トランプに期待するインドが心配する3つの要因、歓迎ムードの中に“インド的懸念“も

トランプに期待するインドが心配する3つの要因、歓迎ムードの中に“インド的懸念“も

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/36408

『2025年1月22日

ンド的懸念“も
長尾 賢( 米ハドソン研究所 研究員)

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 トランプ大統領の就任で、世界は新たな時代に入った。世界には、トランプ政権に対して歓迎している国がある。インドがその一つだ。

 Wedgeでは、昨年11月の選挙直後にも「〈インドはトランプが好き〉米国・インド関係黄金時代か、新政権を歓迎する本音とは」で書いたが、インドではバイデン政権に対する評価が低く、その分だけ、トランプ政権に対する評価は高い。その原因には、2021年のアフガニスタンからの撤退で総崩れの様相を見せて以降、22年にはロシアのウクライナ侵略、23年にはハマスのテロ攻撃へと、立て続けにつながっていき、バイデン政権は戦争を抑止する能力の低い、弱い政権に見えたことがある。それにもかかわらず、バイデン政権は、インドの民主主義の欠点を指摘する傾向があり、ますます、インドとしては不愉快に感じていたのである。

トランプ政権の誕生に歓迎するインドのモディ首相だが、懸念がないわけではない(2020年2月、 Sondeep Shankar /gettyimages)
 トランプ政権は、「予測できない」怖い政権であると同時に、中国に対して強い政権である。民主主義のレベルなど、イデオロギー色の強い政策でインドを非難したりしない。バイデン政権とは違うのである。

 しかも、バイデン政権は、インドに対して、ロシアに協力しないよう圧力をかけた。インドからすると、インドが戦争に直面している時にアメリカが助けてくれた、とは思っていない。それにもかかわらず、アメリカがロシアと問題を抱えたときは、インドに対してロシアとの縁を切るよう要求するのは、都合が良すぎるのではないか、と考えている。しかし、トランプ政権は、ロシアのウクライナ侵略を終わらせ、この問題にも終止符を打とうとしている。

 さらには、もともとトランプ大統領とモディ首相は、意見が合い、仲がいい。トランプ大統領の就任式では、インドは外務大臣を派遣したが、今後、首脳同士の個人的な関係はプラスに働くものとみられている。

 だから、インドは、トランプ大統領の就任式を、期待をもってみていたのである。

 ところが、そのようなトランプ大統領歓迎のムードがある中でも、懸念がないわけではない。そして、それはトランプ大統領就任初日から、噴き出してきたのである。大きく3つの議論がでてきている。』

『米国への高度人材流出
 1つ目は、合法移民に対するビザ発給の問題だ。H-1Bビザ、についてである。世界中から能力の高い人を集めるためのビザだが、あまりたくさん支給すると、アメリカ人のエリートたちから仕事を奪ってしまう。だから、アメリカは発給数を決めて、調整をしてきた。

 このビザが、なぜ米印関係に影響するかというと、インド人が4分の3以上占めるからだ。23年時点でみると約38万6000人、インド人に対して支給されている。

 インドのスーパーエリートたちは、合法移民の代表なのである。だから第1期トランプ政権の時も、ビザの発行数をめぐって、米印間では問題になった。

 今回もまた、問題になり始めている。ただ、以前とは様相が異なる。トランプ大統領の支持者の間で、意見が割れているからだ。

 トランプ大統領の就任式で存在感を見せたイーロン・マスク氏やマーク・ザッカーバーグ氏ら企業の経営者たちにとって、能力の高いインド人は必要不可欠で、より多くの人材を求めている。だからH-1Bビザ発給数は増やしてほしい。一方、トランプ大統領の支持者の一部は、インド系が力をつけすぎ、「アメリカ人から仕事を奪っている」という認識を持ち始めている。

 トランプ政権では、バンス副大統領の夫人も、政権に入るヴィヴェック・ラマスワミ氏も、インド系であるが、そういったインド系の力の増大に、一部のトランプ政権支持者は、警戒感を隠さない。だから、そういった人たちはビザ発給数を厳しく制限する政策を訴えている。

 インドから見ると、複雑である。モディ政権は、これまでアメリカに対し、ビザ発給数を増やすよう求めてきた。だが、インドの歴史を見ると、実は能力のあるインド人がアメリカへ行くことは、諸刃の剣だ。

 インドが世界的な影響力を見せ、今やアメリカを乗っ取りかねないほどに達しつつある、と同時に、頭脳流出によって国内の成長が遅れる原因でもあった。01年に9.11同時多発テロが起きたときに、それは証明された。

 テロをきっかけに、アメリカで、アフガニスタン人や中東系に対する嫌がらせが増えたのだが、見た目が似ていたために、インド人も巻き添えを食い、嫌がらせの対象になった。そのため、一定数のインド人が、アメリカからインドに帰国し、結果、インドが急速に経済成長するきっかけになった。そこからみると、能力の高いインド人がアメリカでチャンスを見つけることは、インドにとって、一長一短なのである。

 モディ政権としては、国内の雇用の確保が優先だから、ビザ発給数を増やそうとする方向性に進むだろう。世界的な影響力も重要だ。だが、この問題、実は、インドにとって、どっちがいいのか、わからない問題でもある。』

『不法移民問題も影響
 トランプ大統領就任式で明るみになったもう一つの問題は、なんと、不法移民の問題である。トランプ大統領は国家非常事態を宣言し、移民の強制送還を行う。一見すると、合法移民中心のインド系には、関係ない問題のようにみえる。

 ところが、実際には1万8000人のインド人が強制送還の対象になりそうなことが、明るみになりつつある。しかも、最終的に何人になるのか、不法移民なので実態がわからず、もっと多くなるかもしれない。

 しかも、この問題には、出生地主義の変更も関係している。アメリカの市民権を得るためには、これまでは、アメリカで生まれるだけでよかった。アメリカの憲法に、そう書いてあるからだ。しかし、今回、トランプ大統領は、条件をより厳しくした。

 憲法と矛盾しないのか、議論になってはいるが、その大統領令によると、母親が不法または一時的な資格でアメリカにいる場合は子供も市民権を得られないし、父親にも国籍や永住権を求めている。アメリカ国籍が欲しいインド人の場合でも、不法移民ではだめなのである。

遠のく多極化
 移民の問題以外にも、インドは、もう一つ別の問題で、少しがっかりしているように見える。それは、トランプ政権の誕生で、アメリカが影響力を取り戻したようにみえるからだ。

 過去、オバマ政権の時もそうだったが、バイデン政権の時に盛り上がった議論は、アメリカの力は落ちており、世界は多極化に向かう、という議論である。インドはこの議論が好きで、多極化した世界では、インドは、アメリカ、中国、ロシア、日本など、多くの有力な極の1つとして、世界で存在感を示すことができる、と考えてきた。

 インドは、実際に、国防費で世界第3位、国内総生産(GDP)でも今年は世界第4位、来年は世界第3位になっていく。アメリカだけが超大国の世界では、インドの存在感は小さいが、世界の多くの国が同じくらいの力で競い合う世界では、インドも存在感を示せる、といった思惑があった。

 ところが、トランプ政権ができて起きていることは、世界中がトランプ大統領を恐れ、トランプ大統領の一挙手一投足に注目している状態だ。トランプ大統領がただチョコレートのかけらを食べただけでも、世界は恐れるような雰囲気になっている。これは、アメリカだけが中心になる世界の再来を意味している。

 世界は多極化ではなく、再び一極になってしまった。インドからみると、自らの存在感がかすんでしまったように見えるのである。

 インドでは、バイデン政権よりもはるかにトランプ政権の人気が高い。明らかな歓迎ムードがある。それでも、インドはトランプ政権の誕生に少し戸惑っているようにも見える。』