https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65278910R21C20A0FF1000/



『【丹東(中国東北部)=渡辺伸】北朝鮮が数万人の出稼ぎ労働者を中国に派遣し続けていることが分かった。「新型コロナウイルスを防ぐための中朝境界の封鎖で帰国できない」ことを理由にしているが、2017年の国連制裁決議に違反している可能性がある。境界封鎖で外貨獲得が限られる中、北朝鮮の中国依存が改めて浮き彫りになった。
遼寧省丹東市の海鮮市場から北朝鮮産の海産物が消えた(10月)
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朝鮮戦争に参戦した中国義勇軍の歴史を伝える抗美援朝記念館(10月、遼寧省丹東市)
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「中国で働く北朝鮮人は1月以降、自分の国に戻らず、今も働き続けている」。中朝境界の中国側の街、遼寧省丹東市。中朝貿易を手掛ける商社の中国人経営者は10月中旬、日本経済新聞の取材にこう説明した。
国連安全保障理事会は17年12月の北朝鮮に対する制裁決議で、加盟国に2年以内に北朝鮮の労働者全員の送還を義務づけた。外貨獲得のルートを断ち、核兵器などの開発を止めるためだ。
決議を受けて中国で働く北朝鮮出身者の多くは19年12月にいったん帰国したが、すぐ中国に戻ったという。その後に中国で新型コロナウイルスの感染が拡大した。北朝鮮は20年1月下旬、国内への感染を防ぐため中国やロシアとの航空便や鉄道を停止し、海外からの入国を禁じた。
境界封鎖を受けて、北朝鮮出身者も帰国できなくなった形だ。労働者らの中国での短期ビザの期限は切れているが、中国は滞在を黙認している。中国政府は国連の決議を履行していると説明するが形骸化は明白だ。
商社経営者によると、丹東で北朝鮮人を雇う工場は100カ所以上あり、衣料や電子部品、水産加工など様々な業種に広がる。公式な統計はないが「丹東には今も数万人の北朝鮮人がいると推計できる」という。1人当たりの月給は約2千元(約3万円)で、中国人の半額程度となる。中国側にとっても低賃金で労働力を得られるメリットがある。
市内では複数の北朝鮮レストランが開店し、北朝鮮人の女性が笑顔で接客していた。「いつ帰国できるかは不明だから、今後も仕事を続ける」(従業員)。労働者らは瀋陽市など中国の他の都市でも働いているという。
米国務省の推計によると、北朝鮮は以前から約10万人の労働者を海外に派遣してきた。中国が多数を占め、北朝鮮政府の取り分は年5億ドル(約550億円)超にのぼり、有力な外貨獲得手段になっている。
北朝鮮の対外貿易も約9割を中国が占めるが、中国税関総署によると、20年1~8月に中国との輸出入額は前年同期比で70%減った。貿易での外貨獲得が大幅に減る中、より労働者派遣に頼らざるを得ない状況になってきている。
「北朝鮮産の海産物は売っていない。あるのは中国産だけ」。丹東の海鮮市場で複数の業者がこう証言した。海産物の輸出は国連制裁の対象になっているが、北朝鮮は制裁に違反して19年までカニやエビなどを中国に輸出していた。
だが海産物を買い付ける中国船も、新型コロナによる境界封鎖で北朝鮮に入れなくなった。北朝鮮の絵画を海外で販売する事業でも絵の輸出ができず、丹東のある画廊は「1月に営業を止めた」(画廊の幹部)という。
中国から人毛などを送って北朝鮮の工場で加工し、中国に送り返すカツラ生産事業も止まっている。制裁対象外の軽工業品のため、以前は盛んだったが、境界封鎖による輸送制限を受けた。北朝鮮の生産を代替する形で、北朝鮮人を雇う丹東の複数の衣料工場は1月以降にカツラの生産を始めている。
韓国銀行(中央銀行)の推計によると、北朝鮮の実質国内総生産(GDP)は19年が前年比0.4%増。建設業や農林漁業が増加し、3年ぶりのプラス成長だった。しかし20年は境界封鎖でマイナス成長に落ち込む可能性が高い。貿易などで得られなくなった外貨を中国への労働者派遣でどれだけ補えるかは見えない。北朝鮮の中国依存は高まる一方だが、大統領選を控える米国との関係も含めて、先行きは見通せない。』