脱石炭に向けた途上国の本音、アメリカの本音
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32526








『12月13日に閉幕した国連気候変動枠組み条約第28回締約国会合(COP28、パリ協定第5回締約国会合でもある)では、グローバル・ストックテイクと呼ばれるパリ協定の実施状況を検討し進捗を評価する仕組みについて、初めての決定が採択された。
(NirutiStock/LysenkoAlexander/gettyimages)
決定文書では、2030年までに19年比全地球の温室効果ガスの43%、35年までに60%削減、50年脱炭素実現のため、30年までに世界の再生可能エネルギーの発電設備容量3倍、省エネ改善率2倍の実現への各国の貢献が要請された。
今回の決定文書では、初めて、低炭素技術として原子力の利用加速も盛り込まれた。道路輸送部門では、電気、燃料電池車の排出ゼロ車と並び低排出車(low-emission vehicles)の導入による削減が謳われたが、低排出車は定義されていない。
化石燃料からの移行がCOPの決定文書に初めて盛り込まれたと話題になったが、温暖化問題で最大の悪役は石炭だ。決定文書は対策が取られていない石炭火力発電所の段階的削減の加速化も述べている。
COPの場でも、欧米諸国は脱石炭火力に一生懸命だ。日本が脱石炭の期限を明確にせず、石炭火力での水素・アンモニア利用を図るのは、石炭火力の延命策と、いちゃもんを付ける環境活動家もいる。
欧米諸国は脱石炭連盟を結成しているが、先進7カ国首脳会議(G7)国では日本だけが参加しないことを盾に、日本の取り組みは遅れていると非難するマスメディアもある。
活動家、一部メディアは日本の石炭火力の早期廃止を囃し立てるが、石炭火力の廃止は日本のエネルギー価格を上昇させるので、国の競争力を削ぎ経済に大きなマイナスの影響を与える。
石炭火力の廃止が痛くも痒くもない欧米諸国と日本をはじめとするアジア諸国の事情は大きく異なる。温暖化対策の名の下、国の経済競争も行われていると認識すべきだ。エネルギー温暖化問題は私たちの給与にも影響を与えるのだから、身近な問題として考えなければいけない。
なぜ石炭は悪者か
石炭は、二酸化炭素(CO2)を排出する化石燃料の中でも最も排出量が多い。単位発熱量当たりでは、石油の1.3倍、液化天然ガス(LNG)の1.8倍のCO2を排出する。
石炭、石油、天然ガスは世界の一次エネルギーの約8割を供給しており、石炭は全体の約27%を占めエネルギー利用では石油よりも供給量が多い最大のエネルギー源だ。発電部門は世界のCO2排出量の約4割を排出するが、石炭火力は発電量の36%を供給する最大の発電源でもある。 』
『22年の世界のエネルギー起源CO2排出量368億トンのうち、石炭は155億トンを排出している。化石燃料生産時に排出されるメタンなどを含めたエネルギー起源温室効果ガス排出量は、CO2換算413億トンなので石炭は約38%を占めている(図-1)。
2000年に89億トンだった石炭からのCO2排出量は2000年代に増加したが、10年代は年間150億トン前後で推移している(図-2)。欧米では石炭火力が削減されたものの、中国、インドなどの途上国での増設があり、石炭消費量もCO2排出量も減少していない。
石炭からのCO2排出量は単位当たりでも絶対量でも多いものの、化石燃料の中で石炭が悪役を押し付けられる背景には欧米の事情もある。
炭鉱がなくなった欧州諸国
欧州の石炭火力発電所は、国内で生産される石炭を燃料として使用するため内陸部の炭鉱の隣接地に建設された。石炭の輸送費は高いので、炭鉱の隣で発電し電気の形にしての送電が最も経済性がある。
ところが、欧州内の炭鉱の地質条件の悪化に伴い生産量は減少を始めた。同時に石炭火力発電所の老朽化も進んできた(「実は減らない世界の石炭火力発電、欧米の石炭火力を減らしたのは市場の力」 )。
石炭生産量の減少と設備の老朽化は同時に進行した。英国の例が示す通りだ(図-3)。そうすると老朽化した上に燃料供給で問題がある石炭火力を廃止し、自国で生産する天然ガスを利用する発電設備を新設するのが有利だ。
他の欧州主要国でも石炭生産量は減少しほぼゼロになったので(図-4)、石炭火力の閉鎖が続いた。天然ガス生産国でなくても、ロシアからの価格競争力のある天然ガスを利用する火力で代替できた。
欧州諸国は、必ずしも温暖化対策のため石炭火力を閉鎖したわけではない。ドイツは、閉鎖した石炭火力発電所を昨年の冬に続いて今年10月から来年3月末まで稼働させる。英国も同様に稼働する。CO2よりも安定供給優先だ。』
『シェール革命が変えた米国の発電事情
17年のCOP23において英国とカナダが立ち上げた脱石炭連盟(PPCA)は、欧州、島嶼諸国などを中心に参加国が増え、COP28においては米国など7カ国が新たに参加し60カ国になった。
米国のジョン・ケリー大統領特使(気候変動問題担当)は、COP28の場で脱石炭に関し「2035年までにCO2を100%排出しない電力を達成するため、対策が取られていない石炭火力を廃止する必要がある。世界の国々にこの動きに参加するように促したい」と発言した。
ケリー特使には気の毒だが、米国は温暖化対策のため脱石炭を進めたわけではない。米国の石炭火力減少に大きな影響を与えたのはシェール革命だ。シェール層からの安価な天然ガス供給は、石炭火力の燃料転換を促した。
石炭火力は第二次世界大戦後長い間米国の電力供給の約50%を担っていたが、シェール革命が本格化した2000年代後半から、天然ガスに対し価格競争力を失い、発電量シェアも失った(図-5)。
バイデン政権が目的とする電源の35年までの脱炭素化の実現は見通せない。筆者は今年4月の米国出張時に、電力業界の方々と面談した。35年までの電力部門のCO2ゼロ目標達成の可能性について尋ねたところ、大笑いされた。
「それは政府の目標であり、民間企業は知らないことだ。35年までに電源の脱炭素化ができるわけがない」というのが、答えだった。ほぼ日本の全発電量に匹敵する米国の石炭火力の発電量を短期間で他の電源に置き換えるのは難しい。今米国の発電量のうち60%はCO2を排出している。
安定供給と発電コストを考える現場と政権の意気込みの温度差は大きい。
米エネルギー省は現在の政策が継続される前提で世界の石炭供給量の予測を行っているが、22年の石炭供給、84億6000万ショートトン(ST)は50年88億1000万STと微増する。脱石炭には、各国の大きな政策の変換がこれから必要とされる。
脱炭素目標と予測の間には大きなギャップがあるが、アジアの国が依然石炭火力を必要とするのもギャップの理由だ。
まだまだ石炭火力を必要とするアジア諸国
パリ協定以前のCOPの会場で、先進国からの参加者が「排出量が増えている途上国も削減の責任を持つべきだ」とスピーチしたところ、聴衆の中にいた途上国の参加者から「あなたたちは、私たちに貧乏のままいろと言っている。そんなことを言う権利があるのか」と大声のヤジが飛んだ。会場は静まり返った。
途上国は経済成長、国民生活向上のためエネルギー、化石燃料を必要とする。まだCO2の排出増が続く。
1人当たりのCO2排出量がドイツを抜き日本に迫る中国と産油国を除いた途上国の1人当たりCO2排出量は、世界平均を下回る(図-6)。多くの途上国では化石燃料の消費量は当面増加する。
経済発展が著しい中国とインドが依存しているのが石炭火力だ。中国とインドの発電量は、それぞれ日本の8.1倍、1.8倍になるが、中国は供給の6割以上、インドは7割以上を石炭火力に依存している。
石炭火力削減を求められても、代替する安定的な大規模電源の目途がなければ不可能だ。加えてアジアの石炭火力設備はまだ新しく簡単に廃棄はできない。』
『図-7に地域別の石炭火力発電所の平均使用年月が示されている。石炭火力プラントの寿命は約40年とされるが、欧米のプラントの多くは寿命に来ている。
一方、アジアの石炭火力プラントは、今後20年から30年利用可能だ。寿命前に廃棄すると電気料金を押し上げるし停電危機を招く。大半のプラントは燃料受け入れ設備の問題から天然ガスに転換もできない。
日本のプラントは、価格競争力のある輸入炭を前提に建設されている。国内炭を前提とする欧米の石炭火力と大きく違う点だ。
脱炭素のためと言われても、安定供給と電気料金を考えると脱石炭火力は簡単ではない。それどころか、米エネルギー省の予測では、50年に向けて世界の石炭火力発電量はほぼ横ばいだ(図-8)。
脱石炭のため日本ができること
日本の電力業界は石炭に代えアンモニアの燃焼を検討している。環境活動家が騒ぐ、石炭火力の延命ではなく、まだ使える設備を有効に活用する方法だ。
問題は、CO2を排出しない方法で製造した水素をアンモニアにする必要があり、コストが高いことだ。大量導入時の燃焼に関する技術的な課題もありそうだ。
日本の石炭火力では、既に木材ペレットなどバイオマス(生物資源)の混焼が行われている。バイオマスの燃焼は光合成により大気から吸収したCO2を戻すだけなので、排出増にはならない。
バイオマス混焼をアジアの石炭火力で進めれば、排出量の削減が進む。短期間での実現が難しい脱石炭を求めるよりも、安定供給と競争力ある価格を維持しつつ、石炭火力からのCO2削減を進める現実的な手法が大切だ。
日本政府は、日本の電力会社などが持つバイオマス混焼のノウハウを、東南アジアの石炭火力発電所の事業者に提供する試みを既に実行している。
夢物語のような短期間での脱石炭火力ではなく、現実的なCO2削減策を検討すべきだし、金融機関も脱炭素技術に加えCO2削減のためアジアの石炭火力発電所改修への融資も視野に入れる必要がある。
脱炭素の道は多くある。地道な取り組みが大切だ。 』