アップルカー撤退 巨人も屈したEVの壁、中国利する南風
米州総局編集委員 阿部哲也
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN28EJO0Y4A220C2000000/
『テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が「アップルカー」への焦りをのぞかせた逸話がある。
マスク氏「テスラの墓場」
「テスラで活躍できないから、アップルで働くんだよ。僕らはアップルをテスラの墓場と呼んでいる」。2015年、ドイツ紙のインタビューにこううそぶいた。
アップルの電気自動車(EV)開発が明らかになったタイミングだ。アップルは大枚をはたき、テスラから次々と技術者を引き抜いていた…
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『「彼らは僕らが解雇したんだ」。けん制せざるを得ないほど、マスク氏は脅威を感じていたのだろう。
しかし同時にその道のりが難路になることも予言していた。「自動車は電話やスマートウオッチよりとても複雑だ。富士康科技集団(フォックスコン)に組み立てて、と頼むわけにはいかない」』
『アップルが10年越しのEV開発を断念した。世界的にEVには追い風が吹いているとされるさなかだ。今回の決断はそれだけ実用化が大変である事実を示している。
第一に人が乗るEVには、スマホなどにはない高い安全性が求められる。アップルカーはそこに「完全自動運転」という未踏の新技術も盛り込もうとした。開発は当然、遅れに遅れた。』
『必要鉱物、ガソリン車の6倍
何よりEVは多大な人的コスト、そして環境負荷がかかることがわかってきた。
独メルセデス・ベンツグループも「完全EV化」の旗をおろした=ロイター
リチウム、ニッケル、コバルト、マンガン――。ボディーを形づくる鉄鋼とアルミニウムをのぞけば、EVはガソリン車の6倍もの鉱物資源が必要とされる。大勢の労働者を動員しなければ採掘と加工はかなわず、その際の汚染も大きい。
重要鉱物はいずれもアフリカやアジア、南米の新興国に偏在している。EVブームは鉱物インフレだけでなく、各国の資源ナショナリズムをも生み出した。テスラですら調達は年々難しくなっている。』
『独メルセデス・ベンツグループも、2030年までの「完全EV化」の旗をおろした。需要鈍化を理由にあげるが、本質的には開発や調達の困難さがある。
時価総額で420兆円、アップルは世界最大最強のプラットフォーマーでもある。次々と異分野に参入する水平展開で既存の産業界をおびやかしてきた。そんな巨人といえども、厚いEVの壁は越えられなかった。』
『「中国製造2025」が現実に
アップルのEV参入と同時期、それを国家レベルで取り組み始めたのが中国だった。
「決意を固めて経済発展と環境改善の両立に取り組む」。製造大国から製造強国へ。習近平(シー・ジンピン)政権は産業構造の転換を促す構想「中国製造2025」を掲げ、EV産業の育成を柱に据えた。
それから10年。競争は中国に有利に運んでいるかにみえる。
中国は日欧米韓の自動車大手に合弁を強いる手法で、先端技術を吸収してきた。自国内でコバルトやリチウムも大量生産できる。電池材料から完成車まで自前で完結できる強みが比亜迪(BYD)などの躍進を生んだ。
すでに海外輸出も活発だ。欧米のダンピング(不当廉売)批判すらいとわない。国家が前面に出て中国製EVの普及を推し進める。』
『アップルの思わぬ退場を受け、世界の関心はEV市場の先行きに向かう。
自動車産業はこれまで何度もEVブームを経験してきた。石油危機や環境規制が背景だが、そのたびに盛り上がった需要はしぼんだ。
充電インフラが圧倒的にたりないからだ。多額の補助金を出して整備を急ぐ米国も例外ではない。
23年はEV販売が年100万台を超えたが、急速に売れ行きは鈍っている。足元ではプラグインハイブリッド車(PHV)やハイブリッド車(HV)が現実解なのではないかといった議論すら広がりだしている。』
『サウスの不満広がる
先進国にEV向け鉱物を供給するグローバルサウスの不満は高まる(南米チリのリチウム鉱山)=ロイター
世界を見渡したとき、EVが本当に必要とされる地域がどれほどあるのかも揺らいできた。
たとえば南米の大国ブラジルだ。サトウキビなどからつくるエタノール燃料が普及しており、ガソリンと混ぜ合わせて動くフレックス燃料車が需要の大半を占める。100%電気だけで動くEVが入り込む余地はとぼしい。
そうした多くの国が日米欧メーカーのEV向けに鉱物資源を供給している事実も見逃せない。「きれいになるのは先進国だけだ」と、環境汚染に苦しむ各国の不満は高まる。
あらたな資源国はいわゆるグローバルサウス(新興・途上国)として、国際社会での発言力も増している。中国が得意とする先進各国による「搾取」批判を放置すれば、中国を利する「南風」が強まりかねない。』
『これまで日本勢はトヨタ自動車を筆頭に「EV普及に後ろ向きだ」と批判を浴びてきた。EVの課題がみえてきたいま、そうした慎重姿勢が周回遅れのトップランナーともいえる巻き返しの好機を生みつつある。
だが、これからはそう簡単にはいかない。アップルでさえ、つまずいたのだ。世界を巻き込んだ自動車産業の変化は、日本にも国家レベルでのEV戦略とそれに向けた取り組みを促している。
(ニューヨーク=阿部哲也)』