「イノベーション」が大好きな習近平 でも足元では……
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32655
『2024年1月12日
「習近平総書記は生産力お化けなのですよ」
先日、ある研究会に参加した時、中国の産業政策を専門とする研究者が話した言葉だ。言い得て妙だろう。
(新華社/アフロ)
習近平総書記の人となりはいまだ謎に包まれているが、過去10年間の政権運営を見ると、生産力を高める制度改革やイノベーションが大好きな一方で、足元の景気対策にはあまり頓着していない……という人物像が透けて見える。
新年あいさつで並ぶ科学技術の成功
12月31日に発表された、習近平総書記の新年のあいさつはまさに「生産力お化け」の面目躍如といった内容だった。
「この一年、われわれは堅実に歩み続けた。コロナ対策は安定的ステージに転換し、経済は上向き、高品質の発展は着実に推進している。現代的産業体系はより健全なものとなり、ハイエンド化、スマート化、グリーン化による新型主力産業は急成長している。
(……)この一年、われわれは力強く歩き続けた。長い努力の末に中国のイノベーションの動力、発展の活力は勢いづいている。C919大型旅客機の商用飛行の実現、国産大型フェリーは試験航海を終了、有人宇宙船・神舟シリーズによる(宇宙ステーションのクルー)交代は続いている、深海潜水艇・奮闘者は極限深度の潜行に成功、国産カジュアルブランドの人気は高まり、国産新型スマートフォンは売り切れ続出だ。新エネルギー車(電気自動車、ハイブリッド車、燃料電池車を合わせた、中国独自のカテゴリ)、リチウム電池、太陽光パネルは、中国製造に新たな形式を付け加えた。中国は自強やすまずの精神で奮闘を続け、あらゆる場所で日進月歩の創造を成し遂げている」
記念日のスピーチで科学技術分野における成功を誇るのは習近平総書記以前からの伝統だが、従来は大型国家プロジェクトの成功を取りあげてきた。今ではカバーする範囲が広がっている。
今回の新年のあいさつでは、華為技術(ファーウェイ)による中国国産半導体搭載のスマートフォン、電気自動車(EV)やバッテリー、太陽光パネル、さらには「国潮」と呼ばれる、アパレルや化粧品を中心とした中国ブランド・メーカーの成功まで、細かく盛り込んでいる。
実際、中国の技術レベル、高付加価値化の勢いはすさまじい。
2023年、話題になった言葉が「新三様」。EV、リチウム電池、太陽光パネルを指す言葉だが、23年第1~第3四半期の輸出額は前年同期比41.7%増の7990億元(約1兆6000億円)に達した。
アパレル、家具、家電という従来の代表的輸出商品(老三様)に代わる目玉商品となっている。
気候温暖化対策に伴う環境対策ビジネスは巨大マーケットになることは間違いないが、中国はこの新たな市場に確固たる地位を築いている。
「新三様」に見られるようにイノベーションが中国の新たな成長エンジンとなりつつあることは間違いない。中国からすれば好材料であることも事実だ。』
『ただ、新産業の発展だけでは景気は回復しない。足元の不景気に対応するには財政出動や金融緩和による需要創出と、今後も中国経済は成長するという予期の回復が不可欠だ。
というわけで、「そんなことより、イノベーションすごいだろ」と言わんばかりの新年のあいさつは、ちゃんと景気対策をしてくれるのかとの不安をかきたてるものであった。
経済重点目標から見る習近平の〝本質〟
新年のあいさつの3週間前に発表された中央経済工作会議のコミュニケでも同じ不安が取り沙汰されていた。同会議は毎年12月に開催されており、翌年の経済方針や目標を決定する重要なイベントだ。
ここでの決定が肉付けされて翌年3月の全国人民代表大会(全人代、日本の国会に相当)で発表されるという流れである。中国共産党が今、何を重視しているかを読み取ろうと、多くの企業家や研究者、メディア関係者がコミュニケを熟読する。
ただ、このコミュニケを理解するのはなかなかに大変だ。
もっとも注目されているのが、定調と呼ばれるスローガンである。今年は「穏中求進、以進促穏、先立後破」(安定の中で前進し、前進によって安定を求め、まず新しいシステムを確立してから後に改革する)であった。
昨年の「穏字当頭、穏中求進」(安定を第一とし、安定の中で前進する)と比較して、この変化を読み取るのはひたすらに難しい。かくいう筆者も初見ではよく理解できなかった。
抽象的な表現に加えて総花的にさまざまなトピックを盛り込んでいるので、どこが重点なのか、昨年までと何が変わったのかを理解するのも大変だ。
科学技術イノベーションに関する項目も足元の景気対策もどちらも盛り込まれている。なので、専門家の評価もかなりバラけている。
果たして足元の景気軽視の「生産力お化け」路線を突っ走っているのか、それとも妥協して安定重視の路線となったのかをどう見極めるべきか。
本稿では、少しでも客観的な判断材料を得るために、コミュニケで提起された重点目標を見てみたい。
中央経済工作会議では毎年4から9項目の重点目標が発表されるが、この1番目に提起された課題を見ることで、習近平総書記と中国共産党が「経済分野で一番気にしていること」が読み取れる。習近平総書記が誕生した2012年以後の12回のコミュニケからまとめた。
2012年 マクロコントロールの強化と改善により経済を持続的かつ健康的に発展させる
13年 国家の食料安全をしっかりと保障する
14年 経済の安定成長維持に努める
15年 積極的かつ穏当に製造能力過剰を解消する
16年 「三去一降一補」(製造能力過剰、不動産在庫、レバレッジの削減、コスト引き下げ、脆弱産業の支援)を深く推進する
17年 サプライサイド構造的改革の深化
18年 製造業の高品質の発展
19年 新発展理念(イノベーション、協調、エコ、開放、シェア)を迷うことなく貫徹
20年 国家の戦略的科学技術力を強化
21年 穏健かつ有効なマクロ経済政策
22年 国内需要の拡大
23年 科学技術イノベーションが牽引する現代化産業体系の建設 』
『12年から14年は経済安定という前政権と同様の路線が続いている。
習近平総書記の独自色が出るのはその後で、15年から19年にかけては製造能力過剰の解消や制度改革を主眼とした「供給側改革」(サプライサイド改革)が主眼に置かれた。
労働力、土地、資本の市場化を徹底すること、制度改革やイノベーションを通じて供給力を高めることを主眼とした政策である。
この政策は20年には生産要素の市場化改革へと継承されている。こちらでは労働力、土地、資本に加えて技術とデータの市場化も組み込まれた。
習近平の嗜好に国民はついていくのか
そして20年から現在にかけては科学技術とコロナ対策のせめぎ合いが続く。重点目標に科学技術が単独で取りあげられるようになったのは20年が初だ。今後の生産力向上は科学技術を軸とした新産業が牽引していくとの決意を示した。
本来ならば、サプライサイド改革と同様に毎年、重点目標第1番にしたかったのだと推測するが、新型コロナウイルスの流行がそれを許さなかった。
デルタ株流行で経済が混乱した21年は1番がマクロ経済対策、2番がミクロ経済対策、3番が経済構造改革で、科学技術は4番になって登場する。
オミクロン株大流行でロックダウン頻発、ゼロコロナ政策撤回に追いやられた22年は足元の経済対策への注力が1番目、科学技術が2番目という並びだ。
昨年12月はコロナ大流行がどれだけのダメージとなるのかという不安はあったとはいえ、あくまで一時的な危機との認識だった。
今年はそれほどの混乱はないとはいえ、このままずるずると下降トレンドを描くのではという中長期的な悲観論では昨年以上にシビアな状況とも言える。
その中で再びイノベーションを重点目標1位に持ってきたことには、やはり習近平総書記の趣味嗜好が反映されているのは否めないのではないか。
習近平総書記の政策には誰も異論は唱えられないが、設備投資や不動産販売の減速といった、実際の行動で反対を表明することはできる。
政権が明確に方向転換しないかぎり、無言の反対はなかなか止まらないのではないか。 』