中国外相に王毅再登板 「習近平は独裁者」絡む米中政治劇
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFE217EC0R20C23A7000000/
※ 大体、秦剛氏が大抜擢されたのも、下馬評高かった「ロシア・スクール」の有力候補が、ロシアのウクライナ侵攻で、的確な情報を伝えることができなかった…せいである…。という話しも、聞いたぞ。
※ 全く、「中国政治」は、分からんな…。
『「日本は悪人の手先になるな」。4月の日中外相会談で、日本は米国という「悪人」の手先となるべきではないと強く警告した中国外相(当時)の秦剛が、表舞台から姿を消してから1カ月。驚くべきことに、その後任として、前任者で共産党政治局委員の王毅(ワン・イー)の復帰が25日夜、発表された。前代未聞の異常事態である。
英外相のクレバリーは7月下旬とされた中国訪問を中止。新興国でつくるBRICSが8月、南アフリ…
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『新興国でつくるBRICSが8月、南アフリカで開く首脳会議を前にした外相級の現地会合やオンライン特別会議は、王毅と外務次官の馬朝旭がそれぞれ代行していた。
中国外相としての再登板が決まった共産党政治局委員の王毅氏(2月20日、ハンガリー)=ロイター
中国という大国の外交に多大な影響が出ていたのは明らかだ。それでも中国外務省報道官の説明は歯切れが悪かった。北京駐在の外国メディア記者が繰り出す鋭い質問への受け答えに窮して何も言えない場面が目立ち、右往左往している印象だった。
中国共産党内で重要人物が消え去る時、様々な理由がつく。今回は当初、強調されたのが秦剛の「体調」「身体上の問題」だった。だが、こうした説明は問題の本質とさほど関係ない例も多い。案の定、25日の外相交代発表でも健康問題との指摘は一切なかった。
しかも共産党総書記で国家主席の習近平(シー・ジンピン)が人事の主席令に署名したと公表した。人事の最終決着の責任が習にあることを明確にしているのは、注目に値する。つまり、秦剛にバツを付けたのは、習その人なのだ。
共産党内で要人更迭に至る事件の大半は、中国共産党内の「政治問題」である。最近の特殊な政治状況下では、その大部分が、習の考え方ひとつで最終的な扱いが決まる。
自らの権限では触れるのが不可能な「政治問題」であるからこそ、当の中国外務省は、国際社会に何ら意味のある説明ができなかった。一部外部メディアは「女性問題」の可能性を指摘していた。しかし、これも本質を全て表していないかもしれない。
秦剛は2022年秋の共産党大会の後の年末、実力ある先輩らを抑え、当時56歳という若さで外相に抜てきされた。しかも、今年3月には副首相級の国務委員にも昇格していた。
共産党の人事システムでは、昇格の際、厳格な事前の「身体検査」がある。国家安全系統が実施する調査は、日本の組閣で閣僚候補者らが通過しなければならない「身体検査」とは比べものにならないほど念入りだ。秦剛の場合、赴任国の現場にも裏の調査が入っているはずだ。
もし秦剛に腐敗、汚職、女性問題があれば、とっくの昔に上層部へ報告されている。つまり、22年の段階では上層部が問題にするような案件がなかったということになる。
「(外相交代に至った)今回の問題の焦点は、対米関係のコントロールと、(秦剛)自身の実力だろう」。これは最近の米中関係をよく知る関係者の鋭い分析である。秦剛自ら「悪人」と断じた米国との困難な関係のコントロールが、今回の謎の失踪と絡んでいるという見立ては興味深い。
確かに秦剛が姿を消す直前には、大きな出来事が起きていた。悪化する米中関係と、それが中国の内政に及ぼす影響は多大だった。それは、米大統領のバイデンが、自らの演説で、習近平を「独裁者」と表現したことだ。6月20日、西部カリフォルニア州での選挙イベントでの出来事である。
ブリンケン米国務長官(左から2人目)と異例の形態で会談する中国の習近平国家主席㊨(6月19日、北京)=新華社・共同
問題はバイデン発言のタイミングだ。「(共産党と習にとって)本当に最悪だった。(内政上、トップの)体面を大きく傷付けてしまった」。別の識者も、似た見方を披露する。
秦剛が姿を消す1週間ほど前だった6月19日、習は北京の人民大会堂で米国務長官のブリンケンと会談していた。だが、その際の席の配置が異例だった。習はコの字に並ぶ机の議長席の位置にひとり着席。ブリンケンら米国側と、王毅、秦剛ら中国側がそれぞれ向かい合って習の講話を聞く形になった。
これは中国では2部門の部下らが上司に報告するスタイルだ。ブリンケンは習の部下の位置に座る屈辱を味わった。かつての「冊封体制」の下での朝貢国の扱いである。誇り高き米国にとって本来、受け入れがたい仕打ちである。
しかし、ブリンケンは中国の「非礼」に、席を蹴って立ち去るようなことはしなかった。不思議である。この中国の仕打ちと、ブリンケンの冷静すぎる反応は当時、在北京の外交関係者の間で大きな話題になった。
意外に効果的だったバイデン発言
とはいえ、ここから太平洋をまたいだ壮大な「政治活劇」が始まる。当然だが、米側も黙ってはいなかった。「太平洋の向こうからバイデン自らがすぐに『(習は)独裁者』と叫ぶことで反撃したのだろう」。事実関係がどうであれ、中国側では、バイデン発言は意図的だったという受け止め方が多い。
習と、その側近集団は、ブリンケンを事実上、習にひざまずかせることで、世界に響きわたる習の絶大な権威を一般国民に示したかった。だからこそ、中国国営中央テレビは、夜のメインニュースで習がブリンケンに「訓話」をたれる様子を流している。
これにより、期待される習の次期訪米は、中国から頭を下げに行くのではなく、米側からのたっての要請だという雰囲気を醸し出したかった。この中国側シナリオは、中国内の報道からも透けて見える。
共産党機関紙、人民日報の国際情報紙「環球時報」は6月19日、1週間後に消える秦剛と、ブリンケンの会談の「大成功」を1面トップで報じた。そして翌20日、国営通信新華社の情報紙「参考消息」が、習とブリンケンの握手を1面トップで扱った。つまり、ここまでは秦剛の「習近平対米外交」への多大な貢献をたたえていたのだ。
秦剛中国外相とブリンケン米国務長官の会談、そして習主席とブリンケン氏の会談を大々的に伝えた中国紙
習の次期訪米とは、11月に米国カリフォルニアで開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議のための旅だ。そこで世界が注目する米中首脳会談をするのが、真剣に検討中のシナリオである。一見、これは成功しそうだった。
ところが、バイデンが、習を独裁者呼ばわりしたとなると、話が違ってくる。中国の内政上のシナリオが崩れかねない。しかも、悪いことに、バイデン発言が飛び出したまさにそのころ、ブリンケンは中国を離れたばかりだった。
もし、ここで北京から激烈に反応すれば、せっかく習がブリンケンを事実上、ひざまずかせ、「朝貢」の雰囲気さえ醸し出した成功が無に帰す。中国国民に、苦心の演出の舞台裏がばれてしまうのである。
秦剛をトップとする中国外務省は、「ブリンケン訪中は失敗」という評価になることを極度に恐れていた。そのため当初、北京からの直接の反応が極めて鈍かった。在米中国大使館は6月22日、駐米大使の謝鋒が同21日にホワイトハウスと米国務省の高官に強く抗議したと明らかにしているが、抑制的だった。しかも後手に回った印象が強い。
中国上層部には「トップの権威があれほど傷付けられたのに、担当部門(中国外務省)は有効な反撃をできなかった」という不満がたまっていったという。これは、半ば「八つ当たり」だ。しかし、現在の中国政治ではよくある構図だ。
かたやバイデンは余裕しゃくしゃくだった。自身の「独裁者発言」について、記者から米中関係への悪影響を問われると「中国との関係が損なわれていると考えるのは過剰反応だ」と受け流している。
異例の大抜てき、そして劇的な更迭
自身の独裁者発言が、米国で受け止められている以上に、中国指導部内で大問題となっていたのをバイデン自身は十分に認識していなかったかもしれない。習の絶対的な権威は、たとえ米大統領であろうと侵してはならない聖域になりつつある。それが昨今の「習近平新時代」の雰囲気だ。
ホワイトハウスを歩くバイデン米大統領(6月21日、ワシントン)=ゲッティ共同
このタイミングでバイデンに「習は独裁者」と言わせてしまったことに代表される「不始末」は、いったい誰の責任なのか。そして、対米関係をコントロールできないのは誰のせいなのか。本来、誰のせいでもない。
だが、中国のヒエラルキーの中では誰かが責めを負うことになりかねない。「その代表が、彼(秦剛)だったという可能性は十分ある」。そんな指摘が内部から間接的に漏れ伝わってくる。
少なくても1カ月以上、姿を消した秦剛が、再び姿を現して復帰しても今後、ずっと長期不在の理由を推測される。中国内と世界から中国外交を仕切る要だとみなされることはないだろう。これでは、とても外相の職務に集中できない。本人にとっても針のむしろだ。交代は当然だった。
22年時点で中国外務省には、王毅の後任外相としてふさわしい有力候補が数多くいた。その中で、秦剛の下馬評は高いとはいえなかった。そもそも中国外相にとって今、最大の仕事は対米関係だ。だが、秦剛はもともと対米外交の専門家ではない。
確かに直前、ワシントンに派遣された駐米大使という素晴らしい経歴がある。とはいえ、折からの米中関係の悪化で新たな政治的なパイプを構築することなど夢のまた夢だった。「米国に知己が少なかった秦剛が、業績を残すのは、もともと無理な話だった」。米中関係に詳しいアジアの外交筋の指摘である。
では、対米関係の細かいコントロールなどとても無理な秦剛が、なぜ外相に抜てきされたのか。そもそも、そこに今回の謎の交代劇の根本原因がある。そして今、秦剛抜てきを最終的に承認した習自身が、混乱の収拾のため王毅を再度、登用する決断を下した。
とはいえ今後4、5年、政治局委員の王毅が外相にとどまるとは考えにくい。必ず、再び後任人事が焦点になる。大国、中国の外交的な混乱が当面続くことは間違いない。(敬称略)
中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』