進化心理学の適応至上主義に挑む「美の進化」仮説とは?

進化心理学の適応至上主義に挑む「美の進化」仮説とは?
https://www.tachibana-akira.com/2024/02/14949

『ヒトは進化の過程で直立歩行し、大きな脳をもつようになり、言葉や道具を獲得したが、同様に怒りや悲しみ、よろこびなどの感情(こころ)も進化によってつくられてきた。このように考えるのが進化心理学で、男女の性差は、より多くの子孫を残すため(「利己的な遺伝子」がより効率的に自らの複製を広めるため)の性戦略のちがいから説明される。

男が精子をつくるコストはきわめて低いから、なんの制約もなければ、一生のあいだに何百人、何千人(あるいはもっと)の女と性交し、子どもをもうけることができる。遺伝人類学は、チンギス・ハンのものと思われる遺伝子(Y染色体)をもつ男性が全世界の人口(男)の0.5%(約6000万人)おり、モンゴル人民共和国と中華人民共和国の内モンゴルでは、このY染色体が25%(男の4人に1人)もの高い頻度で見つかったことを報告している(太田博樹『遺伝人類学入門 チンギス・ハンのDNAは何を語るか』ちくま新書)。

それに対して女は妊娠から出産まで9カ月もかかり、子どもが生まれてからも数年の授乳期間が必要になるため、生涯に産める子どもの数には強い制約がある。つまり、卵子のコストはきわめて高い。』

『男(精子)と女(卵子)の生物学的な極端な非対称性から、それぞれの利益を最大化するよう、異なる性戦略が発達した。男の最適戦略はできるだけ多くの女と性交することで、これは「乱交」だ。一方、女の最適戦略はできるだけ多くの資源を男から獲得し、自分と子どもの安全を保障することで、こちらは「純愛」となる。この性愛戦略の対立が、女と男が「わかりあえない」理由だ――という話は拙著『女と男 女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)をお読みいただきたい。』

『進化心理学はきわめて高い説得力をもち、脳科学や分子遺伝学の最新の知見によっても補強されている。これを超える理論はもう出てこないと思っていたのだが、鳥類学者のリチャード・O・プラムは『美の進化 性選択は人間と動物をどう変えたか』(黒沢令子訳、白揚社)でその教義に挑戦している。』