楓橋経験へ進む習近平氏の中国
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『 9月20日、浙江省視察中の習近平氏は諸曁市楓橋鎮にある「楓橋経験記念館」を訪れ、随行員と地元の「幹部・群衆」を相手に「重要講話」を行い、「新時代における“楓橋経験”堅持と発展」を訴えました。楓橋経験というのは、1963年、文化大革命が起きる少し前に、「成功した経験例」として浙江省考案によって中央に報告されたところ、この年の11月、毛沢東はそれを高く評価して「各地でそれを習い広げよう」との指示を出した政策です。
そのレポートに書かれていた内容は、人民10人が一人の地主を包囲して、毎日圧迫教育と言う名の洗脳を施し、最終的に地主は反省して、共産主義を支持する思想になったという事です。つまり、特定の社会階級を敵として見立てて、司法・行政・軍隊による強制ではなく、人民による監視・教育・脅迫によって、社会の改造ができるという実例です。相手が服従するまで、絶対多数の無産階級の人民を煽り立て、大衆の敵として晒し上げ、人民に人民を監視・処罰させるという社会の監視手段です。
最初の標的は地主・富裕層。次に反革命分子とレッテルを貼られた著名人、右翼。次に教育者・学者・思想家などの文化人。次々と敵に当たる階級を切り替えて、集中的に無産階級による暴力を伴う改造を行う事で、人民同士を争わせ、支配階級が労する事無く、社会の構造を変えるというソ連の共産革命でも発生しなかった、毛沢東時代の中国の独自の「発明」です。人民による人民による自発的な監視社会です。密告が奨励され、血の繋がった親戚と言えど、自分の身の安全の為に売るという事が行われました。積極的な共産革命支持者に回れば、それだけ身の安全が確保できたからです。
こうした軟禁に近い多人数による強制的な「教育」は、毛沢東による支持を得ていたので、例えリンチで人死が出ても処罰されませんでした。まぁ、毎日のように、殺気立った人民に囲まれて、「総括」される事を考えてみて下さい。どんな人間でも、気力は挫かれ、服従するしかありません。しかも、時間が経過するに連れて、罪人みたいに首から罪状を書いた看板をぶら下げさせられ、石や泥を投げられ、市中を引き回すなんて事も行われました。彼らは、自分達を口汚く罵る大衆を前にして、土下座をして許しを乞う事を強制されたのです。拒めば、本当にリンチで命を失いました。資産は没収ですし、屈服しても、自主的に財産を分配する事を強要されました。こうして、文化大革命の予行としての社会的な雰囲気が醸成され、本格的な青年による暴動が始まります。
大躍進政策で、その失政の責任を取らされて、総書記を退任させられた毛沢東にとって、この文化大革命は、大逆転の一手になりました。ムチャクチャな政治で、ボロボロになった中国の経済を、何とか立て直した、本来ならば国家の功労者である劉少奇を、この内乱の責任を取らせる形で引退させ、再び政治の表舞台に出てきたのです。そうして、革命思想に燃える青年を煽る形で、中国社会のありとあらゆる伝統・権威を、労せずして人民自身に破壊させ、恐怖政治が支配する社会に変えたのです。ちなみに、自身の権力が確定的になり、敵をすべて失脚させると、邪魔になった青年活動家は、「先進的な共産革命烈士」という事で、田舎の農家に労働力として奉仕させられ、抵抗した集団は、容赦なく思想犯として処罰されました。この時に、中央政界から追放されたのが、鄧小平や、習近平の父親の習仲勲です。鄧小平が復活するのは、毛沢東が死んで、中央を牛耳っていた四人組が失脚させられてからです。
この時期に習近平氏が、「楓橋経験記念館」を訪れて、演説をしたという事は、これから鄧小平の築いた改革開放路線を捨て、毛沢東の時代に戻すという明確な意思の発露と見られています。つまり、人民自身に人民を互いに監視させ、党の強制というよりは、人民同士の階級の憎悪を煽る事で、社会を思い通りに操っていくという過去に「成功」した施策を取るという事です。実際、二桁億人の人民を管理しようと思えば、いくら強力な人民解放軍、武装警察、警察、共産党組織を動員しても、多数に対する少数でしかありません。それならば、「革命群衆」という特定の階級を敵として、憎悪し、暴力で制圧する人民を育てるほうが現実的です。文化大革命の時に、何ら法的な権限も持っていない無産階級の人民によって殺された人民は、1千万人とも言われ、もちろん罪に問われていません。罰せられた人民の数となると、1億人に近いと言われています。こういう過激な共産革命の体現者である程、当時は称賛されたのです。なので、むしろ英雄でした。彼らの合言葉は「階級の敵」の粛清で、敵が何を意味するかは、その段階によって順次変わり、それまで社会を支えていた地主・村長・寺社・学校などは、襲撃と略奪により、10年に及ぶ文化大革命中に壊滅しました。
先日のブログの記事でも書いたように、民兵組織・人民武装部設立が急ピッチで進められているように、人民による人民の制圧と監視の体制は進んでいます。人民の多くが暮らす団地の構造すら、全体を高い塀で囲んで、何かあった時は、入り口の門を閉鎖すれば、その団地全体を物理的に遮断できるような構造で建てられ始めています。その団地の中には、食堂・雑貨・医薬品など生活必需品を賄う商店も整備されていて、生活が持続可能な巨大な檻になっています。
信じられないかも知れませんが、これが「現代」で行われている習近平氏が理想とする、中国共産党が社会の中心であり続ける社会なのです。』