アゼルバイジャン大統領、不介入のアルメニアを評価し和平協定締結を示唆
https://grandfleet.info/european-region/azerbaijans-president-praises-armenias-non-intervention-and-suggests-signing-a-peace-agreement/
『アゼルバイジャンのアリエフ大統領は20日「南コーカサスは何世紀も血なまぐさい衝突を繰り返したがもう沢山だ」と述べ、不介入を貫いたアルメニアについても「作戦期間中の立場には希望を感じられる」と言及して和平協定締結への可能性を示唆した。
参考:No one can speak to us in the language of dictate and ultimatums – President Ilham Aliyev (VIDEO)
和平協定の調印にはザンゲズール回廊の建設が必須なので、アルメニアが和平を手に入れるのはまだ先の話だ
1992年1月に独立を宣言したアルツァフ共和国は「ナゴルノ・カラバフ自治州」と隣接する「シャウミャノフスク地区」で構成され、1994年に終結した第一次ナゴルノ・カラバフ戦争の結果、アルツァフ共和国はシャウミャノフスク地区を失ったものの自治州外まで支配領域を大きく拡張してアルメニアと陸続きで接続され、これを恒久的なものにするためアルメニアは「自治州外で獲得した領土はアルツァフ共和国に編入された」と主張。
出典:Google Map 管理人作成(クリックで拡大可能)
この問題をミンスク・グループの下で何度も協議したがアルメニアの主張は受け入れられず、自治州外で獲得した領土のアゼルバイジャン返還を求められたが、これに応じるとアルメニアとアルツァフ共和国は「アゼルバイジャン領」を経由しなければアクセスできなくなるため、アルツァフ共和国を経済的にも軍事的にも維持していくのが難しくなる。
そこでアルメニアは領土返還プロセスを口先の交渉で何年でも長引かせ「状況の変化」を辛抱強く待つことを選択したが、2016年に勃発した4日間戦争は「アゼルバイジャンが武力による領土奪還を決意した兆候=もう口先の交渉で時間を稼ぐ戦略は破綻した」とアルメニアは認識、パシニャン首相も「2020年7月に発生した軍事衝突でアルメニアとアルツァフ共和国の戦争準備が整っていると確信し、有利な交渉立場を得るため戦争という選択を決断した」と認めており、アルメニアも戦争による現状の打開を求めていた格好だ。
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しかし2020年に勃発した第二次ナゴルノ・カラバフ戦争はアルメニアとアルツァフ共和国の敗北という形で終結、停戦協定を成立させるため「自治州外で獲得した領土のアゼルバイジャン返還」を強いられ、アルメニアとアルツァフ共和国は物理的に切り離されてしまった。
アルツァフ共和国は消耗した装備を物資を補充する術がなくなり、消耗した装備や物資を補充し、新たな武器をトルコやイスラエルから調達するアゼルバイジャンとの軍事的格差は開く一方で、国境の策定や領土の相互承認が未解決なためアルメニア国境でもアゼルバイジャン軍の挑発が頻発するようになったため、2022年9月頃にパシニャン首相はある決断を下すことになる。
出典:Президент России
パシニャン首相は9月14日の議会演説で「国民は私のことを裏切り者だと罵るかもしれない文書への署名を考えている。恐らく国民は私を権力の座から引きずり降ろそうとするかもしれないが、アルメニア国民が永続的な平和と安全を享受できなら自分がどうなろうと知ったことではない」と発言、ハチャトゥリアン大統領も首相の演説後「アゼルバイジャンの一部であると認める可能性の文書は我々にとって受け入れがたいものである」とFacebookに投稿。
さらにパシニャン首相は2023年4月「ナゴルノ・カラバフ民族という概念が存在しないため『民族自決に基いて独立した』という主張は成立せず、我々はこの矛盾に向き合う必要がある。我々はマドリッド原則に基いてナゴルノ・カラバフ地域の地位調整に同意したが、アゼルバイジャン領の一部と認めないなら何を調整するのか? アゼルバイジャン領の一部だと認めているのに交渉内容と公の発言が一致しないのは問題で、我々は認識した事実を口にしないことで自身とナゴルノ・カラバフの人々を欺いたのだ」と演説。
出典:Diana Khachatryan/CC BY-SA 4.0
同年5月にアリエフ大統領と会談するためモスクワに向う前にも「現政権が何と言おうと政府はアゼルバイジャンの領土保全を認めており、アルメニアは86,600km²(ナゴルノ・カラバフやヒチェヴァン自治共和国を含む範囲)の土地をアゼルバイジャン領と認める用意がある。アゼルバイジャンも29,800km²(国際的に認知されたアルメニア領と一致する数字)の土地をアルメニア領と認める用意があり、この問題について適切に理解しあえれば領土の相互承認が実現する」と述べ、ユーラシア経済連合の首脳会談の中で「アルメニアとアゼルバイジャンは領土の相互承認で合意した」と発表。
アゼルバイジャンのアリエフ大統領も「領土の一体性の相互承認に基づく両国の関係正常化には深刻な前提条件がある。しかしアルメニアがナゴルノ・カラバフをアゼルバイジャン領の一部と認識していることを考慮して和平協定を締結する可能性がある」と述べたが、深刻な前提条件とはナゴルノ・カラバフ問題を「領土問題」から「当該地域に住むアルメニア系住民の権利問題」に変更し、これを国際的な枠組みの下で「ステパナケルトとバクーの対話で解決する」というアプローチの採用だ。
出典:Aykhan Zayedzadeh/CC BY-SA 4.0
パシニャン首相はアルツァフ共和国側にも「現実を受け入れるべきだ」と遠回しに促していたものの「民族自決に基いて独立した主権国家である」と譲らず、アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフ地域で実施しようとした天然資源の調査も拒否、これがラチン回廊の封鎖に繋がっていたため「アルツァフ共和国がアゼルバイジャンの主権や統治を受け入れるのか?」とアリエフ大統領は疑っていたのだろう。
結局、ラチン回廊を封鎖してアルツァフ共和国側に「アゼルバイジャンの主権を認めて統治を受け入れろ」と300日近く迫ったが、逆にアゼルバイジャンを主権を否定する大統領選挙を9月9日に強行、恐らくこれが第三次ナゴルノ・カラバフ戦争のトリガーになった可能性が高い。
出典:Google Map 管理人作成(クリックで拡大可能)
アゼルバイジャン国防省は19日「三ヶ国間声明の条項履行を確実にし、カラバフ経済地域における大規模な挑発行為を抑制し、アゼルバイジャン領からのアルメニア軍事組織(アルツァフ共和国軍のこと)の武装解除と撤退を実現するため、現地で対テロ作戦を開始した」と発表、地上部隊を投入して複数方向からアルツァフ共和国が支配する地域に侵入を開始し、アゼルバイジャン軍の圧倒的な火力に抵抗できなくなったアルツァフ共和国は20日に停戦案を受け入れ、ようやく「誰も助けてくれない」という現実を認めた。
この停戦案の中身は「アルツァフ共和国軍の完全な武装解除と解体」「ナゴルノ・カラバフ地域からの重装備や武器の撤去」「ナゴルノ・カラバフ地域に住むアルメニア系住民の再統合」だと言われており、額面通り受け取れば「アルツァフ共和国は消滅してナゴルノ・カラバフ地域と住民はアゼルバイジャンに再統合される」という意味だ。
出典:President.az/CC BY 4.0
因みにアゼルバイジャンのアリエフ大統領は20日「南コーカサスは何世紀も血なまぐさい衝突を繰り返したがもう沢山だ。遠く離れた所から自らの政治的利益を追求し、その道具としてアルメニア人を利用し、搾取し、売り飛ばす勢力、詐欺師、腐敗した政治家に南コーカサスから手を引くことを要求する」と述べ、アルメニアについても「対テロ作戦期間中の立場には希望を感じられる。アゼルバイジャンとアルメニアが問題を解決して和平協定に調印し、南コーカサスの国々が将来に向けて協力を開始する日が遠くないという希望だ」と言及している。
対テロ作戦期間中の立場とは「アルメニアがアルツァフ共和国への支援や戦いに介入しなかったこと」を指しており、ナゴルノ・カラバフ地域はアゼルバイジャン領の一部だという「パシニャン首相の言葉」が信用に値すると言いたいのだろう。
ただ和平協定の調印にはナヒチェヴァン自治共和国とアゼルバイジャン本領を繋ぐ交通手段=ザンゲズール回廊の建設が必須なので、アルメニアが和平を手に入れるのはまだ先の話だ。
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※アイキャッチ画像の出典:President of the Republic of Azerbaijan
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投稿者: 航空万能論GF管理人 欧州関連 コメント: 33 』
『
T
2023年 9月 21日
ロシアを背景に問題を先延ばしにし続ける手はもう通用しないですからね
でもザンゲズール回廊はトルコとイランの思惑が衝突するのでどうなるか
イランが同じ役割を演じられるなら案外また進まないのかもしれない
いつものようにアルメニアロビーが虐殺を訴えるのだけは予想出来ますが
11
古銭
2023年 9月 21日
返信 引用
むしろロシアは(反露政権樹立時以外)ナゴルノ・カラバフ地域についてアゼルバイジャン側か中立のみです。
90年代の和平でもそれ以降でも、同地域のアゼルバイジャンの主権をアルメニアに認めさせた上で返還(ナゴルノ・カラバフ地域はその後民主的な手段を経て地位調整)するよう合意させています。アルメニアは合意するだけでしたが。
12 』
『
名前
2023年 9月 21日
ナゴルノカラバフがアゼルバイジャンに再統合されるなら、新ラチン回廊の意味はアルメニアにしたらあまりないんじゃなかろうか
それならザンゲズール回廊もアルメニアとしては作る理由がなくなるのかもしれない
名無し
2023年 9月 21日
返信 引用
また、停戦合意条件の不履行するのかよ。という。アゼルバイジャン側がキレて、武力で制圧して道路作り始めるぞ。
グズるイランだって、本来はアルメニア自身が、自分が結んだ停戦条件を誠実に実施するために回廊設定が必要なんだ、と説得すべき事案でしょうに。
7
名前
2023年 9月 21日
返信 引用
新ラチン回廊とザンゲズール回廊がバーターなので、新ラチン回廊の存在意義が失われたら、ザンゲズール回廊の設置するか否かに交渉の余地が生まれるという話ですけれど。
当たり前だが、一方的にやる話ではないよ
アゼルバイジャンがアルメニア本領を一方的に占領して、勝手に回廊を作るのはどの立場からも普通に侵略行為なので、アゼルバイジャンにとって極めてリスクある行為ですね
そんな博打を打つとは思えません。
14 』
『 古銭
2023年 9月 21日
90年代のビシュケク議定書やその後のマドリッド原則等で幾度となくナゴルノ・カラバフ地域におけるアゼルバイジャンの主権を認め、周辺地域も含む返還(その後の住民投票による外交上の地位調整は時代により意味合いが変わりますが)に合意した筈のアルメニアが履行を放置しつつ、公言しているが公式見解ではないという謎の理論で同地域の自国編入を叫び続ける一つの時代が終わったのかもしれません。ザンゲズル回廊がどうなるか次第ではありますが。
12 』
『 折口
2023年 9月 21日
アリエフ大統領の口からアルメニアの領土的一体性を肯定する発言が出ているので、ひとまずはこれで終わりなんでしょうね。戦闘中は飛び地との間の回廊まで確保せよというような意見もあったようなので、ここで全工程終了とした判断は支持できるでしょう。ただ、それでもやっぱり「軍事力を用いた現状変更を試み、何も失わずに領土を得て国際的な顰蹙もたいして買わなかった」という成功例を作ってしまったことはどこか恐ろしい気がします(それを言うならロシアによる侵攻はなお悪いですが)。世界各地で中規模の戦争が頻発するようになってしまうんですかね…。
10
ほんへ
2023年 9月 22日
返信 引用
結局のところさらなる前提としてそれが許されるくらいアルツァフ共和国は建前も現実もしょうもない地域だったってことがあるので放っておかれる二度目三度目はそんなにない気もします
顰蹙も武力行使そのものや巻き込まれる民間人についてばっかりで領土の権利についてはほとんど批判されなかったでしょう
2 』
『 bbcorn
2023年 9月 21日
ロシアの露の字もでてこなっくなったな。
完全に部外者だ 軍隊は駐留してるのに。
何か起きるとしたら 次はジョージアか。
今のロシア軍はジョージア相手でも負けるだろ。
9
アゼルバイジャンとしてはこれから国内にアルメニア人を取り込む事になるため、アルメニア本国とこれ以上争いたくないのだろう
パシニャン首相のような穏健路線が続く方がアゼルバイジャンにとっても好都合だし、だからここに来て一転アルメニア政府を評価するような声明を出して和平に前向きになったと
しかしこのアリエフ大統領、典型的な世襲の権威主義者と思いきや、今回の戦争遂行能力といい大国間での絶妙な立ち回りといい凄まじいリーダーシップだな
11
これからの問題は山ほどあるんだろうけど、なんやかんやで当事者同士で話がまとまっていい方向に行ってるような気がする
誰が余計なことしてたのかハッキリしたな 』