勢力の強い反対に直面しており、国際 秩序の変更に至る見込みは極めて小さい。
一方で中国は、海洋への軍事的なプレゼンスの拡大 などを通じて、南シナ海や台湾海峡などにおいて徐々に現状変更の既成事実を積み重ねてきて いる。
このような中国の力を背景にした漸進的な現状変更が今後も許容されたり、軍事力を用い た大規模な現状変更が実現されたりすることになれば、中国によって既存の国際秩序が変革さ れたとみなせるだろう。
したがって長期的に見れば、既存の国際秩序の維持を目指す国々にとつ ては、中国の力による一方的な現状変更を防止できるか否かが、国際秩序をめぐる競争の行方 を決定づける最も重要な要因であるといえよう。
自由で民主的な政治制度を確立し、人権の尊重といった普遍的価値を重視する日本は、中露 が推進する非民主的で、力による一方的な現状変更を許容する方向への国際秩序の変革を認め るわけにはいかない。
日本としては、主権と領土の一体性を確保し、力に依拠した現状変更の 試みを抑止するために必要な防衛力をさらに強化すると同時に、既存の秩序を維持する意思と、 核を含む強力な抑止力を有する米国との連携を全面的に深化させなければならない。
また、東 南アジア諸国や太平洋島!ft国との間で自由や民主主義といった価値を共有し、長期にわたって 経済交流や人的交流を重ねてきた日本は、インド太平洋地域における新興国•途上国との間で既 存の国際秩序を守るという共通利益の拡大を目指した外交を展開することも必要であろう。
日本 の国益を確保し、インド太平洋の平和と繁栄を維持するために、日本にはより能動的で主体的 な行動が求められているといえよう。
68
注 [第1章] ! 「秦剛在十四届全国人大一次会議挙行記者会上就中国外交政策和対外関係回答中外記者提問」『人民日報』2023年3月8日。 2 同上。 3 Department of State [DOS], Fhe Administrations Approach to the Peoples Republic of China,” May 26, 2022, https://www.state.gov/ the-administrations-approach-to-the-peoples-republic-o£china/. 4 Denny Roy, Return of the Dragon: Rising China and Regional Security, Columbia University Press, 2013, p. 50. 5 江沢民「把一個和平繁栄的世界帯到二十一世紀(ー九九三年十一月十九日)」『改革開放三十年重要文献選編(上)』中央文献出版社、 2008 年、750-753 頁。 6 「努力建立中美建設性戦略夥伴関係」『人民日報』1997年10月31日。 7 「江沢民主席与布什総統挙行会談」『人民日報』2002年2月22日。 8 胡錦濤「努力建設持久和平、共同繁栄的和諧世界」『改革開放三十年重要文献選編(下)』中央文献出版社、2008年、1525-1529頁。 9 国務院新聞弁公室「中国的和平発展道路」中華人民共和国中央人民政府、2005年12月22 http://www.gov.cn/zhengce/2005-12/22/ content_2615756.htm〇 10 DOS, *’Whither China: From Membership to Responsibility?” September 21,2005, https://2001-2009.state.gOv/s/d/former/zoellick/ rem/53682.htm. 11 胡錦濤『胡錦濤文選(第三巻)』人民出版社、2016年、237-240頁。 12 高木誠一郎「中国における米国パワーの認識:中国の¢S起とアンビバレンスの変質」『米中関係と米中をめぐる国際関係』日本国際問題研 究所、2017年3月、37頁。 13 「習近平会見美国総統奧巴馬」『人民日報』2012年2月15日。 14 「習近平同美国副総統拜登会談」『人民日報』2012年2月15日。 15 「共創中美合作夥伴関係的美好明天——在美国友好団体歓迎午宴上的演講」『人民日報』2012年2月15日。 16 「堅持富国和強軍相統一 努力建設筆固国防和強大軍隊」『人民日報』2012年12月13日。 1y 「更好統篝国内国際両個大局 務実走和平発展道路的基礎」『人民日報』2013年1月30日。 18 「習近平与奥巴馬総統共同会見記者」『人民日報』2013年6月9日。 19 「跨越太平洋的合作一楊潔饒談習近平主席与奥巴馬総統安納伯格庄園会皓成果」『人民日報』2013年6月10日。 20 「常万全与美方就網絡与朝核問題交換意見」人民網、2013年8月21日、http://politics.people.com.en/n/2013/0821/c70731-22636133. html〇 21 Department of Defense [DOD], “News Transcript: Department of Defense Press Briefing by Secretary Hagel and General Dempsey in the Pentagon Briefing Room,” December 19, 2013. 22 「中央外事工作会議在京挙行」『人民日報』2014年11月30 0〇 23 「習近平在第七十届聯合国大会一般性弁論時的講話(全文)」新華網、2015年9月29日、http://www.xinhuanet.eom//world/2015-09/29/ c_1116703645.htm〇 24 「推動全球治理体制更加公正更加合理為我国発展和世界和平創造有利条件」『人民日報』2015年10月14日。 25 飯田将史「中国:コロナで加速する習近平政権の強硬姿勢」陳アジア戦略概観2021J防衛研究所、2022年、58-68頁。 26 「楊潔饒、王毅同布林肯、沙利文挙行中美高層戦略対話」新華網、2021年3月20日、http://world.people.com.cn/nl/2021/0320/cl002- 32056029.htmlo 27 「楊潔饒在中美戦略対話開場白中聞明中方有関立場」『人民日報』2021年3月20日。 28 「習近平与美国総統拜登在巴厘挙行会皓」『人民日報』2022年11月15日。 29 「中華人民共和国和俄羅斯聯邦睦隣友好合作条約(二〇〇一年七月十六日)」国務院公報、2001年第25号、https://www.gov.cn/gongbao/ content/2001/content_60963.htm〇 30 「中国国家主席胡錦濤和俄羅斯総統梅徳章傑夫関於«中俄睦隣友好合作条約»署10周年聯合声明(全文)」中国外交部、2011年6月 17 日、https://www.mfii.gov.cn/web/gjhdq_676201/gj_676203/oz_678770/1206_679110/1207_679122/201106/t20110617_9337139.shtml。 31「中国和俄羅斯関於当前国際形勢和重大問題的聯合声明(全文)」中国外交部、2011年6月17 0> https://www.mfa.gov.cn/web/ gjhdq_676201/gj_676203/oz_678770/1206_679110/1207_679122/201106/t20110617_9337138.shtmlo 32 「順応時代前進潮流 促進世界和平発展一在莫斯科国際関係学院的演講」『人民日報』2013年3月24日。 33 「習近平主席与普京総統会談」『人民日報』2013年3月23日。 34 「中華人民共和国和俄羅斯聯邦関於合作共^、深化戦略協作夥伴関係的聯合声明」『人民日報』2013年3月23日。 35 「中華人民共和国主席和俄羅斯聯邦総統関於加強全球戦略穏定的聯合声明(全文)」中国外交部、2016年6月26日、https://www.mfa. gov.cn/web/gjhdq_676201/gj_676203/oz_678770/1206_679110/1207_679122/201606/t20160626_9337155.shtmlo 36 「中華人民共和国和俄羅斯聯邦関於促進国際法声明(全文)」中国外交部、2016年6月26 0> https://www.mfa.gov.cn/web/ gjhdq_676201/gj_676203/oz_678770/1206_679110/1207_679122/201606/t20160626_9337156.shtmL 37 「中華人民共和国和俄羅斯聯邦関於当前世界形勢和重大国際問題的聯合声明(全文)」中国外交部、2017年7月5日、https://www.mfa. gov.cn/web/gjhdq_676201/gj_676203/oz_678770/1206_679110/1207_679122/201707/t20170705_9337162.shtmlo 38 「中華人民共和国和俄羅斯聯邦関於加強当代全球戦略穏定的聯合声明(全文)」中国外交部、2019年6月6日、https://www.mfa.gov.cn/ web/gjhdq_676201/gj_676203/oz_678770/1206_679110/1207.679122/201906/t20190606_9337172.shtmL 39 「中華人民共和国和俄羅斯聯邦関於新時代国際関係和全球可持続発展的聯合声明(全文)J中国外交部、2022年2月4日、https://www. mfa.gov.cn/web/gjhdq_676201/gj_676203/oz_678770/1206_679110/1207_679122/202202/t20220204_10638953.shtmlo 40 「習近平同俄羅斯普京会談」『人民日報』2023年3月22日。 41「中華人民共和国和俄羅斯聯邦関於深化新時代全面戦略協作夥伴関係的聯合声明」『人民日報』2023年3月22日。 70 42 「関於政治解決烏克蘭危機的中国立場」中国外交部、2023年2月24日、https://www.fmprc.gov.cn/zyxw/202302/t20230224_11030707. shtml〇 43 杉浦康之『中国安全保障レポート2022—統合作戦能力の深化を目指す中国人民解放軍』防衛研究所、2021年を参照されたい。 44 DOD, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2022 [2022CMPR], November 29, 2022, p. 81. 45 U.S. Indo-Pacific Command, USINDOPACOM Statement on Unsafe Maritime Interaction,M June 3, 2023, https://www.pacom.mil/ Media/News/News-Article-View/Article/3415952/usindopacom-statement-on-unsafe-maritime-interaction/. 46 “Navy Says Chinese Destroyer Shot Laser at Aircraft Near Guam in *Unsafe and Unprofessional Manner, Stars and Stripes^ February 27, 2020. 47 U.S. Indo-Pacific Command, “USINDOPACOM Statement on Unprofessional Intercept of U.S. Aircraft over South China Sea,” May 30, 2023, https://www.pacom.mil/Media/News/News-Article-View/Article/3410337/usindopacom-statement-on-unprofessional-intercept- ofus-aircraft-over-south-chi/. 48 「中俄海上聯合軍事訓練円満落幕」『解放軍報』2012年4月28日。 49 「中俄首次聯合戦略巡航提昇両軍戦略協作水平」中国国防部、2019年8月29日>http://www.mod.gov.cn/gfbw/xwfyr/rcfb/4849376.htmlo 50 「中俄首次海上聯合巡航円満結束」『解放軍報』2021年10月24日。 51 統合幕僚監部「ロシア海軍艦艇の動向について」2022年7月5日、https://www.mod.go.jp/js/pdf72022Zp20220705_02.pdf;防衛省「中 国海軍艦艇の動向について」2022 年 7 月 4 日、https://www.mod.go.jP/j/press/news/2022/07/04a.pdfi 52 2022CMPR, p.100. 53 Ibid., p. 96. 54 SIPRI Year Book 2023, Stockholm International Peace Research Institute, 2023, p. 284. 55 2022CMPR, pp. 97-98. 56 国務院新聞弁公室『新時代的中国国防』新華網、2019 年 7 月 24 0> http://www.xinhuanet.com/politics/2019-07/24/c_l124792450.htm〇 57 契吉社「中国核政策的基本選輯与前景」『外交評論』2018年第5期、7-11頁。 58 呉大輝「准核戦争威^条件下的大規模地区常規戦争」『世界知識』2023年第1期、72頁。 59 “Russia Reportedly Supplying Enriched Uranium to China/ DOD News, March 8, 2023, https://www.defense.gov/News/News-Stories/ Article/Article/3323381/russia-reportedly-supplying-enriched-uranium-to-china/. 60 2022CMPR, p. 99. [第2章] 1 YKa3 IIpe3H/ieHTa PC> ot 07 Maa 2018r., 204 (peた.ot 21 hiojih 2020r.), «0 Hai;H〇HajibHbix i^enax h CTpaTerHnecKHx sa^anax pa3BHTH« Pocchhckoh Oejiepai^HH Ha nepn〇A 40 2024 ro^a»5 Codpauue 3aK〇nodamejibcmea Poccuuckou (11110Jia 2020r.). 10 CraTb ヌ 91,Kohcthtyuhh PO. 11 溝口修平「ポスト・プーチン時代のロシアと憲法改正」『ポスト・プーチンのロシアの展望』日本国際問題研究所、2020年、7-18頁。改憲に 慎重であったプーチン大統領が任期延長や大統領権力の強化を含む改憲を自ら主導するに至るプロセスについては、溝口修平「ロシアにお 71 注 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 ける1993年憲法体制の成立と変容——憲法改正なき変容から憲法改正を伴つ変容へ」『レヴァイアサン』第60号、2017年、79-99頁を参照。 長谷川雄之「プーチン政権下の現代ロシアにおける大統領の『権力資源』一大統領府による重要政策の指揮監督」『ロシア・ユーラシア の経済と社会』第1037号、2019年、2-19頁;同「第2次ロシア・ウクライナ戦争とプーチン体制の諸相——権力構造と政治エリート」『国際 安全保障』第51巻第2号、2023年9月、10-25頁。 Vica3 Hpe3uたeHTa P① ot 02 〇KT«6p« 2018r., 559 (pen ot 04 HoaGpa 2020r.)? «06 YnpaBjieHHH IIpe3明eirra Pocchhckoh ①enepauuu no npHrpaHHHHOMy c〇TpyたHHHecTBy (bmcctc c “‘IIojio^eHHeM 〇6 YnpaBjieHHH IIpesHjieHTa Pocchhckoh ! npe3H^eHTa P ① no npHrpaHHHHOMy c〇TpyAHHnecTBy». Yxas IIpe3HAeHTa P① ot 25 uk)h月 2012r., 893 (pen. ot 25 1110Jia 2014r.), «06 yTBep氷nemiH IIojio^eHHM 〇6 YnpaBjieHHH IIpe3HjieHTa Pocchhckoh Oe^epaqHH no coi;najibH〇・3K〇H〇MHHecK〇My coTpy^HHnecTBy c rocy^apcTBaMii-yHacTHHKaMH Co^py^cecTBa He3aBHCHMbix 「ocynapcTB, Pecny6jiHK〇ii A6xasn月 h Pecny6jinK〇ii K)^cHa>i Occthm>>, C3P①,02 uk)jih 2012a., Nq 27, cm. 3680; Yxas Hpe3uたeHTa P① ot 02 〇KT5i6p5i 2018r.? 559 (pe^. ot 04 hoヌ6p>i 2020「.),«06 YnpaBjieHHH npe3uたeHTa Pocchhckoh OeAepaqHH no npHrpaHHHHOMy coTpy^HHHecTBy (BMecTe c “Hojio腋HHeM 〇6 YnpaBjieHHH IIpe3H^eHTa Pocchhckoh Oe^epaijHH no npHrpaHHHHOMy c〇Tpy口HnuecTBy”), C3P(P, 08 〇Kms6p只 20182., M 41,cm. 6223; YKa3 IIpeaH^eHTa P① ot 09 aerycTa 202lr., 459, «0 BHeceHHH H3MeneHHH b 110jio^ceHHe 〇6 YnpaBjieHHH IIpe3UたeHTa Pocchhckoh ①enepauuu no npHrpaHHHHOMy c〇Tpy/iHHHecTBy, yTeep^ennoe YKa3〇M IIpesH^eHTa Pocchhckoh ①e^epauHH ot 2 〇Km6p月 2018 r. K〇 559», C3P(P,16 aeaycma 20212., M 33, cm. 6090. KoMMepcaum’b, ot 25 只HBap只 2020r., «^mhtphh K〇3aK co6HpaeTCM b hobbih noたxoた Ha YKpauHy – KaK mo^cct H3MeHHTbca nojiHTHKa Mockbbi b OTHomeHHH KweBa h fl〇H6acca nocjie yxo^a Bjia^ncjiaea CypK〇Ba»;大統領府内部部局に対する大統領補佐官の指揮権について は、大統領府規程第11項において定められている。1lyHKT 11,«II〇jio^ceHHM 〇6 A^MHHHCTpauHH IIpe3明eHTa Pocchhckoh Oe^epauHH>>, YKa3 IIpe3H^eHTa P① ot 06 anpejia 2004r., 490 (pe小.ot 25 anpena 2022r,), «06 yTBep)KAeHHH IIojio^eHHM 〇6 A^MHHHCTpauHH IIpe3H^eHTa Pocchhckoh ¢>e^epauHH», C3P如,om 02 Man 20222., M18, cm. 3053. Erica Frantz, Authoritarianism: What Everyone Needs to Know, Oxford University Press, 2018 (エリカ•フランツ(上谷直克•今井宏平•中井 遼訳)『権威主義一独裁政治の歴史と変貌』白水社、2021年)。 大澤傑「『個人化』するロシアの権威主義体制——政治体制から読み解くウクライナ侵攻」SYNODOS、2022年7月22日、https:// synodos.jp/opinion/international/283H/ »同『「個人化」する権威主義体制 侵攻決断と体制変動の条件』明石書店、2023年、27-81頁0 長谷川「第2次ロシア・ウクライナ戦争とプーチン体制の諸相」13-14頁。 長谷川雄之「第2次プーチン政権における安全保障法制の変容——安全保障会議副議長設置とその法的諸問題を中心として」『ロシア・ ユーラ シアの社会』 第!052 号、2020 年、21-35 頁。 Bed〇M〇cmu, ot 18 MHBapa 2021r., «IIyTHH Ha3HanHji Ilaejia ①pa^KOBa nepBbiM 3aMecTHTejieM ynpaB^ejiaMH npe3u^eHTa»; KoMMepcaum-b, ot 18 Maa 2018r.? «fjiaB〇H MHHcejitxosa CTaneT flMHTpHH IlaTpyineB>>. 「(寄稿)ロシアの破局的な時間ロシア史研究者•池田嘉郎」『朝日新聞』2023年3月3日。 プーチン体制の変容に関する議論は、長谷川「第2次ロシア・ウクライナ戦争とプーチン政権の制度的特徴」;同「第2次ロシア・ウクライナ 戦争とプーチン体制の諸相」に基づく。 C)e^epajibHbiH 3aK〇H ot 04 MapTa 2022r., 31-¢)3 (peた.ot 14 hiojim 2022r.), «0 BHeceHHH H3MeneHHH b KoたeKC Pocchhckoh C)e^epauHH 〇6 a^MHHHCTpaTHBHbix npaB〇HapyineHH«x», C3P(P, om 07 Mapma 20222., M 10, cm. 1388; C)e^epajibHbiH 3aK〇H ot 04 MapTa 2022r., 32-03, «0 BHeceHHH H3MeHeHHH b YrojiOBHbiH ko^ckc Pocchhckoh Oe^epaqHH h CTaTbH 31 h 151 Yfojiobho- npoqeccyajibHoro KO^eKca Pocchhckoh Oeziepai;HH»? C3P①,om 07 Mapma 20222., M10, cm. 1389. 軍需産業委員会の体制強化について、詳細は長谷川「第2次ロシア・ウクライナ戦争とプーチン体制の諸相」15-17頁;YKa3 npe3HAeHTa PO ot 26 ACKa6pa 2022r,, 960, «0 BHeceHHH H3MenenHH b n〇jio^ceHHe o BoeHHO-npoMbiuijieHHOH komhcchh Pocchhckoh ①eたepauuu, yTBep水口eHH〇e YKa3〇M IIpe3H^eHTa Pocchhckoh Oe^epaunn ot 10 ceHTヌ6pヌ 2014 r., 627, b cocTaB BoeHHO-npoMbiuijieHHOH komhcchh Pocchhckoh 中enepauun h cocTaB Kojuiernn BoeHHO-npoMbimjieHHOH komhcchh Pocchhckoh >, YKa3〇M Hpe3uたeHTa P① ot 10 ceHT5i6p» 2014r., 627 (pen. ot 24 MapTa 2023r,), «0 BoeHHO-npoMbimneHHOH komhcchh Pocchhckoh Oe^epaunn (bmcctc c “IIojio^eHHeM o Bochho- npoMbiinjieHHOH komhcchh Pocchhckoh ①enepauuu”), C3P(P, om 15 ceum只6p只 20142., №37, cm. 4938. CTaTba 1 h 2, YKa3 IIpe3H^eHTa P① ot 10 ceHTa6p« 2014r., 627 (pen. ot 24 MapTa 2023r.), «0 BoeHHO-npoMbimjieHHOH komhcchh Pocchhckoh Oe^epai^HH (bmcctc c “H〇jioeHueM o BoeHHO-npoMbiiujiennoH komhcchh Pocchhckoh Oe4epauHH,,)», C3P①,om 15 ceHm/6p只 20142., M 37, cm. 4938. KoMMepcaumi), ot 26 ^eKa6p« 2022r.? «Me^BezieB CTan nepBbiM 3aM〇M IlyTHHa b BoeHHO-npoMbiuijieHHOH komhcchh>>. IlyHKT 13,«110mwKeH飯 o BoeHH〇・np〇MbimjieHH〇H komhcchh Pocchhckoh ①即 epauun>>. Iqa Victorov and Olga Kryshtanovskaya, Presidential Succession in Russia: Political Cycles and Intra-Elite Conflicts/ Russian Politics, Vol.8, No.1,(2023), pp. 97-121. 長谷川「第2次ロシア・ウクライナ戦争とプーチン体制の諸相」18頁。 YKpauHCKaH Ilpaeda, ot 7 Maa 2023「・, «Ka^bip〇B 3a>iBHji, hto nonpocnji y IlyTHHa o nepeMeujeHHH ero bomk b BaxMyT»; ot 18 Maa 2023r.? «IIpHro^HH ewe Ha^eeTCヌ y6paTb c たoji hoctu 1110iiry – aMepHKancKHe anajiHTHKH>>; ot 24 Ma>i 2023«Hpuro*nH CHHTaeT, hto y YKpaHHbi Tenepb o^Ha H3 caMbix chjiehbix apMHH Mnpa»; npe3H^eHT Pocchh, ot 25 H〇5i6p« 2022r,, «C〇BemaHHe c hoctoxhhbimh HjieHaMH CoBeTa Ee3〇nacH〇CTH»; ot 25 hoヌ6p>i 2022«BcTpeqa c rjiaeon Hchhh PaM3aH〇M Ka^bip〇BbiM». 72 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 Andreas Heinemann-Griider, ‘Russia s State-Sponsored Killers: The Vagner Group,” Russian Analytical Digest, No. 290, 2022, pp. 2-4. Ibid. Stephen Aris, “Wagner PMC and the Semi-Privatisation of Russian State Security” Russian Analytical Digest, No. 290, 2022, pp. 5-7. 長谷川「第2次ロシア・ウクライナ戦争とプーチン体制の諸相」18-19頁。 KoMMepcanm-b, ot 23 aerycTa 2023「.,«”BarHep” noTepneji He6oeB〇e nopa^ceHHe: CaMOJieT, b kot〇p〇m Haxo^Hjica ocHOBaTejib HBK Ebfchkh npHro^cHH, pas6HjiCM b TeepcKOH o6jiacTH». KoMMepcaunfb, ot 24 aerycTa 2023r., «IIyTHH np〇K〇MMeHTHp〇Baji KpyineHne caMOJiera IIpiiro^HHa: IlyTHH Bbipasiui co6〇jie3H〇BaHH5i ceMb^M 110ru61111ix npn KpyineHHH caMOJieTa IIpHro)KHHa». Yxas IIpe3HAeHTa P① ot 31 MapTa 2023r., 229, «06 yTBepTK^eHHH KoHuenuHH BHeuiHeii hojihthkh Pocchhckoh Oe^epaqHH>>, C3P(P, om 03 anpejin 2023a., M 14, cm. 2406; JIe6e^eBa, 0. h Eo6p〇B, A., ctK〇Hueni11151 BHemneH hojiuthku Pocchh 2023: CTpareraヌ MH〇ron〇ji5ipH〇ro Mupa,” PCM及02 Ma>i 2023r.以下、2023年3月31日に承認された「ロシア連邦対外政策概念」はKoHqenuHM BHeniHeii hojimthkh 2023と 略記。 IIpe3 明 eHT Pocchh, ot 31 MapTa 2023r., «C〇BenjaHHe c nocT〇5iHHbiMH nneHaMH CoeeTa Ee3〇nacH〇CTH». y Ka3 IIpe3HAeHTa P¢> ot 21 ¢eBpaji5i 2023r., №111,«0 npH3HaHHH yTpaTHBiiiHM cnjiy Yxasa IIpe3H^eHTa Pocchhckoh 中eたepauuu ot 7 Ma>i 2012 r. M 605 “0 Mepax no peajiH3aqHH BHeniHenojiHTHHecKoro Kypca Pocchhckoh Oe^epaijHH,,», C3PQ om 27 (peepaji^i 2023a., M 9, cm. 1462. YKa3 IIpesH^eHTa P① ot 07 Ma, 2012r., M 605, «0 Mepax no peannaauHH BHeniHenojiHTHHecKoro Kypca Pocchhckoh Oe^epai;HH», C3P(P, om 07 Man 2012a., M 19, cm. 2342. IlyHKT 6 h 9, KoHqenuHH BHemneH douhthkh 2023. (I) nyHKT 27, KoHqenuHH BHemHeii houhthkh 2023. Pierre de Dreuzy and Andrea Gilli, * Russias nuclear coercion in Ukraine,M NATO Review, November 29, 2022. PoccuucKan aa3ema, ot 30 ロeKa6p只 2014r., <>; YKa3 Hpe3uたeHTa P① ot 02 hk)hm 2020r., M 355, «06 OcHOBax rocy^apcTBenhoh hojikthkh Pocchhckoh ①eたepauuu b o6jiacTH 5i^epH〇ro c^ep^cHBaHH5i», C3P①,om 08 ujohm 2020a., M 23, cm. 3623. Center for Global Security Research, “China’s Emergence as a Second Nuclear Peer: Implications for U.S. Nuclear Deterrence Strategy/’ pp. 14-19.また、現代ロシアにおける核兵器の役割については、次の文献を参照。山添博史「ロシアの国際闘争手段としての核兵器——『戦略 的抑止』における最終手段、紛争局限手段、言説攻撃手段」『国際政治』第203号、2021年3月、110-125頁。 HseecmuM, ot 23 anpejia 2023r., «K 6010 TO¢>: KaKne bosmo^chocth noKaaaji THxooKeaHCKHH ¢jiot b xo^e yneHHH>>. H3eecmun, ot 24 Maa 2023r., «AIIJI FeHepajinccHMyc CyB〇p〇B coeepinHT nepexoロ Ha THxooKeaHCKHH ¢jiot»; Boeuuoe o6〇3peuue, ot 31 aerycTa 2023r., <>. 小林祐喜「中口の原子力協力に警戒感 中国の核軍拡が加速する恐れ」笹川平和財団、2023年、https://www.spf.org/japan-us-alliance- study/ article/document-detailO 0 5. html〇 益尾知佐子P2023年中口共同声明と世界の分断」日本国際問題研究所、2023年、https://www.jiia.or.jp/pdf7research/R04_Indo-Pacific/01-09. pdf;『毎日新聞』2023年6月22日0 統合幕僚監部「中国軍機及びロシア軍機の動向について」2023年6月6日、https://www.mod.go.jp/js/pdf72023/p20230606_02.pdR Boennoe o6〇3penue, ot 20 hjojim 2023r., «C〇BMecTHbie B〇eHH〇・M〇pcKHe yneHHM BMO Pocchh h BMC KnTaa «CeBep. B3aHM〇^eHCTBHe-2023» Hanajincb b ^Hhohckom M〇pe». HH^opMaqHOHHoe areHTCTBO «EH-nopT», ot 26 anpejia 2023r., <! cjiy氷6a ①CB P¢> h EeperoBaa oxpaHa KHP no^nncajiH b MypMaHCKe MeMopaH^yM o B3aHM〇n〇HHMaHHH»; KH(^opMauH〇HH〇e areHTCTBO «Nord-News», ot 25 anpena 2023r., «B MypMaHCKe no^nncajiH MeMopaHziyM Me 沖 y PO h KnTaeM o coTpy^HHHecTBe npaBOOxpaHHTejien Ha M〇pe». Hn^opMauHOHHoe areHTCTBO «Nord-News», ot 26 anpejia 2023r., «3a mopckhm yqeHueM <qaHnヌ CoeeTa rnaB rocy^apcTB 一 hjichob 111aHxaiiCKOH opraHH3auHH c〇Tpy た HnuecTBa>>. Agata Loskot-Strachota and Adam Michalski, “Turkey’s dream of a hub. Ankaras wartime gas policy, OSW Commentary, No. 497, March 10, 2023;今井宏平『戦略的ヘッジングと安全保障の追求:2010年代以降のトルコ外交』有信堂、2023年、73-85、169-183頁;「ロシア人が 押し寄せ、家賃10倍もトルコのリゾート地で起きた異変」『朝日新聞』2023年5月13日。 Zuzanna Krzyzanowska, **Turkey: first nuclear power plant under Russian rules,” OSWAnalyses, April 28,2023. IIpe3HjieHT Pocchh, ot 04 ceHT5i6p« 2023r., «PoccHHCK〇・TypeuKHe neper〇B〇pbi: B Cohh npomjiH neper〇B〇pbi Bjia^HMHpa IlyTHHa c IIpe3H^eHT〇M TypeuKOH PecnyGjiHKH Pe小氷en〇M TaHHnoM 3pA〇raH〇M»; <<YnacTKHKH poccHHCKO-TypeuKHx neper〇B〇p〇B (b pacuinpeHHOM (J) opMaTe)». 73 注 66 外務省「G7広島首脳コミュニケ」2023 年 5 月 20 Bhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100507033.pdfc [第3章] 1 The White House, National Security Strategy of the United States of America [NSS 2017}, December 2017, p. 27. 2 The White House, National Security Strategy [NSS 2022], October 2022, pp.11,25. 3 NSS 2022, pp. 8, 23. 4 Ibid., p. 25. 5 The White House, National Security Strategy of the United States of America, March 2006, p. 35. 6 The White House, National Security Strategy of the United States of America, September 2002, pp. 26-27. 7 The White House, National Security Strategy [NSS 2010}, May 2010, p. 43. 8 Ibid., p. 44. 9 NSS 2017, p. 2. 10 Ibid., p. 25. 11 Ibid., p. 3. 12 Cory Welt et al., U.S. Sanctions on Russia,M CRS Report, no. R45415, Congressional Research Service, Updated January 18, 2022, pp. 6-11. 13 Ibid., pp. 12-15. 14 増田雅之編著『大国間競争の新常態』インターブックス、2023年、46-47 M〇 15 同上、48-49頁。 16 NSS 2022, p. 6. 17 Ibid. 18 Ibid. 19 Ibid., p.12. 20 Department of Defense [DOD], 2022 National Defense Strategy of the United States of America [2022 NDS], October 27, 2022, p. 2.米 国の国防計画における「基準となる脅威/挑戦」の位置付けについては、菊地茂雄「米国防計画における『Pacing Threadとして の中国」FNIDSコメンタリー』第191号、防衛研究所、2021年9月2日を参照のこと。 21 2022 NDS, pp. 2,4. 22 増田『大国間競争の新常態』、56-60頁。 23 NSS2022, p. 24. 24 NSS2022, p. 25; 2022 NDS, p. 5. 25 NSS 2022, p. 26. 26 増田雅之編著『ウクライナ戦争の衝撃』インターブックス、2022年、7-14頁。 27 NSS 2022, p. 26. 28 Craig Howie, “Blinken: *Deep Concern,that China could provide lethal support for Russias war in Ukraine,w POLITICO, February 18, 2023. 29 2022 NDS, p. 5. 30 Haley Britzky, Ibp US general says increased partnership between Iran, Russia, and China will make them problematic for years to come’,” CNN, March 31,2023. 31 GDP比2%の国防費というNATOが設定している目標について、同目標が初めて設定された2014年には加盟国中3カ国のみが達 成している状況であったが、2023年7月のNATO発表によれば、31加盟国中10カ国が目標を達成している状況である。John A. Tirpak, “NATO Details Leap in Member Defense Spending Ahead of Summit,M Air & Space Forces, July 8, 2023. 32 NATO, Vilnius Summit Communique,M July 11,2023. 33 NSS 2022, p.12. 34 増田『ウクライナ戦争の衝撃』、110-113頁。 35 NSS2022, p.12. 36 Ibid., pp. 27-28. 37 DOD, Summary of the 2018 National Defense Strategy of the United States of America: Sharpening the American Military} Competitive Edge, January 19, 2018, p. 5. 38 2022 NDS, p. 6. 39 Lyle J. Morris et al., Gaining Competitive Advantage in the Gray Zone: Response Options for Coercive Aggression Below the Threshold of Major War, RAND Corporation, 2019, pp. 13-41. 40 Ibid., pp. 27-41•近年の中国によるグレーゾーン活動については、山口信治編著、八塚正晃、門間理良『中国安全保障レポート 2023——認知領域とグレーゾーン事態の掌握を目指す中国』インターブックス、2022年を参照のこと。 41 Morris et al., Gaining Competitive Advantage in the Gray Zone, pp. 14-27. 42 Joint Chiefs of Staff []QS], Joint Concept for Competing [JCC], February 10, 2023, pp. 5-6.特定国との戦略的競争については、非公開 版で扱われるものとされている。JCC, p. 4. 43 JCC, p.1. 44 Ibid., p. 5. 45 Ibid., p. 6. 46 Ibid. 47 House Armed Services Committee [HASC], Secretary of Defense Lloyd J. Austin LLL Prepared Remarks before the House Armed Services Com- 74 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 mitteey United States House of Representatives, 118th Cong., March 29, 2023. HASC, Statement of General Mark A. Milley, USA 20th Chairman of the Joint Chiefs of Staff Department of Defense Budget Hearing, United States House of Representatives,118th Cong., March 29, 2023, p. 3. DOD, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2022 [2022CMPR], November 29, 2022, pp.1-4. Ibid., p. 39. DOD, 2022 Nuclear Posture Review [2022 NPR], October 27, 2022, p. 4. Ibid., pp. 4-6. 菊地茂雄「米陸軍・マルチドメイン作戦(MDO)コンセプト——「21世紀の諸兵科連合」と新たな戦い方の模索——」『防衛研究所紀要』 第22巻第1号、2019年11月、31頁。 このモデルは紛争を、①フェーズ。 :潜在的な敵対国に対する諌止(dissuasion)、②フェーズI :敵対国に対する抑止、③フェーズ 11:次段階である「制圧」の準備段階としての主動(initiative)の確保、④フェーズIII :軍事力により敵の抵抗を排除し、我の意志 を敵に強制する「制圧」、⑤フェーズIV:戦後の「安定化」、⑥フェーズV:文民当局への統治権の移譲、という6段階に分けて示し た 0 菊地「米陸軍•マルチドメイン作戦(MDO)コンセプト」、29-30 頁;]QS,JP 5-。 Joint Operation Planning, August 11,2011,pp. IIL39, III-4MIL44. 菊地「米陸軍・マルチドメイン作戦(MDO)コンセプト」、31頁;JCS, JP1 Doctrine for the Armed Forces of the United States, pp. L14-L16. ]GS, Joint Concept for Integrated Campaigning [JCIC\, March 16, 2018. Ibid., p. 2. Ibid., p. 3. Ibid., p. 4. Ibid. JCS, Competition Continuum [CC], Joint Doctrine Note 1-19, June 3, 2019, p. 5.協力段階における下位目標としては、「選択的関与」 (engage selectively) F維持」(maintain) F促進」(advance)、武力紛争段階では「撃破」(de住at)、「拒否」(deny)、「劣化」(degrade)、 「妨害」(disrupt)が示されている。 CC, p. 8. 増田『大国間競争の新常態』、52頁。 同上、52-53頁。 同上、53頁。 HASC, Statement of General Mark A. Milley, pp. 6-7. 菊地茂雄「中国の軍事的脅威に関する認識変化と米軍作戦コンセプトの展開——統合全ドメイン指揮統制(JADC2)を中心に」『安 全保障戦略研究』第2巻第2号、2022年3月、40頁。 増田『大国間競争の新常態』、54-55頁。 2022CMPR, p. ix. Ibid. HASC, Statement of Ms. Sasha Baker Deputy Under Secretary of Defense far Policy before the House Armed Services Committee on Strategic Forces Subcommittee On Fiscal Year 2023 Strategic Forces Posture: Nuclear, Missile Defense, Space and Hypersonic Strike, United States House of Representatives,117th Cong., March 1,2022, pp. 2-3. HASC, Statement of Dr. John Plumb, Assistant Secretary of Defense far Space Policy before the House Armed Services Committee on Strategic Forces (HASC-SF) on Fiscal Year 2024 2024 Nuclear Forces and Atomic Energy Defense Activities^ United States House of Representatives, 118th Cong., March 28, 2023, p. 2. Theresa Hitchens, “It’s a FOBS, Space Force’s Saltzman confirms amid Chinese weapons test confusion,M Breaking Defense, November 29, 2021. コットン米戦略軍司令官は、中国が低出力の精密誘導兵器開発も重視している点にも懸念を示した。HASC, Statement of Anthony J. Cottony Commander United States Strategic Command before the House Armed Services Committee on Strategic Forces, United States House of Representatives, 118th Cong., March 8, 2023, pp. 5-7. HASC, Statement of Ms. Deborah G. Rosenblum, Assistant Secretary of Defense Nuclear, Chemical, and Biological Deftnse Programs before the House Armed Services Committee on Strategic Forces, United States House of Representatives,118th Cong., March 29, 2023, p. 2. HASC, Statement of Commander United States Strategic Command before the House Armed Services Committee on Strategic Forces, United States House of Representatives,117th Cong., March 1,2022, pp. 2-4. Jonathan Tirone, Chinas Imports of Russian Uranium Spark Fear of New Arms Race,” Bloomberg, February 28, 2023. 2023年3月20日に習近平国家主席がロシアを訪問した際、ロスアトムと中国国家原子力機構は、高速増殖炉や核燃料サイクルに関 する包括的長期協力プログラムに署名した。ROSATOM, “ROSATOM and the Atomic Energy Agency of China signed the long-term cooperation program in the area of fast reactors and nuclear fuel cycle closure,” March 22, 2023. HASC, Statement of Dr. John Plumb, pp. 2-3; DOD, “Russia Reportedly Supplying Enriched Uranium to China,M March 8, 2023. Mike D. Rogers, Michael McCaul, and Michael R. Turner, Letter on ROSATOM PRC nuclear cooperation,,? March 16, 2023. HASC, Statement of Dr. John Plumb, p. 3. HASC, Statement of Anthony J. Cotton, p. 8. Hans M. Kristensen, Matt Korda, and Eliana Reynolds, *Russian nuclear weapons, 2023, Bulletin of the Atomic Scientists, Vol.79, No. 3, pp.175,179-181. Ibid., p.188. 75 注 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 HASC, Statement of Ms. Deborah G. Rosenblum, p. 3. Department of State [DOS], “New START Treaty. Ibid. DOS, ‘U.S. Countermeasures in Response to Russias Violations of the New START Treaty,M June 1,2023. Ibid. DOS, “New START Treaty Aggregate Numbers of Strategic Offensive Arms, May 12, 2023. DOS, “New START Treaty Aggregate Numbers of Strategic Offensive Arms,” September 1,2022. HASC, Statement of Commander United States Strategic Command before the House Armed Services Committee on Strategic Forces, United States House of Representatives,117th Cong., March 1,2022, pp. 2-4. サリバン大統領補佐官は、抑止力の強化と軍備管理は「同じ核のコインの2つの側面」であるとして、並行的に進めることの重要性 を訴えた。 The White House, Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan for the Arms Control Association (ACA) Annual Fo- rum,?, June 2, 2023. Ibid. 2022NPR,p.2. バイデン政権は、トランプ政権で決定された潜水艦発射型の核搭載巡航ミサイル(SLCM-N)の開発プログラムを中止する一方、低出 カ型核弾頭W76-2については配備を継続する方針を示している。2022NPR, pp. 20-21. 長距離スタンドオフ巡航ミサイルはB-52H、B-21に搭載可能とされる。 2022 NPR, pp. 20-21. The White House, “Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan.” 2022 NPR, p. 8. Ibid., p. 9. Ibid., p. 8. Ibid., p. 9. HASC, Statement of Dr. John Plumb, p. 5. 2022 NPR, p. 7. Ibid., pp. 9-10. Ibid., p.10. Ibid. Ibid., p.11. Ibid., p.13. Ibid., p.17. Ibid., p.10. 76 著者一覧 飯田 将史(いいだ・まさふみ)地域研究部中国研究室長 担当:序章、第1章、終章 主な業績:『海洋へ膨張する中国」(角川SSC新書、2013年)、「中国は「カ」をどう使うか』共 著(一藝社、2023年)、「核大国化を目指す中国の狙い」[Security Studies安全保障研究』 第5巻第2号(2023年6月)、「中国の対米政策——国際秩序の変革と核心的利益の確保を 目指して」『国際安全保障』第50巻第2号(2022年9月)。 新垣拓 (あらかき・ひろむ)政策研究部グローバル安全保障研究室長 担当:第3章、終章 主な業績:「米国と対中競争——固定化される強硬姿勢」増田雅之編著『大国間競争の新常 態』(インターブックス、2023年)、「アメリカと核共有•核協議制度の起源」岩間陽子編『核 共有の現実——NATOの経験と日本』(信山社、2023年)、「ウクライナ戦争と米国——強ま る大国間競争の流れ」増田雅之編著『ウクライナ戦争の衝撃』(インターブックス、2022年)、 『ジョンソン政権における核不拡散政策の変容と進展』(ミネルヴァ書房、2016年)。 長谷川雄之 (はせがわ•たけゆき)地域研究部米欧ロシア研究室研究貝 担当:第2章、終章 主な業績:「ロシア連邦」油本真理・溝口修平編『現代ロシア政治』(法律文化社,2023年)、 「第2次ロシア•ウクライナ戦争とプーチン体制の諸相——権力構造と政治エリート」『国際安 全保障』第51巻第2号(2023年9月)、「第2次プーチン政権における安全保障法制の変 容——安全保障会議副議長設置とその法的諸問題を中心として」『ロシア・ユーラシアの社会』 第1052号(2020年9月)。 編集部:相田守輝、五十嵐隆幸、池上隆蔵、石原雄介、清岡克吉、切通亮、庄司智孝、 竹内俊雅、林浩一 表紙写真(左より):空母「遼寧」(Photoshot /アフロ)、MV-22オスプレイ(Stocktrek Images / Getty Images)、露•対独戦勝76周年(AP/アフロ) 中国安全保障レポート2024 中国、ロシス米国が織りなす新たな戦略環境 令和5年(2023年)11月24日 第1刷発行 著者 飯田将史 新垣拓 長谷川雄之 発行防衛研究所 ©2023 by the National Institute for Defense Studies t 162-8808 東京都新宿区市谷本村町5番1号https://www.nids.mod.go.jp デザイン・DTP組版•印刷製本 株式会社インターブックス ISBN 978-4-86482-122-3 Printed in Japan