急成長するEVに失速のきざしか?
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/32220
『2023年11月28日
電気自動車(EV)はこのまま普及するのか、それとも壁にぶち当たって失速するのか。
この数年というもの、飽きるほど聞いた論争だ。「脱炭素は世界的な潮流であり、逆転することはない」「実際に保有すればわかるが、加速性能や乗り味、あるいはOTA(オーバー・ザ・エアー、無線によるソフトウェアアップデート)などのユーザー体験は内燃車を上回っている」「実現間近の自動運転との相性の良さ」など普及派の論を聞くと、なるほどなるほどとうなずいてしまう。
一方で、「高額なバッテリーを使うEVは割高。補助金がなければ誰も買わない」「EVの製造時に莫大なエネルギーを消費するほか、充電するための電気を作るのにも温室効果ガスを排出するのだからそもそもエコではない」「内燃車をすべてEVに置き換えるとレアメタルなどの資源が枯渇する」など、否定派の意見を聞いても説得力を感じる。
中国のEV。このまま広がりを見せるのか(筆者撮影、以下同)
なかなか答えが見えない論争が続いているわけだが、先日、この論争に新たな〝燃料〟が投じられた。11月5日、トヨタ自動車の豊田章男会長はジャパンモビリティショーでの対談イベントに登壇し、ガソリンスタンドでの給油は3分で済むがEVの充電は3時間かかるのでガソリンスタンドより多い充電ステーションが必要になり、まだ、そのインフラは整っていないと指摘し、「(未来が)100%電気自動車になると決めないでほしい。いろいろ不都合な話があると思う」と発言した。
筆者の周囲にも、これを聞いてそのとおりと納得した人もいれば、豊田会長はEVのことを何もわかっていないと怒った人もいる。やはり論争は終わらない。
つまるところ、「EVは普及に値する価値があるが、実現にはハードルも多い」ということなのだが、2021年以後はテスラの快進撃と株価高騰、世界市場のEV販売台数高成長、BYDに代表される中国EVメーカーの台頭など、普及派を勇気づけるニュースが多かった。ただ、豊田会長が言うからではないが、24年は否定派が勢いづくニュースが増えるかもしれない。
欧米、そして中国でEVに陰り
ウォールストリートジャーナル日本版は11月20日、「米国人の「EV愛」は冷めたのか」と題した記事を掲載している。バッテリー式電気自動車(BEV)の販売急成長が止まり、ここ半年は月10万台前後で推移しているという。在庫が積み上がったことから各社は値引き販売に踏み切り、10月のEV新車平均販売価格は前年から2割ほど下がっている。
その理由だが、「恐らくはEV熱の第一波をもたらしたテクノロジー好きの富裕層が、すでにEVを買ってしまったということなのだろう」と推測している。エコのためならば割高のEVを購入しても良い、そう考える人にはある程度いきわたったという見立てだ。』
『世界第二のEV市場である欧州はどうか。欧州自動車工業会の発表によると、23年1~10月のBEV新車登録台数は前年同期比53.1%増の約120万台。絶好調に見える。
ただし、10月だけに限ると前年同月比36.3%増とペースは落ちている。特に欧州域内最大の市場であるドイツは急ブレーキがかかっており、10月の新車登録台数は4.3%増にまで減速している。
この成長鈍化が長期的な傾向なのか現時点で断言するのは早計だろうが、独フォルクスワーゲンが大型バッテリー工場の建設計画を保留するなどメーカーにも慎重姿勢が広がってきた。また、このままのペースでEVを推進し続ければ、中国メーカーに席巻されるとの不安も広がりつつあるという。
そして、中国だ。世界EV販売台数の過半数をたたき出す、世界一のEV大国だ。23年1~10月のBEV販売台数は前年同期比25.2%増の516万台と快進撃は続いている……のだが、実はこの数字は輸出も含めたもの。国内市場での販売台数はかなり成長が鈍っており、今年8月からは48万台前後で停滞が続いている。
なぜ中国は世界一のEV大国となったのか
世界のEV市場を牽引してきた中国の停滞は何に起因しているのか……を考える前に、まず、そもそもなぜ中国ではこれほどEVの普及が進んだのかを抑えておきたい。俗に「補助金をばらまいているから」と言われることが多いが、ピントを外している。EV購入補助金は2010年から始まったが、どれだけ金をばらまいても一般市民が買いたがらなかった。
EVを売ったふりをして補助金だけせしめるディーラーなどの不正もあり、税金の無駄との批判が広がり補助金支給額は減らされていった。そうした中、20年後半からのEV大躍進が始まったのだ。驚きの大逆転だが、その主要な推進力を2点にまとめると、「個人空間としての魅力」と「コストの安さ」にまとめられるだろう。
まず、空間についてだが、EVに限らず、中国の車はタブレット並みの大型ディスプレイを備えていることが多い。中高級価格帯だと、助手席や後部座席にもディスプレイが付いていることもある。
中国の自動車はディスプレイをはじめ内装が充実している
このディスプレイは、スマートフォンと同じアンドロイドOSを搭載している。新たなアプリをダウンロードして、動画視聴やゲームなどさまざまなエンタメ体験を楽しめる。基本的にはスマートフォンと中身は一緒なので、「世界一のモバイルインターネット大国」として磨き上げてきた中国のスマホサービスやアプリがそのまんま使える点も強力だ。
スマホで磨かれた音声操作が移植されており、ユーザーインターフェイスも優れている。日系メーカーの新型車両だと大量のボタンがついていて激しく使いづらい。ボタンが増えすぎて意味不明になった、テレビのリモコンのようだ。
一方、中国メーカーはタッチパネルや音声操作で直感的に操作できる。こうした空間としての進化は内燃車でも可能とはいえ、電気が自由に使えてうるさいエンジン音がないEVのほうが魅力は上だという。』
『また、空間としての居心地の良さを強調するべく、中国メーカーは椅子やダッシュボード周りなどの内装に力を入れている点も印象的だ。
「トヨタは頑丈だし良いメーカーだと思うけど、内装がチープすぎるよ」
今夏、北京市で配車アプリを使ったら、トヨタのEV「bZ4X」がやってきた。聞くと、半年ほど前にガソリン車から乗り換えたばかりだという。移動中、あれこれヒアリングさせてもらったのだが、bZ4Xの欠点について聞くと、航続距離や充電性能には満足しているけど唯一気に入らない点だとして内装をあげていた。
圧倒的なランニングコスト
そして、彼がEVに乗り換えた理由を聞くと、こう帰ってきた。
「今買うならEVしかないね。燃費(電気代)がガソリン車の20%ぐらいだから」
他にも多くのEVユーザーに話を聞いたが、ほとんどの人が運用コストの安さを一番の理由としていた。1000万円近い、高級価格帯の車を販売しているディーラーまでもが燃費の良さを推してきたのはちょっと不思議でもあった。
電気代が安いといってもそれは自宅で充電した場合のことで、マンションの駐車場に充電設備がない、あっても数少ない充電設備の奪い合いになるのではないか。外の充電ステーションも満車で使えないことはありうる。行楽シーズンになると数時間の充電待ちに苦しんだ話がよく報じられている。冬になると航続距離が激減して充電を繰り返さないと行けないのでは……。
前述のbZ4Xオーナーにこうした疑問もぶつけてみたのだが、「別にそんなことはない」というあっさりした答えが返ってきた。「充電ステーションは山ほどあるから、満車ならほかのところを探せばいい。だいたい空いている。今のところ補助金があるから充電ステーションでも激安。夜は駐車場代わりにずっと車を止めているし、昼間に電気がなくなっても30分充電すれば200キロメートルぐらい走るからちょっとお茶でも飲んでいればいいだけの話。冬になると確かに航続距離は半分ぐらいになるけど、別に普段使いには困らない」のだという。
冒頭で豊田会長の発言を紹介したが、その内容はつまるところインフラ整備が伴わないとEVはしんどいというものである。その点を見ると、中国はごりごりとインフラ整備を推し進めることによってこの壁を越えたと言えるのではないか。
充電ステーションの数も猛烈に増え続けているほか、自宅充電設備の設置も急ペースだ。EVメーカーは充電設備を無料プレゼントという購入特典をつけているケースが多い。マンションの場合、管理企業が難色を示すこともあったが、政府がEV充電設備設置を妨げてはならないと通達するなど、トップダウンで強行突破している。』
『それでも天井はある
さすがは世界一のEV大国と感心させられたが、これだけのインフラが中国全土に広がっているわけではない。今年、中国内陸部の貴州省を訪問したが、EVはほとんど走っていなかった。北京、上海だけを見ていると、中国の車の大半がEVに置き換わったのではないかと錯覚するほどだが、地方にいくと状況はまったく違う。
「充電ステーションの数が少ないからEVは買えない」とは現地住民の話。EVが売れているところに充電ステーションが増えるのは当たり前、売れない場所に作るには行政の支援が不可欠だが、地方政府の財力が如実に反映されてしまう。
中国屈指の貧乏自治体として知られる貴州省には難しかったようだ。その結果、EVが売れている地域は上海市を中心とした長江デルタ、広州を中心とした珠江デルタ、そして北京市などの経済発展地域に集中している。
また、こうした先進地域でもEVの急激な増加にインフラが追いつかないとの不安の声も上がり始めている。少なくとも一晩中、充電ステーションに放置が許されるような状況は続かないだろう。
また、充電ステーションへの補助金も縮小されつつある。充電ステーションを使うと、内燃車と燃料代が変わらなくなる時代も近い。だが、いくら政府が旗振りをしても、自宅に充電設備を設置できない人は相当数いるはずだ。新しいマンションならば問題はないだろうが、少し古いところでは「車は適当に路駐」というルールになっているところも多い。この場合はどうがんばっても充電設備は設置できそうにない。
つまりは「EVの使い勝手がいい人」はまだ一部に限定される。この層にいきわたってしまうと、EVの成長が減速する可能性は高いだろう。今年8月からの販売台数足踏みがその天井にさしかかったことを示していても不思議ではない。
前述の中国国内での販売台数はBEVのものだが、これを上回る成長を見せているのがプラグインハイブリッド(PHEV)、レンジエクステンダーEV(REEV)だ。前者はガソリンエンジンとバッテリーモーターの2つの動力源を備えた車、後者は電力切れの時にガソリンで発電できる仕組みを備えた車である。
中国ではBEVと同様にNEV(新エネルギー車)に分類され、同等の優遇措置が受けられる。純粋なEVでは不便なこともあるとの認識が広がったことから、PHEV、REEVの人気が高まっている。
これほどのインフラを築いてきた中国ですら、EV普及のハードルはまだまだ残されている。中国は今後も巨額のEVインフラ投資を進め「EVの使い勝手がいい人」の範囲を拡大していくだろうが、果たして他国で同じことができるのだろうかとの疑問は残る。
米国が中国よりもはるかに普及率が低い段階で成長が止まったように、中国以外の国ではEV普及の天井は想像以上に低いのではないか。となると、唯一、超絶優秀なインフラを整えた中国だけでEVが発展する、中国が巨大なEVガラパゴスになる……という展開もありえそうだ。』