「中国の時代は終焉」 習近平不在を突く米情報戦の吉凶
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFE093830Z00C23A9000000/
『中国の時代は終わりつつある――。米大統領のバイデンが、中国国家主席、習近平(シー・ジンピン)の不在を突いて、勢いあるインドから吹く強烈な「南風」を利用し始めた。新型コロナウイルス感染症に苦しんでいた西側世界をよそに、習が「勢いは我々、中国にある」と東昇西降を訴えていたのは、たった2年前。局面は転換し、既に別世界である。
インドで開かれた先の20カ国・地域(G20)首脳会議では、世界の風向きの大き…
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『インドで開かれた先の20カ国・地域(G20)首脳会議では、世界の風向きの大きな変化が浮き彫りになった。そしてバイデンは、帰路に立ち寄ったベトナムであえて「ひと芝居」打った。その矛先は習に向けられていた。
インドのモディ首相とバイデン米大統領(10日、ニューデリー)=AP
バイデンは、中国の一番の「売り」だった世界を引っ張る好調な経済が、既に行き詰まっていると指摘。「中国の時代の終焉(しゅうえん)」という印象を植え付ける情報戦を仕掛けた。これは、中国と親和性のある「グローバルサウス」国家群の対中観を変えようという試みでもあった。
バイデンが選んだ舞台は、中国と1979年に戦争をしたベトナムの首都、ハノイだ。しかも、2020年に起きた中国との国境衝突で死者を出したインドからの帰りにわざわざ立ち寄ったのである。
「習は手いっぱい。その経済思想は全く機能せず」
バイデンが、習を評した言葉は強烈だ。「彼(習)は今、手いっぱいで余裕がない。若者のものすごい失業(という問題)も抱えている。彼のプランを支える主要な(習近平)経済思想は、全く機能してない。私としては残念である。だが、それは機能していないのだ」
バイデンは「これは批判ではない」と断っているが、ここまで踏み込まれてしまえば、中国側の発想では「内政干渉」になる。これは米大統領選に向けた支持者を前にした資金集め集会の演説ではない。れっきとしたインド、ベトナム訪問を総括する公式記者会見の場なのだ。
G20サミットを欠席した習の名代でインド入りしたのは、首相の李強(リー・チャン)。習の側近である。その李強は会場でバイデンと挨拶し、簡単な会話を交わした。中国にしては珍しく身を屈する形でバイデンに接触した。
ところが、当のバイデンは、ベトナムでの記者会見で李強の名前さえ口にせず、「ナンバー2」と呼んだ。印象が薄く本当に名前を忘れたのか、あえて本名を言わなかったのか。当然、中国は失礼だと感じたはずだ。
最大の問題は別にある。別格の指導者、習の経済思想を「全く機能していない=失敗」と断じたことだ。これには中国外務省も反応せざるを得なかった。それでも、ひとまず激烈ではなかったのは、バイデンが李強の挨拶に応じたからである。
G20サミットに臨む中国の李強首相(9日、ニューデリー)=代表撮影・共同
とはいえ中国の対外政策は、内政が混乱すれば、より強硬になりがちだ。河北省の海辺で長老らと現役指導部メンバーが意見交換する「北戴河会議」。その場で、混乱する中国経済、そして政治と社会について議論があった経緯は、先週、詳しく紹介した。この面では北戴河後の今こそ観察が必要である。
【関連記事】習氏が北戴河会議で激怒 G20欠席、発端は長老の諫言
バイデン政権は「北戴河」の雰囲気を把握か
一方、バイデンはなぜここまで強気なのか。「夏に起きた中国政治の激しく複雑な動きに関して、関係部門から報告が上がり、ある程度、情報を持っているからだろう」。これは米中関係筋の見立である。先に触れたようにバイデンが「習近平経済思想」を意識した「tenets(教義)」という言葉を使ったのは、時期が時期だけに面白い。
北戴河会議では、鄧小平、江沢民(ジアン・ズォーミン)、胡錦濤(フー・ジンタオ)三代が重視した経済面の「改革・開放」という理論・政策と、習近平時代の基本思想の落差が問題になった。まさにバイデンが口にしたように教義が問題なのだ。失敗と断じたのは「過去三代は、まだマシで話もできた」という示唆にもなる。
米側は、少なくても中国経済の苦境を巡る内部の議論を大筋、把握しているとみてよい。それを踏まえ、バイデンがベトナムで長々と中国経済と習経済思想の問題点についてコメントしたと考えれば腑(ふ)に落ちる。
傍証は他にもある。バイデンに近い駐日大使のエマニュエルが、バイデン記者会見の2日前、X(旧ツイッター)で中国外相だった秦剛と中国ロケット軍幹部の失踪、そして中国の国防相、李尚福の動静が2週間もない事実に触れた。
そしてアガサ・クリスティの小説のように「そして誰もいなくなった」と書き込んだ。異例の公開言及は「混乱している内情を知っているぞ」という示唆だ。こちらも対中国の情報戦の一環といえる。
とはいえ米国も余裕がない。最大のライバルで経済規模が世界第2位の中国に軍事・経済両面で抜かれ、支配力を失うことだけは防ぎたい。そこで、いずれ世界3位に躍り出る勢いのある国に出向き、共闘へ秋波を送った。インドは現在5位だが、2030年前後までに日本、ドイツを抜き去りトップ3入りする可能性がある。
現在の1位と将来の3位が手を組めば、2位の封じ込めが可能だ。このさや当てがインドでのG20サミットの見どころだった。ところが、権力集中に成功したはずのトップ、習は突然、出席を見送った。
米国によるインドへの秋波で目立ったのは、インドと中東、欧州の協力仲介だ。「インド・中東・欧州経済回廊」の肝は、海上輸送と鉄道。中国が主導する「一帯一路」に対抗する思惑が透けてみえる。
首相のモディが引っ張るインド経済の現状はどうか。華やかな外交の舞台から数キロ先にあるデリーの雑然とした庶民の街を歩くと懐かしい感覚に陥る。まだ「夜明け前」だった1980年代末から90年代末までの中国そのものなのだ。
奇麗とはいえない街は、活気にあふれ、フリーマーケットにはジーンズが、うずたかく積まれていた。インドの庶民は元気だ。街に響きわたる声は大きい。これもかつての中国の街とそっくりである。
気になったのは、デリーの街の中や、その周辺の有名観光地で一切、中国人を見かけなかったことである。中国語もまったく聞こえない。こんな街は世界でもまれだ。東京、ソウル、ニューヨーク、ロンドン、パリ……。世界の巨大都市は、どこであろうと豊かになった中国人の観光客が目立つ。
庶民が暮らす「オールド・デリー」の街角(6日)
デリーの町裏と周辺地方都市を路上から観察すると、既に経済面で離陸している中国とインドの発展段階の時間差は20?30年はある、と感じられる。停電も短時間とはいえ、ほぼ毎日ある。これも中国の1990年代までと同じだ。
とはいえデリーの地下鉄網は十分、発達している。ハイテクから衣料まで様々な工業品を作る工場は、21世紀に入ってから「世界の工場」といわれてきた中国から、ここインドに移り始めた。
韓国サムスンもベトナム、インドに
例えば、スマートフォン世界最大手の韓国サムスン電子は、主力だった中国のスマホ生産工場を全て閉め、他国に移った。移転先はベトナムとインド。デリー郊外のノイダにあるサムスンの巨大スマホ工場もそのひとつだ。周囲には牛がのんびり散歩している。いわば「野良牛」である。
同社は、新型コロナウイルス感染症が世界的に流行する前の2019年秋に中国最後の工場閉鎖と、ベトナムへの生産移管を発表。労働コストの急上昇が理由だった。サムスンのスマホは既にベトナムの主要な輸出品に育っている。
サムスンのインド工場周辺にある街のショッピングセンターでスマホ売り場をのぞくと、既にインド製もあるサムスンの折り畳みスマホを「いち押し」で売っていた。消費市場としてもインドは大きい。米アップルも中国での生産比率を下げ、インド生産を大幅に増やそうとしている。
インド・デリー郊外のノイダにある韓国サムスン電子の巨大スマートフォン工場
工場裏では物資を運ぶトラックとともに多くの牛がのんびり歩いている
インドの成長速度は、かつての中国には及ばない。とはいえ、ゆっくり着実に中国に迫っていくのは間違いない。そうなると、必然的に地政学的な力学も変わる。バイデン政権は、その「南風」を味方として取り込もうとしている。
この南風は、衣料品分野でさらに強く吹いている。それは今回、筆者がインド出張に当たり身に着けていたジャケット、スラックス、シャツ、パンツ、ソックスという5アイテムでも明らかだ。
中国製、ベトナム製、インド製、バングラデシュ製、ミャンマー製である。まさに今の世界を象徴していた。中国以外はグローバルサウスと総称される地域の製品になっている。振り返れば、今から約11年前、中国・北京に赴任する直前、日本で買って、かばんに詰め込んだ似た衣料品は、全て中国製だった。世界の動きは速い。
APECでの習訪米は五分五分か
インドG20サミットに習が不在だった主因は、中国の内政にある。ただ、バイデンが追い打ちをかけるように習のメンツを潰しかねない発言をしたことは、米中関係の局面をさらに変える可能性もある。問題は、習が米サンフランシスコで11月半ばに開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に本当に出席できるかだ。
豪雨被災地を視察し水田に足を踏み入れる中国の習近平国家主席(7日、黒竜江省尚志市)=新華社・共同
バイデン政権は、習側が求めている訪米の「環境整備」に全くと言ってよいほど応じていない。この状態が続くなら、中国外交トップの王毅(ワン・イー)が、習訪米の調整のため、近く米国入りする計画も頓挫しかねない。
「習が11月に訪米するのは大筋、間違いない、という従来の思考は通用しなくなりつつある。せいぜい五分五分だろう」。これは、米中関係に詳しい識者の言である。国際政治の変化は速い。習の体面を傷付けたバイデン発言の影響をしばらく見極める必要がある。(敬称略)
中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』