遠のく中国の米国超え、リスクは「満ちあふれる自信」
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK1524V0V10C22A1000000/




『「2021年通年の8.1%成長と人民元高もあって、中国の経済規模(ドルベース)が米国の8割にも達しそうな勢いなのは誇らしい。だが足元の深刻な経済減速を考えれば、期待されていた『米国超え』はむしろ遠のいている。皆、分かっていない。過剰な自信は中国の発展にかえってマイナスだ」――。21年10~12月の成長率が前年同期比4.0%にまで落ち込んだニュースが世界を駆け巡った後、ある中国の経済関係者が率直に語った。
過剰な自信が国を誤らせる危険性を別の角度から指摘した興味深い分析があった。中国で大きな話題になったブログのタイトルは「閻学通:学生らに客観的事実を理解させ、盲目的な自信(の落とし穴)を避けるよう指導しなければならない」。
閻学通は清華大学国際関係研究院の院長だ。そんな著名な国際政治学者が、講演で今の学生の信じがたい偏ったものの見方に警鐘を鳴らした。国家主席の習近平(シー・ジンピン)も卒業したエリート校の学生でさえそうなのだ。反響は大きかった。
著名国際学者も学生らの過信に苦言
「2000年以降に生まれた中国の(若い)大学生は強烈な優越感と自信を持つ。高所から他国を見下ろすような態度、自らの願望に基づく思考で国際関係を眺め、中国の対外政策の目標を達成できると考えてしまう。平和、道徳、公平、正義など人類の普遍的な価値観を中国特有の伝統だと思い、中国だけが正義で、西洋諸国は『邪悪』とみなす。とりわけネット言論の影響は深刻で、ネットの有名人らの(怪しい)陰謀論さえ常識とみなして信じている」
清華大学国際関係研究院の院長である閻学通氏
こうした学生気質は将来に禍根を残すと考えた閻学通は、国際関係の授業で過剰な自信に陥ることを避けるよう学生を指導し、歴史をひもときながら世界の多様性を認識させるべきだと提言したという。
閻学通は中国のリアリズム外交を代表する。鄧小平が提起した爪を隠して内に力を蓄える「韜光養晦」(とうこうようかい)という外交・安全保障の基本政策は既に過去のものだと明言し、米国との摩擦激化も予言したのは10年ほど前だ。当時、トップに立ったばかりだった習の考え方に近いため重用され、発言力も強まってゆく。
中国の学生が持つ夜郎自大の考え方は、共産党政権が重視してきた愛国教育のたまものでもある。米国に強い態度で臨むよう主張してきたイメージが強い閻学通まで学生の考え方の偏りに苦言を吐くのはよほどのことだ。時代の変化を感じざるをえない。
たった1年前は全く違った。新型コロナウイルス感染症の抑え込みに大成功した中国の「ひとり勝ち」が宣伝されていたのは、ちょうどその頃である。代表的なのは、中国人民大学教授で同大国際関係学院副院長の金燦栄の物言いだ。
「中国はまず25年に国内総生産(GDP)で米国に追い付く。35年には中国の科学技術の実力で米国を超え、軍事力でも西太平洋、インド洋ともに優勢が明らかになる。工業生産能力で米国は比べものにならない。総合国力で米国を超えた中国の国際的な影響力は大きくなる」。これは21年3月、米アラスカで米中外交トップが激突する1カ月ほど前の意見表明だった。
中国人民大の金燦栄教授(2021年1月、北京市)
自信の背景にあったのは、コロナ対応の失敗を指摘された米国の経済停滞だった。中国内には国力が衰退する米国を皮肉る言論が充満し、習は共産党統治システムに対する「制度への自信」を繰り返し訴えていた。
3年間で初、旧正月移動を完全規制か
22年1月中旬、中国を巡る懸念を増幅する出来事や発表が次々あった。15日には首都北京で初めて「オミクロン型」の感染者が確認された。17日には中国の21年出生数の5年連続減少が明らかに。1949年の建国以来の最低で、人口減少社会の訪れが予感される。
拍車をかけたのが経済減速である。この傾向はなお続く。湖北省武漢での初期対応に失敗した習政権は徹底した「ゼロコロナ政策」にカジを切り、20年後半になると、抑え込みに完全成功したと中国国内では信じられるようになった。
21年前半までの中国経済の急回復と、米欧の低迷もあって習政権は自信過剰に陥る。これは、閻学通が指摘したようなエリート学生らを含む国民の意識と呼応しながら社会的な高揚感を醸し出す。ある種の自己陶酔である。先の共産党中央委員会第6回全体会議(6中全会)で採択した「第3の歴史決議」で習が強調したのも自信だった。
防護服姿で天津市街地を消毒する要員(1月9日)=AP
ゼロコロナ政策の「成功体験」は、22年秋の共産党大会でトップとして3期目をめざす習の政治的な実績として既に織り込まれている。今更、路線変更は不可能だ。路線が変わらない以上、1月下旬からの旧正月長期休暇、3月に北京で開く全国人民代表大会の前、そして秋の共産党大会の前は物々しい移動制限があるだろう。
「この3年間の旧正月休みで初めて帰省できなくなった。消費への影響は大きい」「全市民に1日以内にPCR検査を受けるよう命令が下った。今回で3回目だ。やりたくないが、逃れられない」。中国の北部と南部の両方から聞こえてくる声である。
実は武漢でコロナ禍が深刻化していた20年の旧正月休暇の前は事実が完全隠蔽されており、移動制限がなかった。翌21年の旧正月休みの帰省は、コロナ抑え込みの成果で一部可能だった。
ところが今年の旧正月休暇(1月31日~2月6日)は、2月4日開幕の北京冬季五輪と重なる特殊要因もあり、各地で帰省が全面的に制限される可能性が高い。22年は第1四半期から経済に強い下押し圧力がかかる。経済専門家からは「後半の盛り返しを期待するにしても5%成長の達成には相当の困難がある」という見方が出ている。
ゼロコロナ政策以外で景気を落ち込ませている原因も、ほぼ全て北京の要人の執務地、中南海から発せられた急激で硬直的な政治主導の政策にある。最も影響が大きいのは、経済への寄与度が高い住宅市場を急激に冷え込ませた政策だ。並行してIT大手、ゲーム業界、教育産業への圧力も続いた。
経済低迷なら習近平氏の権力にも影響
日本経済研究センターは21年末、中国の名目GDPが米国を上回るのは33年になるとの予測を公表した。たった1年前に示していた「早ければ28年」という予測からみれば、5年も遅れることになる。
その原因として、中国政府の民間企業に対する規制強化による生産性の伸び鈍化と、長期的な人口減少による労働力不足を挙げた。前者は、権力集中に成功した習が自信をもって突然、打ち出す様々な極端な政策の副作用である。いわばリスクは習自身という解釈もできる。21年からの米経済復調もあって、米中の成長率の差は縮小傾向にある。
WEFの関連会合で北京からオンライン演説する習近平国家主席(17日)=新華社・AP
「(今年秋の)共産党大会までに経済状況を改善できなければ、(習の)権力にも影響がでかねない」。政界関係者はささやく。なぜなら「35年に現代化建設を基本的に実現する」という大目標は、17年の共産党大会で習自身が鳴り物入りで打ち出したものだからだ。その意味は、米国を凌駕(りょうが)することだった。
17年当時、「従来の目標年次を15年ほど前倒しした」と説明した経緯を考えれば、その達成は習が自らに課した義務である。計画の頓挫は本来、許されない。だが、習政権は自ら「政策不況」を招いている。過剰な自信はトップばかりではなく官僚、一般国民、清華大学の学生に至るまで自己陶酔に陥らせ、客観的な判断力を鈍らせてしまった。
「国内外の経済環境の変化がもたらす巨大な圧力を受けているが、我々は中国の経済発展の前途に満ちあふれる自信を持っている」。中国の直近の成長率落ち込みが世界に衝撃を与えた17日、習は世界経済フォーラム(WEF)関連会合でオンライン演説した。この「満ちあふれる自信」は、内外で懸念される過剰な自信とは違うのか。柔軟な政策調整につながる端緒なのか。しばらくは観察が必要である。(敬称略)
中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞』