単なる「失敗」ではない 理想を示し規範を作った国際連盟

単なる「失敗」ではない 理想を示し規範を作った国際連盟
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 国際連盟は、第一次世界大戦の惨禍という経験から生まれた組織である。人類史上、初めての総力戦となった第一次世界大戦では、潜水艦や毒ガスといった新兵器が使用され、民間人が巻き込まれ、200万人を超す犠牲者が生じた。このような世界戦争を防ぐための方策として、国際機関の創設が構想された。

 1919年、戦勝国が戦後処理を討議したパリ講和会議で、国際連盟規約が定められた。同規約は紛争の防止を目的に掲げ、連盟理事会(常任理事国と非常任理事国から構成)、総会(全加盟国が参加)、常設の事務局(スイスのジュネーブに設置)を置くことを定めた。理事会と総会は定期的に開催され、そのメンバーであれば中小国でも発言の機会を与えられた。アジアからの参加国は、日本、中国、タイであり、当時の中国は国内情勢が混乱していたが、国際連盟の一員として非常任理事国に選出されることもあった。

かつての国際連盟本部は、今も国際連合ジュネーブ事務所として国際秩序に貢献している(HAROLD CUNNINGHAM/GETTYIMAGES)

 20年代の国際連盟は、提案者である米国の不参加にもかかわらず、一定の成果を上げつつあり、紛争解決を平和的に達成するという実積を積み重ねていた。例えば、20年代後半にドイツ・ポーランド間の係争となった少数民族問題でも、理事会議事録を読むと、時には3時間以上にわたる会議の中で、紛争当事国のみならず第三国も積極的にかかわり、その問題解決に知恵を絞って議論を重ねていた。

 国際連盟は公衆衛生、難民問題、アヘン統制問題などの社会問題に積極的に関与した。難民問題では、国際連盟に付随する難民高等弁務官事務所が設立された。緒方貞子氏が国際連合難民高等弁務官事務所(UNHCR)の長を務めたが、同組織の前身である。公衆衛生面では、伝染病情報を迅速に収集する活動も行われ、国際連盟保健機関(世界保健機関〈WHO〉の前身)がシンガポールにその支部を置き、船舶からの情報を収集していた。

 また、国際連盟は、何が望ましいのかという「規範」の形成と普及にも取り組んだ。その一つが、国家間の戦争を違法とする「戦争の違法化」である。日清・日露戦争が国際的非難を浴びなかったように、第一次世界大戦前、戦争は許容される国家の行為であった。しかし連盟規約は一定の戦争を規制し、また不戦条約が28年に結ばれたことで、戦争は国家にとって許容される(国際法上違法ではない)という考えから、戦争は違法であるというパラダイムシフトが起きつつあり、この流れに国際連盟での議論・決議案・実行は大きく寄与したといってよい。

 このように戦争観が変化しつつある中で起きたのが、31年の満州事変であった。満州事変をめぐる国際連盟での議論と対応は、遠いアジアの問題でも全加盟国の関心事であるという原則を貫き、連日、議論を重ね、日本が取った手段、すなわち戦争は認められないという結論を出したのであった。 』

『第二次世界大戦を防げなかったという点から、短期的には「失敗」の評価を受けることの多い国際連盟であるが、長期的成果の一つは、国際関係において「正しいこと・望ましいこと」を明示する規範の形成に尽くしたことであろう。こうして、連盟時代に、アヘンの使用は人々の健康には望ましくないという規範や、戦争により紛争を解決することは認められないという規範が広まっていった。

 国際連盟という多国間組織が議論の上に、決議案や条約の形に明文化し広めたことで、その考え方を受容する加盟国も増えていった。また、制度の多くが戦後の組織、つまり国際連合に継承されたことも、国際連盟の遺産であろう。国際連合は、総会・安全保障理事会・事務局という主たる制度を踏襲しており、武力不行使原則も国際連合憲章に明確に盛り込まれた。

コロナ禍で難題に直面した
グローバリゼーション

 国際連盟時代は、交通手段が発展していない中、欧米だけでなくアジアやアフリカからも各国の代表が集い世界的課題を議論した。このような動向は、20世紀初頭から徐々に始まっていたグローバリゼーションにも影響を与えた。国際連盟は、国際協力を進め国際関係を円滑化させる20世紀の制度的転換点でもあったのである。グローバリゼーションは、「人、モノ、資本、情報」の国境を越えた往来が進む現象であるが、特に経済の相互依存化、ITテクノロジーの進化によって21世紀になると加速してきた。

国際連盟では、欧州諸国だけでなくアジア・アフリカ諸国の代表も協議に参加した。当時からすると、それだけでも画期的なことだった(BETTMANN/GETTYIMAGES)

 一方で現在のコロナ危機は、グローバリゼーションに付随するマイナス面と絡んでいる。人が国境を越えて自由に移動するなら、ウイルスも同時に国境を移動する。昔も疫病が起きると、その村や地域への出入りを禁じる対策が取られたが、簡単に国境を越えて人が移動する時代では、地理的拡大を抑えることはできなかった。

 欧州連合(EU)諸国は、域内で人の往来を自由化するシェンゲン協定を結び、協定加盟国国民は域内をパスポートなしで移動できた。しかし、コロナ禍は国境封鎖をもたらし、国境の絶対性が一時的にせよ強まるものとなった。日本の外務省が成田空港で海外在留邦人にワクチン接種を行ったように、国民の健康を守るために「国家の役割」が重要なことが再認識された。

 保健分野は人々の生命にかかわるため、国家間協力が進展しやすいという説も唱えられていたが、コロナ禍では、国際協力は後景に押しやられていった。保健問題を専門とするWHOも、このコロナ禍において役に立ったとは言い難い。初動期における判断の遅れ、中国への配慮、加盟国に対する強制力がWHOに備わっていないことなどが、その理由に挙げられている。』

『ポストコロナにおける
国際機関のあり方とは

 だが、国際機関が果たす役割が、コロナ前と本質的に変わるとは思われない。国際機関は、多国間主義という原則を基盤に、限られた権能を駆使し世界の問題に対処していくであろう。コロナ危機で、国際組織の存在意義が完全に否定されたわけではない。

 WHOのテドロス事務局長が先進国と途上国のワクチン格差を指摘し、先進国に対し3度目のワクチン接種に自制を促す発言を行った。この発言は強制力を持たないが、WHO以外にこのような声を上げる存在はない。国際連合やその専門機関であるWHOやUNHCRが、人類全体の平和・安全という目的遂行を目指し、発言や活動を積み重ねてきたことも事実である。

 国際機関は大国中心であるといわれるが、大国が賛成しない問題でも、進展がみられる場合もある。例えば、核兵器禁止条約だ。ノーベル平和賞を受賞した非政府組織(NGO)である核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)を母体として市民運動が高まり、核兵器禁止条約が国際連合で採択に至り、その批准国を増やし、この条約は発効した。核兵器保有国は、この条約を批准することはないだろうが、核兵器は禁止すべきという条約上の合意が生まれた。

 このコロナ危機の間にも、地球温暖化に関する議論は継続し、持続可能な開発目標(SDGs)について認識も高まっている。温室効果ガス削減やSDGsも、未来のあるべき世界を考えた目標といえる。これらの目標は、この世界で「望ましいこと」を具体化したものといえる。

 長期的に歴史をみると、かつて是認されていた行為、例えば植民地支配やジェノサイド(民族大量虐殺)が、国際条約や国際連合決議によって、「よくないこと」として明示され、「よくない」行為の廃絶や抑止に寄与してきた。国際機関には、現場での活動に加えて、世界の「善意」と「理想」を提示する機能も備わっている。

 平和で豊かな国際社会を作るには時間がかかり苦労も多い。何よりも国際機関を有効に機能させるためには加盟国の協力が必要である。国際連盟は46年に解散するが、その前年に国際連合が設立されていたにもかかわらず、ノルウェー(終戦までドイツの占領下)とスイスは46年の加盟国分担金を全額支払った。戦後経済的に苦しい中で最後までその義務を果たした加盟国もあったのである。自国が困難に直面する時、他国や国際社会全体に思いを巡らすのは難しいが、国際機関が存在しなければ、世界はもっと暗黒だろう。

(2021年11月号掲載)
『Wedge』2021年9月号から23年8月号にかけて掲載された連載『1918⇌20XX 歴史は繰り返す』が「Wedge Online Premium」として、電子書籍化しました。アマゾンや楽天ブックス、hontoなどでご購読いただくことができます。』