「当代中国政治の分析一パラダイム転換のために一」

愛知大学国際中国学研究センター2008年度国際シンポジウム報告書
「中国をめぐる開発と和諧社会」政治セッション
「当代中国政治の分析一パラダイム転換のために一」
毛里和子(早稲田大学)
https://iccs.aichi-u.ac.jp/archives/report/034/4a120764488a1.pdf

 ※ この文献に触発されて、「第一期習近平政権の対立グループ(派閥)の構造」みたいなものに興味を持った。

 ※ それで、ソフト付属のAIで、情報収集・作成させてみた。

 ※ AIがネットで収集したところによれば、「保守派vs.改革派」という軸と、「中央重視派vs.地方重視派」という軸が抽出された(そういう文献が、多く流通していたんだろう)。

 ※ なるほど…。けっこう、参考になった…。

 ※ あと、「異論派」というのは、どの組織でも生じる話しなんで、特に注目するまでも無いだろう…。

 ※ 「民主派」も、もう息してないと思われる…。

 ※ 今回の収穫は、この図…。

 ※ 「国家」と「人民解放軍」の上に、「中国共産党」がある…。

 ※ ここが、日本国みたいな「民主国家」に暮らしていると、なかなかピンとこない話しとなる…。

 ※ ここも、非常に参考になった…。

 ※ 現代中国でも、「変わらないもの」…。

 ※ それは、「戸籍制度(都市と農村の二重戸籍)」と「土地公有制」だそうだ…。

『ありがとうございます。それではできるだけ
15分の時間を守って、私の努めを果たしたいと
思います。

今日、お話したいのは、激しい変化のさなかに
ある中国で「和諧社会」というスローガンが出て
いますが、それとは逆の現象がたくさん出てきて
おり、それらをどのように分析したら実態に少し
でも近づけるのか、についての私の悩みです。多
くの日本人中国研究者は、おそらく昨今の中国の
激変を見ながら、「中国は手に負えなくなった」
と思っていることでしょう。どのようにして解!析
したらよいのかわからないのです。あらゆる現象
が同時に発生し、あらゆる相反する原理が働いて
いるという状況で、われわれはいったい何を頼り
に中国論を展開したらいいのでしょうか。迷いな
がら彷徨っている、というのが率直なところです。
そのなかで、今日は3つに絞ってお話ししたい
と思います。

1つ目は、現在、表面的に生じてい
る中国における変化の一端を、政治学の立場から
論じてみたいと思います。

2つ目は、このように
非常に変化が激しいときに、われわれ研究者は、
実は変わらない部分を研究した方が意味がある
という点です。共和国ができてから60年、改革
開放にもかかわらず今日まで続いている制度、あ
るいは原理、このようなものに焦点を当ててみよ
うと思うようになりました。変わるものだけに注
目していると目くらましに遭うというのが、40
年間、中国を研究してきた教訓です。

3つ目にお
話ししたいのは、このような中国に対して、どの
ような研究上の新パラダイム、モデルがあり得る
のでしょうか。われわれは研究上、常識だと考え
られるテーゼ、つまり既成のパラダイムに挑戦を
しないと、今の中国および10年後の中国を理角牟
することはできない、と思うようになりました。
そのパラダイム転換のお話です。

まず、今、中国で生じている変化の一端です。

1つ目は自由化という問題です。民主主義とは言
いませんが、自由かどうかという問題で、以下に
紹介するのは、国際的人権組織であるフリーダム
ハウス(Freedom House)のデータです。2007年
版の「Freedom in the fforld 2007J というデー
タから取り ました。
北朝鮮が政治的権利で最悪の「7」、市民的自
由でも最悪の「7」、評価が「不自由」となって
います。中華人民共和国は、政治的権利において
「7」と評定されています。つまり、北朝鮮と同
じです。市民的自由においては「6」となってい
ます。「不自由」です。これと拮抗(きっこう)
できるのは、現在の軍政下のビルマ(ミャンマー)
で、これが政治的権利で最悪の「7」、市民的自
由も最悪の「7」になっています。要するに、い
まや不自由なところは、北朝鮮かビルマか中国か
ということになっているわけです(図I参照)。

図I
アジア諸国の「自由度12007
市民的自由 同
日・ 1 2 自由
7 7 不自由
7 G 不自由
ms 1 2 自由
的 2 1 自由
マレ7ア 4 4 部分割自由
シンガボ」・ 5 4- 洲自由
インI4キダア 2 3 部分做自由
コぜリピン 3 3 部仙自由
7 4 分割自由
ビルマ 7 7 不自祀
アフガニスリ> 5 5 部分如由
バングラデうユ 4 部分割自由
イン|4 2 3 自由
Nキスタン 6 5 不自由

地酬帰心• Hom% Awdon
1»1141*%

ところが実際に、今日の講師の方々のお話など
をうかがってもそうですが、中国の人はあらゆる
ことを自由に発言しているではありませんか。主
張がとても多様になってきていますし、思い切っ
た発言も出てきましたし、われわれとほとんど変
わらない意見を聞くことも多くなってきました。
それなのに、フリーダムハウスは、なぜ「もっと
も不自由な国」と中国を評価するのでしょうか。
私はとても不思議に思います。フリーダムハウス
はそれを改めようとしません。

考えるところ、彼らの自由と民主主義について
のはかり方は、やはり欧米オリジン(origin),
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あるいは民主主義という観念、とりわけ制度的な、
あるいは手続き的な民主主義を非常に重視して
いるのです。選挙はどのレベルで何回行われてい
るのか、複数主義が貫かれているか、メディアに
対する制度的コントロールの程度はどのくらい
か、などです。

フリーダムハウスの評価を、グローバルスタン
ダードとして民主主義を裁くとすれば、私は世界
の政治傾向や民主化の問題に正しく迫れないの
ではないか、と思います。

だからと言って、中国がフリーダムハウスの評
価とはまったく逆に自由であり、かつ民主主義で
あるとは思いませんが、フリーダムハウスの言っ
ているグローバルスタンダードの民主主義や自
由の評価については、やはりもう少し現実を踏ま
えた基準に設定し直しが必要でしょう。これが第
一点です。

図!!は民主政についての概念図です。ソレンセ
ン(George Sorensen)という比較政治学者が、
『Democracy and Democratization』とい う本の
なかで、1990年代の終わりですが、参加度と自
由化度で民主主義の比較をしています。一番望ま
しいところに、デンマークを想定し、一番望まし
くないところに、!970年代初めのチリの軍事独
裁を挙げています。これは1980年代後半から末
期にかけての状況を示していますが、ソ連が参加
度は比較的高いけれども自由化度が極めて低い
と評価されています。

図!!
民主政の概念図・中国の位置

もともとこのソレンセンの図には中国は入っ
ていません。赤い印で書いたのは、私が補ったも
のです。中国の2000年代は、参加度、自由化度
がともに中よりちょっと下に位置するところに
あるだろうというのが、中国に接していての実感
です。

次は、中国政治の根本的な体制です。政治学的
に考えると、共産党と国家と解放軍が、党を中心
にしていわば三位一体の体制をとっています。そ
れがかなり制度化されています(国家の法ではな
く、党の内規などで)。党の国家に対するコント
ロールは(裏の制度ではありますが)制度化され
ています。1つは党組、党グループ、それからも
う1つは対口部といわれる部門、それからいわゆ
る領導幹部、幹部のリクルート制度。以上3つの
チャネルを通じて、ソ連において共産党が崩壊し
た、あるいは東欧でも崩壊したものとはまったく
逆の、むしろ体制強化の状況が、今日の中国で見
られるという状態です(図m参照)。

図!!!
中国政治の権力構造
共産党・国家•軍の三位一体
A
三位一体®財ヤネル
主要遍に党グル『ゴ
各敏党に行政担当部門
対口部
幹部のリケルート
420・向直接管理
そして、表面的には社会変化が起こり、新階層
が生まれ、そして自由度は高まっていますが、他
面、この三位一体のガバナンス、その構造は、基
本的には変わっておらず、党による統治はそれほ
ど衰退していないというのが私の観察です。
ただ、非常に大きな変化としては、政治的な、
特にガバナンスを担うアクターの変化が指摘で
きます(図!V参照)。

図!V
政治アクターの変容
・眼¢»球
階層・^ asegipw 四®
風者集団¢!)登城馴化など
★it¢jエリート化 aoos¢第]細^^—-
灰ー
代後半に全党員中、農民・労磁者®比率がを切る
幹部豚三分灯一、農民-郭s者が45%、春とat定年退底者
低学勃る高学晰エリート集団へ
ユU可年で高卒以下党員の比率博〇%を列る
4O万人の灯院〇了者、党中l!¢委貝胡口入<如5%肺大専¢
私喉¢;
如。万戸の私宮企業家¢D 3脚仲入党¢2006գ)
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特に2つ目の星の部分ですが、3つの面で、中
国共産党自体が、あるいは統治集団そのものが非
常にエリート化しています。

彼らは「三つの財」
を握っています。お金、それから権力、つまり政
治的地位、それからもう1つは知力、つまり高い
学歴です。

要するに、財と権と知力において、す
ベてを集中した指導エリートたちによる支配が
党を通じて行われているといってよいでしょう。

共産党自体が農民•労働者の党から幹部党にな
ってきています。

それから、低学歴から高学歴の
エリート集団になりました。特に、上層部にいけ
ばいくほど、中国の指導部はエリート化、あるい
は高学歴化が進んでいます。

1つの例は、党中央
委員会であり、政治局です。中国共産党中央委員
の9 5 %が大卒になりました。

それからもう1つ
は、全国人民代表大会(議会)の議員の職業、あ
るいは学歴など、最近ようやく出てきた情報にょ
れば、中央レベルの議員の出自は第一に「指導幹
部」、第二が専門家集団です。

法曹界、医者、企
業家などの非常にハイクラスの人々が議員に抜
擢され、一般の庶民はほとんど全国レベルでの政
治には参加できない状況になっています。

図Vは中国共産党の!7回党大会直前の党の構
成メンバーを示しています。大卒および専門学校
卒が31%を超えました。これは非常に画期的で
す。中央に行けば行くほど、この比率は高くなり
ます。

図V
2〇〇7^6Mの中国共産党
20071009
7336.3万人

TA 796万人 10.8%
=3皿エ万人 3乱み
«№3 -点李柔車&員専制蠅要耳 g斗6万A sg.i%
159-7^A 2.2%
拜 194-7^A 2.6%
KA曜 乳377・6万人 18.8%
その他 363•所人 5 %
学歴:MMLt学歴看 よよ79・7万人 31.1%
凌g員H津 i9.0%
6.4«
=3-7«

図V!は、幹部と中国共産党員の大学卒の割合の
変化を示しています。毛沢東時期と比べると、と
くに90年代以降、党も、そして幹部構成もエリ
ート化が目立ちます。総計4, 000万人と言われる
幹部も半数以上が大卒になりました。中国の社会
構造そのものは、特に階層的には毛沢東時期は極
めて伝統的で、トップリーダーと幹部と人民とい
う三層構造で、幹部を伝統的な科挙の文人官僚と
考えれば、これは昔と変わらない構造になってい
ました。

しかし、やはり1990年代以降、エリート階層
が階層として出てきます。あるいは階級として出
てくるかもしれません。そして、今、中間層が形
成されつつあると言われますが、その中でも高い
学歴の部分が党の中核を担っています。これがど
のような政治的オリエンテーションを持つかは
まだ判然としませんが、少なくとも状況は1990
年代以降、非常に変化しつつあります。

図VI
中共党員の学歴構成附:博¢部」)
15 巧78 立9* 巧94 巧98 2002 2〇〇7
・削E 0-9=% 13.8% =8.5% 39-9% 47-=% 5=5%
UK£ 0-3= ±7-8 =3-= 3“・3

flHK 4U»A arnw
jtwnwt 蛙 18.0% 巧96 31-9% 2001 5+4%
38— 4〇%
emu 1949年趣生理 ヽ!w&¢.1987¢ mt京朝
№1 ^8伊工3、!994¢ 瞠ゆSET作太! ヽ!99&¢ VASB 報! 199906=8^ 2002^ =〇〇3〇7〇1-aoo?¢ IAKH KI =〇〇7!〇〇?k 幹菱データ BSMBM =00=¢? fl 図vn 払宮企業主の政治$a織参加ヨ002 駆建!電?版、20030220第声 79-0% 48.0 3A =9-9 灯•4 5-7 2 ■ni.アンむー卜¢¢〇iL JrjMJffWM. — 呻M陪耶墳•呻9牌mm#!§』・. *hmT
M mH]

もう1つの政治的アクターの変化は、いわゆる
新しい企業家の登場です。彼らの政治的な行為・
行動、オリエンテーションが注目されます。図vn
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は私営企業家の政治志向、つまり党、人民代表大
会、政治協商会議のような政治的組織とのかかわ
りを調査したものです。これは『財経(zai jing)』
のデータですから、実態を比較的反映していると
考えてよいでしょう。

2006年時点で、私営企業家は498万戸、被雇
用者は5, 300万人と言われています。特に企業家
500万戸のうちの3割は、既に中国共産党に入党
しているという状況のなかで、市場化の受益者で
ある人々が、中国共産党の中核を担うという状況
になってきているということが言えるのでしょ
う。第16回党大会で出てきた「三つの代表」の
一つが企業家です。

図伽はアメリカのブルース・ディクソン
(B. J. Dickson)の最近の調査で、非常に面白い
結果が出ています。湖南省ほか4つの省を調査し
たものですが、平均的な傾向だと思います。それ
によれば、1999年と2005年の企業家と幹部を比
較しますと、経済改革については、基本的には「大
体よし」でした。政治改革については、6割は「大
体よし」でした。

図VI
B.Dicksonが描く秘営企業者像!999/2005
★4省〇県で¢3圈言99g-5N4人¢«應詮3竿”3〇人®¢?甑
中。5年一心韻人¢営i趙!諒一HgA¢¢洛単位%
4MV 4MK
1999 so〇5^ 1999年 和口声

連すぎあ 9-7 <=■5 8み 9-4
大陰よし 58-9 7〇•3 68・M
逐すぎあ 3^-4 <7-= 3〇•5 ss.4

連す琶う 5-7 +4 5・6 —
大陰よし 55-1 59-8 37-5 —
屈す也石 39-* 35-8 5^-9 —
妄g 9)« 41.7 4+6 6〇.6 49-*
FHWfaB.J. Dicks on. integrating ^VeaHiand Poncrin China: The
Coninnmift PattyF5 Embrace oftiie Piivate Sector, The China Quarferb/,
N0.192, Dec^o〇7pp.848-849]

しかし、35%の「遅すぎる」は、どのように判
断していいのか、微妙な数字です。要するにディ
クソンが言わんとしているのは、企業家と中国共
産党のかなり高い幹部の思考様式は、ほとんど変
わりないという結論です。これは十分想像できる
ところで、これをデータで裏付けたということだ
と思います。

このような断片的情報からでも、実にさまざま
な変化が生じています。私自身、どう考えたらい
いのか困ってしまいます。考えれば考えるほどわ
からなくなりました。歩いている時、電車に乗っ
ている時、現代中国をどのように分析したらいい
だろうかといつも考えるのですが、いい知恵が浮
かびません。

そこで、取りあえず4つのモデル、あるいは4
つのパラダイムを考えてみました。どのモデルが
有効か、この部分はあのモデルで切れるかもしれ
ない、などと考えることにしました(図広参照)。
普通の近代化モデルと伝統への回帰モデル、経済
発展から民主化に入っていった東アジアモデル
の三つをまず考えますと、いずれも当てはまると
ころもあるし、反証もまた多いのです。

図!X
現代中国分析四つのモデル
■Mt t rjdh FfeHl)«At. FbflfteAt
RM. ±HfWAflM£
需迎幽5喧田噸;鶴^錦!Kks濕
«P»tTJltLTJK797 •モデJUtliEffi片と君えてい我

そこで第四のモデルを考えます。「中国は中国
だ」と開き直るモデルです。私自身にとっては、
4番目のモデルはかなり安易に陥りやすいので、
一番避けたいモデルです。

「中国は中国だ」モデルは避けたいのですが、
しかし最近、改革開放30年を総括して考えると
き、結局、ここに行き着いてしまうのです。

改革
開放で変わらないもの、その1は土地制度です。

農業集団化以降、農村の土地の公有制(集団所有
制)はすこしも変わっていません。

第2が都市•農村を区別する二元的な戸籍制度
です。90年代から何回も改革の動きがあります
が、また実験的試みも行われていますが、基本的
制度には手が着きません(図X参照)。

第3が「上
訪 (shang fang) J とか「信訪 (xin fang) J と言
われる陳情制度です。 土地問題はおいといて、
私はまず、戸籍と上訪、信訪について徹底的に調
ベようと思い、いま挑戦しています。これほど不
合理なものが、なぜこんにちの市場化のなかでま
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だ依然として有効であり、生き続けるのか、かつ
変えようとしないのか、ということです。

今のと
ころの仮説は、われわれが不合理と考えるこれら
の制度が、実は中国式市場化のもとでは合理的な
のかも知れない。安定と権力の基盤なのかもしれ
ない、ということです。

図X
「中国は中国」モデル 抵ちない加)① 戸輛度
・戸=003¢)
/T・ 呻41«ギ 1566 由• MC畔50 rpuBEAffi 1977 rMMh «K 尊おて楓如
*9w¥^ *ehb
1994^ rKseapn g
呻i 〜相»耐『HBE 賣本田HBeay.
1997T9J9 AMZ^oi^tMieMUSHWT BW)
★出て瞬える改革務
右・g憂爭e本『h»< e«nw. HnntA*4t«fin°«
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★9市ド£的二元咬市民Z食民占朝做健裸である戸!|囲匿がな
性わらないのか?
»war ri?4?4effifeFiMUEj res汰手我u m〇s4^t
9SEE r^KUmWBH^ttKMSj 3〇〇=4^111^]

土地の公有制度は明らかに中国共産党の権力
の最大のよりどころです。ですから、体制の転換
がない限り絶対に手放さないというのはわかり
ますが、二元的な戸籍制度もそうなのかもしれま
せん。あるいは江戸時代の「目安箱」を思わせる
信訪もそうなのかもしれません。

ようするに、もっとも避けたい「中国は中国モ
デル」でとりあえず徹底的にアプローチしてみよ
うか、といま考えています。自分の中に無意識に
ある近代的パラダイムからいったん自分を解放
してみよう、ということです。これは結構むずか
しい作業となります。

そのようなわけで、いま挑戦の途上であり、ま
だはっきりした結論があるわけではありません。
問題提起をし、皆さまからいろいろなご意見をう
かがいたいと思います。ご静聴ありがとうござい
ました。

〇座長 非常に整理された、わかりやすい報告だ
ったと思います。コメントは避けまして、続いて
私の報告になります。持ち時間の15分をしっか
り守って報告します。

「和諧社会と開発政治」
加々美光行(愛知大学)

ここでは新しい概念として「開発政治」という
言葉を使います。昨年暮れに私がI c C Sのシン
ポジウムで提起しました方法論では「コ•ビヘイ
ビオリズム(co – behaviorism)」という横文字を
使ったため非常に評判が悪かったのですが、「開
発政治」もこの方法論と深くかかわります。

改革者的な価値論、理想論から中国はこうある
「べき」と主張する様々な「べき論」はたくさん
ありますし、また観察者的な現実論から中国の事
実はこのようで「ある」という議論もたくさんあ
ります。私が張玉林先生を大変尊敬しております
のは、張先生の報告は中国の国内で、しかも実際
に改革を目指して提起されているという点に特
徴があります。

単に傍観者、観察者として問題を
提起しているわけではありません。実際の研究の
なかで、具体的な紛争、1つ1つの事件に研究者
地震の主体を埋め込みつつ解決策を提起するこ
とこそが、最も問題を深く分析し、かつ明示的な
解決方法を提起できる方法であるというのが私
の方法論です。

今回、さまざまな方々が改革者の立場に立脚し
て発言されました。例えば、高橋五郎先生が協同
組合を組織することを提案したのもその一例で
す。協同組合とは何かという定義が曖昧だという
批判はありましたが、これも1つの具体的な改革
の方向を示したものです。それから朱安新先生が
「社区」の問題を出しましたが、これまた具体的
な改革の方法を示そうとしたものです。

2005年にI CC Sが行った国際シンポジウム
の際、カリフォルニア大学のリチャード・ボーム
(Richard Baum)が、フィードバック•システム
が中国社会には欠けていると問題提起しました。
115 』