アップル変心、鴻海に試練 郭氏退任1年で環境急変
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『【台北=中村裕】台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業からかつての勢いが消えた。米アップルなど顧客の業績は好調だが、鴻海の収益力は年々下がり、中国の新興勢や台湾のライバルが包囲網を築いて受注を奪い取ろうとしている。カリスマ創業者の郭台銘(テリー・ゴウ)氏の退任から1年。新トップの劉揚偉・董事長には難題が山積する。
■中台のライバルが包囲網
「彼らは1社では鴻海に太刀打ちできない。だから連合を組んで我々と戦おうとしている。だけど鴻海は強いし、影響は限定的だ」。劉氏は12日の記者会見で強調した。鴻海はこの日、4~6月期決算を発表した。増益を確保する一方で売上高は3%減った。だが、鴻海本社の会見場を埋め尽くした機関投資家や記者の質問は決算ではなく、近い将来像に集中した。
7月に入って鴻海の周囲は一気に慌ただしくなったからだ。電子機器の受託製造サービス(EMS)で世界最大手の鴻海のライバル、和碩聯合科技(ペガトロン)と緯創資通(ウィストロン)という台湾大手が、相次いで中国新興EMSの立訊精密工業(ラックスシェア)と資本提携した。
さらにウィストロンは中国工場の一部をラックスシェアに売却。ペガトロンも傘下の有力企業をラックスシェアに売却するとの観測がある。鴻海包囲網となる「新・中台3社連合」が実現する様相となっている。部品の融通など多くの事業連携、コストメリットが見込まれる。
アップルのiPhoneの生産は鴻海が約6割強を受託している。3社連合ができると、単純計算で残りの約4割弱を分担する構図となる。
この再編を主導しているのはアップルで、話にはまだ続きがある。アップルは長年の委託体制を見直そうとしている。従来はすべて台湾勢に発注し、大半を人件費の安い中国で作らせてきたが、今後は大きく二つに分ける構想が固まりつつあるという。
この構想では、世界販売約2億台のうち、中国で売る約3000万台は中国メーカーを中心に作らせる。担い手として有力視されるのがラックスシェアを中心とした「新・中台3社連合」だ。鴻海の中国での絶対的優位が崩れることになる。
中国市場以外で売るスマホについては生産地の中心をインドにする。ペガトロンは7月、インド進出を決めた。鴻海やウィストンも相次ぎ、インドへの追加投資を計画。鴻海は既に高価格帯のiPhone11の生産にも乗り出したという。中国で落とすシェアはインドで挽回するしかない。
アップルの委託生産体制見直しには多くのメリットがある。一つは中国リスクの回避だ。米中対立が激しさを増すなか、生産体制の一極集中は危険だ。米国はスマホには高関税をかけていないが今後も可能性がないとはいえない。中国・華為技術(ファーウェイ)のスマホ同様、中国で作った通信機器には情報漏洩の警戒感も拭えない。
もう一つのメリットは調達価格の低減だ。中国の工場人件費はこの数年で2倍以上になった。鴻海の収益力が低下した原因でもある。だが、中国企業のラックスシェアは中国政府からの補助金が期待できる。生産委託先が収益を確保しやすくなるのはアップルにとっても悪くはない話だ。
鴻海の年間の純利益は16年をピークに下がり続け歯止めがかかっていない。16年にシャープを買収したが、収益は下り坂。12日の決算会見でも今年7~9月期の売上高が2ケタの減収になる見通しが明らかになった。
■「米中どちらの顔も立てる必要」
この苦境に、就任1年の劉董事長はどう答えを出すのか。劉氏は米国の南カリフォルニア大学で修士号を取得。いくつもの企業を立ち上げ、1社は鴻海に売却した。残る企業も米ナスダック市場に上場させるなど、やり手として知られた。
郭氏との出会いは1988年と古い。企業の売買などを通じて信頼を深め、2007年、郭氏の誘いで鴻海に入社した。特別秘書として郭氏をサポートし、19年に経営を任されるまでは鴻海の半導体事業会社のトップを務めた。
劉氏の働きについて、郭氏は今年1月、台湾メディアに「急いで私と交代したが、自分よりいい。満足している」と語り、実直な劉氏への変わらない信頼を印象づけた。
だが、この1月以降、郭氏は鴻海に関わる仕事の場からパッタリ姿を消した。今も取締役だが、6月の株主総会さえ私的な理由で欠席をした。多くの観測が流れるが、ある業界関係者は「ビジネス上、付き合いの長い米中のどちらの顔も立てる必要がある郭氏が経営に関わるのは得にならない。劉氏に全て任せている状態だ」と明かす。
郭氏が即断即決を売りとした経営スタイルなら、劉氏は理詰めの判断で経営を仕切るタイプ。劉氏の肩に乗る圧力は今、そう軽くはない』