兵器だけじゃない インドがロシアに依存する原発

兵器だけじゃない インドがロシアに依存する原発
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD272YF0X20C23A7000000/

『6月に国賓待遇で訪米したインドのモディ首相。バイデン大統領との首脳会談は、米製の戦闘機用ジェットエンジンの共同生産、米主導で半世紀ぶりの有人月面着陸を目指す「アルテミス計画」への参画などいくつもの成果を挙げた。具体的な合意事項が並ぶ共同声明に、ひっそりと盛り込まれたのが原子力協力だ。その意味合いは何か。

「両首脳はインド原子力発電公社と米ウエスチングハウスの原発建設交渉を了承した」とする記述に新…

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『「両首脳はインド原子力発電公社と米ウエスチングハウスの原発建設交渉を了承した」とする記述に新味はない。「計画がなくなってはいない、と確認しただけ」と海外電力調査会の鍋島正人上席研究員は指摘する。

そもそも米印の原発建設交渉とは何か。

立ち往生する計画

インドは核拡散防止条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)に署名していない。にもかかわらず米国は2008年、原子力協定を結んでインドを事実上の核保有国として認め、技術や資機材の輸出を管理する国家間組織「原子力供給国グループ」にも未加盟のインドの特別扱いを求めた。

それで可能になったのが原発輸出だ。時は東京電力福島第1原発事故の3年前、「原子力ルネサンス」といわれた世界的ブームの頃だ。インフラ輸出を狙う米国と、電力不足のインドの利害が一致し、出力100万キロワットの大型原発群の建設に合意した。

ところがインドは10年に「原子力損害賠償責任法」を制定してしまう。推定1万6千人以上が死亡した1984年の米ユニオンカーバイドの化学工場のガス漏れ事故を教訓に、賠償責任を重電メーカーにも問う内容だ。原発の場合、賠償は電力会社だけが負うのが世界の常識だが、国会で外資不信の声が強まり、アクセルとブレーキを同時に踏む状況に陥った。以来、計画は13年間も立ち往生したままだ。

孤立を救ったロシア

もともとインドは原子力利用の先発国だ。独立の翌48年に早くも原子力法を制定し、研究開発を始動した。当時は米ゼネラル・エレクトリック(GE)製の小型原発を導入し、69年にアジアで初めて運転を始めた。

当初は平和利用だけだったが、複雑な地政学情勢が影を落とす。62年に中国との国境紛争で大敗を喫し、2年後にはその中国が核実験を成功させた。

対抗上、インドも74年に核実験に踏み切った。制裁を受けて海外から技術や資機材の供給を止められ、以降は独力での技術開発を余儀なくされる。98年にも2度目の核実験を強行し、再び国際的な非難と制裁にさらされながら、ついに核兵器保有を宣言して今日に至る。

国際的な孤立に手を差し伸べたのが、71年に事実上の軍事同盟である平和友好協力条約を結んでいた旧ソ連だった。制裁をかいくぐって88年に100万キロワットの大型原発の建設に合意。ソ連崩壊後はロシアが引き継いで02年に2基を着工し、14年と17年に稼働させた。98年の核実験後も、低濃縮ウランを供給してインドを手助けした。

インドで稼働中の原発は現在23基の計748万キロワット。大半は出力20万キロワット級の国産炉だ。大型炉はロシア製の2基のみで、出力全体の3割近くを担う。建設中の10基・800万キロワットでも、ロシア製の4基が出力の半分を占める状況だ。

総発電量に占める原発の割合は2%台にとどまるが、人口増と経済成長で電力不足が深刻化する一方、政府は温暖化ガスの排出量を70年までに実質ゼロとする国際公約を掲げる。原発の増設抜きでは対応が難しく、ロシアの協力は頼みの綱だ。

くさび打てるか

一国依存による安全保障上のリスクは、インドも先刻承知だろう。だからこそ08年に米国、18年にはフランスとの協力に動いたが、賠償法が足かせとなって計画が具体化しない。国営会社が前面に出るロシアは、賠償リスクを意に介さないようだ。

ウクライナに侵攻したロシアに対し、長年の盟友インドは批判を避けている。先の首脳会談で、米国が「虎の子」といえるジェットエンジンの共同生産に踏み切ったのは、兵器調達の6割を依存するロシアから、時間はかかってもインドを引きはがす意図が垣間見えた。

その目的を果たすには、もうひとつのボトルネックである原子力の対ロ依存にもくさびを打ち込む必要がある。賠償問題にどう折り合いをつけ、協力を前に進めるか。米印関係とアジア地政学の今後を占ううえで見過ごせない点だ。

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岩間陽子
政策研究大学院大学 政策研究科 教授
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ひとこと解説 大変重要な指摘ですが、実は世界の濃縮ウラン市場において、ロシアは圧倒的存在感を誇っており、ロシアのロスアトム社は最大の供給者です。

フランスも実は一定程度ロシアから輸入していますから、インドとの間で法的問題が解決したとしても(それもかなり厳しそうですが)、実際の供給図が短期に変わることは難しそうです。

EUもロシア産の濃縮ウランは制裁対象に入れておらず、取引は続いているようです。

今後、石油・ガスだけでなく、ウラン・濃縮ウランもエネルギー安全保障に関して考える必要があるでしょう。インドがそこでどのような行動をとるかは大きな要素ですが、なかなかこちらの思うようには動いてくれなさそうです。

2023年7月31日 12:43 (2023年7月31日 14:02更新) 』