原油の供給減、イランに穴埋め頼る市場の危うさ(2023年11月5日 12:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD162FT0W3A011C2000000/
『中東情勢の緊迫が原油相場を揺さぶっている。市場が神経質になる背景には、ロシアに対する経済制裁や石油輸出国機構(OPEC)プラスの協調減産、サウジアラビアの自主減産が続く中で輸出を急増させたイランが国際市場の助け舟になっている現実がある。
米国の経済制裁を受けるイランが実際にどれくらいの原油を輸出しているかは推測の域を出ない。イランで原油を積んだタンカーは位置情報システムのスイッチを切って航行することが多いという。国際エネルギー機関(IEA)に情報提供するタンカー追跡データサービス会社も輸出量を正確に捕捉できていない可能性はある。
それでもIEAのリポートやOPEC統計によれば、昨年は日量90万バレル程度だった輸出量が今年5月以降は140万〜150万バレルで推移し、夏場には200万バレルを超えたもようだ。IEA統計でイランの石油生産量は9月に日量439万バレル(NGL=天然ガス液を含む、原油は314万バレル)まで増加している。
イランの石油消費量(内需)は日量180万バレル程度とされ、「輸出量が200万バレルを超過していても不思議ではない」(エネルギー・金属鉱物資源機構の野神隆之首席エコノミスト)。
イラン原油のおもな輸出先は中国などのアジア諸国と考えられる。「マレーシアなどに向かったイラン産原油が積み替えられ、中国に入っている」という見方が多い。
米財務省は10月、ロシア産原油を規定上限(1バレル60ドル)を超える価格で輸出したとしてアラブ首長国連邦(UAE)とトルコを拠点とする2つの企業を経済制裁の対象に加えた。同省の発表によれば、UAE企業が所有する船舶はロシア産の「Novy Port(ノーヴィ・ポルト)」原油を75ドル超で、トルコ企業の船舶はやはりロシア産の「ESPO(エスポ)」原油を80ドル超で運んだ。
逸脱行為を防ぐため、主要7カ国(G7)などはロシア産原油に課している価格上限措置を厳格に守るよう求めた。
経済制裁を受けているのはイランも同じ。ところが、米国はイランとの緊張が緩む中で輸出増を黙認してきたとの見方が支配的だ。国際市場への供給が絞られる中、それを補う輸出を確保する必要があるからだ。
サウジ、ロシアなどの供給減少分を埋める上で、米国とイランが大きな役割を担っていることは間違いない。中国などの景気変調とともに、原油相場が今のところ100ドルを突破するような深刻な事態を回避できている理由でもある。
米国の原油生産量は10月に日量1300万バレルを超え、過去最高を更新した。米エネルギー情報局(EIA)によれば今年上期の原油輸出量は日量399万バレルと前年同期よりも65万バレル(19%)も増え、15年に原油の輸出禁止措置を解除して以降の最高を記録した。輸出量は直近で450万バレル強(4週平均)まで拡大している。
ただ、米国の生産コストは上昇。米石油サービス会社ベーカー・ヒューズが発表する石油生産向けの掘削装置(リグ)稼働数は直近で500前後まで減り、年初の水準を100以上も下回る。生産と輸出増がどこまで持続可能かは分からない。
米政府は10月18日、南米の産油国ベネズエラに対する経済制裁の一部を緩和すると発表した。中東情勢が緊迫する中での発表には米政府の焦りも見える。
米国の自国の生産が増えても国際需給が逼迫すれば米国内でガソリンなどの価格高騰は避けられない。米国は現在でも日量600万バレルの原油を輸入する。それを何とか避けようとするのが、これまでのイランの輸出増黙認や対ベネズエラ制裁の緩和にほかならない。
米国がイランと再び対峙せざるを得ない状況になり、輸出を厳格に監視すれば国際市場への原油供給は昨年比で日量100万バレル近く減ることになる。サウジの自主減産に匹敵する規模だ。建前と本音をうまく使い分け、イランの供給増を利用して需給の逼迫を回避する米国の思惑は頓挫する。
マーケット・リスク・アドバイザリー(MRA)の新村直弘共同代表も原油市場の当面の焦点はイランの関与にあるとみる。同時に「世界各地で民衆を巻き込んで親イスラエルと反イスラエルの対立が激化すること」が気がかりだという。北アフリカ産油国などの情勢が不安定になるだけでなく、新たな分断は原油市場の先行き不透明感を強めることになる。
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