【自由貿易が世界の需要を低下させる?】トランプ陣営の“とんでも”議論、過度な関税が世界に不利益を与える理由
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/33528
『2024年4月18日
トランプ政権米通商代表部(USTR)代表のロバート・ライトハイザーが、「保護主義を増大すべき」経済上、地政学上、道徳上の理由があると、2024年3月8日付の英エコノミスト誌に寄稿している。
(OrnRin/gettyimages)
今トランプは、広範な商品に対し「控えめな関税」を掛けることを提案し、中国製品に対しては、より大きな関税を提案している。トランプの目的は、米国の貿易赤字削減と米製造業の再活性化だ。対中関税は、地政学的競争に勝つためだ。
巨額の貿易赤字は米国の経済成長の足を引っ張る。持続的な貿易黒字国は、世界の需要を人為的に低下させる。
これらの国々は巨大な市場の歪みを利用して外国の生産能力を自国の生産に代え、その収益で赤字国の資産を買い込む。グローバルな生産を拡大することにはならない。
米国の高度技術製品輸入は年間2180億ドル超になっている。パソコンを発明したにもかかわらず、今や米国ではほとんど製造されず、製造には輸入部品が必要となる。1970~80年代、米国は半導体で世界をリードしたが、今や世界の供給の12%しか作らず、先進的なチップは完全に輸入に依存し、電池や原発、ドローン等でも中国に遅れている。
これらの変化は、「比較優位」から生じたものではない。それらは、他の国々の産業政策の結果だ。
韓国の鉄鋼産業は、安価な鉱石があるからではない。台湾が半導体製造センターなのは、安価なシリコンがあるからではない。中国の製造業は、政府による補助金、国内市場の制限、手緩い労働法等の助けを得て世界市場での優位を目指している。
自由貿易政策の失敗が、米国の中産階級を打撃した。高収入雇用が失われ、米労働者の収入は数十年停滞した。格差は増大し、地域社会は崩壊した。自殺、アルコール中毒等「絶望死」が急増した。これらの原因の一つが貿易にある。
トランプは、全ての輸入品に10%の関税を提案した。経験から、高収入産業の雇用が創出されると考えられる。トランプ政権時には関税を引き上げ、平均家族収入も上昇した。』
『中国には10%を超える関税を掛ける。中国は、巨額の補助金、低い借入コスト、強制的な技術移転、原材料の独占、閉鎖的市場を組み合わせて、西側企業よりも遥かに安価に電気自動車(EV)を製造する産業を生み出した。
中国はEVを欧州に大量輸出し、欧州の生産者に深刻な被害を与えている。2018年にトランプが課した25%の関税がなければ、米国でも同様のことが起きただろう。得た資金を軍事力強化に使い、米国を脅かすだろう。
世界規模の10%関税提案の批判者は、インフレを引き起こすと主張する。これには多くの疑問がある。
トランプ関税の際インフレは2%以下だった。保護とインフレとの間には相関関係がないようだ。最後に、エネルギー、燃料、食品等はトランプ提案では関税の対象にしないだろう。
経済的、地政学的な事実は、計画された関税の引き上げを強く支持している。しかし、それらには道義的な根拠もある。米国人は生産的な仕事、強い家族、繁栄し安全な地域社会を持つに値する。
過去30年間の自由貿易政策はこれらを生み出さなかった。適切に使用されれば、関税は解決策の一部となる。
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世界のエコノミストの反応は?
何たる議論だろうか。世界のエコノミスト達のほとんどは呆れているのではないだろうか。余りに目先の、過度に政治化された、時代錯誤の議論で信頼できない。
特に先進国にとって、保護主義措置が有益になるのは緊急避難の一時的措置である。また国際ルールの枠内で取られるべきものである。
「箱の外」で一方的な政策を取れば、それは当該国の中長期の利益にならないばかりか、ブーメランの如く当該国を含む世界全体にとり不利益になるだろう。不均衡や摩擦は、政策調整や交渉、協力を通じて解決し、必要があれば国際ルールを改善すべきであろう。グローバル・ガバナンスの強化こそ、取るべき道だ。
一方的な関税が有用な手段だとは思わないし、それは全ての国の長期的利益や国際ルールに反する。どうしても価格でやるのであれば為替調整がもっとスマートではないか。
』
『この記事には、「保護主義を増大すべき経済上、地政学的戦略上、道徳上の理由がある」との副題が付いている。戦後世界が経験、取得した歴史と叡智に逆行する。経済上の議論は断片的、一方的で、政治レトリックに近い。
地政学上の議論も、「勝つ」ことが目的で、問題「解決」の姿勢は全く見られない。問題は、勝つだけでは解決しない。
道徳上の理由はもっと貧弱で、最後に2、3行言及するだけだ。「選挙に勝つための政策論」ではなく、真に「米国の国益や国民のための政策論」が必要ではないか。
4つの誤謬や誇張
トランプの10%普遍関税論は危険だ。世界貿易機関(WTO)へのダメージも大きい。
ライトハイザーの議論には、多くの誤謬や誇張がある。主要な点は次の通りである。
⑴ 中国を念頭に、黒字国は世界の需要を下げ、米国の産業を代替するだけで、グローバルな生産を拡大することにはならない旨述べる。ここ20年、中国の成長がけん引力になり世界の経済は拡大したのではないか。
⑵ 米製造業の崩壊は「比較優位」に基づくものではないと言い、韓国、台湾、中国を名指しし、これらの国が補助金等を組み合わせて、世界市場で優位を得ようとすると批判する。ライトハイザーの議論には、技術や労働力の質、生産性向上、もっと重要な産業構造転換や競争力の視点が全く欠落している。静態的な議論で、動態的な議論がない。最重要課題は、自らの競争力の強化だ。
⑶ 自由貿易が格差を生み出し、米国の地域社会の崩壊を齎した原因の一つだと言う。短絡的に過ぎないか。
⑷ トランプによる301条関税は国内の関連セクターの生産や投資を増大させたと誇らしげに言う。
それは当たり前だろう。問題は産業の競争力が強化されたかどうか。
関税のコストは、購買者や消費者が払ったであろう。鉄鋼・アルミ等特定セクターの関税引き上げが国内生産を高めたとの信念から、それを全部門に拡大しようというのが、今のトランプのユニバーサル関税論の発想だろう。
もう一つ重要な問題は、トランプの関税引上げ論には、引き上げ終了時期の議論がないことだ。』