日本やNATO加盟国に軍事費増額を求めるトランプ政権、在外米軍の活動縮小はドルの信用力にどんな影響を与えるのか?
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『2025.3.11(火)
土田 陽介
【土田陽介のユーラシアモニター】米国が提供する軍事力と経済力は表裏一体、軍事力を減らせば経済力の提供も縮小
各国に軍事費の積み増しを求めるトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)
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同盟国に軍事費の積み増しを求めるトランプ政権の狙いは在外米軍の活動縮小にあると言われている。もっとも、米国が世界の警察としての役割を放棄すれば、米国に対する世界の信用も失われる。その時に、基軸通貨であるドルの信用力にどのような影響を与えるのだろうか。(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)
米国のトランプ政権が同盟国に対して軍事費の積み増しを迫っている。
そもそも北大西洋条約機構(NATO)は加盟国に軍事費を名目GDPの2%に拡大するように要請していた。トランプ政権は、これをはるかに上回る軍事費の増額を同盟国に対して迫っている。欧州連合(EU)も危機感を募らせており、軍事費積み増しの議論を急いでいる。
同盟国に対して軍事費の積み増しを要求している理由は、トランプ政権が在外米軍の活動を縮小しようとしているためだ。
とりわけトランプ政権は、ウクライナ情勢に対するEUの関与の仕方に対して不信感を持っているようだ。ウクライナ情勢は真に欧州の問題であるので、欧州が相応の軍事(防衛)支出をすべきだというところだろう。
同時にトランプ政権は、米軍による警察力の傘の下に入りたいなら、相応の対価を支払えと同盟国に迫っている。こうした圧力は、日本のみならず、台湾や韓国といった東アジア諸国にも及んでいる。
これに先んじて、トランプ政権は、米国際開発庁(USAID)の実質的な解体も進めている。途上国支援から本格的に手を引いたわけである。
トランプ政権は、世界の警察としての米国の責務を放棄しているようにも見受けられる。孤立主義外交は確かに、トランプ大統領が所属する共和党の基本的な外交路線だが、トランプ大統領が目指す孤立主義外交は、伝統的な共和党のそれをはるかに凌駕しているようにも映る。
いずれにせよ、米国は今、世界各国に圧力を加えている。』
『米国が世界に提供している2つの国際公共財
国際政治的には、米国は覇権国として、世界に2つの国際公共財を提供している。一つが軍事力であり、もう一つが経済力だ。
両者は表裏一体の関係であり、米国が覇権国として世界秩序の安定をもたらす源泉である。言い換えれば、トランプ政権が軍事力の提供を削減するということは、経済力の提供も削減するということでもある。
一方、米国以外の国々は、米国を信用するからこそ米国による国際公共財の提供を受け入れている。つまり米国は供給サイドで、米国以外の国々は需要サイドという関係が成立する。
かといって、需要サイドが弱いわけではない。各国が米国から距離を置き米債を購入しないとなれば、米国の経常収支赤字はファイナンスされない(図表1)。
【図表1 米国の経常収支】
(出所)米商務省経済分析局(BEA)
(出所)米商務省経済分析局(BEA)
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供給がしぼめば需給がひっ迫するため、価格は上がる。米国が軍事力の供給を削減すれば、その価格は上がって当然ということになる。
とはいえ、これは一財モデルの話だ。二財モデルであれば、一つの財の供給が減っても、もう一つの財で代替可能だ。米国に代わるサービスの提供者があれば、話は変わるが、米国に代わる軍事力や経済力を行使できる主体は、今のところ存在しない。
かつては中国にそれを期待する向きもあったが、少なくとも経済力の観点からは、中国が米国を抜き去る展開は考えにくくなった。したがって、基軸通貨としての米ドルの価値はそれほど揺るがない。人民元は米ドルを補完できても、代替はできない。
これは基軸通貨の「慣性」と関わる議論である。
戦後の国際通貨体制は80年にわたって米ドルの下で機能してきた。事実、米ドルに勝る流動性を持つ通貨は存在せず、それに代わる流動性を供給できる通貨もまた存在しない。好むと好まざるとは関係なく、米ドルを利用しなければ世界の取引は回らない。ゆえに、米ドルは基軸通貨のままである。』
『軍事費削減と米ドルの信用力を巡る問題
ところで、各国の軍事費の増額を迫るということは、米国自身の軍事費は圧縮される。軍事費の圧縮は財政の健全化に資するため、米ドルの信用力を改善させる効果もある。
ここで、米国の財政収支の動きを軍事費と軍事費以外の支出に分けて確認すると、近年、米国の軍事費は名目GDPの3%程度にとどまっている(図表2)。
【図表2 米国の財政収支と軍事支出】
(出所)米財務省、BEA
(出所)米財務省、BEA
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東西冷戦が最も深刻だった1960年代初頭には10%近い軍事費が計上されていた。新冷戦と呼ばれた1980年代前半でも7%近くの軍事費である。その時代と比べれば、既に米国の軍事費は相応に圧縮されていると言える。
見方を変えると、米国が世界に警察力を提供するに当たっての軍事費の均衡ラインは、現代においてはGDPの3%ということなのかもしれない。
米ドルの信用力の回復という点でベストなシナリオは、米国がこの均衡ラインの軍事費を維持しつつ、他の歳出の削減に臨んで財政収支の健全化を図ることだろう。
ただ、各国に軍事費の積み増しを迫るトランプ政権の下では、そうした展望は描けない。それにトランプ政権は減税も重視しているため、財政の健全化が進むかどうかは定かではない。
トランプ大統領は、為替レートという意味では弱いドルを望んでいるが、信用力という意味では強いドルを望んでおり、新興国を中心とするドル離れの動きに対して不快感を露わにする。
一方で、トランプ大統領のこれまでの振る舞いは信用力の低下につながる恐れのあるものだが、トランプ大統領自身、その矛盾には気づいていないようだ。』
『問題はトランプ後の政権運営
現実的には、自らの安全保障にも関わってくるため、米国による軍事力の供給減は限定的なものとなるだろう。
また、米国は三権分立が徹底しているため、トランプ大統領がいかに傍若無人でも、それに歯止めをかける仕組みが整っている。身内である共和党からもクギを刺されるため、トランプ大統領の思惑はそう簡単には実現しない。
一方で、それが分かっているからこそ、トランプ大統領は実質2年半とされる任期の間、自らの政治的な成果を出すことに必死になっているのだろう。
土田氏の新著『基軸通貨』
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もともとトランプ大統領の交渉術は、高い球を投げることから始まる。そして現実的な落としどころを探るわけだが、最初の任期よりも今回の任期の方が、球そのものの高さは着実に高まっている。 』