米景気軟着陸、強い労働市場が命運 元FRBエコノミスト

米景気軟着陸、強い労働市場が命運 元FRBエコノミスト
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN1909F0Z10C23A9000000/

『米連邦準備理事会(FRB)の利上げ開始から1年半が過ぎ、なお米景気は強さを維持している。このまま雇用の深刻な悪化を回避しつつ、インフレを抑える経済の軟着陸は実現できるのか。元FRBエコノミストで、個人消費や労働市場の分析で知られるクローディア・サーム氏に聞いた。

――米国のインフレの勢いをどうみますか。

「8月に消費者物価指数の上昇率が再加速したのはガソリン高の影響が大きい。この数カ月でみれば雇…

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』

『この数カ月でみれば雇用ペースが減速してインフレも鈍化し、景気は年初ほど強くはなくなった。このまま経済活動全体が緩やかに減速するのか、不況に向かうのか岐路にある」

「少し前までインフレの鎮静化には景気後退が必要だという意見が目立った。私はこの説に反対で、実際に不況に陥らずにインフレは鈍ってきた。最終的に軟着陸できるかは労働市場が比較的良好な状態を保てるかどうか次第だ。1〜2年前に比べれば達成できる可能性ははるかに高まった」

――雇用の過熱感は和らいでいます。

「労働市場は供給不足が解消し需要に追いつき始め、需給バランスを取り戻しつつある。トランプ前政権時代の流入制限や新型コロナウイルス禍で滞った移民の回復が進んだほか、女性の職場復帰も大きい。8月の失業率は3.8%に上がったが、労働力人口が増えた影響とみるべきだ」

「人手不足が和らいで賃金の上昇ペースもやや鈍ったがまだ強い。高齢化が進む中での労働者確保という長期的な課題解決に向けてやるべきことも多い。例えば女性の労働参加率は安価な保育サービスの拡充でさらに高めることができる」

――家計はコロナ禍の余剰貯蓄がなくなり、消費に逆風となりそうです。

「消費を支える一番の要因は仕事を得られたり、賃金が増えたりすることだ。強い労働市場が強い消費につながってきた。労働市場が急激に冷え込めば消費余力も失われ、不況になる。余剰貯蓄の有無はさほど重要な問題ではなくなった」

「通常の景気後退期は家計の借金が増えるが、コロナ禍では給付金などの経済対策を支えに家計は借金を返し、負債削減も進んだ。このため、利上げがあっても借り入れの少ない家計の影響は小さく、人々は消費を続けた」

「足元でクレジットカードなどの延滞率は高まってきたが、これは正常化の過程といえる。どこまで上がるかを注視したい」

――FRBは利上げを終えたのでしょうか。

「利上げが過剰になるリスクは、利上げが不十分でインフレが再燃するリスクより大きくなりつつある。追加利上げはせず様子見を続けるのではないか。利下げに転じる時期はデータ次第だが、FRBは住宅を除くサービス価格に注目しており、数カ月は伸びが鈍るのを確認する必要がある」

「1970年代のFRBは失業率が上昇し始めるとすぐに利下げに動き、インフレ再燃を招いた。今回は同じ過ちを繰り返さないようにしている。失業率が多少上昇しても2%の物価目標をめざす道筋から外れることはないだろう」

(聞き手はニューヨーク=斉藤雄太)

Claudia Sahm 失業率から景気後退入りを見極める「サーム・ルール」を考案。47歳。

多様な観点からニュースを考える
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

上野泰也のアバター
上野泰也
みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
コメントメニュー

ひとこと解説 紹介文のところに出てくる「サーム・ルール」とは、米雇用統計の失業率の3カ月移動平均が直近12か月の最低水準から0.5%ポイント上昇した場合に、米国の経済はリセッション(景気後退局面)に入ったと判断する手法のこと。

今年6~8月の失業率は平均3.63%。22年9月以降の12か月間の最低は3.4%。

したがって、このルールに沿えば、米経済リセッション入りのシグナルは、まだ出ていない。

2023年9月25日 7:59 』