【重要】実はすごいインドの対外情報機関の力

【重要】実はすごいインドの対外情報機関の力 欧米、中国、中東と世界各国に与える影響、日本人に与える教訓とは
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『インドの情報機関の活動が目立ち始めている。2023年に起きた、カナダ、英国、そして米国に潜伏しているシーク教徒過激派の指導者に対して、暗殺ないし暗殺未遂の疑いをかけられているからだ。まさに、映画007のように、インドの情報機関員には「殺しのライセンス」でもでたのであろうか。
(KuntalSaha/gettyimages)

 米国すら恐れず挑戦するインドの姿勢は、欧米やロシア、中国などの大国が牛耳ってきた情報の世界に乗り込む、新しい大国の鼓動でもある。インドの情報機関とは、どのようなものなのだろうか。それは、日本にどのような教訓をもたらすものなのだろうか。

定評あるインドの情報分析

 実は、インドは、もともと情報分析に定評のある国だ。

例えば、朝鮮戦争の時、北京駐在のインド大使は、米国に、もし国連軍が38度線を越えて北上すれば、中国軍は参戦する、と連絡し、トルーマン大統領にまで伝わっていた。

結局、米国は信じず、中国軍が介入、米中両軍が戦うことになったのである。インドのもたらした情報と分析は、正確だった。

 当時、米国の情報機関、中央情報局(CIA)とインドの情報機関(後にインドの対外情報機関、「研究分析局(RAW)」になる組織)は、連携し合っていた。中国がチベットを暴力的に併合し、チベット人からの要請を受けていたからだ。

 両国の情報機関は、チベットの武装闘争を支援し、チベットから志願者をつれてきて、米国本土や、沖縄の嘉手納基地で訓練し、チベットに送り込んでいた。

結局、中国はチベットの反乱を鎮圧してしまい、ダライ・ラマはインドに亡命して亡命政府をつくった。そして訓練を受けたチベット人は、インドの情報機関の傘下に入り、「機構22(後の「特別辺境隊(SFF)」)」になっていった。

 その後、中国は1962年、インドにも侵攻した。

インドは一部領土を失い、この敗戦を機に情報機関の大規模な再編を開始、さらに65年の第2次印パ戦争を機に、対外情報機関を再編、「研究分析局」を創設したのである。

そして、その「研究分析局」は「機構22」を傘下に収めたのである。』

『大成功だったバングラデシュ建国

 この「研究分析局」とその傘下の「機構22」は、71年の第3次印パ戦争で、大きな成果を上げた。

パキスタンが、バングラデシュの独立運動を暴力的に弾圧する中で、独立運動を支援する役割を担ったからだ(※当時バングラデシュはパキスタンの一部だった)。

 最終的にはインド軍が介入して2週間でバングラデシュ全土を占領。情報機関が訓練した独立運動の武装組織は、住民たちの非常に強い支持のもと、バングラデシュ政府になった。これ以上ないほどの大成功だった。

 しかし、「研究分析局」と傘下の「機構22」の作戦が、いつもうまくいっているわけではない。過去には、信じられないようなミスもしている。スリランカにおけるミスである。

 当時、インド政府は、スリランカにおけるタミル人の独立武装闘争を支援していた。そして「研究分析局」とその傘下の「機構22」に対し、タミル人武装組織に武器を与え、訓練するよう指示していた。

 一方で、インド政府はソ連と同盟関係にあり、スリランカが米国海軍と関係を深め、その拠点化しつつあることに不快感を示していた。

そして、もしスリランカが米国海軍との協力をやめるならば、インド軍が、スリランカのタミル人武装組織から武器を取り上げ、内戦を終わらせてやることを約束した。

 このインドとスリランカの2国間合意に基づき、インド軍がスリランカに派遣され、独立武装組織から武器を取り上げようとしたのである。つまり、インドの情報機関が与えた武器を、インド軍が取り上げるという、作戦になってしまった。

 タミル人武装組織側は、武器を取り上げようとするインド軍に激しく抵抗し、インド軍と戦闘状態になった。

この戦闘は、「インド版ベトナム戦争」として拡大し、6万~10万人のインド軍が派遣されたが、最後は、インド軍が撤退に追い込まれることになった。

インド大国化で影響力拡大

 その後、インドの情報機関の活動は、インドの大国化に従って、世界各地で報道されるようになった。

インドの置かれた戦略環境に基づいて、主な敵は中国とパキスタン(とイスラム過激派)で、それらに対抗するために米国、ロシア、イスラエルの情報機関との協力関係が伝えられている。

 例えば、2020年6月にインドと中国は印中国境で衝突し、インド側だけで計100人近い死傷者、中国側にも実数不明の死傷者をだした。

その2カ月後、8月にもインド側で1人死者がでている。この1人は「特別辺境隊(元の「機構22」)」の隊員であった。チベット人であるため、葬式の際の御棺には、インドとチベットの旗、両方が半分ずつかぶせられていた。

 21年に米国軍がアフガニスタンから撤退し、タリバン政権が成立するまで、アフガニスタン政府を支えていたのは、米国だけでなく、国際社会の支援であった。その中で、日本とインドは最大規模の支援拠出国であった。

 インドの支援はインフラだけでなく、軍事支援にもおよび、戦闘ヘリコプターや、放置された旧ソ連製兵器の再生工場の設置など、多岐にわたった。

インドは、アフガニスタンに大使館1つ、領事館を4つも設置しており、その多さは、情報機関の活動拠点でもあると推測されていた。

 23年、カタール政府は、同国にいる元インド海軍将校8人を、イスラエルに協力したスパイとして逮捕もしている。12月に減刑されたが、死刑判決がでるところであった。

 こういったニュースは、インドの情報機関がグローバルに活発に活動していることを示しており、インドが、情報関係の世界でも、世界レベルの大国として台頭していることを示唆しているのである。』

『日本は大丈夫か

 インドの情報機関が影響力を高めている中で、気になるのは、日本は大丈夫か、という心配だ。日本には、情報に関して、その重要性を示す教訓があるからだ。

 それは戦国時代の桶狭間の戦いだ。2000人の織田信長の軍隊が、10倍以上の2万5000人の今川義元の軍を打ち破った。このような結果をもたらしたのは、織田信長が情報を重視しており、今川義元の位置を正確に特定して、そこだけを狙って襲撃したからだ。

 今、日本には、この織田信長のような、情報の有効活用が求められている。中国の軍事支出の増加が著しく、スウェーデンの国際平和研究所(SIPRI)の計算では、2022年の時点で。日本の6倍以上になっているからだ。

 しかも、13~22年の10年間で、日本の防衛支出は18%伸びたが、中国は63%伸びた。どんどん差が開いている。この10年で中国海軍が建造・配備した艦艇は148隻とみられ、海上自衛隊全体の艦艇数より多い。

 だから、日本も、他の国と協力して、中国に対抗できる体制を整える必要がある。当然米国との協力は大前提だが、他の国との協力も重要になっている。

 例えば、インドの防衛支出は日本の1.7倍、韓国の防衛支出も日本より多い。人口が日本の5分の1しかない豪州でも、日本の7割の防衛支出を行っている。13~22年でみれば、インドは防衛支出を47%、韓国は37%、豪州も47%、増やしている。日本の18%をはるかに上回る数字だ。

 このような状況だから、日本は、とても少ない防衛支出を、情報を用いて有効活用し、何倍も、何十倍もの効果を上げなくてはならない。そして、他の友好国とも情報を用いて協力し合わなければならない。そういった危機的な状況だ。

 だから最近では、インド太平洋の国々だけでなく、ファイブ・アイズ(米英豪加ニュージーランド)との協力や、北大西洋条約機構(NATO)の東京事務所の設置、米英豪AUKUSへの日本の参加などが話題になるようになったのである。日米豪印QUADでも情報協力はカギだ。

 ところが、いざ情報で協力し合おうとしても、日本には他の国のカウンターパートになるような本格的な情報機関が存在しない。

内閣情報調査室はあるが、規模が極端に小さい。これでは、連携した作戦を行うどころか、収拾できる情報も限られる。

 そうすると、他の国の情報機関とギブ・アンド・テイクの情報交換すらできないだろう。相手には、日本にとって有益な情報があったとしても、日本の方に、相手にとって有益な情報がなければ、交換にならないからだ。

 つまり、日本は他の国と協力する時、外務省同士、防衛省同士は協力できるが、情報機関同士では協力できないのである。だから、例えば、アフガニスタンや、イスラエルで何か起きた時も、情報機関同士の協力で、助け合うことはできず、情勢がよくわからないので、行動が遅れる原因になる。

 実際、日本の邦人救出は、2021年のアフガニスタンの時も、23年のイスラエルの時も、他の国よりはるかに遅かった。同じアジアでも、インドや韓国の方が、動きがはるかに速いのである。

 日本には、桶狭間の戦いという、素晴らしい教訓がある。情報を重視して織田信長になるか、それとも、情報を軽視して今川義元になるか、台頭するインドの情報機関の存在は、今、日本人に、その重要性を喚起しているのである。』