ジャーナリストのデコート豊崎アリサは、1998年にトゥアレグ人のアザライに参加し、テネレ砂漠を横断する1400キロメートルの交易に40日間同行した[140]。のちの2003年にデコート豊崎はアザライに4ヶ月同行し、その模様を映画『Caravan to the Future』(2017年)として公開した[141][142]。
脚注 [脚注の使い方] 注釈 ^ 当時はキリン、ゾウ、サイ、カバ、レイヨウなどの野生動物やヒツジやヤギなどの家畜が生息しており、人間は狩猟・漁撈・牧畜を行っていた。これらは遺物や岩絵から判明した[5]。 ^ 16世紀のジェンネ、18世紀のトンブクトゥでは刻印のない小さな金貨が流通した[25]。 ^ アブー・ウバイド・バクリー、イドリースィー、イブン・バットゥータ、イブン・ハルドゥーン、レオ・アフリカヌスらがこれにあたる[27]。 ^ 大西洋奴隷貿易では18世紀初頭で年平均25000人、18世紀末までは5万人が交易され、男性の奴隷が多かった[29]。また、サハラ交易での奴隷は経済的・社会的な差別階層ではなく権利を付与されていたが、ヨーロッパ諸国は奴隷を純粋な動産として扱い、暴力が容認された[30]。 ^ アフリカへ運ばれたタカラガイには2種類あり、キイロダカラが上級で、ハナビラダカラが2級品とされた[32]。 ^ 9世紀にスレイマン・アル・タジールはモルディブの資産がタカラガイに支えられていると記述している。10世紀に歴史学者・地理学者のアル・マスウーディーは、シーラーフなどから多くの航海者がモルディブに向かうと記述している[33]。 ^ ベルベル人とも呼ばれる。「ベルベル」とは、ギリシャ語のバルバロスに由来する蔑称にあたる。自称はアマジグ人・アマジグ語で、モロッコやアルジェリアにおける正式名称はアマジグとなっている[39]。 ^ ラクダにはフタコブラクダもおり、こちらは寒冷地に適している[42]。 ^ 首長が市場で欲しいものを取ったり、人混みのために庶民が首長に礼を失するなどのトラブルを避ける意味があった[53]。 ^ ゴーティエやグラジオールらによってこの仮説が立てられた[59]。 ^ R・C・C・ロウはヘロドトスの記述を20世紀の地名に置き換えると、サハラ交易と同じように地中海沿岸とニジェール川を結ぶルートに対応していると論じている。これは立証されておらず交易路だとする確証はないが、岩絵の戦車が描かれたルートには重なっており、ヘロドトスの時代よりも前から地中海とニジェール川を結ぶ交通があった可能性はある[61]。 ^ アフリカ属州の総督ルキウス・コルネリウス・バルブスが紀元前19年にサハラ砂漠を南下する遠征をしてガラマンテス人と戦ったのは、交易の支配が目的だったとする説もある[63]。 ^ プリニウスやストラボンがCarburcliについて記述している[65]。 ^ イバード派は、ハワーリジュ派の一派に属する。ハワーリジュ派は最初のイスラーム分派であり、急進的なアズラク派は滅びたがイバード派は存続した[67]。 ^ アンダルスの地理学者バクリーによると、1050年頃のガーナの首都は住人の半数がイスラーム教徒だった。 ^ 909年にターハルトの王国がファーティマ朝に征服された際には、イマームのヤアクービー・イブン・アフラーはワルグラに亡命した[71]。 ^ ガーナの首都はクンビ・サレー(英語版)だったと推定されている。 ^ 同時代のアイユーブ朝やマムルーク朝は銀貨や銅貨を中心としていた[75]。 ^ 最も早いヨーロッパ人による拠点は、ポルトガルが1482年に建設したエルミナ城とされる。金や奴隷の積み出しに使われた[84]。 ^ 商人として成功し、学者を輩出した一族としてはマッカリー家が著名で、歴史学者のアフマド・ブン・ムハンマド・マッカリーらがいる。マッカリー家についてはナスル朝の学者イブン・アル=ハティーブの記録に詳しい[86]。 ^ トンブクトゥでは書物の写本が作られ、トンブクトゥ写本と呼ばれる。クルアーンやハディース、マーリク派を中心とするイスラーム法学、スーフィズムなどイスラームに関する書物の他に、数学や天文学、倫理学、医学、文学論、大部のアラビア語辞書『ムフカム』などもあった[87]。 ^ それまでの銅は9世紀頃からモロッコ南部のダルア地方のアグマート(英語版)が産地として知られていた[90]。 ^ 地理学者・旅行家のレオ・アフリカヌスの見聞は『航海と旅について』(1550年、のち『アフリカ誌(英語版)』と改題)として出版され、黄金の国マリのイメージはヨーロッパに広まった[104]。 ^ 17世紀のマリ西部ではタカラガイ250個=1シリングで、19世紀の西アフリカ沿岸ではタカラガイ2000個=1シリング9.5ペンスとなっていた[106]。 ^ イスラーム教徒は、身体変形を行う人々を食人種とみなして奴隷化しなかった[108]。 ^ 17世紀の学者であるアーマド・バーバ、エス・サーディ、ムハンマド・カティらは、ソンガイやマリの歴史書を執筆することでモロッコの政策を暗に批判した[109]。 ^ シャリーア(イスラーム法)においてジハードで合法性を主張するには、交戦相手がカーフィル(不信仰者)であること前提条件となる。ウスマンらは敵対勢力が不信仰者である根拠として、背教者である点などを当時の文献に記録している[112]。 ^ ソコト帝国を建国したダン・フォディオはマーリク派の法学を修め、宗教についての著作を多数執筆した知識人でもあった[113]。 ^ ボコ・ハラムの発端は、キリスト教徒であるナイジェリアのオルシェグン・オバサンジョ大統領に対抗して、ナイジェリア北部の諸州がシャリーアの厳格な施行を始めたことにある。姦通罪による石打ち(死刑)の判決が女性に下された時は国際的な問題になり、執行は中止された[124]。 ^ ボコ・ハラムは他にも村の男性を殺害して女性を誘拐したり、子供や女性に自爆テロをさせるなど過激化したために一般のイスラーム教徒から孤立していった[130]。 ^ 学問や古文書は過去に何度か危機にあっている。15世紀のソンガイ王国のスンニ・アリによる学者の虐殺、1490年代のアスキア・ムハンマド1世によるユダヤ人迫害、19世紀のマシナ帝国のジハードによる破壊などがある[133]。 出典 ^ 川田 1990, p. 171. ^ 坂井 2022. ^ Braudel, Fernand (1984). 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