「神の使い」が陰り始めた 3期目のモディ氏、揺らぐ1強
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM092W20Z00C24A6000000/
『2024年6月17日 2:00
「きょうの勝利は世界最大の民主主義の勝利だ」。6月4日に迎えたインド下院の総選挙開票の夜、支持者の前に立ったナレンドラ・モディ(73)は強がっていた。
Vサインをしながら歩き、笑って見せようとした。平静を装いながらも、奥歯をかみしめていたその顔は引きつっていた。
米調査会社によるとモディの支持率は70%を超えていた。出口調査の結果は、モディ率いるインド人民党(BJP)を中心とする与党連合の大勝を…
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『出口調査の結果は、モディ率いるインド人民党(BJP)を中心とする与党連合の大勝を示し、「モディ圧勝へ」「ハットトリック(3期目)達成」と書き立てた地元紙を疑う人は見当たらなかった。
開票の日が迫る5月25日、モディは地元テレビ局のインタビューで「神が目的を果たすために私を遣わした」と発言した。おごりが反作用を招いた可能性は否めない。
いざ蓋を開けると、BJPは前回2019年と比べて議席を大きく減らし、単独で過半数を割り込んだ。誰も予想しない「大敗」だった。
◇
グジャラート州の寒村に生まれ、低位カースト(身分)から首相へ上り詰めた。父親は小さな商店を開き、モディも小さい頃から駅でチャイ(紅茶)を売ったという。
14年に同州のトップから一国の首相となった。10年でインドを「大国」へと押し上げた。
名目国内総生産(GDP)は27年までにドイツと日本を抜き、米中に次ぐ世界3位の経済規模となる。消費低迷と不動産不況にあえぐ中国に代わり、近年は世界の投資家を引き付けてきた。
主要国が羨むほどの勢いの一方、広がる格差は見過ごされがちだ。1人あたりの名目GDPは2500ドル(約38万円)台で、隣国のバングラデシュと同程度にとどまる。
強権的な手法により政治状況も一変した。国民の8割を占めるヒンズー教徒を優遇する「ヒンズー至上主義」を推進し、国内を深く分断した。
経済改革は必ずしも成功していない。インフラ整備に欠かせない土地収用法を断念したほか、農産物流通の近代化などを進めるための農業関連法は、農民らの抗議運動で廃止となった。
失策への批判は権力で抑え込んだ。その結果、経済的な不安を抱える地方や低所得・低位カーストの人々、宗教的少数者らの不満が死角となったことに気づかなかった。
「必要なのは強い政府ではなく『強い野党』よ」。4月19日の最初の投票日。熱波の西部ジャイプールの投票所を訪れた女性はこうつぶやいた。
二大政党の危機とみなされていた政界は突如、野党が息を吹き返した。
「国民はモディ氏の政権運営を求めていない」。野党の国民会議派は初代ネール首相の流れをくむ名門「ネール・ガンジー家」の子息ラフル・ガンジー(53)らが指揮を執る。20以上の野党連合を結成し、同派は議席をほぼ倍増させた。
◇
モディは過去に、目障りだったBJPの重鎮らを排除するために「75歳定年」の内規を設け、引退を迫った。
「この内規をモディだけには適用しないなんて、説明がつくのか?」。総選挙直前、汚職の容疑で逮捕されたデリー首都圏政府トップのアルビンド・ケジリワル(55)はモディを「独裁者」と呼び、こう訴えてきた。
モディは25年9月に75歳を迎える。まるでブーメランのように、今度は自身が3期目の途中でその「定年」を突きつけられることになる。
BJPの敗北でモディのカリスマ性は陰った。7日に与党連合の集会に出席したモディは「国を運営するにはコンセンサスが非常に重要だ」と謙虚な姿勢を見せた。
政権運営は連立を組む政党への配慮が欠かせなくなり、従来のような指導力を発揮できる保証はない。
主要国も新興国も、影響力を高めたモディを頼りとしてきた。インド外交は米欧と一線を画す一方で、中ロなどの権威主義にもくみしない独自の立ち位置を貫く。
日本は企業の拠点数をおよそ4900まで増やし、モディの時代には協力関係を安全保障へと広げた。リーダーシップの揺らぎは、互いに信頼を深めてきた日印関係にも影を落としかねない。
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世界は「モディ1強」の変化に関心を寄せる。3期目に入った政権の今に迫った。(敬称略)
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