機密扱う資格制度、「G7唯一の未整備国」返上なるか
政界Zoom 米は民間だけで120万人
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA196PB0Z10C23A7000000/
『政府は経済安全保障の分野で新たな法整備を急ぐ。機密情報にアクセスできる人を決めるセキュリティー・クリアランス(適格性評価)と呼ぶ制度だ。「主要7カ国(G7)で唯一の未整備国」。日本の不名誉な称号の返上へ詰めるべき論点はまだ多い。
とりまとめ役の高市早苗経済安全保障相は21日の記者会見で「秋にも与党などと調整が始められるよう担当部局を叱咤(しった)激励している」と話した。2024年通常国会への法案…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『2024年通常国会への法案提出をめざしているものの、順風満帆とは言い難い実情も浮かぶ。
もともとは22年5月成立の経済安保推進法の中に組み込むことも想定していた。プライバシーの問題も絡むため与党などが出した結論は「時期尚早」。法案策定は現段階ですでに後ろにずれている。
セキュリティー・クリアランスとはそもそもどういう制度か。例えば米国はまず機密情報の重要度をトップ・シークレット(機密)、シークレット(極秘)、コンフィデンシャル(秘)に分けている。
その上でそれぞれにアクセスできる人を審査し資格を与える。情報の重要度によって審査の内容や資格の有効期間に差をつけており、連邦政府職員のほか幅広く民間人にも付与してきた。
内閣府によれば米国での資格取得者は400万人を超え、官が7割、民が3割のバランスという。民間だけで120万人いる計算だ。
米欧と「似て非なるしくみ」
日本で14年に施行された特定秘密保護法には「似て非なるしくみ」がある。
同法は情報保全の対象を防衛、外交、スパイ活動防止、テロ防止という4つの分野に絞った。米国と同じように見えても結果、情報にアクセスできる大半は国家公務員に限られる。21年度末時点での資格取得者は13万4千人ほどで、民間人は3%弱の3400人程度にとどまる。
ビジネスの観点からは日本の出遅れた対応を世界は待ってはくれなかった。
人工知能(AI)や量子をはじめ最先端の技術開発が官民の垣根を超えて急速に進む時代にある。民用と軍用の境目は一段と曖昧になってきた。対策を次々と打つのが世界の潮流だけに、従来の日本の枠組みだけでは事足りなくなった面は否めない。
資格制度が未整備であるがゆえの弊害も出ていた。海外企業から技術協力の依頼があったものの「資格がないために調整に時間がかかり、契約にも至らなかった」。政府の有識者会議に参加した電機メーカーが明かした実話だ。
国際会議に参加できなかったり日本の研究者らが排除されたりした事例も相次ぐ。資格制度の有無が企業の競争力はおろか選別の基準になった。こうした事情を踏まえ高市氏も「日本企業がみすみすビジネスチャンスを失うとの危機感が強い」と語る。
法案提出に向けてこれからの論点と固めなければいけない部分はどこか。
政府の有識者会議は6月に中間論点整理を公表した。保全すべき情報としては①経済制裁に関する分析②経済安保上の規制制度の審査③サイバー分野での脅威や防御策④宇宙・サイバー分野などの重要技術――を挙げた。
品目は技術革新に伴っていずれ増える可能性が高い。柔軟に対象を指定したり外したりできる制度も視野に入れる。ある化学メーカーの幹部は「いまのうちから疑心暗鬼ばかり募らせても官民一体の情報保全への取り組みは前には進まない」と指摘する。
論点整理では対象となる民間事業者は「情報共有を受ける意思を示した企業」とした。経団連も「現時点では企業の意見を尊重したものとなっているのではないか」との見方を示す。
資格の前提になる「身辺調査」
波乱の芽はむしろ誰に情報の取り扱いを委ねるかという点に潜む。米欧は「バックグラウンドチェック」と呼ぶ個人への調査を実施する。犯罪歴や精神疾患の有無、借金の状況に至るまで踏み込んで調べている。
「セキュリティー・クリアランス」創設に向け開かれた有識者検討会議であいさつする高市経済安保相(5月)=共同
米政府は15年にサイバー攻撃を受け2千万人規模の個人情報が流出する事案が起きた。19年に国防総省に新設した組織で数千人の専門職員が身辺調査を担い、サイバー対策も厳格に施してきた。
東大先端科学技術研究センターの井形彬特任講師は身辺調査を巡り「かなりの人的リソースが必要になる」とみる。米国でさえ対象者が多く審査完了まで1年以上かかる例もあるという。
日本では特定秘密保護法の規定にならって「本人が同意した場合のみ審査を実施する」という案を軸に検討が進む見通しだ。それでも企業の担当者に限らずプライバシーの侵害にあたるとして身辺調査を嫌う人は多い。
法案を経済安保推進法と切り離したのもこの点への世論の反発を懸念したからだ。論点整理は調査項目に触れなかった。本人が審査を断った場合などに仕事上で不利な扱いを受けないような仕組みも欠かせなくなる。
罰則も明記しなかった。特定秘密保護法は故意に漏らした場合は最高で懲役10年とする処罰規定がある。高市氏はかねて「10年以下の懲役はマストの要件」との立場だ。
賛成多数で経済安保推進法が可決、成立した参院本会議(22年5月)
記者の目)経済安保に「平時」なし
警察庁がネット上で検知した海外からのサイバー攻撃の数はこの4年で3倍近くに急増した。6月には国の産業技術総合研究所に所属する中国籍の研究員が中国企業に情報を漏らした疑いで逮捕された。
国や企業が持つ重要な情報や技術は外からも中からも標的になる。経済安全保障に「平時」はない。いつか起こるではなく、いつでもどこでも起こり得る。この前提に立って対策を講じてきた米欧と日本の現状に距離があるのは明らかだ。
機密を扱う資格制度で米国は身辺調査などに年1兆円程度を投じてきたとされる。相応の費用をかけるのは何かを失ったときの代償のほうが大きいと考えるからだ。コストの問題も含め議論に手間取る状況が続けば「自分の国は自ら守る」という理想には一向にたどりつけない。
(小林恵理香)』