日産狙っていた?「ホンハイ」EV事業に漂う暗雲。iPhone工場として有名、スマホ依存脱却を図るが(2024/12/25(水) )

日産狙っていた?「ホンハイ」EV事業に漂う暗雲。iPhone工場として有名、スマホ依存脱却を図るが(2024/12/25(水) )
https://news.yahoo.co.jp/articles/d5001069b07f5e17eeada9090d1a19f17e9bbb57?page=1

『ホンダと日産自動車が経営統合に向けた協議入りを正式に発表した。台湾メディアは台湾EMS大手の鴻海精密工業(ホンハイ)が日産に出資を打診したと報道したが、同社の内田誠社長兼CEOは23日の記者会見で「(鴻海側から)アプローチを受けていない」と述べた。

【写真】中国のEV市場は競争激化。写真は世界的EVメーカーになったBYD。今では日本でも展開

 とは言え、日産出身の関潤氏をEV部門に招いた鴻海が経営危機にある日本メーカーに興味を持たないはずはない。EV事業は創業者・郭台銘氏がトップを務めていた頃から、iPhone依存から抜け出すための「大願」だからだ。

 プラスチック製品を生産する町工場として1974年に創業した鴻海は、高付加価値な電子部品を手掛けることで成長のステージに乗った。自動車部品も2000年代から生産し、2011年には中国の自動車メーカーとEVの共同開発を模索するなど、早くから関心を示していた。

■テスラ「モデルS」の衝撃

 創業者の郭台銘氏がEV製造への野心を語るようになったのは、10年前の2014年ごろ。テスラのモデルSが中国本土で発売され、中国のEV業界を語る上で外せない「節目の年」でもある。

 スマートフォンメーカーのシャオミ(小米)を創業して数年の雷軍CEOはテスラのイーロン・マスクCEOを訪問し、モデルSを複数台購入してベンチャー仲間にプレゼントした。後にEVメーカー「理想汽車」を立ち上げる李想氏は、モデルSの中国の最初のユーザーとしてマスクCEOから鍵を手渡された。

 ゼロからEVをつくりあげたテスラに大きな刺激を受けた中国人IT起業家は、競うようにEVメーカーを立ち上げ、中国のEVシフトの駆動力になった。

 iPhoneの受託生産で押しも押されもせぬ世界的EMS企業に成長していた鴻海の郭台銘氏も同じころ、マスクCEOと接触している。アップル依存のリスクを認識していた鴻海は、EVならスマートフォンと同じように水平分業モデルが成り立つと想像したのだ。

 当時の報道を見ると、郭台銘氏はEVの受託製造についてメディアの取材や公の場で語るようになり、「1万5000ドルでつくれる」という具体的価格を示してもいる。』

『■幻の「鴻海・テンセント連合」

 鴻海の「EV製造の夢」は徐々に加速していく。2015年6月、中国メガテックの一角であるテンセント(騰訊)、中国ディーラー大手の和諧汽車と組み、EV会社を設立する動きが表面化した。

 IT技術に強みを持つテンセントと、製造技術に強いホンハイが手を組むことで従来にないEVを開発することを目指し、新会社のトップ選定には郭台銘氏、テンセントのCEOの馬化騰(ポニー・マー)氏も立ち会ったとされる

 ただ、このプロジェクトは合弁会社設立前に鴻海、テンセントが撤退し、「BYTON(バイトン)」として再出発することになる。BYTONは2020年1月に総合商社の丸紅との資本業務提携を発表したので、聞いたことがある人もいるだろう。

 鴻海は2018年、中国の新興EV企業「小鵬汽車」にも出資した。アリババ出身の起業家が立ち上げた小鵬汽車は技術力が評価され、多くの投資を集めており、郭台銘氏は自ら小鵬汽車を訪れ、激励した。

 鴻海はその後もEV産業との距離を縮め、2020年以降は自らのポジショニングを「EV界のアンドロイド」と明確にした。

 テスラの上海工場が2019年末に稼働し理想汽車、小鵬汽車、そして蔚来汽車(NIO)の新興EV3社の経営も軌道に乗った。EV市場が一気に活気づいたことで、中国では空前の参入ブームが起きていた。

 鴻海はiPhoneの受託製造で成長した成功体験を、EVでも再現しようと考えた。iPhoneのときと違うのは工場ではなくハードウェアとソフトウェアのプラットフォーマーを志向した点だ。「下請け」から「頭脳」に飛躍するため、鴻海はテスラをiPhoneに例え、「EV界のアンドロイドになる」と公言するようになった。

 2020年、2021年は大願実現に向け、怒涛の動きを見せる。欧米と中台に分けて簡単に紹介すると以下のようになる。

 <欧米>

 2020年1月

 欧米自動車大手フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)と中国でのEV製造に向けて合弁会社設立に向け交渉していると発表。

 FCAが仏PSAと合併し新会社「ステランティス」を設立した影響で、交渉が長引いていたが、鴻海とステランティスは2021年5月にデジタル・コックピットなどの共同開発で合意した。両社は2023年6月、自動車用半導体の新会社をオランダに設立すると発表した。』

『2021年2月

 高級EVを手掛ける米新興メーカー「フィスカー」と提携に合意したと発表。フィスカーは共同開発したEVを2024年に発売すると表明した。

 <中台>

 2020年2月

 日産自動車や三菱自動車の車両の受託製造を手掛ける台湾自動車大手・裕隆汽車製造(ユーロン)との合弁会社設立を発表。

 2021年1月

 2020年7月に資金ショートし経営が行き詰まっていた中国高級EVメーカー・バイトンとの提携を発表。鴻海が救済する形で、バイトンは頓挫したSUV車「M-Byte」の開発を再開し、2022年の量産化を目指すとした。

 2021年1月

 中国民営自動車最大手の浙江吉利控股集団(ジーリー)とEVの新会社を折半出資で設立すると発表。新会社はEVの完成車から部品、ITシステムまで担い、世界のEVメーカーに車両供給を狙うと青写真を描いた。

 また、鴻海は2020年10月、EV向けのハードとソフトのオープンプラットフォーム「MIH」を公開した。劉揚偉董事長は記者会見で「2025~2027年にEV市場で世界シェア10%を獲得する」と述べた。

■夢から醒めたEV市場

 振り返っても2020年からの2年間は、IT企業が次々にEVへの参入を発表し、トップがゲームチェンジをぶち上げ、夢があふれる時期だった。

 ただ、中国では、「今から参入してもEVが量産できるのは2023~2024年になる。その頃には業界がレッドオーシャンになっている」と冷めた指摘もあった。その懸念は現実になり、日産、ホンダ、三菱自など日本メーカーの苦境にもつながっていく。

 2023年に入るとEV市場は変調した。アメリカではEV需要が鈍り、テスラでさえ踊り場を迎えた。新興企業が苦しくなったのは言うまでもない。

 自らは設計に専念するファブレスEVメーカーを目指していたフィスカーは2024年6月、チャプター11(日本の民事再生法に相当する米連邦破産法第11条)の適用を申請し、経営破綻した。

 アメリカの新興EVメーカーを顧客と見込んでいた鴻海にとって、アメリカ市場の変調は誤算だっただろう。

 鴻海がiPhoneの生産拠点を置き、サプライチェーンを構築している中国市場もこの数年で競争構図が激変している。

 中国市場はBYD(比亜迪)が急激に販売台数を伸ばし、今や一人勝ちの状況だ。BYDは2020年時点で吉利の後塵を拝しており、コロナ禍で医療マスクの生産に勤しんでいた。』

『当時、BYDがテスラに肩を並べる世界的EVメーカーになると想像していた業界関係者はほとんどいなかった。

 鴻海はハードとソフトのプラットフォームを提供して、受託製造企業になることを目指しているが、中国においてはファーウェイ(華為技術)が自動運転システムやスマート部品の供給元として存在感を高め、中国メーカーの駆け込み寺になっている。

 一方、鴻海が提携を発表したバイトンはそれから間もなく破産を申請した。

 鴻海と吉利とのEV新会社のその後の動向もほとんど伝わってこない。似たような枠組みであるバイドゥ(百度)と吉利の合弁メーカー「極度汽車(集度汽車から2023年8月に改称)」は2024年12月に経営破綻状態であることが判明し、中国のEV業界に衝撃が走った。

■アップルカー頓挫も転機

 EV市場の成長が鈍化し、競争にふるい落とされるメーカーが続出する中で、鴻海が当時描いた「水平分業」「受託製造」というビジネスモデルは不透明感が増している。その象徴は今春報じられたアップルのEV開発断念のニュースだろう。

 アップルカーはiPhoneと同様に委託生産を前提としており、iPhoneで大きくなった鴻海は当然のように有力な受託先として名前が挙がっていた。

 アップルカーの開発頓挫は、IT企業にとってEV開発はコストが見合わないこと、EVはスマートフォンの水平分業モデルを適用しにくいことを示唆している。

 自動車運転の次の競争軸も、EVから自動技術に移っている。

 とはいえ、である。受託製造を礎とし、サプライチェーンに長年投資をし、スマホ市場の頭打ちに直面する鴻海は簡単にEVの受託製造を見切るはずもない。ただ、鴻海に限ったことではなく、どのプレイヤーも外部環境の変化と業界の混沌に対応するために新しい、かつ大きなピースを求めている。その一例がホンダと日産の統合案とも言える。鴻海が今後どこに何を仕掛けても、不思議はないということだ。

浦上 早苗 :経済ジャーナリスト 』