北朝鮮から目をそらすな ジャック・アタリ氏
元欧州復興開発銀行総裁
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD122BD0S3A610C2000000/
『北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)氏ら指導者たちの全体主義的な雰囲気と、激化する攻撃的な態度に対し、国際社会は、今後も傍観を貫くのだろうか。
北朝鮮は、飢えと恐怖にさいなまれる約2600万人が暮らす外界から遮断された、まるで要塞国家だ。北朝鮮への攻撃に対して、どこの国であろうと核攻撃を辞さないと隣国を脅している。この脅しを実行に移す準備はまだのようだが、国際社会が放置し続ければ準備はまもなく整う…
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『北朝鮮の軍備は既にかなりの水準にある。北朝鮮は120万人の兵士と予備役からなる軍隊、そして現在、40発以上の核弾頭を保有しているとみられる。これらの核弾頭がどれだけ小型化されているのかは不明だ。最初に核実験を行ったのが2006年だったのを考えると、北朝鮮の核開発は急速な進歩を遂げたと言えよう。また、ミサイル開発も著しい。ドローンの開発も同様だ。
このままでは最悪の事態が訪れる。北朝鮮の大量破壊兵器の備蓄は増え続け、これらの兵器の小型化は加速する。金正恩氏は核弾頭を搭載しても米国本土にまで到達可能な射程の長い大陸間弾道ミサイルの開発を命じている。
北朝鮮の核開発技術が、ミサイルに搭載できるほど核弾頭を小型化できるレベルに達することはないと説く専門家もいる。だが、そうした見通しは間違っている。そのように指摘する専門家は以前、北朝鮮の技術力では弾道ミサイルを開発できないと断言した識者と同じだ。北朝鮮が有言実行の国家だとみるべきで、北朝鮮の核開発から生じるあらゆる事態を想定すべきだ。
世界はどうしてこのような状況に至ったのか。1950年代初頭、ソ連と中国は朝鮮半島の一部が米国の支配下から逃れた政権をつくって西側諸国の軍隊を押しとどめる「腫れ物」になったことを見て満足した。ソ連と中国は、北朝鮮は西側諸国にとっての問題で、自分たちには関係ないとみなし続けてきた。
韓国は自国の再建で手いっぱいであり、米国は北朝鮮を小国として眺めながら、中国とソ連の動向だけを注視してきた。それは現在も同じだ。その後、中国とロシア、おそらくインド、パキスタン、イランが大国の敵である北朝鮮の軍備増強に手を貸したのは間違いないだろう。平和主義を貫く責務を負う日本は、自国が国際的な軍事問題に関与できないと考えてきた。
こうした状況を見ると、一刻も早く行動しなければならないことは明白だ。核の抑止力、つまり報復によって自分も消滅するという恐怖は、理性的な人間にしか通用しないからだ。
さらには今後、背筋の凍るような悪循環が始動する。北朝鮮が小型化した核兵器と数千キロメートルにわたってこれらの兵器を運搬する手段を確保すれば、国際社会は韓国が核保有国になることを拒否できないだろう。
インドネシアとオーストラリアも核武装の道を歩み、ベトナムも追随するだろう。そうなると、国際社会は、イランをはじめサウジアラビアやトルコなどの将来的な大国に対し、同様の防衛手段の保有を拒否できなくなる。
つまり、北朝鮮は核拡散というドミノ現象を引き起こす最初の駒なのだ。このドミノ現象を回避するには、まだ時間が残されている。今のうちにあらゆる手段を講じなければならない。特に中国と米国は世界の状況が変化したこと、そして北朝鮮の核軍備増強という脅威を放置することは、もはや両国の利益にならないことを理解すべきだろう。
抑止で米中協調を
北朝鮮から核拡散のドミノ現象が始まる恐れがあるのは確かだ。金正恩総書記の野望が果たされれば、アジアの最貧国でも超大国を振り回せるとの誤ったメッセージを世界に送ってしまう。
その場合、どの国が核武装に走るかはわからない。だが米国と同盟を結ぶ韓国でも「核には核で対抗するしかない」と核保有を求める世論が多数の現実がある。
北朝鮮の兵器開発のスピードについて、元朝鮮労働党幹部は「年単位で考える欧米とは時間の感覚がまるで違う。技術者は家に帰らず命懸けでやっており、そこが西側の分析の落とし穴だ」と指摘する。あらゆる手段を講じる必要があるのは論をまたない。肝心なのは、いかに北朝鮮を国際舞台に引き込むかという具体策だ。
北朝鮮の核抑止で米中が手を握る。ロシアも含めた6カ国協議のような枠組みで核の安全管理が国際社会の利益になると合意する。いずれも極めて厳しい道のりだが、まずは核使用の可能性に脅かされるウクライナ戦争を早期に終わらせ、朝鮮半島をめぐる議論につなげたい。(編集委員 峯岸博)』