中東マネー解剖 政府系ファンド、世界金融を席巻

中東マネー解剖 政府系ファンド、世界金融を席巻
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『2024年6月16日 4:00

中東マネーが世界の金融市場で躍動している。資源高を追い風に中東産油国の歳入は膨らみ、機関化されたソブリンウェルスファンド(SWF)の投資力が増している。2023年の政府系ファンド投資額のトップ10のうち半数は中東勢だ。世界を舞台に人工知能(AI)、製造業からゲーム、アニメまで幅広く投資する中東マネーをひき付けようと、米欧の大手投資銀行がすり寄り、世界金融の主役となりつつある。(ロンドン=山下晃、ドバイ=福冨隼太郎)…

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『サウジアラビアが11日からブラジルで開いた国際投資会議「フューチャー・インベストメント・イニシアチブ(FII)」。資源大手幹部や金融関係者が集いルラ大統領も挨拶に立った。

毎年サウジの首都リヤドで開くFIIは「砂漠のダボス」と呼ばれる。米JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン氏、米ゴールドマン・サックスのデービッド・ソロモン氏を始め、投資ファンドの米ブラックストーン、ヘッジファンド最大手の米ブリッジウォーターなど金融界の「オールスター」が同じテーブルを囲む。こうした光景がここ数年続いている。

関係者によると米ゴールドマンはこのほど、中東地域のハブとなる統括拠点をリヤドに設置する許可をサウジ政府当局から取得。

他の欧米銀も現在はドバイが中東地域のハブとなっているが、リヤドに移すことを検討しているもようだ。

ブラックロックはサウジに「ブラックロック・リヤド・インベストメント・マネジメント」を設立。サウジ政府系ファンドのパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)が最大50億㌦(約7800億円)を拠出し、事実上PIFの外部運用機関だ。

中東諸国はなぜ競い合うようにしてSWFによる投資を強めているのか。背景には化石燃料時代の終焉(しゅうえん)への備えと、資源収入にかわる収入源の獲得に向けた産業の多角化といった狙いがある。

産油・産ガス国は従来、国家財政の大半を化石燃料の輸出による収入に依存してきた。多くの国では国民への課税なしで手厚い社会サービスを提供できた。しかし、原油価格が下落する局面では国家財政が不安定になるなどの問題も生じる。

2014年ごろから原油価格が急落した「逆オイルショック」では米原油指標のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物が1バレル100ドルから30ドルを割る水準まで下落した。

収入源の多角化は将来の不確実性に対して財政のバッファーを持たせる意味合いがある。サウジでは16年に実力者ムハンマド皇太子が旗振り役となって、製造業の育成や観光産業の促進などを通じて脱石油収入型経済の構築を進める「ビジョン2030」を策定。その他の湾岸諸国も同様の経済プランを公表し、経済改革を模索している。

その中で重要な役割を担うのがSWFだ。近年は欧米に留学した世代が中核となって欧米金融機関から一線級の人材を雇い入れ、欧米流の投資プロセスを取り入れる。活発な投資行動が注目を集め一段と投資案件が舞い込むようになり、運用資産は急速に膨らんでいる。
脱炭素に向けた動きも影響する。世界的に脱炭素への取り組みが進む一方で、足元では化石燃料の開発停滞がエネルギー価格の上昇要因となり、資源国の財政に追い風となっている。この構図は、ここ数年の中東SWFの興隆と切り離せない。

もっとも国際エネルギー機関(IEA)が23年10月に公表した「世界エネルギー見通し」では、天然ガス需要が30年までに頭打ちとなると指摘。中長期で見れば化石燃料の削減が不可欠とのシナリオに変わりはない。製造業や観光などのサービス業の拡大、人工知能(AI)などのテクノロジーの発展などを通じて産業の多角化を一段と進める必要があり、各国のSWFが知恵を絞っている。

サウジアラビア 「MBS」が旗振る経済改革 

PIFは中東最大国サウジアラビアのSWFでその存在感は大きい。ソフトバンクグループ(SBG)が2017年に立ち上げたビジョン・ファンド1号の主要な出資者だ。今年5月の来日が延期となり日本でも話題となったムハンマド皇太子は「Mohammad bin Salman」(「サルマンの息子のムハンマド」の意味)の頭文字をとった「MBS」が金融関係者らの間で通称となっている。

サウジのムハンマド皇太子は「MBS」の通称で呼ばれる=ロイター

高齢のサルマン国王は段階的に実権を移譲しており、実質的に皇太子が主要政策を決定する権力者となっている。SBGを率いる孫正義氏とは携帯でやりとりする仲とされる。

PIFの設立は1971年と古い。サウジの国内プロジェクトに資金を提供する目的だったが、2014年に海外に投資をできる権限を政府から切り離し、PIFが独自に所有するようになった。米ウーバー・テクノロジーズやテスラなどに大規模に投資してきた。政府を除けば国有石油会社サウジアラムコの筆頭株主でもある。国内投資が多く約7割を占める。

PIFはサウジの経済改革の中核を担う存在だ。石油輸出で得られた莫大な収入をPIFや傘下のファンドを通じて非石油部門への投資を進める。産業の多角化によって資源以外の分野での収入や雇用増につなげる狙いがある。

こうした目的を反映する代表例の1つが、米新興電気自動車(EV)メーカー、ルシード・モータースへの投資だ。サウジは製造業の発展を目指すため、自動車産業のような裾野の広い産業の誘致を長く求めていた。ルシードへの出資でEVの技術を取得し、産業多角化という野心の実現に向けて「時間を買う」ことを選んだとみられる。

日本では任天堂などゲーム株の保有が有名だ。事情を知る関係者らによると10年ほど前に日本のゲーム関連企業と一通り面談を済ませ、その後少数株式を取得していったという。皇太子は現在38歳。自身もゲームやアニメ好きで知られ、投資に至ったようだ。

その後、ゲーム領域はより戦略的な投資方針に切り替わった。PIF傘下のゲーム会社サビー・ゲームズ・グループが1420億リヤル(約6兆円)を投資し、サウジをゲーム産業の世界的ハブに育てる計画を打ち出している。全体からみれば日本のゲーム株への投資規模は実は限定的だ。

サウジはカタールやアブダビ首長国と比べると国内人口も多い。国内のサウジ人の6割超が30歳未満という人口増加社会でもあり、雇用創出の観点もあって海外投資よりも国内産業の育成に軸足を置いている。

皇太子肝煎りで進められている紅海沿岸の未来都市「NEOM」の開発計画では、東京スカイツリーに匹敵する高さのビルを東京ー長野間に相当する長さ170キロメートルにわたって建設する「THE LINE」などを打ち出している。

NEOM計画は当初1兆5000億ドル規模の計画だったが、4月に規模縮小が伝えられている。こうした国内投資プロジェクトへの資金拠出が重荷となるため、今後PIFの海外投資はより厳選され、国内投資を呼び込む活動に重点を置くとの見方も出ている。

UAE 未公開資産にも積極投資

7つの首長国から構成されるアラブ首長国連邦(UAE)。「政治のアブダビ・経済のドバイ」と住み分けされていたが、アブダビ首長国が抱える3つの政府系ファンドが活発な動きを見せる。

ドバイはほとんど原油が出ないため元々豊かな首長国ではなく、徹底した規制緩和で人材を集めてきたが「顧客がいる都市ではない」と中東金融バンカーは語る。主要ファンドのアブダビ投資庁(ADIA)、ムバダラ・インベストメント、ADQのすべてがアブダビ系だ。

ADQは主に国内投資向け、ADIAは歴史が長く海外投資がメイン。そしてムバダラはオルタナティブ投資に積極的だ。SBGのビジョン・ファンドにサウジのPIFとともに資金を拠出したのはムバダラだ。

欧米の著名投資ファンドが新たなファンドを立ち上げると、常にムバダラとADIAの2社が上位出資者に顔を連ねる。ムバダラは中東のプライベートエクイティ(PE)ファンドのような存在で、投資先は未公開資産が38%。日本人の投資担当者も内部で雇い入れており、日本にも度々足を運んで投資機会を探っている。

最大手のADIAは早くから機関化した投資主体として体制を整備し、海外投資を拡大させてきた。ADIAの成功が他の中東地域のSWFにも影響を与えたとされる。投資分野は先進国株式を全体の32?42%を目安に投資するなどとしている。地域別では北米が45?60%と最大。欧州が15?30%、新興国が10?20%がメドだ。先進国アジアは5?10%に限られる。

日本株に対しては一時専門の運用責任者を置いていたが、香港拠点の日本株チームを22年に解散。現在はパッシブ運用で日本株に投資している。パッシブ運用ではあるものの、大胆にその比率を変化させることで日本株の保有は増減するもようだ。全体の運用残高が膨らむなかで日本株への回帰も期待できそうだ。

サウジのムハンマド皇太子が通称「MBS」と呼ばれるのに対し、UAEではムハンマド・ビン・ザイド大統領が「MBZ」と呼ばれる。しかしMBSがPIFへの影響力が大きいのと比較すると、アブダビの金融で注目されるのはMBZの弟であるタハヌーン氏だ。

同氏はサングラスがトレードマークで、ADIAとADQのかじ取りを担う。UAE最大のファースト・アブダビ銀行の会長も務めているほか、上場企業の投資持ち株会社、インターナショナル・ホールディング・カンパニー(IHC)も手中に収める。IHCは中東地域でサウジアラムコに次ぐ時価総額を誇る。

ADQは国内投資に軸足を置き、他の政府系ファンドに比べると世界の金融市場との接点が少なかった。しかし近年ではADQも海外投資を解禁してきており、将来的にムバダラと統合するのではないかとの観測もある。ムバダラの会長はMBZの親族のマンスール氏。サッカーのイングランド・プレミアリーグで豊富な資金力に物を言わせる強豪クラブとして知られるマンチェスター・シティーのオーナーでもある。

カタール 日本を重点投資先に

カタール投資庁(QIA)の設立は2005年と比較的新しい。大国サウジアラビアと比べて面積も小さく人口も少ないため、国内投資の余地に乏しく、海外投資に積極的だ。中東SWFの中で最もアジア、そして日本への投資に積極的な姿勢を見せている。

テクノロジー、ヘルスケア、消費、不動産、インフラ、金融、一般産業素材、ファンドといった幅広い分野で投資チームを抱えている。基本的にはプライベートエクイティ(PE)ファンドのような未公開資産への投資が多い。例外的に「流動性証券」部門があり、公開市場で株式や債券に投資している。

設立当初は歴史的に中東と関係の深い英国や欧州で投資を積み上げ、10年代半ば頃からは米国への投資を強化する方針を掲げてきた。他の中東SWFと比較すると純粋にリターンを求める純投資家の側面が強い。英バークレイズや独フォルクスワーゲンといった著名企業の大株主だ。

最高経営責任者(CEO)はマンスール・マフムード氏。18年の就任以来、明確に分散投資を目標としてきた。米ジョージ・ワシントン大で学び、QIAの急成長を指揮してきた。

アジア地域は21年にシンガポールに拠点を設立し、投資を積み重ねてきた。中国やインドへの投資が先行してきたが、出遅れていた日本への投資を加速させる。アジア太平洋地域の投資を統括するアブドラ・アルクワリ氏は「日本が今後重点投資先となる」と明言している。

CEOのマンスール・マフムード氏=Bloomberg

カタールのマネーの源泉は1996年末に生産を始めた液化天然ガス(LNG)の輸出だ。その後、生産量の拡大を進め現在はLNG輸出量で米国、オーストラリアに次ぐ世界第3位の地位にある。

世界的に脱炭素の流れが進むなかで、石油や石炭に比べて温暖化ガス排出量が少なく環境負荷の小さい天然ガス需要は急増しており、資源供給国としてのカタールの重要性がますます高まっている。同国は増大するガス需要を取り込もうと、LNG生産能力の拡張を着々と進めている。

同国の世界最大のガス田「ノースフィールド」では、現在の生産能力年間7700万トンから2030年には1億4200万トンに増やす計画が進められている。カアビ・エネルギー相は「(太陽光や水素などの)再生可能エネルギーが将来的に世界のエネルギーの大きな割合を占めるようになるとは思わない」と公言。「国家のビジョンの一環として天然ガスで成長する」と、野心を隠さない。

カタールは1971年の独立以降、日本とLNG関連の技術協力を結んだ関係がある。世界で初めてノースフィールドからのLNGを受け入れた企業は中部電力(9502)だ。それまで湾岸の小国だったカタールの地位を世界有数のLNG輸出国として引き上げるきっかけの一つが日本の協力だったこともあり、一定年齢以上の世代では親日感情を持つ政府関係者が少なくない。

クウェート 首長家と議会対立が影、バーレーン 金融センターの地位後退

クウェート投資庁(KIA)は世界最古のSWFとされる。源流は1953年にロンドンで設立されたクウェート投資委員会で、余剰石油収入を投資してきた。新興国を主な投資先としてきたが、2006年には中国工商銀行の大株主となり、08年のリーマン・ショック後には米シティグループや米メリルリンチ(当時)といった危機に陥った金融機関の救済役に回った。
KIAの運用総額は大きいが、近年は幹部の解任といった組織の混乱が伝えられてきた。クウェートでは首長家であるサバハ家とは別に、国民が直接選挙で選ぶ議会が存在する。専制国家が多い中東の湾岸諸国のなかでは比較的民主化が進んでおり、05年には女性の参政権も認められた。KIAの経営幹部にも女性が含まれる。

首長家と議会は長年対立を続けており、SWFの運用の妨げになっているとの指摘もある。首長家による議会の解散と選挙が繰り返されており、4月にも過去4年間で4回目の議会選が実施された。その後も首長家と議会の対立構造は解消されず、5月に入ってミシャル首長は憲法の一部を停止して議会を解散した。6月1日には空位だった皇太子にサバハ元首相が指名され、政治混迷の立て直しを目指している。

主に外部のファンドマネジャーを通じて投資を手掛けている。日本への投資は1990年代からと言われ、いまもロンドンに日本株の担当者を抱える。

バーレーンは隣国のサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)に比べて石油資源が乏しく、早くから金融自由化を進めてきた。かつてはサウジなど周辺国のオイルマネーを取り込む中東有数の金融センターとなったが、2000年代以降に金融市場の整備を進めたUAE・ドバイなどの台頭でその地位を脅かされるようになった。

アラブ諸国で民主化運動が広がった「アラブの春」で、多数派のイスラム教シーア派住民による民主化要求デモが激化。スンニ派が実権を握る王制の打倒を訴えられるなど、一時政情が悪化したことも同国の金融拠点としての役割に影を落とした。同国SWFは、ソフトバンクグループのビジョン・ファンドへの投資も一時検討した。

オマーン・OIAの運用アセットは通貨別でみるとオマーンリアルが60%、米ドルが34%、ユーロが3%。アジア太平洋地域への投資は4%と大きくないが、足元では日本株投資の拡大も検討しているとみられている。4月にはアブダビのADQと1億8000万㌦のテクノロジーに特化したファンドを設立するなど、UAEと連携を強めている。

国家戦略映すオイルマネー トップダウン型に危うさも

中東のオイルマネーの動きは産油国の国家戦略や指導者の政治的野心と密接に結びついている。湾岸産油国がめざす脱石油の構造改革の中核を担うのは、ほかでもない石油収入だ。伝統的な国富ファンドの戦略と一線を画すトップダウンの運用姿勢にはあやうさもひそむ。
1970年代の石油危機で膨らんだ産油国の資金はその後、激減した。当時の原油収入は公務員給与などのバラマキで浪費された。2000年代に入るまでの産油国の資金運用は米国の債券や不動産といった比較的低リスクの資産に限定されていた。
その後、産油国の指導者らはオイルマネーを産業多角化につなげようとした。サウジアラビアのアブドラ前国王は皇太子の時代に、サウジ人の富裕層に米国ではなく国内にもっと資金を振り向けるよう要請した。
「石油の時代の終わり」の切迫感を中東の指導者らが痛感したのは15年のいわゆるシェール革命に伴う原油価格の急落だった。この時期にサウジでは若き指導者ムハンマド皇太子が台頭し、「ビジョン2030」と名付けた中期的な構造改革プランを発表し、石油にたよらない国づくりを進める方針を明確にした。

禁じられていた女性の運転や映画館の開設を認めるなどの社会改革が注目されたが、肝となったのは石油資産の改革への活用だった。国有石油会社サウジアラムコの民営化も、株式売却で得た資金を改革の原資に振り向けるという発想があった。

運用方針は大胆に転換した。皇太子は国富ファンド、パブリック・インベストメント・ファンド(PIF)を世界一のファンドに育成すると宣言。それまでの低リスク低リターンの資産ではなく、プライベート・エクイティやベンチャーキャピタルをふくむ高リスク投資に軸足を移した。エンターテインメント分野を雇用創出の重要事業とみる皇太子の方針を映し、PIFは任天堂やカプコンに出資した。

問題は高リターンを求める運用方針が、産業多角化といった本来の趣旨から逸脱しかねないリスクをはらんでいる点だ。新型コロナウイルスの感染拡大期にはクルーズ船への投資をおこなった。結果的にリターン面からは投資は成功したとみられるが、危険事業への「ディストレス投資」は産業育成や将来世代のための運用という国富ファンドの性質にあわない。

さらにサッカーやゴルフなど国外のスポーツ事業への投資は、サウジが国内の人権問題から目をそらす「スポーツウオッシング」の意図があると批判され、一部ファンや関係者の反発も招いた。国内の投資先として想定される未来都市「NEOM」などは実現性に疑問を向けられている事業だ。

脱石油戦略そのものがそうであるように、産油国ファンドの運用は国家と国民の社会契約を崩壊させ、民衆の反抗をまねきかねない危うさをひきずる。

(カイロ支局 岐部秀光)
[日経ヴェリタス 2024年6月16日号掲載]

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