そろそろ、いいかなぁという話

そろそろ、いいかなぁという話
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/34245497.html

『恐らく、ある程度、このブログを読んでいる方からすると、記事の主題と展開がループし始めている事に気がついていらっしゃると思います。時事ネタを必ず入れるようにしているのですが、その投稿単体で読む方の事も考えて書かないといけないので、過去記事の引用や、同じ内容の抄録を繰り返す展開になりがちです。過去記事の内容が頭に入っている事を前提に、新しい記事を書けないからですね。そうすると、当然ながら、記事の内容がループしている感じになるわけです。ある程度の数を読んでいる人からすると、「クドイ」という事になります。書いている私が感じているので、多分に読み手の方も感じていると思われます。ループするという事は、土台にするネタは違っても、言っている事や主張している事は変わり映えが無く、何も新しい事を言っていないという事ですね。

こうして、記事を書く事で、頭の中が整理されるという作業が反復され、自分なりには子供の頃からの一つの疑問に解答が出た感じになっています。人の行動原理に関する事なのですが、思想に基づく、客観的には狂信に近い事がナゼ起こるのかという事です。人が思想に準じて行動する時、そこに悲劇が生まれます。そして、悲しい事に、反する意見を言う人に対して差別も生まれるのです。思想の動機は、世の中をよりよくしようという願望だと思うのですが、それを実現する過程で歪み、強制、狂信が、分断や諍い、さらには差別を新しく生じさせ、そこでも争いが起きるし、暴力が介入するんですよね。今の状況に比べれば、前回のアメリカ大統領選挙における、民主主義というシステムに対する幻滅。それを正しく運用しようとせず、対立候補を妨害し、蹴落とす事で勝ちを拾おうとする手段を選ばないやりかたで、相当にショックを受けましたが、今や、その程度はさらに加速しています。恣意的な法律の運用で、対立候補が選挙戦に出てこれなくする事で勝ちを拾おうとしています。一応、法律の手続きを踏んでいるだけで、アメリカの民主主義は、ロシアのプーチン独裁態勢と、五十歩百歩です。

今年は、アメリカの大統領選イヤーですが、どう結果が出ても、ろくでもない方向に進む気がします。今、アメリカで公開されている映画で、「シビル・ウォー」(市民戦争)が大ヒットしていますが、分断されて、かつての南部連合と北部みたいに内戦に突入した、アメリカを舞台にした物語です。私は、映画には、必ず時代の価値観や雰囲気が繁栄されると考えています。それは、直接的な描写になる事もあるし、判りにくい象徴的な描かれ方をされる事もあります。今、この映画が制作され、ヒットしているのは、エンタメとして新機軸だからというより、社会の写し鏡だからと考えています。実際、アメリカ全土に存在する、私兵部隊である民兵が、それぞれの主張を旗印に蜂起した場合、アメリカ内戦というのは、それほど荒唐無稽な話では無くなってきています。

いまや、世界中で起きている分断と独立を求めるカオスは、増えこそすれ減る事もなく、思想が暴走して、新しい憎しみを生み出しています。なので、そろそろいいかなぁと、ブログの活動を停止しようかと思います。寿命が妙に伸びなければ、後10年程度で、くたばっても良い歳ですし、既に知っている有名人は、次々と訃報に接しています。色々と嫌なモノを見ないで死ねるのは、幸せなのかもと思うようになりました。』