習近平氏がはまる「ソ連化のわな」

習近平氏がはまる「ソ連化のわな」 中国経済を縛る政治
編集委員 高橋哲史
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK212R20R21C23A0000000/

『ロシアのプーチン大統領がずいぶん小さく見えた。17〜18日に北京で開かれた「一帯一路」首脳会議で、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席と並んだときだ。

「習氏の先見の明を称賛する」「国際情勢の変化は、習氏の戦略的判断が正しいことを完全に証明した」。中国国営の新華社通信は、プーチン氏が発した習氏をたたえる言葉をいくつも紹介した。

ウクライナへの侵略を続けるプーチン氏にとって、頼れるのはもはや習氏…

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『ウクライナへの侵略を続けるプーチン氏にとって、頼れるのはもはや習氏しかいない。習氏がプーチン氏への全面支持を約束した今回の首脳会談は、ロシアが中国のジュニアパートナー(弟分)に成り下がった現実を世界に印象づけた。

ソ連崩壊「地政学的な悲劇」

プーチン氏は1991年のソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的な悲劇」と呼ぶ。ソ連が続いていればウクライナを失わずに済んだし、長くライバル関係にある中国にひれ伏す必要もなかった。そんな身勝手な思い込みを捨てられずにいるのだろう。

習氏からみれば、ソ連共産党は取り返しの付かない過ちを犯した反面教師である。

85年に同党の書記長となったゴルバチョフ氏はペレストロイカ(立て直し)やグラスノスチ(情報公開)を旗印に、言論の自由や部分的な民主化を認める改革に踏み出した。それが党の分裂を招き、ソ連の解体につながったのは紛れもない事実だ。

ソ連共産党と同じ道は絶対に歩まない。習氏はそのために、あらゆる権限を自らに集め、中国共産党の指導を社会の隅々にまで行き渡らせようとする。党の支配の永続化こそ、すべてに優先するのだ。

「政治的にソ連の二の舞いを踏まないようにしようとすればするほど、経済は逆に『ソ連化』が進むおそれがある」。そう警鐘を鳴らすのは日本総合研究所の呉軍華上席理事だ。
ソ連経済の過去を振り返ってみよう。ピークを迎えたのは、スターリンの後を継いだフルシチョフの時代(53〜64年)だったとの見方がある。

政治的な締めつけが緩み、技術革新が生まれて経済は高い成長を実現した。世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功し、世界に衝撃を与えたのは57年である。

社会主義の方が資本主義より優れているのではないか。そんな議論も盛んになった。2008年のリーマン危機後に中国が世界経済のけん引役として称賛されたころと、どこか似る。
1973年10月、ソ連を訪問、ブレジネフ書記長㊥と歓談する田中角栄首相㊧(肩書きは当時)=モスクワのクレムリン(AP=共同)

1964年にフルシチョフが失脚し、ブレジネフが最高指導者になると歴史の歯車は逆回転を始める。

政治的な安定と党の存続を最も重視したブレジネフは、言論統制を強化し、人びとに社会主義的な価値観を押しつけた。イノベーションが止まり、経済は長い停滞期に入った。

日本総研の呉氏は「習氏の下で中国経済はブレジネフ時代のソ連の轍(てつ)を踏む可能性がある」とみる。

毛沢東が発動した文化大革命で崩壊の瀬戸際までいった中国経済は、鄧小平による改革開放で息を吹き返した。それは副作用も生んだ。民間部門が大きな力を持つようになり、党の統制が効きにくくなったのだ。

経済より政治の安定

危機感を抱いた習氏は、経済より政治の安定を優先する路線にかじを切った。自由を制限し、国有企業を優遇する中国経済の「ソ連化」である。

足元の中国経済は不動産不況を起点に苦境が続く。中国の国会にあたる全国人民代表大会の常務委員会は24日、1兆元(約20兆5000億円)の国債増発を認めた。習政権はようやく景気のてこ入れに動き出したようにみえる。

しかし、党が民間の自由な活動を抑え込むかぎり、中国経済が再び活力を取り戻すとは思えない。

経済の停滞が長引けば、習氏の求心力に響く。「習氏が『第2のブレジネフ』と同時に『第2のプーチン』になるシナリオも意識しなければならない」と話すのは中国政治が専門の鈴木隆・大東文化大教授だ。

プーチン氏と同じように軍事的な冒険主義に走るリスクである。台湾への武力侵攻もないとは言い切れない。

27日には李克強(リー・クォーチャン)前首相が68歳で急逝した。改革開放の最後の継承者ともいえる李氏の早すぎる死は、中国経済の「ソ連化」を象徴するような気がしてならない。

[日経ヴェリタス 2023日10月29日号掲載]』