スターリンク衛星のうち6個からの電波を受信できると、…。
https://st2019.site/?p=21048
『ストラテジーペイジの2023-4-12記事。
スターリンク衛星のうち6個からの電波を受信できると、精度8mの「簡略衛星航法」が可能であることが分かった。GPSがぶっこわれても、スターリンクで代用できるのだ。』
スターリンク衛星のうち6個からの電波を受信できると、…。
https://st2019.site/?p=21048
『ストラテジーペイジの2023-4-12記事。
スターリンク衛星のうち6個からの電波を受信できると、精度8mの「簡略衛星航法」が可能であることが分かった。GPSがぶっこわれても、スターリンクで代用できるのだ。』
デンマーク政府は、夏までに、ウクライナにF-16をくれてやるかどうかを、決めるという。
https://st2019.site/?p=21048
『Thomas Newdick 記者による2023-4-11記事「Ukraine Situation Report: Denmark To Decide By Summer On F-16s For Kyiv」。
デンマーク政府は、夏までに、ウクライナにF-16をくれてやるかどうかを、決めるという。
これはF-35Aの導入と連動する。』
3月に韓国は米陸軍に向けて155ミリ砲弾を50万発、非公開的に「貸す」、ローン契約を結んでいた。
https://st2019.site/?p=21048
『Defense Express の2023-4-12記事「Unusual Way to Provide Half a Million Shells Without Sending Them Directly, For a Country Reluctant to Send Weapons to Warzone」。
リーク文書であらたに判明したこと。3月に韓国は米陸軍に向けて155ミリ砲弾を50万発、非公開的に「貸す」、ローン契約を結んでいた。
これは2022-11に10万発をこっそり売ると決めた話とは、別口である。
3月時点で欧州が束になっても35万発の155ミリ砲弾しかウクライナ向けには用意できないと言っているときに、この50万発はでかいだろう。
※この50万発は、「利用権」だけが移管され、米本土への現物移送はしないのではないかと思う。
つまり対支戦が始まったときに米陸軍は、韓国にある弾薬庫から砲弾を50万発、自由に持ち出して消費できることになったのだろう。これは米本土から大量の砲弾を極東へ送る手間を省くので、米国にとっても助かる。
そして米本土にある在庫の砲弾は、キープせずにウクライナにくれてやっても、とりあえずよくなった。』
セルビアがウクライナに武器弾薬を供給する。
https://st2019.site/?p=21048
『Jonathan Landay and Aleksandar Vasovic 記者による2023-4-13記事「Exclusive: Leaked U.S. intel document claims Serbia agreed to arm Ukraine」。
セルビアがウクライナに武器弾薬を供給する。これもこのたびリークされたペンタゴン文書で分かった。 表向きは、セルビア政府はそれを否定するという黙契だ。
※かたやハンガリー政府は、ますますロシアに傾斜し、ロスアトムに建設したもらった原発をさらに拡張工事してもらう。それは隠さずに堂々とやっている。』
ウクライナの反攻作戦、ハルキウやヘルソンほどの成功は見込めない
https://grandfleet.info/us-related/ukrainian-counteroffensive-will-not-be-as-successful-as-kharkiv-and-kherson/#comment_headline

『ワシントン・ポスト紙は11日「流出した機密文書の内容とバイデン政権の発表が大きく食い違うため、戦争終結を求める評論家を勇気づけるだろう」と報じており、ウクライナは反攻作戦の結果次第で戦争継続が困難になるかもしれない。
参考:U.S. doubts Ukraine counteroffensive will yield big gains, leaked document says
もう誰が何を言っても検証不可能なので反攻作戦の結果で判断するしかない
流出した機密文書には機密性の高いヒューマン・インテリジェンス(HUMINT)やシグナル・インテリジェンス(SIGINT)の情報に基づいた文書も含まれており、米国の諜報機関はキーウの戦略について「占領された東部地域の奪還に加え、ウクライナ南部地域の兵站ルートに使用されている陸橋(恐らくヘルソン州とクリミアが陸続きで接続される部分のこと)を遮断するため南下する」と指摘し、この地域に用意された「強固な防衛陣地」と「ウクライナ軍の欠陥」が反攻作戦の進捗を妨げ「犠牲者の数を増加させるだろう」と予想している。
出典:GoogleMap ザポリージャ周辺の戦況/管理人加工(クリックで拡大可能)
つまり諜報機関は「陸橋遮断には塹壕・防衛陣地・障害物・地雷が張り巡らされたザポリージャ州の前線を突破しなければならず、訓練された兵士や弾薬の供給面でも持続性に欠けるため、ささやかな領土の奪還しかもたらさない可能性がある」と警告しており、一部の議員に提供された機密資料の中でも「ハルキウやヘルソンほどの成功は見込めない」と指摘し、ウクライナ軍も米軍が提供した卓上演習で「様々な反攻シナリオ」や「大規模な反攻作戦が引き起こす戦力密度の低下」を検証したらしい。
米政府関係者は「卓上演習を通じてウクライナ軍も補給線が伸びすぎて奪還した領土を維持できない=限られた戦力で達成できる限界を理解し始め、この結果を反映した準備を進めているという感触を得た。陸橋を物理的に遮断するのは難しそうだが、ロシア軍の兵站ルートを脅かすことが出来るかもしれないと期待している」とワシントン・ポスト紙に明かしており、恐らく陸橋にHIMARSが届く位置までの前進なら可能かもしれないという意味だろう。
出典:Генеральний штаб ЗСУ
ウクライナ政府の高官も「部分的に流出した文書の中身は事実だが、大統領も国防相も弾薬不足を公の場で認めており、次の攻勢がウクライナ南部のメリトポリやベルジャンシクになるのは誰の目にも明らかなので、流出した文書が準備している反攻作戦を損なうことはない」と述べ、別の米当局者も「前線に投入される訓練不足の兵士問題はウクライナ軍の全体像を反映しているのではなく、意図的にバフムート防衛を含む戦いから練度の高い部隊を遠ざけている可能性が高い」と主張しており、もう誰が何を言っても検証不可能なので反攻作戦の結果で判断するしかない。
因みに欧米諸国はウクライナ軍の反攻作戦に何十億ドルもの資金をつぎ込んでいるため、ワシントン・ポスト紙は「機密文書が示唆する投資額に見合わない見通しはウクライナを支援する国の決意を弱め、キーウとモスクワの停戦交渉を求める声を後押しするかもしれない」と指摘している。
関連記事:韓国、ウクライナ支援として155mm砲弾33万発をポーランドに輸出か
関連記事:ウクライナ軍のA2ADが機能しなくなる?BukとS300の迎撃弾がまもなく枯渇か
関連記事:チェコ大統領、ウクライナ軍の大規模な反攻は1度きりで失敗すれば次はない
※アイキャッチ画像の出典:Генеральний штаб ЗСУ
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投稿者: 航空万能論GF管理人 米国関連 コメント: 61 』
『 月虹
2023年 4月 12日
返信 引用
流出した機密資料によるウクライナ軍の編成は以下のとおり
第32機械化旅団(新設)
マックスプロ(MRAP)×90両、T-72×10両、戦車(機種は不明)×20両、D-30×12門
第82機械化旅団(新設)
ストライカー×90両、マルダー×40両、チャレンジャー2×14両、M119×24門
第37機械化旅団(新設)
ハスキーTSV×30両、ウルフハウンド×30両、セネターAPC×30両、AMX-10RC×14両、戦車(機種は不明)×16両、D-30×12門
第33独立機械化旅団
マックスプロ(MRAP)×90両、T-72×10両、レオパルト2A6×14両、レオパルト2A4×18両、M119×12門
第47独立機械化旅団
M2ブラッドレー×99両、T-55S×28両、M109×12両、D-30×12門
第116機械化旅団
BMP-1×90両、T-64×13両、戦車(機種は不明)×17両、AS-90×17両、2S1×10両
第21機械化旅団
CVRT(FV103、ストーマ―)×20両、セネターAPC×30両、ブルドッグ(FV430)×20両、ハスキーTSV×21両、M113×10両、T-64×30両、FH-70×10門
第118機械化旅団
M113×90両、T-72×28両、M109×6両、FH-70×8門
第117機械化旅団
バイキング(Bvs10)×28両、XA-185×20両、M113×10両、セネターAPC×10両、PT-91×31両、AS-90×8両、D-30×12門
ブラッドレーとT-55Sとの組み合わせやレオパルト2は同じ旅団で使うなどウクライナなりの工夫が見られる配置。意外と目立つのがイギリスとカナダが供与した装甲車類でイギリス連合のウクライナ支援に対する力の入れ様が分かります。牽引砲はウクライナ保有のD-30とアメリカ供与のM119、イタリア供与のFH-70の3種類(M777は前線で固定配置?)のみ。
9 』
『 ため息
2023年 4月 12日
返信 引用
今回の機密情報の大量流出は、アメリカがウクライナの反攻失敗を予測し
ダメージコントロールをした、あるいは米軍の軍事備蓄を放出し続ける
バイデン政権に不満を持つ米軍上層部が、停戦を促進する為リークした
というところでしょう。バイデン政権に巣食うなんとしてでもロシアを
滅ぼしたい狂信者ブリンケン・ヌーランド(とその夫ロバートケーガン)
などのネオコンと、米軍上層部の意向が乖離している可能性があります。
バイデン政権が続く限り、かつロシアの目標であるドンバスの完全制圧と
ウクライナ軍の軍事的無力化が達成されなければ、停戦はありえません。
習近平・マクロンは停戦に動いていますが無理でしょう。
前にも書いた通り航空戦力の援護がないのに、ロシアの防御陣地突破を
できるのか?です。泥濘期が終わる5月以降にはっきりするでしょうが。
杜撰な作戦をダラダラ続け、スカスカのハルキウを大軍で攻略された
昨年とは状況が全く違います。反攻作戦が失敗すればウクライナは
後がないわけですが、、まあプロパガンダでなんとかするんでしょうね。
それでごまかしても、再来年まで持ち堪えられるか?という話です。
16
K(大文字)
2023年 4月 12日
返信 引用
情報流出の背景ですとか、反抗作戦の見通しについては色々見方があるでしょうからさておいて。
>バイデン政権に巣食うなんとしてでもロシアを
滅ぼしたい狂信者ブリンケン・ヌーランド(とその夫ロバートケーガン)などのネオコン
これは、流石に偏り過ぎでは?ロシアの言い分そのままみたいに見えますよ。
だいたい、モスクワまで攻め入ってロシアの本土を蹂躙しようなんて勢力は世界のどこにも居ませんよ。そんな事は不可能ですから。
「ウクライナを屈服させなければ、ロシアは滅亡する」というのはロシアの勝手な思い込み・被害妄想です。
ウクライナ征服とロシアの存亡を結びつける唯一それっぽい理屈としては「NATOの東方拡大」がありましたが、それとてフィンランドのNATO加入にロシアが大した対抗措置を打たなかった時点で詭弁だとバレている。
彼ら自身、自分の大義を大して信じていないのですよ。なのに日本人がロシアの存亡・生存闘争をことさら言い立ててもなぁ、って感じです。
34
ため息
2023年 4月 12日
返信 引用
もしフィンランドがアメリカの言うままに核配備を言い出せば、ロシア
の対応は変わりますよ。ロシアの対応は「核配備」に一貫してフォーカス
が当てられています。ウクライナの「軍事的無力化」も結局はそこです。
プーチンはNATO申請をクリントンに打診しましたが、無視されました。
NATOの拡大は最近はジョージア加盟?まで広がっています。モスクワまで
陸上戦力で侵略は不可能ですが、核攻撃で首都を焦土にされる可能性を
これ以上高めたくないと考えるのは、ロシアからして当然です。
ネオコンと呼ばれる集団は、そのルーツからロシア(というかソ連)に深い
憎悪を抱いています。それは論理で割り切れることではないのでしょうが
彼らの行動と発言を検証すれば、その思想が浮かびあがってきます。
6
み
2023年 4月 12日
返信 引用
ロシアがNATOに入ることで恒久的な平和が訪れるというのは錯覚です。
2つの国連が組織されても戦争が無くならないように、NATOが形骸化されるだけです。
平和は軍事的な均衡によってしか訪れないわけですからロシアのNATO入りを無視するのは至極当然です。
ルーツや憎悪に執着すると陰謀論に足を取られますよ。
13
ため息
2023年 4月 12日
返信 引用
少なくともソ連崩壊時、アメリカからすれば大敵が
消滅したわけで、この時点で戦略の変換は必要でした。
アメリカがその後とった戦略は傍若無人としか言えない
行動で、それらはグローバルサウスの「静かな離反」を
招き、今回公然とロシアがアメリカに反攻したことで、
Bricsと南米中東アフリカ諸国(東南アジアは様子見)は
アメリカ一極支配を明確に拒否しています。
大規模な地政学的変動が起きていますが、我が国でいくら
言っても理解されないのでしょう。スパイ扱いされるの
ですから。
6
STIH
2023年 4月 12日
返信 引用
>NATOの拡大は最近はジョージア加盟?まで広がっています。
そこまでNATO加盟国が広がるに至ったロシアの行動は無視ですか、そうですか。
11
コリャーク作戦
2023年 4月 12日
返信 引用
日本人ではなく、KGBの対日工作の可能性。
『コリャーク作戦』というらしいですよ。
ため息
2023年 4月 12日
返信 引用
KGBとかあなたは冷戦時代に生きているのですか?
いいかげん頭を更新しないと日本は周回遅れになるばかりです。
いくら言っても理解できない人にはしょうがない、、と
諦めつつこうやって書いてしまう自分に自問自答する日々です。
3
ため息
2023年 4月 12日
返信 引用
NATOが東方に拡大せざるを得なかった事情は合理的に説明
できますか?冷戦崩壊後、ロシアは困窮し兵士の給与も
支払えない状況でもNATOは拡大し続けていたわけですが。
ソ連崩壊時、東方にNATOは拡大しないと欧米が言及していた
(公式文書に明文化されてないからオッケー👌という意見は
アホ過ぎるので無視)にもかかわらずNATOが膨張し続けたのは
事実です。一体何の為に?
3
K(大文字)
2023年 4月 12日
返信 引用
>NATOが膨張し続けたのは事実です。一体何の為に?
何のためにと言いますか、冷たい言い方になりますが、単にロシアが嫌われているだけでは?
別にNATOが旧WTO諸国の首根っこ引っ掴んで無理矢理加盟させた訳でもないでしょうに。
それでは、なぜロシアがこうも嫌われるのか?
それは歴史的経緯もさることながら、何でもかんでもアメリカ/NATO/西側の悪巧みに回収して、相手の主体性を無視するところでしょうな。
「小国ごときに自我があるわけがない、これはNATOに唆されたに違いない」ってな具合にね。実際、今回のウクライナ侵略もこの思考の延長上でしょう。そりゃ、愛想尽かされますよ。
9
ため息
2023年 4月 12日
返信 引用
合理的な説明になっていませんよ。
「ロシアが嫌われているから」って、、、笑
それはネオコンが「私的な感情」でロシアに攻撃的な
政策をとっているというロシアの「被害妄想」も
妄想ではなく、現実である可能性がありますが?
私はアメリカが世界中で嫌われていると考えている、
あなたはロシアが世界中で嫌われていると考えている、
これはどちらも「真」として成り立ちますがそれで
いいですかね。
1
K(大文字)
2023年 4月 13日
返信 引用
>これはどちらも「真」として成り立ちますがそれでいいですかね
構いませんよ。
私には東欧における反露感情の存在ーとりわけ、宇露開戦後のポーランドやバルト三国が発するロシアの脅威を訴えるメッセージは悲壮ですらありますーを「不合理」と言下に切って捨ててみせる理路も、「アメリカだって嫌われている」と反駁することの意味も、よく分かりませんが。
まぁ双方嫌われているらしいアメリカとロシア、数年後には結果が出ているのではないですか。
ため息
2023年 4月 13日
返信 引用
あなたが納得しているなら構いません。
ただ一点、フィンランドやポーランドやバルト3国
と、ロシアとの数百年に渡る歴史は私は寡聞ながら
承知しています。
同様に、アメリカが無慈悲に破壊してきたリビア
イラク・シリア(現在進行形)他無数の国々にも
目を向けるべき歴史があるということです。
自分たちがやってきたことに対して何の反省も
せず、正義のヒーローのように振る舞う姿勢に
憤りを感じているのです。
お前たちに正義を語る資格はあるのか?あるとして
も、もっとやりようがあるのではないのか?
と思ってしまうのですよ、、、。
感情論になってきたのでこれで終わりにします。
付き合っていただきありがとうございます。
匿名さん
2023年 4月 12日
返信 引用
>いいかげん頭を更新しないと日本は周回遅れになるばかりです。
>いくら言っても理解できない人にはしょうがない、、と
>諦めつつこうやって書いてしまう自分に自問自答する日々です。
今現在もウクライナ戦争を毎日チェックするのは、
ウクライナを応援する気持ちが動機になっているでしょうから、
そりゃ反発されるのは、仕方がないでしょうね。
色々な思想があり、どういう思想を持つのも自由ですから、
私は、一部の過激な思想に傾いている人にしか、コメしないようになりました。
アメリカに変わって欲しいのは山々でしょうけど、
これがアメリカの覇権主義なことは、あなたもよく理解されていると思います。
そして、すでに後戻りできない冷戦期に入ったと感じますから、
どの道、日本の立ち位置はグローバルサウスではなく、アメリカ側になるので、
(過激でない)ウクライナ擁護の姿勢は、マイナスにはならないと割り切ってますね。
蛇足を承知で付け加えるなら、
アメリカが覇権を手に入れられたのは、WW2で欧州とアジアが荒廃したことが大きい。
そして、その覇権が危うくなってきている訳です。
もしかすると、アメリカは覇権を維持するために、ウクライナと台湾に片足を突っ込んで、
この再現をしようとしているのかもしれません。
ため息
2023年 4月 12日
返信 引用
???
私ウクライナの応援全くしてません
私の嫌いな国を端的に表すと、
アメリカ>イギリス>>>>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
ウクライナ>中国>>>EU=韓国=ロシアです
匿名さん
2023年 4月 13日
返信 引用
いや、あなたのことではなく、ここに見に来ている大多数の人のことです。
2
』
ウクライナ軍の反攻時期、シュミハリ首相が春ではなく夏になると発言
https://grandfleet.info/european-region/ukrainian-military-counteroffensive-prime-minister-shmyhal-says-summer-not-spring/
『ウクライナの反攻作戦は3月~5月=春に開始されると予想されていたのだが、米メディアの取材に応じたウクライナのシュミハリ首相は「夏頃(6月~)になる可能性がある」と述べて注目を集めている。
参考:Ukrainian prime minister arrives in DC at make-or-break moment
凍えそうな冬を乗り越えてきたウクライナ国民にはそろそろ「希望」が必要だ
ウクライナのポドリャク大統領府顧問は3月上旬「急いでいないものの2ヶ月以内に(新たな部隊の)再編成が完了するだろう」と、シルスキー陸軍司令官も3月下旬「バフムートで貴重な戦力を失った敵は力尽きようとしている。我々はキーウ、ハウキル、バラクレヤ、クピャンスクでやったように、まもなくこの機会を利用することになるだろう」と指摘して反撃を示唆したため、西側のメディアもアナリストもウクライナの反攻作戦を「春攻勢」と表現することも少なくない。
出典:Сухопутні війська ЗС України
つまり3月~5月の間に「ウクライナ軍が反攻作戦を開始する」と期待しているのだが、ワシントンでHill紙の取材に応じたシュミハリ首相は「反攻作戦の開始が夏頃になる可能性がある」と述べて注目を集めている。
シュミハリ首相は「反攻に転じるには100%、、、いや、それ以上の準備が必要だと友人もパートナーも明確に理解しているので、反攻作戦の開始時期に友人やパートナーからの圧力を受けているとは感じていない」と述べ、機密流出が反攻作戦に与える影響についても「我々は自分たちの土地を解放するだけで、それが可能だと何も証明してきた。友人やパートナーにはさらなる戦車、弾薬、航空機、装甲車輌といった軍事支援を要求したい」と語った。
出典:PRESIDENT OF UKRAINE
ゼレンスキー大統領は反攻作戦の開始時期について「パートナーから到着する弾薬を待っている」と3月下旬に述べ、流出したウクライナ軍の訓練計画も「海外で訓練を受けている9個旅団(反攻作戦向けの基盤戦力)の準備が整うは4月末」と、流出した155mm砲弾輸送計画=ROK 155 Delivery Timeline(330K)も「韓国(33万発)とイスラエル(10万発以上)から155mm砲弾を欧州に輸送するには72日間かかる」と示唆しており、シュミハリ首相の言及を加味すると「約束された装備や弾薬の到着が遅れている=反攻準備が整うは5月以降になる」という意味だ。
Hill紙は「反攻作戦が失敗した際のリスクは重大で、バイデン大統領はウクライナが必要とする限り支援を続けると言っているが、戦争疲れは米国の市民間、ウクライナと同盟国間、さらにはウクライナ国民間の連帯を脅かす」と指摘し、シュミハリ首相も「反攻作戦の開始時期について最も強い圧力は国内から来ている」と述べているのが興味深い。
出典:Денис Шмигаль Прем‘єр-міністр України
ウクライナは今後の戦局を左右する「作戦準備」を我慢強く進めなければならないが、当初見込みより反攻開始が遅れるという問題は「ウクライナ軍の能力に対する信頼感」や「作戦に対する期待感」を損なうなため、D-dayを決断するゼレンスキー大統領にとっては厳しい状況が続くことになる。
因みに春攻勢が夏攻勢に変わるとバフムートでロシア軍を拘束しなければならない期間(4月末→5月末)も伸びるため、仮にシュミハリ首相の言及が「反攻作戦の開始時期を誤魔化す偽情報」だったとしてもネガティブな印象が強く、凍えそうな冬を乗り越えてきたウクライナ国民にはそろそろ「希望」が必要だ。
関連記事:韓国、ウクライナ支援として155mm砲弾33万発をポーランドに輸出か
関連記事:ウクライナ軍司令官が反撃を示唆、敵が力尽きようとしているので利用する
関連記事:チェコ大統領、ウクライナ軍の大規模な反攻は1度きりで失敗すれば次はない
関連記事:ウクライナ軍がバフムートに踏みとどまる理由、2ヶ月以内に反攻開始か
関連記事:ゼレンスキー大統領、ウクライナ軍の反攻時期は弾薬の到着に左右される
※アイキャッチ画像の出典:Mil.gov.ua/CC BY 4.0
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投稿者: 航空万能論GF管理人 欧州関連 コメント: 24 』
プラグマティズムと12ステップ
https://ieji.org/2019/1855
※ 今日は、こんな所で…。


『宗教と科学の対立
さて、産業革命 以後、科学は急速な進歩を遂げました。自然科学にはいくつかの特徴がありますが、その一つは現象の背後にある機序の解明です。観察や実験を繰り返して、「それ」がどのようにして起きているのか客観的法則を解き明かそうとします。
もう一つはエビデンス、つまり科学では統計的な証明が求められます。「それ」が一回だけ起きたのではなく、繰り返し起きることが必要です。例えば医薬品ならば、一人だけに効くのではなく、多数の人に効果がなければ薬として認められません。
古来からの宗教的な考えのなかには、科学の進歩によって否定されたものがありました。
地球が宇宙の中心にあるという天動説に対して、コペルニクス (1473-1543)が唱えた地動説は「異端」とされ、ガリレオ・ガリレイ (1564-1642)は有罪判決を受けました。ただ、聖書は地球が宇宙の中心にあるとは言っていませんし、そもそもコペルニクスはカトリックの司祭でしたから、これは宗教内部での争いでした。
時代が下って19世紀、チャールズ・ダーウィン (1809-1882)が『種の起源』(1859)を発表すると、大きな論争を巻き起こしました。進化論 は聖書に書かれた神による天地創造 を否定するからです。宗教は神こそ真理と主張し、科学は自分たちが真理を発見していくと主張し、お互い譲りませんでした。いわば宗教というコンサバと、科学というラジカルの対立ですね。
こうした対立が激しかったのは19世紀後半のアメリカで、加えて南北戦争 (1861-65)を挟んで保守的な南部と進歩的な北部の対立も深まっていました。
プラグマティズムの登場
そんな時代に登場したのが、アメリカ心理学の父と呼ばれるウィリアム・ジェームズ(1842-1910)です。彼には『プラグマティズム』(1907)という代表的著作があり、岩波文庫で読むことができます。1)
プラグマティズム は「実用主義」と訳されます。ジェームズによれば、ある観念が真理かどうかは、それが有用な結果をもたらすかどうかです。例えば、神を信じることによって勇気を持て、それによって恐れを乗り越えて何かを成し遂げられたのなら、それが神という観念の意味であり、そうした有用な結果をもたらす限りにおいて、真理なのです。
逆のケースとして、例えば、帰宅した僕に妻が「ご飯は食べてきたのですか?」と尋ね、僕が「ぼくは長野県出身です」と答えたとします。僕の言葉は事実ですが、食事を用意すべきか判断したい妻には何の役にもたたないので、これは真理とは呼べないのです。(たぶん妻はむーんと不機嫌になってしまうでしょう)。
ジェームズの意図は、有用かどうかに重点を置くことで、宗教と科学の対立を調停することでした。プラグマティズムは受け入れられ、アメリカの文化に深く根付いていきました。
AAもプラグマティズムの影響を受けている
当然1930年代に成立したAAもプラグマティズムに影響を受けています。アルコホリズムという病気を扱っていながら、その病気のメカニズムには関心を持っていません。シルクワース医師の仮説に納得しながらも、その内容には「しろうとの私たちが意見を述べても、大して重要性はないだろう」と距離を取っていますし、2) なぜ飲酒のコントロールが取り戻せないのかという疑問に対しても「私たちはこの謎に答えられない」と突き放しています。3)
さらには、なぜ12ステップに効果があるのかを自分たちで調べようともしません。多くの人が回復して効果があるんだから、メカニズムなんて分からなくてもいいじゃないか、という態度を取っています。4) 調べるのは科学者たちに任せておけばいいことだし、普遍的な神を探求するのは宗教家たちに任せておけば良い。AAは科学でもないし宗教でもないのですから。
有能であろうとすればプラグマティストになる
話は変わって、医学は科学に基盤を置いています。ですから、医師が診察室で神を語ることもないし、呪術を使ったり、護摩を焚いたりしません。エビデンスが大事なのです。医療では有効性が統計的に実証されている治療方法が使われます。薬も治験などで「○割の人に有効だった」というデータがあります。
しかしながら、治療薬は100%有効とは限りません。効かないこともあり得るのです。その逆で科学的に有効という証拠がなくても、ある個人には有効な処方というのもあり得ます。いろんな薬を試してどれも効かず、エビデンスがある候補がなくなったとき「科学的手続き」にこだわっていたのでは治療は行き詰まってしまいます。そういう意味では、医学は科学ですが、臨床経験豊富な医師は意外とプラグマティストなのだと、いろんなドクターを見ながら思います。5)(もちろん彼らも論文を書くときにはサイエンティストになるでしょうが)。
12ステップにも受け継がれている
このように、プラグマティズムは、限定的真理を認めることで、たとえそれが科学的事実に反する観念であっても(有用であるならば)それを信じる権利を万人に与えてくれます。
AAの共同創始者ビル・Wは、カール・ユングに宛てた手紙の中で、「科学と神学の間にある緩衝地帯こそが、私たちの多くが自分自身を見いだした場所」だと書いています。6) その緩衝地帯を作ってくれたのは、ウィリアム・ジェームズではないかと思われるわけです。
プラグマティズムの持つ多元主義 や可謬主義 、信念の改良を続ける態度も12ステップに受け継がれています。
プラグマティズムを踏まえておくと、12ステップが理解しやすくなると思います。
プラグマティズムについて、図解されているものを挙げておきます。まずこれは、これは朝日新聞の記事ですが、すでに公開を停止しています。7)
(文化の扉)プラグマティズム 異なる信念の共生へ試行錯誤
(文化の扉)プラグマティズム 異なる信念の共生へ試行錯誤 ? 朝日新聞デジタル (asahi.com)
こちらはプレジデントオンラインの記事。登録は必要ですが、無料で読めます。8)
超大国アメリカを支える思想「プラグマティズム」入門
超大国アメリカを支える思想「プラグマティズム」入門 ? PRESIDENT Online (president.jp)
ウィリアム・ジェイムズ(桝田啓三郎訳)『プラグマティズム』, 岩波書店, 1957 [?]
BB, p.xxxiii [?]
BB, p.34 [?]
AAのアディクション哲学については、ウィリアム・L・ホワイト(鈴木美保子他訳)『米国アディクション列伝 アメリカにおけるアディクション治療と回復の歴史』, ジャパンマック, 2007, p.153 を参照。 [?]
ネット上の例を挙げるならば、Dr 林のこころと脳の相談室 (kokoro.squares.net) 精神科Q&Aの【3875】 [?]
PIO, p.386 ? 付録C 「ビル・Wとカール・ユング医師との往復書簡」 [?]
(文化の扉)プラグマティズム 異なる信念の共生へ試行錯誤 ? 朝日新聞デジタル (asahi.com), 2016-5-29 [?]
大賀祐樹, 超大国アメリカを支える思想「プラグマティズム」入門 ? PRESIDENT Online (president.jp), 2016-11-14 [?]
?2019-11-182022-04-12その他,日々雑記?12ステップ
Posted by ragi 』
※ 唐突に思われるかもしれないが、米・英の「グローバリズム」というものを考えるとき、この「プラグマティズム」の思想は、外せない(はずせない)と思うんだよね…。
※ 『概念や認識をそれがもたらす客観的な結果によって科学的に記述しようとする志向を持つ』…。
※ つまり、「知識や思想は、問題を解決するのに「役立つ道具」にすぎない」…。
※ ≒ 「問題を解決するのに役立たない知識や思想は、ほとんど意味がない」…。
※ 高邁な「デカルト思想」「カント哲学」よりも、電球を発明・実用化した「エジソン」のほうを、高く評価する…。
※ こういう思想・信条は、日本の侍の「合理的な、ものの考え方」にも、通底しているように感じる…。
※ 戦国武将たちは、究極の「プラグマティズム」の実践者でなければ、「生き残って」いけなかったろう…。
※ そういう辺りが、案外、日本国が、「米・英」と「けっこう相性が良い」ことの、背景にも、なっているんじゃないかと思う…。
※ アングロサクソン・モデル + プラグマティズム…、が「鍵(かぎ)」のような気がするんだよね…。

『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
プラグマティズムの思想家たち、パース(左上)、ジェームズ(右上)、デューイ(左下)、ミード(右下)
プラグマティズム(英: pragmatism)とは、ドイツ語の「pragmatisch」という言葉に由来する、実用主義、道具主義、実際主義とも訳される考え方。元々は、「経験不可能な事柄の真理を考えることはできない」という点でイギリス経験論を引き継ぎ、概念や認識をそれがもたらす客観的な結果によって科学的に記述しようとする志向を持つ点で従来のヨーロッパの観念論的哲学と一線を画するアメリカ合衆国の哲学である。
概要
プラグマティズムは1870?74年の私的なクラブに起源を有する思想であり、その代表的なメンバーとしてチャールズ・サンダース・パース、ウィリアム・ジェームズらがいる。
プラグマティズムはジェームズによって広く知られるようになり、20世紀初頭のアメリカ思潮の主流となった。心理学者の唱える「行動主義 behaviorism」、記号論研究者の「科学的経験主義 scientific empiricism」、物理学者の「操作主義 operationalism」など及んだ影響は広く、現代科学では統計学や工学においてこの思想は顕著である。
プラグマティズムは、社会学、教育学、流通経済学などアカデミズムにも多大な影響を与えたが、それにとどまらず、アメリカ市民社会の中に流布して通俗化され、ビジネスや政治、社会についての見方として広く一般化してきた。
その歴史は前期と後期に大別され、後期のプラグマティズムはシカゴ大学を中心に発展したため、シカゴ学派とも呼ばれる。シカゴ学派の代表的な者にジョン・デューイ、心理学者のジョージ・ハーバート・ミードらがいる。
その後、チャールズ・W・モリス、ジョセフ・フレッチャー、ウィラード・ヴァン・オーマン・クワイン、リチャード・ローティらによってネオプラグマティズムとして承継発展されている。
歴史
前期
「形而上学クラブ」
プラグマティズムは、1870年代のマサチューセッツ州・ケンブリッジで2週間ごとに開かれた学徒たちの集まりから出発する。一つの国が二つに分かれ、60万人以上の人間が死んだ南北戦争が終わり、科学が急速に発達し、ダーウィンの進化論が発表され、「進化論を信じつつしかもキリスト教徒足り得るか」が重大な問題となった時代であった。
また、デカルトに始まり主観客観の2項対立図式を前提としたヨーロッパ大陸の観念論哲学が意識に確実な知識の基礎を求めるときに生じる外界存在や他我認識のアポリアに対する哲学上の問題の解決が求められる時代でもあった。
そのような時代に皮肉の意味もこめて「形而上学クラブ」と名付けられたこの集まりの常連は、パースとジェームズのほか、ジョーゼフ・ウォーナー、ニコラス・セイント・ジョン・グリーン、チョーンシー・ライト、オリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニアの6人であり、それに2、3人を加える程度であった[1]。
彼らは、進化論哲学を宗教と結びつけたジョン・フィスク、ユニテリアンの牧師でイエスをただ一人の救世主として認めず「客観的相対主義」を唱えたフランシス・エリングウッド・アボットなどの年長者たちの影響を受けている。特にアレグザンダー・ベインズの「信念とは、ある人がそれにのっとって行動する用意のある考えである」という定義を引用して、哲学の議論から無用な意見を整理する基準をもうけたグリーンは、パースによって「プラグマティズムの祖父」と呼ばれている[2]。
「プラグマティズムの格率」とその宣言
形而上学クラブで思想の原型が形成されたのは、1870?74年の間であるという。
1878年『ポピュラー・サイエンス・マンスリー』誌においてパースがプラグマティズムの格率として発表したときは、「わたしたちの概念の対象が、けだし行動への影響を有するどのような効果を持つことができるとわたしたちが考えているのかについて、よくよく考えてみよ。そうすれば、これらの効果についてのわたしたちの概念こそは、その対象物についての私たちの概念そのもの全てである。」というような悪文の故か全く評判にはならなかった。
原文は次の通り。
Consider what effects, that might, conceivably have practical bearings, we conceive the object of our conception to have.
Then, our conception of these effects is the whole of our conception of the object.
??『ポピュラー・サイエンス・マンスリー』1878年
ウィリアム・ジェームズ
ウィリアム・ジェームズ(1842年-1910年)は「生理学、心理学および哲学におけるまたその間の最初の思想家」であり[3]、『宗教的経験の諸相』、記念碑的研究書『心理学原理』および講義録『信ずる意志』の著者として有名であるが、代表作は、1910年の著書『プラグマティズム』である。
「プラグマティズムの格率」は、1898年8月26日、カリフォルニア大学の講演会の中でウィリアム・ジェームズによって、友人パースの意見として発表され、ジェームズによって広められた。
ジェームズはパースと共に[4]徹底的に新しい哲学思考法に精緻化される親しみやすい姿勢を具体化するものおよびディレンマを解決するものとしてプラグマティズムを見ていた。1910年の著書『プラグマティズム』で次のように書いている。
我々の思考全ての根にある理解できる真実ははっきりしていても微妙であり、それらのどれも優れたものではないので実際に可能な差異以外の何物にも依存しない。ある対象に関して我々の思考に完全な明晰さを得るには、その対象が持っている実用的な種類の認識できる効果をのみ考える必要がある。つまりそれからどのような感覚を期待し、どのような反応を用意しなければならないかである。
ジェームズは、パースとならんで可謬主義に立ち、真理論における真理の対応理説を拒否するが、パースと異なり、生の哲学と同様に真理の有用説に立つ。真理には信念、世界についての事実、その他背景的信念およびこれら信念の将来的結果が含まれると主張した。また真理には実際に複数の真理があると考えることでは多元論者でもある。
ジェームズは、対象間の関係は対象自体と同じくらい現実であると主張するその徹底的プラグマティズムでも有名である。ジェームズは、その後、デカルト的心身二元論図式を否定し、究極の実在はある種のものであり、精神的でも肉体的でもないという中立一元論を採用するようになった[5]。
このように、パースとジェイムズの見解は決して同じではなく、むしろ決定的な相違があるといえるが、そのためプラグマティズム運動は、ジェイムズによるパースの誤解によって始まったと後に言われるようになった[6]。後述するとおり、パースは、「プラグマティズムの格率」を道徳とは峻別された実用的な法則における意味をはっきりさせるための一提案として定立したのであるが、ジェイムスは、これを道徳や宗教にも拡張して適用することができると考えたのである。パースは、1905年の雑誌The Monistでの論文「What pragmatism is」において、ジェイムズと決別し、以後自身の思想をプラグマティシズムと呼ぶようになる。
チャールズ・サンダース・パース
博学であり、論理学者、数学者、哲学者および科学者であるチャールズ・サンダース・パース(1839年-1914年)が1870年代に「プラグマティズム」という言葉を初めて使った[7]。パースは記号論、論理学および数学の分野で豊富な論文を提出したことに加え、プラグマティズムの基礎を作ったと考えられる論文「信念の固定」(1877年)と「如何に概念を明確にするか」(1878年)(いずれも英文)を著した。
パースは、スコットランド常識学派を批判的に承継し、自らの立場を「批判的常識主義」と称する。デカルトは、全てを疑い、その末に絶対に疑いえない精神を発見したというが、そもそも人は何かのきっかけがあってそれを意外に思うからこそ疑いを持つのであり、デカルトの方法的懐疑のように自らの意思の力によって疑いを持つことはできない。なぜなら、人は特に積極的な理由がない限り「疑いえない常識」の世界に生きているからである。
「信念の固定」では、特別な理由により、「疑いえない常識」に疑念が生じたときに、その疑念を振り払って再び疑いを得ない「命題」や「推論」にたどり着くことで人の信念を固定する方法として、固執の方法、先天的方法、権威の方法をあげた上で、科学的方法の優秀さを論じている。
「如何に概念を明確にするか」では、プラグマティズムの格率の適用によって概念を明確にする方法について論じている。従来の論理学においては「明確」とは、せいぜい他の概念と区別できるものという意味を有するにすぎなかった。プラグマティズムの格率は、その適用によってプラグマティックな違いではない特徴によって生じる混乱を明確にすることが意図される。伝統的に人はある概念を部分に分けて分析する(例えば、真実という概念を「存在と認識の一致」として三つに分けるがごとくである)。そのような分析は必要ではあるが、未だ十分ものとはいえず、プラグマティズムの格率の適用により真に明確な概念を得ることができるのである。多くの科学者が検証を繰り返し、格率の適用によって明確な概念であるとの科学者集団の合意を得て獲得された真理は実在なのである。
これが実験的省察の方法としてのプラグマティズムの神髄であり[8]、考えられる確認できる環境と確認できない環境という言葉で概念に行き着く。すなわち実験仮説の創出に有効であり、検証の採用と改良に資する方法である[9]。パースに典型的であるのは、演繹的合理主義と帰納的実験主義の間に通常ある基本的代案にはないものとして実験仮説の推論に関する関心である。
パースの哲学には、包括的3つのカテゴリー(一項性、二項性、三項性)、可謬主義、形式的記号論としての論理学(記号学要素と記号の等級、推論形式および探求の方法を含む)、学究的実在論、客観的観念論、および空間、時間及び法則の連続性の現実に関する信念や、偶然性の現実における信念、機械的必要性および宇宙で働く原理とその進化形式としての創造的愛が含まれている。
後期 シカゴ学派
シカゴ学派には、進化論の影響、科学主義、相対論物理学の影響という特徴があり、行為者を彼の周囲の環境から影響を受けている社会的な存在としてみる[10]。
ジョン・デューイ
ジョン・デューイ(1859年-1952年)は、ジェームズやパースの高遠な哲学的業績に関わっている間に、自分でも政治や社会の事項について広範に論文を書き、公的な場にデューイがいることがそのプラグマティズムの先駆者よりも大きなことになった。プラグマティズムの創設者の一人であると同時に機能心理学の創設者でもあり、20世紀前半のアメリカ教育界で進歩主義運動の指導的存在でもあった[11]。
デューイは古典的自由主義の個人主義に反論し、社会制度は「個人のために何かを得る手段ではなく、個人を創出する手段」だと主張した[12]。個人は社会制度によって提供されるべき物事ではなく、社会制度は個人に優先し、個人を形作る。これら社会的配慮は個人を作り出す手段であり、個人の自由を促進すると言った。
デューイは教育哲学の応用哲学における著作で知られている。デューイの教育哲学は子供達が行動することで学ぶものである。デューイは教育が不必要に長くて形式的であり、子供達は実生活の行動に関わることで学ぶように向いていると考えた。例えば、数学では料理における比率を数字化することで、あるいはある交通手段である距離を動くにはどのくらい時間が掛かるかを数字化することで学ぶことができるとした[13]。
ジョージ・ハーバート・ミード
1910年『心理学はいかなる社会的対象を前提とするか?』『社会的意識と意味の意識』、1912年『社会意識のメカニズム』、1913年『社会的自我』などの論文で書かれていたことを、一つの体系としてまとめたのが1925年の論文『自我の発生と社会的統制』である。
「自我」とは自覚されたときから社会の場にいる、つまり「孤立した自我」は本来の自我の状況ではないというのが、ミードの立場である。「個人」「経験」「精神」はコミュニケーションをとおして出現する。こうしたミードのコミュニケーション論を、デューイが教育・芸術に応用した。
ミードは多くの論文を執筆したが、生前、一冊の本も出さなかった。
古典的プラグマティズムの衰退
パースに始まり、ジェイムズによって広まったプラグマティズムは、シカゴ大学で学派をなし、一つの運動として多方面に多大な影響を与えたが、1930年代にカルナップら論理実証主義者が次々とアメリカ合衆国に亡命し、ウィーン学団を結成して影響力を持ち始めると、急速に衰退していった[10]。
解説
語源と思想の源
プラグマティズムという言葉は、その創始者であるパースによって生み出されたものである。元々はカントの著作『純粋理性批判』に登場する 「pragmatisch」 というドイツ語に由来し、 その原意は、ギリシャ語で行為・実行・実験・活動を表すプラグマ(πρ?γμα)である。
パースの友人は、「プラクティカリズム(実際主義)」という語を勧めたが、カント哲学に通じていたパースにとって、「praktisch」 という言葉は、「実践理性」の領野、つまり道徳に関わるので、実験科学者にとって相応しくないと判断された。カントは、実践的な法則と実用的な法則を峻別した上で、前者は定言命令的で絶対的なもの、後者は仮言命令的であるとしていたことから、パースは、理性によって明確な目的をもって実験をし、明確な結果を得られるものとして「プラグマティズムの格率」を定立したのである。
なお、名前自体はドイツ哲学からとられたが、「プラグマティズム」の合作者たちはジョン・ロックやジョージ・バークリなどのイギリス哲学に影響されている。そして、さらに遡れば、バールーフ・デ・スピノザ、アリストテレス、プラトンに行き着く[14]。
構造と傾向
その成立の歴史を反映して、「プラグマティズム」についての見解は主要な提唱者の間でも正確に一致しない。最も狭く解釈する人にとっては「意味をはっきりさせるための一提案」であるが、もっと広く解釈する人にとっては、「意味の理論についての学説」、「行為に重きを置いた思索の方法」又は「その結果」という三つの見解があることになる[15]。
最も広くその意義をとった場合、プラグマティズムは、功利主義的(倫理面)・実証主義的(論理面)・自然主義的(心理面)の3つの傾向を持ち、個々のプラグマティストはこの3つの傾向を様々な割合で結合している。パース流のそれは論理面が重視されていたが、ジェイムズ流のそれは倫理面が重視されており、その後、デューイ、ミードによって心理面が重視されるようになったと分析することができる[16]。
影響
[icon]
この節の加筆が望まれています。
プラグマティズムは、特にジェームス流のそれはヨーロッパにも多大な影響を与えた。
イタリアでは、ジョヴァンニ・パピーニの『魔術的プラグマティズム』のような非科学的な思想に、フランスでは、ジョルジュ・ソレルの『暴力論』(1908年)といった非民主的な思想に影響を与えた。
日本では、大杉栄、西田幾多郎にも影響を与えた。
中国では、胡適がプラグマティズムを学び、新哲学として導入し新文化運動の中心を担った。
法学では、プラグマティズム法学のみならず、ロスコー・パウンドの社会学的法学、ジェローム・フランクのリアリズム法学に影響を与えた。 』
『出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
アイルランドの旗 アイルランド系アメリカ人 アメリカ合衆国の旗
Irish American
Gael-MheiriceanachFamous Irish Americans
Francis Scott FitzgeraldRonald ReaganAnne Sullivan
上段左から
ジョン・F・ケネディ、マザー・ジョーンズ、ジョージ・M・コーハン、ジェームス・J・ブラドック、マイケル・J・マキブニー、マイケル・ジェームズ・カーリー、ヴィクター・ハーバート、ユージン・オニール、エド・サリヴァン、F・スコット・フィッツジェラルド、ロナルド・レーガン、アン・サリヴァン
総人口
36,278,332
総人口比11.9% (2008年)
居住地域
アメリカ合衆国北東部、アメリカ西海岸、アメリカ南部、アメリカ中西部、シカゴ、サンフランシスコ、ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、ロサンゼルス、
言語
アメリカ英語
宗教
P christianity.svg キリスト教(カトリック教会、長老派教会、アイルランド国教会)
関連する民族
アイルランド人、アイルランド系カナダ人、アイルランド系メキシコ人、ウェールズ系アメリカ人、スコットランド系アメリカ人
ジャガイモ飢饉によって困窮したアイルランド人たちは、移民として異国へと旅立っていった。
アイルランド系アメリカ人(アイルランドけいアメリカじん、英語: Irish American, アイルランド語: Gael-Mheiriceanach)は、アイルランドに出自を持つアメリカ人である。約3,600万人(総人口のおよそ12%)のアメリカ人がアイルランド系であると自認している。これらの数字にはスコッツ=アイリッシュは含まれない。
スコッツ=アイリッシュ(Scots-Irish)は、一般的にアルスターから移民してきたアイルランド人を指し、アルスター=スコッツ(Ulster-Scots)とも呼ばれる(後の北アイルランドを含むアルスター地方にはスコットランド人プロテスタントが多く入植していた)。彼らの中には自分がアイルランド系アメリカ人であると考える者もいる。これは、アイルランドのプロテスタントとカトリックとの宗教対立に起因するもので、プロテスタント系移民はスコッツ=アイリッシュと呼ばれ、カトリック系の移民はアイルランド系アメリカ人と呼ばれることを好んだ。近年はこの区別は厳密なものではなく、多くのスコッツ=アイリッシュは、自身をより広義なアイルランド系アメリカ人の一種であると見なしている。スコッツ=アイリッシュは(アイルランド系アメリカ人とは別に)500万人以上にのぼる。
概要
プロテスタント系のアイルランド人移民は18世紀から19世紀の産業革命期にアメリカに移民し、特に当時辺境地域だったペンシルベニア州、バージニア州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州へと定住した。1845年から1849年にかけて起こったジャガイモ飢饉の際には、数百万人のカトリック教徒が北アメリカへと押し寄せた。彼らの多くは、棺桶船と称される病気の蔓延する船でカナダに到着した。彼らの一部はカナダ、特にトロントやオンタリオ州に残ってアイルランド系カナダ人となり、残りはアメリカ合衆国へと移動した。
1820年から1860年にかけて、アイルランド人はアメリカ国内の移民のうち3分の1を占め、1840年代には移民の半分を占めるようになっていた[1]。
当初アイルランド人は歴史的にアメリカ人の圧倒的多数を占めるイングランド系のルーツであるイングランドに支配された地ということ、カトリック教徒であることから不当な差別を受け、アイルランド人の利用を公然と拒んだ店も存在した。この差別に立ち向かうためにマフィアとなったアイルランド系も少なくなかった。
初期の移民の職業は警察官、消防士、軍人などが多く、アイルランド系の警官、消防士、軍人が活躍する映画が多い[2]。これは移民として比較的後発だったため、命がけの危険な仕事にしかありつけなかった歴史的事情や、血気盛んなアイルランド気質ともマッチしている要因が挙げられる。このことからアイルランド系移民には、それぞれの家代々で警官や消防官を勤める者がいる場合も少なくない。また文化・伝統的側面においても大いに影響があり、警察や消防では慶弔様々な式典においてバグパイプ隊による演奏が行われる。
例えばニューヨーク市警察とニューヨーク市消防局では、バグパイプを使った鼓笛隊「エメラルドソサイエティ」(Emerald Society、直訳すると翠玉団)が編成されている。演奏が行われるのは訓練学校の卒業式や殉職者の葬儀、聖パトリックの日など。米墨戦争において、兵の40%がアイルランド系だった聖パトリック大隊がアメリカ軍から脱走し、メキシコ軍に加わってアメリカと戦った事例がある。
最初の大陸横断鉄道の建設労働者になった。
特徴としては、姓(ファミリーネーム)の綴りが「O’」「Mc」「Mac」で始まる事が挙げられる(McやMacはスコットランド人の姓にも付く)。これは、「O’」あるいは「Mc」「Mac」にはアイリッシュ・ゲーリック(アイルランドの公用語)で誰々の子孫、誰々の仲間という意味があり、例を挙げるならば、ジョン・マケイン(John McCain)のMcCainは「ケイン(Cain)の家族あるいは仲間」という意味になる。ケネディ(Kennedy)のように「O’」あるいは「Mc」「Mac」で始まらない姓の由来については、王室や貴族の家系、あだ名、職業、地名などさまざまである。例えば、ケネディとは「醜い頭(Ceanneidigh、ゲール語)」というあだ名に由来する。なお、第35代大統領ジョン・F・ケネディの曽祖父は農民である。
アイルランドからの移民の大多数はカトリックであったが、世代を下るに連れイングランド系や北ドイツ系との混血が進み、1990年代におけるアイルランド系アメリカ人に対する調査によるとプロテスタント51%に対してカトリック36%の比率であった[3]。
アイルランド系アメリカ人は現在、アメリカ社会に完全に同化しているが、アイリッシュとしての自覚を捨てない者が少なくない。21世紀になってもアイルランドの聖パトリックの日がアメリカ各地で派手に祝われている。
またスポーツにおいては、アイルランドのナショナル・カラーである緑と白を身に纏ったり、比較的アイリッシュの多い東海岸では同じアイリッシュのボクサーを熱狂的に応援し、アイリッシュ・ギミックを与えられたプロレスラーが人気を博す傾向がある。
著名なアイルランド系アメリカ人
政治
アイルランドのウェックスフォードを訪れるケネディ大統領(1963年)
祖先の故郷ティペラリーでスピーチをするレーガン大統領(1984年)
ジョージ・クリントン:第4代アメリカ合衆国副大統領
ドリー・マディソン:第4代アメリカ合衆国大統領夫人
ジョセフ・P・ケネディ:駐英アメリカ大使。第35代合衆国大統領ジョン・F・ケネディの父親
ジョン・F・ケネディ:第35代アメリカ合衆国大統領
ロバート・ケネディ:政治家、第64代アメリカ合衆国司法長官
エドワード・ケネディ:政治家
エドワード・ケネディ・ジュニア:政治家
ジョセフ・マッカーシー:政治家
ジョージ・J・ミッチェル:政治家
ジョージ・パタキ:政治家
ロナルド・レーガン:第40代アメリカ合衆国大統領
ビル・クリントン:第42代アメリカ合衆国大統領
ラルフ・ローレンス・カー:コロラド州知事。日系人の強制収容反対運動の第一人者。
ジョー・バイデン:第47代アメリカ合衆国副大統領、第46代アメリカ合衆国大統領
バラク・オバマ:第44代アメリカ合衆国大統領。母方の先祖がアイルランド人[4]。
マイク・ペンス:第48代アメリカ合衆国副大統領
アル・スミス:政治家
ジェームズ・フォレスタル:初代アメリカ合衆国国防長官
マイケル・マンスフィールド:政治家、第22代駐日大使
ダニエル・パトリック・モイニハン:政治家、社会学者
トーマス・フォーリー:政治家、第25代駐日大使
パトリック・リーヒ:政治家
ベト・オルーク:政治家
キャシー・ホウクル:ニューヨーク州知事
学術
チャールズ・タウンズ:物理学者
ロバート・キャンベル:日本文学者
芸術
ジョージア・オキーフ:画家
文学
ユージン・オニール:劇作家
ティム・オブライエン:作家
メアリー・ヒギンズ・クラーク:作家
F・スコット・フィッツジェラルド:作家
レイモンド・チャンドラー:作家
フラナリー・オコナー:作家
メアリー・マッカーシー:作家
ミッキー・スピレイン:作家
音楽
トム・ウェイツ:ミュージシャン。父方がアイルランド系
アリシア・キーズ:歌手。母親はアイリッシュ・イタリアン。父親はジャマイカ人。
マライア・キャリー:歌手。父親がアフリカ系ベネズエラ人とアフリカ系アメリカ人のハーフ。
ビリー・コーガン:ミュージシャン
カート・コバーン:ニルヴァーナのボーカル
パティ・スミス:歌手
パット・トーピー:ミュージシャン。ロックバンドMR. BIGのドラマー
ジェフ・バックリィ:歌手
映画・テレビ
ジョン・アイアランド:俳優
ベン・アフレック:俳優。母方がアイルランド系
クリント・イーストウッド:俳優、監督。混血であるが、アイデンティティーとしてはアイリッシュを自認。
オーウェン・ウィルソン:俳優
ジョン・ウェイン:俳優
マーク・ウォールバーグ:俳優
ロージー・オドネル:コメディアン・トークショーホスト
ジェームズ・カヴィーゼル:俳優
マコーレー・カルキン:俳優
ダイアン・キートン:女優
バスター・キートン:俳優
メル・ギブソン:俳優
グレース・ケリー:俳優。モナコ公妃。
ジーン・ケリー:俳優
ジェームズ・キャグニー:俳優。父親はアイルランド人。
ジョン・キューザック:俳優
ジョーン・キューザック:女優
アンソニー・クイン:俳優。父親はアイルランド人、母親はメキシコ人
ジョージ・クルーニー:俳優
ビング・クロスビー:俳優
ジェニファー・コネリー:女優。曽祖父母がアイルランド人。
エド・サリヴァン:テレビ司会者
マーティン・シーン:俳優。父親はスペイン人、母親はアイルランド人。
ジュリア・スタイルズ:女優。父親はアイルランド系
シャロン・ストーン:女優[5]。
ウォルト・ディズニー:ウォルト・ディズニー・カンパニーの創業者
マット・ディロン:俳優。両親ともアイルランド系アメリカ人。
ズーイー・デシャネル:女優。アイルランド・フランス系
ジョニー・デップ:俳優。アイルランド・ドイツ
ブライアン・デネヒー:俳優
スペンサー・トレイシー:俳優
ジャック・ニコルソン:俳優。父親はアイルランド系
チャック・ノリス:俳優、映画・TV製作者、作家。
エレン・バースティン:女優
ミーシャ・バートン:女優。母親はアイルランド人
エドワード・バーンズ:俳優・映画監督
ドリュー・バリモア:女優
ロン・ハワード:映画監督
ゲイリー・ビジー:俳優
ジミー・ファロン:俳優
ジョン・フォード:映画監督
ハリソン・フォード:俳優
スティーヴ・ブシェミ:俳優。アイルランド・イタリア系
マーロン・ブランド:俳優
ブレンダン・フレイザー:俳優
スーザン・ヘイワード:女優。アイルランド・スウェーデン系
グレゴリー・ペック:俳優
ショーン・ペン:俳優。アイルランド・イタリア系
アレック・ボールドウィン:俳優
ララ・フリン・ボイル:女優
マシュー・マコノヒー:俳優
ビル・マーレイ:俳優
ローズ・マッゴーワン:女優
マイケル・ムーア:映画監督
クリスティーナ・リッチ:女優
バート・レイノルズ:俳優
リンジー・ローハン:女優。アイルランド・イタリア系
ジュリア・ロバーツ:俳優。父親はアイルランド系
スポーツ
フェイ・ヴィンセント:第8代MLBコミッショナー
フォレスト・グリフィン:総合格闘家
ジェームス・J・コーベット:ボクサー
チャールズ・コミスキー:野球選手
ボビー・ジョーンズ:ゴルファー
マーカス・デイヴィス:総合格闘家
ジャック・デンプシー:ボクサー
サラ・ヒューズ:フィギュアスケート選手
ジェームス・J・ブラドック:ボクサー
トム・ブレイディ:アメフト選手
ビンス・マクマホン:プロレス団体WWE会長
ジョン・マッケンロー:テニス選手
ケビン・マクヘイル:バスケットボール選手
クリス・マリン:バスケットボール選手
スティーブ・カー:バスケットボール選手
パット・ライリー:バスケットボール選手
ブレンダン・マローン:バスケットボール指導者
マイケル・マローン:バスケットボール指導者
デビッド・フィッツデール:バスケットボール指導者
パット・ギャリティ:バスケットボール選手
クリス・クイン:バスケットボール選手
トーマス・オマリー:野球選手
その他
アン・サリヴァン
メアリー・マローン
エドワード・ジョゼフ・フラナガン:社会事業家
ジェームス・ギャンブル:P&Gの創業者・実業家
ジャック・ウェルチ:実業家
アーネスト・キング : アメリカ海軍作戦部長
スティーブン・バノン:実業家
アンソニー・ケネディ:連邦最高裁判所判事
ブレット・カバノー:連邦最高裁判所判事 』
米大統領 北アイルランド訪問 一部地区で事件など 警戒高まる
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230412/k10014036031000.html
※ この人、アイルランド系移民の末裔のはずだから、「故郷に錦を飾った」形か…。
※ 握手した相手のスナク首相は、インド系の人だから、まさに、「グローバリゼーション」の権化みたいな話しだ…。
『1998年の和平合意から今月で25年となったイギリスの北アイルランドを、アイルランドにルーツを持つアメリカのバイデン大統領が訪れました。和平継続の重要性を訴えるものとみられますが、一部の地区では警察車両に火炎びんが投げられる事件などが連日起き、警戒が高まっています。
北アイルランドでは、イギリスからの分離を求めるカトリック系の住民と、反対するプロテスタント系の住民の間で30年以上にわたる激しい対立が続き、双方で合わせて3500人以上が犠牲になりました。
バイデン大統領の訪問は、和平合意から今月で25年となったことを記念したもので、11日、中心都市ベルファスト郊外の空港で出迎えたイギリスのスナク首相と笑顔で握手を交わしました。
12日には市内の大学で演説し、和平継続の重要性を訴えるものとみられますが、西におよそ100キロ離れたロンドンデリーのカトリック系の住民が多い地区では10日、若者たちが警察車両に火炎びんを投げつけ、11日には路上でタイヤに火をつけたり、パイプ爆弾が発見されたりしました。
警察によりますと、いずれもけが人はいませんでしたが、地元メディアなどは、背景には今も和平に反対するグループの存在があると伝えています。
先月には、国内の治安維持を担当するMI5=情報局保安部が北アイルランドのテロ警戒レベルを5段階中、上から2番目に引き上げていて、バイデン大統領の訪問に合わせて厳戒態勢が敷かれています。』