習近平氏が破った「3%の壁」 国債増発が映す経済苦境

習近平氏が破った「3%の壁」 国債増発が映す経済苦境
編集委員 高橋哲史
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD105W50Q3A111C2000000/

『中国の景気はやはり、見かけ以上に悪いのだろう。10月に打ち出した1兆元(約20兆5000億円)の国債増発は、習近平(シー・ジンピン)政権が抱く経済低迷への危機感を浮き彫りにした。米国との緊張緩和を探る理由も、ここにある。

一種のタブーを破ったような驚きがあった。習政権が10月24日に決めた1兆元の国債増発である。

事実上の1兆元「景気対策」

調達した資金はすべて地方政府が使えるようにし、交通や通…

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』

『調達した資金はすべて地方政府が使えるようにし、交通や通信といったインフラの整備にあてる。名目はあくまで「災害復興」だが、財政出動による事実上の景気対策といっていい。

2008年のリーマン危機を受けて踏み切った4兆元(当時のレートで約57兆円)の景気刺激策は、中国の債務問題が深刻になるきっかけをつくった。習政権は胡錦濤(フー・ジンタオ)前政権が決めたこの対策に否定的で、自分たちは同じ過ちを繰り返さないとの立場を取ってきた。

それだけに、年度の途中でこれほど大規模な財政出動を決断したのは意外だった。「中国経済の実態は政府の公表数字より悪いにちがいない」といった臆測を呼ぶ国債の増発は、習国家主席の承認がなければ決められなかっただろう。

「最も注目すべきは、中国の財政赤字が国内総生産(GDP)に対して3.8%まで高まる点だ」。中国の経済政策に詳しい金融庁の柴田聡研究参事はこう指摘する。

中国共産党のDNA

中国の財政赤字のGDP比は08年の段階で1%弱だった。それがリーマン危機後の09年に3%近くまで上昇した。当時の温家宝首相が「3%を守れ」と数値目標を語り出したのはこのころからだ。10年の財政報告には「赤字率を3%以内に抑えなければならない」と明記した。

習政権もこの目標を捨てていない。新型コロナウイルスへの対応で3.7%に達した20年のような例外もあるが「3%」を掲げ続け、基本的にはそれを守ってきた。

歴代政権が健全財政にこだわるのはなぜか。根っこにあるのは、放漫財政によるインフレを恐れる中国共産党のDNAだろう。

共産党が1940年代に内戦で対峙した国民党は、通貨を無秩序に発行し、ハイパーインフレを起こしてしまった。インフレを抑え込んだ共産党が国民党を破って政権を取った歴史を、習氏はだれよりもよくわかっているはずだ。

共産党自身、インフレで政権を失いかけた過去がある。人民解放軍が民主化運動を鎮圧した89年の天安門事件だ。学生らの不満が爆発したのは、年率で20%近くに達したインフレが引き金だった。

今の中国経済はインフレどころか、デフレに陥るリスクすらある。10月の消費者物価指数(CPI)は前年同月に比べ0.2%下がり、3カ月ぶりに下落した。

不動産不況でデフレのリスクも

経済がふるわない最大の理由は、不動産不況を起点とする需要不足にある。ならば、もっと早く財政の力で足りない需要を穴埋めしてもよかった。

それができなかったのは、3%の壁を破ることへのためらいがあったからだろう。逆に言えば、そうしなければならないほど今の中国経済はひどい状況にちがいない。

中国の財政政策を考える場合、安全保障政策との関係も見逃すべきではない。中国共産党にとって経済と国防は一体であり、健全財政なくして十分な軍事費を確保できないとの思想があるからだ。

反面教師はソ連である。冷戦末期の80年代に、ソ連はGDPの20%近くを軍事費につぎ込んだといわれる。経済が立ちゆかなくなるのは当然で、91年に崩壊した。

ソ連の二の舞いを演じたくない中国共産党にすれば、健全財政のシンボルである3%目標をあきらめるのには相当なちゅうちょがあったはずだ。

気がかりなのは、調達したお金の使い道だ。「今回の財政出動は交通や通信のインフラ建設が中心で、中国が軍民融合で進めている分野だ。広い意味で国防費が増える可能性もある」。こう指摘するのは中国の安全保障政策を専門とする京都先端科学大学の土屋貴裕准教授だ。

関係改善探る米中首脳会談

習政権が借金をしてでも軍事費の拡大ペースを落とさないようにしているとすれば、西側の自由主義陣営にとって新たな脅威になる。

中国の何立峰副首相㊧と握手するイエレン米財務長官(9日、米西部サンフランシスコ)=ロイター

中国政府で経済・金融政策を担当する何立峰(ハァ・リーファン)副首相は9日、米サンフランシスコでイエレン米財務長官と会談した。中国経済の不振が世界経済に及ぼす影響を懸念するイエレン氏に、1兆元の財政出動を説明した可能性がある。

習氏は15〜17日のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて訪米し、バイデン米大統領と15日に会談する。中国経済を立て直すためには、米国との関係改善が不可欠と考えているのはまちがいない。

ただ、それはあくまで米国と並び立つ「社会主義現代化強国」になるための通過点だ。習氏の真のねらいを見極める必要がある。

Nikkei Views
編集委員が日々のニュースを取り上げ、独自の切り口で分析します。』