EUも「中国製EV排除」の制裁関税へ。EVシフトは本当に進むのか?

EUも「中国製EV排除」の制裁関税へ。EVシフトは本当に進むのか?
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『5/20(月) 8:10配信

ドイツのハンデルスブラットやロイター通信など複数のメディアが報じたところによると、欧州連合(EU)の執行部局である欧州委員会は、近く中国製の電気自動車(EV)に対する追加関税の導入を決定するようだ。欧州議会の国際貿易委員会のベルント・ランゲ委員長も、論点はすでに税率の水準の設定の段階にあると認めている。

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欧州委員会は2023年10月に、中国製EVが中国政府から不当に補助金を給付されていないか、調査を開始した。EUは域外で製造されたEVに対して10%の輸入関税を課しているが、中国製EVが中国政府から不当に補助金を給付されていると判断された場合、欧州委員会は中国製EVに対して追加で関税を課すという方針を示していた。

※アメリカは5月14日、EUに先行する形で中国製EVに100%の輸入関税を課すと発表している

つまるところ、欧州委員会は、中国製EVが中国政府から不当に多額の補助金を給付されていると判断したようだ。EUでは、1カ月後の6月6日から9日にかけて欧州議会選が予想されている。それよりも先に、ウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長が追加関税の実施を正式に発表するという見方が有力視されているようだ。

欧州議会選の展開次第で、フォンデアライエン欧州委員長の続投の可否が決まる。二期目を狙うフォンデアライエン氏が、嫌中派が多数を占める欧州議会の支持を得るためには、欧州議会と同様に中国に対して厳しい姿勢を打ち出す必要がある。それには、欧州議会選より前に、追加関税の実施を表明する必要があるというわけだ。

今年の春になって、EUと中国では首脳間外交が活発化しており、5月には中国の習近平国家主席がEU各国を歴訪した。その際も、EUと中国の双方で、EVの競争条件に関する発言が相次ぐようになっている。こうした状況からも、追加関税を課したいEUとそれを防ぎたい中国の綱引きが活発化していることが読み取れる。』

『ヨーロッパ市場の2割に達した中国製EV

ところで、中国製EVはEUの市場でどの程度のシェアを獲得しているのだろうか。欧州交通環境連盟(T&E)が今年3月に発表したプレスリリースによると、2023年にEUで販売されたEVのうち、その約2割(19.5%)が中国製EVであるようだ。うち純粋な中国の民族系メーカーの割合は、さらにその半分の10%程度となる。

中国では、米テスラをはじめとして、仏ルノー(ダチア)、独BMWといった欧米系の自動車メーカーも、EVを製造している。一方で、上海汽車傘下のMGや浙江吉利控股集団傘下のポールスター(ただしボルボとの合弁)、比亜迪(BYD)といった民族系メーカーの躍進は目覚ましく、EU市場へのEV輸出も急速に増えている。

今年9月には、零跑汽車(リープモーター)製の低価格EVを、合弁相手であるEUの自動車大手ステランティスがEUに輸入する予定だ。

中国政府は主に民族系メーカーのEVに対して補助金を与えているようだ。したがって、欧州委員会が中国製EVに追加関税をかけるとしても、その中心となる対象は、中国の民族系メーカーが製造したEVになるだろう。また中国製EVに一律の追加関税を課すのではなく、メーカーごとに関税率を変えるという対応が取られるかもしれない。

とはいえ、EUの自動車業界は、欧州委員会が中国製EVへ追加関税を課すことに慎重な姿勢である。EU系の自動車メーカーは中国のサプライヤーに依存しており、また中国でEVを含む自動車を生産し、さらにそれをEUに輸出している。欧州委員会が追加関税を導入した場合、EUの自動車メーカーの事業に差し障りが出る恐れがある。

具体的には、EUにより課されたEV関税への報復措置として、中国政府の指示を受けた中国のサプライヤーがEU系メーカーに対して、供給する原材料や半製品の価格を引き上げたり、供給そのものを削減したりするかもしれない。特に、EVに不可欠なレアメタルの供給が削減されれば、EU系メーカーはEVの生産ができなくなってしまう。』

『EUが「中国EVへの追加関税」に踏み切るロジック

EV市場は各国で拡大が一服しており、EVシフトで主導権を握ろうとしているEUも同様だ。EVシフトを進めていくためには、充電ポイントといった制度インフラを整備することに加えて、車載用バッテリーの高性能化や、車両単価の引き下げなどのハードルをクリアしていく必要がある。これらもグローバルに共通した課題である。

バッテリーの高性能化や車両単価の引き下げは、本来なら市場での競争を通じて実現されるべきだが、EUはその競争条件が不平等だと主張する。つまり中国製EVは、政府から多額の補助金を受けて生産されているため、不当に安い。それだとEU製EVは競争が不利であるから、中国製EVには追加関税を課すという理屈である。

一方EUも、バッテリー工場の建設支援の際など、域内の自動車メーカーに多額の補助金を給付している。中国に比べれば控えめだとEUが主張しても、補助金を与えている事実に変わりはない。加えて、確かに中国製EVは政府から多額の補助金を受けているが、中国はEUよりも人件費が安く、原材料も豊富というコスト上の優位性を持つ。

したがって、EVというモノを生産するに当たっては、そもそも中国が有利な環境にある。またEVシフトを最優先とするなら、廉価な中国製EVをそのまま受け入れたほうが、EUにとっても便益は大きい。しかし域内市場の保護を図るとともに、中国依存の軽減を図りたいEUにとっては、それは容易には受け入れがたい選択となる。

「EU」と「各国」の対中姿勢は足並みが揃わない可能性

EUからEVに追加関税が課された場合、中国がそのまま受け入れる可能性は低い。そのため、中国がEU系自動車メーカーに対する原材料や部品の供給を制限するなど、EUに対して何らかの報復措置を取ると考えたほうが自然だろう。EUと中国の通商摩擦が本格化するとは考えにくいが、少なくともEUのEVシフトにはブレーキとして働く。

一方で、国内の産業を維持し雇用を確保する観点から、イタリアがBYDの工場誘致に努めるなど、EU各国レベルでは中国に秋波を送る動きが強まっているという現状もある。EUが対中政策の手綱を引き締めようとしても、中国の資本力に魅力を感じる加盟国があることを中国もよく理解しているため、中国は余裕を持ってEUに対応できる。

こうして整理すると、確かにEVに関してはEUと中国の関係は冷えるだろうが、各国レベルでは、EVに関しても中国との関係の深化を模索する動きが続くという、相反したトレンドが強まるのではないだろうか。EVシフトと対中政策に関するEU執行部と加盟各国の温度差は、そう容易に埋まることはなさそうに見受けられる。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

土田 陽介 』