微笑の習氏へ別れ際に拳 米中絡む台湾野合破局の大波
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFE250400V21C23A1000000/
『15日、米大統領のバイデン(81)は4時間にわたる米中首脳会談の後、会場となった米カリフォルニア州の大庭園「ファイロリ」を離れる中国国家主席の習近平(シー・ジンピン、70)に笑顔で別れの握手をする際、習専用の中国製高級車「紅旗」の革張りの車内をわざわざのぞき込んだ。
「美しい」。そう絶賛したバイデン。だが、その直前、ふたりの笑顔とは全くちがう激しい攻防が裏であった。話題は突然、降って湧いた台湾総…
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『「意外だが、台湾政治に絡む米中首脳会談のヤマ場は、テーブルを挟んだ正式なやりとりではない。バイデンが習との『別れ際』に放った一撃だ。台湾総統選に関して『(中国による)いかなる介入も望んでいない』と拳を見せた経緯は、直後から(台湾の)政界内部を駆け巡る大きな話題になった」』
『この夏の各種支持率調査で、若者から人気がある柯文哲は、精彩を欠く国民党の侯友宜を抑えて、トップを走る与党・民主進歩党(民進党)の現副総統、頼清徳(64)の次に付ける勢いを示していた。台風の目である柯文哲の動向が、総統選全体の構図を左右する様相だった。
ところが、この野党の有力候補ふたりが、総統・副総統候補のコンビを組んで出馬することで合意したと突然、発表したのである。どちらが総統候補になるかは、世論調査の結果などから24日の届け出締め切りまでに決める段取りだった。
もし、各種調査で支持率2、3位の野党候補ふたりの連合が本当に成立するなら、民進党から出馬する頼清徳の優勢を覆せるという算段だった。主張が全く異なる2野党の連合。まさに、なりふりかまぬ「野合」である。
台湾総統選への立候補を届け出た与党、民進党の総統候補、頼清徳氏(左)と副総統候補、蕭美琴氏(21日、台北)=中央選挙委員会提供・共同
驚きの合意発表は、米カリフォルニアでの米中首脳会談(台湾時間では16日)の直前、計ったようなタイミングだった。連合発表に至る仲介役は馬英九。そして、実際に動いたのは側近で北京入りしていた蕭旭岑だ。
台湾での野党連合という急な動きについて報告を受けていたバイデンが別れ際、習に放った不意打ち。バイデンの拳は、米カリフォルニアで米経済へのメッセージを含めて「微笑外交」を展開した習の表の顔と、裏での中国の動きの矛盾を突くものだった。
さらにバイデンは、この直後の記者会見で、習を再び「独裁者」と定義付けた。バイデンが習にぶつけた強いけん制は、結果的に思わぬ形で台湾政局を左右する。その9日後となる台湾野党連合の破局である。中国共産党政権との近さが「売り」だった国民党長老、馬英九による仲介は結局、功を奏さなかった。』
『ただし、多くの台湾政局観察者が見落としている重要な事実があるとも指摘する。
破綻した野党候補一本化の協議前に写真撮影に応じる国民党の侯友宜氏(右から2人目)、台湾民衆党の柯文哲氏(左端)ら(23日、台北)=共同
「重要なのは(2008〜16年の)馬英九(国民党)政権時代に重なる中国経済の最盛期が、終わろうとしていることだ。バイデンが米中会談の直後、あえて再び習を『独裁者』と呼んだように、(習への)権力集中が目立つ中国と、民主主義の台湾の距離も広がっている。仮に侯友宜、柯文哲が総統選で勝っても、(台湾の)世論を考えれば習政権に一気に近付くことなどありえない」
確かに中国経済の全盛期が終わり、なお停滞が続く深刻な状況下では、台湾経済がこれ以上、中国に依存する構造にはなりえない。むしろ、中国から他国に拠点を移す動きのほうが目立っている。
そしてバイデンが「独裁者」と呼んだ習の中国と、民主主義が成熟しつつある台湾の政治的な基盤には大きな溝もある。中台関係は、習が中国共産党トップに就いてからの11年で、中国の思惑とは別の方向へ構造的に変化してしまったのだ。
それでも、もし、中国と距離をおく民進党政権が3期目に入るなら、習は安心して内政に専念できなくなる。常に台湾けん制に気をとられ、喫緊の課題である中国経済の立て直しも「うわの空」になりかねない。』
『一方で、野党連合の破局の後、不思議な現象も起きている。各種世論調査の支持率では、国民党の侯友宜を総統候補とする副総統候補との組み合わせが、民進党の頼清徳のコンビに迫っている。柯文哲は3位で、すこし水をあけられた。
台湾総統選の国民党候補、侯友宜氏(左)と副総統候補、趙少康氏(24日、台北)=国民党提供・共同
地味だった侯友宜のメディア露出度が極端に増え、国民党の本来の支持層が戻りつつある。国民党系の分派といえる台湾電機大手・鴻海(ホンハイ)精密工業の創業者である郭台銘(テリー・ゴウ、73)が、野党連合の破局後、総統選候補からの撤退を表明。その支持票が侯友宜に回ったとの分析もある。
一連の政治劇での言動が揺れ動いた柯文哲。野党連合の合意を勝手に覆したという良くないイメージも重なり、ひとり損をした予想外の結末である。いずれにせよ、総統選の帰趨(きすう)を決めるのは、これから始まる最終盤の戦いだ。投票日の前日に起きる事件が、雰囲気をガラッと変えることもある。
台湾総統選の立候補届け出の際、取材に応じる台湾民衆党の柯文哲氏(手前左、24日、台北)=中央通信社・共同
メディアが注視する舞台上で展開された衆人環視の派手な野党連合破局。米中首脳会談も絡む一大国際政治劇は、4年に1度の台湾総統選がクライマックスに入る号砲になった。』