「価値観外交」の矛盾 強権国家に頼る欧州
欧州総局長 赤川省吾
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR204JA0Q3A221C2000000/
『欧州は人権と多様性を重んじる。ところがウクライナとパレスチナという2つの戦場を近隣に抱え、これまで「非民主主義」と批判してきた中東や中央アジアなどの強権国家にエネルギーや外交仲介を頼ることが増えた。矛盾を抱えた欧州流の「価値観外交」が曲がり角を迎える。
閑静な住宅地にハマス事務所
イスラエルへの奇襲というテロ行為を仕掛けたイスラム組織ハマスの幹部というと当然パレスチナ自治区ガザにいると思うだろう…
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『イスラエルへの奇襲というテロ行為を仕掛けたイスラム組織ハマスの幹部というと当然パレスチナ自治区ガザにいると思うだろう。だが政治部門は中東の資源国カタールに拠点を置く。
取材に行くと、首都ドーハの閑静な住宅地に溶け込むようにハマス事務所があった。表札などはなく、知らなければ通り過ぎてしまうほど目立たぬ建物だ。暗殺を警戒し、警備は極めて厳重。徹底したセキュリティー検査を受け、応接室で待つと警護要員らを引き連れて眼光鋭いムーサ・アブマルズーク氏が現れた。序列ナンバー2の大幹部である。
取材に答えるイスラム組織ハマスのアブマルズーク氏(12月11日、ドーハ)
「民間人の犠牲者はイスラエルの攻撃に巻き込まれたものだ」。ハマスが民間人を標的にしたことはかたくなに認めようとせず、日米欧はハマスに「テロ組織」とのレッテルを貼るのをやめよ、と訴えた。多くのガザ市民も戦闘に巻き込まれるきっかけをつくったことへの反省は一切なかった。語り口はあくまでも静か。プロパガンダを理路整然と並べるテロ組織の指導者というのが1時間にわたる取材の印象だ。
そんな狂信的なハマス首脳と太いパイプを持つカタール。米国とも親密な一方で、さまざまな過激派組織ともつながる国家であるがゆえに最近、欧州の外交政策で重要さを増す。
ガザでの停戦をカタールを通じて働きかけるだけではない。ハマスに拉致された人質には欧州国籍を持つ人たちもおり、カタールを介して解放交渉がなされた。
水面下でタリバンと接点探る
アフガニスタンのイスラム主義組織タリバンとの交渉でもカタールが重要な役割を果たす。欧州諸国はタリバンが率いる暫定政権を承認せず、表向きは没交渉を装う。だが水面下ではカタール駐在の欧州外交団が中心となって接点を持とうとしている。
2022年3月、カタールを訪れたドイツのハベック経済・気候相㊧=ロイター
カタールは天然ガス大国という点でも魅力だ。エネルギーの脱ロシアを進めるドイツのハベック経済・気候相は2022年3月、輸入ルート開拓のために訪れた。
「手のひらを返したように」とのそしりは免れない。欧州はカタールの人権問題を声高に批判してきた。昨年、サッカーのワールドカップ(W杯)がカタールで開かれた際、LGBTなど性的少数者や外国人労働者の権利が軽んじられているとして欧州議会でボイコット論議まで巻き起こった。
似たような構図はあちこちにある。強権的な中央アジアの国々にウランなどの資源を頼り、中国ではなお商機を探る。ウクライナから積極的に避難民を受け入れる一方、人道危機にひんするガザ地区で市民が逃げ惑うのは座視する。欧州連合(EU)は人権や民主主義の守り手であると公言し、世界における倫理観のリーダーを自任する。このままではダブルスタンダードで、ご都合主義という印象が強まりかねない。
足りぬ「欧州の持ち味」
実利か、価値観か。バランスが難しい。「我々は(人権などについて)言いすぎてしまった」。取材した欧州政界の重鎮は反省の弁を口にした。とはいえリベラル化した欧州社会では、特に若年層で人権意識が高い。事なかれ主義だと政治は支持を失う。
イスラエル軍が攻撃するガザ地区では民間人の犠牲者が膨らんでいる=ロイター
「非難するなら、相手に寄り添う姿勢が必要」とトリノ大学のロレンツォ・カメル教授は指摘する。つまり現代版の啓蒙主義ともいえる欧州流の「価値観外交」を貫くなら、中途半端な口先介入で済ますのではなく、相手に真剣に向き合う必要があるということだ。
高い理想を掲げ、その目標に向かって何年でも粘り強く努力する――。欧州の持ち味だったはずの動きが足りないのではないか。「例えばガザ地区を中長期の視点でどう発展させ、市民の不満をどう和らげるのか具体的な提案をしないといけない」。EU加盟国の元首脳は取材に語った。来年6月の欧州議会選後の課題になるだろう。
来秋の米大統領選でトランプ前大統領が返り咲けば世界秩序の不確実性は一気に高まる。そうなれば欧州が果たすべき役割は大きくなり、外交力を総動員する覚悟が問われる。むろん日本もひとごとではない。
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