追悼・李克強前首相
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『李克強氏は、習近平氏とは違い、あからさまな権力闘争に明け暮れるタイプでは、ありませんでした。出自の共生団という組織は、広く人材を募り、エリート幹部を養成する為の機関です。習近平氏とは違って紅二代だからといって、立場に下駄を履かされる事も無く、実績だけでのしあがってきた実務家です。彼を引き立てた前国家主席の胡錦濤氏も、同じ共生団出身で、親世代の実績を背景に出世している「太子党」とは、異なるグループになります。実際、地位の優劣を除くと、中国の政務を動かしているのは、共生団出身のエリート官僚集団です。
順当ならば、胡錦濤氏の後押しで、国家主席も狙えた位置にいたのですが、江沢民派の曽慶紅氏が、当時まだ爪を隠していた習近平氏のバックに付いた事と、薄煕来氏という、やはり紅二代のサラブレッドのライバルがいたので、後継にする事はできませんでした。なので、一期を任せるつもりで、習近平氏を後継としたのですが、彼は権力の座につくと、直ぐに国家保安部を掌握して、「腐敗防止」という錦の御旗の下に、上から下まで、地位に頓着せずに大粛清を行いました。その苛烈な取締に、噂によるとクーデターを画策していたとされる最大ライバルの薄煕来氏も、失脚させて刑務所送りにしています。真実は判りませんが、当時アメリカを訪問していた習近平氏に、本国でのクーデター画策の情報を伝えたのは、他ならぬ会談相手の、当時のトランプ元大統領だと言う噂があります。帰国すると、直ぐに薄煕来一派は、不正蓄財をネタに根こそぎ処断されました。
これにより、習近平氏の絶対権力が確立して、特に後ろ盾を持たない李克強氏は、首相という地位にありながら、思うように手腕を振るえない立場に追いやられました。それでも、スキャンダルで葬る種が無い李克強氏は、胡錦濤前国家主席が置いていった懐刀であり、習近平氏が好き勝手をする上では、相当の障害になりました。そして、2022年10月の共産党大会で首相に再任される事無く、2023年3月に引退を迎える事になります。
特に強力な権勢を持っていたわけではないのに、習近平氏が李克強氏を邪魔に思っていたのは、その行動から自然に慕われる人徳です。何か問題が起これば、現場に出向き、被災者とも話すフットワークの軽さと、学者然とした人に脅威を感じさせない沈着冷静さです。これは、習近平氏が一生涯持てないもので、圧力をかけて強制しなくても、彼の薫陶を積極的に受け入れる官僚は、自然に着くのです。習近平氏は、権力はあっても人望が無い、典型的な独裁者なので、命令して学ばせないと、彼の「習近平思想」など、誰も学ぼうとは思いません。これ自体も、劣化した毛沢東思想なので、いくら習近平氏がイキり倒しても、恐らく彼が死んだら、何も残らないでしょう。それくらい思想でゴリゴリに固まった、現実無視の時代錯誤の思想です。今の時代に大躍進政策時代の愚策の数々を復活させて、何から何まで統制しようとしている事からも判ります。
2023年3月6日に退任し、国務院の職員800人の前で、最後の非公開での首相としてのスピーチを行うのですが、その中で「人在幹、天在看」という言葉を残しています。いわゆる退任に当たってのセレモニー的な挨拶の場だったのですが、この言葉が発せられた時、その場の人間の間で、どよめきと、拍手が起きたとされています。この言葉の意味は、「人は勝手な事を行うが、天は見ている」です。人が何を示すかは、明らかです。習近平氏です。もし、権力に従う事を処世術と考えている人間ばかりであるならば、ここは聞かなかった事にして、無視をしているはずです。しかし、国政を動かしている官僚からすれば、まさに現状を言い当てた、腑に落ちる言葉だったという事です。でなければ、自然に拍手は起きません。
反習近平派の人々に、シンボル的に担ぎ出される事はあっても、人事で自派閥以外を追い出し、完全に権力を固めた習近平氏には、まったく歯が立たない事は明白で、そのゆえに68歳という政治家としては、若い年齢で引退したのでしょう。なので、今後、氏が生きていたからといって、返り咲く可能性は、ゼロです。それでも、中国の未来を占う一つの可能性として、生きていて欲しかった人物です。
ちなみに、面白いジンクスがあります。1976年1月に国父と言われた苦労人の周恩来首相が死去します。その3ヶ月後に、その追悼集会を発端とした第一次天安門事件が起きます。天安門広場で、起きた最初の暴動です。もちろん、鎮圧されますが、この時の国家主席は、まだ毛沢東でした。間もなくして、毛沢東も亡くなり、これが契機になって、当時、権勢を奮っていた「4人組」が失脚、文化大革命が終焉します。習近平氏は、政策的には、ここに戻ろうとしています。
1989年4月に、民主派と言われた胡耀邦総書記が亡くなります。この時の長老は、鄧小平です。胡耀邦氏は、民主主義化を掲げる学生達が天安門広場に溢れた時に、対話に出てきた唯一の権力者です。鄧小平の判断で、即座に失脚させられて、そのまま無念の死を迎えました。中国共産党の歴史からも消されようとしている人物です。その3ヶ月後に起きたのが第二次天安門事件、我々が「天安門事件」として認識している天安門広場に戦車が入って、人民を蹴散らした武力制圧事件です。
そして、今回、李克強氏が亡くなりました。今、中国の経済は悪いですし、武漢肺炎で死人が出るような隔離政策を強行した後です。3か月後に何が起きるのか、一つ期待しておきたいところです。』