多極化世界における金融経済秩序 〜ブレトンウッズ体制の変容〜

2024年3月15日
多極化世界における金融経済秩序 〜ブレトンウッズ体制の変容〜
中曽根平和研究所
主任研究員
川辺知明

1.はじめに

第二次世界大戦の一因が、1929年に発生した世界恐慌を契機としたブロック経済にあったとの反省に
基づいて、1944年7月、連合国45カ国が米国のブレトンウッズにて戦後の金融経済体制について議論
を行い、 世界銀行(世銀)、 国際通貨基金(【MF)、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)を通じて、 世
界の金融経済秩序の維持•発展を目指すという合意がなされた。

日本は、 東海道新幹線や東名高速道路の整備をはじめ、 31件のプロジェクトで世銀の融資を受け|’1
ドル360円の固定相場の下で、 リカードの比較優位の理論に基づく自由貿易の恩恵を受けて、戦後復興・
高度成長を実現した。

ベトナム戦争に直面した米国が米ドルを基軸とした金本位制を維持できなくなり 、1971年のドルの金
兌換停止(ニクソン・ショック)を契機に変動相場制へ移行したことをうけて、 ブレトンウッズ体制が
終焉を迎えたといわれる。

一方で、 石油ショックを経た後も、 米ドルは金の裏付けなしに「事実上の基
軸通貨」としての地位を維持し、 世銀・IMF体制はその後も継続され、 GATTはウルグアイラウンドを経
て世界貿易機関(WTO)に移行しており、 問題を抱えながらも、 世銀•IMF-WTOは引き続き現在も金融
経済秩序を形成している。その意味では、 ブレトンウッズ体制は形を変えて存続しているともいえる。

現在の国際情勢は、 ロシアによるウクライナ侵略を契機として、 米国を中心とする西側諸国とロシア
とが対立し、 これに米中対立と中東紛争が複雑に絡み合っている。

そのなかで、 米ソ冷戦下で第三世界
と呼ばれた新興•途上国(G77)が、 近年、 大国間の対立の狭間で中立的な立場をとりながら、 グローバ
ルサウスと呼ばれて再び影響力を持ち始めている。

金融経済秩序も、 こうした多極化する国際情勢の影響を受けて急速に変化を遂げている。

「歴史は繰
り返す」といわれるが、 第二次世界大戦に対する反省から生まれたブレトンウッズ体制の変容を俯瞰す
ることは、 第三次世界大戦を防ぐうえで意義があると考えられる。

2.ブレトンウッズ体制の変容

(1)世銀を中心とする国際開発金融体制への挑戦〜中国の台頭と一帯一路〜

リーマンショックが発生した2008年の翌年、 中国が4兆元の経済対策を実施したことで’ 世界経済
の新たな牽引役として脚光を浴び、2010年には名目GDPで日本を抜いて米国に次ぐ世界第2位の経済大
国となった。

2013年に、 習近平国家主席が、 当時米国主導で交渉が進んでいた環太平洋パートナーシッ
プ協定(TPP)に対抗する形で、 アジアと欧州を結ぶ広域経済圏構想である一帯一路構想を提唱した。

さらに、 世銀やアジア開発銀行(ADB)など既存の国際開発金融機関で十分にカバーしきれていなかつ
た新興・途上国の旺盛なインフラ開発資金需要に対応する形で、中国主導で2014年に新開発銀行(NDB’
通称BRICS銀行)’ 2016年にアジアインフラ投資銀行(AIIB)が設立された。

Al IB加盟国の約半分はア
フリカ、 南米、 欧州などアジア域外の国々で、 イギリス、フランス、 ドイツといった欧州主要国も名を
1THE WORLD BANK「日本が世界銀行から貸出を受けた31のプロジェクト」
https://www.worldbank.org/ia/country/iapan/bnef/31-proiects (2023 年 12 月 I 日閲覧)
1
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嵌本編での考えや意見は執・者個人(或はグループ)のもので当団体のものではありません。
Commentary
連ねており、中国の経済力への期待を反映して加盟国数はADBを大幅に上回っている。

近年、A11Bはコ
ロナ禍により観光産業が低迷し財政が悪化した太平洋島^国への融資を拡大している。

中国は、一帯一路という国家戦略実現の手段として二国間融資を通じた途上国のインフラ整備を行っ
てきているが、相手国の返済能力を考慮せずに多額の融資を行う手法は、「債務の罠(借金漬け外交)」
として批判されるようになった。

融資のなかには、暗黙の政府保証や担保提供がなされているケースも
あり、透明性の欠如が問題視されている。

融資の窓口として、政府系金融機関の中国輸出入銀行や国家
開発銀行を使い、アジアをはじめ、アフリカや太平洋島^国など幅広い地域でインフラ開発の支援を行
っている。

東アフリカの玄関口に位置するケニアについては、首都ナイロビとモンバサ港を結ぶマダラ
カ高速鉄道を中国輸出入銀行の融資により整備しているが、その際、モンバサ港の運営権が担保として
提供されたといわれている。

太平洋島噸!国のソロモン諸島は、中国のファーウェイによる通信インフラ
整備(電波塔建設)を中国輸出入銀行の融資で賄っている。同国は、地理的にオーストラリアやニュー
ジーランドと結びつきが強く、両国から財政支援を受けてきたが、2019年にソガバレ氏が首相に復帰し
た後、台湾と断交して中国と国交を樹立し、安全保障協定を結ぶなど中国に急傾斜している。首都ホ二
アラのあるガダルカナル島は、かつて太平洋戦争において日米が激戦を繰り広げた軍事的要衝であるが、
現在は同地を巡って、Quad (クアッド)を形成する日米豪と中国が対峙している。

一帯一路に対抗して、米国のバイデン政権は、2022年のG7サミットで「グローバル・インフラ投資
パートナーシップ(PGII)」構想を打ち出し、2027年までに最大6,000億ドルを新興•途上国のインフ
ラ向けに投融資を行うことで合意した。

その目玉として、昨年9月のG20サミットで「インド・中東・
欧州経済回廊」構想が発表された。

同構想には、中東版Quad (クアッド)と呼ばれる米国、インド、イ
スラエル、UAE (I2U2)を中核として、サウジアラビアも参加することから、イスラエルとサウジアラビ
アの国交正常化へのお膳立てとして期待されたが、その直後の10月にイスラム組織ハマスによるイス
ラエル攻撃を契機とする両者の武力衝突により、イスラエルとサウジアラビアの国交正常化は流動的と
なっている。

斯かる逆風のなかで、今年2月、インドとUAEは同構想を推進するための協力協定に調印
しており、両国首脳の蜜月ぶりが伺える2。

中国は、深刻な不動産不況等による経済不振、過去の途上国向け融資の焦げ付きの増加、途上国側の
債務の罠への警戒の高まりなどをうけて、一帯一路戦略の見直しを迫られており、昨年10月に開催さ
れた一帯一路サミットにおいて習主席が「量から質への転換」を表明している。

中国の貿易黒字のうち
約4割を一帯一路参加国から稼いでいる中国の一人勝ちの状況3に加え、中国からの投資も期待したほ
ど進拔していない状況に、参加国からは不満も出ており、G7で唯一参加していたイタリアは昨年12月
に中国に対して離脱を通知した。

2022年にスリラン力がデフォルトに陥り、昨年5月、日本、フランス、インドが共同議長となって債
権国会議を開催したが、最大債権国の中国はオブザーバー参加にとどまり、関与に消極的な姿勢を見せ
た。

その後、1〇月の一帯一路サミットに合わせて中国輸出入銀行が単独でスリラン力の債務再編で合意
したが、再編内容は開示されておらず透明性に課題が残った。

中国は、昨年6月に債務再編で合意した
ザンビアについて、主要債権国会議(パリクラブ)と協調する姿勢を見せていたが、「真珠の首飾り」の
一角をなすスリラン力については、インドとの地政学上の対立から、一転して非協調的な対応をとった
ものとみられる。

なお、スリラン力のハンバントタ港は、中国輸出入銀行からの融資により整備された
が、その後返済不能となり、2017年に港の運営権を99年間中国に付与したため、債務の罠の代表例と
して注目を集めた。

今後は、昨年末に新たにデフォルトに陥ったエチオピアの最大債権国として、中国
の対応が注視される。エチオピアは、中国の後押しで今年BRICSに新規加盟している。

昨年6月、フランス主導で世銀•IMFの改革が議論され、その後G7、G20での議論を経て、増資等に
より世銀•IMFの資金供給能力を拡充することで合意された。

増資を行うIMFについては、中国が経済
規模に基づき米国に次ぐ第2位の出資比率を要求したが、日米の反対により、今回は既存の出資比率を
維持することで決着したため、日本は第2位の出資比率を維持した。

日本は昨年、名目GDPでドイツに
抜かれて世界第4位となり、IMFの見通しによれば、2026年にインドにも抜かれる可能性が高いため’
次回の増資時には出資比率の見直しは避けられないと考えられる。

なお、今年ブラジルが議長国を務め
2 「インド、UAEと蜜月強調」、日本経済新聞、2024年2月15日、朝刊、13面
3 「一帯一路10年 軌道修正」、日本経済新聞、2023年10月19日、朝刊、11面
4 「インドGDP日本超えへ」、日本経済新聞、2023年11月10日、朝刊、11面
2
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凝本編での考えや意見は執・者個人(或はグループ)のもので当団体のものではありません。
Commentary
るG20において、国際機関のガバナンス改革が主要議題の一つとなる見込みであり、機能不全に陥って
いる国連安保理• WTOのほか、従来の欧米主導の運営に対して新興・途上国から不満が高まっている世
銀・ IMFが改革の対象として想定される。

ウクライナ復興支援を見据えて、支援の中核を担う欧州復興開発銀行(EBRD)も増資を検討している。

日本の国際協力銀行(JBIC)に対しては、今後想定されるEBRDによるウクライナ向け融資への保証が期
待されている。

EBRDは、1991年に東西冷戦後の旧東側諸国の資本主義経済移行を支援するために設立
されたが、2014年のクリミア併合後、ロシアに対する融資を凍結している。
(2) IMFを中心とするドル基軸体制への挑戦~人民元の国際化と通貨覇権〜
IMFは、1980年代の中南米の累積債務問題、1997年のアジア通貨危機などに対応してきたが、支援の
条件として緊縮財政や構造改革等を要求したため、支援受入国側の反発も根強く、アジア通貨危機にお
けるマレーシアのように支援を拒否する事例もみられた。

2016年に、中国の人民元はその経済力を反映してIMFの特別引出権(SDR)構成通貨として採用され、
SDR通貨バスケットは米ドル、ユーロ、円、ポンド、人民元の5通貨となったう。

中国は、米国による米ドルを基軸とする通貨覇権への対抗策として、人民元の国際化を推進しており、
中国との貿易に依存する南米をはじめ、新興・途上国との貿易決済で人民元を使用する割合が増加傾向
にある。

新興・途上国のなかには、昨年までの米国による急激な利上げに伴う自国通貨安により、米ド
ル建取引を敬遠する動きもあったため、人民元シフトに拍車をかけた面もある。

債務危機にあるパキス
タンにおいて、ロシア産原油の輸入代金を人民元で決済した事例もみられた。

中国は、通貨スワップを人民元国際化の手段として活用しており、40カ国•地域と通貨スワップ協定
を締結している6。IMFのような厳格な条件はないため、ラオス、スリランカ、パキスタン、トルコ、ア
ルゼンチン、ベネズエラ、ケニアなど、外貨準備が少なく、対外債務が多い新興•途上国が、実質的な
借入として活用しているとみられる。

一方、日本はアジア通貨危機後に、韓国、タイ、シンガポール、
マレーシア、インドネシア、フィリピン、インドとの間で通貨スワップ協定を締結しているが、中国と
は異なり有事の米ドルの供給に主眼があり、印Fの機能を補完する位置付けとなっている。

韓国とは、
関係悪化により協定が更新されず2015年に終了したが、その後の尹政権との関係改善により、昨年協
定が復活している。

外貨準備は、現状、中国が1位、日本は2位といずれも潤沢であるが、日本につい
ては、さらにバックアップとして米国の連邦準備制度理事会(FRB)との通貨スワップ協定により、上限
なしで米ドルの供給を受けられる体制になっている。

ロシアによるウクライナ侵略に対抗して発動された、欧米や日本による金融制裁も、人民元シフトの
追い風となっている。

LNGの決済を行うズベルバンクやガスプロムバンクを除いて、ロシアの外為決済
は国際決済システムのSWIFTから排除され、ロシアは深刻な外貨不足に陥った。

そのため、ロシアは制
裁後に急増した対中貿易の決済を、中国が2015年に導入した人民元決済システムCIPS経由で行ってい
る。

CIPSには、欧米大手銀行のほか、日本のメガバンクも現地法人を通じて接続している。

日本企業が
参画するサハリンの石油•天然ガスプロジェクトの配当金も、ガスプロムバンク経由で日本側に人民元
で支払われている。

経済制裁対象の石油については、ロシアから安価で輸入した中国やインドなどで精
製された石油製品が欧米や日本にii回輸出される「オイルロンダリング」が制裁の抜け穴として指摘さ
れている。

石油に続いて、ロシア産ダイヤモンドも制裁対象に追加された一方で、原発燃料となる濃縮
ウランについては、ロシアのロスアトム系列企業が世界シェアトップの4割程度を占めるため7、制裁対
象外となっており、引き続きロシアの貴重な外貨獲得源となっている。

特に、米国やフランスの原発は
ロシアで濃縮されたウランに大きく依存しているといわれる。

LNGについては、ロシアの既存LNG事業
は制裁対象外とされ、日本や欧州によるロシアからの輸入は、侵略戦争が始まって2年経過した現在で
5国際通貨基金特別引出権(SDR)
https://www.imf.org/ja/About/Factsheets/Sheets/2023/special-drawing-rights-sdr (2023 年 12 月 I 日閲覧)
6 AID DATA WORKING PAPER 124 March 2023 “China as an International Leader of Last Resort’
https://www.aiddata.org/publications/china-as-an-international-lender-of-last-resort (2023 年 12 月 1 日閲
覧)
7 「米原発燃料続く ロシア依存」、日本経済新聞、2024年1月10日、朝刊、13面
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嵌本編での考えや意見は触・者個人(或はグループ)のもので当団体のものではありません。
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も継続しており、急拡大するロシアの国防予算を支える形となっている8。

日米欧の制裁で凍結したロシア中銀の外貨準備を、ウクライナの復興資金として活用することが、国
際法との整合性も含め検討されてきたが、今年2月、EUにおいて、凍結された外貨準備から発生する利
子収入を復興資金に充当することで合意がなされた。

今後G7において、日米も含めた合意形成がなさ
れるとみられる。利子収入だけでは復興資金として十分ではないため、西側諸国の間でも見解が分かれ
るものの七さらに踏み込んで、ロシアの侵略に対する国家責任の賠償原資として、凍結資産の元本部分
も含めた検討が求められる。

ロシア、イラン、ベネズエラ、北朝鮮など米国と対立する国々が米国による金融制裁を受けるなか、
新興•途上国のなかには、「ドルの武器化」への警戒から、米ドル以外による決済を模索する動きが出て
おり、BRICSでは共通通貨の導入が検討されている。

経済制裁を受けている北朝鮮は、暗号資産(仮想
通貨)をハッキングで不正取得して、核・ミサイルの開発資金を確保しており、最近では、ロシアへの
武器輸出も外貨獲得手段に加わっている。

米国は、ミャンマーの国営銀行や石油ガス公社(MOGE)に対
して金融制裁を行っており、外貨不足に直面したミャンマー軍事政権は、ロシアや中国への接近を強め
ている。

中国の昆明とミャンマーのチャオピューを結ぶルートで、中国の国有企業により石油•天然ガ
スパイプラインが敷設されているが、台湾有事の際にマラッカ海峡を封鎖された場合の、中東産の石油・
天然ガスのバックアップ供給ルートとして、中国にとって戦略的重要性があるため、中国は軍事政権と
少数民族の戦闘に神経を尖らせている。

新興•途上国のドル離れを反映して、新興•途上国の外貨準備に占める米ドルの割合は低下傾向にあ
り、代わって金や人民元の割合が上昇している。

特に中国は、ロシアが欧米から資産凍結されたのを目
の当たりにして、台湾有事に備えて米国債の保有を減らし、金を積極的に購入する動きを見せている。

貿易決済において、米ドルの割合は8割超を維持しており|°、基軸通貨としての地位は依然保っている
といえるが、米国の急激な利上げにより通貨安となった新興•途上国の輸入インフレを引き起こし、ド
ル建て債務の返済負担を増加させたのも事実である。

為替変動の悪影響を回避するため、香港ではドル
ペッグ制を維持しており、昨年末に政権交代したアルゼンチンでは「経済のドル化」を検討している。

経済のドル化は、経済規模は異なるものの、エクアドルやエルサルバドルで先行事例がある。

エルサル
バドルについては、世界初の試みとして、202I年に仮想通貨のビットコインを法定通貨として採用して
いる。

アルゼンチンは、親中路線のフェルナンデス前政権において、隣国ブラジルと同様に対中貿易の
人民元決済を推進し、BRICS加盟も決まっていたが、親米を掲げるミレイ新政権では一転してBRICS加
盟を撤回している。

中国は、人民元国際化の一環として、デジタル人民元の実証実験を積極的に進めている。
貿易決済通
貨として、米ドルに代わり人民元が基軸通貨となるのは現実的に難しいため、電気自動車(EV)で中国
メーカーが一気にシェアを高めたのと同様、金融ではデジタル覇権によりゲームチェンジを目指す戦略
とみられる。

中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、銀行口座保有率の低い新興•途上国において導入が活
発であるが、インドでは、中東などの移民労働者による国際送金を想定してデジタルルピーを試験導入
し、タイでは、昨年就任したセター首相が、低所得者向けに1万バーツのデジタル通貨を今年5月まで
に給付する経済対策を表明している。

欧州中銀は、2028年を目途にCBDCを発行する方針を打ち出し、
日銀も足元でCBDCの実証実験を進めている。

斯かる動きのなか、印Fは、金融システムの分断を回避す
るため、多国間で取引・決済する共通プラットフォームの構築を提唱している”。

(3) WTOを中心とする自由貿易体制への挑戦〜地政学による分断の危機〜

1979年の米中国交正常化以降続いた、米国による対中「関与政策」の流れのなかで、200I年に中国が
WTOに加盟した。

ロシアについても同様に、国際秩序への取り込みが図られ、1998年よりG8に参加し、
2012年にWTOに加盟したが,2014年のクリミア併合によりロシアはG8から排除されG7に戻っている。

なお、中国は世界第2位の経済大国でありながら、WTOでは現在も途上国の扱いのまま優遇措置を受け
8 「ロシアLNG存在感保つ」、日本経済新聞、2024年3月3日、朝刊、7面
9 「凍結資産45兆円、ウクライナ支援で溝」、日本経済新聞、2024年2月23日、朝刊、2面
10 「ロシアで広がる人民元」、日本経済新聞、2023年7月26日、朝刊、2面
1I「中銀デジタル通貨多国間取引基盤を」、日本経済新聞、2023年7月15日、朝刊、2面
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ているため、米国などが異議を唱えている。

WTOドーハラウンドの失敗により、自由貿易交渉は、従来のWTO加盟国による多国間交渉から、自由
貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)などの当事国による個別交渉に移行した。

そのなかで「地政学」
が自由貿易を阻害する要因として浮上した。

米国は、トランプ政権において、オバマ前政権が交渉を主導した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)
を離脱したため、2018年に日本が主導する形で残る11カ国で環太平洋パートナーシップに関する包括
的及び先進的な協定(CPTPP)を発足させた。

その後、EUを離脱した英国の加盟が承認されている。

中国や台湾も加盟申請しているものの、政治的要因もあり交渉は凍結されている。

2020年に、ASEANと日
本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの間で、地域的な包括的経済連携協定(RCEP)が
合意され、日本は中国、韓国と初めてEPAを締結した。

インドも当初から交渉に参加していたが、モデ
イ政権は最終段階で、対中貿易赤字を抱えるなか、安価な中国製品の流入拡大等を懸念する国内世論に
配慮して離脱を決断した。

なお、中国の提唱する一帯一路構想を構成する中国・パキスタン回廊(CPEC)
には、インドが両国と領土紛争を抱えるカシミールが含まれることから、インドは同構想に参加してい
ない。

米国のゼネラル・モーターズ(GM)が業績不振でインドから撤退する際、インド政府は、GMのタ
レガオン工場の取得に名乗りを上げた中国の長城汽車の申請を認めず、代わりに韓国の現代自動車が同
工場を取得している。

中国のEV大手BYDによる、インド企業との合弁でのEV工場建設計画も、インド
政府は安全保障上の理由で拒否したといわれている。

一方で、ベトナムのEV メーカーのビンファスト
による、米国に続くインドでのEV工場建設計画は受け入れている。

米国の経済制裁の影響で、外貨不
足・インフレの深刻なミャンマーにおいては、中古車価格の高騰をうけて、BYDなど中国製EVが市場に
浸透しつつある。

FTAやEPAは、経済的なメリットに加えて、政治的要素も帯びている。

2020年に米国トランプ政権の
仲介で成立したアブラハム合意をうけて、2022年にイスラエルとUAEがFTAを締結している。

UAEが人
民元決済など中国と経済的結びつきを強めるなか、インドもそれに対抗する形でUAEとEPAを締結して
関係を強化している。

前述の通り、米国、インド、イスラエル、UAE (I2U2)は、中東版Quad (クアッ
ド)を構成している。

米国は、昨年11月のAPEC首脳会議に合わせて、対中国を念頭にインド太平洋経済枠組み(1PEF)の
合意を主導した。

米国内の産業界から反対の強い関税や市場アクセスを対象から外して、貿易以外の3
分野(サプライチェーン、クリーン経済、公正な経済)に絞って妥結したことから、ASEANなどの参加
国にとって、メリットはあまり感じられない内容となった。

米国は、トランプ政権以降、従来の「新自由主義」から方向転換し、TPPからの離脱を皮切りに安全
保障や国内産業保護を優先させる政策を次々と打ち出すようになった。

トランプ政権による通商拡大法
232条に基づく鉄鋼•アルミニウムに対する追加関税は、中国を主なターゲットとしているものの、日
本やEUも含め全ての国が対象となるため、それぞれ米国との個別交渉に追われた。

米国の鉄鋼産業は
既に国際競争力を失っているものの、かつての基幹産業であったことから、現在も強い政治力を持って
いるため、今年11月に大統領選を控えるなか、昨年末に発表された日本製鉄によるUSスチールの買収
は、今後の展開が注目される。

米中対立に起因して、世界経済の分断(デカップリング)のリスクが高まっているが、現実には完全
な分断ではなく、半導体・通信・エネルギー・金融•食料等の安全保障に直結する分野に絞って、友好
国(フレンドショアリング)•近隣国(二アショアリング)とのサプライチェーンの再構築によるリスク
低減(デリスキング)が図られている。

半導体については、台湾のTSMCが、米国(アリゾナ)、日本(熊
本)、ドイツ(ドレスデン)での工場建設計画を進め、台湾海峡有事に備えた生産拠点の分散を図ってい
る。

米国は、中国のファーウェイやZTEの製品を通信インフラ(5G)から排除し、EU、英国、日本、オ
ーストラリア、ニュージーランド、インドなども追随している。

これに対して、中国は、政府•国有企
業で米国アップル社のiPhoneの使用を制限して対抗している。

米中対立をうけて、iPhoneを受託生産
する台湾の鴻海精密工業は、インドでの生産体制を強化している。

ロシアによるウクライナ侵略をうけ
て、EU各国のLNG調達はロシア産の代替として米国産の輸入を拡大しており、サハリン2からの調達に
1割程度依存する日本も、インドネシア(タングー)やカタール(ノースフィールド)からの追加調達
5
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Commentary
や、カナダ西岸(LNGカナダ)でのLNGプラント立ち上げなどで代替調達先を模索している|2。

なお、米
国のメキシコ湾からパナマ運河を経由して日本まで運搬した場合、カナダ西岸と比べて日数が長くなる
ため、輸送コストが割高となり、パナマ運河の渋滞リスクも懸念材料となる|3。

中国は、前述の通り、有
事における米国による金融制裁に備えて米国債の保有を減らし、食料安全保障の観点から、大豆・トウ
モロコシの調達先を従来の米国からブラジルにシフトしている。

ブラジルの対中輸出の増加は、貿易黒
字を通じて通貨レアル高をもたらしている。対中依存見直しの影響もあり、昨年、米国の最大の貿易相
手国は中国に代わってメキシコとなっている。

但し、中国企業もメキシコに進出して米国市場への足掛
かりとしているため、米国とメキシコの貿易額には中国企業の数字も含まれているとみられる。

中国政府が経済力を武器に特定の国や企業に圧力を行使する「経済的威圧」が問題視されている。

コロナ発生源を巡りオーストラリアと対立した際には、オーストラリア産の大麦•ワインに高率関税をか
けて中国市場から排除したため、オーストラリアはWTOに提訴した。

リトアニアが台湾と相互に代表部
を設置した際には、これに反発してリトアニアからの輸入制限措置をとり、EUがWTOに提訴した。

今年
1月の台湾総統選の直前に、海峡両岸経済協力枠組協定(ECFA)に基づく、台湾企業への関税減免措置
を一部停止して国民党候補を側面支援した。

また、総統選に名乗りを上げた郭台銘氏に対し、鴻海精密
工業の中国子会社に税務調査を行うことで出馬撤退に追い込んでいる。

日本に対しては、福島第一原発
処理水を巡り、昨年8月より水産物の輸入停止措置を行っている。

WTOは、GATTにはなかった紛争解決機能が追加された点が注目されたが、上級審を担う上級委員会の
委員の任命を米国トランプ政権が阻止したため、2019年12月以降機能不全に陥っている。
第1審のパ
ネルで敗訴した当事国が、上級委員会に「空上訴」すれば審理は事実上停止するためである。

これに対
し、多数国間暫定上訴仲裁アレンジメント(MPIA)の導入により機能不全の打開が試みられたが、参加
国が限られていることもあり、効果は限定的となっている。

日本も、昨年3月よりMPIAに参加している|七

現在、G7などで紛争解決機能の回復について議論されているが、WTOへの不信感の根強い米国の
内政事情を背景に11月の大統領選とも絡むため、今後の議論の難航が予想される。

前述の米国による
鉄鋼・アルミニウムへの追加関税賦課についても、安全保障を理由とする適用除外を認めるWTOルール
の判断基準が明確ではないため、ルールの濫用を防ぐ意味において、紛争解決機能の速やかな回復が待
たれる。

3.おわりに

日本の役割は、徒に分断を煽ることではなく、中国やロシアなどの強権的な姿勢には米国やEUとも
連携しながら毅然とした対応をとりつつ、グローバルサウスの国々も巻き込んで、多国間主義により国
際秩序の再構築を図ることにある。

米中対立についていえば、両国の「適切な競争管理」を側面支援す
る役回りが求められている。

中国に対しては、国際金融取引の透明性を要求し、途上国の債務再編にあ
たっては、パリクラブとの協調を粘り強く求めることが必要である。

存在感を増しているインドやサウジアラビアと連携して、中東やアフリカのインフラ開発、農業振興
などに取り組むことで、グローバルサウスとの関係強化を図ることも重要である。

その手段として、日
本の国際協力機構(JICA)、インド輸出入銀行、サウジアラビアの政府系ファンド(SWF)であるパブリ
ック・インベストメント・ファンド(PIF)等を活用し、合わせて、イスラム開発銀行やアフリカ開発銀
行と協働することも考えられる。

サウジアラビアとの関係強化の呼び水として、サウジアラムコの東京
証券取引所への上場誘致も検討の価値がある。

サウジアラビアは、「ビジョン2030」において脱石油依
存を打ち出し、産業の多角化を進めていることから、海水淡水化や水素・アンモニアなどの戦略分野で、
同国の資金力と日本の技術力のシナジーが期待できる。

インドは歴史的•地理的にアフリカとの結びっ
きが強いことから、自動車のスズキ(マルチ・スズキ)、農機のクボタ、空調のダイキン工業などは、す
でにインド拠点を足掛かりにアフリカ市場を開拓している。

日本は、アフリカ開発会議(TICAD)を通じ
てアフリカのグローバルサウスと関係を構築しており、インドと官民一体となってインフラ開発、農業
12 「LNG調達先多角化」、日本経済新聞、2023年10月8日、朝刊、7面
13 「カナダ産LNGアジア勢が主導」、日本経済新聞、2023年8月10日、朝刊、10面
14経済産業省ニュースリリース、2023年3月10日
https://www.meti.go.jp/press/2022/03/20230310004/20230310004.html (2023 年12 月I日閲覧)
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Commentary
振興などでの協働が期待される。

インドは、温室効果ガスの排出量が中国、米国に次ぐ世界第3位であ
るが、国際エネルギー機関(IEA)への加盟交渉を開始するなど気候変動対策にも前向きであるため、再
生可能エネルギーなど脱炭素ビジネスでの連携も今後有望である。

ロシアによるウクライナ侵略以降、機能不全に陥っている国連安保理の改革について、従来のG4 (日
本、ドイツ、インド、ブラジル)に加えて、地域大国のサウジアラビアやナイジェリアも巻き込むこと
で発言力を向上させることが可能と思われる。

ナイジェリアについては、複雑な民族構成による政情不
安、過剰債務、汚職などの問題を抱えるものの、アフリカ最大の人口を背景に、今後の高い経済成長が
期待され、中国やロシアに傾斜する南アフリカとは異なり、日本や欧米諸国とも価値観を共有できる存
在であると考えられる。

昨年5月に就任した親欧米のティヌブ大統領の下で、西アフリカ諸国経済共同
体(ECOWAS)の議長国として、ロシア(ワグネル及びその後継組織)の影響力が強いサヘル地域で相次
いだ軍事クーデターへの防波堤としての役割も期待されるため、日本や欧米による支援が不可欠である。

同国は、昨年G20に加盟申請を行い、中国やロシアの主導するBRICSとは距離を置いている|う。

以上

15 「BRICSよりG20重視 ナイジェリア、経済再生へ中露と距離」、日本経済新聞、2023年9月6日、朝刊、
2面
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