中国恒大の不動産危機、習氏の側近集団にも波及の兆し

中国恒大の不動産危機、習氏の側近集団にも波及の兆し
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD047LO0U4A400C2000000/

『2024年4月10日 0:00

中国の経済状況が悪化する元凶である住宅・不動産問題。その核心をなす不動産大手、中国恒大集団などを巡る危機が、いよいよ中国政治に波及しようとしている。今週、中国の不動産大手、世茂集団(シーマオ・グループ)の危機も新たに表面化した。

中国恒大の危機などが何らかの形で影響したとみられるのが2日、中国共産党で腐敗や汚職の摘発を担う中央規律検査委員会が公表したある人物への調査だ。「重大な規律違反」の疑いに…

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『「重大な規律違反」の疑いによる調査の開始は、すなわち失脚を意味している。

習氏に近いとされた前司法相失脚

その人物は、日本の閣僚でいえば、法相に相当する司法相を少し前まで務めていた。名前は唐一軍(63)である。司法相としての在任期間は、2020年4月から23年1月まで。調査発表の時点では、江西省の政治協商会議(政協)トップである主席だった。

浙江省時代の唐一軍・前司法相(2013年)=中国全人代・全国政治協商会議関連サイトから

司法省は政府で法律上の事務を取り仕切る重要部門だ。大企業破綻時の法的手続きなどでも事実上、大きな役割を担う。中国の司法試験に通った弁護士らに資格証書を授与する場合も、司法相の名が記される。

唐一軍の司法相在任中に弁護士となった人々は、失脚の烙印(らくいん)を押された人物の名が記された証書を一生、持ち続けるしかない。当該の弁護士らは、たまったものではない。

さらに大きな問題は、唐一軍がこれまで重用されてきた理由である。彼は10代の頃から浙江省で過ごし、そこで順調に出世していった。40年近くを浙江省で過ごしているのだ。

経歴だけからみれば、共産党総書記で国家主席の習近平(シー・ジンピン、70)が重用してきた側近グループである「浙江閥」の一員にみえる。浙江省内の多くの人々も「唐一軍は現在の共産党トップに近い人物である」と信じて疑わなかった。それだけに今回、突然起きた大事件に驚きを隠せない。

習は、浙江省トップだった時代の多くの部下らを中央に引き上げ、指導部メンバーとして抜てきしている。その浙江閥の筆頭格といえるのは、首相の李強(リー・チャン、64)だ。

浙江省時代に習の秘書役だった李強は、今や共産党内序列2位。中央での政治経験が全くない人物をいきなり中国の経済政策立案・執行の要に抜てきしたのは、慣例を覆す力業だった。

他にも直轄市である天津市のトップで政治局委員の陳敏爾(63)、権限拡大が注目されている国家安全省のトップである陳一新(64)、最高人民検察院検察長の応勇(66)らも明らかな浙江閥の一員だ。習の周囲は、石を投げれば必ず当たるほど浙江閥メンバーであふれている。

浙江閥側近らの取捨選択

この全盛・浙江閥がわが世の春を謳歌している政治情勢に、微妙な変化がみられる。習が党と国家のトップとして3期目に入り、引退する兆しのない今、多すぎる浙江閥メンバーらの取捨選択が始まった。そういう見方が内部で出ている。

考えてみれば、その多すぎる浙江閥メンバー全てに、さらなる重責を担うポスト、立派な椅子を用意するのは不可能だ。習ひとりに権力が集中するかつてない体制のなかで、意味のあるポストは徐々に少なくなっている。

「2012、13年から始まった(習が主導する)激しい10年以上の闘いの結果、(共産)党内には(習に)正面から立ち向かう主要な『敵』はいなくなりつつある。もし『敵』が、ほぼいなくなったのなら、(グループや派閥)内部での闘いが起きても不思議ではない」

長い間、共産党の内側から中国政治を見つめてきた人物は、現状をこのように分析する。組織内で鉄の結束を保つには、「敵」は常に必要だ。対外的にも、内政上も、である。

「常に闘争を忘れるな」。習は、ことあるごとに闘いの必要性を繰り返してきた。今、注視すべきは、内なる闘いだ。側近集団の浙江閥といえども、安心していられる良い時期は過ぎ去ってしまったのである。

内輪といえる人物を失脚に追い込む際、重要なのは何か。その名目である。少しでも失点があれば、そこを一気に突かれる。「他の側近といわれる人物らに比べて、トップに対する忠誠度が足りない」。これも十分に失脚の理由になりうる。

中国の不動産を巡る危機はなお続いている(マンションが立ち並ぶ北京郊外の住宅街)

唐一軍の場合、もう少し深刻にみえる。ここ数年、中国社会を揺るがしている中国恒大に絡む大きな問題が何らかの形で関わっていると考えられている。中国内の一部メディアも唐一軍と中国恒大の関係にほんの少しだけ触れた。

しかし、その内容はすぐに削除対象になった。現時点で当局側が失脚理由を公式に発表していない以上、中国内で、それを公に取り沙汰するのはタブーである。時期尚早ということだ。

それでも中国内のミニブログなどでは、遼寧省時代の唐一軍と、中国恒大の創業者、許家印(65)が固く握手する様子などが繰り返しアップされ、一部は既に消されている。伝説の不動産王、許家印は23年秋、当局によって拘束されており、それから随分、月日がたっている。

北京・天安門に上った許家印氏

これとは別に、中国恒大に絡むマネーロンダリング(資金洗浄)の可能性を指摘する書き込みが現れたり、銀行などが抱える巨額の焦げ付きが最終的に中国国民の負担になりかねないという重大性などが流布されたりしている。

ひとつの焦点は唐一軍が中国東北部の遼寧省で省長を務めていた時期にある。司法相に抜てきされる直前だ。当地の地元銀行などは中国恒大のグループ企業に巨額貸し出しがあるとされ、不透明な関係も指摘されている。遼寧省ナンバー2として省政府の事務を取り仕切る省長には、金融を含めた省内ビジネスへの監督責任もあった。

中国内で浮き出たり、急に消滅したりするニュース、動きは、現在の「風」を計る手掛かりとなる。何かが始まる予兆でもある。中国の不動産危機を巡っては、鈍かった中国政府側の動きも徐々に明らかになり始めている。

中国恒大に続き、世茂集団も

話題になりつつある中国恒大とは別の標的は、不動産大手の世茂集団である。中国の四大国有銀行の一角である中国建設銀行が、5日付で香港高等法院(高裁)に世茂集団の法的整理を申し立てたのだ。世茂集団は申し立てに「反対」を表明している。

北京の中国建設銀行=ロイター

浙江閥の有力メンバーと目された唐一軍の突然の失脚は、遼寧省時代を主とする不動産大手に絡む諸問題、地方銀行の債権・債務問題などにとどまらず、もっと大きい全中国的な不動産関連の危機、金融に絡む問題まで浮き彫りにするのか。本来、その可能性が十分あるはずだ。

ただ、これまで次々と失脚した他の閣僚級の人物の例をみても、全ての内幕が明らかになるとは思えない。中国の外交・安全保障に絡む重要人物である現役の外相、国防相だった秦剛(58)、李尚福(66)。2人の失脚から相当、時間がたったのに、いまだ真相は不明である。

唐一軍の前任司法相だった傅政華(69)に至っては、さらに激しい。公安・警察の実力者だった傅政華は、習時代の「反腐敗」運動で大物摘発に挑んだ功労者。それなのに、真の理由が曖昧なまま執行猶予付きの死刑判決が下された。前回の中国共産党大会の直前だった22年9月の出来事である。

27年の次期共産党大会まで3年余り。今後も様々な奇怪な事件が起きるかもしれない。だが、それらは全て共産党の内側にあるブラックボックスの中で処理されることになる。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
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