ウクライナのEUへ期待の声と山積する課題
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/31812
『欧州統合のプロセスにおいて「加盟国の拡大」は統合を進める推進力の一つであったが、少し前まで真剣に討議されなかった。しかし、ロシア・ウクライナ戦争で、ウクライナ加盟へ前向きな姿勢を取る必要が出てきており、解決すべき問題となっている。
(Nadzeya Haroshka/gettyimages)
Economist誌9月30日号は「ウクライナにおける戦争は欧州連合(EU)を拡大し改善すべき強い理由である」(The war in Ukraine is a powerful reason to enlarge-and improve-the EU)と題する社説を掲載している。概要は次の通り。
EUを27カ国から36カ国に拡大する(ウクライナ、西バルカン諸国、ジョージア、モルドヴァを含む9か国の新規加盟を受け入れ)のは、容易なことではない。最も新しい加盟国はクロアチアだが、その加盟は10年前のことであった。
EU拡大という考えは長らく休眠状態であったが、ようやく討議項目として復活してきた。拡大完了の目標年次は2030年とされており、これは楽観的であるものの目指す価値がある。
拡大は、EUの最も成功した政策である。ユーロの導入、単一市場の設立といったEUのプロジェクトが大きな意味を持ったのは、それに参加する国が広範だったからだ。ウクライナを支援するEUの取り組みは、戦地に接する4カ国(ポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニア)を加盟国として受け入れていなければ、はるかに弱々しいものとなっていたであろう。
EUには、これら9カ国の加盟申請を中途半端な状態に止めておく余裕はない。それは、プーチンに欧州を不安定化させる隙を与えることになる。
EU拡大の作業を進める上で三つ重要なことがある。第一は、加盟申請国に対して希望を持たせるメッセージを発することである。EU加盟国になるに足りる必要な改革を行った場合には、加盟を認めることをはっきりさせるべきだ。
第二点は、EUの内部改革(拒否権の見直しや共通農業政策の改革など)を理由に、準備ができている国の加盟を遅らせるべきではない。内部改革を進めていることは、加盟申請国に対してドアを閉じる理由にならない。
第三点は、過去の拡大から教訓を学ぶことである。多くの国の場合、EU加盟のための改革がその後も継続し、それらの国は、EU加盟後、より自由になり、更に繁栄した。しかし、EUに加盟した後、EUの規範に反する方向に進んでしまったハンガリーやポーランドのような事例もある。ガバナンスの面で好ましくない実績のある国については、よくない行いを罰する仕組みが必要である。
欧州が世界の中で一つの勢力として数えられるためには、行動できる力を示す必要がある。拡大が困難であるからといってそれを遅らせることは、欧州とEUを弱体化させることにしかならない。』
『まして、欧州は、ロシアの侵略と米国の孤立主義にさらされている時である。戦争は悲惨な状況を生み出しているが、EUがより大きく、よりよい存在になるための推進力をも生み出している。欧州はそれを実現する道を探さなければならない。
* * *
欧州統合のプロセスにおいて「加盟国の拡大」は、「権限の拡張」、「制度の深化」とともに統合を進める推進力の一つであったが、少し前まではこの問題がEU内において真剣に討議される状況ではなかった。
「EUは四つの危機に直面してきた」とよく言われた。2010年に本格化したユーロ危機、14年以降のロシアのクリミア半島及びウクライナ東部への侵攻、15年以降の移民・テロ危機、16年以降の英国のEU離脱問題の四つである。
その後、さらに、新型コロナ・ウイルス問題への対処、ハンガリーとポーランドの「法の支配」からの逸脱の問題の深刻化が加わり、新規加盟国の問題について取り組むような状況にはなかった。
しかし、ロシア・ウクライナ戦争がこれを大きく変えた。EU加盟国の多くが、ウクライナに対して連帯感を示すため、また、ロシアの脅威を受けての欧州のあるべき姿を考え、ウクライナのEU加盟申請について前向きな姿勢を取った。
しかし、EUへの新規加盟については既に列に並んでいる国がいる。それらの国々と並行してウクライナの加盟について検討を進めていこうとの力学が働いているのが今日の状況である。列に並んでいる国を宙ぶらりんな状況のままにしておくことは、好ましくない方向に向かわせかねないとの考慮も働いている。
新規加盟へ並ぶ国の特徴
EUへの新規加盟の列に並んでいる国は、いくつかのカテゴリーに分けられる。第一は、「加盟候補国」とされ、加盟交渉がすでに開始されている国である(アルバニア、モンテネグロ、北マケドニア、セルビア)。第二は、加盟交渉開始にまでは至っていないものの「加盟候補国」と認定された国である(ウクライナ、モルドヴァ、ボスニア・ヘルツェゴビナ)。第三は、それよりも更に時間とプロセスを要する「潜在的な加盟候補国」である(ジョージアとコソボ)。第四は、かねてから「加盟候補国」とされながらも動きのないトルコであるが、ここでいう9カ国には含まれない。
上記の社説では、9カ国をまとめて取り扱っているが、実際には、物事が早く進む国とそうでない国に分かれていくだろう。EUへの新規加盟に際しては、1993年にとりまとめられた「コペンハーゲン基準」に沿って、EUとしての政治的基準、経済的基準、法的基準に合致しているかを各分野について精査するプロセスが進められるが、特に、「アキ・コミュノテール」と呼ばれるEUにおける法の総体系への整合性を確保するのは大作業である。
EU拡大は、中長期的な視点からウクライナの安全保障をどのように確保するかの問題ともリンクしている。ウクライナのNATO加盟は一つのオプションであるが、それが難しい際のセカンド・ベストとしてウクライナのEU加盟を同国の安全保障措置の一環として位置づけるとの考えがある。
しかし、EU加盟はNATO第5条のような集団防衛の仕組みを提供するものではない。EUが用意しているのは、加盟国の一つに攻撃が加えられた際には他の加盟国はできる限りの援助を行うとの努力義務に止まるものである。
『Wedge』2022年6月号で「プーチンによる戦争に世界は決して屈しない」を特集しております。特集はWedge Online Premiumにてご購入することができます。 』