インド外相が説く外交政策 国民の感傷代弁する「詩人」

インド外相が説く外交政策 国民の感傷代弁する「詩人」
世界の話題書 ニューデリー発
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM2506N0V20C24A6000000/

『2024年6月29日 2:00

「インドのロシア産石油の月間購入量は、欧州が1日の午後に購入する量よりも少ない」――。ロシアのウクライナ侵略後も、西側諸国が経済制裁を加えているロシアから石油を購入し続けるインド。それを米国からとがめられた同国のジャイシャンカル外相は、こう切り返した。

彼はさしずめ「刀を持った詩人」だ。言葉のチョイスはいつも皮肉が利いていて、苦い植民地支配を経験したインド人のセンチメント(感傷)を代弁する。と同…

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『と同時に、「あなた(の国)はインドを説教する資格があるのですか?」と、相手の喉元に刃を突きつける。

今、インドでこの男の人気が急速に高まっている。そんな彼の近著が『WHY BHARAT MATTERS(なぜバーラトが重要なのか)』。「バーラト」とはインドを指すサンスクリット語だ。

中国大使や米国大使を歴任後、モディ首相に請われ、職業外交官から政治家に転身し、外相に就任して5年。3期目に入ったモディ政権において最も知的で明快な論客として世界を飛び回る。その機知に富んだ「コメント力」が、民主主義と権威主義に二極化した世界で、インドの地政学的台頭を印象づけてきた。

本書では、今の国際秩序は時代の変化に対応しておらず「変革せよ」と説く。インドが国連安全保障理事会の常任理事国にならなかったのは、ネール初代首相の決定的なミスだとも。どんな会員制クラブも80年たてば会員は変わるもの。「安保理のメンバーを即刻入れ替えろ」というのが持論だ。

外交はエリートの生業(なりわい)とみなされてきた。しかし「外交政策は今や、国家の発展と近代化を加速させる直接的な手段だ」と言う。

そもそも「国益」とは、隣国の領土主義的な主張や、卑劣なテロリストから身を守りたいという素朴で身近な国民感情から生じる重要なものだからだ。

著者は、古代インド起源の叙事詩「ラーマーヤナ」を引き合いに、インドの豊かな文化を掘り下げ、現代世界に応用すべき教訓を導き出そうとしている。昨今、ヒンズー・ナショナリズムを強く押し出してきたモディ氏と、平仄(ひょうそく)を合わせているかのようだ。

生い立ちは全く違うが、コインの裏表のような首相と外相。ジャイシャンカル氏はこの著書で「ポスト・モディ」への色気を見せているように感じるのは、飛躍しすぎだろうか。近く、日本語版も刊行される予定だ。

(岩城聡)

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