日本に必要な新たな国家総力戦の創造を
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/28141
『今、ハイブリッド戦が戦争の様相を大きく変化させつつある。防衛省はハイブリッド戦について「軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした現状変更の手法であり、相手方に軍事面にとどまらない複雑な対応を強いることになる。例えば、国籍を隠した不明部隊を用いた作戦、サイバー攻撃による通信・重要インフラの妨害、インターネットやメディアを通じた偽情報の流布などによる影響工作を複合的に用いた手法」との認識を公表している。
ハイブリッド戦が進む現代では、自衛隊だけで国を守ることは難しい(ロイター/アフロ)
ロシアによるウクライナ侵攻を見ても、軍事面では歩兵や火砲や戦車が主役となる第二次世界大戦と同様の地上戦が行われる一方で、SNSでやり取りされた情報に基づいて民間人が民生品ドローンを使って敵を攻撃している。また、スペースX社が提供した通信衛星サービス「スターリンク」は、ウクライナ政府、軍、住民に通信環境を提供し、情報戦におけるウクライナの優位に大きく寄与している。
非軍事面では、国際金融分野を含む経済制裁、エネルギーや食糧が交渉手段に使われている。インターネットやメディア、そして国際会議でも真偽不明の情報が自らへの支持拡大のために使われ、ロシアは、正当性が疑わしい住民投票によって地域の帰属変更を企てている。
こうしたハイブリッド戦の様相を見ると、その担い手は軍のみならず情報機関、法執行機関、関係官庁、自治体、企業、民間人など多様である。つまり、軍官民の多くのアクターが総力を挙げて参画しなければ、ハイブリッド戦で敗れ去ることになるのだ。これを日本に当てはめれば、自衛隊と多様な官民のアクターによる協力が必要となる。
日本が持つ国家総力戦へのトラウマ
軍官民の多くのアクターが総力を挙げて参画する戦いのイメージは、国家総力戦である。国家総力戦についての定まった定義は無いが、戦争に勝つという目的のために軍事だけでなく経済、社会、教育、科学、思想、文化などの国家を構成する全ての領域のベクトルを整合し、全てのリソースを動員することと考えられる。
国家総力戦が初めて大々的に行われたのは、第一次世界大戦だと言われているが、日本にとって初めての国家総力戦は日露戦争であろう。日露戦争において日本は国力が遥かに大きいロシアと戦うために武器、弾薬、補給品、そして兵員を大量に必要とした。この戦争に勝つために日本の官民は軍に全面的に協力し、国民は増税にも耐え、100万人以上が戦地に赴いた。』
『しかし、日本にとって真の意味での国家総力戦は太平洋戦争であった。1937年には国民精神総動員運動が始まり、38年には国家総動員法が制定され、国家を構成する全ての領域のベクトルは勝利に向けて強制的に指向され、全てのリソースが動員された。なお、国家総動員法に違反した場合の罰則は、最終的には「十年以下ノ懲役又ハ五万円以下ノ罰金」と厳しいものになった。
こうした全面的な国家総力戦にもかかわらず、日本は戦争に敗れ、膨大な犠牲と破壊を被った。そして、戦争への協力を強制したこと、あるいは戦争に協力したことへの後悔と罪悪感が多くの国民の心に刻み込まれた。
その結果、戦後の日本では国家総力戦は悪の代名詞となり、語ることは忌避され、国家・国民を侵略から守ることへの協力を罪悪視するメンタリティが固定化された。そして、国の防衛は専ら自衛隊だけが担うものとして矮小化された。
自衛隊単独では限界も
ただ現実的には、自衛隊は単独では国を守ることはできない。自衛隊は自己完結型組織だと言われているが、それは誤解を招く表現だ。民間による支えが無ければ、自衛隊は平素であっても一日たりとも活動できない。
自衛隊の装備品を製造しているのは民間企業(防衛産業)である点は良く知られているが、装備品の修理や整備についても、軽易なものは自衛隊でも可能だが、大々的なものは民間企業頼りとなる。また、陸上自衛隊の長距離機動では、鉄道や民間フェリーが重要な輸送手段となる。
さらに、自衛隊で使う事務用品や日用品は全て民生品であり、それらの補給は民間企業頼りだ。自衛隊員が日々食べている食料品も全て民間から納入されている。
医療に関しても、地方の部隊では最寄りの民間病院に頼らざるを得ない。そして、自衛隊の平素の活動には、法執行機関、関係官庁、自治体などの公的機関からの支援や認可が欠かせない。
軍事と非軍事の境界が曖昧なハイブリッド戦への対応のみならず、平素であっても自衛隊と多様な官民アクターとの協力は不可欠だ。つまり、現代の日本でも防衛のために国家が総力を挙げる必要性は不変と言える。
他方で、自由で民主的な国家である日本では、防衛への協力は決して強制されるものではなく、適正な契約、法で定められた枠組み、自発的な行為などが基本となる。したがって、かつての国家総力戦とは異なる現代の日本に相応しい新たな国家総力戦の姿を創造することが求められる。
それでも日本では、かつての国家総力戦への忌避感から防衛への参画や自衛隊への協力をタブー視、もしくは躊躇する雰囲気が根強く、これはハイブリッド戦への対応以前の大きな課題である。この際、国を守ることへの協力を極端に罪悪視する人々は、平素における官民による自衛隊への協力をも問題視する。』
『こうした人々は国を守る行為に協力するあらゆる組織や個人を非難し、防衛産業には「死の商人」とのレッテルを貼る。こうした行為が自治体や企業などに与えるレピュテーションリスク(悪評や風評の拡大によって、組織の運営に支障が出る危険性)は無視できない。
課題を打破する2つの処方箋
この課題を解決するためには2つのアプローチが必要だ。それは第一に、官民の多様なアクターが防衛に参画し、自衛隊と協力することを後押しする制度を構築することである。
この際、国家総力戦に対する負のイメージが強い日本では、防衛への参画や自衛隊への協力に強制性を持たせることは難しい。したがって、この制度では、省庁、自治体、企業・団体、個人などが自発的に防衛に参画したり、自衛隊に協力したりすることを促す相応のインセンティブを設けることが重要になる。
第二に、防衛への参画や自衛隊への協力を前向きに捉える雰囲気を醸成することである。現在の日本にはこの雰囲気は極めて乏しいが、その方向性を変えてレピュテーションリスクを最小化しなければ、制度に設けたインセンティブは機能しない。
こうした雰囲気を醸成するためには多くの時間と地道な努力が必要だが、まずは、防衛への参画や自衛隊への協力の重要性について、積極的に国民に広報することが重要だ。また、防衛の重要性について義務教育の段階から教えていくことも検討すべきだろう。
日本周辺においては、中国、ロシア、北朝鮮といった専制的で攻撃的な国家が武力による現状変更を躊躇しない姿勢を明確にしている。そして、ロシア・ウクライナ戦争に見られるように、現代はハイブリッド戦の形を取るようになっている。
日本政府は、防衛力を抜本的に強化する方針を打ち出し、岸田文雄首相も「官民の研究開発や公共インフラの有事の際の活用などを含め、縦割りを打破し、政府全体の資源と能力を総合的かつ効率的に活用」するとの考えを示し、防衛における自衛隊と官民との協力を促している。
しかし、戦後一貫して自衛隊に丸投げしていた防衛をオールジャパンに転換することは容易ではない。首相自身が強力なメッセージを国民に向けて発するとともに、既に述べた新たな制度の構築と雰囲気の醸成にリーダーシップを発揮する必要があるだろう。
そして、かつての日本における強制性の強い国家総力戦とは異なり、自由で民主的な日本に相応しい自発性の強い新たな国家総力戦の創造を目指して欲しい。それこそが、防衛力を抜本的に強化する基盤となろう。』
